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敵に陥落
「部長、行かなくて宜しいんですか?」
バチン
「ひっ。すみません」
氷帝学園中等部、放課後、作法室。
シンとした室内。ハサミの音だけが響く。
百合の花がまるで打ち首の首のようにコロリと畳に転がった。
緊張の糸が張りつめる作法室で華道部の部長がニコリ。
先程質問した生徒に笑みを向ける。
『まあ、頭を下げてどうなさったの?謝っている意味が分からなくてよ。
顔をお上げになって。私は少しも怒っていないわ』
いえ、怒っています、部長!
部室にいる全員が心の中で突っ込む。
口に出して言えないのは部長の黒い笑顔を見ているからである。
『皆さん、気を引き締めなければなりません』
絹糸のような艶やかな黒髪、黒曜石のような瞳、陶器のように白い肌。
柔らかそうな形の良い唇。
部員たちを恐れさせているこの人、雪野ユキは、立てば石楠花、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、と称されるくらい美人な氷帝学園中等部3年生に在籍する美少女だった。
ユキは部員を見渡して口を開く。
『文化祭まで日はありません。それまでに少しでも技術を上げ、そして自分らしい作品を作りあげられるようにーーーー
ピンポーン パンポーン
ユキの言葉を遮るように鳴るアナウンス開始のチャイム。
間の悪い事だとユキが小さく眉をしかめていると、
「雪野ユキ!お前どこで何してやがっている!「か、勝手に触らないで下さい」
あーん、お前俺様に文句があるのか?「す、すみません」雪野ユキ!
今日こそはテニス部にマネの仕事しにくるはずだろっ。
どこほっつき歩いてやがる。さっさっと来い。以上だ」
ブチ
騒がしい放送が切れた。
と、同時にユキの堪忍袋の緒も切れた。
『あんの俺様野郎ッ』
バキン
ユキは腹いせに作品に使わない、いらなくなった切り落とした部分の松の枝を両手でバキンとへし折った。
「ぶ、部員!落ち着いて下さいっ」
「そうです!お手を怪我してしまいますわ!」
『はっ!・・・私とした事があんな言葉使いをするなんて・・・
ごめんあそばせ。忘れてくださいね』
回りの部員にたしなめられてどうにか落ち着きを取り戻すユキ。
だが、その目は完全に据わったまま。
『あの男、いつもいつも邪魔ばかりして・・・』
ユキは苦々しげに呟く。
震え上がる部員たち。
「ですが・・・」
その部員の中の一人が恐る恐ると言った様子で口を開く。
「でも部員、羨ましいですわ。だって、あの跡部様に是非マネージャーに、そして後々は彼女にと言われているのですもの」
ユキの前に座っている女子生徒は途中からうっとりした口調で言った。
そう、この雪野ユキは氷帝のキングこと跡部に熱烈なアプローチを受けていた。
氷帝中の大多数の女子から憧れの眼差しを向けられる跡部。
しかし、ここに例外がいた。雪野ユキである。
彼女は全くもって跡部に興味がなかった。
誘いを断り、いつも適当にあしらう。
あの跡部様をぞんざいに扱っては彼のファンから怒りを買いそうだが、跡部ファンが怒らないのには理由があった。
まずは彼女の家柄だ。
雪野家は跡部家と肩を並べるような大カンパニー。
さらにユキの母は華道の家元でユキは次期家元となっていた。
ユキは跡部と同じく容姿端麗、成績優秀であり、男子生徒から羨望の眼差しで見られている存在。
『あの男は馬鹿なのかしら?どうやったら諦めるのかしら?どうしたら私の言っていることを理解するのかしら?』
「ですが私だったら跡部様に呼ばれたら何処にいたって、何をしていたって行ってしまいますわ」
『あの男の何処が良いかてんで分からないわ。ただの俺様男じゃない』
ユキは腹ただしげにバチンと花を切りながら言う。
『迷惑なだけだわ』
バチン
また別の花を切りながらピシャリ。
バチン バチン
ユキが怒りを活け花という芸術に昇華させている時だった。
トントンと控えめに部室の扉がノックされる。
「私が出ます、部長」
扉に一番近かった部員が作法室の戸を開ける。
すると、そこにはテニス部2年生男子の樺地、鳳、日吉が立っていた。
「部活動中失礼します。雪野部長いらっしゃいますか?」
鳳が申し訳なさそうに言うと、2年生テニス部男子が一斉に肩を跳ねさせた。
ユキがギロリと3人を睨んだからだ。
『私に何かご用?』
「ウス・・・跡部部長がテニス部に来てほしいと・・・」
「何としてでも連れてくるように言われました」
『まったく』
ユキは樺地と日吉の言葉を聞いて溜め息を吐き出す。
『あの暴君!私は絶対に行かないわよっ』
「あの・・・大変言いにくいのですが、もし来なければ来年度の華道部の予算を大幅に減らすと言っていました」
『なんですって!?』
鳳の言葉に眼を剥くユキ。
『くっ・・・あの男ならやりかねないわね』
跡部の事を敵視しているユキは確実にこれは冗談じゃないと結論づけた。
『分かったわ。行きましょう』
ホッと息を吐き出す2年生3人。
ユキは彼らの後についてテニス部へと向かったのだった。
テニス部のコートにつくと、ポーン、ポーンと軽快な音が響いていた。
いつも通りフェンスの回りには彼らを応援する女子生徒たちが可愛らしい声で声援を送っている。
ユキはそんな女子生徒たちの横を通りすぎ、テニスコートをすり鉢状に囲む観客席へと案内された。
そこには見慣れた金髪に近い茶色の髪。
「跡部部長、雪野先輩をお連れしました」
日吉の呼び掛けに跡部が振り返る。
「あぁ。ご苦労」
ようやくこのめんどくさい仕事から解放された3人はそそくさとその場を後にする。
ユキは観客席の一番前に座っている跡部の元へと階段を下りて向かっていく。
「やっと来たな。ようやく俺様の女になる覚悟が出来たか」
『暴君な部長に命令されて私を連れに来た2年生が可哀想で来ただけよ。それから来年度の予算を減らすだなんて言われたら来ないわけにはいかないでしょう?』
「お前は俺様の何が不満なんだ?」
『強引なところ。暴君なところ。誰もがあなたを好きにはならないって事いい加減分かったら?』
「辛辣だな」
跡部はユキの言葉を鼻で笑う。
「だが、その言葉撤回させてやる」
アイスブルーの瞳がユキを捉える。
ユキはその瞳に見つめられ不覚な事に少したじろいだ。
彼の目は情熱的に燃え、真っ直ぐにユキを見ていたからだ。
ユキはそれでもどうにかいつもの自分を取り戻し、余裕を見せるように口角を上げる。
『何をしてくれるのかしら。楽しみね。
ただ、どうせ何をしても私の気持ちは変わらないでしょうけど』
「ふん。見ていろ。忍足!」
跡部が氷帝の天才こと忍足の名前を呼んだ。
「なんや?」
「今から俺と試合だ」
「試合?あぁ。お姫さんが来とるんやな」
跡部とユキを見て一つ溜め息をつく忍足。
「跡部、俺をダシに使う気やな」
忍足はじとっとした目で跡部を見る。
「なんでもいいだろ。兎に角、試合だ」
「簡単に勝たせへん。いや、負けへんで?」
「はっ。勝利は俺様のものに決まっている。ユキ、そこで俺様の勇姿をしっかりと見ておけよ。お前に俺を惚れさせてやる」
不敵な笑みをユキに向けてから跡部はコートへと入っていく。
「きゃー!跡部様と忍足くんの試合よ」
「この二人の試合が見られるなんて素敵!」
凄い人気なのね・・・!
ユキは驚いていた。
ユキも氷帝学園中等部の生徒の一人。
勿論、跡部がファンクラブを持つほどの人気者だとは知っていた。
しかし、ユキは今までテニスに感心を示してこなかったため、校舎から離れたこのテニスコートに足を運んだことはなかった。
女子生徒たちからの熱気と黄色い声援に圧倒される。
そして、それに臆することなく堂々と、否、楽しむ余裕を見せて応える跡部を見てユキは跡部という男のカリスマ性を知った。
悔しいけど、堂々としていて、格好いい・・・
格好いいと思うユキだが、今のユキが思った"格好いい"は舞台上で演技をしている、どこか遠くにいる人物へ向けた感想だった。
ユキは内心でこう思う。
私もああなれたらいいな、と。
ユキは大勢の人前で話すのが苦手だった。
授業中に当てられた時もいつも緊張と戦いながら教師の質問に答えていた。
次期家元として、これから人前で話すことは出てくるだろう。
ユキはいつも人前で緊張してしまう己を変えたいと考えていた。
そんな事をユキが考えていると試合が始まった。
初めは跡部からのサーブ。
高く玉が空へと上がり
跡部の体が軽く宙に浮きながら
後ろへと反れる
バシンッ
ユキは音と同時に目を大きく見開き、肩を跳ねさせた。
凄い・・・!
ユキは初めてのテニスの試合に一瞬にして魅了された。
相手の虚をつき、コート上を相手に走らせる
力強いレシーブ
絶妙な技の数々
コートのギリギリへ落とされたボール
テニスシューズが地面に摩れる音が鳴る
一進一退の攻防ーーーー
そう見えたが、素人のユキにでも忍足が圧されているのが見えてきた。
『あ!』
思わずユキから声が上がる。
ボールが忍足の手首に当たる。
忍足の手からラケットが落ちる。
跳ね返って跡部の元へと戻ってきたボール。
「これで終わりだ。破滅への輪舞曲!」
跡部のスマッシュがパーンと気持ちの良い音でコートへと入ったーーーー
『・・・。』
ユキは思う。
テニスってこんなに迫力のあるものだったんだ。
テニスってこんなに面白いものだったんだ。
跡部ってこんなに強く、格好よかったんだ。
ユキの元へと歩いてきた跡部はタオルで汗を拭きながら、感動して固まるユキにニヤリと笑いかける。
「俺様に惚れたようだな」
『カッコイイとは思ったわ。でも・・・』
「あ?でも何だ」
跡部の眉間に深い皺が出来たのを見てユキは小さく笑う。
『そんな顔しないでよ。私はただーーー私にはあなたの隣は務まらないと思っただけよ』
そう言ってユキは立ち上がり、跡部に微笑んで見せる。
『試合を見せてくれてありがとう。これからは陰ながら応援させて頂きますわ』
では、と歩き出すユキの手が取られる。
「ちょっと待て!」
『跡部?』
「なんだよ。陰ながらって」
苦しそうに顔を歪ませる跡部の様子にユキは首を傾げる。
「俺はお前が好きだって言ってんだ」
『ありがとう。でも、さっきも言った通り、貴方の隣を務められる自信はないわ』
「なんだよ。自信がないって。俺は、俺はーーーー」
『跡部!?』
引っ張られた手。
ユキの目が大きく開かれる。
ぐいと力強い跡部の腕が回り、ユキを抱き締める。
「相応しくないってなんだよっ。お前は馬鹿なのか?俺が、俺が・・・俺がいつからお前を好きか知った上でそんな事言うのかよっ」
ユキは跡部の腕に抱かれたまま彼を見上げる。
ドキリ
高鳴る心臓。
アイスブルーの瞳の中に青い炎が燃える。
「頼む。いい加減逃げるのはよしてくれ」
『跡部・・・』
「いつまでもお前は俺の手の届かない存在なのか?ずっと、見ているだけしか出来ないのか?いつもお前から返ってくる反応は拒絶しかないのか?」
初めは跡部を鬱陶しい存在だと思っていたユキ。
テニスの試合を見せられたことで自分にはないカリスマ性を感じ、彼との距離を感じた。
そして今はーーーー
『私なんかを選んで後悔はいたしませんの?』
そっと、ユキは跡部の顔を覗きこむ。
柔らかくなっていく跡部の表情。
「今日からはいつも、俺様の隣にいろ」
『それは無理です』
「あ?」
『私は華道部の部長ですもの。でも、それ以外の時は貴方の隣にいるようにしますわ』
「仕方ねぇ。お前を部員に誘うのは諦めるか」
『そうして下さい』
「俺様に命令出来るのはお前だけだぜ?」
ふっと笑う跡部は愛しそうにユキの頬に触れた。
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