拗らせ合った32歳達
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
午前の授業を終え、食堂にはわらわらと人の波が押し寄せていた。
少し早めに到着していたユウ達は奥の席を陣取り、頂きますと揃って嬉しそうな声を揃える。
「なに、トマト系のパスタ選ぶなんて珍しいじゃん?」
「具合でも悪いのか?」
マブから注がれる温度感の異なる視線に、ユウは失笑しながら軽く手を振った。
「本当はカルボナーラ食べたかったんだけどさぁ…今日レモンソースだったの」
あぁ…と一気に興味を失くした二人は、クラブサンドとハンバーグに齧り付く。
トッピングの生ハムより薄い友情にパスタを巻き付けていた手が止まった。
「お前が残したらオレ様がぜーんぶ食ってやるんだゾ!」
「ありがとう、グリム」
優しいのは親分だけだ。
小さな口をいっぱいに開け、ツナサンドを頬張る姿の可愛い事…
「詰めろ、仔犬共」
カタンとトレイを置き、返事も待たずにふわっふわのファーコートで圧をかけてきた男に思わず顔を顰める。
「何で来たの」
「お前が無駄にスペース取ってるから」
「無駄じゃないよ、グリムがいるんだから」
「膝の上にお座りさせておけ」
強引に押しやられ、はぐはぐと食べるのに夢中なグリムを仕方無しに膝上へと移せば、正面の二人の顔色はまたも温度を違えた。
しかし敢えてそれを口にはせず、沈黙を守ったまま咀嚼を続ける。
その最中、隣の芝は青く見えてしまうもので、生ハムとカットレモンが乗ったカルボナーラはやはり美味しそうに目に映った。
「ん」
赤いグローブが手際良く一口分をフォークに巻き付け、それを口元へと運ばれ思わずたじろぐ。
「いや、いいよ」
「ほら」
有無を言わさず唇が触れそうな程に近づけられ、おずおずと口を開いて頬張ると、微かな酸味とクリーミーな味に目を見開いた。
「これなら私でも食べられそう!」
「やめておけ。今のはソースのかかってない部分だ」
お前、嫌いだろ?と鼻先で一笑され、確かにこれ以上の濃い酸味は好みではないと諦める。
貴重な体験のお返しに、こちらも一口分パスタを巻き付けて差し出したが やんわりと断られてしまった。
代わりに大事にとっておいたエビへと手を伸ばされ、あ!と声を荒らげる。
「私のエビ!」
「ベーコン派だろう」
「でもエビは別格!最後にとっておいたのに!」
「何だ、残した訳じゃなかったのか」
食べ物の恨みは恐ろしいんだからな…!
フォークを握り締めて恨みがましい視線を送っていると、担任は自分の皿から生ハムを取り再びフォークを差し出した。
「………」
「食え」
「完全に犬扱いじゃん」
「お前達は俺の仔犬に違いないだろ」
「人権侵害だ」
「じゃあいらないんだな」
「いるいる、下さい!」
引っ込められようとした手を掴み、あーんと口を開けて強請れば思いの外優しくフォークを差し込まれた。
「生ハム、美味し!」
良かったなと呆れたように笑う担任の横で、生ハム特有の柔らかさと塩気を存分に味わう。
口端を親指で拭われ、幼児への扱いと同じだなんて思いながら 寮にあるつまみのストック棚を思い浮かべた。
今度のおつまみは生ハムとクラッカーが良いな…
チーズを乗せてペッパーを掛けるのも良さそうだし、蜂蜜も合うな…
「あ、じゃあお返しにサラダあげる」
「嫌いな物を押し付けておいて恩着せがましく振る舞うんじゃない」
「美味しく食べてくれる人に食べてもらった方が野菜も本望でしょ」
「お前は屁理屈ばっかりだな」
「まぁそう細かい事言わず…はい、あーん」
紫キャベツを突き刺したフォークを口元へ運び、怪訝な顔をしながらも担任は大人しくそれを口にする。
「あぁ…サウザンドレッシングだからか」
「今日のランチ、酸味に振り切り過ぎてない?厨房に酸味マスターでもいるの?」
「そんな奇抜な奴がいてたまるか」
ただでさえ美味しさを感じない葉っぱに酸味の効いたドレッシングをかけられてしまってはお手上げだ。
シーザーやゴマが最強だというのにこの変化球は個人的に不満が募る。
「という訳で差し上げます」
「野菜も食え」
「だからドレッシング次第だってば」
「子供みたいな事を言うんじゃない」
隣のトレイへサラダの皿を移し、膝下でツナサンドを完食したグリムの口元を拭う。
正面からは何とも言えない顔をしたマブ達の顔があったが、残念ながら良い手本にはなれそうにない。
アイスティーを口に含み、自分も残りのパスタを平らげてしまおうとフォークを回した矢先、スピーカーが呼び出しをした。
名指しされた担任は大きな溜息を吐き出し、半ば強制的に食事にピリオドを打つ。
「残すならオレ様が代わりに食ってやるんだゾ!」
「好きにしろ」
チャンスとばかりに飛び付いたグリムに、片付けようとしたトレイを戻した担任はコーヒー片手に気怠げに席を立った。
「にゃっはー♪ラッキーなんだゾ!」
何でも美味しそうに食べるグリムの背中を撫で、遠くへ消え行くファーコートの背を見つめる。
学園長からの呼び出しとはいえ、昼食もゆっくりとれないとは気の毒だ。
「…先に教室行ってるね。グリムの事、お願い」
「あぁ」
空になったトレイを片付け、まだ残っている軽食とカップスープを購入し、少しばかり足を急かす。
何処へ呼び付けられたのかは分からないが、よく寛いでいる場所は知っている。
午後の授業の準備に戻るだろう事も明白だ。
その準備室の扉をそっと開け、机にサンドイッチとスープを置いて踵を返す。
余計なお世話だろうが、不要であればそのまま廃棄してもらえば済む話。
ご飯くらい腹に収めたいと願う社畜の気持ちは、十二分に理解出来る。
文句も言わずに立派に付き従う彼を、一体何処の誰が褒めてくれるのか…
そんな事を本人が望んでいなくとも、ささやかな気持ちを置いていくくらい罰は当たらないだろう。
「ご苦労な事で」
人気のない廊下で何の気無しに腕を伸ばし、今日の夕飯はシーフードドリアでも作ろうかと思案する。
確か奴のお気に入りの白ワインが残っていた筈…
週末までまだ少し日数はあるが、たまにはディナーのお誘いをしてみるのも悪くない…かもしれない。
余計な小言がなければの話だが。
おまけのマブ
「ねー、俺等なに見せ付けられた訳?」
「学園内であんなイチャついていいのか?」
「男子校つれー」
「僕もいつかあんな風に振る舞えるんだろうか…?」
「いや無理でしょ。あの二人が特殊過ぎるもん」
「そうだな」