第四章 雨降って地固まる
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4.迷惑な客
ザッザッ
私は正門の内側で昨晩の雨で落ちた葉っぱを掃除していた。
しっとりと濡れた落ち葉を箒で集めていく。
もう少しで終わるかな。そんな時だった。正門の扉がトントンと叩かれた。
「たのもーーーー」
お客さんだ。ん?しかし、「たのもう」ってどういう事だ?
誰かと果し合いでもしそうな文句に私は眉をひそめながら潜り戸の扉を開ける。
『はい。どちら様でしょう?』
正門の前には小柄で少しポッチャリ体型の腰に刀を差した男性が立っていた。
私の表情がピシリと固まる。もしやこの男性って・・・・
『もしや、花房牧之助さんでは?』
恐る恐る聞くと、その男性は二カーとした笑顔を見せて
「そうだ!この私こそ世に名が轟くピシャリ
私は扉を閉めた。
「うおおおおいっ」
外から大声が聞こえるけど開けちゃダメだ。
何故ならこの男性、花房牧之助は忍術学園のブラックリストに載っているのだ。
吉野先生、小松田さんから特に注意するようにとお達しを受けている。
「開けろ、開けろーーー!私は戸部新左ヱ門と男同士の勝負があるのだッ」
『それって戸部先生との合意があって予定ですか?』
「・・・・・も、もちろん」
嘘つけ
『開けません。お引取りを』
ピシャリと言って掃き掃除を再開させる私の耳に届く花房牧之助の苦情。
疲れたらそのうち諦めるだろうから放っておこう。
そう思って掃き掃除を続けていたのだが、急に「ぎゃああっ」と花房牧之助の声で悲鳴が上がった。
「た、助けてくれッ」
な、何事!?!?
何か熊か猪か山賊でも出たのだろうか?そう思い扉を開けたのがいけなかった。
錠を開けて潜り戸を開けた私は後悔することになる。
「へへーーん。引っ掛かったな」
『うわっ』
ドシン
思い切り手を引っ張られて外へと引き出される。そしてガシャン。
目の前で潜り戸の扉は閉められてしまった。
ど、どうしよう!
不審者を、しかもブラックリストに載っている奴を忍術学園に入れてしまった!
私は顔を青ざめさせながら辺りを見渡す。兎に角、どうにかして中に入らなければ。
私は塀沿いに走って行き、塀と近そうな木に登った。
幸い木登りは得意だ。
よし、これで後は枝を伝って塀に飛び移るだけ・・・
ちょっと失敗して痛い思いをする確率が高すぎるけど・・・。
だけど、不審者を入れた責任は取らなければならない。
私は意を決してギシギシしなる枝を伝っていく―――その時だった。
「何をやっているんですか!!!」
怒声があたりに響いた。
声がする方を見ると利吉さんが怖い顔をしてこちらへと走ってくる。
『利吉さん。お久しぶりです』
「そんな危ない場所で何をやっているのです!?」
利吉さんが私の言葉に被せるように言った。
斯く斯く然然、私はこういう理由でと利吉さんに話すが彼の目元は釣り上がったまま。
「怪我をしたらどうするんです!降りてきなさいッ」
怒られてしまう。
やっぱり無謀だったか・・・そう反省しながら木を降りきると利吉さんはホッと息を吐いた。心配させてしまったんですね、ごめんなさい。
「ユキさん、無茶はいけませんよ」
『すみません・・不審者を中に入れてしまって焦っていて・・・』
「不審者といっても花房牧之助でしょう?あいつは迷惑な奴ではありますが、生徒や忍術学園に害を及ぼすような実力など持っていません。だから、そんなに気にしなくても大丈夫です」
それよりユキさんが怪我をしてしまう方が大事ですよ。と利吉さんは心配そうな顔で私の頭を撫でてくれた。
『心配させてしまってごめんなさい、利吉さん。だけど、やっぱり気になるから早く花房牧之助を見つけないと。すみませんが中から鍵を開けて頂けますか?』
「お安い御用ですよ」
さすがはプロの忍者。利吉さんは鈎縄を出してヒュルヒュル回し、そして塀へとそれを放った。利吉さんはあっという間に塀の内側へ。まもなくしてガチャリと潜り戸は開いた。
『ありがとうございます』
「どういたしまして」
『あ、出入門表です』
「どうも」
利吉さんに出入門表を書いてもらって私は口を開く。
『私は急いで事務室へ行ってこの事を伝えに行きます。慌ただしくて申し訳ないです、利吉さん。失礼させて頂きますね』
ペコリと利吉さんに頭を下げて走り出す私。
私の背中にかかる声。
「落ち着いたら話しをしましょう、ユキさん!ここに来た理由は半分あなたに会いに来たようなものですから」
利吉さんが口に手を当ててそう叫ぶ。
もちろん!と言葉を返して再び走り出す私の頬は、嬉しくてくすぐったい気持ちで赤らんでいたのだった。
『申し訳ありません。斯く斯く然然で花房牧之助を校内に入れてしまいました!』
私は事務室の戸をスパンと開きながら吉野先生と小松田さんに報告する。
『本っ当に申し訳ありません』
地面に伏して土下座を繰り出していると、すっと私の手が上に引かれた。
「ユキちゃんったらそんな事しなくていいから!」
焦った声で言われて私は小松田さんに手を引かれて体を起き上がらせられる。
「そうですよ。危険な刺客を学園内に入れたわけではないんですから。花房牧之助のことで土下座なんてしなくてよろしい」
吉野先生もこう言ってくれた。
『ですが・・・』
ブラックリストに載っている不審者を学園内に入れてしまったのは事実。
この落とし前はつけなければならない。
『申し訳ありませんが事務の仕事をお休みして花房牧之助探しをして来ても宜しいでしょうか?』
この願いはあっさり許可された。私は花房牧之助探しに出発する。
『花房牧之助~~~~~!!』
叫びながら走っている私が向かう先はよく戸部先生が鍛錬をしている食堂裏だ。
『どこにいる!花房牧之助!!』
キキっと食堂裏にやってきて足でブレーキをかけて止まる私に鍛錬をしていた戸部先生の視線が注がれる。
「雪野くん、今なんと??」
『実は、斯く斯く然然なんです』
「・・・・え?」
通じなかった
真顔で「今なんて?どういう意味?」って顔されましたゴメンなさい。
私は花房牧之助を学園内に入れてしまったことを話す。
「花房牧之助の奴、嘘をついて許せんな」
『私の不手際のせいです』
「いや、奴は小賢しい奴だ。雪野くんの善意に漬け込んで戸を開けさせたのだ。雪野くんが憂う必要はない」
忍術学園の人はみんな優しいな。だけど、この優しさに甘えてはいけない。
もし花房牧之助がただの迷惑な奴じゃなく危険人物だったら大変なことになっていたのだ。もう二度と今日のような事はないようにと心に誓う。
『あ、そう言えば花房牧之助、戸部先生と男同士の勝負があるとか何とか言っていました』
「まったくあいつは・・・」
戸部先生が顔を歪めた時だった。
「見つけたぞ!戸部新左ヱ門っ」
花房牧之助が私たちの前に現れた。
花房牧之助を見つけた瞬間闘牛の如く走り出す私。
『どおおおりゃああっ』
私はレスリングの試合よろしく花房牧之助にタックルをした。
宙を飛ぶ私たちの体。
「ひっ。雪野くん・・・!?」
声からして後ろにいる戸部先生はドン引きの模様。しかしそんなこと気にしない。
私は不法侵入犯の捕獲に全力を出しているのだ。
『さっきは良くも騙してくれたわね!!』
「な、なんだ!?さっきの事務員か」
痛ててと頭をさすりながら上体を起こした花房牧之助を私は睨みつける。
とっととコイツをつまみ出さねば!
『さあ立ちなさい。あなたはこの学園のブラックリストに入っているの。忍術学園から出て行ってもらうわ』
「そうはいかない!私にはやらねばならぬ事があるのだ」
『やらねばならぬ事ってなによ』
「それは」
ビシッと花房牧之助が戸部先生を指差す。
「戸部新左ヱ門!今日こそお前を倒してやる!!」
花房牧之助はそう叫んだ。
「ゆらり。お前など相手にしたくないわ。さっさと帰れ、花房牧之助」
にべもなく言われた花房牧之助はムッとした顔で立ち上がったそして――――ぐい。私は花房牧之助に手を掴まれて引き寄せられた。
がっはっはっと笑う花房牧之助。
「この女がどうなってもいいのか?」
と言う彼は刀を抜いていないので全く怖くはありません。
私は思い切り花房牧之助の足を踏んづけた。
「痛ったーーーーー!!!!」
『出ていかないと今度はパンチをお見舞いするわよ!』
カッコをつけてパシンと拳を手のひらに打ち付けてみれば花房牧之助はひええぇと情けない声をあげる。
これでさっさと出ていくだろう。そう思っていたのだが、
「花房牧之助、相手になろう」
まさかのまさか。戸部先生がそう言った。
『ちょ!?戸部先生、どういう心変わりなんですか?』
訳が分からず目をバチバチ瞬かせて聞くと、戸部先生の手のひらが私の頭にポンと乗る。
「少し君に良いところを見せたくてね」
少々頬を染めて言われた意外な言葉。
きゅん、と胸が締め上げられる。
「雪野くん、合図を頼む」
戸部先生が刀を構えた。
「よし!受けて立つぞ。我が永遠のライバル、戸部新左ヱ門よ!」
「好敵手言うな」
「このこのー照れちゃって」
「(イラっ)・・・。」
『あ、合図しまーす』
一気に殺気めいた戸部先生に少々ビビリながら『始め!』と叫ぶ私。
カキン!!
白刃がぶつかる音があたりに響く。かと思いきや、勝負はあまりにも一方的だった。
やーー!と飛びかかって来た花房牧之助を右にゆらりと避ける戸部先生。
花房牧之助はあっさりとそれに引っかかり、地面に顔からズザザーと滑ってしまった。
その勢いのまま岩に頭をゴチンとぶつける花房牧之助に合掌だ。
『ありゃりゃ~勝負アリですね』
「そのようだな」
スっと刀を収める戸部先生がかっこよすぎて鼻血吹きそうです。
『花房牧之助どうしましょう?』
「ここに捨て置いたらいい」
『うーん。だけど、ちょっと気になるな・・・』
気絶して目を回してしまっている花房牧之助を放っておくのは良心が咎める。
ちょっと重そうだけど保健室に運んであげよう。
私が花房牧之助の両手を持って自分の肩に回そうとした時だった。
背中から花房牧之助の体温が消える。
後ろを向くと戸部先生が花房牧之助を横抱きしていた。
「私が運ぼう」
戸部先生優しい!そして花房牧之助羨ましいっ!
私は横抱きされている花房牧之助を羨ましく思いながら戸部先生の後をついていったのだった。
『それではお願いします、新野先生』
「はい、分かりました」
「では失礼致す」
新野先生に花房牧之助を託して私と戸部先生は保健室を辞す。
吹きさらしの廊下を並んで歩いていると、
「ユキさん」
後ろから声をかけられた。振り返れば利吉さんの姿。
「無事に花房牧之助は見つかりましたか?」
『見つかりました!でも、見つかったのですが・・・』
利吉さんに戸部先生との勝負で花房牧之助があっさり負けて気を失ったことを話す。
「本当に迷惑な男ですね」
「同意」
利吉さんと戸部先生が同時にため息を吐き出した。
「それでは雪野くん、私は鍛錬に戻るからこれで」
『あ、はい!色々とありがとうございました、戸部先生』
今日の戸部先生かっこよかったなぁ。と去りゆく後ろ姿を見送っていると視線を感じた。
『利吉さん?』
「嫉妬だなぁ」
『へ?』
「ユキさん、熱に浮かされた顔で戸部先生を見ていましたよ」
『そ、そうですか!?』
図星を刺されて頬に熱を持っていくのを感じて私は両手で自分の頬を挟む。そんな私をじとーっとした目で見る利吉さんから視線を外すと、頬をはさんでいる両手の上に利吉さんの手が重なった。
「面白くない」
『お、面白くないって言われても・・』
目の前にある利吉さんの顔。
私は恥ずかしさで耐え切れず、利吉さんの手が私の手から離れるように一歩後ろへと退いた。
ストン ストン
しかし、利吉さんは私の頬に手を添えたまま私の動きについてくる。
そして私は廊下の壁際に追い詰められてしまった。
「ユキさんに私の“良いところ”も見てもらいたい。ユキさんに今のように熱い眼差しを向けてもらえたらどんなに嬉しいか」
『利吉さん・・・』
「こんな嫉妬深い男は嫌いですか?」
『き、嫌いではないです』
ただ、緊張して頭真っ白です!
恥ずかしさで全身からぶわーと汗を噴出させているところにカーンとヘムヘムが鳴らす鐘の音が響いた。
『か、鐘です!お昼ご飯、一緒に食べましょう、利吉さん』
「うーん・・・おばちゃんの作るごはんもいいけど、私としてはこうしてユキさんと二人きりでいるのも捨てがたいのですが」
『ちょっとおおぉ!?変なキノコでも食べました!?!?』
ずいぶんとグイグイ来る利吉さんにそう叫ぶと、利吉さんは何故かぷっと吹き出して私から顔を逸らした。
「ふふ、ハハっ」
『???いきなりどうしました?』
「ごめん。ユキさんの顔が茹でダコみたいに見えてきて」
おーけー。強いプロ忍とか関係ない。やっちゃいましょう。
『覚悟!』
「うわっ」
必殺くすぐりの刑!
飛びかかるようにして利吉さんの脇に手を入れてくすぐると、バランスを崩した利吉さんは床にトンと尻餅をついた。
今がチャンスとばかりに利吉さんの脇を容赦せずにくすぐると、利吉さんの口から大きな笑い声が発せられる。
「ひっひーーや、やめてぷはっ、やめて下さい、ユキひゃん」
『私のことをからかった上に茹でダコと言った罰です。謹んで受けてください』
「うわっ、ぷはっはははは」
ゲラゲラ笑う利吉さん。私は楽しくなってきて、調子に乗ってもっとくすぐってやろうと馬乗りまではいかないが、利吉さんの体に覆いかぶさるように体を動かす。その時だった。
急にぐるんと視界が動いた。
「ハア、ハァ、ハァ」
私の目の前には呼吸を荒くした利吉さんの顔がある。
顔を真っ赤にして私を見下ろしている。
私の手は廊下の床に縫い付けられるようにして抑えられていた。
「悪戯っ娘もこれでは何もできないでしょう?」
荒い呼吸を整えながら小さく口の端を上げて、私を楽しそうな顔で見下ろす利吉さん。
私はまだ驚きで声が出なくてコクンと頷くことしか出来ない。
私が頷いたのを見て利吉さんは楽しげにフッと笑った。
「口付けしても?」
利吉さんがいきなりとんでもないことを言った。
『だ、ダメですよ!一応口付けはお付き合いしてからって決めてあるんです』
今まで不意打ちや無理矢理はあったけどね・・・と頭の中で補足したことは利吉さんに伝える必要はないだろう。
私は兎に角、利吉さんにそう訴える。
じっと私を見る利吉さん。
何を考えているのだろう?真剣な顔で見つめられて、私は胸をドキドキさせながら彼の顔を見つめ続ける。
その時そっと、利吉さんが私の顔にかかっていた髪の毛を払ってくれた。
ぴくりと反応する私の体。
「今の私、怖いかい?」
『怖くはないです。利吉さんは紳士だし』
「紳士か・・・そう言われると何も出来なくなっちゃうな」
不満そうに片頬を膨らませる利吉さんが可愛い。そう思っていた時だった。
急な浮遊感。
私は利吉さんに抱き上げられて廊下から庭へと飛んでいった。
利吉さんの腕の中からさっきいた廊下を見ると、私たちがいた場所には手裏剣と苦無と鍵縄がぶっ刺さっていた。なんじゃこりゃ!!
『も、も、も、もしやまた曲者!?』
大変だ!と思いながら叫ぶと利吉さんは溜息と一緒に首をフリフリ。
そんな彼の視線を追っていくと―――――
『仙蔵くん、三郎くん、勘右衛門くんっ!?!?』
廊下の曲がり角から現れたのはその三人を先頭にした六年生と五年生だった。
『この武器投げたのあなたたち!?』
「そうだ」
あっさり肯定した仙蔵くんの手にある手裏剣が太陽光でキラリと光った。怖っ
「どういうつもりかな?君たち」
利吉さんが私を地面に下ろしながら聞くと、三郎くんが口を開いた。
「実は学園内に不審者が侵入したという話を小松田さんから聞きましてね。それで、学園内を先輩たちと見回っていたらユキが何者かに押し倒されている現場に遭遇したんです」
にこり、と人の良い笑みを浮かべて(こんな言葉あったか?)説明する
三郎くんの言葉に納得する。
『みんなに迷惑かけてごめんね。その不審者っていうのは花房牧之助で、戸部先生と勝負した後気絶して保健室に運んであるから大丈夫だよ』
みんなにそう伝えて今一度『お騒がせしました』と頭を下げる私の肩が引っ張られて私は顔を上げさせられた。
きょとんとしながら利吉さんを見ると、謝らなくてよろしい、と言われてしまう。ん?何故?
「生徒たちは不審者が花房牧之助で既に保健室で寝込んでいることも知っていると思いますよ」
『え?じゃあ何で・・・』
「それはこちらの事情です」
ニコリと微笑む利吉さんの前で頭にハテナマークをいっぱい飛ばす私。
いったいでは何故私は攻撃されたんだ?喧嘩か?喧嘩売ってんのか!?あ゛??
頭の中がシャーー!と臨戦態勢になっていた私の耳に聞こえてきたのはゴングではなくキュルル~という情けない腹の音。
吹き出した利吉さん並びに五年生、六年生。
「食堂に行きましょうか」
利吉さんがクスクス笑いながら言う。
『はい』
私は恥ずかしさで顔を耳まで真っ赤にさせながらみんなと共に食堂へと向かったのだった。
利吉さん、五年生、六年生と楽しい昼食を取った。その後は五年生、六年生は合同演習へ、利吉さんは帰っていって私は食堂に一人残された。
事務室に行こうとした私だが、私はハタと気が付く。
花房牧之助、もう起きているかな。お腹減っていないかな?
ブラックリストに載っている迷惑な奴だけれど、お腹が減っては可哀想だ。私はおばちゃんに昼食の残りがないか聞いてみる。
「あるわよ~」
そういうわけで、私は花房牧之助用の昼食をお膳に乗せて保健室に行くことに。
『失礼します』
中から返事はなかったが戸を開けてみた。どうやら新野先生はどこかに行かれているようだ。そして、花房牧之助はと言うと・・・
「それは昼食か!?!?」
『うわあああっ』
すごい勢いで私の方へと飛んできた。
「それは私のか?私のだよな!?」
『そ、そうだよ』
ヨダレをじゅるりと飲み込む花房牧之助にお膳を手渡すと、その場に座り込んで花房牧之助は大きな声で「いただきます」のご挨拶。
なんだ、ブラックリストに載っている奴だけどちゃんと常識はあるのね。
そんなことを思いながら私は花房牧之助が食事しているのをぼーと見ている。
渡した昼食はあっという間になくなってしまった。
「ふ~~~美味かった。やっぱり忍術学園のおばちゃんの料理は日ノ本一だな」
『それには同感』
私はそう言いながら立ち上がる。
見たところ花房牧之助は元気になったようだ。
ブラックリストに載っている彼を忍術学園の外に送り出さないといけない。彼にそう告げると、
「いやだ!」
強い否定の言葉が返ってきた。
「体調も良くなったんだ。私はもう一度戸部新左ヱ門に勝負を申し込むぞ」
『戸部先生に迷惑がかかるからやめなさいよ。ズバッと言って悪いけど、実力不足だと思うよ』
ハッキリ言う私を無視して花房牧之助は何処吹く風。
さっき負けたのはお腹が減っていたからだと負け惜しみを言う。
「次こそ負けない!戸部新左ヱ門、どこだーーーー」
私の横をすり抜けて、花房牧之助は戸部先生を探しに走り出てしまった。
『あぁもうっ!!』
あいつを捕まえなくちゃ。
私は花房牧之助の後を追いかける。
ぽっちゃり体型な割に走るのが早い花房牧之助。私は食べたばかりで横腹を痛くしながら花房牧之助を追いかける。
『痛い。イタタタタタ』
食後直ぐに走ったせいで激痛が脇腹にくる。
私はその場にしゃがみこんでしまった。
ブラックリストに載っている不審者を侵入させ、さらに二回も学園内を彷徨かせることになるなんて、事務員失格だよ。
私はお腹の痛みと情けなさで半泣き状態になっていた。
無理やり体を起こして歩き出す。ポロリと零れたのは生理的な涙か、はたまた情けない自分を思っての涙か。
涙を袖でぐいっと拭って私は小走りに花房牧之助を追いかける。
そして、ようやく花房牧之助を視界に捉えた。
奴は食堂の勝手口から中を覗いていた。
空気をくんくんと嗅ぐ動作をしてから厨房へと入っていく花房牧之助。
私は足を速めた。
『花房牧之助!!』
「げっ。もう追いついたのか。お前、足速いな」
厨房に入ると、おばちゃんはおらず、花房牧之助は火にかけてある野菜の煮物をお玉ですくって食べようとしているところだった。
食事泥棒、許すまじ!
私の怒りスイッチがカチンと入る。
『表に出なさい!私と勝負よっ花房牧之助!!』
「うっわあっ」
ぐいっと花房牧之助の袖を引っ張って外へと連れ出す。
『食堂には入らせないっ。忍術学園から出て行きなさい!』
「いーやだねっ。私はその煮物が食べたいんだ!」
『私だって食べたいわよっ!』
チーーン
思わず本音を叫んでしまって白目を剥く。
ゴホンっ。仕切りなおして・・・!
『私と勝負よ、花房牧之助!私に負けたらこの忍術学園から出て行きなさい!』
そう叫ぶと、
「ならば私が勝ったらその煮物、私が貰い受けるっ」
そう叫んだ。
花房牧之助が真剣を抜いた。
え・・・・?真剣???
いやいやいやいやいやいや!!!
真剣勝負とか無理だから!私守り刀しか持ってないし、真剣勝負とか危なすぎるから!!
来ないでと両手を前に突き出してブンブン振る私は『タイム!!』と叫ぶが花房牧之助は「フハハハ」と不敵に笑いながらじりじりと私との距離を詰めてくる。
ど、どうしよう・・・!
取り敢えず守刀を出すが鞘は抜けない。
山賊や人攫いなどの悪者を相手にしているのならいざ知らず、ちょっと抜けているこの人のような人を傷つける勇気を私は持ち合わせてはいなかった。
つーっと背中に冷や汗が伝う。
目の前に突きつけられる白刃。
私が思わずぎゅっと目を瞑った時だった。
カキンっ
刃がぶつかる音が私の耳に響いた。
「雪野くん・・・!」
『戸部しぇんしぇえ~~~』
目を開けば、花房牧之助は戸部先生にやられて地面に転がって目を回していた。
若干顔色の悪い戸部先生が私の方に振り返る。
「怪我は?」
『ありません』
「顔が真っ青だ」
私は手を自分の胸に添えて気分を落ち着けながら『戸部先生も顔色悪いです』と言った。
『もしやまた空腹を起こして・・「違う、雪野くん」
思いきりため息をつかれた。
「どうしてこうなった。花房牧之助相手とはいえ真剣勝負は危険だ」
『すみません・・・』
「まあ兎に角、無事で良かったが・・・」
落ち込んで俯いてしまう。すると、ポン。大きな手が頭の上に乗っかった。
そのまま不器用に撫でられて、私は目をパチパチさせる。
顔を上げれば少し頬を染めた戸部先生と視線が交わって、戸部先生は私からスイと視線を逸らした。
「自分を大切にするように」
『はい』
「それから、困ったことがあったら私や先生方を頼りなさい。もちろん忍たまたちも喜んで君の力になるだろうから」
「では」と戸部先生は、花房牧之助を俵のように背負って私の前から去っていったのだった。
ありがとうございます、戸部先生。
私は今まであまり話したことのなかった戸部先生との距離が縮まったような気がして、花房牧之助にちょっとだけ感謝したのだった。