「や、久しぶりだなあ」
「お久しぶりです。お見舞いに行けなくてすみません」
「良いんだって。仕事忙しいんだろう」
「この時期はどうにも……お具合いかがなんですか」
「手術も成功したし、あとは本人のリハビリ次第だな」
顔を合わせるなりその場で立ち話。祖父と月島さんである。
袖をまくった腕にあまり厚みのないビジネスバッグとジャケットを持った月島さん。記憶の中の月島さんはいつだって学生服で、部活道具が詰め込まれているのだろう大きく膨らんだ鞄を下げていたけれど、久しぶりに更新されたそれはグレーのスーツ姿だった。
サラリーマンだ、と当たり前なことを思う。
私の初恋は月島さんだった。
当時を思い出すだけで恥ずかしくてむず痒くなってくる。が、それは正しく恋だったのかと言われると怪しいものだ。
小さい頃、周りにいる異性が特別に見えるというのはよく聞く話。月島さんは運動部だったから周りと比べると少し筋肉質で、男の子らしくごつごつした手がたまの仕返しに頬をつねってくるのが好きだった。
そういう曖昧で決着のついていない気持ちが変に意識させて中学生の頃の私を悩ませたのかもしれない。ちゃんと顔を見て話すことができなくてよく祖父や祖母の後ろに隠れていた気がする。しかし、それらがただただ恥ずかしいと思うくらいには、昔の話であった。
変なこと思い出しちゃったなあ。
目には見えない想像上の汗を拭って祖父と談笑する月島さんを見る。変わらず鍛えているのか、シャツ越しでも逞しい体をしているのがわかった。ほどよく日に焼けた腕がビジネスバッグを持ち直すのでついつい目で追ってしまう。そうして眺めていたら、あ、と思う。
「? どうした」
微妙に見慣れないと思った違和感の正体がわかったのである。私の視線に気づいた月島さんがこちらを見た。
「月島さん、髭、生やしてる」顎先だけに生やされた髭。合点がいくと、聞くでもなく言葉が口から漏れた。
「おっさんだからな」
片眉をちょっとあげて、何を言っているんだという顔をされてしまった。そういうつもりで言ったわけではなかったのだけど。
「じゃ、また来ます」
「わざわざ寄ってくれてありがとな」
祖父が玄関まで見送りに出ていくので、私もついていった。祖父の背中にちょっと隠れて控えめに手を振ると、夜の暗がりに隠れつつも月島さんは手を上げてくれる。腕時計が外灯に反射してきらりと光った。
肩をまわしながらボイラー室へと戻る祖父に続こうとして足が止まる。遠ざかっていく背中を見て、ため息をついた。
私はまだまだ子供っぽいのに、月島さんばかり大人になってしまった。そりゃあ十も離れていれば当然だけれど、なんというかこう、悔しい。そう、悔しいと思った。置いてけぼりをくらったような。
エプロンのポケットに手を突っ込むと、片付けようと思って入れたままだった折り鶴がいた。
折り鶴はただ、窮屈そうにしてこちらを見返すだけだった。
私だけ