機甲猟兵メロウリンク


ふらふらとした二人旅は、時々とんでもない騒ぎを起こしてくれる。
たどり着いた街でディーラーの仕事をしているルルシーは、極稀によく分からないものを手に入れてくるのだ。
賭けの対価は金銭ばかりなのかと思っていたが、足りない分を現物で補う相手もいるらしく、酒やら食糧やらを持って帰ってくることがある。
時には貴金属類であったり、意外と戦利品は幅広いらしかった。
今夜も上機嫌に帰ってきたことから、一儲けしたのだろう。
彼女が着替えている間、テーブルに置かれた戦利品の山を眺めていた。
良からぬものが混じっていないかを確認していると、珍しく何かの本が混ざっていた。
戦利品として受け取るくらいならば価値のある機密か何かだと思って開き、その内容に一瞬で本を閉じた。

「何を一人で驚いてるのよ、坊や」

着替えを終えたルルシーが、不思議そうな顔をして戻ってきた。

「ルルシー!あんた、これ…っ」
「あぁ、それはね、賭けの代金の足りない分として渡されたやつよ」
「…内容は知ってるのか?」
「えぇ、渡された時に確認したわ」
「は?なら、何でこんなもの…」

隣のソファーに腰かけ、ルルシーが苦笑を浮かべる。
本を受け取ったルルシーは、パラパラとページを捲った。

「渡された時は軍人を買収するのに使えるかなって思ったんだけど、もうそんなことする必要ないのを思い出してね。あとで売ろうと思って、そのまま貰ってきたのよ…って、何で顔赤くなってるの?」
「…っ、関係ないだろ…!」

戦場生まれの戦場育ち。
つい先日まで戦場に身を浸し、そうした娯楽に疎いのは自覚している。
いわゆる性欲は備わっている。
が、耐性が無いせいなのか、そうしたものに積極的に関心を持ったことはない。
目にすることはあっても、それらを避けていた。

「ただの写真じゃない。そりゃヌードではあるけど……軍人時代にそういう本とか店とかにお世話になってないの?」
「ずっと最前線に行かされてたから店には行ったことはない。こういう本も…なかった、とは言わないが……」
「ふ~ん…それで、こんなにうぶな男の子ができあがるんだ」

みっともなく慌てる己を面白がるように、彼女は肩を震わせて笑っている。
恥ずかしいことを喋らされた気分になりつつ、カラカラになった喉を潤すために水を飲んだ。

戦闘後の抑えの利かぬ昂りは、まま性欲として発散することもあった。
男所帯の軍隊においては、それが自然なのだと教えられた。
娼婦を利用することもあるらしいが、少年とも言えた軍人時代にはそんなことはできなかった。
時々、自慰をして収める程度で、それで満足できていたのだ。

「坊やが女性に耐性が無いのは分かってるけど、こないだ私の裸はじっくり堪能してたわよね?」

二口目を口に含んだタイミングでの彼女の言葉に、勢いよく水を吹き出した。
盛大に噎せ、暫く言葉が出てこない。
渡されたタオルで顔を拭き、そのまま熱を持つ顔を隠すように俯いた。

「寝惚けて、シャワー中の私と出くわした時の話だけど」
「……覚えているから、それ以上言わないでくれ」
「だって、坊やってばすぐに目を逸らすと思ってたから。まじまじ見られて、何か恥ずかしくなったのよ」

彼女との二人旅を始めてからも、一人旅の癖が抜けずにいる。
だから、目が覚めると、彼女の存在を忘れてしまう時がある。
側にいれば思い出すが、その時はたまたま彼女がシャワーを浴びていたのだ。
起き抜けに彼女の姿が無く、覚醒しきらぬ頭で一人だと思い込み、物音のするシャワールームの様子を確認に行った。
シャワーを出しっぱなしにしてしまったのだと思い、何の確認もせず扉を開けた。
お湯を浴び、しっとりと濡れた髪を揺らして、緑の瞳を大きく開いた彼女と目が合った。
白い肌がほんのりと色づいて、細い肢体が惜しげもなく晒されていた。
薄い皮膚を滑る水滴が流れていく様から目が離せなかった。
普段晒されることのない美しい肢体に、コクリ、と小さく喉が鳴った気がした。

『──メロウ?』
『…!あ、す、すまない…っ』

勢いよく扉を閉めて、逃げるように部屋を飛び出したのを覚えている。
その後暫くは彼女を直視することができなかった。
嫌でも思い出す記憶を振り払い、焼けるような衝動を押し殺す術を持っていなかったのだ。
それもようやく落ち着いた頃だと言うのに、彼女は気ままにとんでもないことをしてくれる。

「その本並みには、スタイルに自信あるわよ。ふふ、坊やも男の子なのよねぇ。私にも興味持ってくれる?」

悪戯めいた笑みを見つめ返して、その近さに心臓が跳ねた。
本に載っていた写真なんぞとうに忘れた。
強制的に思い出させられた彼女の肢体ばかりが、鮮やかに甦っている。
彼女から目を逸らして、意味もなく床に視線を落とした。

「あんたは…」
「なぁに?」
「…好きな相手なら、興味は持つだろ……別に、そういう欲がない訳じゃない」

ひゅっ、と小さく息を呑んだ音が聞こえた。
よく喋る彼女の口が静かになったことを疑問に思い、顔を上げる。
彼女の白い頬がうっすらと色づき始め、みるみるうちに赤くなるルルシーの顔を見て、恥ずかしいことを口走ったことに気づいた。
訂正するのもおかしい気がして、それ以上迂闊なことを言わないように口を噤む。

「…あなたが、ちゃんと関心を向けてくれるのがすごく嬉しいんだけど」
「だけど?」
「恥ずかしいというか…ちょっと照れくさいわね」

でも嬉しい!と抱きつく彼女を受け止める。
すらりとした腕が首に絡んで、頬と頬がぴとりとくっつく。
動物のように頬を擦り合わせ、ますます彼女の身体が己にくっついた。
いつかの再会のように、無邪気に喜ぶ姿を見るのは嬉しい。
彼女のすべてが、忘れていた暖かさを思い出させてくれる。
だから、彼女との触れあいは好きだ。
恥ずかしさも照れもあるが、それ以上に嬉しい。

いつか、この柔らかな肉体に己が熱を埋められたらいいのに。
これは己のものなのだ、と。
そんな物騒な欲が鎌首をもたげる。
誰にともなく証明したい欲求が、ちろちろと炎のように揺れ動き、静かに燻って消える。
抱きとめる腕に力を込めて、疼く熱に気づかぬ振りをした。
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