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『他人から能力を奪わなくても、アズール先輩は充分凄いです!だって努力は魔法より習得が難しいから』
魔力も持たない癖に、その人はそう言って目を輝かせながら笑った。
美談になんかしないでほしい。
ただ自分を馬鹿にした奴等を見返してやりたかっただけなのだから。
そうは言ったものの、自分が重ねてきた努力を評価されたのは純粋に嬉しくて、そんな一言がきっかけで狂わされるなんて、あの時は砂粒ほども思わなかった。
「今日の合同授業は1ーAと2ーCだ。今からペアを読み上げる。呼ばれた者はすぐ準備に取り掛かるように。アーシェングロット、ユウとグリムを頼む」
時折行われる学年混同の合同授業では、こうして厄介事を押し付けられる機会がままあった。
まぁこれも単に自分が優秀であるが故にとった措置なのだろうが、点数稼ぎには丁度良いと“頼れる先輩”を存分に演出した次第である。
「アズール先輩、ありがとうございました!手際が良過ぎて ついていくのがやっとでした…」
「良いのは手際だけではありませんけど…グリムさんを捕まえて置いてくれたお陰かもしれませんね」
「ふなぁ…オレ様ももっとかき混ぜたかったんだゾ」
「この前、思いっきり混ぜて周りに薬品巻き散らしたのは誰だった?」
「こ、今度は上手くやるんだゾ!それなのにユウが邪魔するから!」
「今日の薬品は取扱注意だって、クルーウェル先生も授業前に言ってたでしょ。私達一年は先輩の補助係なの」
ふなぁ、と不満そうに鳴くグリムと後片付けをする小さな後ろ姿は、本当に非力そうで心許ない。
おまけに別の世界から来たという とんでもないイレギュラーな存在であるが故に、魔力も知識も持ち得ていない訳だが、別段それを憂いていない神経の図太さは驚きを通り越して呆れてしまう程。
更に馬鹿がつくような人の良さには、眩暈を起こしそうにもなる。
それなのに、否、だからこそなのか、どうしようもなく哀れなその存在に惹かれている自分がいた。
*****
「仔犬共、いつものペアを組んで撹拌を始めろ。あぁ、ユウとグリムはバイパーと組め」
「は?」
「アーシェングロット、スペードを頼む」
「え、ちょっと待ってください!何でですか?今までユウさんは僕がー」
「お前の手際は確かにいいが、これではあの二人が成長しない」
「そんな…僕は完璧にー」
「履き違えるな。お前がしてきた事を全て否定している訳ではない。だがここは学び舎だ。俺の授業で失敗なんて無様な真似は許さんが、自分の手で触れ、自分の目で見極める力を磨く為の時間でもある。現状、その適任がバイパーだと判断しただけに過ぎない」
そんな…と馬鹿みたいに同じ言葉を零す僕を置き去りにして、その日から“いつもの合同授業”は様変わりしてしまった。
「グリム、もう少しゆっくり混ぜてくれ。あまり波が立たないように…そうだ。ユウはこの薬品を一滴づつ、鍋の中央に垂らしてくれないか?慌てなくていいから、なるべく等間隔に」
「はい!」
「ふなっ!?色が変わったんだゾ!」
「手が止まってるぞ、グリム。さっき俺は何て言った?ユウは手を止めなくていい。そう、そのまま…いい調子だ」
すぐ後ろで聞こえる声に意識を持っていかれ、目の前の調合に全く集中出来ない。
言う事をまるで聞かないあの魔獣に攪拌を任せただと…!?
それに、全体的に行き渡らせなければいけないこの薬品を一年にやらせるなんて無謀だ…!!
「アーシェングロット先輩、次はこれ入れるんですよね?」
「! あぁ…って何で答えも待たずに全部入れてるんですか!?」
「だって手順に書いてあるので…」
「方法をよく見なさい!一気に入れろなんて何処にも書いてないでしょう!」
あ、と呟かれた直後、実験用の大鍋からは毒々しい色をした煙が瞬く間に立ち上り、次いで鼓膜を震わせる怒声が室内に響き渡った。
———…
「アズール先輩とペア組んどいてあんな大失敗するとか、流石デュース!」
「エース、笑い過ぎだよ…グリムも!怪我がなくてよかったね」
「あぁ…けどアーシェングロット先輩に迷惑をかけてしまった…」
「罰掃除、頑張れよー」
「やっぱり私も手伝おうか?」
「いや、俺の所為だから自分でケジメつけないと…監督生はエース達と先に行っててくれ」
「そっか…じゃあ、また後でね」
「あぁ」
余計な無駄口叩く暇があるなら手を動かしてほしいと、喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込む。
突然の事態に動揺してしまったものの、まさか確認もせずに勝手な行動を起こされるなんて…
これでは今後の成績に大きく響いてしまう。それに何より
「今日の授業は楽しかったんだゾ!」
「そうだね、実験って感じでドキドキしたね」
「アズールは何も触らせてくれなかったからな」
「仕方ない事だとは思うけど…ジャミル先輩、教え方が丁寧で分かりやすかったね!次も一緒にやれたらいいな」
ガシャン!と手から滑り落ちた試験管が床に飛散し、叱責の怒号が再び耳に突き刺さった。
いや、まだだ。大丈夫。
これくらい問題の内にも入らない。
取り返せる余地はたっぷり残っている。
自分がいかに優秀で頼れる存在であるか、知ってもらう機会なんて幾らでも作り出せる。
大丈夫だ。問題ない。これからが勝負。
確かにジャミル・バイパーは優秀だ。
あの件の後は吹っ切れたように猫被りをやめ、その能力を全面に押し出している。
観察眼と要領の良さは学園内でもトップを争うレベルであるのは紛れもない事実。
しかし魔法薬学の成績は確実に自分の方が上。
他の教科の試験対策も、過去百年分の記録を元に万全を期している。
こんな所業が他の人間に出来る筈がない。
魔力も知識もない異邦人が頼れる相手など、慈悲深い自分をおいて存在する訳がないのだ。
きっかけなど わざわざ作ってやらなくても、向こうから来るに違いない。
その時にたっぷり対価を搾り取っ—…違った。存分に僕の優秀さを理解させてやる。
「俺の前で実験器具を壊しておいて修復魔法をかける事もなく薄ら笑いを浮かべているとは…いい度胸だ、アーシェングロット。躾け直してやる」
「!?」
まったく…とんだ厄日だ。