機甲猟兵メロウリンク


人がいなくなって久しいゴーストタウンに、突如として激しい炎と熱風が吹き荒れた。
安全圏内まで距離を置いたというのに、肌を炙るような熱気は感じられる。
見知らぬA・Tの手に捕らえられ、生身を晒したまま暮れていく星空を飛んでいるにも関わらず、そのことに対する恐怖は無かった。
それよりも、ともに逃げ回っていた少年の姿が消えてしまったことの方が胸を締め付けている。
一番最後に脱出したはずのボイル少佐と戦い、彼のA・Tに取りついて脱出していたはずだった。
しかし、あの爆発の後、炎の中から脱出した少佐のA・Tに、彼の姿は無かった。
必死に名前を呼んで、ただ見ていることしかできなかった。
迂闊にも捕まってしまった自分が恨めしい。
雨も降っていないのに、雫が頬を伝っていく。
それは止めどなく流れていき、我慢できずに顔を隠すように両手で顔を覆ってしまった。


闇夜を飛び続けて、気づけばどこかの基地に着いたようだった。
何も見たくない、誰にも会いたくないと顔を隠していたせいか、どこをどう飛んでいたのかはまったく分からない。
少佐のA・Tが目の前に立って、私を捕まえている部下に何やら指示を出していた。
長々と私を捕らえていた機械の手が動き、ようやく地面に足を着けることができた。
部下たちに指示を出し終えた少佐が、ようやくA・Tから降りる。
本来なら、尊敬できる人として慕っていた彼との再会は嬉しいもののはずだった。
久しぶりに見た武人らしく、しかつめらしい強面は、感情を読み取りにくい。

「手荒な扱いの数々申し訳ありません、お嬢さん」
「いえ…抵抗したのは私です。少佐に非はありません」

煤で汚れたワンピースを叩き、汚れを払う。
叔父の元に私を連れていくことが、今回の彼の任務だと聞いた。
ここに居るのかと思うと身体が強張り、家名も、財産も、誇りも奪って偉ぶる叔父の姿を思い出して、抑えきれない怒りが沸き上がる。

「…叔父は、ここに居るのですか」
「ヘルメシオン城にいらっしゃるようですな。明日の午前中に基地を出て、叔父上の元にお連れいたします」
「……私は会いたくもないのに」

押し殺した呟きは、少佐には届かなかったようだった。
薄手でいることを気遣ったのか、厚手のブランケットが掛けられた。
少佐に案内をされながら、多くの兵士が巡回し物々しく警備をしている敷地内を進み、建物を目指して進んでいく。
無機質な建物内を進み、客室のような場所にたどり着いた。

「今夜はここで休んでください。必要なものは部下に届けさせます」
「…少佐の仕事が落ち着いたら、また会いに来てくれませんか」
「夜更けに嫁入り前のご婦人に会いに来いと?」
「お話したいことがたくさんありますから。少佐から見れば、私なんてまだ子どもと変わりないでしょう?」
「はははっ、もう子どもと呼べるほど幼くはありませんな。立派な淑女でしょう」

再度訪室することを約束して、軍人らしいキビキビとした敬礼をすると少佐は部屋を出ていった。

一人になり、この見知らぬ部屋に取り残されて、ようやく身体が震えているのを自覚した。
叔父への怒りはあった。
しかし、それよりも彼の生死が分からないことが酷く悲しい。
あの爆発と熱気の中で、生身を晒していたのだ。
無傷でいると願うのは夢物語だろう。
多少の怪我をしていても、せめて命があればと願うしかない。
これまでだって命を散らすような危機はあっただろう。
それでもなお生き延びているのだから、彼は強運なのだと思う。
彼の姿をほんの一瞬でも確認できれば、この悲しみも消えるのかもしれない。

嫌な気分を払おうと、シャワールームに足を向けた。
髪をほどき、煤まみれの服を脱ぐ。
お湯が全身を包みこみ、憂鬱な気持ちを洗い流していく。
肌を撫でるお湯の熱さが、凍りついていた涙を静かに溶かしていった。
…何故、これほど悲しいのだろう。
気持ちが落ち着いてくると、ふと冷静な疑問が生まれる。
彼とは赤の他人だ。
況してや恋人でも何でもない。
けれど、彼は復讐に生きていて、自分も復讐を望んでいる。
お互いのことを、似た者同士だと思ったのは確かだ。
彼の旅路に興味を持った自覚もある。
それは親近感だったのかもしれないし、素直で青臭い少年に対する母性本能だったのかもしれない。
運命と呼んでいいのか分からない奇妙な出逢いを経て、彼と過ごす時間が増えた。
彼もそれを拒まなかったから、奇妙で血腥い旅路は続いていた。
彼と過ごす時間は楽しかった。
彼の復讐も、私の復讐も。
終わりを迎えるまで、一緒に過ごせると思っていたのかもしれない。
不器用だが、彼は優しい人だ。
彼の側は居心地が良かったのだろう。
だから、こんな自分を信頼して、あまつさえ護ってくれようとする少年が。
きっと。
きっと──

シャワールームから出ると、ほどなくして少佐が戻ってきた。
厳めしい顔に多少の疲労を覗かせている。
指揮官というのは気苦労が多いのだろう。
部屋に用意されていたワインを勧めてみたが、少佐の任務は継続中であり、その間にアルコールを摂取したくはないと断られた。
代わりにグラスには水が注がれた。

「少佐は昔と変わらず生真面目で厳格な方ですわね」
「人間は、そう簡単には変わりませんでしょう」
「あら、些細なキッカケで案外コロッと変わるものですよ」
「…お嬢さんも色々経験なさったということですかな」
「えぇ、色々と」

ニコリと微笑んで見せたが、きっと普段以上に作り物めいた笑みだろうと思った。
懐かしい少佐の顔を見る度に、嫌でも彼のことを思い出す。
その引き裂かれてしまいそうな痛みをやり過ごす為に、普段以上に感情を押し殺そうとしていた。

「少佐、お願いがあるんです」
「お願い?」
「私を、あのケラマの街まで連れて行ってください」
「あそこはもはや危険な土地です。お嬢さんに、もしものことがあっては困ります」
「なら、あの子を…あの子を、探しに行ってください…っ」
「あの子…?もしや、あの小僧のことか…いや、あの状況ではほぼ生存は見込めないでしょう」

堅物な少佐の残念そうな口振りが、嫌になるほど現実を突きつける。
しかし、それでも数多のピンチを切り抜けて生き延びてきた彼の強運を信じずにはいられなかった。
彼なら、生きているはずだ。
涙が溢れて、目の前に座っているはずの少佐の姿がぼやけていく。
驚いたような顔をして、苦悩めいたものを滲ませたようにも思えたが、ぼやけた視界では何も分からなかった。

落ち着きを取り戻した頃、それまで付き添っていてくれた少佐は退室した。
出発する時刻になれば部屋まで部下が迎えに来るとのことだった。
気怠い身体を起こす気力はなく、そのままソファーに横になる。
精根尽き果てるとはこういう状態なのだろう。
何も考えたくない。
仇である叔父との再会も、両親の無念も、復讐心も。
目を閉じて、すべてが夢であることだけを願った。


翌朝、白いスーツに身を包んだ令嬢は、何の感情も読み取れない仮面のような顔つきであった。
感情を押し殺しているというよりは、感情が無くなってしまったかのようである。
不幸な出来事続きであったせいか、酷く凪いでいる。
部下に案内され、後ろの座席へと腰を下ろした令嬢が、じっと己を見つめた。
化粧を施された顔は人形めいているが、そこに飾られた瞳は生者であることを物語っている。

「…もしも」

桃色の紅が引かれた唇が、言葉を発する。
言葉を続けようとして、一瞬瞳が伏せられた。
一拍の後、再び顔を上げた彼女の瞳には、これまで見たことのない強い光を宿していた。

「もしも、彼が死んでいたら…私は、少佐を恨みます」

それきり口を閉ざした令嬢は、人形のように佇んでいる。
目すら閉じて、何もかもを拒絶しているようだ。

ウェーブがかった髪を下ろした姿は、彼女の母親にそっくりだ。
彼女が幼い頃は、天真爛漫な娘であった。
しかし、あの頃の幼子はもう居ないのだ。
幸福で、誰からも愛されて育つはずだった幼子は、両親を喪い、根無し草になっていた。
クルクルとよく動く瞳に、熱く、激しい感情の光を湛えている。
それは、彼女が気にかける小僧によく似ていた。
その苛烈さは、キナ臭いと感じながらも上官の命令に従うことしか選べぬ軍人としてあり続けた己を責めるようであった。
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