最愛の消失(ラギー✕女監督生/連載/完結)
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ラギーは、地べたに転がった。
体中が痛い。
息が詰まるほどの激痛に、体をくの字に曲げる。
崖から落ちて、この程度で済んだのだ。
運が良かったとも言えるが、ラギーの呼吸は苦しそうだ。
服は所々破け、血が滲んでいた。
「ぐう……っ」
呻きながらも腕に力を入れ、体を起こす。
ギリッと奥歯を噛み締め、顔を上げた。
眼前には針山のように広がる、黒い黒い山。
崖のように鋭い山の上に、奴は居た。
ラギーから幸福を奪った元凶。
記憶を喰らう、黒き魔物。
『まだ、諦めぬか』
魔物はニタニタ嗤った。
愉快だとばかりに嘲笑う。
『この記憶は甘い。甘美だ。我を満足させてくれる。ほれ、返してほしいのだろう? 哀しいなあ。忘れ去られてなあ』
「うる、せぇ……っ!」
ラギーはよろけながらも立ち上がった。
そして、魔物を睨みつける。
目はギラギラと、強い光が宿っていた。
「お前が語るな! オレたちのことを、何一つ! お前だけは許さねえ!」
咆哮のような叫び。
傷だらけの体でも、ラギーは諦めていない。
甚振られてる自覚はあった。
魔物にとってラギーは、面白い玩具に過ぎないのだろう。
山から見下ろし戯れるかのように、山を登るラギーに黒い岩を突き上げては吹っ飛ぶ様を嗤っていた。
毎日毎日、体力の限界まで挑み続けるラギーを使い遊戯に興じる。
ラギーにもわかっていた。自分が無様なまでに相手にされていないと。
それでも、そうだとしても。
諦めるわけにはいかないのだ。
『ラギー』
微笑む彼女。
手を伸ばせば、はにかみながら握り返してくれた。
約束の花畑では、笑顔で涙を流した彼女。
『ありがとう』
ラギーの胸に飛び込み、彼女は微笑んでくれた。
『私、帰りません』
そう言ってくれたのだ。
不器用な求婚だったのに、受け取ってくれた。
幸せな日。
ラギーの渡した香水の匂いが気持ち良かった。
奪われた、日だ。
「絶対、取り返すんだ……っ!」
ラギーは一歩一歩、足を進める。
体中が悲鳴を上げていた。
それでも、歩みを止めない。
目を逸らさないラギーの耳に、靄のように揺らめく魔物の哄笑が飛び込む。
体の痛みに顔をしかめるラギーは、魔物の体がすうっと空中に溶け込むのを見た。
山から魔物が消え、黒い山も崩れ去って行く。
「どこに行きやがった……!」
魔物の姿が消えたことに、ラギーは驚きを隠せない。
こんなこと初めてのことだった。
魔物がいなければ、記憶は、彼女は、ユウはどうなるのだ!
焦燥ゆえにラギーは気づくのが遅れた。
背後に禍々しい気配があることに。
『……時は満ちた』
魔物の声がすぐそばから聞こえ、ラギーは後ろに飛び退くが。直ぐに伸びてきた靄に体を拘束されてしまう。
「ぐ、う……っ」
『痛かろう。痛かろうなあ。体はもちろん。心の傷は深いだろう』
「な、にを」
ラギーは痛みでくらくらする視界のなかで、魔物が楽しげに口を歪めるのを見た。
ずいっと、魔物の顔がラギーに近づく。
『我は待っていた。甘美な記憶には、必ずお前がいたからなあ。この甘味を形作るお前の心が限界を迎えるのを待ち望んでおった』
ラギーの目が見開かれる。
『希望は旨い。だが、熟成された絶望は更なる美味となる』
「オレは、絶望なんか」
『取り出した記憶を戻すことができないとしてもか?』
見開いたラギーの目が、魔物を凝視する。
『当然だろう。記憶とは繊細だ。日々蓄積されていくもの。これを戻せば、記憶の主は壊れてしまうだろうなあ?』
「な、に……」
声が震える。
いや、狡猾な魔物の言葉など、信じるものか。
自分は取り戻すのだ。
幸福を、希望を。
『ほう、まだ折れぬか。面白い。ならば……』
魔物の口が、大きく開かれる。
『お前の記憶も喰らうとするか』
魔物の言葉に、ラギーは痛むのも構わず靄を振り払おうと暴れ出した。
記憶を喰らうと言った。
ラギーの記憶を。
彼女との繫がりのある、唯一のものを。
奪われる。
消えてしまう。
彼女が、あの日々が、ラギーから失われる。
そうなってしまったら、もう何も残らない。
消える。失くなる。
幸福が。
「あ、あ……」
ラギーの目から光が失われていく。
絶望が蝕んでいき、手足から力が抜けていった。
抵抗しなくてはいけないのに。
あの日の、目覚めた彼女から愛情が失われた目を見た瞬間の苦しみを思い出し、ラギーの心から光が溢れ落ちていく。
「ユウ……嫌だ、ユウ……オレは」
『クハハハ! これはいい。お前の絶望を頂くとしよう』
魔物の口がラギーへと覆いかぶさろうとする。
ああ。
ユウも、こんな辛さを味わったのだろうか。
花畑で微笑む彼女。
そして、双眼鏡を持った記憶の無い彼女を思い浮かべる。
そうだ、最後まで彼女を想いたい。
ラギーは目を閉じる。
その瞬間だった。
「ぶなあー!」
ゴオッという空気を裂く音と共に、魔物の悲鳴が上がる。
同時にラギーの体が自由になり、地面に落下した。
「う……っ」
衝撃に呻くラギーに影が出来る。
誰かがいる?
その疑問はすぐに解消された。
「大丈夫ですか、ラギー先輩!」
彼女だ。
愛しい彼女の、声が。
目を開ければユウが顔を歪めて、ラギーのそばで膝をついていた。後ろでは、グリムが魔物に炎を浴びせ続けていた。
「ユウ……?」
「ラギー先輩、なんでこんな傷だらけで……っ」
先輩。その呼称で、また暗い気持ちがラギーにのしかかる。
ユウは、ラギーの肩に腕を入れた。
「早く、立ち上がってください。グリムが足止めしてる間になんとか逃げましょう!」
「もう……いいんですよ」
「え?」
ユウの目が困惑に揺れた。
「オレは、もう、疲れた」
「ラギー先輩」
「ほら、先輩。先輩、なんスよね。アンタにしたら、オレはただの先輩なんだ」
力なく笑うラギー。
目からは光が失われたままだ。
グリムが足止めしていると言っていたが、あれは遊ばれているだけだ。
ラギーのユニーク魔法も効かない相手だ。
グリムの炎などものともしないだろう。
逃げるなど、無理だ。
「アンタのなかにいられないオレなんか……記憶を奪われてしまえばいいんだ」
「記憶……」
「そうしたら、もう、苦しくないのかな」
弱々しい様子のラギーに、ユウはぐっと唇を噛んだ。
そして、真っ直ぐラギーを見た。
「好きです」
ユウの言葉に、ラギーは目を瞬かせる。
ユウはへらりと笑った。
「本当は、こんなムードのない告白嫌でしたけど。伝えたかったから」
「な、に……」
「好きです、ラギー先輩。大好きです。貴方が好きなんです」
ラギーは零れそうなほど目を見開いた。
好き?
彼女が、自分を?
記憶がないのに?
なのに、なのに。
彼女は、ユウは、自分を……。
呆然とするラギーを、ユウは抱きしめた。
「逃げないなら、一緒にいましょう。アイツが記憶を奪ったんでしょう? なら、またあげてもいいです」
「なにを言って」
恐れるように体を震わせたラギーに、ユウは微笑みかけた。
「何度奪われても、私は貴方を好きになるから」
「ユウ」
微笑む彼女の目には、確かな愛情があった。
失われたはずの、希望が。
後ろでは、グリムが魔物に振り払われたのが見えた。
望まぬ展開になっていることを、魔物が勘付いたようだ。
「ラギー先輩」
それでも、ユウはラギーから離れない。
「また恋人になってくださいね?」
はにかむ彼女は、やはり彼女のままで。
記憶などなくても、自分たちは繋がっていたのだとラギーに気づかせた。
嫌だ、と。思った。
それはまた失うから、ということではなく。
彼女を信じていないわけでもなく。
微かに震える彼女の体を感じて、諦めてしまった自分を否定したのだ。
駄目だ。
もう二度と、自分たちを好き勝手にさせない!
ラギーの目に、強い光が宿った。
ユウを引き離し、両手を伸ばす。
「お前なんかに負けるもんかよ! 【愚者の行進】!」
効かないユニーク魔法。
だが、今なら大丈夫だと確信できた。
守るべき存在が、いるのだから。
『ぐう……っ』
魔物の動きが止まる。ラギーと同じ動作をした。
効いた!
ラギーのユニーク魔法では魔物は倒せない。
だが、時間稼ぎにはなる。
考えろ。思考しろ。
もう諦めない。
絶対にだ!
『こんな、ものぉ……っ』
魔物が動く、黒い岩が地面から生える。
ラギーへと向かってくる。
「ラギー先輩!」
ユウの悲鳴が響く。
だが、ラギーは不敵に笑う。
鼻をひくつかせた。
「……ほんと、美味しいとこ持っていくんスから」
「平伏しろ! 【王者の咆哮】!」
声がした。
圧倒的な強者の声が。
黒い岩が砂へと変わる。
魔物の足場が消えていく。
同時に、穴に沈む魔物の周りに幾重もの壁が現れた。
「ユニーク魔法に、結界魔法。相変わらず本気出したらすげースよね」
振り向けば、やる気のない足取りで近づくレオナの姿があった。
「レオナ先輩!」
ユウが驚いたように声を上げる。
なぜここに? と、目が問うていた。
レオナは、傷だらけのラギーを見て鼻を鳴らす。
「ちったあ、マシな顔になったな」
「レオナさん……」
苦笑するラギーから、壁を見つめたレオナは背を向けた。
「お前ら行くぞ。あの壁はそんなにもたねえな。とっとと、立て」
レオナの言葉にユウは急いでラギーの肩を支える。
ふっ飛ばされたグリムが、「酷い目にあったんだゾ!」と合流を果たした。
「グリム、大丈夫?」
「こんなの痛くないゾ!」
「ついて来てくれて、ありがとう」
「子分の面倒を見るのは当たり前なんだゾ。あんなに必死なお前を見たら、放っておけないしな!」
「グリム……っ」
そんな会話を聞きながら、ラギーはレオナを見た。
レオナは皮肉に笑う。
「ラギー、詳しい話は後で聞く。礼なら、俺を呼んだヴィルの奴に言え。癪だがな」
「……はい」
神妙に頷いたラギーは、ユウを見た。
彼女もラギーを見る。
それだけで、良かった。
ラギーは、ようやく光を掴んだのだ。
結論として、レオナはやはり只者じゃないとラギーは痛感した。
なんと、魔物の討伐隊が結成されたのだ。
怪我の治療を受けた後に全てを話したラギーに、レオナは言ってのけた。
「ここからは、国家レベルの話にしてやるよ。何せ善良な生徒が、また襲われたんだからな」
ぽかんとするラギーに、レオナは口角を上げた。
「狸どもの相手は任せろ。お前が寝てる間に片付いてるさ」
そう言って、レオナは手をひらひら振りながら医務室から去って行った。
そして、本当に討伐隊結成にこぎつけたのだから、レオナの実力を実感したのだった。
国の狸相手にどんな弁舌をしたのか。想像もできない。
そして、ラギーを玩んでいた魔物は討伐されたのである。
それが意味するのは。
しょりしょりと、椅子に座ったユウは器用に果物ナイフでリンゴの皮をむいていく。
ラギーは医務室のベッドに腰掛けながら、それを見ていた。
食べやすいサイズにしたリンゴを皿に載せ、ユウは微笑んで視線を向けてきた。
「ラギー、どうぞ」
「ありがとう、ユウ」
ラギーは微笑んで、リンゴを手に取る。
穏やかな時間が二人を包んでいた。
幸福が、そこにあり。
ユウが身につけた匂いは、約束の花畑を思い起こさせた。
取り戻した。とは、もう思わない。
何故なら、二人の絆はずっと繋がっていたのだから。
ラギーは、笑う。
それは希望に満ちあふれていた。
「ずっと一緒ッスよ」
ユウは当たり前でしょと返した。
「私は何度だって、ラギーを好きになるし。絶対離れないんだから」
「ユウ」
名前を呼び、ラギーは身を乗り出した。
甘さを含んだラギーの声に、ユウは頬を染め目を閉じた。
そして、二人の距離はゼロになる。
「……子供はたくさんがいいな」
「ばか」
そして、くすくす笑い合う。
未来は、どこまでも続いていくのだ。
体中が痛い。
息が詰まるほどの激痛に、体をくの字に曲げる。
崖から落ちて、この程度で済んだのだ。
運が良かったとも言えるが、ラギーの呼吸は苦しそうだ。
服は所々破け、血が滲んでいた。
「ぐう……っ」
呻きながらも腕に力を入れ、体を起こす。
ギリッと奥歯を噛み締め、顔を上げた。
眼前には針山のように広がる、黒い黒い山。
崖のように鋭い山の上に、奴は居た。
ラギーから幸福を奪った元凶。
記憶を喰らう、黒き魔物。
『まだ、諦めぬか』
魔物はニタニタ嗤った。
愉快だとばかりに嘲笑う。
『この記憶は甘い。甘美だ。我を満足させてくれる。ほれ、返してほしいのだろう? 哀しいなあ。忘れ去られてなあ』
「うる、せぇ……っ!」
ラギーはよろけながらも立ち上がった。
そして、魔物を睨みつける。
目はギラギラと、強い光が宿っていた。
「お前が語るな! オレたちのことを、何一つ! お前だけは許さねえ!」
咆哮のような叫び。
傷だらけの体でも、ラギーは諦めていない。
甚振られてる自覚はあった。
魔物にとってラギーは、面白い玩具に過ぎないのだろう。
山から見下ろし戯れるかのように、山を登るラギーに黒い岩を突き上げては吹っ飛ぶ様を嗤っていた。
毎日毎日、体力の限界まで挑み続けるラギーを使い遊戯に興じる。
ラギーにもわかっていた。自分が無様なまでに相手にされていないと。
それでも、そうだとしても。
諦めるわけにはいかないのだ。
『ラギー』
微笑む彼女。
手を伸ばせば、はにかみながら握り返してくれた。
約束の花畑では、笑顔で涙を流した彼女。
『ありがとう』
ラギーの胸に飛び込み、彼女は微笑んでくれた。
『私、帰りません』
そう言ってくれたのだ。
不器用な求婚だったのに、受け取ってくれた。
幸せな日。
ラギーの渡した香水の匂いが気持ち良かった。
奪われた、日だ。
「絶対、取り返すんだ……っ!」
ラギーは一歩一歩、足を進める。
体中が悲鳴を上げていた。
それでも、歩みを止めない。
目を逸らさないラギーの耳に、靄のように揺らめく魔物の哄笑が飛び込む。
体の痛みに顔をしかめるラギーは、魔物の体がすうっと空中に溶け込むのを見た。
山から魔物が消え、黒い山も崩れ去って行く。
「どこに行きやがった……!」
魔物の姿が消えたことに、ラギーは驚きを隠せない。
こんなこと初めてのことだった。
魔物がいなければ、記憶は、彼女は、ユウはどうなるのだ!
焦燥ゆえにラギーは気づくのが遅れた。
背後に禍々しい気配があることに。
『……時は満ちた』
魔物の声がすぐそばから聞こえ、ラギーは後ろに飛び退くが。直ぐに伸びてきた靄に体を拘束されてしまう。
「ぐ、う……っ」
『痛かろう。痛かろうなあ。体はもちろん。心の傷は深いだろう』
「な、にを」
ラギーは痛みでくらくらする視界のなかで、魔物が楽しげに口を歪めるのを見た。
ずいっと、魔物の顔がラギーに近づく。
『我は待っていた。甘美な記憶には、必ずお前がいたからなあ。この甘味を形作るお前の心が限界を迎えるのを待ち望んでおった』
ラギーの目が見開かれる。
『希望は旨い。だが、熟成された絶望は更なる美味となる』
「オレは、絶望なんか」
『取り出した記憶を戻すことができないとしてもか?』
見開いたラギーの目が、魔物を凝視する。
『当然だろう。記憶とは繊細だ。日々蓄積されていくもの。これを戻せば、記憶の主は壊れてしまうだろうなあ?』
「な、に……」
声が震える。
いや、狡猾な魔物の言葉など、信じるものか。
自分は取り戻すのだ。
幸福を、希望を。
『ほう、まだ折れぬか。面白い。ならば……』
魔物の口が、大きく開かれる。
『お前の記憶も喰らうとするか』
魔物の言葉に、ラギーは痛むのも構わず靄を振り払おうと暴れ出した。
記憶を喰らうと言った。
ラギーの記憶を。
彼女との繫がりのある、唯一のものを。
奪われる。
消えてしまう。
彼女が、あの日々が、ラギーから失われる。
そうなってしまったら、もう何も残らない。
消える。失くなる。
幸福が。
「あ、あ……」
ラギーの目から光が失われていく。
絶望が蝕んでいき、手足から力が抜けていった。
抵抗しなくてはいけないのに。
あの日の、目覚めた彼女から愛情が失われた目を見た瞬間の苦しみを思い出し、ラギーの心から光が溢れ落ちていく。
「ユウ……嫌だ、ユウ……オレは」
『クハハハ! これはいい。お前の絶望を頂くとしよう』
魔物の口がラギーへと覆いかぶさろうとする。
ああ。
ユウも、こんな辛さを味わったのだろうか。
花畑で微笑む彼女。
そして、双眼鏡を持った記憶の無い彼女を思い浮かべる。
そうだ、最後まで彼女を想いたい。
ラギーは目を閉じる。
その瞬間だった。
「ぶなあー!」
ゴオッという空気を裂く音と共に、魔物の悲鳴が上がる。
同時にラギーの体が自由になり、地面に落下した。
「う……っ」
衝撃に呻くラギーに影が出来る。
誰かがいる?
その疑問はすぐに解消された。
「大丈夫ですか、ラギー先輩!」
彼女だ。
愛しい彼女の、声が。
目を開ければユウが顔を歪めて、ラギーのそばで膝をついていた。後ろでは、グリムが魔物に炎を浴びせ続けていた。
「ユウ……?」
「ラギー先輩、なんでこんな傷だらけで……っ」
先輩。その呼称で、また暗い気持ちがラギーにのしかかる。
ユウは、ラギーの肩に腕を入れた。
「早く、立ち上がってください。グリムが足止めしてる間になんとか逃げましょう!」
「もう……いいんですよ」
「え?」
ユウの目が困惑に揺れた。
「オレは、もう、疲れた」
「ラギー先輩」
「ほら、先輩。先輩、なんスよね。アンタにしたら、オレはただの先輩なんだ」
力なく笑うラギー。
目からは光が失われたままだ。
グリムが足止めしていると言っていたが、あれは遊ばれているだけだ。
ラギーのユニーク魔法も効かない相手だ。
グリムの炎などものともしないだろう。
逃げるなど、無理だ。
「アンタのなかにいられないオレなんか……記憶を奪われてしまえばいいんだ」
「記憶……」
「そうしたら、もう、苦しくないのかな」
弱々しい様子のラギーに、ユウはぐっと唇を噛んだ。
そして、真っ直ぐラギーを見た。
「好きです」
ユウの言葉に、ラギーは目を瞬かせる。
ユウはへらりと笑った。
「本当は、こんなムードのない告白嫌でしたけど。伝えたかったから」
「な、に……」
「好きです、ラギー先輩。大好きです。貴方が好きなんです」
ラギーは零れそうなほど目を見開いた。
好き?
彼女が、自分を?
記憶がないのに?
なのに、なのに。
彼女は、ユウは、自分を……。
呆然とするラギーを、ユウは抱きしめた。
「逃げないなら、一緒にいましょう。アイツが記憶を奪ったんでしょう? なら、またあげてもいいです」
「なにを言って」
恐れるように体を震わせたラギーに、ユウは微笑みかけた。
「何度奪われても、私は貴方を好きになるから」
「ユウ」
微笑む彼女の目には、確かな愛情があった。
失われたはずの、希望が。
後ろでは、グリムが魔物に振り払われたのが見えた。
望まぬ展開になっていることを、魔物が勘付いたようだ。
「ラギー先輩」
それでも、ユウはラギーから離れない。
「また恋人になってくださいね?」
はにかむ彼女は、やはり彼女のままで。
記憶などなくても、自分たちは繋がっていたのだとラギーに気づかせた。
嫌だ、と。思った。
それはまた失うから、ということではなく。
彼女を信じていないわけでもなく。
微かに震える彼女の体を感じて、諦めてしまった自分を否定したのだ。
駄目だ。
もう二度と、自分たちを好き勝手にさせない!
ラギーの目に、強い光が宿った。
ユウを引き離し、両手を伸ばす。
「お前なんかに負けるもんかよ! 【愚者の行進】!」
効かないユニーク魔法。
だが、今なら大丈夫だと確信できた。
守るべき存在が、いるのだから。
『ぐう……っ』
魔物の動きが止まる。ラギーと同じ動作をした。
効いた!
ラギーのユニーク魔法では魔物は倒せない。
だが、時間稼ぎにはなる。
考えろ。思考しろ。
もう諦めない。
絶対にだ!
『こんな、ものぉ……っ』
魔物が動く、黒い岩が地面から生える。
ラギーへと向かってくる。
「ラギー先輩!」
ユウの悲鳴が響く。
だが、ラギーは不敵に笑う。
鼻をひくつかせた。
「……ほんと、美味しいとこ持っていくんスから」
「平伏しろ! 【王者の咆哮】!」
声がした。
圧倒的な強者の声が。
黒い岩が砂へと変わる。
魔物の足場が消えていく。
同時に、穴に沈む魔物の周りに幾重もの壁が現れた。
「ユニーク魔法に、結界魔法。相変わらず本気出したらすげースよね」
振り向けば、やる気のない足取りで近づくレオナの姿があった。
「レオナ先輩!」
ユウが驚いたように声を上げる。
なぜここに? と、目が問うていた。
レオナは、傷だらけのラギーを見て鼻を鳴らす。
「ちったあ、マシな顔になったな」
「レオナさん……」
苦笑するラギーから、壁を見つめたレオナは背を向けた。
「お前ら行くぞ。あの壁はそんなにもたねえな。とっとと、立て」
レオナの言葉にユウは急いでラギーの肩を支える。
ふっ飛ばされたグリムが、「酷い目にあったんだゾ!」と合流を果たした。
「グリム、大丈夫?」
「こんなの痛くないゾ!」
「ついて来てくれて、ありがとう」
「子分の面倒を見るのは当たり前なんだゾ。あんなに必死なお前を見たら、放っておけないしな!」
「グリム……っ」
そんな会話を聞きながら、ラギーはレオナを見た。
レオナは皮肉に笑う。
「ラギー、詳しい話は後で聞く。礼なら、俺を呼んだヴィルの奴に言え。癪だがな」
「……はい」
神妙に頷いたラギーは、ユウを見た。
彼女もラギーを見る。
それだけで、良かった。
ラギーは、ようやく光を掴んだのだ。
結論として、レオナはやはり只者じゃないとラギーは痛感した。
なんと、魔物の討伐隊が結成されたのだ。
怪我の治療を受けた後に全てを話したラギーに、レオナは言ってのけた。
「ここからは、国家レベルの話にしてやるよ。何せ善良な生徒が、また襲われたんだからな」
ぽかんとするラギーに、レオナは口角を上げた。
「狸どもの相手は任せろ。お前が寝てる間に片付いてるさ」
そう言って、レオナは手をひらひら振りながら医務室から去って行った。
そして、本当に討伐隊結成にこぎつけたのだから、レオナの実力を実感したのだった。
国の狸相手にどんな弁舌をしたのか。想像もできない。
そして、ラギーを玩んでいた魔物は討伐されたのである。
それが意味するのは。
しょりしょりと、椅子に座ったユウは器用に果物ナイフでリンゴの皮をむいていく。
ラギーは医務室のベッドに腰掛けながら、それを見ていた。
食べやすいサイズにしたリンゴを皿に載せ、ユウは微笑んで視線を向けてきた。
「ラギー、どうぞ」
「ありがとう、ユウ」
ラギーは微笑んで、リンゴを手に取る。
穏やかな時間が二人を包んでいた。
幸福が、そこにあり。
ユウが身につけた匂いは、約束の花畑を思い起こさせた。
取り戻した。とは、もう思わない。
何故なら、二人の絆はずっと繋がっていたのだから。
ラギーは、笑う。
それは希望に満ちあふれていた。
「ずっと一緒ッスよ」
ユウは当たり前でしょと返した。
「私は何度だって、ラギーを好きになるし。絶対離れないんだから」
「ユウ」
名前を呼び、ラギーは身を乗り出した。
甘さを含んだラギーの声に、ユウは頬を染め目を閉じた。
そして、二人の距離はゼロになる。
「……子供はたくさんがいいな」
「ばか」
そして、くすくす笑い合う。
未来は、どこまでも続いていくのだ。
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