Devious
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夢を見ていた。心地の良い夢を。はじめの頃は内容を覚えていなかったが、目覚めがとても良かったので特段気にしていなかった。
次第に登場人物の顔を認識出来るようになり、エースやデュース、グリム達と賑やかに過ごしたり、何処かへ遊びに行く楽しい夢を見る日が続く。
日によって出てくる相手は異なるようになり、同学年や先輩、学園内や街の麓等、様々なバリエーションになった頃、密かに思いを寄せていた相手が夢に現れ、嬉しさのあまり目を覚ましてしまった後、続きを羨んではがっくりと項垂れた。
その落ち込みは丸一日続いたものの、その日の夜に再びクルーウェルの夢を見られたユウは、終始ご機嫌だった。
更に嬉しい事に、その後もクルーウェルとの他愛ないやりとりをする夢を見続け、日中に思い返して悦に浸っているとマブからよく揶揄われていた。
だが喜んでいたのも束の間、ある日を境に夢の中のクルーウェルは意外な行動をとるようになる。
仔犬…といつもより甘い声で囁きながら赤いグローブを嵌めた長い指を絡め、優しく微笑むのだ。
この時もユウは興奮のあまり目を覚ましてしまった。
それから、頭を撫でられたり唇をなぞられたり、擽るように耳を愛撫されたり頬を寄せられたり…
その度に飛び起きては胸を高鳴らせ、寝付けぬ夜を幾日も過ごす。
そうしている内に問題が二つほど起きる。
一つは実際にクルーウェルと顔を合わせづらくなってしまった事。
夢とはいえまるで恋人同士のような距離感で甘やかされては、現実との落差と後ろめたさで胸が締め付けられる。
二つ目はそんな邪な夢を連日見ている罪悪感から、寝付きが悪くなってしまった事。はじめの内は夜になるのを心待ちにしていたが、今となっては眠る事が少し怖い。
また、夢の中でクルーウェルとの仲は自分の意思に反してどんどん進展していき、その度にハッと目を覚ましては寝付けぬ日々を繰り返す
。その睡眠不足は当然、日中の授業に支障をきたした。
「どうした、仔犬?顔色が悪いな」
「!」
うとうとしながら教科書を抱え廊下を歩いていた矢先、そう声をかけ近付いてきたクルーウェルの顔を見るなり、ユウは顔を真っ赤にさせる。
そして碌に答えぬまま、怪訝な顔をするクルーウェルを置き去りにして逃げ去った。
そんな反応をされるとは思わず、立ち尽くしてしまったクルーウェルは停止した頭を振り原因を考えだす。
つい今し方、駄犬共を躾けてきたばかりだったが同じ顔をしてしまっていただろうか…
それとも声色に名残が残っていたのだろうか…
はたまたー…
「嫌われた…?」
いやいやいや!と更に頭を振り、そんな筈はないと躍起になって否定をする。
しかしユウは異なる世界から突然やって来た女子生徒。
今まで相手にしていた血気盛んな男子生徒達とは異なり、繊細で扱いに気を付けなければならない点は幾つもある。
知らぬ内に彼女の地雷を踏んでしまったか、嫌われる事をしてしまったかと悩みに悩み、いや、でも…とブツブツ呟き頭を抱える。
その珍妙な姿を目にした生徒はこぞって訝しんだ視線を投げ、距離を取るようにして横を過ぎていった。
*****
はぁ…と何度目か分からぬ深い溜息をつき、ユウはオンボロ寮の自室へと引き篭もる。
食後に一緒に課題をやろうとグリムを誘ったがテレビに釘付けで、「これが終わったら!」を繰り返すばかりで今も談話室だ。こちらは課題もシャワーも終え、あとは寝るだけだというのに、例の件で寝返りを繰り返すばかり。
昨夜見た夢は極上だった。
あの白雪のような肌が、切れ長のシルバーの目が、僅かに伏せられた長い睫毛が、自分の目と鼻の先にまで迫ったのだ。
吐息のかかりそうな距離で、ムスクの香りに包まれるようにして、微かに開かれた薄い唇は間違いなくー…
「キス…しそうだった…」
思い返しても顔から火が出そう。
だってあのデイヴィス・クルーウェルの顔が目前に来るだけでも失神してしまいそうなのに。
連日の度重なる夢で紙のような耐久をつけられたと思ったらコレだ。
例の如く続きを悔やんでシーツを握り締めたが、一番過激なその夢の内容に心音は全く落ち着く素振りを見せない。
どうしてこんな夢を見てしまうのか、悶々としながら毛布を口元まで被せて長い夜に考え込む。
初めの出会いこそ苛烈な印象を抱いたものだが、見かけに反し生徒思いで情の深い教師だった。
過激であったのはファッションと発言が専らで、時たま教師としてどうかと思う発言こそあれ、真意はどれもその責務からくるものばかり。
今となっては怯えていた日が嘘のように強く惹かれていた。
教鞭をとり真摯な眼差しを向ける出立ちが、鼓膜を震わせる低く心地の良い声が、ファーコートに包まれた線の細い体が、細くしなやかな指が魅せる色香立つ所作が、時折見せる物憂気な表情や、相反して屈託なく笑う少年のような顔や、口元から覗く八重歯が…
挙げたらキリがない程に、何処も彼処もどの瞬間も、目にする度に胸が高鳴る。
教師陣を除き現在二十二歳である事は伏せているものの、年齢だけ切り取れば一見何の問題もないように思える。
だがそれでも密やかな想いを告げずにいるのは、ひとえに教師と生徒という危うい立場が故である。
卒業したら…などと夢見ているが、こうして目をかけてくれているのは彼の受け持ちクラスの生徒だからに過ぎない事を思うと、その淡さに胸が重くなった。
「………」
捻れた世界にやって来てからはや三年。
日毎に増していく思いはもう隠すのが困難なまでに肥大していた。
想いを告げれば多少は気が楽になるのだろうが、返される言葉を容易に想像出来るだけに、その悲しみを避け続けようとしている。
そんな答えのない難解な問題を直視する度に憂鬱を抱く。
しかし睡眠時間の不足している脳はこのまま体を眠らせてしまおうと、徐々に眠気を促していった。
思考を放棄してしまえば楽ではあるが、解決されない問題にいずれ押し潰されてしまうのだろうと、悩ましい恋心からは手を放せないまま意識を投げる。
この日もまた、クルーウェルはすぐに夢に出てきてくれた。
こんなも苦しい想いを抱いている身である。夢の中でくらい幸せになりたいと思い始めてしまう自分がいた。
『仔犬…』
いつものように優しい声と和らいだ表情で頭を撫でられ、堪らずうっとりと悦に浸る。
『今日も一日よく頑張ったな』
その一言に、夢の中である事を理解していながらハッとした。
『仔犬?』
「…先生はそんなこと言わない」
何故ならこの日、酷い眠気から授業で度重なるミスをしていた。
デイヴィス・クルーウェルは極めて公平な採点をする教師である。
失敗には非常に厳しく、同じ過ちを繰り返させない為の指導を徹底的に行う。
何の叱責もせずただ甘やかすだけのデイヴィス・クルーウェルは、言うなれば解釈違いだ。
『⁉︎』
思いがけない発言を受けてか、夢の中のクルーウェルは驚いた顔を見せる。
そんな姿もやっぱり好きだと思う反面、目の前に見えているものは偽物なのだとより鮮明に思えた。
「あなたは誰?」
クリアになった思考と視界で、枕元に肘をついて隣に寝そべるクルーウェル風の男を睨むと、偽色の目はすっと細められた。
*****