joy!2

抱えているメロンが重い。こんなに重たかっただろうか。心臓がドキドキする。暑さのせいかフラフラする。違う、暑さではなく緊張しているのだ。
今日は特別な日だ。何が特別って?こうやっておすそ分けを持っていくことがだ。喜びの沸点が低すぎる?なんとでも言ってくれ給え。今日は承太郎にこれを渡しに行くのだ。僕は承太郎に会えるだけで寿命が縮むぐらい心拍数を上げているんだ。
家に何個か届いたメロン。母はそれを1つ僕に渡して「友達に渡しなさい」と言った。今まで友人のいなかった僕が「友達が出来た」と言った時何よりも喜んでくれた母だ。……友達以上を望んでいるとはまだ言えていないが。
承太郎の家の付近まで来たけれどそのまま直接行ってインターフォンを押す勇気がなくて遠回りをして家に着いた。それまでに心の準備が済んだか?まさかそんなわけないだろう。歩いている間ずっとシュミレーションをしていたけれど緊張は解けない。承太郎が出てきた時のセリフを3パターン考えて、それ以外の姉妹の人達が出てきた時のシュミレーションもした。
それでも緊張するものはする。震える指がインターフォンに届くのが永遠に感じられるほどだ。ボタンを押すとスピーカーからガチャリと音がする。

「はいはーいどなた?」
「こんにちは花京院です」

口振りからして彼女は次女のジョセフさんだろう。あっけらかんとした明るい声が応対する。

「あーカキョーイン!どしたの?」
「家でメロンを沢山貰ったのでお裾分けにと思いまして」

ここまではシュミレーション通りである。あとはメロンを渡して終わりだ。……承太郎じゃなくて少し残念だなんて思ってしまったのはジョセフさんに申し訳ないし黙っておくことにする。ここで「承太郎いますか?」なんて声をかけるのは難易度が高すぎる。僕はギャルゲの主人公にはなれない。ああいうのは3分の1の純情な感情と3分の2のスケベ心がないとやってられないのだ。僕には到底及ぶことの出来ない立場である。

「花京院?」
「は……え!?じょじょじょ承太郎?」
「……姉貴が出ろとうるさくてな」

やれやれだぜといつもの口癖を言う承太郎だがこちとらそんな場合ではない。シュミレーションになかった展開に焦っているのだ。どれほどガバガバなシュミレーションだったのかが露呈している。
扉を出てきたのは承太郎だった。ジョセフさんじゃあなくて承太郎である。ジョセフさんが取ったのだからジョセフさんが来るだろうと思っていたのに突然の片想い相手の登場に心拍数が倍になった。今すぐ倒れてもおかしくない。

「あ、ああ、ええっと……その。メロンを貰ったからお裾分けにって母さんに持っていってほしいと頼まれたんだ」
「そうか。ありがとな」
「どういたしまして。重いから気をつけて」

普段から口数の少ない承太郎がふと笑んで礼を言う。それだけで十分お腹いっぱいです。メロンを渡すというミッションはクリアしたわけだしこれ以上ここにいる意味もない。早々に立ち去らないと危ない(僕の心臓が)。

「そ、それじゃあ僕はこれで……また学校で」
「待て」
「はい!?」

2、3歩後ろに下がると承太郎が引き止める。これもシュミレーションになかったから焦る。ビクリと肩を震わせてしまって流石にカッコつかなさすぎだろうと己を恥じた。二、三歩後ろに下がってしまったけれどバレていないだろうか。

「時間はあるか」
「へ?今日は……特に何も無いけど」

強いて言うなら積みゲーの消化である。悲しいことに僕は承太郎以外に友人と呼べる存在がおらず……休日はその身をひっそり部屋に沈めることが多く。それが常であったが承太郎に会ってからというもののそんな日が減っている。承太郎とどこかへ出かけたり、承太郎の家へと赴いたりと外出するようになった。母は僕のそんな変わりようを喜ばしいと思っているようだ。僕のぼっち問題はたった1人の女の子の存在で一瞬にして解決してしまったのだ。なんて素敵な、影響力ある女の子。強くて可愛い女の子。
ハッと我に返り承太郎を見ると不思議そうに見ている。

「上がれよ」
「え!?いいのかい」
「ああ。せっかく来たんだから茶でも飲んでいけ」
「じゃ、じゃあお邪魔します!」

積みゲーが増えるけれどそんな事は微々たる問題だ。
承太郎に誘われて家に上がるとちょうどお茶をしている所だった。

「花京院くんいらっしゃい!」
「いらっしゃーいカキョーイン」
「いらっしゃーい」
「こんにちは」
「態々ありがとうね美味しく頂くよ」

広々としたダイニングにはコーラを嗜むジョセフさんと、アイスを齧る徐倫ちゃん、暑さなど感じていないんじゃないかと言うぐらいいつも通りのジョナサンさんがいた。……本当にこの人はすごいと思う。
ジョナサンさんが入れてくれた麦茶を恐る恐る頂きながらちらりと承太郎を伺うとジョセフさんとお話をしているようだ。

「インターフォンまで出たならお前が行けばよかったろ」
「やだぁんお姉様の気遣いよ?2人にさせてあげようと思って」
「余計なお世話だぜ」
「ま、素直じゃないんだから」

ケタケタと笑いながらジョセフさんは承太郎の肩を叩いている。承太郎が余計なお世話だと言っているのに地味に傷つきながらも僕はジョセフさんに感謝した。

「外暑かったでしょう?」
「そうですね、最近夏らしくなりましたし」

抱えてたメロンが熟してしまいそうな、というのは言い過ぎかもしれないがとにかくそれほど蒸し暑くて気温も湿度も凄かったのである。

「ほんと、外出たくないわ……」
「ねー!本当に!あ、ジョルノにアイス買って来てもらうように頼んじゃおっかな」

どうやら妹さんの1人は出かけているらしく何やらメッセージを送っている。

「さっき食べたでしょ?太るわよ」
「お姉様は太りませーん」

口を尖らせて徐倫ちゃんに言い返す様子は年齢不相応であるがそれも愛嬌だと思う。
年齢不相応と言えば承太郎もそうだけれど承太郎はじっと僕を見た後に麦茶を1口飲んでいた。
何にも靡かない彼女はいわゆる一匹狼という立場であるが別段取っ付き難い訳ではなくて彼女自身があまり喋らないだけだ。どんなそこらの不良生徒よりも喧嘩が強いけれどとても優しい。正義感というか、どこかの「悪いことをするのがかっこいい」というような阿呆な不良とは違い、「悪いことは悪いという」不良で、正義の味方のような少女なのだ。方法が拳で解決と言うだけで心優しい女の子なのだ。実際僕が初めて彼女と会った時だって(表情が無表情だったからどうか分からなかったけど)嫌な顔せず教科書を見せてくれたし、今だって一緒に昼食を共にする仲だし、休日にこうやって僕と一緒にいてくれる。とにかくその優しさに僕は救われているのである。やっぱり女の子は女の子で、イルカとかヒトデとか可愛いものとかを見て微笑む彼女は可愛いし、花が似合うし、滅多に見られないけれど彼女が笑んだ時なんて花が綻ぶように見えたりする。

「花京院?」
「はっ……」

……彼女の事になると延々と語ってしまうのが僕の悪い癖だと思う。

「そうだカキョーイン!ジョルノが帰ってきたらケーキ作るんだけど食べてかない?」
「え!?そんな、いいですよ申し訳ない……」
「いいからいいから承太郎もカキョーインがいてくれた方が絶対楽しいって」
「「な」」

承太郎のなんかしかの抗議をしようとした言葉を塞いでジョセフさんが立ち上がる。

「さー頑張ろー!あ、隣の部屋で仗助がゲームしてるから良かったら一緒に遊んでて」

パタパタと連れていかれ承太郎共々リビングに押し込められると、そこには据え置きゲームで遊ぶ仗助ちゃんとジョニィちゃんがいたのでお言葉に甘えて僕は遊ぶことにしたのである。
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