拗らせ合った32歳達
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
学業も仕事も新年度も、寒さの和らぐ四月をはじめとしてきた身としては、夏にスタートを切るこの生活は異文化そのもの。
人の名前も建築物も食事も、まるで海外のそれだ。
何の因果か異世界にすっ飛ばされて、帰り方も分からず寄る辺もなくこの世界で生きるしかなくなった訳だが、奇妙な出来事を少し楽しんでいる自分もいた。
NRCは名門の男子校らしく、魔法士の養成所として有能な生徒が多いとか。
…魔法の存在に驚いたのは言うまでもないが、この学園の顔面偏差値の方が個人的には気になる所だ。
面接の合否の八割は顔で決まっているのではと思ってしまう程に、眉目秀麗な面々が毎日個性の殴り合いをしている。
やんちゃ、事勿れ主義、打算的、無鉄砲、天然…
それはもう多彩な性格の持ち主達で、一回り以上離れている彼等が日々やいやい騒いでいるのを目の当たりにしているのは、困った弟を持つ姉のような気分だ。
だって彼らはまだ自分の半分程度しか生きていない。それなのに考えは凄くしっかりしていて、自己をきちんと持っている。まだまだ思春期真っ只中の複雑極まりないお年頃…
にも関わらず、大人顔負けの知識や技術、とんでもない思考やストイックさには正直舌を巻いた。
一人でそんなに抱え込まなくていいのにと思う事や、他人には―否、家族であってもどうする事も出来ない出自等、彼等の胸の底に蔓延る闇は深くて重い。
「もっと青春を謳歌すれば良くない?」
「お前に青春があったのか?」
「失礼」
ちょっとばかし摂取したかったのだが、まさか学園ライフからバトルものになるとは思わなかったDVDの再生を止め、隣の失礼な男の脇腹を肘で小突く。
犬歯を見せて笑う顔だけは良いその男は、担任であり飲み仲間のデイヴィス・クルーウェル。
もしや同年代では?と会った初日に根掘り葉掘り聞き出してみたら、まさかの同い年という衝撃の事実を知る事になり
は何かと話す機会が増え今に至る。
「次は?」
「好きなの流して」
金曜の夜は大抵、こうしてぐだぐだしていた。
帰宅後は課題もそこそこに適当に夕食を作り、一缶開けてグリムを寝かしつけ、風呂から上がった所でチャイムが鳴る。
酒やつまみ、DVDを持参したお客サマをそのまま追い返す訳にもいかず、談話室で酒盛りをしては愚痴をこぼし、一週間の内で一番楽しい時間を過ごす。
幾つか見繕ってもらうDVDは毎度種類が豊富で、「どれにする?」「これ」「あー、それだけはないな」という一連の流れは最早鉄板となっていた。
じゃあ何でそんな物を持って来るのかと問えば「そうでもしないと一生見る機会はないだろうから」などと宣ったのだ。
まったく、この男の性根は根腐れでも起こしているのか?
「この映画の監督は―…」
いつもの如く魔法でDVDの入れ替えを行う根腐れ男は、今日もお得意の蘊蓄を開始する。
結構な熱量で毎回力説しているが、こちらが無反応でも続ける所はネジがぶっ飛んでるなとその都度思う。
だが仕方がない。
DVDを持ってきてくれているのはクルーウェル様で、本人曰くクソチョイスが個人的にも大外れだったのだから、今度はご本人の一押しを黙って鑑賞させて頂くのが筋というもの。
…とはいえ、前振り長いな。
「おい、聞いてるのか?」
「あと五分以上続くなら、ちょっと巻きでお願い出来ますか」
「五分で済む訳ないだろうが」
「でももう冒頭始まって…あ」
一時停止は狡くない?
「前作もそうだかこの監督の拘りは異常なまでに緻密で高尚だ」
再生止めた上に自分の方を向かせる為に首を固定させて熱弁する方が余程、異常だと思いますが?
あー…四本空けてるから結構気分良くなってるな…
食事中もワイン結構飲んでたし…
これは止められない面倒なパターンか…
「いいか、よく聞け。先週観た作品の中で湖畔に済む画家の話があっただろう」
「窓に雪積もってるのにタンクトップとスキニーで室内彷徨いてた女の話?」
「お前もさして変わらんが」
「やめてよ、私は筆持つ度に旅人の男とイチャついたりしない。それにモコモコの羽織を新調しましたー」
「ステイ、あの作品にそんな低俗な文句をつけるな」
「だって結局アーティストの話なのか恋愛ものなのか分からなかったんだもん」
「はぁ…分かってない」
そもそもなぁと始まったお小言は最早、説教に近いものがあった。
…もう蘊蓄はいいから早くDVD見せてよ。
「大体お前はなぁ」
「ハイハイ」
「… … …」
いつまでも両手で顔を挟まれたままでいるのは首が辛いので、お返しに同じ事をしてやる。
グリムにするように、わしゃわしゃとツートンの髪を撫で回すと若干不満そうな顔をされた。
普段散々人の事を犬扱いする癖に、自分がされるのは嫌なタイプ?
それって我儘では?
「もうDVD見ていい?」
「…しょうがないな」
「ありがと」
癖のない髪を指で梳き、まだお小言を続けたそうな瞳から逃れる。
首を固定していた手が離れ、解放されたのを良い事に早速リモコンの再生ボタンを押すと、彩り鮮やかな海の中から物語は始まった。
初めて見る映画はどんなジャンルの物でも期待に胸が膨らむ。
それが自分の好みかどうかはまた別問題だけれど。
ソファの上で膝を抱え、飲みかけのレモンサワーを口にしながら隣人のお勧めを鑑賞し始めたが、果たして今回はどんな睡眠導入剤なのだろうか―…