四葉のキス(エース✕女監督生/短編)
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授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
先生が部屋を出ていくと、生徒たちは談笑を始めた。
デュースも本来はそんな生徒のひとりなのだが、今は違った。
ちらちらと両隣に視線を忙しなく動かし、小さく咳払いをする。
「あー、その。今日も有意義な、授業だったな!」
と、普段よりも高い声で言う。
しかし、両隣から反応はない。
左に座るエースはつまらなそうにスマホを弄っていて、視線すら合わない。
ならばと右を向けば、オンボロ寮の監督生ことユウが無言で教科書を片付けていた。
彼女の膝に座るグリムは、しおしおと萎れている。険悪な空気を感じ取っているようだ。
「ぶ、ぶなぁ……」
グリムの泣きそうな声に、デュースも激しく同意したかった。デュースも実際、辛い。
周りの楽しげな様子とは違い、デュースの周りだけピリピリしている。
「こほん。エ、エース、たまには一緒に購買にでも行かないか?」
「なんで?」
頬杖をついたエースの返答はそっけない。心が折れそうだ。非常に悲しい。
しかし、ここで折れるわけにはいかないのだ。
デュースは、諦めたくない。
だから、食い下がる!
「インクが切れたんだ。付き合ってくれると嬉しい。もちろん、ユウも……」
がたん、と椅子が鳴った。
右隣だ。
視線を向ければ、萎れたグリムを抱えて立ち上がったユウの姿が。
「お、おい」
「私、帰るね!」
デュースの言葉が聞こえたはずなのに、明るい声で言い放つユウ。
そして笑顔のまま、デュースを見る。
「またね、デュース!」
と、身を翻した。
そう、デュースだけに声を掛けて。
胃がキュッとする感覚に、デュースはため息をついた。
「……まだ、仲直りしないのか?」
横ではムスッとしたエース。スマホの画面はずっと待ち受けのままだ。
「うるせーよ」
ふてくされたエースに、デュースは呆れてしまう。
本当に素直じゃない。
ユウが出て行った扉を見つめ、デュースは早く事態が収束することを願った。
ユウは早足でオンボロ寮に向かう。
頭のなかは、今日のエースが見せた様子でいっぱいだ。
「なによ、無視しちゃってさ!」
エースは一度もユウを見なかった。
デュースとばかり話していたのだ。
ユウなど空気のような扱いである。
思い出しただけで、お腹のなかがムカムカとする。
そもそも悪いのはエースなのだ!
「いきなり機嫌悪くなって、意味わかんない!」
だんっと、乱暴に地面を踏む。
そもそもの発端がいまいち理解できないのだ。
数日前に、錬金術の授業で必要な薬草を採取しに薬草地へと向かった。
グリムと一緒に薬草を選んでいた時のこと。
「なあ、子分。これ、何なんだゾ!」
グリムが両手で掴んだものは、白詰草だった。
しかも。
「すごいじゃん、グリム! 四葉だよ!」
「ぶな! これ凄いのか!」
「幸運のお守りになるよ! 押し花にして持ち歩くと良いよ」
ユウの言葉にグリムは目を輝かせた。
四葉のクローバーを太陽にかざす。
「凄いんだゾ!」
「良かったねー」
微笑ましく見ていると、グリムは四葉のクローバーをユウへと向けた。
「どうしたの?」
「預かってくれ! オレ様、失くしそうだから……」
しょぼ……と俯くグリムに、ユウは笑いかけた。
「分かった! 大事に持ってるから、押し花にしたら渡すね」
「分かった!」
手渡された四葉のクローバーを見て、ユウはちょっとした悪戯心が芽生える。
そっと、長い茎を丸くして左手の薬指にはめてみた。
そして後ろで言い合いしながら採取していたエースとデュースを振り返り、笑顔を作るユウ。
「ねえ、ねえ! 見て! グリムからの婚約指輪ー!」
と、四葉の指輪を見せびらかせた。
デュースが「ハハッ、グリム。ロマンチックなプロポーズだな!」と大笑いし、周りの学友たちもゲラゲラと笑っていた。
ユウも口を開けて笑った。
グリムは指輪の意味を知らなかったのか、首を傾げていたが。
そんな和やかな空気のなか。
「……何が嬉しいの、そんなの」
という、冷めたエースの声が聞こえた。
空気がしんと固まる。
驚いたユウは、エースを見つめた。
彼は見るからに不機嫌で、冷え冷えとした眼差しをユウに向けている。
「エース?」
「どうしたんだ、お前らしくないぞ」
デュースも怪訝そうにしていた。
薬草を乱暴に引っこ抜いたエースは、じろりとユウを見る。機嫌が相当悪いようだ。
「そんなさあ、やっすい指輪で満足するなんて、お手軽だと思っただけー」
と、嫌味たっぷりに言ってきた。
さすがにユウも腹を立て、エースを睨んだ。
「うるさいな! 私は、嬉しいからいいの!」
「ふーん、単純なのねー、ユウちゃんはあ」
あまりの言い草に、ユウはカッとなり薬草を抜きエースに投げつけた。
「エースの馬鹿! 大っ嫌い!」
それを最後にエースとは口をきいていない。
思い出すだけでまたイライラとしてくる。
「グリムも思わない? エース、馬鹿だって!」
「ぶ、ぶなぁ……」
しおしおと萎れたままのグリムは、ユウの腕のなかで落ち込んでいた。
自分が怒らせたわけではないが、険悪な空気というのは他者も疲れさせるのだ。
だんっだんっと、地面を踏みつけ歩き続けるユウ。
オンボロ寮まであと少しだ。
その時。
「おい、ユウ!」
と、名前を呼ばれた。
今一番聞きたくない声。
ユウの空気がピリッとしたのに気づいたグリムが、慌てて腕から飛び降りる。
「オ、オレ様、先に帰るんだゾ!」
「あ、ちょっと!」
ユウが止める間もなく、グリムはオンボロ寮へと飛び込んで行った。
ため息をつきつつ、ユウは後ろを振り返る。
「……なに?」
冷たい声だ。怒りがひしひしと伝わるほど。普段穏やかな彼女だからこそ、怖い。
それは声を掛けたエースも感じ取っており、ぐっと息を呑んだ。
しかし、すぐに首の後ろをがしがしとかき、気まずそうに口を開いた。
「あー、その、さ」
「……用がないなら、帰りたいんだけど」
とりつく島のないユウに、エースは口を引き結んだ。
「だからっ、お前のそういうっ」
と苛立ちを見せるエース。
そして、つかつかと早足でユウとの距離を縮める。
真剣な表情のエースに、ユウは怯んだ。
だが、腰に手を回され強引に引き寄せられ、そして。
「ちょっ、なにっ、んんっ」
ぐいっと顎を上げられ、唇を塞がれてしまう。
エースの胸板を必死で叩くが、びくともしない。
キスはそれほど長くはなかったけれど。
ユウに動揺を与えるにはじゅうぶんだった。
「ちょっ、なにす」
「だからっ! オレは、お前が偽物でも指輪なんかしてる姿! 見たくなかったんだっての!」
とエースに叫ばれ、ユウは目を見開いた。
ゆっくりとだが、エースの言葉を咀嚼していく。
「意味わかんない……」
そう呟くが、ユウの顔は少しずつ赤く染まっていく。
エースも顔が赤い。
ユウから目を逸らし、「オレさ……」と呟くように本心を告げていく。
「バイト、してんだよ……」
「え」
「サムさんのとこで。……買いたくて」
後半はよく聞き取れない。
気まずいのかエースは、勢い良くユウに指をさした。
「指輪! ぜってぇ、買うから! 薬指空けとけ!」
それを叫ぶと、エースは身を翻して走り去った。
残されたユウは、エースが去った方向を見つめたまま立ち尽くす。
「だから、意味わかんない……」
と、両手で顔を覆ったユウの耳は、真っ赤であった。
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