最愛の消失(ラギー✕女監督生/連載/完結)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ある日目を覚したら、ひと月分の記憶が消えていた。
それはもう、きれいサッパリと。
グリムがわんわん泣き、そこで三日も眠っていたことがわかった。
カレッジ内に魔物が侵入し、運悪く自分が襲われたという。
だが、傷も見当たらないし、後遺症などもない。
オンボロ寮に泊まり込んでくれていた先生方が駆けつけてくれ、様々な質問と検診により記憶が欠如していると判明したのである。
時間にして、丸々ひと月。
だが、生活する分には支障がなかった。
カレッジの友人、諸先輩方はきちんと把握できたし、人間関係がギクシャクすることもない。
難点を上げるならば、ひと月分の授業内容が消えたことだろうか。
それは補習を受けることでなんとかなりそうで。
そう、多少の混乱はありつつも、一週間もあればすっかり元通りだった。
日常を取り戻したユウは、今日も元気に過ごしている。
本日の補習も終わり、ユウは勢い良く体を伸ばした。
先生は帰ったので、教室にはユウひとりしかいない。
鞄に教科書とプリント類を仕舞い、教室から出る。
校舎の人影はまばらで、外からは部活動に励む声が聞こえた。
「部活かあ」
ユウは元は異世界からの迷い人。
いつか帰る日の為に、どの部活にも参加していない。免除もされていた。
なので、放課後はやる事がほとんどないのだ。
「んー、今からどうしよう」
補習を受けている間に、グリムは帰ってしまっている。
エースやデュースは部活の活動日。
本当に暇だ。
何かないものか、と彼女は思案した。
そう言えばヴィル先輩が、今日は映画研究会の部室で映画鑑賞会をすると言っていた。
この世界にも映画を含めた娯楽はたくさんある。
映画には学ぶべき美があると、ヴィルからよく聞かされていた。
ユウも女の子だ。映画もジャンル問わず観る方だ。華やかな映像を観て、楽しみたい気持ちがある。
「よし! お邪魔させてもらおう」
映画研究会の部室へは中庭を通る必要がある。
ユウは軽い足取りで、校舎の入り口へと向かった。
中庭には季節の花が咲き誇っていた。
ナイトレイブンカレッジには妖精がおり、常に草木に快適な環境を整えているのだという。
学園長がよく自慢していた。
花を横目に歩いていると、何やら言い合う声がする。
言い合いというか、片方が喋り続けている感じだ。
知っている声にユウは視線を向けた。
「もー、レオナさん! なんで、洗濯物をこんなに溜め込むんスか!」
「うるせーな。俺は眠いんだよ」
「どうせ授業中も寝てるんでしょー!」
「はっ、あんなもん。寝ててもわかる」
「なに言ってんスか……」
やはり、サバナクロー寮の人たちだ。
マジフト大会関連で色々あり、印象深い。
オクタヴィネル寮とひと悶着あった時には助けてくれた恩もある。
そんなサバナクローの二人が中庭で目立つように話している。
会話のほとんどが、サバナクロー寮長であるレオナの世話を焼いているラギーの説教だったけれど。
当のレオナはどこ吹く風だ。
「まあ、いい。俺は寝る」
「あっ、ちょっと! 話は終わってないッスよ!」
「終わった終わった」
「レオナさん!」
レオナはあくびを噛み締めながら、怒れるラギーを置いて歩いて行った。
あっちは温室だな、とユウは思った。
残されたラギーは腹立たしげに靴音を鳴らし、大量の衣服の入った籠を抱えて歩き出す。
それを見たユウの体は、自然と動いた。
「ラギー先輩!」
ピクリと、ラギーの頭の耳が反応する。
ゆっくりとラギーはユウを振り向いた。
「ユウ、くん……」
呟くように口を動かした後に、ラギーはいつもの人懐っこい笑顔を見せた。
人の懐に入り込みやすいのに、どこか信用してはならないと感じさせる不思議な笑みだ。
「凄い量の洗濯物ですねー」
「あー、まあ。レオナさんッスからね」
「大変ですね」
レオナの無茶振りはいつものことだが、常日ごろからグリムに振り回されているユウは心底同情した。
「いや、ユウ、くんも大変じゃないスか。毎日毎日補習だって聞きましたよー」
「あ、はは。流石にひと月の遅れですから」
苦笑するしかない。
いつか帰るにしても、学園長に衣食住全てを保証してもらっている身。
グリムが学園に通えるようにしたいし、勉学は疎かにするわけにはいかないのだ。
ふと、強い視線を感じた。
ラギーがじっとユウを見ていたのだ。雑談に講じている相手に向けるには、少しばかり目力があるような。
「ラギー先輩?」
不思議に思い呼べば、ラギーはハッと目を瞬かせた。
そして、少しばかりぎこちなく笑う。
「あ、いや。偉いなあと思って……」
「そうですか? ラギー先輩の方が勉強やレオナ先輩のお世話もしてて凄いと思いますけど」
ユウはグリムに手を焼かされるぐらい……いや、学園長の無茶振りもあったな。そういや。
だが、ラギーだって度々学園長からお願いされているのを見たことある。
やはり、彼の方が苦労人だ。
ラギーは苦笑する。
「こんなの大変の内に入らないッスよー。オレのいたスラムなんか、毎日食う物にも困る有り様でしたからね。その点、ここでは腹を空かせることもないし」
けらけら笑うラギーに、ユウは反応に困る。
異世界に来てしまうという大事件に巻き込まれはしたが、ずっと恵まれた環境にいる自覚はあるのだ。
「そうかあ。私だったらとてもじゃないけど、だめですね。根性なしですし」
きっと直ぐに野垂れ死にだ。
そう素直な気持ちで言ったのだが。
「そんなことないッス!」
「え……?」
ラギーから強く否定され、驚いてしまう。
「アンタは、スラムでも大丈夫ッス! だって、オレがアンタを……っ」
「え、ラ、ラギー先輩?」
軽く流されると思っていたのに、予想外に熱くなるラギーに困惑する。
スラムで生き残る自信は本当にないのだが。
ユウの戸惑いが伝わったのか、ラギーが口を噤む。
「え、と。逞しいと言ってもらえたみたいで嬉しいなあ」
なんだか気まずい空気になったので、ユウは茶化してみた。
異世界で暮らしているのだから、逞しいには違いない。うん。
「……そうじゃ、ない」
「あ、違いました? あ、でも! 元の世界に帰れたら、前よりは確実に逞しくなっている気がしますよー!」
ミシリ。籠が軋む音が聞こえた。
不思議に思うユウに、ラギーはへらりと笑う。
「オレ、今から洗濯物洗うんで」
「あ、そうでしたよね! すみません、引き留めてしまって」
「気にしなくていいッスよ」
話題が変わったことにほっとした。
本当は手伝おうとも思ったが、ラギーの様子は何やらおかしい。
何かあるのかもしれない。
そっとしてもらいたい時は誰にだってあるのだ。
「じゃあ、私はこれで」
「勉強頑張ってくださいねー」
「あはは」
苦笑してユウはラギーと別れた。
なんとなくだが、このままオンボロ寮に帰りたい気持ちになる。
心の変化に戸惑いつつも、ほっと出来る場所に戻りたかった。
離れるユウを見送り、ラギーは歩き出した。
川のある森に向かう。
「ほんっと、レオナさんはオレ使いが荒いんだから」
歩きながら文句を言う。
「こんなに尽してんだから、見返りは多くないと困る」
歩いて立ち止まる。
「……オレは、金を貯めないと。だって、食い扶持が増えるんだからさ」
ぽたり。
籠の洗濯物に染みができる。
ぽたり、ぽたり。
「はは、雨ッスかね。困るなあ」
ラギーは言葉を詰まらせた。
『私、帰りません』
確かに言われた言葉だ。
はっきりと、覚悟を決めた目で彼女から告げられた。
『ラギーと、ずっと、一緒に居たいから』
存在したんだ。
何度も何度も反芻した言葉だ。
嬉しくて、嬉しくて。
大切にすると誓った。
だが。
「なんで、覚えてないんだよ……っ」
最愛の彼女から、時間が失われてしまった悲痛に胸が軋む。
ラギーの目から降る雨は止まない。
それはもう、きれいサッパリと。
グリムがわんわん泣き、そこで三日も眠っていたことがわかった。
カレッジ内に魔物が侵入し、運悪く自分が襲われたという。
だが、傷も見当たらないし、後遺症などもない。
オンボロ寮に泊まり込んでくれていた先生方が駆けつけてくれ、様々な質問と検診により記憶が欠如していると判明したのである。
時間にして、丸々ひと月。
だが、生活する分には支障がなかった。
カレッジの友人、諸先輩方はきちんと把握できたし、人間関係がギクシャクすることもない。
難点を上げるならば、ひと月分の授業内容が消えたことだろうか。
それは補習を受けることでなんとかなりそうで。
そう、多少の混乱はありつつも、一週間もあればすっかり元通りだった。
日常を取り戻したユウは、今日も元気に過ごしている。
本日の補習も終わり、ユウは勢い良く体を伸ばした。
先生は帰ったので、教室にはユウひとりしかいない。
鞄に教科書とプリント類を仕舞い、教室から出る。
校舎の人影はまばらで、外からは部活動に励む声が聞こえた。
「部活かあ」
ユウは元は異世界からの迷い人。
いつか帰る日の為に、どの部活にも参加していない。免除もされていた。
なので、放課後はやる事がほとんどないのだ。
「んー、今からどうしよう」
補習を受けている間に、グリムは帰ってしまっている。
エースやデュースは部活の活動日。
本当に暇だ。
何かないものか、と彼女は思案した。
そう言えばヴィル先輩が、今日は映画研究会の部室で映画鑑賞会をすると言っていた。
この世界にも映画を含めた娯楽はたくさんある。
映画には学ぶべき美があると、ヴィルからよく聞かされていた。
ユウも女の子だ。映画もジャンル問わず観る方だ。華やかな映像を観て、楽しみたい気持ちがある。
「よし! お邪魔させてもらおう」
映画研究会の部室へは中庭を通る必要がある。
ユウは軽い足取りで、校舎の入り口へと向かった。
中庭には季節の花が咲き誇っていた。
ナイトレイブンカレッジには妖精がおり、常に草木に快適な環境を整えているのだという。
学園長がよく自慢していた。
花を横目に歩いていると、何やら言い合う声がする。
言い合いというか、片方が喋り続けている感じだ。
知っている声にユウは視線を向けた。
「もー、レオナさん! なんで、洗濯物をこんなに溜め込むんスか!」
「うるせーな。俺は眠いんだよ」
「どうせ授業中も寝てるんでしょー!」
「はっ、あんなもん。寝ててもわかる」
「なに言ってんスか……」
やはり、サバナクロー寮の人たちだ。
マジフト大会関連で色々あり、印象深い。
オクタヴィネル寮とひと悶着あった時には助けてくれた恩もある。
そんなサバナクローの二人が中庭で目立つように話している。
会話のほとんどが、サバナクロー寮長であるレオナの世話を焼いているラギーの説教だったけれど。
当のレオナはどこ吹く風だ。
「まあ、いい。俺は寝る」
「あっ、ちょっと! 話は終わってないッスよ!」
「終わった終わった」
「レオナさん!」
レオナはあくびを噛み締めながら、怒れるラギーを置いて歩いて行った。
あっちは温室だな、とユウは思った。
残されたラギーは腹立たしげに靴音を鳴らし、大量の衣服の入った籠を抱えて歩き出す。
それを見たユウの体は、自然と動いた。
「ラギー先輩!」
ピクリと、ラギーの頭の耳が反応する。
ゆっくりとラギーはユウを振り向いた。
「ユウ、くん……」
呟くように口を動かした後に、ラギーはいつもの人懐っこい笑顔を見せた。
人の懐に入り込みやすいのに、どこか信用してはならないと感じさせる不思議な笑みだ。
「凄い量の洗濯物ですねー」
「あー、まあ。レオナさんッスからね」
「大変ですね」
レオナの無茶振りはいつものことだが、常日ごろからグリムに振り回されているユウは心底同情した。
「いや、ユウ、くんも大変じゃないスか。毎日毎日補習だって聞きましたよー」
「あ、はは。流石にひと月の遅れですから」
苦笑するしかない。
いつか帰るにしても、学園長に衣食住全てを保証してもらっている身。
グリムが学園に通えるようにしたいし、勉学は疎かにするわけにはいかないのだ。
ふと、強い視線を感じた。
ラギーがじっとユウを見ていたのだ。雑談に講じている相手に向けるには、少しばかり目力があるような。
「ラギー先輩?」
不思議に思い呼べば、ラギーはハッと目を瞬かせた。
そして、少しばかりぎこちなく笑う。
「あ、いや。偉いなあと思って……」
「そうですか? ラギー先輩の方が勉強やレオナ先輩のお世話もしてて凄いと思いますけど」
ユウはグリムに手を焼かされるぐらい……いや、学園長の無茶振りもあったな。そういや。
だが、ラギーだって度々学園長からお願いされているのを見たことある。
やはり、彼の方が苦労人だ。
ラギーは苦笑する。
「こんなの大変の内に入らないッスよー。オレのいたスラムなんか、毎日食う物にも困る有り様でしたからね。その点、ここでは腹を空かせることもないし」
けらけら笑うラギーに、ユウは反応に困る。
異世界に来てしまうという大事件に巻き込まれはしたが、ずっと恵まれた環境にいる自覚はあるのだ。
「そうかあ。私だったらとてもじゃないけど、だめですね。根性なしですし」
きっと直ぐに野垂れ死にだ。
そう素直な気持ちで言ったのだが。
「そんなことないッス!」
「え……?」
ラギーから強く否定され、驚いてしまう。
「アンタは、スラムでも大丈夫ッス! だって、オレがアンタを……っ」
「え、ラ、ラギー先輩?」
軽く流されると思っていたのに、予想外に熱くなるラギーに困惑する。
スラムで生き残る自信は本当にないのだが。
ユウの戸惑いが伝わったのか、ラギーが口を噤む。
「え、と。逞しいと言ってもらえたみたいで嬉しいなあ」
なんだか気まずい空気になったので、ユウは茶化してみた。
異世界で暮らしているのだから、逞しいには違いない。うん。
「……そうじゃ、ない」
「あ、違いました? あ、でも! 元の世界に帰れたら、前よりは確実に逞しくなっている気がしますよー!」
ミシリ。籠が軋む音が聞こえた。
不思議に思うユウに、ラギーはへらりと笑う。
「オレ、今から洗濯物洗うんで」
「あ、そうでしたよね! すみません、引き留めてしまって」
「気にしなくていいッスよ」
話題が変わったことにほっとした。
本当は手伝おうとも思ったが、ラギーの様子は何やらおかしい。
何かあるのかもしれない。
そっとしてもらいたい時は誰にだってあるのだ。
「じゃあ、私はこれで」
「勉強頑張ってくださいねー」
「あはは」
苦笑してユウはラギーと別れた。
なんとなくだが、このままオンボロ寮に帰りたい気持ちになる。
心の変化に戸惑いつつも、ほっと出来る場所に戻りたかった。
離れるユウを見送り、ラギーは歩き出した。
川のある森に向かう。
「ほんっと、レオナさんはオレ使いが荒いんだから」
歩きながら文句を言う。
「こんなに尽してんだから、見返りは多くないと困る」
歩いて立ち止まる。
「……オレは、金を貯めないと。だって、食い扶持が増えるんだからさ」
ぽたり。
籠の洗濯物に染みができる。
ぽたり、ぽたり。
「はは、雨ッスかね。困るなあ」
ラギーは言葉を詰まらせた。
『私、帰りません』
確かに言われた言葉だ。
はっきりと、覚悟を決めた目で彼女から告げられた。
『ラギーと、ずっと、一緒に居たいから』
存在したんだ。
何度も何度も反芻した言葉だ。
嬉しくて、嬉しくて。
大切にすると誓った。
だが。
「なんで、覚えてないんだよ……っ」
最愛の彼女から、時間が失われてしまった悲痛に胸が軋む。
ラギーの目から降る雨は止まない。
1/9ページ