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真実を映し出す鏡に乞い願う。
想い人の未来をこの目に、と。
闇色は僅かに波打ち、そして水に落ちたインクのようにじわりと明暗を生み出して、やがてある一室を浮かび上がらせた。
カーテンをきっちり閉め、明かりも点いていないその部屋には当然の如く暗闇が広がっており、その部屋の主すら飲み込んでいるよう。
端から端へと目を走らせ、漸く慣れてきた頃に、白い塊のような何かに気付く。
ベッドの横、床の上で小さく蹲っている姿は、求めてやまない想い人だった。
久方振りに目にした想い人に安堵して、同時に恋焦がれる。
届かないと分かっていても、その名は自然と溢れていた。
塞ぎ込んでいる様子は気になったものの、こちらから干渉する事はもう叶わない。
もう少し、あと少しだけと見つめたまま鏡面をそっとなぞり、無意味な行動に僅かでも心を満たそうとした。
これで最後だと、このまま時を忘れてしまわぬ内に幕を引かなければと心を決めるも、その瞬間を迎えるのを躊躇ってしまう。
一度だけ顔を見られたらと、愚かしくも欲を深めたその時、不意に動いた姿に意識が向く。
耳を塞ぎ体を震わせる様は、まるで何かに怯えているよう。
もしくは、周囲で起きている音を必死に遮断し耐えているようにも見えた。
音が聞こえないので、そこで何が起きているのかは分からない。
不穏な空気に胸がざわつき注視していると、徐ろに何かを探し出す。
手近にあった鞄を漁り、小さな箱を取り出すなり必死な様子で中に入っていた小瓶をひっくり返す。
嫌な予感をそのままに、蓋を開け瓶の中身を一気にあおり始めた。
そして次に鞄から取り出した缶のプルタブを引き、それも同じように飲み干していく。
制止の声を荒らげてもその行為は止まらず、口端から溢れるのもお構いなしに缶を空にすると、軽く咽せながらぼんやり空を眺めた。
虚ろな顔が、焦点の定まらぬ目が、呼吸を忘れてしまう程に胸を締め付ける。
早く吐き出させなければ大事に至るのは明白で、しかし自分にその術がないと悲嘆に暮れた。
そうして、半開きになっていた唇が僅かに動く。
『———…』
自分の名を呼ばれた気がして、堪らず鏡に追い縋った。
声が届かない。
触れる事も出来ない。
現実という無情な壁に阻まれて、冷たい鏡面にただ爪を突き立てる。
それから程なくして、ふらりと立ち上がった様子に脳内の警鐘がけたたましく鳴り響いた。
こういう時に限って、胸騒ぎは現実のものとなってしまう。
どんなに叫んでも、どんなに止めても、覚束ない足はふらふらと窓辺へと向かった。
開け放った窓からは風が入り込み、カーテンを大きく揺らめかせる。
外には漆黒の空が広がり、星の明かりも見えない。
声が掠れ、喉が千切れそうになるまで叫んでも、歩みを止める様子はなく。
白い手がバルコニーの手摺りにかけられ、いとも容易く半身が投げ出された。
スローモーションのように空を泳いだ足が脳裏に焼きつき、変わらず揺れるカーテンの白さと果てなく続く闇色の空に、絶叫した。