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夢を抱いてもいいですか

 私には夢があった。
 随分小さい頃の記憶だ。まだ何にでもなれて、何も知らず無敵だった頃のこと。私は父の膝に乗って、自分の夢を語った。
「決めたの! ふゆちゃんはね、しょーせつかになる!」
 小説家。かっこいい名前だと思っていた。それでいて、少し複雑な名前でもあると思っていた。当時は、そんな難しい言葉を知っているだけで、なんだか誇らしく感じたものだった。
 私の無邪気な宣誓に、父は笑った。穏やかに笑った。そして、少し茶化すように聞いてきた。
「小説家って、何するの?」
「パパ知らないの? あのね、しょーせつかは、しょーせつを書くんだよ!」
 父が知らないような特別な職業なんだと思って、私は得意になった。それで長々と説明した。知っていることは全て話した。父は穏やかに笑いながら、子供が喜ぶように「へー!」「ほー!」「それはすごい!」と大袈裟な相槌を打った。私は、自分が先生になったかのような気分で、終始鼻高々に話しきった。
「へー、そうかぁ」
 父は目を細めて穏やかに笑いながら、私を見た。そしてその顔のままで、こう続けた。
「ちょっと難しいんじゃねえかなぁ」
「まあねー」
 私は咄嗟にそう答えた。その瞬間、腹の底から灰色の煙が湧き上がって心を満たした。あれから十五年ほどたった今でも、心の端の隅っこに、あの汚らしい煤がこびりついたまま剥がれない。
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