第四章 雨降って地固まる
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5. 就職活動
忍術学園はプチ長期休暇に入った。私は今、正門でそれぞれの実家へと帰っていく忍たまたちをお見送りしている。
「ユキさん、また休暇明けにねっ」
『お家の人のお手伝い頑張ってね』
私は乱太郎くんとハイタッチをして彼を送り出した。
ちょうど作期に当たるこの時期。忍術学園の生徒の家は農家さんが多いのでみんなお手伝いに帰るのだ。
「きり丸~、乱太郎、土井せんせ~、途中でお団子食べて帰りましょうよぉ」
「え~お金もったいないから食べて帰らないっ」
プイッとしんべヱくんから顔を背けるきりちゃんの頭に私はポンと手のひらを置く。
『お金出してあげるから食べて帰りなさい』
「いいの!?」
『帰り道は長いし、それに、こういう友達と過ごす時間も大切だと思うから』
「ありがとう、ユキさん!」
小銭を手のひらに乗せるとワーイと両手を挙げて飛び上がった。かわゆい・・・私は君が愛おしいよ、きりちゃん。
「なーに顔緩ませてんだ?だらしない顔が遠くからでも分かったぞ」
横に顔を向ければ五年生たちがやって来ていた。
『はい、出入門表。それから三郎くんは余計なお世話よ』
ぷくーと膨れながら三郎くんに出入門表を渡す。
「ユキさん」
『ん?』
きりちゃんだ。
「僕たちもう行くね」
『気をつけて。半助さんに迷惑かけないようにするのよ。特にバイトを引き受けすぎて手伝ってもらうことがないように気をつけること。いい?』
「大丈夫。分かってるって」
頭の後ろで手を組んでニシシと笑うきりちゃんの頭をひと撫でする。
『きり丸をよろしくお願いします、半助さん』
「こっちはいつものことだから心配いらないよ。ユキの方こそ普段と勝手が違うから無理しないように」
『ありがとうございます』
「それじゃあ五日後に」
半助さんはきりちゃん、乱太郎くん、しんべヱくんを連れて門から忍術学園を出て行った。
ちょっと淋しいな。
そう思っていると後ろから「書けたよ」と雷蔵くんに声をかけられる。
「はい、出入門表」
『ありがとう』
「ユキさん大丈夫?寂しいって顔に書いてあるよ」
兵助くんが私の顔を覗き込む。
鋭いな、と思いながら私は顔を横に振った。
『淋しいけど五日後には会えるし、それに淋しいなんて言っていられないよ。おばちゃんも帰省してしまっているのだもの。私が、六年生たちが食べる料理を作らなくちゃいけないんだから』
気合を入れるように腕を捲る。
『みんなが満足してくれる料理を作るつもりよ』
「ユキの料理が食べられるなんて羨ましいぜ」
「いや、八左ヱ門。罰ゲームの間違いじゃないか?」
『なんですって、勘ちゃん!』
失礼な勘ちゃんのことをポカポカと叩く。
「さあ、みんな。そろそろ俺たちも出発しよう」
兵助くんがみんなに呼びかける。
『気をつけてね、みんな』
門をくぐり、やがて見えなくなった五年生。
忍術学園に残っているのは私、学園長先生とヘムヘム、吉野先生、そして最上級学年の六年生だ。
何故六年生が忍術学園に残っているかというと、それは就職のためだった。
忍術学園の鍛錬場で鍛錬していれば、各城から優秀な忍者を求めてスカウトする人が見学にくるらしい。
また、この期間に六年生たちも就職したい城へ手紙などを書いて忍術学園に自分を見に来て欲しい、もしくは面接試験を受けさせて欲しいと頼むのだそうだ。
そういうわけで、六年生は就活のために忍術学園に残っているのだ。
私は帰省する忍たま全員が忍術学園を出発したのを確認して正門をガタンと閉じた。施錠をして校舎の方へと戻る。
私が向かう先は食堂だ。おばちゃんが帰省しているからお昼ご飯からは私が作ることになっている。
さて、お昼ご飯は何にしましょう?
厨房に入り考える私の頭に浮かんだのはトロットロの卵がのったオムライスだった。
だけど、トマトは手に入らない。それならば、と私が思いついたのはチャーハンの上に卵を乗せた創作料理だった。
よし、作るぞ。
まずはネギと豚肉を細かく切る。次に高菜、ネギ、豚肉をごま油で炒めて七味を入れる。次に炒めた物を別皿に取って、鍋にはもう一度
油をひく。そしてご飯を投入。頃合を見計らって別に取ってあったネギ、高菜、豚肉を入れて炒めていく。
『火力強っ。熱!っていうか、燃える、燃える、燃える~~~』
「な、何やってんだよ、ユキ!!」
声をかけられて勝手口を見れば留三郎が慌てて私のもとへとやってきた。
『火力が、火力が~~!!チャーハンが灰になっちゃうっ』
「これ、俺らの昼食か!?」
『そうだよ!灰を食べたくなかったら助けてッ』
留三郎が辺りを見渡して見つけたのは洗い物用の水。桶を持って水を薪へとかける。
「よし。鎮火!チャーハンは!?」
『無事だよ!』
私が必死に手を動かし続けていたおかげと留三郎が鎮火してくれたおかげでチャーハンは灰にはならなかった。むしろちょうど良く焦げ目がついた状態。
私は手ぬぐいで額に浮いた汗を拭き取りながらほぅっと息を吐き出す。
留三郎も横で同じくほっと息を吐き出した。
「一時はどうなるかと思ったけど、旨そうなのが出来てるな」
留三郎が中華鍋を覗き込みながら言う。
『これでなんちゃってオムレツを作りたくて』
「なんちゃってオムレツ?」
私は留三郎にオムレツというものを説明する。
「へえ。聞いているだけで涎がでそうだな」
『向こうの世界で大好物だったんだ。よく作っては卵の上にお絵描きを楽しんで』
「お絵かき?」
私はケチャップの説明と、それでハートや文字をオムレツの上に書いたことを話した。
「へえ」
『上手くいくかわからないけど、似せて作りたいなって思ってさ。昔を懐かしむ感じで』
「そうか・・・」
留三郎は一瞬、ユキの目が寂しそうな色になったのを見て胸をドキリとさせた。
やっぱ、元の世界に帰りたいって思うときもあるよな。
こっちの世界に慣れてきたけど、生まれてからずっとあっちの世界で暮らしていたんだから・・・
『留三郎?』
「え、あ、なんだ?」
『急にぼーっとしたから大丈夫かなって思って』
「なんでもねぇ」
『わわっ』
私は留三郎に乱暴に頭を撫でられて撫でられるままに体のバランスを崩す。
『な、何するのっ?!』
「べっつに」
軽く睨むが留三郎は私をいきなり乱暴に撫でた理由は教えてくれない。
そのまま私に背を向けて勝手口の方へと向かってしまう。
「ユキ」
『あ゛?』
「ガラ悪ぃな」
『留三郎が私の髪の毛ぐしゃぐしゃにするからでしょ』
「ふん。元とあんま変わんねーよ。それよりさ」
『なによ』
「あんま無理すんな」
優しい色の留三郎の瞳。
私は彼の瞳の色にドキリと胸を跳ねさせながら彼の背中を見送ったのだった。
『・・・戻るか』
暫しぼんやりと勝手口を見ていた私だったがハッとなり昼食作りを再開する。まだ完成とはいえない。オムライスのように卵を上にかぶせたいのだ。
天津飯のようにあんかけにしようかとも思ったが、私には片栗粉を操れる力量はないと判断して卵だけを乗せることにした。
本当はオムライスはトロトロタマゴ派だけれど、チャーハンには薄焼き卵の方が合うよね。
私は薪を入れ替えてライターでカチャッと火をつける。
このライターもいつまでもつのやら・・・
そんなことを思い、少々センチメンタルな気分になりかけたが頭を振って気分を切り替える。薄焼き卵に集中するぞ!
私は全神経を集中させて薄焼き卵作りを始めたのだった。
『まだかなー』
冷めないうちに早く来いと願っていた時だった。元気な声が廊下から聞こえてきた。
「ユキーーーーー!」
小平太くんの声だ。
キキっと食堂の入口で止まった小平太くんが食堂の中へと入ってくる。
『鍛錬お疲れ様』
「あぁ!腹ペコだ。今日のお昼は―――――あっ!!」
小平太くんの顔にパッと笑顔の花が咲く。
私はその表情に嬉しくなりながら『はい』と小平太くんにチャーハンを差し出した。
「私の顔だ!」
嬉しそうに声を弾ませながら小平太くんが言う。
チャーハンには私が海苔をカットして作った小平太くんの似顔絵が描かれていた。
ケチャップの代わりに海苔を使った私のアイデアを誰かに褒めてもらいたい。
「食べるのがもったいないな・・・もったいないから他の奴の食べてもいいか?」
『いいわけないっ』
小平太くんが文ちゃんの皿に手を伸ばしたので慌てて止める。
油断も好きもないんだから、もうっ。
そんなやり取りをしていると他の六年生も食堂に入ってきた。
「わあ、良い匂いがする」
伊作くんがクンクンと空気の匂いを嗅いでニコッと笑った。
みんながお皿の前までやってくる。
「おぉ!凄いな」
文ちゃんが感嘆の声を上げて驚く。
「もそもそもそ」
『気に入ってくれた?ありがとう』
長次くんにチャーハンをはいっと渡す。
「ハプニングなどなかったかのようだな」
「ハプニングとは?」
『あー!留三郎、言わないで。仙蔵くんも興味持たなくていいから!』
ワイワイガヤガヤ
私たちは席へと向かう。
私も六年生に混ぜてもらって食事をとることに。ちなみに私のお皿に描かれているのは文ちゃん(狼)だ。
『それではお手を合わせて』
「「「「「「いただきます」」」」」」
私は緊張しながらみんなのことを見つめる。
パクっと一口食べたみんなの感想は・・・・
「美味いっ!」
「旨いな」
「美味しいね~」
みんな口々にそう言ってくれた。
私はホッと息を吐き出し、安心しながらチャーハンを口へと運ぶ。
ん~我ながら美味しいではないか!
『そうだ。どこかの城の忍者さん、みんなのことを見に来てる?』
「あぁ。私は既に六人確認した」
仙蔵くんが言った。
『初日から結構来るんだね』
「ギンギンに鍛錬しているところをスカウトマンに見せるつもりだ」
『まだ就活は始まったばかり。張り切りすぎて倒れないよう気をつけてね』
「ユキも張り切り過ぎないでくれ。凝った料理を作ってくれるのは嬉しいが、私はユキが倒れないか心配だ」
「おぉ、長次が珍しく長文をしゃべっている」
「もそ」
小平太くんが目を丸くした。
『体に気をつけながら頑張るよ、ありがとね、長次くん』
私は食事の間に忍者の就職事情について色々と教えてもらった。
そういえば私って忍者についてあまり良く知らないんだよね。
今までこちらの生活に慣れるのにいっぱいいっぱいでそこまで気が回っていなかった。
最近は余裕も出てきたから忍者の勉強してみたいな。
みんながどんな術を使っているのか、忍びとはどんなお仕事なのか。
私はみんなのことをもっと良く知るために“知りたい”と思ったのだった。
夜ご飯もどうにかこうにか作り終えて私は食堂のテーブルでお茶を啜っていた。既に入浴も済ませてあとは寝るだけだ。
六年生のみんなはご飯を食べてから直ぐに夜の鍛錬と言って外に出ていってしまった。みんな元気だなぁ。
『よっこらしょ』
普段だったら今の時間はまだ一年生たちも起きている時刻。
賑やかな声が聞こえないのを寂しく思いながら私は湯呑を洗って食堂を出て行く。
吹きさらしの廊下に出て空を見上げれば、勢いよく雲が横切って進んでいた。
天候は良くない。
今にも雨が降りそうだ。
『淋しいな』
ふと言葉が口から零れ出た。
今、きりちゃんは何をしているだろう?は組の子達はそれぞれの家に着いたかな?上級生たちはどんな顔をして両親の手伝いをしているのだろうか?
「ユキ」
『え・・・・?』
想像の世界から現実の世界に戻って顔を上げる。
声のした方へと私は走っていく。
塀の上を見上げれば―――――
『尊奈門くん!』
頭巾を外して私にヒラヒラと手を振る彼の姿があった。
『どうしたの?』
「先輩と一緒に忍術学園六年生の実力を見に来たんだ」
『先輩?』
「ほら、前にユキさんが酒豪選手権大会で戦った例の・・」
『あぁ。お漏らしさん』
「ぶふっ!?お漏らしさん!?」
酒豪選手権大会の飲み比べの時に、お酒を服に隠していた水袋の中に入れていた高坂陣内左衛門さん。高坂さんの不正を見抜いて水袋を破った長次くん。
結果、水袋から流れ出た酒が高坂さんの下腹部にべしゃりとかかることになったのだ。それを私はお漏らしと勘違いして手ぬぐいを差し出したことがあったのだ。
「ぷっ、ぷっ、ぷっ。すごいあだ名」
『お漏らしさん・・じゃなくて、高坂さんは向こうで六年生の実力を見に行っているんだね。尊くんは私といていいの?』
「高坂さんが折角来たんだから会ってきたらいいって仰って下さったんだ」
『そうなんだ。嬉しいな。今ね、凄く寂しい気持ちになっていたの』
「えっ・・・」
『ほら、いつもの忍術学園は賑やかでしょう?今日から急に静かになったから変な感じで』
「そっか。そうだよね(ドキドキしてしまった・・・!)」
『??尊奈門くん、何故顔が赤い?』
「えっ。あ、赤くなんかないよっ」
尊奈門くんが慌てたように顔の前で手をブンブンと振った。
そんな不思議な彼に首を傾げていると、
どーーんと爆発音が聞こえた。
「おー。派手にやっているな」
私は爆発音の方に顔を向けた。
今のは火器が得意な仙蔵くんだろうか?
いいな。見てみたいな・・・
忍者している彼らのこと、見られないかな?
私は思い切って尊奈門くんに切り出してみることに。
「いいよ」
尊奈門くんはニコリと笑って快諾してくれた。
「塀を伝って鍛錬場まで行こう。あそこの木に登れるかい?」
私が尊奈門くんに言われた木に登ると、尊奈門くんは手を差し出して私が木から塀に渡るのを助けてくれた。
『わわっ。暗くて足元が見えなくて怖い』
「それなら」
ふわりと私の体が浮く。
「これで大丈夫だろ?」
尊奈門くん、今のカッコ良過ぎだよっ!!
私は真っ赤な顔になって、尊奈門くんにコクコクと頷いたのだった。
尊奈門くんに横抱きされて鍛錬場へと向かう私。
次第に金属のぶつかる音が聞こえてきた。
「高坂さん」
「尊奈門・・・と、ユキさんも一緒でしたか」
『お久しぶりです。私も横で六年生たちの様子を見てもいいですか?お邪魔にならなければ・・・』
「大丈夫。邪魔になんかなりませんよ。というか、むしろ私が邪魔者かな?」
「じ、陣左さんっ」
『???』
真っ赤になって高坂さんの名前を呼ぶ尊奈門くんに首を傾げていると―――――
「りゃああ!!」
「はああ!!」
一際大きな声が鍛錬場から聞こえてきた。
目を凝らしてみればうっすらと留三郎と文ちゃんの姿が見える。
「ふむ。あの二人、いいな」
高坂さんが顎に手を当てて頷いた。
『右が潮江文次郎、左にいるのが食満留三郎です』
「ユキ、あっちにいるのは?」
尊奈門くんが指さす先に目を凝らす。
暗い・・・暗くて見えない。
『たぶん、伊作・・善法寺伊作くん、かな?』
「彼も良さそうだね」
「そうですね」
伊作くん、ハッキリ名前答えてあげられなくてごめんよ~(これも不運の一種か・・・)だって私、忍者さんみたいに目が良くないのだもの。
私は尊奈門くんと高坂さんに問われるがままに六年生の名前を答えていく。
二人は六年生のことを「出来るじゃないか」「いいですね」と高評価の言葉で褒めていた。
自分のことじゃないのに私は鼻高々。
うちの忍たまたちは優秀なんですからちゃんと見ていってくださいね。
そう思っていると・・・
カキン
目の前で金属音。目をまん丸く開けて固まる私。
私の前で苦無か何かが弾き飛ばされたのだ。
『あ、ありがとう、尊奈門くん』
「どういたしまして。でも、ここは危ないね。苦無や手裏剣が流れてくるから、もうここを離れたほうがいいかもしれない」
『分かった。そうするね。高坂さん、尊奈門くん、六年生たちの鍛錬を見せて下さりありがとうございました』
私は二人にペコリと頭を下げる。
「いやいや。助かったのは私たちの方だよ。ユキさんがいたおかげで楽に六年生の情報を集めることが出来た」
そう高坂さんが言ってくれる。
「それからユキさん、私のことは陣左でいいですから」
周りからそう呼ばれているのだと陣左さんは言ってくれる。
『はい、ではこれからはそう呼ばせて頂きます』
私が言うと陣左さんはにこりと笑ってくれた。
「それでは尊奈門、ユキさんを送って行ってやりなさい」
「分かりました、陣左さん」
『いえいえ、そんなお手間をかけさせられません。自分で戻れますよ』
そういうが二人は首を横に振る。
「いいんですよ。暗くて危ないんですから素直に甘えてください」
「そうだよ。ユキは素人なんだから塀から降りるときに足でも捻ったら大変だ。ただでさえそそっかしいんだから・・」
『なんですと?!』
「あはは」
「ほらほら、そこ。いちゃついてないでさっさと帰れ」
「なっ、い、イチャついてなんかないですよ!」
「こっちは私だけで十分だから帰りはゆっくりでいいぞ~」
そんな楽しい会話を終え、私は陣左さんに別れを告げて元の道を戻り始めた。帰りも尊奈門くんが横抱きしてくれた。
いたれりつくせりである。ありがとう、尊奈門くん。
私は尊奈門くんに横抱きされながら学園の敷地内へと降り立った。
『あ、これ。お手数ですが出入門表にサインを頂ける?』
「出入門表?」
『私の上司が厳しくて』
尊奈門くんがサラサラと自分の名前を書き終えるのを待って、私は尊奈門くんを見た。
『ねえ、陣左さんもいいって言ってくれたからさ、少しだけ、うちの食堂でお茶飲んでいかない?』
「いいのかい?」
『もう少し落ち着いて尊奈門くんと話したいからさ。今から学園長先生に尊奈門くんを学園に入れていいか聞いてくる。だから少し待っていて』
「分かったよ」
私は学園長先生の庵へと走った。庵の明かりはまだ付いていて、学園長先生はヘムヘムに肩を揉んでもらっているところだった。
羨ましい。
『あの、学園長先生、お願いがあるのですが・・・
私の願いはOKされた。
私は喜びでぴょんぴょん跳ねるように尊奈門くんの元へと向かう。
『学園長先生がいいって言ってくれたよ』
「そうか!」
私は尊奈門くんと連れ立って食堂へと移動する。
『お茶入れるから少し待っていてね』
お茶を淹れ終えて私は尊奈門くんの前に座った。
こうしてゆっくりと話せるのは蛍の時以来だ。
情報伝達がすんなりとはいかないこの時代、私は会えた人とは出来るだけその人との時間を大切にするように心がけていた。
ずずっお茶をすすりながら尊奈門くんを見る。
何を話そう。
忍者のお仕事のこと?それとも趣味のこと?休日の過ごし方について?
そんなことを考えていると、尊奈門くんの顔が
みるみるうちに赤く染まってきた。
『尊奈門くん・・・?ほっぺ赤いよ?』
急にどうしたというのだろう?不思議に思いながら聞くと
「いや、だって、ユキがじーっと俺の顔見るからだろ」
と返事が返ってきた。
私のせいか!申し訳ない。
『ごめんごめん。何から話そうかなーって考えてて。緊張させちゃったね・・っていうか私なんかに緊張する必要なんかないのに』
「それは難しい・・・」
『へ?何か言った?』
ゴニョゴニョと言う尊奈門くんに聞き返したが、答えは返ってはこなかった。
『尊奈門くんは、いつもどんな鍛錬をしているの?タソガレドキの忍は統率が取れているって聞いたよ。先輩の忍者さんたちに混じって頑張っているのかな?』
「あぁ。自分ひとりで行う鍛錬も大事だが、諜報活動や城への侵入は団結力が物を言う。先輩たちと連携を深める鍛錬も多く行っているよ」
『尊奈門くんも含めてみんな優秀な忍者さんなんだろうね』
「お、俺はまだまだだけど、先輩は・・特に組頭はとても強いよ」
『組頭って?』
「俺たち忍者隊をまとめている人さ。名前は雑渡昆奈門。強くて人望も厚い人なんだ」
『そうなんだ。尊奈門くんはその人を尊敬しているんだね』
「あぁ!いつか組頭のようになれたらと思っているよ」
それから私たちは話題を移し、休日は何をしているか、趣味は何かとか、お互いの話をした。
夢中になって話しているうちにお茶はすっかり冷え冷え。
『新しいお茶入れ淹れ直そうか?それとも、もう時間かな?』
「ユキが良かったらもういっぱいだけお茶貰ってもいいかな?もう少し・・あの、えっと・・ユキと話したい」
なんて嬉しいことを言ってくれるんだ、尊奈門くん!
その照れ照れな様子が母性本能をくすぐります。
なんて変態ちっくなことは心の奥底へとしまっておいて厨房へと入ろうとした時、入口に仙蔵くんの姿が現れた。
「ユキか。まだ寝ていなかった・・・っ!?」
はっとしたように横を向いた仙蔵くんは流石忍者、尊奈門くんを見て反射的に武器を構えた。
一方の尊奈門くんの方は目をやや大きく見開きはしたものの、抵抗しないとでも言うように両手を軽く上げる。
「お前は誰だ。何故ここにいる」
やや緊張した仙蔵くんの声が食堂に響くのと同時に他の六年生も食堂へと入ってきた。
「仙蔵、こいつは?」
「わからん。今問い詰めているところだ」
文ちゃんの問いに仙蔵くんが答える。
「俺はただユキとお茶を飲みながらお喋りしていただけだよ。嘘だと思うならユキに聞いてみてくれ」
みんなの視線が私に向けられたので私は『そうだよ』と尊奈門くんの言葉を肯定した。
「だがコイツは部外者だろう。ここにいていいはずはない」
『ううん、留三郎。学園長先生にちゃんと許可を取っているから大丈夫』
みんなが一斉に顔を顰めて溜息を吐き出した。
またあの人は・・・というみんなの心の声が聞こえてきそうである。
「俺はタソガレドキ軍の忍、諸泉尊奈門だ。ユキとはある出来事がきっかけで知り合いになり、たびたび会っている仲だ」
尊奈門くんの自己紹介に六年生たちはまだやや顔を厳しくしながらも自分の自己紹介をした。
尊奈門くんは立ち上がり、私の横に並んだ。
そして、六年生をずーっと見渡してふっと口角を上げる。
「これは俺も油断できないな」
『ふふふ。そうでしょう!うちの六年生は強いから、いくらプロの尊奈門くんといえども油断したら負けちゃう実力を持っているんだからね!というわけで、もしうちの生徒が入社試験エントリーをしたらよろしくお願いします』
ペコリと頭を下げて顔を上げれば何故かみんな呆れ返ったような微妙な雰囲気。
『え・・・私、何か変なこと言った・・・??』
「ハハ、別に何をおかしなことは言っていないよ、ユキ」
尊奈門くんが私を見て明るく笑う。
「さて、じゃあそろそろ俺は帰ろうかな」
『お茶はいいの?』
「うん。やっぱりまた今度にするよ。睨まれながら飲むお茶は苦そうだしね」
『???』
「またね、ユキ」
尊奈門くんは私の手を握り、軽く上下にブンブンと振って食堂から出て行った。
残された私たちの間に漂う微妙な雰囲気。
『えっと・・その・・・みんな、お茶飲む?』
「ユキ!!」
『ひゃいっ』
ガンっとした音で仙蔵くんに名前を呼ばれて思わず背筋が伸びる。
「学園長が何を考えているか知らんが、よく分からないような奴を学園の中にいれるな」
キッとした目で言われるが、
『尊奈門くんはワケの分からない奴じゃないよ。とっても良い子だよ』
ここだけは譲れないと私は反論する。
ぐっと言葉を詰まらせる仙蔵くん。
「・・・。」
『・・・・。』
「・・・・・茶だ」
『へ?』
「茶を淹れてきてくれと言っているんだっ」
『わ、分かったよ~。けど、どうしてそんなに不機嫌!?』
「「「「「なんでもないっ!!」」」」」
「モソ(なんでもない)」
みんな変なの。
鍛錬で疲れて苛立っちゃっているのかしら?
私は若干不機嫌なみんなを置いて、厨房の中に入っていった。