それが一瞬でも永遠に刻む愛標(ラギー✕監督生/連載/すれ違い)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
悲しいか、と問われればそれほどでも。
辛いか、ならば特には。
苦しいであれば、前に比べれば多少は、と答えよう。
ならば、愛しくはないか、ときたならば。
「煙くせえ」
ベッドに寝転んだレオナの不機嫌丸出しな声に、ラギーは僅かに固まった。
しかし、すぐに床に散らばった衣服を拾い上げていく。
「何のことだか。あっ、制服だけは、掛けといてくださいって言ってるッスよね!」
しわの寄った制服を見つけ、ラギーはレオナに文句を言う。
普段通りの様子に、レオナは鼻を鳴らす。
「めんどくせーことに巻き込まれやがって」
「何のことッスかー」
なおも様子が変わらないでいるラギーに、レオナは舌打ちをすると目を閉じた。
何があっても、頼ってくるなよ。
背中がそう言っている気がする。
ラギーは苦笑すると洗濯物が入ったカゴを抱え、部屋を後にした。
廊下ではサバナクロー寮生がたむろしており、ラギーに気づくとにやにやと笑いながら話しを続けていた。
話題が何なのかはわかっているから、ラギーは特に気にした風もなく歩き続ける。
気にする事でもない。
焦燥と苦しみ、全てに苛まれた頃に比べれば何ということもなく、むしろ気楽だ。
ただ噂されている。簡単な事だ。
単純な好奇心、それくらいならば何ともない。
ラギーは足取り軽く寮から出る。
空は青く広がり、雲一つない。
ラギーの心のように、晴れ渡っている。
授業は好きだ。
学のない自分自身の財産として着実に積み重なるからだ。
だからラギーはいつも真剣に聞いていた。
今は錬金術の時間だ。
珍しい一年生との合同授業。
二年生は復習と一年生との交流を兼ねている。
「慎重に行うように!」
指導するクルーウェルの言葉に、真面目に取り組む者、一年生との話をしてふざけている者、半々だ。
一年生に合わせた内容だからか、二年生は気が抜けている。
ラギーはそんな時間を無駄にしている者を軽蔑し、釜を混ぜていく。
「ヒカリヨモギとラピスラズリの粉末を……と」
メモにある材料を釜に入れていると、楽しげな声がした。
ラギーの耳は、簡単にその声を拾ってしまう。
「ふははは!」
「ちょっと、グリム! 真面目にやって! 危ないでしょう!」
「まあまあ、ユウ」
「初めての合同授業に、コイツもはしゃいでんだろー」
ああ、いつもの面子だ。
そう思うと、心に黒い染みが広がる。
すると、不思議なお香のような匂いがラギーを包んだ。
ストンと、心の靄が晴れていく。
彼女たちの様子が気にならなくなった。
「ああ、これが……」
煙管をくゆらせる女を思い出し、ラギーはひとり納得した。
『代償は得たからね。少しは苦しみを和らげてやろう』
女の言葉は本当だったわけだ。
ラギーは苦笑すると、また釜を混ぜる作業に戻った。
『ただ、気をつけな』
女の声がこだまする。
『ひとの心は、厄介だ。時に魔法すら凌駕するからねぇ』
ガシャンという大きな音と、悲鳴が。
「ユウ!」
「先生! 釜が倒れて……!」
騒ぎは波紋のごとく広がり、ラギーにも伝わる。
途端にお香の匂いが霧散した。
「ユウくん……!」
彼女の身に何が起きたのか。
人垣が出来た向こうには、嫌な色の煙が上がっていた。
ラギーはすぐに走り出したが、人垣に阻まわれ、近づくことすらできない。
「子犬ども、しばらく作業は中止だ! 皆、釜には触るなよ!」
しゃがんでいたらしいクルーウェルの頭が人垣からでも見えた。誰かを抱えて、立ち上がったらしい。
そんな事より、彼女は?
いったい何があったのだ。
焦るラギーは何もできず、人垣が空いたところからクルーウェルが出てくるのをただ見ていた。
誰かの白衣を頭から被された腕のなかの人物は華奢で、すぐに彼女だとわかった。
「ユウく」
「ユウ!」
「痛いかもしれねーけど、我慢しろよ!」
デュースと、泣くグリムを抱えたエースがクルーウェルの後を付いて行く。
エースは白衣を身に着けていない。
当たり前のように、彼女のそばにいることを許された二人は実験室から出て行った。
立ち尽くすラギーを残して。
悲しみも辛さも苦しささえ、今は緩和されている。
だが、どうしても消えない感情。
愛しさだけは、常にある。
彼女のそばにいられるのは、自分じゃない。
いつだって彼らで。
ラギーにとって、愛しさは苦しみと同じだ。
苦しみを魔法から解き放ってしまうほどに。
騒ぎが収まり、授業は中止となった。
残りの時間は自習で、ラギーは中庭に来ていた。
授業中だからか、人影はない。
ぼんやりと空を見上げるラギー。
青い青い空。
だが、今のラギーには眩しすぎる。
「……」
冷たい一雫がラギーの頬を伝う。
『代償を払っても、あんたのソレは消えないよ』
知っている、そんな事。嫌というほど。
この感情の名前を、ラギーはまだ知らない。
それでも、がんじがらめにされた心は悲鳴を上げ続けているのだ。
3/3ページ