Short dream
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※ブルームの衣装と花束箒を担任が用意(黙秘)しているという捏造の元、作成しております
エースの誕生日を祝う声が其処彼処から飛び交い、本日の主役は魔法士らしい出立で喜びを露わにしていた。
夕闇色のローブには深いゴールドの繊細な刺繍が施され、少し角度をつけて被った同色の三角帽は御伽噺に出てくる魔女を彷彿とさせる。
そしてその手には、長い柄の箒を思わせる花束が握られていた。
真っ赤な花弁や実が目を惹くそれはエースらしい色合いで纏められ、数種類の異なる花々が美しく束ねられている。
その楽しげな様子を、ユウは少し離れた場所から見守っていた。
そんな最中、カツンと鳴った靴音に甘い香水が揺らぎ、ハッとして隣を見上げる。
自分と同じように壁に背中を預け、腕を組んで満足そうな笑みを浮かべたのは担任のクルーウェル。
「お前は加わらなくていいのか?」
「朝一番に、デュースやグリムとお祝いしたので」
今は記録係です、とカメラを掲げたユウヘ、クルーウェルは そうかと呟いた。
羽目を外し過ぎないよう見張りに来た飼い主に へらりと笑って、ユウは再び話題の中心を見遣る。
「ジャミル先輩といいエースといい、イメージとぴったりな花束ですね」
「花を選んだ者はさぞセンスが良いのだろうな」
「ふふ、先生みたいなハイセンスな方なんでしょうね。あ、そういえば先生もあのブルームって貰ったんですか?」
「まぁ伝統行事みたいなものだからな」
「どんなお花だったんですか!?華やかな大輪とか似合いそうですね!」
「どうかな…お前だったら何を選ぶ?」
「真っ白な薔薇が似合います!あと黒い薔薇も!それからカサブランカに、黒のカラーも素敵ですよね!真っ赤なダリアやカトレアもお似合いです!」
「っ…そうか…」
深い尊敬、滅びる事のない愛、威厳、素晴らしい美、優雅、成熟した大人の魅力的…
そんな花言葉達にクルーウェルの頰は朱が差し、咳払いをして平静を装いつつ顔を背け、緩んでしまいそうになる口元を覆った。
「私は魔法士にはなれないし、作ってもらう機会もありませんけど…ちょっと憧れちゃいます」
「………」
魔力がなく異世界から来た女という異質な存在は、名門校の伝統行事にはそぐわない。
寂しげにそう零したユウを、シルバーグレーの瞳がじっと見つめた。
*****
「ふなぁ…パーティーの料理、どれも美味かったんだゾ」
「お口にクリームついてるよ、グリム」
満腹になり大満足な様子のグリムは、オンボロ寮のソファでまん丸になったお腹を出して気持ち良さそうに目を閉じる。
その口元を拭いながら、ふと抱えていた疑問を零した。
「そういえばグリムのお誕生日はいつ?」
「そんなの分かんねぇんだゾ」
「そっか…ちょっと寂しいね」
「別に寂しくなんかねぇ!…けど…主役になってプレゼントい〜っぱい貰って、ご馳走様もた〜っくさん食べられるなら、オレ様も誕生日欲しいんだゾ!」
「ふふ、そうだよね。でもグリムは何処で生まれたのか、何歳なのかも分からないもんね…」
悩むなぁと首を傾げた後、ユウはある事を閃いて目を輝かせた。
「それじゃあ私達が初めて会った日にする?」
「それって…入学式って事か?ずーーーっと先なんだゾ…」
「ご不満そうで」
腕組みをして むすっとした顔をする親分に、子分はどうしたものかと首を捻る。
「2月22日、猫の日は?」
「オレ様は猫じゃねぇんだゾ!」
「2月9日、肉の日なんてどうでしょう?」
「どすせなら良い肉がいい!」
「成る程、11月29日か…あ、いや別に語呂合わせに拘らなくてもいいんだけど」
「お前が言い出したんじゃねぇか」
「そうだね、覚えやすい方が良いかなって…あ!1月1日は?1年の始まりの日!一番おめでたい日だし、リリア先輩とも一緒!」
「誰かと一緒じゃイヤなんだゾ!オレ様だけが主役の日がいい!」
「そっかぁ…」
これは中々手厳しいと、ユウもまた腕を組んで難しい顔をする。
折角の誕生日なのだから何よりも特別にしたいものの、だがしかし妙案が浮かばない…
「それじゃぁ、グリムはいつが良いの?」
「んー…そう言われてもなぁ…」
いっそ好物の旬な頃合いでも打診してみようかと思い立った直後、グリムは宝石のような青い瞳をパッと輝かせた。
「ユウと同じがいい!」
「え、でも誰かと一緒はイヤだって…」
「オレ様はお前の親分だからな!お前となら一緒にお祝いされてやってもいいんだゾ!」
「ふふふ、それは光栄」
「そういえば、ユウの誕生日っていつなんだ?」
「えっとー…」
ユウは壁にかけたカレンダーを捲り、その日を指差した。
そしてマーカーで印をつけ、自分とグリムの名前を書き込む。
更に加えられたリボンと肉球のマークに、グリムは嬉しそうな顔をして笑った。
*****
それからというもの、ユウは勉強の合間に図書室や植物園に足繁く通い詰めた。
机に並べるのは専ら分厚い植物図鑑。
季節に咲く花々の種類や、それぞれが持つ花言葉を調べ、グリムに似合いそうな色の花や意味合いをピックアップしていく。
元の世界でもよく目にしたものも多く、初めて見る色や形の花達には勉強以上に興味をそそられた。
そしてある日、とっておきの場所へと足を伸ばす。
「Hey!いらっしゃい、小鬼ちゃん♪」
「こんにちは、サムさん!少しお時間いただけますか?」
「Of course!今日は何をお求めかな?」
「えっと…お花なんですけど、取り扱ってます?」
「In stock now!まぁ物によっては少し日数もらうかもしれないけどね」
「じゃぁ、その辺についてもご相談させて下さい」
「このサムにお任せあれ♪小鬼ちゃんも花をお求めとは、誰かへのお祝い?」
「実はー…」
かくかくしかじか。
事の次第を説明すると、サムは「Uh-huh」と目を見開いて大きく頷いた。
納得したような顔をするサムへ、ユウは持ってきたメモ帳とペンを取り出す。
勉強熱心な姿に頬を緩め、前のめりになって相談に乗った。
生花をオーダーした場合どれくらいの納期がかかるのか、そして購入後どれくらい もつのか、またそのコツ等を聞き出し細かくメモを取る。
その様子を、サムは片肘をつきながら微笑ましそうに目を細めて見つめた。
「それじゃぁ、あとは予算かな…うーん…」
「心許ないならココで働く?」
「え!?いいんですか!?」
「当然さ!そのとびきりの笑顔があれば売れ行きも絶好調間違いなしだからね」
「でもアルバイトの経験がないので、上手く出来るか…」
「No problem!品出しや簡単な接客をお願いするだけだから心配ご無用♪そうと決まれば早速明日からお願いしようかな。取り敢えずこの書類にサインして」
「仕事が早い…」
「恋と仕事はスピードが勝負だからね」
片目を瞑って微笑むその破壊力に首を縦に振る事しか出来ず、ユウは差し出された書類にサインをした。
*****
それから、補習を終えてはミステリーショップでのアルバイトに勤しみ、何回か他の生徒の誕生日を祝っては、惹かれた花について図書室へと足を向ける日々を過ごす。
その内に、誰かの思惑通りある人物と出会す事になった。
「いらっしゃいませ!」
「………何故こんな所にいる、仔犬」
「こんな所とは随分な言い草じゃないか、デイヴ」
ここ数日、補習を終えるなり足早に去っていくユウに寂しさを覚えつつも、決してそれを表に出す訳にいかなかったクルーウェルは例の如く晩酌用の酒を買いに来たのだが…
まさか数分ぶりに悪友の店でお気に入りと再会を果たすとは思っても見なかった。
「実はちょっと…金欠で…」
「サム」
「ちゃんと正規の雇用契約を結んだよ。じゃないと誰かさんがブチ切れるだろ?」
肩を竦めたサムを厳しい視線で射抜き、静かに溜息を漏らすと苦笑を浮かべるユウを見やる。
一体いつから、どんな目的で…
そう問い詰めたいのは山々だったが悪友の手前、後でどう揶揄われるのか分かったものではない。
クルーウェルは苦々しい顔をして再びサムに一瞥をくれた。
「どうして言わなかった」
「聞かれてないからね」
「サム」
「小鬼ちゃん、出番だ」
もう一度低く唸ったクルーウェルへ、サムはユウの背中をそっと押し出す。
もし苛立った様子で来た場合、コレを勧めてほしいと言われていた品を手に取ると、ユウはおずおずそれを差し出した。
「リラックス効果のあるハーブティーです。ノンカフェインなので、就寝前にも飲めます」
「………」
シルバーグレイの瞳に少しばかり困惑の色が滲む。
するとサムはユウに耳打ちをし、クルーウェルの眉間には皺が寄った。
「えっと…アカシア花の蜂蜜も一緒にいかがですか?」
「っ…分かったからそんな目で俺を見るな」
きゅぅん…と幻聴が聞こえてきそう なつぶらな瞳で見上げられてしまっては、その可愛らしいセールストークに応じる他ないと財布を開く。
素直に喜んだユウの後ろでとられたガッツポーズも見ないふりをして。
「蜂蜜は二つ、小さい方でいい。それからヨーグルトとスープ。あとはチーズにクラッカーを」
「はいっ」
言われた品を手に取る最中、後者の二つは袋を分けるようにと言われ、ユウは丁寧に品物を紙袋に詰めていく。
その横でサムは片眉を上げながら煙草を指で挟む仕草をとった。
「いつものは?」
「この状況下で買う馬鹿がいるか」
「ニッヒッヒ♪」
こっちも?とグラスを傾ける素振りを見せると、忌々しいと言わんばかりにクルーウェルの顔が歪んだ。
逃れるようにユウの後ろへ引っ込んだサムを睨み、口を折り曲げられた紙袋を受け取る。
が、クルーウェルはすぐにそれを開くと蜂蜜の小瓶を一つ取り出し、隣の袋へと移し替えた。
「帰りは気を付けろよ。これは夜食にでもしろ」
「!」
差し出したばかりの袋を返され、ユウは思わず狼狽する。
ニヤニヤと笑うサムを視界から外したクルーウェルは、吃ったお礼にくすりと笑って指示棒を振るった。
光の粒子がダルメシアンの使い魔へと形を変えて煌めき、店の隅で身体を丸めるとじっとユウを見つめる。
「仕事が終わったらあいつと寮へ戻れ」
「過保護だなぁ」
「いいか、そいつじゃなくあの使い魔とだ。分かったか?」
「ハイ」
「Good girl」
頑張れよと一言残し、ユウの頭をくしゃりと撫でてクルーウェルは小さな紙袋を手に店を出ていく。
もう一度お礼を述べたユウの横で、サムは上半身をだらりとカウンターに預けて笑った。
「明日も来るよ」
「えっ」
「多分毎日来る。良かったね」
「え!?何でですか!?」
僅かに紅潮した顔で疑問を投げるも、サムは頬杖をつき口端を吊り上げるのみ。
何でだなんて、わざわざ口にするのはナンセンスだと。
「小鬼ちゃんはクルーウェル先生に会える。クルーウェル先生は健康的になる。俺は毎日の確定売上にご機嫌…皆happyで良いね♪」
ご満悦な様子でにっこり微笑んだサムに、隅で大人しくしていた使い魔はフンと鼻を鳴らした。
*****
暫く経ったある日の事。
サイエンス部が手入れをしている植物園内の一角で、ある花の採取許可を得たユウは丁寧にそれを取り上げていた。
様々な種類の花が咲き乱れ、その香りに包まれる中でふと目に留まったシロツメクサに足を向ける。
「懐かしいなぁ…小さい頃はよくー…」
あ、と零してキョロキョロと周囲を伺い、誰もいない事を確かめると茂みにそっと手を伸ばした。
収穫した花を落とさないよう大事に抱え、ぷつりと抜き取ったのは四葉のクローバー。
思わぬ形で得た幸運の証にユウは童心に帰って破顔し、許可をしてくれたささやかなお礼にと薬学準備室へと足を急かす。
僅かに息を切らし、目的の扉をノックしようとした矢先、中から聞こえてきた深刻そうな話し声にユウの手が止まった。
「どうにかならないのか?」
「あの地域は最近、天候が酷く荒れいてね。ハウスも全滅に近いらしい…生きてるのは無理だよ」
「そうか…」
「まぁ他に手がない訳じゃないけど…期待に添えるよう善処してみるさ」
「頼む」
「おっと、もうこんな時間だ。それじゃあまた後で」
「あぁ」
終わった会話と近付く足音に、ユウはおろおろと扉の前から退く。
逃げも隠れも出来ず案の定サムに見つかってしまったが、当人は目が合っても驚く素振りなど微塵も見せなかった。
それどころか軽く片目を瞑り、ご丁寧に入室のエスコートまでしてくれた始末。
戸惑いっぱなしのユウヘ ひらひらと手を振り、サムは特段何も交わさずに店へと戻っていった。
「どうした、仔犬」
その背を見送っていると、クルーウェルから至極真っ当な問いを投げ掛けられる。
どうという訳ではないが、盗み聞きのような事をしてしまった手前、少し居心地が悪かった。
「あの…お花、許可下さってありがとうございました」
「大した事じゃない。だが一体何に使うんだ?」
「それは…ヒミツです」
「そうか、なら仕方ないな」
グリムを驚かせたい一心で、悪戯っぽく人差し指を唇に充てがう。
その姿にクルーウェルは目を細め、柔らかな笑みを含んだ。
お茶でもどうだと嬉しいお誘いを受けたが、盗み聞きしていた事を咎められてしまうかもしれないと危惧したユウは、泣く泣くそれを辞退する。
そして ちょこちょことクルーウェルの元へ歩み寄り、躊躇いがちに四葉のクローバーを差し出した。
「お礼と言ってはささやか過ぎますが…たまたま見つけて、先生に渡したいなって思って…」
「!」
「ちょっと子供っぽかったですかね…あの、ごめんなさい…捨ててもらっても全然ー」
「いや」
引っ込めようとしたユウの手を取り、綺麗な形のクローバーをそっと受け取る。
傾きかけた日がちょうど窓にかかり、オレンジ色の光が室内に満ちる。
触れた手にユウの心臓はどきりと鳴ったが、夕焼け色に染まるクルーウェルの美しい横顔に息をする事すら忘れてしまった。
「お前が望むならー…」
いつになく優しい口調で、そして同じような視線を向けられて、ユウの顔は沸騰したかのように熱を持つ。
あまりにも綺麗で見惚れてしまうと慌てて下を向き、はいと小さく呟き固まった足を無理矢理動かした。
ー幸運の証はとんでもない幸福を齎してくれた
そんな事を思いながら、どくどく鳴り響く煩い心音を聞かれてしまうのが恥ずかしいと、ユウはぺこりと頭を下げて一目散に部屋を飛び出した。
「っ…」
遠退いていく足音に切なそうな顔をして、一人残されたクルーウェルはグローブを嵌めたままの手で口元を覆う。
いやいや、そんな筈はないと言い聞かせるも、期待してしまう自分が熱を上げていた。
均等な大きな葉を対に付けたクローバー。
愛、健康、幸運、富といった意味がそれぞれの葉に込められ、アクセサリーのモチーフにも使われる事が多い代物。
三つ葉の変異体という希少性から幸運の象徴ともされているが、花言葉はもう一つある。
『私のものになって』
決してそんな意図を込めて贈ったのではない事くらい、分かりきっている。
だが、それでも望んでしまう自分がいた。
「………」
片手に乗せられた四葉のクローバーをそのままに、頭を抱えて ずるずるとしゃがみ込む。
あまりにも非道徳的で倫理に欠ける行いだと、幾重にも自戒した。
ユウが最後のアルバイトへと向かい、物寂しさは置き去りにされたまま。
しかし火が出そうな程に熱くなった顔を見られずに済んで良かったと、溺れてしまいたい自惚れを引き剥がしながら苦笑を漏らした。
*****
「お疲れ様。小鬼ちゃんがいてくれて助かったよ。売上も上々だ」
「こちらこそ助かりました!沢山お世話になりました」
「またお金に困ったらウチにおいで。いつでも大歓迎だよ」
「ありがとうございます」
ふふ、と嬉しそうに笑うユウヘ、サムは大きな紙袋を手渡した。
中には様々な種類の花とラッピング用品が詰められており、ずっしりとした重みのそれを抱えたユウはふと時計に目をやる。
花代を稼ぐ為に始めたミステリーショップでのアルバイトも、今日で最後。
しかし閉店近くになっても、クルーウェルの姿はまだ見えない。
「今日は難しいかもしれないね。色々と立て込んでるから」
「そうですか…」
「声、かけてみようか?」
「ぁっ、いえ、大丈夫です…ただ…嫌われてしまったかもって…」
「何でまた急に?」
目を丸くしたサムに、ユウは抱えた紙袋をカウンターに預け、気まずそうに俯いた。
何か言い出そうとしては口を噤み、優しく促されて漸くその要因を語り出す。
「実は今日、偶然見つけた四葉のクローバーを先生にあげたんです」
「へぇ、小鬼ちゃんにしては随分大胆だね」
「やっぱりそう思います!?いや、違うんです!深い意味なんてなくて!っていうか、そんなポピュラーなんですか!?あんな花言葉があったなんて私、知らなくて…」
四葉のクローバーを渡した時、確かにクルーウェルは一瞬固まった。
それが少し気に掛かって携帯で調べてみたところ、なかなか重めの花言葉だった事を後から知ってしまった次第である。
サムの口ぶりからするに割と有名であると伺えるのだが、ユウは幸運の象徴であるくらいしか捉えていなかった。
「何か問題でも?」
「お、大有りですよ!私なんかがそんな…凄い重たい奴って思われちゃって…迷惑がられたら…嫌です…」
意気消沈するユウにサムは首を傾げる。
この言い方は別に、撤回を求めるようなものではないと聞こえて。
「別に嫌われるような事なんてしてないじゃないか」
「でも…私は魔力もないし、年齢も離れてる生徒だし…そんな風に思われても迷惑なだけじゃ…」
「それは小鬼ちゃんが決める事じゃないよ」
「けど先生は優しいから、思っていてもそういう態度はとらない…気がして…」
「大丈夫だって。クルーウェル先生は白黒はっきりつける人だって、小鬼ちゃんもよく知ってるだろ?」
「………」
四葉のクローバーを渡した後、クルーウェルが口にした言葉を思い返す。
優しく、そして熱の含まれた甘い声色…
その言葉の意味を額面通りに受け取ってしまっていいのか、ユウは大いに悩んだ。
サムの言う通り、出来ない事ははっきりとNOを叩きつける性分である事は重々理解している。
けれど厳しい反面、甘やかすのもとても上手いと知っていた。
単なるリップサービスだと捉えてしまえば、期待が裏切られる事もないのだと。
「小鬼ちゃんは前言撤回したいの?直接言うのが難しいなら、俺が適当に言っておこうか」
「っ…」
弾かれたように顔を上げたユウの焦茶の目は、涙が零れそうな程に潤んでいた。
その姿に、余計な世話だったと苦笑したいのを押さえ込み、答えを待つ。
「撤回は…したくありません…確かに偶然だったけど、私の想いと同じだから…」
ふるふると横に振られた首に、サムは大きく頷いて柔和な表情を浮かべた。
本当に焦ったい。
だが少しづつ距離は縮んでいる。
あと少し、もう少し時間をかければ、上手い具合にいくかもしれない…
次はどんな手を打とうか、画策に胸を躍らせた。
「じゃあno problemだね!幸運に感謝だ♪」
「けど…」
「そんな暗い顔してちゃ幸せも逃げちゃうよ!大丈夫、もうすぐそこまで来てるから」
「何が来てるんです?罰?」
「Negativeだな、小鬼ちゃんは…大丈夫、大丈夫!寝たら忘れるよ」
「自己嫌悪で今日は眠れそうにありません…」
とんでもなく重い感情を無自覚に投げつけてしまった後悔と、だがそれは紛れもなく本音でもあると後から知ってしまった羞恥。
ホームルームも授業も補習も、どんな顔をして座っていればいいのやら…
しかし撤回を阻んだのはやはり、この恋心を少しでも知ってもらいたい気持ちに他ならない。
「前進だと思えばいいだけの話じゃないか」
「………先生の負担になるような事は、これ以上したくないんです」
それは一握のプライド。
異世界から来た魔力なしの女というハイネックを、割り振られたばかりに厄介事を背負わされてしまった担任への ささやかな配慮。
これ以上の迷惑はかけられないと、どうしても思ってしまう。
「気負い過ぎだよ。子供はもう少し大人に甘えるべきだと思うけどね」
「私は充分、甘えさせてもらってます。もっとと強請ってしまうのは罰当たりですよ」
ふとクルーウェルが口にしていた事を、サムはぼんやり思い返していた。
手のかかるパピーより、何も主張しない大人しいパピーの方がもっと厄介だと。
具合が悪いのか怪我をしているのか判断がしづらいと、苦々しい顔をした訳をこの日改めて痛感した。
「君の担任の先生は、そんなに頼りないのかな?」
「まさか!そんな事ありません!誰より頼りになる凄い先生です!」
「そう、その言葉を聞けて安心したよ」
尊敬や寵愛が恋慕へと変わりゆく事に、サムは疑問を持っていなかった。
百人いれば百通りの愛し方がある。
だが困った事に、悪友とそのお気に入りの仔犬との間には幾つもの壁が聳え立っている模様。
強固なそれを全て打ち崩すには少々骨が折れそうだが、乗りかかった船を途中で降りるなんて つまらない真似は出来ない。
双方の気持ちが分かった所で、今回の収穫は充分であると納得をさせた。
「それより小鬼ちゃん、時間は大丈夫?」
「あ!」
今日は少し早めに上がらせようとしていたが、話し込んでしまった為にいつもとあまり変わらない時間になってしまった。
慌てて袋を抱え直したユウを視界の端に入れつつ扉を開くと、きっちりとお座りしているダルメシアンと目が合う。
「わざわざ まぁ、ご苦労な事で」
皮肉混じりに零すと、ダルメシアンはサムをじっと見上げたまま低く唸った。
ハイハイと肩を竦めてユウを通せば ぴたりと唸り声は止み、長い尾が少しばかり左右に揺れる。
「ほら、何処かの過保護な先生がいつものお守りをつけてくれたから、気を付けて帰るんだよ」
「はい!いつもありがとう。今日で最後だけど、宜しくね」
ぴったり横について歩く頼もしい使い魔に表情を綻ばせ、振り返り際にサムへ大きく手を振った。
こうして沢山の気遣いをされて生活出来ている幸せを、どう恩返ししたら良いのだろうと、寮までの暗い道程を歩きながら思案する。
これからグリムの為に作るブルームのように、いつかとっておきのサプライズが出来たらいいなと笑みを含むと、使い魔の尾もまた嬉しそうに振れた。
*****
早朝、インターホンのベルが鳴り響き、ユウは飛び起きて時計を見やった。
昨晩は夜更かしをしてしまい、眠気から頭が上手く回らなかったが、来客にしてはおかしな時間…
だが再度鳴ったベルはやはり幻聴などではないと知らしめ、ユウは大慌てでベッドを抜け出し玄関へと走った。
一体誰が何の目的でと混乱しながら階段を降り、一瞬躊躇って鍵を開けた後に恐る恐る扉を開いて隙間から覗き込む。
差し込んだ朝日と共にユウの目に映ったのは、白と黒の毛皮。
更なる混乱に固まると、突然の来訪者によって更に扉が開かれ、優雅な笑みとかち合った。
「おはよう、仔犬」
「…おはよう、ございます…」
「急で悪いが、少しいいか?」
目を丸くして首を傾げ疑問符を浮かべるユウへ、クルーウェルは赤いグローブを嵌めた手で奥の談話室を指差す。
戸惑いながらそれを受け入れ、少し先を歩いてご所望の談話室へと通す間、ユウは焦燥感に苛まれていた。
こんな早朝にわざわざクルーウェルがやって来た理由が まるで分からない。
しかも話があるといって時間を要している。
これはとんでもない事をしでかしてしまったのではないか…
グリムか、はたまた自分か…
前者は奔放な性格が故に幾らでも想像がつくものの、自分にはそんなと思った矢先、昨日やらかしてしまった羞恥を思い出す。
朝からお説教もとい躾直されてしまうなんて、とんだ駄犬だと肩を落とした。
「朝早くにすまない。だがこの時間が一番良いと思ってな」
お叱りから始まる朝がどう良いものになるのか、ユウには皆目見当がつかない。
しかし飼い主の言う事は絶対である。
まずはお茶でもとやかんを火にかけようとした手前で呼び寄せられ、今にも泣き出しそうな顔で重い足を動かした。
「何て顔をしているんだ」
「だって…」
「?」
「…いえ」
叱られると分かっていて ヘラヘラ出来る筈もないとしょぼくれるが、クルーウェルはいつもより幾分か柔らかな雰囲気を纏っているように思える。
だがそれは嵐の前の静けさとも感じられ、ユウはまともにその顔を見られなかった。
「お前に渡したいものがある」
「渡したいもの?」
拳骨ですか?それとももっと厳しい罰ですか?
そんな事を思って身構えたユウの目前に、高級感漂う黒の紙袋が差し出される。
それとシルバーグレーの瞳を何度か見やり、促されてその取っ手を受け取った。
怖々と中を覗けば、夕闇色の布とゴールドの美しい刺繍が目に飛び込んだ。
「先生、これ…!」
見開かれた目にクルーウェルの顔が綻ぶ。
が、次にユウの口から出た言葉にそれは一転した。
「グリムのですか!?ありがとうございます!今、起こして来ますね!」
「Stay!サイズをよく見ろ」
「サイズ…?」
そろりと袋の中から上質な素材のそれを取り上げると、言葉の通りグリムのものにしては随分大きなローブが広がった。
「お前のものだ。着替えてこい」
「…!」
息を呑んだユウに、クルーウェルは再び柔らかな笑みを含む。
大方、グリムを祝う為に肝心の自分の誕生日を忘れていたのだろうと踏んで。
仕事の一つを終え、ユウの着替えを待つ間にソファへと身を沈める。
長らく続いた徹夜は体に響いたが、愛らしい仔犬の喜ぶ姿を一番に直に見れたとあれば、その苦労も報われるというもの。
欠伸を噛み殺した所で小さな足音が静寂に響き、もう一仕事と腰を上げる。
気恥ずかしそうに裾を握り締めるローブ姿のユウは、クルーウェルが仕立てたそれを寸分の狂いもなく着こなしていた。
「よく似合ってる」
「ありがとう、ございます…でも魔法を使えないのに、私なんかがこれを着て良いんでしょうか…?」
「魔法が使えなくてもお前は俺の大事な教え子だ。他の誰にも文句など言わせない」
俯いたままのユウの顎を指先で掬い上げ、ほんの少しの自信を与える。
沢山の負い目を感じながら、それでも健気に生きる姿が何ともいじらしくて、“特別”を与えたくなった。
そして漸く和らいだ緊張と当惑に、用意していたもう一つの品の魔法を解く。
透過を解除したブルームの箒を目にするなり、ユウの顔は驚きに染まった。
「誕生日おめでとう、ユウ」
色鮮やかな沢山の花々が彩り美しく纏められ、“For You”と筆記体で書かれたメッセージカードにユウの視界は見る間に滲んでいく。
すっかり忘れていた自分の誕生日。
一番に祝ってくれたのは、高嶺の花の想い人。
芳しいブルームの花の幾つかは、込められたその意味を知っている。
一つ二つと噛み締めた花言葉に、三つ四つと涙が溢れた。
「先生っ…」
唇に充てがわれた親指が、そっとその形をなぞる。
この先の言葉を紡いでしまえば、答えを出さなければならない。
恋をするには若過ぎると、白い薔薇の蕾をブルームの中央に置いたクルーウェルは、唇をなぞったその指で幾つも溢れる涙を拭った。
必死に堪えようと鼻をすするユウの頭を撫で、今この瞬間だけはと抱き寄せ小さな背中を摩る。
更に漏れた嗚咽に苦笑しながら、あやすようにユウの背を撫で続けた。
*****
それから程なくして玄関の扉が開く音が響き、来客は声を顰めつつも賑やかな様子でずかずかと上がってきた。
その声にクルーウェルは名残惜しげに身を離し、ソファに置いたままのもう一つの袋へ目を向ける。
「寝起きドッキリしてやろうぜ」
「グリムも驚くだろうな」
「って、ちょい待ち!何でクル先いんの!?」
「お、おはようございます!」
談話室の前を横切ったエースとデュースが足を止め、思いもよらぬ先客に何とも言えない顔をした。
その様に気に食わないと眉を顰め、クルーウェルは長い溜息を吐き出す。
二人もまたユウの誕生日にサプライズをしようとしていたらしく、先を越されたと知るや口々に不満を垂れた。
間に立たされたユウは終始おろおろとし、その騒ぎに二階にいたグリムも眠気まなこで降りてきては来客の多さに驚いた声を出す。
「何で朝っぱらからお前達がここにいるんだゾ?」
「何だよもう、グダグダじゃん」
「サプライズどころじゃなくなったな…」
「あ!ズルいんだゾ、ユウ!オレ様と一緒にお祝いされる約束したじゃねぇか!」
え?とエースとが固まる。
説明を求める二人の視線から逃れ、ユウは慌てて布を被せていたシェルフの元へ駆け寄った。
そして夜更かしして作り上げたブルームを取り出し、腕組みして鼻息を荒くするグリムへ差し出す。
「ごめんね、遅くなって…お誕生日おめでとう、グリム!」
「ふなっ!?これ…お前が作ったのか?」
「えっと…先生が作ってくれたものと比べると見劣りしちゃうけど…」
「………ユウー!」
胸に飛び込んできたグリムを抱き締めながら、腕いっぱいの二つのブルームを落とさないよう ひやひやしてしまう。
グリムの誕生日がユウと同じだと今しがた知ったマブは当惑の色を浮かべ、お菓子の追加が必須だと渋い顔を寄せ合った。
「あとね、サムさんのお店で皆の衣装と似た生地を買ったの。刺繍は縫えないから、レースを付けた出来合いのマントだけど…貰ってくれる?」
「ふなぁ!ユウとお揃いなんだゾ♪かっこよくしてくれよな!」
「はい、親分」
にこやかに頷き、ユウはグリムの首元に手作りのマントを括りつける。
その光景に目を細めたクルーウェルは、ソファへ置いた袋から小さな三角帽を魔法で浮かせ、グリムの頭へ被せた。
「ふなっ!?」
「わぁ!格好良いね、グリム!本物の魔法使いみたい!」
「本当か!?にゃっはー♪大魔法士になるオレ様には当然お似合いなんだゾ!」
「マジでクル先、あの二人に甘くね?」
「まさかクルーウェル先生が用意していたなんてな。しかもこんな早朝から」
「え、そこ?」
ひそひそと話し込む二人を横目で見やったクルーウェルは、はしゃぐユウとグリムに背を向け人差し指を唇に充てがった。
無粋な真似はしないようにと釘を刺され、二人は面白くない顔をして「ハーイ」と口だけ動かす。
「くれぐれも遅刻する事のないように」
「うぃーす」
「優等生として当然です!」
じゃあなと残しクルーウェルが談話室を後にすると、エースは菓子を詰め込んだ袋を掲げ、携帯を取り出した。
そして入れ替わるように、ジャックやエペル、セベクもオンボロ寮を訪れ、主役の出立ちに目を輝かせては祝福の言葉を贈る。
二人が並んでブルームの箒を抱く写真は瞬く間に拡散され、他寮の寮長達の目や耳に入る事となり、終日沢山の者からお祝いをされた。
思いもしなかったその反響の大きさに驚いたものの、グリムが喜ぶ姿を目の当たりにしたユウは人一倍喜びを噛み締め、充実した一日を過ごす。
*****
沢山のプレゼントやご馳走に囲まれて、幸せな時間はあっという間に過ぎてしまった。
夢のように楽しいひとときも日付が変わる頃には惜しむようになり、就寝前にユウは改めてブルームを抱え込んだ。
色彩豊かな花々の香りをゆっくり吸い込んで目を閉じる。
心地の良さに吐息を漏らし、メッセージカードを手に取ると何か重みを感じた。
誕生祝いと幸運を祈る言葉が筆記体で綴られたそのカードの裏側に、ある物が貼り付けられている。
一つは香水瓶に入れられた四葉のクローバーのチャーム。
そしてそのチャームに括り付けられていた小さな袋には、何かの種のようなものが入っていた。
「何の種だろう…?明日、庭に埋めてみようかな」
咲いてからのお楽しみだろうかと胸を躍らせ、ユウはきらりと光るチャームを目線の高さに掲げる。
美しい四つの葉は部屋の灯りに透け、葉脈が造り物ではない事を告げていた。
「…!」
昨日、クルーウェルへ贈ったものとは明らかに大きさが異なる四つ葉。
贈り返された訳ではない事を知るや否や、ユウの顔は真っ赤になり耳まで熱を持った。
そしてブルームの花を三度じっくりと見つめ、溢れんばかりの想いを込められた花言葉達に溺れそうになる。
否、既にもう手遅れな程に溺れていた。
オンボロ寮の庭に大事に埋められた種が芽を出し、可憐な蕾をつけ大輪を咲かせるのはそう遠くない未来…
そしてその花が束となって贈り主へと届けられるのは、また別のお話ー…
〜Fin〜
エースの誕生日を祝う声が其処彼処から飛び交い、本日の主役は魔法士らしい出立で喜びを露わにしていた。
夕闇色のローブには深いゴールドの繊細な刺繍が施され、少し角度をつけて被った同色の三角帽は御伽噺に出てくる魔女を彷彿とさせる。
そしてその手には、長い柄の箒を思わせる花束が握られていた。
真っ赤な花弁や実が目を惹くそれはエースらしい色合いで纏められ、数種類の異なる花々が美しく束ねられている。
その楽しげな様子を、ユウは少し離れた場所から見守っていた。
そんな最中、カツンと鳴った靴音に甘い香水が揺らぎ、ハッとして隣を見上げる。
自分と同じように壁に背中を預け、腕を組んで満足そうな笑みを浮かべたのは担任のクルーウェル。
「お前は加わらなくていいのか?」
「朝一番に、デュースやグリムとお祝いしたので」
今は記録係です、とカメラを掲げたユウヘ、クルーウェルは そうかと呟いた。
羽目を外し過ぎないよう見張りに来た飼い主に へらりと笑って、ユウは再び話題の中心を見遣る。
「ジャミル先輩といいエースといい、イメージとぴったりな花束ですね」
「花を選んだ者はさぞセンスが良いのだろうな」
「ふふ、先生みたいなハイセンスな方なんでしょうね。あ、そういえば先生もあのブルームって貰ったんですか?」
「まぁ伝統行事みたいなものだからな」
「どんなお花だったんですか!?華やかな大輪とか似合いそうですね!」
「どうかな…お前だったら何を選ぶ?」
「真っ白な薔薇が似合います!あと黒い薔薇も!それからカサブランカに、黒のカラーも素敵ですよね!真っ赤なダリアやカトレアもお似合いです!」
「っ…そうか…」
深い尊敬、滅びる事のない愛、威厳、素晴らしい美、優雅、成熟した大人の魅力的…
そんな花言葉達にクルーウェルの頰は朱が差し、咳払いをして平静を装いつつ顔を背け、緩んでしまいそうになる口元を覆った。
「私は魔法士にはなれないし、作ってもらう機会もありませんけど…ちょっと憧れちゃいます」
「………」
魔力がなく異世界から来た女という異質な存在は、名門校の伝統行事にはそぐわない。
寂しげにそう零したユウを、シルバーグレーの瞳がじっと見つめた。
*****
「ふなぁ…パーティーの料理、どれも美味かったんだゾ」
「お口にクリームついてるよ、グリム」
満腹になり大満足な様子のグリムは、オンボロ寮のソファでまん丸になったお腹を出して気持ち良さそうに目を閉じる。
その口元を拭いながら、ふと抱えていた疑問を零した。
「そういえばグリムのお誕生日はいつ?」
「そんなの分かんねぇんだゾ」
「そっか…ちょっと寂しいね」
「別に寂しくなんかねぇ!…けど…主役になってプレゼントい〜っぱい貰って、ご馳走様もた〜っくさん食べられるなら、オレ様も誕生日欲しいんだゾ!」
「ふふ、そうだよね。でもグリムは何処で生まれたのか、何歳なのかも分からないもんね…」
悩むなぁと首を傾げた後、ユウはある事を閃いて目を輝かせた。
「それじゃあ私達が初めて会った日にする?」
「それって…入学式って事か?ずーーーっと先なんだゾ…」
「ご不満そうで」
腕組みをして むすっとした顔をする親分に、子分はどうしたものかと首を捻る。
「2月22日、猫の日は?」
「オレ様は猫じゃねぇんだゾ!」
「2月9日、肉の日なんてどうでしょう?」
「どすせなら良い肉がいい!」
「成る程、11月29日か…あ、いや別に語呂合わせに拘らなくてもいいんだけど」
「お前が言い出したんじゃねぇか」
「そうだね、覚えやすい方が良いかなって…あ!1月1日は?1年の始まりの日!一番おめでたい日だし、リリア先輩とも一緒!」
「誰かと一緒じゃイヤなんだゾ!オレ様だけが主役の日がいい!」
「そっかぁ…」
これは中々手厳しいと、ユウもまた腕を組んで難しい顔をする。
折角の誕生日なのだから何よりも特別にしたいものの、だがしかし妙案が浮かばない…
「それじゃぁ、グリムはいつが良いの?」
「んー…そう言われてもなぁ…」
いっそ好物の旬な頃合いでも打診してみようかと思い立った直後、グリムは宝石のような青い瞳をパッと輝かせた。
「ユウと同じがいい!」
「え、でも誰かと一緒はイヤだって…」
「オレ様はお前の親分だからな!お前となら一緒にお祝いされてやってもいいんだゾ!」
「ふふふ、それは光栄」
「そういえば、ユウの誕生日っていつなんだ?」
「えっとー…」
ユウは壁にかけたカレンダーを捲り、その日を指差した。
そしてマーカーで印をつけ、自分とグリムの名前を書き込む。
更に加えられたリボンと肉球のマークに、グリムは嬉しそうな顔をして笑った。
*****
それからというもの、ユウは勉強の合間に図書室や植物園に足繁く通い詰めた。
机に並べるのは専ら分厚い植物図鑑。
季節に咲く花々の種類や、それぞれが持つ花言葉を調べ、グリムに似合いそうな色の花や意味合いをピックアップしていく。
元の世界でもよく目にしたものも多く、初めて見る色や形の花達には勉強以上に興味をそそられた。
そしてある日、とっておきの場所へと足を伸ばす。
「Hey!いらっしゃい、小鬼ちゃん♪」
「こんにちは、サムさん!少しお時間いただけますか?」
「Of course!今日は何をお求めかな?」
「えっと…お花なんですけど、取り扱ってます?」
「In stock now!まぁ物によっては少し日数もらうかもしれないけどね」
「じゃぁ、その辺についてもご相談させて下さい」
「このサムにお任せあれ♪小鬼ちゃんも花をお求めとは、誰かへのお祝い?」
「実はー…」
かくかくしかじか。
事の次第を説明すると、サムは「Uh-huh」と目を見開いて大きく頷いた。
納得したような顔をするサムへ、ユウは持ってきたメモ帳とペンを取り出す。
勉強熱心な姿に頬を緩め、前のめりになって相談に乗った。
生花をオーダーした場合どれくらいの納期がかかるのか、そして購入後どれくらい もつのか、またそのコツ等を聞き出し細かくメモを取る。
その様子を、サムは片肘をつきながら微笑ましそうに目を細めて見つめた。
「それじゃぁ、あとは予算かな…うーん…」
「心許ないならココで働く?」
「え!?いいんですか!?」
「当然さ!そのとびきりの笑顔があれば売れ行きも絶好調間違いなしだからね」
「でもアルバイトの経験がないので、上手く出来るか…」
「No problem!品出しや簡単な接客をお願いするだけだから心配ご無用♪そうと決まれば早速明日からお願いしようかな。取り敢えずこの書類にサインして」
「仕事が早い…」
「恋と仕事はスピードが勝負だからね」
片目を瞑って微笑むその破壊力に首を縦に振る事しか出来ず、ユウは差し出された書類にサインをした。
*****
それから、補習を終えてはミステリーショップでのアルバイトに勤しみ、何回か他の生徒の誕生日を祝っては、惹かれた花について図書室へと足を向ける日々を過ごす。
その内に、誰かの思惑通りある人物と出会す事になった。
「いらっしゃいませ!」
「………何故こんな所にいる、仔犬」
「こんな所とは随分な言い草じゃないか、デイヴ」
ここ数日、補習を終えるなり足早に去っていくユウに寂しさを覚えつつも、決してそれを表に出す訳にいかなかったクルーウェルは例の如く晩酌用の酒を買いに来たのだが…
まさか数分ぶりに悪友の店でお気に入りと再会を果たすとは思っても見なかった。
「実はちょっと…金欠で…」
「サム」
「ちゃんと正規の雇用契約を結んだよ。じゃないと誰かさんがブチ切れるだろ?」
肩を竦めたサムを厳しい視線で射抜き、静かに溜息を漏らすと苦笑を浮かべるユウを見やる。
一体いつから、どんな目的で…
そう問い詰めたいのは山々だったが悪友の手前、後でどう揶揄われるのか分かったものではない。
クルーウェルは苦々しい顔をして再びサムに一瞥をくれた。
「どうして言わなかった」
「聞かれてないからね」
「サム」
「小鬼ちゃん、出番だ」
もう一度低く唸ったクルーウェルへ、サムはユウの背中をそっと押し出す。
もし苛立った様子で来た場合、コレを勧めてほしいと言われていた品を手に取ると、ユウはおずおずそれを差し出した。
「リラックス効果のあるハーブティーです。ノンカフェインなので、就寝前にも飲めます」
「………」
シルバーグレイの瞳に少しばかり困惑の色が滲む。
するとサムはユウに耳打ちをし、クルーウェルの眉間には皺が寄った。
「えっと…アカシア花の蜂蜜も一緒にいかがですか?」
「っ…分かったからそんな目で俺を見るな」
きゅぅん…と幻聴が聞こえてきそう なつぶらな瞳で見上げられてしまっては、その可愛らしいセールストークに応じる他ないと財布を開く。
素直に喜んだユウの後ろでとられたガッツポーズも見ないふりをして。
「蜂蜜は二つ、小さい方でいい。それからヨーグルトとスープ。あとはチーズにクラッカーを」
「はいっ」
言われた品を手に取る最中、後者の二つは袋を分けるようにと言われ、ユウは丁寧に品物を紙袋に詰めていく。
その横でサムは片眉を上げながら煙草を指で挟む仕草をとった。
「いつものは?」
「この状況下で買う馬鹿がいるか」
「ニッヒッヒ♪」
こっちも?とグラスを傾ける素振りを見せると、忌々しいと言わんばかりにクルーウェルの顔が歪んだ。
逃れるようにユウの後ろへ引っ込んだサムを睨み、口を折り曲げられた紙袋を受け取る。
が、クルーウェルはすぐにそれを開くと蜂蜜の小瓶を一つ取り出し、隣の袋へと移し替えた。
「帰りは気を付けろよ。これは夜食にでもしろ」
「!」
差し出したばかりの袋を返され、ユウは思わず狼狽する。
ニヤニヤと笑うサムを視界から外したクルーウェルは、吃ったお礼にくすりと笑って指示棒を振るった。
光の粒子がダルメシアンの使い魔へと形を変えて煌めき、店の隅で身体を丸めるとじっとユウを見つめる。
「仕事が終わったらあいつと寮へ戻れ」
「過保護だなぁ」
「いいか、そいつじゃなくあの使い魔とだ。分かったか?」
「ハイ」
「Good girl」
頑張れよと一言残し、ユウの頭をくしゃりと撫でてクルーウェルは小さな紙袋を手に店を出ていく。
もう一度お礼を述べたユウの横で、サムは上半身をだらりとカウンターに預けて笑った。
「明日も来るよ」
「えっ」
「多分毎日来る。良かったね」
「え!?何でですか!?」
僅かに紅潮した顔で疑問を投げるも、サムは頬杖をつき口端を吊り上げるのみ。
何でだなんて、わざわざ口にするのはナンセンスだと。
「小鬼ちゃんはクルーウェル先生に会える。クルーウェル先生は健康的になる。俺は毎日の確定売上にご機嫌…皆happyで良いね♪」
ご満悦な様子でにっこり微笑んだサムに、隅で大人しくしていた使い魔はフンと鼻を鳴らした。
*****
暫く経ったある日の事。
サイエンス部が手入れをしている植物園内の一角で、ある花の採取許可を得たユウは丁寧にそれを取り上げていた。
様々な種類の花が咲き乱れ、その香りに包まれる中でふと目に留まったシロツメクサに足を向ける。
「懐かしいなぁ…小さい頃はよくー…」
あ、と零してキョロキョロと周囲を伺い、誰もいない事を確かめると茂みにそっと手を伸ばした。
収穫した花を落とさないよう大事に抱え、ぷつりと抜き取ったのは四葉のクローバー。
思わぬ形で得た幸運の証にユウは童心に帰って破顔し、許可をしてくれたささやかなお礼にと薬学準備室へと足を急かす。
僅かに息を切らし、目的の扉をノックしようとした矢先、中から聞こえてきた深刻そうな話し声にユウの手が止まった。
「どうにかならないのか?」
「あの地域は最近、天候が酷く荒れいてね。ハウスも全滅に近いらしい…生きてるのは無理だよ」
「そうか…」
「まぁ他に手がない訳じゃないけど…期待に添えるよう善処してみるさ」
「頼む」
「おっと、もうこんな時間だ。それじゃあまた後で」
「あぁ」
終わった会話と近付く足音に、ユウはおろおろと扉の前から退く。
逃げも隠れも出来ず案の定サムに見つかってしまったが、当人は目が合っても驚く素振りなど微塵も見せなかった。
それどころか軽く片目を瞑り、ご丁寧に入室のエスコートまでしてくれた始末。
戸惑いっぱなしのユウヘ ひらひらと手を振り、サムは特段何も交わさずに店へと戻っていった。
「どうした、仔犬」
その背を見送っていると、クルーウェルから至極真っ当な問いを投げ掛けられる。
どうという訳ではないが、盗み聞きのような事をしてしまった手前、少し居心地が悪かった。
「あの…お花、許可下さってありがとうございました」
「大した事じゃない。だが一体何に使うんだ?」
「それは…ヒミツです」
「そうか、なら仕方ないな」
グリムを驚かせたい一心で、悪戯っぽく人差し指を唇に充てがう。
その姿にクルーウェルは目を細め、柔らかな笑みを含んだ。
お茶でもどうだと嬉しいお誘いを受けたが、盗み聞きしていた事を咎められてしまうかもしれないと危惧したユウは、泣く泣くそれを辞退する。
そして ちょこちょことクルーウェルの元へ歩み寄り、躊躇いがちに四葉のクローバーを差し出した。
「お礼と言ってはささやか過ぎますが…たまたま見つけて、先生に渡したいなって思って…」
「!」
「ちょっと子供っぽかったですかね…あの、ごめんなさい…捨ててもらっても全然ー」
「いや」
引っ込めようとしたユウの手を取り、綺麗な形のクローバーをそっと受け取る。
傾きかけた日がちょうど窓にかかり、オレンジ色の光が室内に満ちる。
触れた手にユウの心臓はどきりと鳴ったが、夕焼け色に染まるクルーウェルの美しい横顔に息をする事すら忘れてしまった。
「お前が望むならー…」
いつになく優しい口調で、そして同じような視線を向けられて、ユウの顔は沸騰したかのように熱を持つ。
あまりにも綺麗で見惚れてしまうと慌てて下を向き、はいと小さく呟き固まった足を無理矢理動かした。
ー幸運の証はとんでもない幸福を齎してくれた
そんな事を思いながら、どくどく鳴り響く煩い心音を聞かれてしまうのが恥ずかしいと、ユウはぺこりと頭を下げて一目散に部屋を飛び出した。
「っ…」
遠退いていく足音に切なそうな顔をして、一人残されたクルーウェルはグローブを嵌めたままの手で口元を覆う。
いやいや、そんな筈はないと言い聞かせるも、期待してしまう自分が熱を上げていた。
均等な大きな葉を対に付けたクローバー。
愛、健康、幸運、富といった意味がそれぞれの葉に込められ、アクセサリーのモチーフにも使われる事が多い代物。
三つ葉の変異体という希少性から幸運の象徴ともされているが、花言葉はもう一つある。
『私のものになって』
決してそんな意図を込めて贈ったのではない事くらい、分かりきっている。
だが、それでも望んでしまう自分がいた。
「………」
片手に乗せられた四葉のクローバーをそのままに、頭を抱えて ずるずるとしゃがみ込む。
あまりにも非道徳的で倫理に欠ける行いだと、幾重にも自戒した。
ユウが最後のアルバイトへと向かい、物寂しさは置き去りにされたまま。
しかし火が出そうな程に熱くなった顔を見られずに済んで良かったと、溺れてしまいたい自惚れを引き剥がしながら苦笑を漏らした。
*****
「お疲れ様。小鬼ちゃんがいてくれて助かったよ。売上も上々だ」
「こちらこそ助かりました!沢山お世話になりました」
「またお金に困ったらウチにおいで。いつでも大歓迎だよ」
「ありがとうございます」
ふふ、と嬉しそうに笑うユウヘ、サムは大きな紙袋を手渡した。
中には様々な種類の花とラッピング用品が詰められており、ずっしりとした重みのそれを抱えたユウはふと時計に目をやる。
花代を稼ぐ為に始めたミステリーショップでのアルバイトも、今日で最後。
しかし閉店近くになっても、クルーウェルの姿はまだ見えない。
「今日は難しいかもしれないね。色々と立て込んでるから」
「そうですか…」
「声、かけてみようか?」
「ぁっ、いえ、大丈夫です…ただ…嫌われてしまったかもって…」
「何でまた急に?」
目を丸くしたサムに、ユウは抱えた紙袋をカウンターに預け、気まずそうに俯いた。
何か言い出そうとしては口を噤み、優しく促されて漸くその要因を語り出す。
「実は今日、偶然見つけた四葉のクローバーを先生にあげたんです」
「へぇ、小鬼ちゃんにしては随分大胆だね」
「やっぱりそう思います!?いや、違うんです!深い意味なんてなくて!っていうか、そんなポピュラーなんですか!?あんな花言葉があったなんて私、知らなくて…」
四葉のクローバーを渡した時、確かにクルーウェルは一瞬固まった。
それが少し気に掛かって携帯で調べてみたところ、なかなか重めの花言葉だった事を後から知ってしまった次第である。
サムの口ぶりからするに割と有名であると伺えるのだが、ユウは幸運の象徴であるくらいしか捉えていなかった。
「何か問題でも?」
「お、大有りですよ!私なんかがそんな…凄い重たい奴って思われちゃって…迷惑がられたら…嫌です…」
意気消沈するユウにサムは首を傾げる。
この言い方は別に、撤回を求めるようなものではないと聞こえて。
「別に嫌われるような事なんてしてないじゃないか」
「でも…私は魔力もないし、年齢も離れてる生徒だし…そんな風に思われても迷惑なだけじゃ…」
「それは小鬼ちゃんが決める事じゃないよ」
「けど先生は優しいから、思っていてもそういう態度はとらない…気がして…」
「大丈夫だって。クルーウェル先生は白黒はっきりつける人だって、小鬼ちゃんもよく知ってるだろ?」
「………」
四葉のクローバーを渡した後、クルーウェルが口にした言葉を思い返す。
優しく、そして熱の含まれた甘い声色…
その言葉の意味を額面通りに受け取ってしまっていいのか、ユウは大いに悩んだ。
サムの言う通り、出来ない事ははっきりとNOを叩きつける性分である事は重々理解している。
けれど厳しい反面、甘やかすのもとても上手いと知っていた。
単なるリップサービスだと捉えてしまえば、期待が裏切られる事もないのだと。
「小鬼ちゃんは前言撤回したいの?直接言うのが難しいなら、俺が適当に言っておこうか」
「っ…」
弾かれたように顔を上げたユウの焦茶の目は、涙が零れそうな程に潤んでいた。
その姿に、余計な世話だったと苦笑したいのを押さえ込み、答えを待つ。
「撤回は…したくありません…確かに偶然だったけど、私の想いと同じだから…」
ふるふると横に振られた首に、サムは大きく頷いて柔和な表情を浮かべた。
本当に焦ったい。
だが少しづつ距離は縮んでいる。
あと少し、もう少し時間をかければ、上手い具合にいくかもしれない…
次はどんな手を打とうか、画策に胸を躍らせた。
「じゃあno problemだね!幸運に感謝だ♪」
「けど…」
「そんな暗い顔してちゃ幸せも逃げちゃうよ!大丈夫、もうすぐそこまで来てるから」
「何が来てるんです?罰?」
「Negativeだな、小鬼ちゃんは…大丈夫、大丈夫!寝たら忘れるよ」
「自己嫌悪で今日は眠れそうにありません…」
とんでもなく重い感情を無自覚に投げつけてしまった後悔と、だがそれは紛れもなく本音でもあると後から知ってしまった羞恥。
ホームルームも授業も補習も、どんな顔をして座っていればいいのやら…
しかし撤回を阻んだのはやはり、この恋心を少しでも知ってもらいたい気持ちに他ならない。
「前進だと思えばいいだけの話じゃないか」
「………先生の負担になるような事は、これ以上したくないんです」
それは一握のプライド。
異世界から来た魔力なしの女というハイネックを、割り振られたばかりに厄介事を背負わされてしまった担任への ささやかな配慮。
これ以上の迷惑はかけられないと、どうしても思ってしまう。
「気負い過ぎだよ。子供はもう少し大人に甘えるべきだと思うけどね」
「私は充分、甘えさせてもらってます。もっとと強請ってしまうのは罰当たりですよ」
ふとクルーウェルが口にしていた事を、サムはぼんやり思い返していた。
手のかかるパピーより、何も主張しない大人しいパピーの方がもっと厄介だと。
具合が悪いのか怪我をしているのか判断がしづらいと、苦々しい顔をした訳をこの日改めて痛感した。
「君の担任の先生は、そんなに頼りないのかな?」
「まさか!そんな事ありません!誰より頼りになる凄い先生です!」
「そう、その言葉を聞けて安心したよ」
尊敬や寵愛が恋慕へと変わりゆく事に、サムは疑問を持っていなかった。
百人いれば百通りの愛し方がある。
だが困った事に、悪友とそのお気に入りの仔犬との間には幾つもの壁が聳え立っている模様。
強固なそれを全て打ち崩すには少々骨が折れそうだが、乗りかかった船を途中で降りるなんて つまらない真似は出来ない。
双方の気持ちが分かった所で、今回の収穫は充分であると納得をさせた。
「それより小鬼ちゃん、時間は大丈夫?」
「あ!」
今日は少し早めに上がらせようとしていたが、話し込んでしまった為にいつもとあまり変わらない時間になってしまった。
慌てて袋を抱え直したユウを視界の端に入れつつ扉を開くと、きっちりとお座りしているダルメシアンと目が合う。
「わざわざ まぁ、ご苦労な事で」
皮肉混じりに零すと、ダルメシアンはサムをじっと見上げたまま低く唸った。
ハイハイと肩を竦めてユウを通せば ぴたりと唸り声は止み、長い尾が少しばかり左右に揺れる。
「ほら、何処かの過保護な先生がいつものお守りをつけてくれたから、気を付けて帰るんだよ」
「はい!いつもありがとう。今日で最後だけど、宜しくね」
ぴったり横について歩く頼もしい使い魔に表情を綻ばせ、振り返り際にサムへ大きく手を振った。
こうして沢山の気遣いをされて生活出来ている幸せを、どう恩返ししたら良いのだろうと、寮までの暗い道程を歩きながら思案する。
これからグリムの為に作るブルームのように、いつかとっておきのサプライズが出来たらいいなと笑みを含むと、使い魔の尾もまた嬉しそうに振れた。
*****
早朝、インターホンのベルが鳴り響き、ユウは飛び起きて時計を見やった。
昨晩は夜更かしをしてしまい、眠気から頭が上手く回らなかったが、来客にしてはおかしな時間…
だが再度鳴ったベルはやはり幻聴などではないと知らしめ、ユウは大慌てでベッドを抜け出し玄関へと走った。
一体誰が何の目的でと混乱しながら階段を降り、一瞬躊躇って鍵を開けた後に恐る恐る扉を開いて隙間から覗き込む。
差し込んだ朝日と共にユウの目に映ったのは、白と黒の毛皮。
更なる混乱に固まると、突然の来訪者によって更に扉が開かれ、優雅な笑みとかち合った。
「おはよう、仔犬」
「…おはよう、ございます…」
「急で悪いが、少しいいか?」
目を丸くして首を傾げ疑問符を浮かべるユウへ、クルーウェルは赤いグローブを嵌めた手で奥の談話室を指差す。
戸惑いながらそれを受け入れ、少し先を歩いてご所望の談話室へと通す間、ユウは焦燥感に苛まれていた。
こんな早朝にわざわざクルーウェルがやって来た理由が まるで分からない。
しかも話があるといって時間を要している。
これはとんでもない事をしでかしてしまったのではないか…
グリムか、はたまた自分か…
前者は奔放な性格が故に幾らでも想像がつくものの、自分にはそんなと思った矢先、昨日やらかしてしまった羞恥を思い出す。
朝からお説教もとい躾直されてしまうなんて、とんだ駄犬だと肩を落とした。
「朝早くにすまない。だがこの時間が一番良いと思ってな」
お叱りから始まる朝がどう良いものになるのか、ユウには皆目見当がつかない。
しかし飼い主の言う事は絶対である。
まずはお茶でもとやかんを火にかけようとした手前で呼び寄せられ、今にも泣き出しそうな顔で重い足を動かした。
「何て顔をしているんだ」
「だって…」
「?」
「…いえ」
叱られると分かっていて ヘラヘラ出来る筈もないとしょぼくれるが、クルーウェルはいつもより幾分か柔らかな雰囲気を纏っているように思える。
だがそれは嵐の前の静けさとも感じられ、ユウはまともにその顔を見られなかった。
「お前に渡したいものがある」
「渡したいもの?」
拳骨ですか?それとももっと厳しい罰ですか?
そんな事を思って身構えたユウの目前に、高級感漂う黒の紙袋が差し出される。
それとシルバーグレーの瞳を何度か見やり、促されてその取っ手を受け取った。
怖々と中を覗けば、夕闇色の布とゴールドの美しい刺繍が目に飛び込んだ。
「先生、これ…!」
見開かれた目にクルーウェルの顔が綻ぶ。
が、次にユウの口から出た言葉にそれは一転した。
「グリムのですか!?ありがとうございます!今、起こして来ますね!」
「Stay!サイズをよく見ろ」
「サイズ…?」
そろりと袋の中から上質な素材のそれを取り上げると、言葉の通りグリムのものにしては随分大きなローブが広がった。
「お前のものだ。着替えてこい」
「…!」
息を呑んだユウに、クルーウェルは再び柔らかな笑みを含む。
大方、グリムを祝う為に肝心の自分の誕生日を忘れていたのだろうと踏んで。
仕事の一つを終え、ユウの着替えを待つ間にソファへと身を沈める。
長らく続いた徹夜は体に響いたが、愛らしい仔犬の喜ぶ姿を一番に直に見れたとあれば、その苦労も報われるというもの。
欠伸を噛み殺した所で小さな足音が静寂に響き、もう一仕事と腰を上げる。
気恥ずかしそうに裾を握り締めるローブ姿のユウは、クルーウェルが仕立てたそれを寸分の狂いもなく着こなしていた。
「よく似合ってる」
「ありがとう、ございます…でも魔法を使えないのに、私なんかがこれを着て良いんでしょうか…?」
「魔法が使えなくてもお前は俺の大事な教え子だ。他の誰にも文句など言わせない」
俯いたままのユウの顎を指先で掬い上げ、ほんの少しの自信を与える。
沢山の負い目を感じながら、それでも健気に生きる姿が何ともいじらしくて、“特別”を与えたくなった。
そして漸く和らいだ緊張と当惑に、用意していたもう一つの品の魔法を解く。
透過を解除したブルームの箒を目にするなり、ユウの顔は驚きに染まった。
「誕生日おめでとう、ユウ」
色鮮やかな沢山の花々が彩り美しく纏められ、“For You”と筆記体で書かれたメッセージカードにユウの視界は見る間に滲んでいく。
すっかり忘れていた自分の誕生日。
一番に祝ってくれたのは、高嶺の花の想い人。
芳しいブルームの花の幾つかは、込められたその意味を知っている。
一つ二つと噛み締めた花言葉に、三つ四つと涙が溢れた。
「先生っ…」
唇に充てがわれた親指が、そっとその形をなぞる。
この先の言葉を紡いでしまえば、答えを出さなければならない。
恋をするには若過ぎると、白い薔薇の蕾をブルームの中央に置いたクルーウェルは、唇をなぞったその指で幾つも溢れる涙を拭った。
必死に堪えようと鼻をすするユウの頭を撫で、今この瞬間だけはと抱き寄せ小さな背中を摩る。
更に漏れた嗚咽に苦笑しながら、あやすようにユウの背を撫で続けた。
*****
それから程なくして玄関の扉が開く音が響き、来客は声を顰めつつも賑やかな様子でずかずかと上がってきた。
その声にクルーウェルは名残惜しげに身を離し、ソファに置いたままのもう一つの袋へ目を向ける。
「寝起きドッキリしてやろうぜ」
「グリムも驚くだろうな」
「って、ちょい待ち!何でクル先いんの!?」
「お、おはようございます!」
談話室の前を横切ったエースとデュースが足を止め、思いもよらぬ先客に何とも言えない顔をした。
その様に気に食わないと眉を顰め、クルーウェルは長い溜息を吐き出す。
二人もまたユウの誕生日にサプライズをしようとしていたらしく、先を越されたと知るや口々に不満を垂れた。
間に立たされたユウは終始おろおろとし、その騒ぎに二階にいたグリムも眠気まなこで降りてきては来客の多さに驚いた声を出す。
「何で朝っぱらからお前達がここにいるんだゾ?」
「何だよもう、グダグダじゃん」
「サプライズどころじゃなくなったな…」
「あ!ズルいんだゾ、ユウ!オレ様と一緒にお祝いされる約束したじゃねぇか!」
え?とエースとが固まる。
説明を求める二人の視線から逃れ、ユウは慌てて布を被せていたシェルフの元へ駆け寄った。
そして夜更かしして作り上げたブルームを取り出し、腕組みして鼻息を荒くするグリムへ差し出す。
「ごめんね、遅くなって…お誕生日おめでとう、グリム!」
「ふなっ!?これ…お前が作ったのか?」
「えっと…先生が作ってくれたものと比べると見劣りしちゃうけど…」
「………ユウー!」
胸に飛び込んできたグリムを抱き締めながら、腕いっぱいの二つのブルームを落とさないよう ひやひやしてしまう。
グリムの誕生日がユウと同じだと今しがた知ったマブは当惑の色を浮かべ、お菓子の追加が必須だと渋い顔を寄せ合った。
「あとね、サムさんのお店で皆の衣装と似た生地を買ったの。刺繍は縫えないから、レースを付けた出来合いのマントだけど…貰ってくれる?」
「ふなぁ!ユウとお揃いなんだゾ♪かっこよくしてくれよな!」
「はい、親分」
にこやかに頷き、ユウはグリムの首元に手作りのマントを括りつける。
その光景に目を細めたクルーウェルは、ソファへ置いた袋から小さな三角帽を魔法で浮かせ、グリムの頭へ被せた。
「ふなっ!?」
「わぁ!格好良いね、グリム!本物の魔法使いみたい!」
「本当か!?にゃっはー♪大魔法士になるオレ様には当然お似合いなんだゾ!」
「マジでクル先、あの二人に甘くね?」
「まさかクルーウェル先生が用意していたなんてな。しかもこんな早朝から」
「え、そこ?」
ひそひそと話し込む二人を横目で見やったクルーウェルは、はしゃぐユウとグリムに背を向け人差し指を唇に充てがった。
無粋な真似はしないようにと釘を刺され、二人は面白くない顔をして「ハーイ」と口だけ動かす。
「くれぐれも遅刻する事のないように」
「うぃーす」
「優等生として当然です!」
じゃあなと残しクルーウェルが談話室を後にすると、エースは菓子を詰め込んだ袋を掲げ、携帯を取り出した。
そして入れ替わるように、ジャックやエペル、セベクもオンボロ寮を訪れ、主役の出立ちに目を輝かせては祝福の言葉を贈る。
二人が並んでブルームの箒を抱く写真は瞬く間に拡散され、他寮の寮長達の目や耳に入る事となり、終日沢山の者からお祝いをされた。
思いもしなかったその反響の大きさに驚いたものの、グリムが喜ぶ姿を目の当たりにしたユウは人一倍喜びを噛み締め、充実した一日を過ごす。
*****
沢山のプレゼントやご馳走に囲まれて、幸せな時間はあっという間に過ぎてしまった。
夢のように楽しいひとときも日付が変わる頃には惜しむようになり、就寝前にユウは改めてブルームを抱え込んだ。
色彩豊かな花々の香りをゆっくり吸い込んで目を閉じる。
心地の良さに吐息を漏らし、メッセージカードを手に取ると何か重みを感じた。
誕生祝いと幸運を祈る言葉が筆記体で綴られたそのカードの裏側に、ある物が貼り付けられている。
一つは香水瓶に入れられた四葉のクローバーのチャーム。
そしてそのチャームに括り付けられていた小さな袋には、何かの種のようなものが入っていた。
「何の種だろう…?明日、庭に埋めてみようかな」
咲いてからのお楽しみだろうかと胸を躍らせ、ユウはきらりと光るチャームを目線の高さに掲げる。
美しい四つの葉は部屋の灯りに透け、葉脈が造り物ではない事を告げていた。
「…!」
昨日、クルーウェルへ贈ったものとは明らかに大きさが異なる四つ葉。
贈り返された訳ではない事を知るや否や、ユウの顔は真っ赤になり耳まで熱を持った。
そしてブルームの花を三度じっくりと見つめ、溢れんばかりの想いを込められた花言葉達に溺れそうになる。
否、既にもう手遅れな程に溺れていた。
オンボロ寮の庭に大事に埋められた種が芽を出し、可憐な蕾をつけ大輪を咲かせるのはそう遠くない未来…
そしてその花が束となって贈り主へと届けられるのは、また別のお話ー…
〜Fin〜