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僕が好きなのは

幼い物心がつく前からずっと、当たり前に側にいたから、全然気づかなかった。
私は、蒼空くんの全部を知ってるつもりだったけれど、それは私の思い過ごしだったのかもしれない。
春、オレンジ色の夕陽が照らす、桜の花弁がヒラヒラと舞う並木道を歩いてると、一点を見つめたまま立ち止まって動かない、見覚えのある背中を見つけて、声をかける。
時計の針は、PM 16:48を指していた。


海桜「蒼空くん」


光に照らされて、少しくすんだ栗色のサラサラとした綺麗な髪が風に揺れている。
私が声をかけると、蒼空くんは私にすぐに気がついて、子供みたいな笑顔で、優しく微笑みながら遠慮がちに手を振る。


蒼空「あ、海桜。今帰りか?」


近づくと、蒼空くんは、しゃがみこんだままの姿勢で私を見上げる。
その視線がなんだか可愛いくてたまらない。
私の胸はドキドキと高鳴る一方で、その事に気づいているのか否か、蒼空くんは時々クスクスと笑う。


海桜「何してるの?」


蒼空くんが見ていたであろう方向を覗き込む。


蒼空「しーッ。ほら、あれ」

海桜「ん?」


蒼空くんの視線に合わせる様に屈むと、自然と顔が近づく。


蒼空「気持ち良さそうだったからさ」


と、蒼空くんが指を挿した方向をおそるおそるそーっと見てみると、桜のはなびらの中で気持ち良さそうに、スースーと寝息をたてている毛並みが綺麗な黒い子猫がいる。


海桜「黒猫ちゃん?」

蒼空「可愛いだろ?」


何時からこうしていたのだろうか、蒼空くんはその子猫をじーっとただただ見つめている。
私は、その視線の先にいる、気持ち良さそうに眠っている子猫が羨ましく思えてきて、少しの嫉妬心からくる言葉を、思わずそのまま口に出していた。


海桜「猫は気楽そうでいーよねー」


私の言葉を聞いて、少しの間が空いたあと、蒼空くんが口を開く。


蒼空「うーん。そうでもないかもよ?」

海桜「ん?」

蒼空「多分だけど、あのこは野良みたいだしね」

海桜「そうなの?」

蒼空「うん、最近よく見かけるんだけど。首輪もしてないし、まだ触らせてはくれないんだ」


触りたくてうずうずとしている蒼空くんの残念そうな横顔が、なんだか大人の男性っぽくなくて、可愛いらしいと私は思った。


海桜「蒼空くん、触りたいの?」

蒼空「あれ、分かった?」

海桜「そりゃーね。さっきから蒼空くん動かないし」

蒼空「あ…」


指摘されて、耳を赤くする蒼空くん。


海桜「ふふふ」

蒼空「あ、そろそろ行かないと」


急に立ち上がって時計を見ると、慌てた素振りでその場を去ろうとする蒼空くん。


海桜「仕事?早くない?」

蒼空「んー、今日はね、仕事じゃないよ」

海桜「そうなんだ?」

蒼空「うん」


何となく気になって、そうであって欲しくないと言う願いも込めて、思い切って気になっている事を聞いてみる。


海桜「で…デート?」

蒼空「うん」

海桜「え?…」


即答で返ってきた言葉が、返ってきてほしくないと思っていた方だったので、胸にチクっとする痛みを感じる。


蒼空「うーそ」


その後すぐに、イタズラをした後の子供みたいな笑顔と一緒にさっきの言葉を否定する返答が返ってきて、私は思わず安堵の表情を浮かべると皮肉な言葉が漏れる。


海桜「バーカ…」


不意にポンポンと頭を優しく撫でられて、頬が熱くなる感覚を感じた。
それを蒼空くんに悟られたくなくて、見透かされないようにうつ向いて隠した。


蒼空「じゃーな?」


だけどいつも、なんでも見透かされている様に思えて、少しだけ蒼空くんが憎らしく思える。


海桜「うん」


蒼空くんの背中が、角を曲がって見えなくなるのを、私は見つめながら見送って、完全にその背中が見えなくなってから歩き出すと、不意に着信音が鳴る。


海桜「はーい」

燐斗「海桜」


着信の相手は、大学のサークルで出会った男の子だった。


海桜「なんだ……燐ちゃんか」


思わずガッカリしたと言わんばかりの本音のトーンの声が、ついつい出てしまう。


燐斗「あ、待ってた?」


燐ちゃんは、他の男の子なら絶対言わないような、歯の浮くような台詞を、日常的にサラッと言えちゃう様な性格で、肌は透き通るような色白の肌に、年齢よりも幼くみえる様な綺麗な顔つきをしていて、栗色のクルクルした猫っぽい髪質が可愛いと、結構女の子には定評のある俗に言うモテる体質の人だった。
そんな燐ちゃんとの出逢いは、サークル内での飲み会だった。
私は、仲のいい友達とは皆違う大学だったので、まだ大学内には友達がいないし、とりあえず友達が作りたくてと言う理由と、面白そうという理由だけで入ったサークル内での飲み会に参加していた時で、その日も、周りには沢山の女の子達が、燐ちゃんに近づきたいと言う一心で、あの手この手で近づいて囲んでいた。
私はと言うと、実際に燐ちゃんにもハッキリと伝えたけど、好きなタイプとは全然違ったし、すでに蒼空くんへの気持ちがハッキリとしていたから、本当に全く興味がなかった。
それにどちらかと言えば、今までの学生生活では、燐ちゃんみたいなタイプとは、真逆で縁遠い生活をしてきたから、まさか声をかけられるなんて思ってもいなかったのに、なぜかその日、燐ちゃんから私に声をかけてきて、すごく驚いたのを覚えている。
燐ちゃんが言うには、私にはそう言う下心が全くなくて、それが凄く新鮮だったらしい。
それから、なんたかんだと、燐ちゃんが私を見かける度に話しかけてくれて、だんだんと仲良くなった。


海桜「いや、全然」


真顔で答える私の反応が手に取るように分かるのか、燐ちゃんはクスクスと笑う。


燐斗「相変わらずツレナイね」

海桜「だってさっき別れたばっかじゃん」

燐斗「まーねー」

海桜「何か用事?」

燐斗「んー、別に」


その言葉を聞いて、思わず深いため息が漏れ出る。


海桜「はぁ……燐ちゃんは暇なのね」

燐斗「海桜だって暇だろ?」

海桜「…う…」


不意に確信を突かれて胸が痛む。


燐斗「なぁ、行ってもいーい?」

海桜「は?」

燐斗「渚咲誘って行くな!」


成立のしない会話を続けていると、一方的に言い切られて突然……ブチッ……ツーツーツーと電子音だけが残り、返事をする間もなく通話が途切れる。


海桜「え!?ちょ、燐ちゃん!?」


**********


それから1時間後。
私の部屋には、私と燐ちゃんの二人きりだった。


燐斗「なーなー。いーだろ?」


猫撫で声を出している燐ちゃん。
他の女の子なら、きっと喜ぶんだろうなと思う、よくあるシチュエーションに、精一杯思いっきり抵抗をしてみる。


海桜「やっ!駄目に決まってるでしょ!」

燐斗「なんで?」

海桜「なんでって……友達はこう言うのしないの!もう!だッ……めだってば!どいて!」


必死に抵抗するも、やっぱり男の子なだけあって、力では簡単に負けそうになる。
燐ちゃんが来ると、いつもお決まり事の様に、何故かいつの間にかベットの上にいて、いつの間にか組み伏せられている。


海桜「きゃーーー!」


と、私の悲鳴のタイミングを見計らう様に、インターホンが鳴って、すぐ様ものすごい勢いで階段を駆け上がってくる足音が、ダダダダダダダダ……と響いて、ガチャッと部屋のドアが勢いよく開くのと同時に罵声が飛ぶ。


渚咲「……この愚民!海桜から離れなさい!」


慌てて入って来たのは渚咲ちゃんだ。
黒髪美少女とは、渚ちゃんの為にあるんじゃないかと思う程に、長く綺麗な黒髪と、透き通るような白い柔肌で、女の私からしても美少女だと本当に思う。
渚ちゃんとも、燐ちゃんと同じサークル内での飲み会で出逢った。
燐ちゃんに絡まれていた私を見かねて、話かけてきてくれたのが渚ちゃんだった。
それからは、3人でよく話すようになった。
渚ちゃんは物怖じしない性格で、見かけの繊細な第一印象とは違って、守られるタイプに見えて、結構負けん気の強い女の子だった。
その証拠に、いつも燐ちゃんから私を守ってくれる。


燐斗「ちッ」

渚咲「この変態!通報するわよ!」


[110]と打ち込んであるスマホの画面を見せつける渚ちゃん。


海桜「本当に通報されちゃうよ?」

燐斗「や、ちょ、、あ!」


慌てて避けようとして体制を崩すと、私の胸に、燐ちゃんの手が少し触れた。
その瞬間、渚ちゃんがにこやかに言う。


渚咲「ゼロ」

燐斗「や、いきなりゼロって……早いぞ渚咲ー!」

渚咲「問答無用」

燐斗「や、ちょ、まっ……まて!まて!」

海桜「あははは」

燐斗「ごめんてばーー!」


懇願する燐ちゃんと、それを面白がって渚ちゃんがからかい続ける。
この三人が揃うと、いつもこんな風に笑顔でいっぱいで、私はこの時間が大好きだ。



**********



そうして、数時間過ごしていると、誰かが転びながら階段を上がってくる足音が聞こえる。


海桜「ん?誰か来た」

渚咲「誰?」

海桜「ちょっとまっててー」


と、立ち上がろうとした瞬間に、燐ちゃんに引き寄せられて、ちょうどよく腕の中へとすっぽりと収まる。


燐斗「あ!だーーめっ!」

海桜「わ!?」

燐斗「誰かもわかんねぇのにあぶねぇだろ」


と、そこにノックも無しに、ドアがガチャっと乱暴に開かれる。


蒼空「海桜ぉ〜」

海桜「え、蒼空くん?ちょ、燐ちゃん離して?」

燐斗「え?知り合い?」

海桜「うん、隣のお兄ちゃん」


私が側に行くと、倒れる様にしてもたれ掛かかる蒼空くんの体を支え切れなくて、2人でそのままベットへ倒れてしまう。


海桜「わ?」

蒼空「かまえー」


と、蒼空くんが私の上に覆い被さったまま、いつもとは違う雰囲気で顔を近づける。


海桜「蒼空くん酔っぱらいすぎ!」

蒼空「おー」

海桜「もー……」


いつもの蒼空くんとは違って、甘えて抱きついてくる腕に緊張しながらも、何だかふわふわした感情があふれる。


海桜「可愛い…あ、いや…」

渚咲「ふふ。あ、あたし水貰ってきてあげる」

海桜「ありがとう、渚ちゃん」

渚咲「いーよ」


渚ちゃんがリビングへと向かい階段を降りる。


蒼空「渚ちゃん?」

海桜「友達。あ、ねぇ燐ちゃん助けて?」

燐斗「あ、うん」


と、男の子の声がした途端に、蒼空くんの表情が一変する。


蒼空「…だれ?」


今まで過ごしてきて一度も聞いたことの無いような、蒼空くんの低いドスのきいた声と、さっきまで甘えた猫撫で声を出して、ふにゃふにゃしてたとは到底思えない程の腕の力で、ぐっと抱き寄せられる。


海桜「……蒼空くん?」

燐斗「あ、えーっと…」


燐ちゃんも急な威嚇とも取れる態度に少し戸惑っている。


海桜「蒼空くん?この人も友達だよ?」

蒼空「友達?」

海桜「そう、燐ちゃんだよ」


私の言葉を聞くと、蒼空くんは腕の力をいっそう強くして、抱きしめる。


蒼空「燐……ちゃん……」

燐斗「あ、燐斗です。どうも……」


と、突然、思い出した様にして、既に完全に据わっている目を更につりあげて、燐ちゃんを睨みつける蒼空くん。


蒼空「あ、お前!」

燐斗「なんすか?」

蒼空「いーーーーーっつも、俺の海桜にハレンチな事しようとする奴だろ!」

燐斗「え?」


と、そこに渚ちゃんがタイミングよく部屋に入ってきて、悪戯に相づちをうつ。


渚咲「間違ってないわね」

燐斗「え?!や、ちが……」


慌てて否定をしようと口を開くも、既に遅かった。


渚咲「さっき私が来る前だって…」

蒼空「……なにしたんだ?」


今にも飛びかかりそうな蒼空くんを、私は必死に押さえ込む。


海桜「そ、蒼空くん、大丈夫!スキンシップって奴だよ!ね?燐ちゃん?」

渚咲「そうだったかしら?」

海桜「渚ちゃんも、もー、やめて」


と、笑っていると、突然電池が切れた子供みたいに、叫びながらフッと寝落ちる蒼空くん。


蒼空「……俺の海桜がぁ……………」

海桜「あ、落ちた」

渚咲「いつもこうなの?」

海桜「んーん。本当はもっとカッコイイ」


と、笑いながら、渚ちゃんは部屋にあった時計をふと見て終電の時間が迫っている事に気づいて、慌てて身支度をする。


渚咲「あ、もう22時過ぎてるじゃない!」

燐斗「え」

渚咲「ほら、行くわよ」

慌てて燐ちゃんも身支度を始める。

海桜「渚ちゃん後でLINEするね」

渚咲「うん、あたしも家に着いたらするね」

燐斗「え、海桜、俺は?」

海桜「燐ちゃんは私から送らなくても、勝手にLINEしてくるじゃん」

燐斗「そうだけどさー……」

海桜「それよりもう遅いし、渚ちゃんの事ちゃんと送っててよね?」

燐斗「ふーい」

海桜「じゃあ、またねー?」

燐&渚「またね(なー)」


それから部屋に戻って、スースーと寝息をたてて無防備な蒼空くんの寝顔を、私はしばらくの間眺めていた。


海桜「ずるいよー」


**********



それから1時間後、お父さんか帰ってきて部屋に入ってきた。


父親「蒼空が来てるのか?」

海桜「うん、酔っぱらって」

父親「酔っぱらって?珍しいな」

海桜「そうなの」


お父さんが寝息をたてる蒼空くんに、声をかける。


父親「蒼空ー起きろー」


強引に体を起こそうとすると、子供のように駄々をこねる蒼空くんが可愛くて、つい笑ってしまう。


蒼空「ん"ー…やだ」

父親「帰るぞー」

蒼空「やだー…」

父親「海桜手伝え」

海桜「うん」


私は、蒼空くんの腕の方に回ると、そのまま何故か腕の中に引っ張りこまれる。


海桜「え?」

蒼空「海桜と寝るのー」


ぎゅっと抱きしめられて、そのまま蒼空くんに身を委ねる。


父親「あーもうダメだな」

海桜「え?」

父親「このままでも大丈夫だろ?」

海桜「や、ちょ、え?!」


父親「小さい頃は毎日一緒に寝てたんだしな。じゃーおやすみー」


と、なんの心配もせずに出ていく父親の背中に、私は唖然とした。


海桜「そうだけどでも…あの、や、まっ………はぁ…」


ため息をつきながらも、少しだけこの状況に顔がにやけてしまう私がいる。


海桜「なんで、こんなに酔って家に来たんだか……」





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