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夏休みののアンサンブル
夏が終わる。パッショーネ高校の吹奏楽部はまあそれなりの結果を残して一夏の大会を終えた。そして現在文化祭の練習真っただ中である。
吹奏楽部、というのはチームワークだの息を合わせるだの、指揮者に合わせるだの、要するに協調性という言葉が重要なのだが、楽器の性質や各々の性格からして100パーセントの協調などできるわけがないのである。おそらくどこの吹奏楽部も同じだと信じたいのだが、兎角この高校の吹奏楽部は仲が悪いのである。……いや、一周回って仲が良く見えるのではなかろうか。喧嘩するほど仲がいいなんて言葉もある位だし。個人的に花形と思っているトランペットの音が三階の教室から聞こえる。……それと同時に怒声も聞こえてくるのだが。大体パート内の仲が悪いのに、木管楽器と金管楽器が仲良くできるはずがないのだ。
1人で屋上にいるのは別に練習をしているわけではない。サボりというやつだ。気晴らし九割練習一割のつまらない個人練習である。ありがたいことに現在屋上は誰もいない。夏休みと放課後の学校内は吹奏楽部が占拠する。そこらかしこから聞こえてくる音色をBGMに運動部はグラウンドを走るわけだ。
はあっと一つため息を吐く。別にため息を吐くほど憂いているわけでもないしため息を吐く暇があるわけでもない。やることはあるがやりたくないという奴なのである。椅子の上に鎮座しているホルンはどこか悲しそうにしていた。
「やりたくねー」
高校生活最後の文化祭。これが終われば本格的に高校三年生はいなくなる。そして吹奏楽部員から本格的な受験生へとシフトチェンジするのだ。それも嫌である。……それも、と言ったのは、何となく入った部活でもいざ終わるとぽっかり穴が空いたような気持ちになるわけで少し名残惜しいから。……あとは俺の後ろ髪を引く奴がいるから。
「またサボって。何してるんですか」
「うわジョルノだ」
「失礼ですね。先輩」
「……お前が先輩っていうとすげー鳥肌立つ」
「前まではずっと先輩を付けろって言ってたじゃあないですか、イルーゾォ」
開いた鉄扉の向こうには譜面台とクラリネットを抱えたジョルノが立っていた。丁寧に編まれた三つ編みが、扉を開けた風を受けて後ろに流れる。今年の新入生であるジョルノは木管パートでその頭角を現したがその太々しく図々しい態度によってさまざまな方面から色々な評価を受けながらそれなりに高校生活を謳歌している奴だった。許可なく俺の椅子の隣に自身の椅子を置いて、譜面台をセットする。
「こんな暑いのによく外に出ますね。ホルンが歪みますよ」
「大丈夫だろ、多分」
「無頓着な」
屋上の柵にもたれかかる俺の隣で同じようにもたれかかったジョルノは小うるさく俺に説教をしてくる。後ろ髪引く奴とはこの図々しくも何かと仲良くしているこの少年の事であった。2,3回話したことがないレベルの仲だった。それがついぞ今年の春の事、ホルンとクラリネットのアンサンブルで一緒に組むことになったのである。それ以来図らずも親密度が上がった俺たちは部活外でも言葉を交わすようになっていた。
その時からつくづく、神は平等じゃあないなと思っていた。技術も性格も見た目も勝るこの少年に俺が抱いたものは一種の自己嫌悪と劣等感である。これでジョルノが最低の下種だったらこんなことを思わないだろう。俺の願望空しくこいつは非の打ち所がない少年だ。悲しいかな、神は聖書が書き記すほど人を平等に作っていないのである。何となく入った吹奏楽部だったのに、こいつのせいかおかげか、楽器屋に行くようにもなったしコンサートも行った。勿論それはジョルノと一緒に。
「練習しませんか」
「んー」
「するのかしないのかはっきりしてください」
「もう少し」
「刻一刻と時間が過ぎてるんですけど」
「したいなら一人ですればいいじゃあねぇか」
「そうじゃあなくて」
貴方としたいんですってば。
そんな台詞が風に流れる。よくもまぁ俺みたいな部員に懐いたものだ。自分でも信じられない。事の初めは二重奏だっただろう。それから随分と多くの時間を過ごしたものであった。小学生の時からの腐れ縁ともそりゃあ過ごしたわけだが、それよりも印象に残っている。それは、繊細なほどに、一挙一動やふと変わる表情に引きずり込まれていた。
「だめですか?」
「今回特に俺とするメリットないだろ」
「まあ」
「それよりフルートと合わせた方がいいんじゃあねーの」
フルートの奴にいい思い出はないが、クラリネットを吹くジョルノにとってフルートの方が合わせやすいだろうと思って言った事だ。以前フルートの奴、もといパンナコッタ・フーゴとは一切口を利きたくない。それぐらい依然ぼこぼこにやり合ったのである。その際の仲裁もジョルノがしたのだが。結局あれからパンナコッタ・フーごとは仲が悪いままである。そしてこれからもそのままでいいと思っている。俺から謝ることは一切ないのだ。すべてあいつが悪いと思っている。そしてあいつも恐らくすべて俺が悪いと思っていることだろう。
「それはさっきやりました。木管は今個人練習です」
「ああそう」
良かれと思ったが大きなお世話だったらしい。やる気があるジョルノはそれぐらい言われなくてもするだろう。其れなら尚更個人で練習すればいいのに。
「なので、モチベーションを向上させたくて」
「はぁ?」
「これが終わったらアイスでも食べませんか?こんなに暑いわけですし」
「……いいな」
悪い提案ではない。雲一つない青天の空である。暑いから帰りにアイスを食べるのもいいだろう。もうジョルノと出かけるのも随分慣れてしまった。こいつと出かけるのが楽しいと思っていた。できればもう少しいてもいいかなと思えるほどには。だからこそ、思い入れなく去ると思っていたこの部活に思い入れができてしまったのである。そして、部活を引退するのにも後ろ髪を引かれるようになってしまった。
「でしょう? じゃあ一緒にしましょう」
「なんで俺も」
「だってあなたとしている時が一番楽しくて好きです」
「な……!?」
こういうことを言ってくる奴なのだ。よくもまあそんな言葉が言えるものだ。……俺だって言えるものならジョルノと一緒にいる時間が一番好きだと伝えたい。が、しかし俺は元来プライドの高さと小心っぷりは人一倍育っていたのでそんなことは言えずにいた。嫌になるほど自分が情けないのである。俺も、こいつみたいにバッサリと言えるのならよかっただろうか。
「で、貴方はどうか知らないけど僕はそう思うので少しばかり付き合ってもらいます」
「……少しだけな」
「はい、少しだけ」
少しと言わずいくらでも……とはい言えず。メトロノームの単調な動きに合わせて柔らかなクラリネットの音がする。それに合わせるように一音。春のアンサンブルを思い出した。数か月前のことだが懐かしい。あの春までは特に何とも思っていなかった部活動を、色づけたのは紛れもなくジョルノだった。ただそんなことを言うにはあまりにも恥ずかしい。これは墓場まで持っていくべきだろうか。言えるに越したことはないのだろうけど。
夏が終わる。パッショーネ高校の吹奏楽部はまあそれなりの結果を残して一夏の大会を終えた。そして現在文化祭の練習真っただ中である。
吹奏楽部、というのはチームワークだの息を合わせるだの、指揮者に合わせるだの、要するに協調性という言葉が重要なのだが、楽器の性質や各々の性格からして100パーセントの協調などできるわけがないのである。おそらくどこの吹奏楽部も同じだと信じたいのだが、兎角この高校の吹奏楽部は仲が悪いのである。……いや、一周回って仲が良く見えるのではなかろうか。喧嘩するほど仲がいいなんて言葉もある位だし。個人的に花形と思っているトランペットの音が三階の教室から聞こえる。……それと同時に怒声も聞こえてくるのだが。大体パート内の仲が悪いのに、木管楽器と金管楽器が仲良くできるはずがないのだ。
1人で屋上にいるのは別に練習をしているわけではない。サボりというやつだ。気晴らし九割練習一割のつまらない個人練習である。ありがたいことに現在屋上は誰もいない。夏休みと放課後の学校内は吹奏楽部が占拠する。そこらかしこから聞こえてくる音色をBGMに運動部はグラウンドを走るわけだ。
はあっと一つため息を吐く。別にため息を吐くほど憂いているわけでもないしため息を吐く暇があるわけでもない。やることはあるがやりたくないという奴なのである。椅子の上に鎮座しているホルンはどこか悲しそうにしていた。
「やりたくねー」
高校生活最後の文化祭。これが終われば本格的に高校三年生はいなくなる。そして吹奏楽部員から本格的な受験生へとシフトチェンジするのだ。それも嫌である。……それも、と言ったのは、何となく入った部活でもいざ終わるとぽっかり穴が空いたような気持ちになるわけで少し名残惜しいから。……あとは俺の後ろ髪を引く奴がいるから。
「またサボって。何してるんですか」
「うわジョルノだ」
「失礼ですね。先輩」
「……お前が先輩っていうとすげー鳥肌立つ」
「前まではずっと先輩を付けろって言ってたじゃあないですか、イルーゾォ」
開いた鉄扉の向こうには譜面台とクラリネットを抱えたジョルノが立っていた。丁寧に編まれた三つ編みが、扉を開けた風を受けて後ろに流れる。今年の新入生であるジョルノは木管パートでその頭角を現したがその太々しく図々しい態度によってさまざまな方面から色々な評価を受けながらそれなりに高校生活を謳歌している奴だった。許可なく俺の椅子の隣に自身の椅子を置いて、譜面台をセットする。
「こんな暑いのによく外に出ますね。ホルンが歪みますよ」
「大丈夫だろ、多分」
「無頓着な」
屋上の柵にもたれかかる俺の隣で同じようにもたれかかったジョルノは小うるさく俺に説教をしてくる。後ろ髪引く奴とはこの図々しくも何かと仲良くしているこの少年の事であった。2,3回話したことがないレベルの仲だった。それがついぞ今年の春の事、ホルンとクラリネットのアンサンブルで一緒に組むことになったのである。それ以来図らずも親密度が上がった俺たちは部活外でも言葉を交わすようになっていた。
その時からつくづく、神は平等じゃあないなと思っていた。技術も性格も見た目も勝るこの少年に俺が抱いたものは一種の自己嫌悪と劣等感である。これでジョルノが最低の下種だったらこんなことを思わないだろう。俺の願望空しくこいつは非の打ち所がない少年だ。悲しいかな、神は聖書が書き記すほど人を平等に作っていないのである。何となく入った吹奏楽部だったのに、こいつのせいかおかげか、楽器屋に行くようにもなったしコンサートも行った。勿論それはジョルノと一緒に。
「練習しませんか」
「んー」
「するのかしないのかはっきりしてください」
「もう少し」
「刻一刻と時間が過ぎてるんですけど」
「したいなら一人ですればいいじゃあねぇか」
「そうじゃあなくて」
貴方としたいんですってば。
そんな台詞が風に流れる。よくもまぁ俺みたいな部員に懐いたものだ。自分でも信じられない。事の初めは二重奏だっただろう。それから随分と多くの時間を過ごしたものであった。小学生の時からの腐れ縁ともそりゃあ過ごしたわけだが、それよりも印象に残っている。それは、繊細なほどに、一挙一動やふと変わる表情に引きずり込まれていた。
「だめですか?」
「今回特に俺とするメリットないだろ」
「まあ」
「それよりフルートと合わせた方がいいんじゃあねーの」
フルートの奴にいい思い出はないが、クラリネットを吹くジョルノにとってフルートの方が合わせやすいだろうと思って言った事だ。以前フルートの奴、もといパンナコッタ・フーゴとは一切口を利きたくない。それぐらい依然ぼこぼこにやり合ったのである。その際の仲裁もジョルノがしたのだが。結局あれからパンナコッタ・フーごとは仲が悪いままである。そしてこれからもそのままでいいと思っている。俺から謝ることは一切ないのだ。すべてあいつが悪いと思っている。そしてあいつも恐らくすべて俺が悪いと思っていることだろう。
「それはさっきやりました。木管は今個人練習です」
「ああそう」
良かれと思ったが大きなお世話だったらしい。やる気があるジョルノはそれぐらい言われなくてもするだろう。其れなら尚更個人で練習すればいいのに。
「なので、モチベーションを向上させたくて」
「はぁ?」
「これが終わったらアイスでも食べませんか?こんなに暑いわけですし」
「……いいな」
悪い提案ではない。雲一つない青天の空である。暑いから帰りにアイスを食べるのもいいだろう。もうジョルノと出かけるのも随分慣れてしまった。こいつと出かけるのが楽しいと思っていた。できればもう少しいてもいいかなと思えるほどには。だからこそ、思い入れなく去ると思っていたこの部活に思い入れができてしまったのである。そして、部活を引退するのにも後ろ髪を引かれるようになってしまった。
「でしょう? じゃあ一緒にしましょう」
「なんで俺も」
「だってあなたとしている時が一番楽しくて好きです」
「な……!?」
こういうことを言ってくる奴なのだ。よくもまあそんな言葉が言えるものだ。……俺だって言えるものならジョルノと一緒にいる時間が一番好きだと伝えたい。が、しかし俺は元来プライドの高さと小心っぷりは人一倍育っていたのでそんなことは言えずにいた。嫌になるほど自分が情けないのである。俺も、こいつみたいにバッサリと言えるのならよかっただろうか。
「で、貴方はどうか知らないけど僕はそう思うので少しばかり付き合ってもらいます」
「……少しだけな」
「はい、少しだけ」
少しと言わずいくらでも……とはい言えず。メトロノームの単調な動きに合わせて柔らかなクラリネットの音がする。それに合わせるように一音。春のアンサンブルを思い出した。数か月前のことだが懐かしい。あの春までは特に何とも思っていなかった部活動を、色づけたのは紛れもなくジョルノだった。ただそんなことを言うにはあまりにも恥ずかしい。これは墓場まで持っていくべきだろうか。言えるに越したことはないのだろうけど。