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賑やかさという面白みを欠き、少しばかり退屈な日常に飽きていた頃、変化は突然やってきた。
いつも通り授業を終え、ラウンジの開店準備に勤しんでいた最中、ふと聞き慣れない靴音に手を止める。
嗅いだ事のあるような、ないような…
何ともスッキリしない感覚を処理すべく、二つの影がその来訪者を探りに出れば、ラウンジの話をしながら歩くアズールの後ろに見慣れぬ女の姿。
格好からして学園の関係者か、特別なお客サマか…
どちらにせよ、男子校に女がいるという異常な事態に、双子は対の色の目を輝かせた。
「ねぇ、ジェイド」
「えぇ、フロイド」
髪がかかり横顔ははっきりと確認出来ないが、その背格好や雰囲気も何処か覚えがあるような気がしてならない。
人の名前と顔を覚える事は割と得意な方だと自負していたジェイドも、面白そうな人物を忘れる筈がないと怪訝な顔をするフロイドも、その違和感に首を傾げた。
そもそも、アズールが普通に話をしているのがまた一番の気掛かりである。
営業用の顔ではなく、どちらかと言えば素に近い表情をし、尚且つ楽しげでいるのが双子にとっては不満で、殊更連れの正体を暴きたくなった。しかし
「いるねぇ、ヤバいのが」
「いますね、マズいのが」
少しカジュアルなスーツ姿の女の足元には、体格の良いダルメシアンがぴったりと付いている。
それは学園にある程度身を置いている者ならこぞって警戒をする、ある教師の右腕とも囁かれる使い魔だった。
ただの来訪者に付き添わせるにしては大仰なその存在に、やはり只者ではないと確信を得て口元を歪める。
「ジェイドはどっちがいい?」
「フロイドは“上”がいいのでしょう?」
「まぁねぇ♪」
「僕もです♪」
濃く残ったクルーウェルの匂いと、手首と首に宿る強力な魔力の源が紐を解く鍵。
どちらも譲る気はないと確認し合った上で、ふと足を止めた使い魔へ視線だけを投げた。
「あはっ♪めちゃくちゃ警戒されてるじゃん」
「こうなると隙を突くのは難しそうですね」
「あ、ねぇジェイド…”アレ”やってみない?」
「ふふふ、とても面白そうな提案ですね、フロイド」
フロイドが口にした“アレ”という言葉に、ジェイドは鋭利な歯を見せ物騒な笑みを浮かべた。
“アレ”とは、まことしやかに囁かれる都市伝説のような噂…
通常、使い魔を使役出来る数は当人の魔力量、集中力、持続力に左右される。
具現化させるだけでも相当な魔力を消費し、体から離れたそれを自在に制御するとなると、長期的な修練が必須。
だが名門校NRCのある教師は、その使い魔を複数使役出来るらしく、その数は二、三頭などと可愛い数字ではないという。
となると限界を知りたくなってしまうのが性であり、挑み競いたくなるのが若気の至りである。
そうして誰がどんな事をして悪名を馳せ、NRCの歴史に名を刻んだのか、それを知る一種のステータスとして、当人の意思とは無関係に設けられたもの。
誰が一番多く使い魔を使役させられるか、脈々と受け継がれていく果てなき挑戦ーまたの名をクルーウェルチャレンジ。
そんな面白そうな事を好奇心の塊である双子が見過ごす筈がなく、突如訪れた絶好の機会に二つの胸は高鳴った。
「駄目だ、完全にロックされてる…」
「不意打ちは厳しそう、といった所ですか…」
使い魔は足を止めたままじっと双子を注視していた。
垂れた大きな耳は時折、離れた来訪者の動きを窺うように小さな動きを見せる。
標的は自分か否か、冷静に見極めている使い魔に口笛を吹き、フロイドは胸ポケットから取り出したマジカルペンをくるりと回した。
途端、使い魔は前傾姿勢になり鼻先に皺を寄せ、低い唸り声を漏らす。
「遊んでやるよ、ワンちゃん」
狂気をオッドアイに宿し、フロアの床から幾重もの太い根を伸ばすが、使い魔は軽々と飛び退けてみせる。
体勢を整えられない空中へ舞ったのを見越して、今度はジェイドがマジカルペンを振るった。
天井から連なる無数の氷の刃に反応を見せるも、その一瞬の隙を突いて使い魔の四肢と口へ根が巻き付く。
パキン、と音を立てて凍結させた使い魔の哀れな姿に、双子は揃って口元を悦に歪めた。
クルーウェルチャレンジが成功するに越した事はない。
だがそれに臨む事は、在学している限り幾らでも出来る。
しかし、目と鼻の先にいる未知なる来訪者の正体を暴く機会は今この時しかなく、自然と優先順位は定まっていた。
二件の内どちらかの目的を果たすに越した事はないが、失敗したとひても もう片側に必ず旨味の残っているこの状況が楽しくて仕方がない。
何の打ち合わせもなしに、手を取るように次の動きが見えるのは、やはりこの片割れの存在があってこそと改めて感じる。
そして使い魔を封じクルーウェルチャレンジを強制的に次回へ持ち越した双子は、一番の目的である来訪者の首ーもとい首に装着された魔道具を狙ってフロアの床を蹴った。
だが それを見逃さなかった漆黒の目が氷の中でぎろりと双子を睨み、バキ…と氷の塊を砕く音を響かせる。
その僅かな音に反応したジェイドは体を反転させ、持て余したスピードを床に殺しながら臨戦態勢をとった。
「あの馬鹿共…!ユウさん、立てますか?」
「………ちょっと無理そうです」
「仕方がありませんね…恐らく貴女に直接危害は加えてこないでしょう。頃合いを見て奥の部屋に移ってください」
「え、行っちゃうんですか?」
「僕のラウンジを好き勝手されたくはないので」
「………元はオンボロ寮だったのですが」
「今は僕のものです」
「相変わらずですね」
「褒めても何も出ませんよ」
騒動の中でそんなやり取りを密かに行い、アズールは防護魔法の強化をすべくユウの元から離れる。
その背を不安げに見つめる瞳には、双子と使い魔との激しい攻防が映し出されていた。
通常、魔法を打ち消すには同等かそれ以上の魔力をぶつけるのが定石とされている。
そして戦闘に特化していない使い魔の耐久性は低く、打ち破れば術者の元へと還るのが一般的。
であるにも関わらず使い魔は氷の中で蠢き、体についた水分を振り払うかのように体を震わせた。
「流石はクルーウェル先生の使い魔ですね。フロイドと僕の魔力を吸収するなんて…」
空気中の水分を魔力で増幅し固めた氷はただの微量な水へ、四肢や口に巻き付いた太い根は細々とした枯れ草へと成り果て、それらを難なく踏みつけた使い魔は鼻に寄せた皺を増やし牙を剥き出しにした。
鋭い爪が床に傷を残す間際、ジェイドは再び氷の魔法を放ち足止めを図る。
が、その切っ先が体に触れると瞬く間に溶け込み、増幅した魔力に体の大きさも比例した。
「これは…!」
マズいと脳内に警鐘が鳴り、飛びかかってきた使い魔の首へと咄嗟に手を伸ばす。
だが思いの外強靭な前脚に呆気なく阻まれ、ジェイドの首には鋭い牙が迫った。
「チッ」
そう舌打ちをして一瞥をくれたフロイドはそれでも尚、来訪者の首を狙って距離を詰める。
あともう一歩…
小さな体をより縮こまらせたその顔は、しっかりと捉えている筈なのにブレたままで表情が読めない。
その違和感にほんの僅か速度を緩めた瞬間、横から吹っ飛んできた何か諸共激しく壁に体を打ち付けた。
「…ってぇな」
「げほっ…」
重くのしかかる片割れを乱雑に退け、再度首の魔道具を奪おうと狙いを定める。
そんなフロイドの前に、もう一匹ダルメシアンが現れた。
「あ?どけよ、チビ」
頭を低くし、長い尾を後ろ足の間に丸め込みながらも、その使い魔は来訪者を庇い立てするように立ち塞がる。
「怖いなら逃げなよ。アイツならともかく、お前じゃ無理だって」
体躯もだが内包している魔力量の桁が違うと、フロイドは嘲笑うかのように靴音を響かせゆっくりと近付いた。
その度に小柄な方の使い魔は一歩、また一歩と後退り、後方から流れ込んでくる感情に感化され ぷるぷると体を小刻みに震わせる。
「じゃあ俺がイイコイイコしてあげよっかぁ…あはっ♪」
「待ってください、フロイド」
「なぁに?ジェイドも可愛がりてぇの?アイツにやられた分も俺がしてあげるから安心して」
ぺたりと座り込んだ来訪者の足に、とうとう小柄な使い魔の後ろ脚が触れた。
ぬっと差し伸ばされたフロイドの手を前に、恐怖と不安でいっぱいだった目の色がふと変わる。
グルル…と牙を剥いて唸る姿を、フロイドは目を細めて笑った。
「遅ぇよ、今更威嚇したって」
事も無げにあしらい、お前は後だと視線を外した瞬間、少し離れた箇所から遠吠えが響く。
そういえばそちらの対応をジェイドに任せてたままで、そのジェイドが後ろでまだ伸びたままだと気付くまでのほんの数秒。
同時にクルーウェルチャレンジの続行にも歓喜する中で、使い魔の数を増やすべくどう立ち回るか頭を働かせた。
苦々しい顔をしたアズールが店内に防護魔法を施したのを視界の端に入れ、フロイドはまたマジカルペンを指先で回転させる。
「獣は火を怖がるって言うけど…お前等はどうなの?」
歪んだ興味に歯を覗かせて、フロイドは紅蓮の炎を使い魔へと放つ。
が、フロイドの身にその倍の炎が返され、それを捩じ伏せようと更に魔力を費やした。
「やめろ、フロイド!」
業火に身を包まれながら、尚も攻撃の手を緩めないフロイドにアズールが声を荒らげる。
大切な客人に危害が加わらぬよう背に隠すが、既に決した勝敗を受け入れずにいるフロイドへ苛立った溜息を漏らした。
「まだまだこっからじゃん♪」
炎が使い魔自身の魔法ではなく、反射によるものだと判断すると、フロイドは魔法による攻撃を止め物理技に出る。
数多の生物の急所である首。
そこへ手をかけようと腕を伸ばしたフロイドと、その突き刺さる殺意に触発され血走った目をする使い魔が、フロイドの首を噛み砕こうと大口を開けたのはほぼ同時だった。
踏み込んだ足の長さ、そして伸ばした腕の長さに勝利を確信していたフロイドは愉悦を浮かべる。
しかし突然、その手足が動かなくなった。
瞬間的に目を走らせれば、両手両足にダルメシアンが喰らい付いている。
「あ」
ヤベェじゃん、これ…と呟く間もなく、鋭い牙が喉に突き刺さるのを感じ、そのまま後頭部を床に打ち付ける。
「っ痛ぇ!」
頭も首も手首も足首も、どこもかしこも激痛が走るが、動く度に牙が食い込んだ。
「無理無理無理無理!!ギブ!!」
「フロイド、騒がない方が身の為ですよ」
「え、ジェイドも同じ目に遭ってんの?」
「抵抗すると余計に穴が空くのでお勧めしません」
そろそろ貫通しそうです…と困ったように笑うジェイドもまた、四肢と首をダルメシアンの使い魔に拘束されていた。
グルル…と至る所で唸り声が響く中、それ等がまるで仔犬の甘え鳴きに聴こえるかのような、ドスの効いた声が木霊する。
「俺の愛犬に手を出した愚か者は何処のどいつだ…!?その分厚い面の皮を剥いでやる」
ずず…と漆黒の影から怒りを露わに踵を鳴らして現れたのは、指示棒を肩にかけ冷たく見下ろすデイヴィス・クルーウェル。
普段の涼やかで端正な顔立ちはなりを潜め、こめかみには青筋が浮き立っていた。
「ガチギレじゃん…」
「おやおや、これは大変な事になりそうですね…」
店内のグラスや窓ガラスが振動する程に、室内には濃度の高い魔力に満ち溢れる。
加えて当人の機嫌が未だかつてない程に頗る悪い事が拍車をかけ、張り詰めた空気の中で誰しもがこの事態の収束を切に願っていた。
というのも、無関係である従業員達の前にも、後から現れた使い魔達が目を光らせ唸り続けてる。
一歩でも動けば襲われかねない、緊迫した状況にあった。
だが外野に張り付く使い魔を見るなり、フロイドは首を噛まれたまま嬉々として声をあげる。
「ねぇアズール、ワンちゃんの数覚えといて」
「Be quiet!誰が喋っていいと言った。俺の許可なく動くな」
頭上で仁王立ちするクルーウェルは、指示棒の先をフロイドの目前で止めた。
そこで漸く降参と脱力したフロイドに続き、ジェイドもまた愉快そうな顔をする。
まるで反省していない双子のその様子に、クルーウェルは更に顎を上げた。
「アーシェングロット!」
「煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。体に幾つ穴を空けても構いませんが、シフトに穴は空けない範囲でお願いします」
「アズール、ひでぇ」
「そんな扱いをされてしまうなんて、悲しいです…」
チッと大きな舌打ちの後に、凍てつく眼差しに射抜かれる。
そんなやり取りに周りの方が肝を冷やしていたが、従業員達は指示棒を振るったクルーウェルから揃って顔を背け無関係を装った。
「「!」」
シルバーの金具と黒のレザーで作られた口輪を嵌められ、首にも黒い首輪が装着されると、双子の人魚は不服そうな顔をする。
その不満を露わに口汚い抗議をしたが、魔法の効力が作用しているのか全く喋れない。
そんな姿を鼻で笑い、じゃらりと揺らした鎖を二人の首輪に着け、クルーウェルは恐ろしくも美しい顔で言い放った。
「躾の時間だ」