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気になる人
毎年偶然だった。
まずは1年生の時。
「委員会決めるぞー」
と言った先生は自己推薦で委員会委員を募った。
しかし、誰も手を挙げず、くじ引きに。
「図書委員、雪野ユキ」
正直『げっ』と思った。
昼休みや放課後が潰されてしまうから。
仕事は週に1回ずつ昼休みと放課後にする。
仕事内容は簡単だった。
うちの学校は生徒手帳の他に生徒カードが配られている。
生徒カードにはバーコードがついており、公共図書館のようにバーコードをピッとスキャンして、貸し出しの本をピッとスキャンして貸し出し終了だ。
後は返却された本を本棚に返す作業と破れた本の修繕。
「仕事中すまない。貸し出しいいか?」
『はい。すみません』
棚に返す本をジャンル別に分けていると声をかけられた。
顔を上げて驚く。
わあ。綺麗な髪。端正な顔立ち。
日本人形みたい!
その人は初めての委員会活動日にやってきた。
てっきり先輩かと思ったその人は"柳 蓮司"という私と同学年の生徒だった。
画面操作が慣れなくてまごまごしてから本を手渡す。
『ごめんね、まごついて』
「いや。今日から委員の仕事なんだろう。御苦労様」
そう言って美しい柳くんは立ち去って行った。
柳くんが読書家だと分かったのは直ぐだった。
柳くんと私のクラスは隣同士。
柳くんのクラスより奥に私のクラスがあるため、必然的に彼のクラスを歩きざまに覗く事になる。
いつも彼は本を読んでいた。
姿勢をピンと伸ばして、静かに(騒ぎながら本を読む人なんていないけど)、彼の周りの空気だけが洗練とされた雰囲気だった。
そして彼は私の当番の時にはいつも本を借りていった。
きっと他の日にも借りに来ているのだろう。
いったい週に何冊のペースで本を読んでいるのだろうか?
2年生になり、また委員会決めが行われた。
この時は同じクラスの真田くんを始め、何人かの子が立候補してくれた。
しかし、図書委員は誰も立候補せず。
私は1年生の時から部活に入っていた。
だから、出来れば放課後はすんなりと部活に行きかたかった。
でも、私はまたしても図書委員のくじを引き当てる。
「雪野ユキ、図書委員な~」
『はーい』
図書委員の仕事は嫌じゃなかった。
1年生の時に仕事をしてすっかり仕事に慣れていた私は仕事の合間に本を読んで過ごすようになっていた。
「貸し出しを頼む」
『はーい』
三島由紀夫、仮面の告白
普段私が読む本は娯楽性を追求したものだった。
ヴァンパイアに恋したり、魔法の世界を冒険したり。
でも、たまには自分なら手に取らないであろう本を読んでみたい。
柳くんが借りるのはいつも私が読まないような図書。
私は柳くんが借りた本の名前と作者を頭に叩き込んだ。
「へえ。純文学っていうんだ」
家に帰って柳くんが借りた本をネットで調べる。
作者は物語を通じて自分の世界の認識を書いて、読者は読書によって自分とは違う他人の人生を理解する。
なんだか小難しいけれど、純文学、読んでみよう。
樋口一葉、たけくらべ
お札になっている人の作品を私は選んだ。
うん。思っていたより小難しくない。
「ーーか?ーー聞いーー雪野」
おもしろいーーーー
「雪野?」
『うわあっ』
私の叫び声が図書室に響いた。
慌てて口を塞ぎながら上を向くと柳くんの姿。
彼は申し訳ないと言ったように眉を下げながら
「驚かせてすまない。貸し出しを頼めるか?」
と言った。
『ごめんね、柳くん。はい、受けとります』
柳くんが少し驚いた顔をした。
『どうしたの?』
「いや、俺の名前を知っていたのだな」
『そりゃあ柳くんは1年生の頃からいつも図書室に通ってくれているから』
図書の貸し出し手続きをしながら彼に笑顔を向ける。
『はい、どうぞ。期限は5月12日までになります』
「ありがとう」
今は放課後。
強豪テニス部に入っている柳くんは本を手早く借りたら直ぐに図書室を後にするのだが、何故か私の前から動かない。
彼の視線の先を追う。
彼の視線は私が読んでいた図書に向けられていた。
「珍しいな」
『ん?』
「雪野さんが純文学を読むとは」
『あ、うん、そうだね』
なんだか柳くんを見習って読むことにしたんだよとはストーカーしているようで言えなくて、私は曖昧な笑みで誤魔化した。
『純文学は馴染みがなくて。良かったらお勧めの本、今度教えて?』
「あぁ」
上がった口角。
優しい目元。
1年生の時より背の高くなった柳くんは幼さが消えかけていて、それでも相変わらずサラサラの髪で日本人形のように美しくて、私の胸をドキドキさせる。
去って行く柳くんを見送った私はハタと気がつく。
あれ?そういえば私の名前、知っていてくれたんだな。
込み上げてくる熱い何か。
私は嬉しくなって頬を緩めたのであった。
次の委員会活動日である昼休み。
『あ、柳くん』
「貸し出しを頼む」
『うん』
ピッとバーコードを読み取って柳くんに本を手渡す。
すると、彼は私に1枚の紙を手渡してくれた。
『これは・・・』
紙には人物名と本のタイトルと思しき単語の羅列。
「俺のお勧めの本のタイトルを書いてきた」
『ありがとう!』
思わず声が跳ねる。
そんな自分に私は驚いていた。
跳ねていたのは声だけではなく、心臓も。
トクットクッと楽しそうに跳ねている。
嬉しい気持ちで心が満たされる。
『さっそく借りて読んでみるね』
「あぁ。楽しんでくれる事を願う」
そう言って微笑む柳くんを見送って、私は柳くんから渡された紙をきゅっと握り、胸に押し付けたのだった。
それから私たちは少しだけ距離が近くなった。
とは言っても柳くんとクラスが違うので話すのは相変わらず本の貸し出しの時だけだけど。
それでも教えてもらった本の感想を言ったり、私の好きな本も柳くんに紹介したりもした。
いつの間にか私はすっかり本好きになっていて――――
私たちは3年生になった。
毎年恒例委員会決め。
私は勢いよく手を挙げた。
『私、図書委員がいいです』
「他に図書委員に立候補したい者は?」
先生が辺りを見渡す。
どうか、誰も手を挙げないで。
シンとした時間が数秒続く。
先生が頷いた。
「よし。では雪野、図書委員頼むな」
『はいっ』
やった!
これでまた柳くんとの接点ができる。
嬉しくてにやけてしまう顔。
「雪野、随分嬉しそうだな」
3年連続同じクラス、隣の席のブン太くんが椅子を後ろ足だけで立たせ、椅子を前へ後ろへ揺らしながら言った。
『本、好きだからさ』
何故か慌ててしまう。
「へー・・・。なあ」
『何?』
「お前、顔赤いぞ?」
『っ!?』
じわりと熱を持つ頬に手を持っていく。
「なんか怪しいぞー」
『べ、別に怪しくなんか』
「誰か図書委員関連で好きな奴でもいるんだろ」
好きな奴
「ん?なんだ?」
ブン太くんが不思議そうに私を見る。
『あ、あれれ・・・?』
ピタリと止まる思考。
カチリと固まる表情。
好きな奴・・・
『え、嘘』
「は?何が?」
『な、何でもないっ』
私は机の下で手を組んで、きゅっと握りしめた。
自分の鈍感さ具合に呆れを通り越して笑えてくる。
私、私は、柳くんが好きなんだ・・・!
今年度始まって最初の図書委員の日。
私は緊張していた。緊張し過ぎ頭が熱くなって沸騰しそうになっていた。
ダメ、限界。
まともに柳くんを見ることが出来ないだろう。
きっと彼から本を手渡せられた時、この手は震えてしまうだろう。
そんな事になりたくなくて、私は2年生の後輩にカウンターを任せ、カウンター奥にある図書修繕室に引きこもった。
「貸し出しを頼む」
ビクリ
柳くんの声が聞こえてくる。
会いたい。でも、会いたくない。
絶体真っ赤だ、私の顔。
こんな顔で柳くんに顔を合わせられない。
「今日、雪野さんは?」
「雪野先輩なら奥で図書修繕をしています。呼んできましょうか?」
「・・・いや、いい」
あぁ、行ってしまった。
遠ざかって行く足音を聞き、落胆と安堵、寂しさが心の中で入り交じる。
私は次の委員会活動日も、その次の日も、カウンターには出ずに奥の修繕室に引きこもった。
『はあ。どうすればいいんだろう?』
柳くんを避け続けてから約2ヶ月。
私は相も変わらず図書修繕室に引きこもっていた。
修繕テープで破れたページを張り付けていると、ぴょこりと後輩が顔を覗かせる。
「すみません、雪野先輩。トイレ行きたいんでカウンターお願いしてもいいですか?」
『うん』
久しぶりのカウンター。
真っ直ぐにやって来る人物。
私の体は硬直していく。
「久しぶりだな」
『柳くん・・・』
「貸し出しを」
『うん』
情けない。
私は柳くんから受け取った本を震える手でバーコードに通した。
あぁ、何か言わなきゃ。
いい加減、逃げていてはダメだ。
私は本を柳くんに手渡しながら息を吸い込んだ。
***
雪野ユキ
初めて会った時の印象は良くもなく、悪くもなかった。
ただ、俺の顔を見て大きな瞳を更に大きく見開いたのだけは覚えている。
彼女は俺が1年生から3年の今までずっと隣のクラスだった。
いつからだろうか、彼女に惹かれ始めていたのは・・・
2年生の時には既に彼女に惹かれていたのは覚えている。
カウンター係をしている時の雪野さんはいつも本を読んでいた。
細く、白い指先でページをめくり、本の内容が面白いのか時折可笑しそう笑いを堪えている姿が可愛かった。
そんな彼女がある日、純文学のたけくらべを手に持っていた。
俺は驚きで目を瞬いた。
カウンターに近づく俺を見て雪野さんの顔がほんのりと紅潮したからだ。
もしや、純文学を読み始めたのは俺の影響か?
その可能性は高からずとも低くもなかった。
ここは押して、より自分を彼女に印象づけるべきだ。
「珍しいな」
『ん?』
「雪野さんが純文学を読むとは」
思いきって話しかけると
『あ、うん、そうだね』
雪野さんは慌てたように返事をした。
雪野さんが俺に
『純文学は馴染みがなくて。良かったらお勧めの本、今度教えて?』
と言う確立60%。
俺はやや低かったパーセンテージが当たって心の中で喜んだ。
次の雪野さんの委員会活動日である昼休み。
『あ、柳くん』
「貸し出しを頼む」
『うん』
ピッとバーコードを読み取って俺に本を手渡す雪野さんに俺は1枚の紙を手渡した。
『これは・・・』
紙には人物名と本のタイトルを書いたもの。
「俺のお勧めの本のタイトルを書いてきた」
『ありがとう!』
雪野さんの声が跳ねる。
頬も紅潮して、瞳がキラキラと輝いていた。
嬉しい気持ちで心が満たされる。
『さっそく借りて読んでみるね』
「あぁ。楽しんでくれる事を願う」
ここからどう攻めていこう?
しかし、ここからが難しかった。
雪野さんと会話する時間はいつも短かった。
図書の貸し出し返却手続きをする時だけ。
廊下ですれ違った時には笑みを向けてはくれていたが・・・
俺たちの間にあるカウンターが俺たちの仲を邪魔しているようにも思えた。
テニス部の試合を観に来て欲しいと誘おうかと思ったが、英語部の彼女はあまりテニスには興味がなさそうだった。
誘って受け入れられる可能性は80%。
かなり高い確率だったが残りの20%が俺にストップをかけていた。
断られた時の事を考えると怖かった。
雪野さんの気持ちを完全に掴みきれていなかったのも行動を起こせない原因だった。
彼女は何を考えているのだろう?
嫌われてはいない事は分かっていたが、恋心を抱かれているとまでは確信出来ていなかった。
そして季節はめぐり、何も行動を起こせないまま俺たちは3年生になってしまう。
3年生になり、直ぐに雪野さんが何の委員会に入ったか調べた。
ブン太によると、自分で立候補して図書委員になったらしい。
俺は喜んだ。
雪野さんが俺を想ってくれている確率がぐんと急上昇した。
それなのにーーーー
雪野さんが当番の日、彼女の姿はカウンターになかった。
返却図書を棚に片付けているかと思ったが、ぐるりと図書室を一周しても彼女の姿はなかった。
どうやら彼女はカウンター奥にいるらしい。
俺がカウンターに行ったら出てきてくれるだろうか?
「貸し出しを頼む」
しかし、彼女は顔を出してくれない。
俺のデータが間違っていたのだろうか?
念のため、彼女が当番か聞いてみる。
「今日、雪野さんは?」
「雪野先輩なら奥で図書修繕をしています。呼んできましょうか?」
当番の男子生徒の前で俺は困惑していた。
何故・・・?
「・・・いや、いい」
俺を避けている?
それは何故か。
俺に興味がなくなったのか。
それとも実は俺のデータが間違っていて、そもそも俺に興味などなかったのか・・・
俺はぎゅっと借りた本を握りながら図書室から出ていった。
避けられてから2ヶ月。
廊下ですれ違っても、彼女の回りにはいつも友人たちがいて、楽しそうに話していて、前のようにすれ違いざまに俺に微笑んでくれることはなくなった。
胸がどうしようもなく痛い。
諦めにも似た気持ちと、これで終わりにしたくないとも思っていたある日の雪野さんの図書当番の日。
図書室に入った時はカウンターにいなかった彼女がカウンターに立っていた。
速くなる自分の鼓動を抑えながらカウンターに近づいていく。
「久しぶりだな」
『柳くん・・・』
「貸し出しを」
『うん』
あ・・・
震える手。
俺は自然と微笑んでいた。
耳まで赤くなった顔。
熱を帯び、潤んだ瞳。
雪野さんが俺を好いてくれている確率、100%。
雪野さんが本を俺に手渡してくれる。
真っ直ぐに俺の瞳を見つめる彼女の瞳。
『あの』
「雪野さん」
同時に重なった俺たちの声。
俺たちは驚いた顔で顔を見合せる。
『や、柳くんから』
震えた声で言う雪野さんに微笑みかける。
もう、怖くはない。
「ユキって呼んでも構わないか?」
輝く顔
『もちろん!』
俺たちは顔を見合せ、表情を緩める。
こうしてゆっくりと、俺たちの恋は実を結んだのだったーーーー
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