忍たま
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<懐中時計奇譚:第三幕>:土井半助
懐かしい夢を見た。
あれは幾つの時だったのだろう?
母の膝に座し,父の話に耳を傾ける。
遠くから,潮騒が聞こえていた。
穏やかな声,優しい薫り。
幸せな家族団欒の一時。
緩やかに流れる時間は,優しくて,暖かくて。
そんな日々が,当たり前のように続いていくと思っていたーーー・・・。
父と母の間に入り,親子三人,川の字のように横になる。
蔀戸から覗く夜空には,もうすぐ満月を迎えそうな月が輝いていた。
「母上。十五夜になると,月で兎が餅をつくそうですよ。」
「あら,素敵。月の兎とは風流ね。」
「我が家も十五夜の準備をしないとな。半助,明日は父と一緒にススキを取りに行くかい?」
「行く!行きます!!やったぁ,父上とお出かけだ!」
「あらあら,良かったこと。さ,夜も更けてきましたよ。
乳母と一緒に部屋にお戻り。」
「はぁい。父上,母上,おやすみなさい。」
かけがえのない時間。暖かな温もり。
幼い半助にとって,其れは何物にも変えられぬ唯一無二の宝物だった。
朝になれば,父とススキを取りに行き,母と月見団子を作る。
夕刻を過ぎれば,十五夜の用意をして三人で月を愛でながら団子を頬張ろう。
明日への期待を胸に馳せながら,幼い半助は眠りにつく。
蔀戸からは,月の光が優しく差し込んでいた。
***
「ん・・・んんんーーーーっ!」
朝一番,寝ぼけ眼の身体を思いっきり伸ばして目を開ける。
外は,もう夜が明けたらしく,眩しい朝日が差し込んでいた。
鳥の囀る声も聞こえ,今日は良い天気だと半助の顔も自然に綻んでいく。
「よし,起きようっ!」
ぱっと布団をはね除け,起きあがった半助の目に映ったのは見たことのない風景だった。
衝立も調度品も何もない殺風景な部屋の中,置いてあるのは燭台と小さな文机だけ。
一瞬,自分がまだ寝ぼけているのかと頭を数回振ってみるが,一向に景色は変わらない。
「え?何,これ?どういうこと?!」
一人,右往左往しながら慌てていると,隣に人の起きあがった気配を感じた。
「やかましいぞ,半助。朝っぱらから何を騒いでいるんだ?」
思わず声のした方を振り向けば,其処には父よりも少し年輩であろう男性の姿があった。
その男性の目が,半助を捉えるなり大きく見開かれる。
「へ?子供?何でこんな処に・・・」
呆気に取られたような彼の台詞に,半助もはっと我に返る。
が,次の瞬間「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」とお互い驚いたような悲鳴を上げていた。
「お,おおお,おっさん!一体何者だ!!」
枕を抱きかかえ,後ずさりしながら半助が懸命に口を開く。
「何者だとはこっちの台詞だ!お前さんこそ,どこから入ってき・・・ぶっ!?」
目の前の男性が言い終わらない内に,枕を投げつけ先制する。
枕は,相手の顔にクリーンヒットし,ぼとりと下に落ちた。
(今だ!)
相手が怯んだ隙に逃げ出そうとした半助だったが,敢えなく首根っこを掴まれ捉えられてしまう。
「待たんか!この悪ガキ!!」
「ガキじゃない!我が名は瀬戸の豪族・土井氏が息子,土井半助だ!!」
「は?」
一瞬,呆けたような男性の顔を,これでもかという位,睨み付ける。
暫しの沈黙の後「うぇぇぇぇぇぇぇぇ!」と,もう一度,その男性の悲鳴が上がったのだった。
***
伝蔵達の部屋の騒ぎを聞きつけて,教員長屋が俄に騒がしくなった。
「山田先生!土井先生!!何があったのですか!?」
障子の外から聞こえてくる声に,先程まで呆けていた伝蔵の意識も,はっと我に返る。
が,伝蔵が我に返るのと時を同じくして,入り口の障子がスパンと勢いよく開けられた。
一瞬の出来事に,伝蔵は目の前の子供を隠すことも,また,その子供も隠れることも出来なかった。
障子を開けた彼らの目に飛び込んできたのは,夜着のまま腰を抜かしたような伝蔵と,彼の前に立ちつくす幼い少年が一人。
「なっ・・・君は一体何者だね?」
そう問い掛けた誰かの声に,少年の顔にムッとした表情が浮かぶ。
(あ,いかん。)
慌てて伝蔵が少年の口を押さえようとしたが,時既に遅し。
「此処は随分と礼儀のなっていない館のようだな。人に名を尋ねる時は,まず自分から名乗るべきだろう。其処のおっさん。」
「なっ・・・」
おっさんと呼ばれた安藤先生が,顔を真っ赤にしながら言葉に詰まったのが見えた。
(あっちゃ~・・・言うと思った・・・・・・)
この少年の矜持の高さと口の悪さに呆れながらも,何処かしら胸の内がすっとしたのは内緒の話だ。
「山田先生!この子供は一体誰なんですか!?でもって,土井先生はどちらに
行かれているのです?!」
少年におっさん呼ばわりされた事への腹いせか,安藤先生からキツイ言葉が飛んでくる。
そんなもの,こっちが知りたいわ!と口を開こうとしたところへ,またしても例の少年が口を挟む。
「我が名は瀬戸の豪族・土井氏が息子,土井半助だ!
おっさんこそ,名を・・・ムグゥ!!」
先程から,安藤先生に対して,おっさん,おっさんと連呼する少年の口を慌てて塞ぐ。
「あー,もう!お前さんも少しは黙らんかっ!!」
またしても安藤先生が激怒するぞと思いきや,教師陣達は眉を顰めながら何やら難しそうな顔をしながら小声で話し合っている。
時折,「あの土井先生に限って」だの「いや,まさか・・・」
だのと言う声が聞こえてくる。
何だか雲行きが怪しくないか?と訝しんでいたところに,安藤先生と野村先生が此方に歩み寄ってきた。
そして,真剣な眼差しで口を開いた。
「山田先生・・・・・・,彼の父親である土井先生は,何処におられますか?」と。
その問い掛けに「「はぁあ?!」」と,素っ頓狂な声を上げたのは伝蔵だけではなかった。
傍らにいた少年も驚いたように目を見開いていた。
どうやら,彼らは,この少年を半助の子供だと思っているらしかった。
「あ~・・・,この子は半助の子供ではなく,どうやら半助自身のようなのだが・・・・・・」
そう改めて説明するも,彼らは信じてくれそうにない。
気の毒に・・・といったような哀れみの瞳が,此方を見ているのが手に取るように分かった。
まいったな・・・と天を仰いだところに,ヘムヘムが少年に近寄り,頻りに匂いを嗅いでいた。
「ヘム!ヘームヘムヘムヘム!!ヘムゥ!!!」
「何!其れは,本当か?!」
「ヘムヘム!!」
そうして,学園長の処に戻り,必死に学園長に何かを訴えれば,学園長も驚いたように目を見張っている。
皆の視線が集まる中,学園長が静かに口を開いた。
「山田先生。どうやら,お主の言うことが正しいようだ。
ヘムヘムが,この少年から土井先生と同じ匂いがするというのだ。
犬の嗅覚は人間よりも何倍も何十倍も優れていると聞く。
儂はヘムヘムの鼻を信じよう。」
「ヘムゥ!」
学園長の言葉に,ヘムヘムが誇らしげに鼻を鳴らすと,また部屋の中の空気は一転する。
「まぁまぁ,土井先生。こんなに小さくなっちゃって。」
「あら,でも目元はそっくりよ。幼い頃の面影って大きくなっても残るものなのねぇ。」
「髪の毛も,まだ傷んでいないみたいよ。それどころか,手入れが行き届いていて綺麗な髪をしているわ。」
「ほぇ~,一年は組の良い子達とどっちが小さいかなぁ?」
「今の穏やかな土井先生からは,想像が付かないような口の悪さでしたね。」
今度は,食堂のおばちゃんや山本シナ先生,事務室の面々が半助を取り囲み,話に花を咲かせていた。
(「・・・新野先生,どう思われますか?
以前,ユキちゃんが南蛮渡来の生薬を飲まされて体が小さくなってしまったことがありましたよね。
今回,半助は,私の知る限りでは妙な物は口にはしておりません。
これは,体が小さくなったと言うより・・・・・・」)
(「そうですね。俄に信じがたい話ですが,土井先生そのものが大人と子供で入れ替わってしまったみたいですね・・・・・・」)
(「では,大人の半助は何処に・・・・・・」
(「さぁ・・・何とも言えませんが,我々に出来ることと言えば,無事を祈るしかないかもしれません。」)
そんな会話を矢羽音で交わしながら,新野と伝蔵は,そっとユキの様子を伺い見た。
其処には,泣いているような,微笑んでいるような,何とも言えない表情をしたユキが,其れこそ瞬きもせずに半助を見つめているのだった。
「だー!もう!!私は玩具でも人形でもない!!勝手に人を品定めしやがって!!
はーなーせーっ!!」
最初の頃は大人しくしていた半助も,珍獣を見るかのような扱いに辟易したのか,大きな声を上げ,人の輪の中から飛び出してきた。
そのまま前も見ずに走ってきたため,ユキと正面衝突する羽目になった。
「いたたたたた・・・。大丈夫?」
思いきりぶつかられて尻餅を付いたユキが,半助を受け止めながら口を開いた。
「ご,ごめんなさい!前をよく見ていなくて・・・・・・」
「大丈夫よ。貴方も怪我がなくて良かった。」
慌てて謝る半助の頭に軽く手を置きながら小さく微笑むと,ユキは踵を返して歩き出そうとした。
「ま,待って!」
「ん?何かな?」
不意に袖を掴まれ,事務員の足が止まる。
そして,振り向きざまに,少し膝を曲げ,半助と目線の高さを合わせるようにして問い掛けるが,半助からの返答はない。
少し困ったように微笑みながら半助を見つめれば,向こうも黙って此方を見つめ返してくる。
「どうしたの?」
暫しの沈黙の後,何も言わない半助に改めてユキの方から声を掛けた。
「・・・て」
「え?」
「だって・・・泣きそうな顔、している。」
「っ!?」
半助に核心を突かれ,ユキの顔に驚きと戸惑いが浮かぶ。
「だから・・・」
そう言いながら,半助がユキの方へと手を伸ばしてきた。
ぎゅ・・・・・・っ
(え?)
そのまま,半助にしがみつかれる様な形となり,ユキの頭の中が真っ白になる。
「え?え?えええーー???」
そんなユキの反応を他所に、半助は小さな体をぎゅうぎゅうと押し付けてくる。
「あのっ、父上と母上が教えてくれたんだ!
気分が落ち込んで,どうしようもない時は、私を抱きしめると心が落ち着くって!
だ、だから、その・・・・・・泣かないで・・・・・・っ!」
「!?(で,でも,それって・・・家族限定なんじゃないかな・・・・・・)」
そうは言いながらも、捲し立てるように告げる半助の言葉に、ユキの気持ちも陥落する。
小さくため息にも似た息を吐き出すと、腕の中にある半助の小さな体を抱きしめた。
「・・・・・ありがとう。お言葉に甘えさせてもらおう、かな。」
そのまま,ひょいと半助を抱き上げ、伝蔵の方を振り返る。
「すみません。彼の言葉に甘えます。・・・このまま、少し部屋で休ませてください。」
小さく頭を下げ、伝蔵の部屋を後にするユキに声をかける者はいなかった。
***
自室で、小さな半助を抱きしめながら、一緒に横になる。
ユキの腕の中で、半助はすでに寝息を立てていた。
柔らかな髪の毛が、頬をくすぐる感覚が、こそばゆくて、ついつい口元が緩んでしまう。
「小さなあなたも可愛いけれど・・・やっぱり大人の半助さんに会いたいよ・・・・・・」
誰に聞かせるともなく呟いた言葉が、やけに大きく響く。
「このまま元に戻らなかったら、『逆・光の君』になっちゃうかも、ね。」
半分冗談、半分本気の戯言。
と、同時に、ふと思い立ったお伽噺のお約束。
「魔法を解くのは、いつだって王子様のキスだったりするんだよね~・・・」
そう言いながら、眠る半助の額に口付けを落とす。
「目が覚めたら、元に戻ってました・・・なんてことにならないかなぁ。」
そんなことを呟きながら、ユキの意識も微睡に落ちて行く。
次に目が覚めたとき、腕の中には小さな子供・・・ではなく、大人の半助がいて、
ユキの悲鳴が長屋中に響き渡ることとなる。
さぁ,それまで.あと何刻?
お終いっ!
風の館 の琉花様から相互リンク記念として頂きました。
ヒロインちゃんの名前は許可を得てユキさんのお名前に変更してあります。