Vampire syndrome
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「何なの、アンタ」
深夜一時。
意気揚々とホテルへ連れ込み、酔わせて眠ったところを美味しく頂こうとしていたカミラの思惑が悉く叩き潰される。
場所はとあるバーで店内に人はいない。
デザイナーだと口にした男はとんでもなく顔が良いものの、発する言葉達はどれも軽く信憑性に欠けていた。
まぁ思惑は同じだろうと多少は警戒していたが、空にした瓶はもう何本になったのか記憶にない。
ソファ席の背凭れにしなだれ、まだ幾分も余裕があるように見える男を睨みながら、カミラはさっさと情事に耽って血をしまうのも悪くはないと思い始めていた。
魅了を使う前に強力な防衛魔法を使われてしまっては厄介だが、流石にヤる事ヤってしまった後は無防備になるだろう。
その後でじっくり血を頂けば良い。
「ここ、アンタの店?」
「いや、知り合いのものだ。交渉したら開けてくれた」
「それで?私を酔わせて食べる気?」
「それならさっきの店を出た足でホテルへ行ってたさ」
グラスの縁をなぞり、おかわりを差し出す色男に苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
もうおしまいか?と嗤われているような気がして、グラスを引ったくり一気に飲み干してやった。
「飲みっぷりの良い女は嫌いじゃない」
そう言って新たにワインを注ごうとする腕を掴み強制的にストップをかける。
何か嫌な予感がしていた。
長く生きてきたのだから、その辺の勘はそこらの人間共より遥かに優れている自負がある。
「…で、アンタの本当の目的は?」
ワインボトルを奪い取り、まだ半分ほど入っている相手のグラスに並々注げば、形の良い犬歯が見えた。
「生きる伝説に出会えたんだ。色んな話を聞きたくなるのは性だろう」
「気付いてたの。あぁあの店、やけに大きな鏡があったものね。嫌な趣味」
扉を開けた瞬間、自分を見なかったのはこの男とバーテンダーのみ。
…共謀か?
「じゃあそれを飲み干したら三つだけ答えてあげる。下手な真似したら血祭りにするわよ」
「散れば喉の渇きは潤せなくなるが?」
「アンタ、黙ってれば良い男なのにってよく言われない?」
上下する喉があっという間にグラスの中身を飲み干していく。
顔の良い男は好き。
無駄に煩い男は嫌い。
酒の強い男は好き。
打算のある男は嫌い。
さて、この男はどちらに転ぶのだろうか…
“魅了”が効かないのは鏡を見てすぐに防衛魔法をかけたからだろう。
判断が早く魔法士としての腕もあるが、特段武器を持っていない所を見るとハンターではなさそう…
本当にただの興味本位なのか、一つ目の質問で白黒つくのは確か。
…それにしても顔が良い。
何百年でも見ていられる程、憎らしいくらいに。
「そっちの目的は?」
「アンタを眷属にしてあげる」
「条件次第だな」
「この私が眷属にしてやるって言ってんの。これ以上の条件はないわ」
「デメリットが多過ぎる」
「そんなの何年か寝てたら体が勝手に慣れてくるわよ。日に当たって死ぬのは吸血鬼になりたての体だけ」
これだから脆弱な人間は…
不確かなカビ臭い情報に追い縋って、憐れ極まりない。
十字架もにんにくも大して効果はないし、聖水なんて本当に効力のあるものは極僅か。
銀の弾丸を撃ち込まれたら誰だって大怪我を負うし、心臓に杭を打ち込めばどんな生き物も死に絶える。
そう考えると有効な手段なんて考えるだけ無駄であり、強いて言うなれば退屈が最大の敵だ。
だから飽きない為にわざわざ人のいる街に足を運び、適当に食料を確保しては根城へ戻り、遊び相手と“色々”愉しむ。
そうしてまた別の街へ…と品定めしていた訳だが、久し振りに面白そうな獲物に出会えて、アルコールとは別の高揚感に心地良さを覚えていた。
「はい、次は?」
「まだ一つ目の質問に対しての答えが終わっていない。眷属になった後のデメリットは何だ」
「そんなの考えた事ないわ。私の眷属になれて不幸せな筈がないもの」
「契約事項の明細は必須だろう」
「細か…最近の人間は皆そうなの?」
「明かせないならお前の眷属にはならない」
「………分かったわよ、もう」
コイツ、顔は良いのに物凄く面倒臭い…
四六時中、側に置いておくのはやめておいた方が良さそうね。
あくまでも鑑賞用。うん。
「私はアンタの顔と体があれば後は別にどうでもいい。勿論、私に害を成さなければの範疇ね。仕事をしていても恋人と会っていても、基本的に好きにしてていいわ。ただし私が呼び出した時は別。何処で何をしていてもすぐ来なさい。来なければその原因をアンタの目の前で八つに裂いてあげる。その関係者も漏れなくね」
職場だって恋人だって、十年も経てばその不老を気味悪がる。
永遠に心を許せる相手など同族くらいだ。
脆く弱い人間達はすぐに醜く朽ちていくのだから、妬みを抱く事すら愚かしく煩わしい。
数十年も生きればこの男もすぐに理解するだろう。
「眷属になるには儀式的なものが必要なのか?」
「いいえ、互いの血を飲めば契約が成されるわ。私達は魅了を使って対象を呼び付け食事をするけれど、吸われた者が等しく吸血鬼化するなんて事はまずない」
ゾンビと一緒にされちゃ困るのよ。
あんな醜悪な種族と同列にされるなんて悍ましいにも程がある。
「貸しなさい」
空にしたワイングラスを差し、軽く指を動かす。
広く開いた口の上へ手首を置き、人差し指の爪を食い込ませて引けば、赤い筋に血が浮かび上がった。
ぽたりぽたりと滴り落ちるそれを見つめるグレーの瞳は、この誉れに何の感情も浮かべていない。
…まだ別の算段が?
「飲みなさい」
「Stay.俺がお前の眷属になるメリットがない」
「不老不死はアンタ達人間の永遠の夢でしょう。それも私の眷属になれば他の同族からも手は出されない。今後は好きなだけ好きなように出来るのよ?こんなに素晴らしい事があって?」
「お前の眷属になったとして、俺もまた同じように眷属を作れるものなのか?」
「不可能ではないけれど効果としては不完全ね。魅了が使えないから食料の確保には手間取るでしょう。代わりに私が見繕ってあげる。好みの女も揃えてあげるわ」
「魅了はお前達純血種の特権という訳か」
あー…成る程ね。
「そう、貴方“目”が欲しいのね」
「譲ってもらえるなら二つ返事で答えるんだが」
「ダメよ、条件が最悪だもの」
分かりやすい男は嫌いじゃない。
何よ、可愛い所もあるのね。
まぁ逐一禁術まがいな魔法を使ったり違法すれすれの魔法薬を手に入れるよりは、手頃な上に効果も確かな魅了を使える“目”は垂涎ものよね。
でも残念でした。
その件については触れてあげない。
あまりにもリスクが高過ぎるから。
「良いわよ、特別にその子にも魅了をかけてあげる。アンタに渡すから好きにしなさいよ」
ふぁ、と大きな欠伸をして、猫のように伸びをする。
久し振りに飲み過ぎてしまい、意図も汲めた為に緊張は解かれ、眠気が一気に押し寄せた。
「それじゃあ意味がない」
「ならその子も私の眷属にしてあげるから。今度連れて来なさい」
「今はそういう時期じゃないんだ」
「あぁもう面倒臭いわね。いいからさっさとそれ飲んで帰りなさいよ。詳しい事はまた今度でいいじゃない」
「Stay,寝るな。まだ確認してない事がある」
「もう質問おしまい。三つしか答えないって言ったでしょ」
「それに関して俺は承諾をしていない」
「はあ?子供じゃあるまい、駄々を捏ねるなんて無様な真似しないでちょうだい」
「互いの不利益を無くす為の場だ。面倒臭がる方が幼稚だと思うが」
本当によく回る口だ事…
コイツ、意外とモテないんじゃ…
「まず第一に—…」
いやぁ!顔だけで選ぶんじゃなかった!!
*****
「朝日が昇る前に帰してよぉ…アンタだって仕事あるんじゃないの?」
「問題ない。最後にー」
「まだあるの!?本当にいい加減にして!!」
だらりとソファに寝そべっていたが、終わらぬ追い討ちに首だけ動かし吠え立てる。
すると衣擦れの音が耳に入り、眠気にしょぼくれた目には白い首筋が映った。
途端、ごくりと喉が鳴る。
「今はまだ仮の契約が望ましい。本契約の際は必ず俺から連絡を入れるが、最低でも一週間はかかる」
「OK.手を打ってあげるわ」
「それから連絡をするのは夜限定だ。それ以外は仕事で出られない」
「あらそう、私もその方が都合が良いから問題無し」
無駄な脂肪は無く、程良い筋肉は噛みごたえがありそう…
その体を流れる血はどんなテイストなのか、早く味わいたくて仕方がない…!
「ねぇ、もういいでしょ」
「まだだ」
深い赤のネクタイを纏めた手で、男は尚もお預けをする。
ここまで待ってやってるなんて、私にしたら数百年ぶりの事なのに…
それでも眷属となったこの男が自分に傅き血も体も捧げる未来を夢見ると、極上のスパイスにも思えた。
「お前達と吸血病の因縁はまだ続いているのか?」
「当然。古の愚か者の所為で高貴な存在である私達は侮辱され踏み躙られた。末代まで死を以て償うのは当然の事だけれど、私達のDNAを組み込んで生み出された蝙蝠達は今も尚、何処かで繁殖し続けてる…根絶やしにしてやりたいのは山々でも、遥か昔からの眷属ともなればそうはいかない」
本当に、人間という生き物は何処までも浅ましく見苦しい。
そんな事をしても不老不死にはなれないというのに、結果的に同族同士で殺し合う醜悪な道を辿るだなんて滑稽だ。
「では吸血病ウイルスに感染したと思われる蝙蝠の駆除を俺が手伝ってやろう」
「そんな事が人間のアンタに出来るの?」
「科学は日々進化している。魔導工学もまた然り…専門機関により今は数種類にまで感染経路が絞られている事もあり、吸血病の根絶も目前だ」
「ふぅん…別に私はアンタ達が仲良く殺し合って滅びるのを眺めてても良いんだけど」
「それじゃあ上質な餌を逃すぞ」
「目的は何?こっちはお腹空いてるんだから、まどろっこしい事ばっかり言ってるとその喉噛み千切るわよ」
「そう急くな。感染した蝙蝠を駆除すれば、お前の格は上がるんじゃないのか?」
「あら、アンタがそんな事を気にかけてくれるの?で、見返りに何を求める気?」
「吸血病を発症した後、お前の眷属になったらどうなる」
「ただの吸血鬼になるだけよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ウイルスが完全に死滅すると捉えて良いのか?」
「私達が何故、不老不死と言われるのか考えなさい」
永遠に老いず永遠に死なない、呪いにも等しい力を秘めた闇の種族。
生み出され続ける細胞は常に高水準の免疫力を保ち、病原菌の侵入を許さない。
吸血病ウイルスも元を辿れば吸血鬼の細胞を人間が故意に変質させたものであり、元からある吸血衝動は特段何の弊害も及ばさない訳で、脅威と呼ぶにはあまりに小さ過ぎた。
「ねぇ、そんな事よりー」
「分かった。Come」
「!」
犬のように扱われるのは心外だが、待ち侘びた食事の時に胸ははやる。
「アンタ魅了効かないから、特別痛いわよ」
「面白い、試してみろ」
端正な顔が歪むのを眺めるのは好き。
纏った香水も悪くはないし、肌の手入れも行き届いている。
薄過ぎず厚過ぎない筋肉も最高な上に、牙の通りも悪くない。
おまけに漏れる吐息は自分好みの色気があり、喉を通る血は極上そのもの。
あぁ、こんな獲物を眷属に出来るなんて私は何て運が良いのだろう!
その後のお話はまたー…