第四章 雨降って地固まる
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1.蛍の光
しとしとしと
外では雨がしとしとと降り、庭の紫陽花を濡らしている。
今日は休日、土曜日。
私は予定の入っていない休日を、何をするでもなく只外を眺めて過ごしていた。
頭の中に膨らむ空想を膨らませては消して遊んでいた私だが、流石にそれを二刻(一時間)も続けていれば飽きてしまった。
『さて、どうしようか』
部屋の掃除でもしようか、それとも新しいパンツとブラジャーを縫おうか。でも、どちらも気乗りしなくて、んーと大きく伸びをした
私の目に図書室で借りていた本が目に入る。
『そうだ。本を借りに行こう』
私は自分の考えにニコリと笑って借りていた本を手に取り、図書室へと向かった。
しとしとしと
吹きさらしの廊下を雨を見ながら歩き、図書室についた私は静かに戸を開ける。
『あ、長次くん』
「モソ」
『今日は長次くんが当番なんだね』
コクリと頷く長次くんの前に座る。
『返却お願いします』
長次くんに返却手続きをしてもらった私は物語の本が置いてある棚へと行った。
何を読もうかな。
源氏物語に挑戦する?・・・いやいや、あれは長すぎる。私がしたいのは軽い読書だ。
じゃあ子供向けの本にする。・・・でもそれだと物足りない。
私が『うーん、うーん』と唸っていると、
「何か探しているのか?」
長次くんが声をかけてくれた。
せっかく声をかけてくれた長次くんに、私は本選びを手伝ってもらうことに。
『物語で、あまり長い作品じゃなくて、でも、子供向けじゃない幸せな気分になる本ってあるかな?』
そう言うと、長次くんは寸の間考えた後、一冊の本を棚から選んだ。
題名は“朝顔の君”
『これはどういう話なの?』
長次くんが話してくれたあらすじによると、平安時代を舞台とした作品で、朝顔の君という女性と高彬という武士の恋物語。ふたりは
数々の試練を乗り越えて結ばれる作品だそうだ。
「ユキの好みに合えばいいが・・・」
『うん!面白そう。これを借りたいから手続きしてもらってもいい?』
「モソ」
貸出の手続きをしてくれる長次くん。
今図書室には珍しく誰もいない。私はここで本を読ませてもらう事にした。
可憐で美しい朝顔の君は自分の家より位が高い男性との縁談を父親に決められてしまう。しかし、朝顔の君は月見の宴で会った高彬に恋をしていた―――――――
ペラ ペラ
私は読んでいた本からふと顔を上げた。
居心地いいな。
静かな空間に私と長次くんが本のページをめくる音だけが響く。
静かすぎる空間は、時として緊張を生んでしまうのだが、長次くんといるとそれはなかった。
むしろ心が穏やかになって心地よい。
恋愛か・・・・
私は本のページにぼんやりと視線を落とす。
桜の木の下で私のことを好きだと言ってくれた長次くん。私は彼への返事を保留させてもらっている。というのも、私自身が自分の気持ちを良く分かっていないから。
それに――――
正直言ってしまうと怖いんだよね。
――――瀬戸くん、絶対あんたのこと好きだよ。
――――そうかな?でもさ、もしそうだとしても、瀬戸くんと私じゃ
不釣り合いっていうかなんていうか・・・
――――雪野、俺のこと好きじゃなかったのか?
――――好きです。今も好じゃあどうしてお前が選ばれたんだよッ
過去のトラウマを思い出した私は鼻に皺を寄せた。
「???」
嫌な気分を振り払うようにブンブンと頭を振っていた私は苦笑い。長次くんに見られてしまった。凄く不思議そうな顔をしている彼と視線が合っている。
「何かあったか?」
『ううん。ちょっと過去の嫌なことを思い出しちゃってさ』
「嫌なこと?」
『聞いてくれるの?あ、でも・・図書室は私語厳禁だから・・・』
「他に人はいない。ユキが話せそうなら話してくれ」
お言葉に甘えちゃおうかな。
この話、実は今まで誰にも話したことがなかった。
でも、長次くんになら話せる気がする。
私は長次くんが座っている机まで行って、ストンと座った。
『昔、こんなことがあったの・・・』
私は大学生の時に好きな人が出来た。同じ学年の男の子。私はその子と仲良くなっていつも他愛もない会話を楽しんでいた。
大学3回生。私たちは同じゼミに入った。ゼミの勉強会やイベントで
私たちは段々とお互いの距離を縮めていった。お互いがお互いを意識し始めていると感じていた。
そして4回生―――――
ある日、ゼミの先生が海外から有名な先生を招く講習会があるから、その場で研究を発表する者を募ると言った。
私ははじめ興味がなかった。だから名乗りを挙げなかった。「瀬戸くん頑張って」そんな言葉もかけたりした。
だけど、急に状況が変わることが起きた。はじめ来る予定だった教授が体調不良になったため別の教授がやってくることになったのだ。
その人は私が研究していたことをやっている人で、私はどうしてもその人から指導を受けたくなった。
急いで研究資料をまとめ、発表する内容をまとめた。
講習会の中で発表できる者はゼミの中で1名。もし私が選ばれたら瀬戸くんには悪いなという気持ちはあった。でも、私はどうしてもその先生のアドバイスを受けたかった。
『結果として、私が選ばれたの。その後はもう、最悪。瀬戸くんは私と目も合わせようとしてくれなかった』
ズルはしていない。でも、後ろめたさはあった。
―――じゃあどうしてお前が選ばれたんだよッ。俺のこと好きなんじゃなかったのか?
そう言われて、私は自分が分からなくなった。
本当にこの人が好きだったのか自信がなくなってしまった。
『話はこんな感じ・・・かな』
私は肩を竦めてふっと息を吐き出した。
「ユキは悪くない・・・」
『そうかな?』
皮肉的な声が私の口から出る。
『結局のところ、私は恋よりも自分を選んだ。嫌われるだろうと分かっていた』
私は冷徹な自分が怖い。
『自分の利益のために、恋人さえも裏切ってしまうんじゃないかって思うとね、怖くなるの』
私は、恋愛が怖い。
なんだか急に泣きそうになった私は目を閉じて俯いた。
涙が出そうになり、ゆっくりと呼吸しながら唇を噛む。
私は無意識のうちに誰かを好きにならないようにしていたのかもしれない。
だから、恋愛に関して自分の気持ちが分からないのだ。
どうしたらいいのだろう・・・?
そう考えていると、
ポン
大きくて温かな手のひらが私の頭の上に乗った。
『長次くん?』
「ユキは勘違いをしている」
『勘違い?』
長次くんは優しく微笑んで口を開く。
「あぁ、自分自身を、ユキは勘違いしている。ユキは誰かを簡単に裏切れるような人間じゃない。それを私は知っている」
『だけど・・・』
「瀬戸という者が選ばれなかったのはユキのせいではない。ユキはやりたい事を、一生懸命にやっただけではないか。どうして自分を責める必要がある?」
『長次くん・・・』
目から涙がポロリと零れた。
私はこのことで、ずっと苦しんできた。
自分自身を攻め続けてきた。
消えない罪悪感をいつも心に持ち歩いてきた。
その痛みが、長次くんの優しい言葉で消えていく。
『また、誰かを本気で好きになることが出来るだろうか?』
そう尋ねると、長次くんは優しく微笑んで頷いてくれる。
「ユキに恋してもらえるように、努力しよう」
『~~っ!?』
頬へと伸びてきた手。長次くんは私の頬に手を添えて、そしてチュッと私のおでこにくちづけをした。
真っ赤な顔になって口をパクパクする私を見て長次くんは楽しそうに微笑む。
「ちょーーーじーーーー!!」
突然鼓膜を破るような大きな声が図書室に響いた。
スパンと戸を開けて入ってきたのは小平太くんだ。
「おや!?ユキもいる。ちょうどいいって何故泣いているのだ!?!?」
私の泣き顔を見てビックリした顔をした小平太くんはキッとした顔になり、長次くんを睨みつける。
「もしや長次がユキを泣かせたのか?」
「モソモソ(違う)」
「許せん!」
「・・・。(違うって言っているのに)」
あわわわわ。小平太くんが苦無を取り出した。それを見て長次くんが縄ひょうを取り出した。
いやいやいやいや!小平太くんは置いておいてあなたは図書委員でしょうよ、長次くん!!
私は一触即発なふたりの間に割って入って待ったをかける。
『私が悩み相談をして勝手に泣いただけだから!長次くんは私の話を聞いてくれていただけだから!』
「知ってるぞ」
『は?』
「廊下で聞いていた」
『・・・聞いていたって私の長次くんへの悩み相談を?』
「おう。全部立ち聞きした」
ニシシと笑って小平太くんは手元で苦無をクルリと回し、苦無をしまった。
唖然呆然。
ってことは喧嘩吹っかけたのは演技ってことかーーいっ。
って言うか立ち聞き反対!恥ずかしいだろう!
ワナワナと震えていると、小平太くんが私の頭をワシワシと撫でる。
『ちょ、ちょっと!』
「ようやく元のユキだ」
小平太くんにそう言われて目を丸くする。
もしかして、私を元気づけようとしてくれていたのかな?
ニシシと笑う小平太くんの笑顔が眩しくて、私は目を細めたのだった。
「ところで小平太。何か用事か?」
縄ひょうをしまいながら長次くんが聞く。
「そうだ!ユキを蛍狩りに誘おうと思って探していたんだ」
『蛍狩り?』
「うん。どうだ?今晩予定がなかったら一緒にいかないか?」
蛍狩り。きっと素敵だろうな!でも・・・
『外は雨だよ』
「いや、この雨は夕方までにはあがる」
小平太くんは自信満々に言った。野生の勘だろうか。それとも忍者の知識として天候を読み取れるのだろうか?どちらにしても、晴れるなら断る理由はない。
『蛍狩りに行きたい!連れて行って、小平太くん』
「よし!」
「モソモソ(私も行っていいか?)」
「えーーーヤダ!今回はユキと二人で逢引を楽しみたいんだ!」
ぎゅっと私を背後から抱きしめる小平太くんだが、一瞬でそのぬくもりは遠ざかった。
背中に走る風。
私の口から声にならない悲鳴が漏れる。
「小平太。抜けがけとは許せんな」
天井を見上げれば仙蔵くん。
私の背中スレスレに手裏剣投げやがってコンニャロウっ。
てか、いつからそこにいたんだ!
という私の心の声が仙蔵くんに通じたらしい。仙蔵くんから「ユキが悩み相談を始めてからだ」という答えが返ってきた。
『立ち聞き反対!』
「悪ぃ悪ぃ。出て行くタイミングを見誤ってな」
仙蔵くんの隣から顔が出てきた。留三郎と文ちゃんだ。
私はガクリとうなだれる。なんかもう、いいや、ハハ・・・
『て言うか三人とも天井裏で何していたの?』
「ユキの尾行だ」
雨で暇だったから、と文ちゃんが言う。
暇なら勉強せいっ勉強を!
「蛍狩り楽しみだな。小平太、場所はどこにあるんだ?」
「西の裏山を越えたところに蛍が多く集まる場所があるんだ」
留三郎の問いに小平太くんが答える。
『せっかくみんなで行くんだから伊作くんも誘おう』
「そうだな。では、伊作には私から言っておこう」
にこっと笑って小平太くんが自分の胸を叩く。
『蛍楽しみだな~』
私は夜に備えて体力を温存しておくために部屋に戻ってゆっくり休むことにした。
そして迎えた夜。
私は歩きやすいように袴に着替えて待ち合わせ場所である正門に来ていた。
『さすが野生児小平太くん。すっかり雨止んでいるよ』
頭上を見上げれば満天の星が輝いている。
雲一つない。
「ユキちゃーん」
『伊作くん!・・・・あ』
わーい。と手を振りながらこちらへと走ってきた伊作くんが消えた。
喜八郎くんの穴に落ちたのだ。毎度毎度裏切らない展開である。
『大丈夫?』
「ど、どうにか」
『今日の裏山はぬかるんでいるから余計に気をつけて歩いてね』
ぐいっと伊作くんが穴から出るのを手伝いながら言う。
「おいおい伊作、また穴に落ちたのか?」
呆れた声が聞こえて横を見れば留三郎がいた。その後ろにはみんなの姿もある。
「全員集合だな。よし、行こう!」
私たちは外出届けを小松田さんに提出して蛍狩りへと出発した。
「ユキ」
『ん?』
「暗いし足元もぬかるんでいる。手を繋いでやるから手を貸せ」
私が答える前に仙蔵くんは私の手をサッと取った。
『あ、ありがとう!』
「フッ。いつもそのくらい素直でいろ」
「「「「「(((((仙蔵に先を越されたか・・・)))))」」」」」
小平太くんを先頭に、私たちは西の裏山へと入っていく。
昼間に雨が降ったせいで足元は大分ぬかるんでいた。忍者じゃない私は一苦労。何度も足を滑らせて仙蔵くんに助けられている。
「急がなくていい。足を踏みしめながら歩いていけ」
『うん。分かったってうおっと!』
「ユキ、危ねぇ!」
べちゃっと顔に衝撃が来るのを予想していたが、予想に反して顔に当たった感触は柔らかかった。
「大丈夫か?」
『ありがとう、留三郎』
ドキっ
私は顔を上げて息を飲んだ。留三郎の顔が、キスしそうなほど近くにあったからだ。
「わ、悪ぃ」
『う、ううん。助けてくれてありがとう、留三郎』
照れ照れしていたら急に手がぐいと引かれた。顔を反対に向ければイラっとした顔をしている仙蔵くん。
「面白くないな」
仙蔵くんが私の手を離して焙烙火矢を取り出した。げっ。嫌な予感。
「邪魔者は消してしまったほうがよさそうだ」
仙蔵くんが悪役のようなセリフを吐いた。
「お、やるのか!?」
急にキラキラしだす六年生たちの面々。
「いけいけどんどーーん」
「ギンギンに勝負だっ」
戦いが勃発した。
その後は予想通り。
私をボールのようにポンポンと投げながら戦いに没頭する六年生を殴ってもいいですか殴ってもいいですよね。
『ひえ~~目が回る~~』
私はこうして目的地である川の辺近くまで運ばれたのだった・・・
「ユキちゃん大丈夫かい?」
『ど、どうにかね』
お前ら反省しろ。
私は自然にできた広場にあった岩に腰掛けて、伊作くんから酔い止めに効く漢方薬を処方されて飲んでいた。
『小平太くん、目的地はもうすぐなの?』
少し気分が良くなったので小平太くんに聞くと、
「あぁ。そこの茂みを抜けたらすぐだ」
と茂みの先を指さした。
そう聞くと元気が出てきた。私は漢方薬を一気に飲んで立ち上がる。
『伊作くん、ありがとう。みんなもお待たせ』
私たちは再び歩き出す。
再び仙蔵くんと手を繋いで。歩きにくい茂みの道は、みんなが先に歩いて馴らしてくれるので歩きやすい。
そして、茂みを抜けたその先。
『うわ~~~~!!』
思わず感嘆の声が漏れる。
美しく、幻想的な風景。
数え切れないほどの蛍が宙を飛び、ささやかな淡い光を放っている。
黄色にも緑にも見える蛍の光がそこかしこで光を放つ。
私は感想を言うのも忘れて蛍に魅入っていた。
「気に入ってくれたようだな、ユキ!」
『うん!凄く素敵なところだね』
「私も鍛錬をしている最中に見つけて、魅入ってしまったんだ。どうしてもこの景色をユキにも見せたいと思っていたから、こうして一緒に来られて良かった」
小平太くんがニコリと笑う。
「おーい。下まで降りてみようぜ」
いつの間にか川のぎりぎりまで降りていた留三郎が私たちを呼ぶ。
『足が滑りそうで怖いな・・・』
そう呟いているとふわりと浮遊感。
「運んでやる。しっかり捕まっていろ」
『ありがとう、文ちゃん』
私は文ちゃんに横抱きされて岩から岩へと飛び移り、川に一番近い岩場まで連れてきてもらった。
さらさらと優しげな川のせせらぎと虫の楽しげな声が混ざり私たちの耳を楽しませてくれる。
私はみんなと一緒に岩に腰掛けた。
ふわりふわり
じっとしていると、蛍が私たちの方へと飛んでくる。
『あっ』
ふわりと蛍が飛んできたのは長次くんのところ。
『ふふ、動かないでね、長次くん』
長次くんのところへやってきた蛍はふわりと長次くんの肩に止まった。
ポゥ、ポゥと光り、消える、蛍の光は幻想的で何とも言えない。
『綺麗だね』
「モソ」
『こっちにもおいでよ』
慎重に、ゆっくりと長次くんの肩に止まっている蛍に手を差し出せば、蛍はふわっと飛んで私の掌の上に乗った。
みんなが私の手のひらを覗き込む。
近くの蛍、遠くの蛍、どちらも美しい。
私たちは暫し何も話さずに、幻想的な雰囲気を楽しんだ。
「そろそろ帰ったほうがいいな」
小一時間後。
仙蔵くんの声を合図にみんな立ち上がって固まっていた体をほぐす。
『小平太くん、素敵な場所に連れてきてくれてありがとう』
タタっと小平太くんに近づいてそう言うと、蛍の光とはまた違った明るさの笑顔で「私も楽しかった」と言ってくれた。
みんなの手を借りながら、私は忍術学園へと帰る。
『みんなおやすみ』
お休みの挨拶を交わし、私は自室へと帰る。
すると、その道すがら、吹きさらしの廊下を歩いていた私は足を止めた。
しとしとしと
雨が降ってきたのだ。
明日も雨かな。そんな事を思っていた時だった。
「ユキ」
ん?今、何か聞こえた?
私はキョロキョロと辺りを見渡す。
「ユキ、こっちこっち」
声がした方は外からだった。私は暗い闇夜に目を凝らしながら塀の方へと近づいていく。
暗闇の中に徐々に見えてきた姿は・・・
『尊奈門くん!』
尊奈門くんが片手を上げてニコリと笑った。
『こんな遅くにいったいどうしたの?もしかして任務?』
「いや、そうじゃないんだ。実は、ユキにこれを届けようと思ってさ」
尊奈門くんが塀の上にジャーンと言いながら乗せたのは、虫籠だった。
『うわあっ』
虫かごの中から漏れる光。蛍だ!
「良かったらもらってくれ」
『いいの?ありがとう。というかさ・・・』
「ん?」
『少し上がっていかない?』
そう言うと、尊奈門くんは見る見る顔を赤くしてしまった。
『ち、違うよ!何もやらしい事は考えていないから安心して!』
慌てていったら噴出された。
「ハハ、それは安心だ。でも、本当に上がっちゃっていいのかい?タソガレドキ城は忍術学園の友好城というわけでもないし・・・」
『そっか。それは困ったな・・・勝手に上げちゃったら怒られるかも』
うーんと考えていた私はピコンと閃いた。
この近くに、使われていない掘っ立て小屋がある。
「そこに移動しよう。雨も降ってきたしね」
私は尊奈門くんの手を借りながら塀を登って外へと出た。
ザクザク草を踏んで十分くらい進んだところの掘っ立て小屋に入る。
『少し濡れたね』
尊奈門くんの衣についた水滴をシュッシュと手ぬぐいでぬぐい去る。
掘っ立て小屋の中は土がむき出しの地面で、ただ屋根があるような小屋だったが、それでもホタル鑑賞をする程度なら十分だ。
ちょうどゴザがあったので、私たちはそれを敷いて寝っころがり、頬杖をついて蛍の入った籠を覗き込む。
『綺麗だね』
「うん」
何故か二人とも小声になっていたことに気がついて、二人でふっと微笑み合う。
『こんなにたくさん。捕るの苦労したでしょ』
「そんなことないさ。一応俺もタソガレドキの忍者だからな。このくらい訳ない」
『長次くんから聞いたけど、タソガレドキの忍者隊ってみんな優秀なんでしょ?すごいよね、尊奈門くん』
「~~っ!お、俺はそんなことないよ。だけど、他の先輩方はみんな強いかな」
久しぶりに会った私たちはどちらもお互いの事を知りたくて、沢山のことを質問して、答えた。
「ユキって異界からやってきたのか!?」
『信じてくれる?』
「それは信じるよ、もちろん。ユキの言葉だからな」
『ありがとう、尊奈門くん』
尊奈門くんは私が異世界から来たことに驚いていたけれど、私のことを信じると言ってくれた。私は嬉しくなりながら、今の生活や前いた場所のことを尊奈門くんに話す。
蛍の淡い光を見ながらのお話は、だんだんと睡魔を呼び寄せていき――――
チュンチュンチュン
目が覚めれば自室だった。
枕元には虫かごが置いてある。
『ん・・手紙だ・・・』
ペラリと折りたたまれた紙を開くと、途中で私が眠ってしまったから部屋まで送り届けました。と書いてあった。
申し訳ない。昨日は寝てしまったのか・・・
だけど、昨日は楽しい一日だったな―――――
私は虫かごを目の高さまで上げて中の蛍を覗く。
Should auld acquaintance be forgot,
And never brought to mind?
六年生と蛍を見たのも、尊奈門くんと見たのも、どちらも楽しかったな。
私はスコットランドの民謡を歌いながら、蛍に微笑みかけたのだった。