それが一瞬でも永遠に刻む愛標(ラギー✕監督生/連載/すれ違い)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
焦がれて焦がれて、燃え尽きない炎に身を焼かれる思いだった。
彼女の近くに居るのは、自分じゃない。
彼女が浮かべる微笑みは、別の誰かを幸せにする。
ああ、今日も彼女は美しい。
生きて、笑って、楽しんで。
そして、俯く瞬間がある。
遠いどこかにある故郷への哀愁を、健気に耐えるのだ。
それはラギーにはわからない感情だ。
ラギーの故郷はある。ばあちゃんや、スラムのチビたち。
貧しくとも逞しい住人たち。
ラギーにはあって、彼女にはないもの。
それが、嫌で嫌でたまらない。
共感できない。寄り添うことができない。流す涙を拭うこともできない。
それが嫌で、苦しい。
彼女へ芽生えた執着は、ラギーをがんじがらめにして、焦がれる心は逃げる術もなく炎に焼かれ続けるのだ。
燃えて、燃えて、なお燃え尽きない感情。
それが何なのか、名前をつけられないまま、肥大化した闇はラギーを呑み込んでいった。
抗う力はもうない。
ラギーは擦り切れていた。
心は摩耗して、疲れて、ずたずたにされ、それでも彼女を求めていた。
噂を聞いたのは、身も心も疲れ果てた時だ。
とある森に、何でも願いを叶える存在がいると。
代償さえ払えば、願いは思うがままだと。
だから、彼は。
たった一つを、願ったのだ。
ユウは、窓から差し込む朝日の眩しさに目を覚した。
「んー……」
寝起きは良いほうのはずなのに、なかなか頭が覚醒しない。
ぼうっと呆けた顔で、緩慢な動きで体を起こす。
古いベッドは深く軋み、隣で丸くなるグリムの体を揺らした。
腕を伸ばし血流を良くしたユウは、何やら甘い匂いに気づく。
チョコレートのような、深い甘い匂いだ。
「ちょっと、グリムー。ひとりでチョコレート食べたのー?」
まだ靄のかかる頭で、グリムを揺らす。
グリムは迷惑げに眉間にシワを寄せていく。
「ぶなあ、ちょこ? そんなもん、知らないんだゾ」
「うっそだー、こんなに匂ってるのに」
「何も匂いなんかしないゾ」
もぞもぞと起きたグリムが、目を瞬かせて言う。まだ半分夢の世界だ。
えー? と、半信半疑で鼻をくんっと動かすユウ。
彼女は首を傾げた。
「あれ、匂いしなくなった」
あんなに纏わり付くようにした匂いは、きれいに消えていた。
「オマエ、寝ぼけてたんじゃねえのか」
「えー? そうなのかなあ……」
ユウは目をぱちぱちと上下させ、そして頬を軽く叩いた。
「うーん、やっぱり寝ぼけてたんだね! チョコレートなんて高価なもの、うちにあるわけないし!」
「オレ様はツナ缶が欲しいんだゾ!」
「それは来週のバイト代が出てからで!」
「ぶなあ!」
不満を露わにするグリムをよそに、ユウはベッドから降りる。
壁に掛けられたナイトレイブンカレッジの制服を見る。
「ほら、学校行こう! 準備、準備!」
「んー……」
ぐずるグリムに、ユウは苦笑して頭を撫でる。
そうされるのが、グリムは大好きなのである。
しばらくするとグリムは大人しくなり、ベッドからぴょんっと降りた。
「腹減った! 目玉焼きトーストが良いんだゾ!」
「はいはい」
朝食のリクエストにユウは頷く。
「あと! 帰りが遅い時は連絡しろ! 昨日は心配したんだからな!」
と、ユウを軽く睨んでからグリムは寝室を出て行った。
残されたユウは、ぽかんとしている。
「……何のこと?」
ユウがオンボロ寮で暮らすようになってから、バイトがある日以外は寮に直帰していた。
昨日はバイトは休みだった。
ユウは、確か……と記憶を探る。
学校が終わった後、グリムと帰ったはずだ。
何か勘違いしているのだろうか?
「まだ寝ぼけてるのかな」
寝起きとはそんなものだ。
ユウは簡単に結論づけた。
「よー、ユウ! グリム!」
「ふたりとも、おはよう」
学校に繋がる鏡舎から出ると、エースとデュースに会う。
デュースが軽く上げた右手に、ユウは小さな拳を当てた。
「おっはよー!」
「はは、朝から元気だな」
「コイツ、目玉焼き焦がしたんだゾ」
朝食を台無しにされたグリムがむすうと顔をしかめるが、可愛いだけだった。
「なになに、ユウちゃんは料理できないって?」
エースのからかいにユウは、不機嫌そうにした。
「仕方ないでしょ。なんか、頭がすっきりしないんだもん」
「なんだ、夜ふかしでもしたのか?」
「いや、違うけど。うーん、ん? あれ、グリムは?」
さっきまでユウの隣に居たはずなのだが、忽然と姿を消している。
きょろきょろしていると、エースが苦笑いして教えてくれた。
「グリムなら購買に行くってさ。口直しだーて」
「えー! 止めてよ! うちは無駄使い禁止なのに!」
「まあ、落ち着け。グリム、金ないだろ」
「なら、安心だな」
「できないっ! 絶対、サムさんに迷惑かけるってば!」
呑気な二人にユウは叫ぶと、購買部へと走り出した。
苦労性の友人に、エースとデュースは笑うだけだ。日常的なやり取りなので、慣れていた。
「授業には遅刻すんなよー」
「頑張れ」
無責任な声掛けに、振り向いたユウは「ばーか、ばーか!」と返してくる。
「ガキか、アイツは」
「まあ、アイツらしいじゃん」
そんな会話をしていると、デュースがふと思案げに俯いた。
「んー……」
「どうした、デュース」
「いや、僕の見間違いかもしれないんだが」
「おう」
「昨日、夕方頃に鏡舎へ入るユウを見たんだ」
「バイトじゃね? アイツ、街のカフェで働いてるじゃん」
「そうなんだが、その時の恰好が、その」
デュースが言い難そうにして、続けた。
「非常に、女の子らしいというか……白かったんだ」
「はあ?」
「だから! スカート姿だったんだ!」
デュースの言葉に、エースは目を丸くする。
ユウは学校でも男子の制服で過ごしていた。
性別を隠してはいないが、楽だからと。
私服も金がないので、エースたちのお古だ。
「見間違いじゃねーの? だって、そんな服買うぐらいなら、食費に回すような奴じゃん」
「まあ、そうなんだが」
デュースもユウの生活を知っているので、自信を持てないでいた。
「そうだな。やはり、見間違いかもしれない」
「そーそー」
二人は結論が出ると、学校へと歩き出した。
鏡舎から出てきたラギーは、じっと去り行く二人を見ていた。
異世界から来たオンボロ寮の監督生の隣には、常に彼らがいる。
それはまるで当然の権利のようで、自然で違和感がない。
いつも見ていたから、知っている。
目が良く、器用なラギーは唇の動きが読めたから、知ってしまった。
知りたくない、知らないままでいたいことを。
『好きなひとぐらい、いるもん!』
あれは、夕暮れ時。
ラギーは部活を終えて、寮に帰る用意をしていた。
グラウンドから一緒に歩く三人と一匹が見えた。
珍しく彼女は、友人に怒りを覚えているようだった。
だから、目を凝らした。
エースが、彼女を指差して笑う。
デュースが窘めているようだが、彼女の怒りは募っているようだ。
悔しい、と思う自分がいた。
笑顔を向けられる幸福を享受しているのに、他の感情すら得るのか、と。
一度きりしか、自分は向けられたことがないのに。
そして、彼女の小さな唇が動いた。
好きなひとがいると。
そして、じゃれつきながら去って行った彼女たちを、ただラギーは立ち尽くして見ていた。
炎が灯る。
「本当に良いのかい?」
心を燃やす炎が。
「代償さえくれりゃあ、あたしは良いけどね」
焦がれて、焦がされ、でも燃え尽きない心。
「さあ、願いな」
灯りが舞う空間に、漆黒の女が嗤う。
くるくると、煙管をくゆらせ。
縋る思いで辿り着いたラギーに問う。
「何を手に入れたい」
「……たった一度で、いい」
擦り切れて、今にも崩れそうな精神で、でも消えない心が願うのは。
「彼女との時間が、欲しい」
願ったのは、ささやかで。でも、手に入らないという絶望しかないもので。
一度で、良かった。
欲張りになるには、炎は強く燃やしてしまっていた。
手に入れるには、遠く。
そばに居続けるには、執着が強すぎた。
壊すには、純粋さがない。
希望に縋るには、穢れていない。
だから、ラギーは。一瞬を願ったのだ。
それが、愛だとは気付かずに。
たった一度の逢瀬を。
1/3ページ