第三章番外編
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目に見えぬもの
危険と隣り合わせ、死と隣り合わせなのが忍の職業。
だから私は、配偶者など必要ない。もっというと配偶者などいても邪魔になるだけだと考えていた。
家族を使って脅し、動揺を誘うやり方は昔からある。私も人間だ。
任務中に家族を人質に取られた時には、任務を放り出して家族のもとへと走ることはないと思うが、少なからずは動揺すると思う。
独り身ならば身は軽い。自分の心配さえしていればいいのだ。
家に残す家族を案ずる必要もなければ、私の帰りが遅いと家族を心配させる必要もない。
妻を持つなど鬱陶しいだけだ。私は今までそう思っていた。
仕事人間だった私は、この考えは一生変わらないものだと思っていた。
思っていた・・・
ーーーーそれなのに・・・
小松田くんから受け取った出入門表に記入していた私は、私の名を呼ぶ明るい声に顔をあげた。
『利吉さーーーん!』
「ユキさん」
『久しぶりですね。お変わりないですか?』
走ってきたユキさんは呼吸を落ち着かせようと自分の胸に手を当てながら私に聞いた。
「うん。変わりないよ。ありがとう。ユキさんも元気そうだね」
『はい!元気モリモリですよ』
そう言ってニコッと笑う彼女の笑顔がかわいくて、私は顔が赤くなるのを感じ、「ところで」と話題をかえて自分の気を反らすことにした。
「父上は今お部屋かな?」
『いいえ。実は、補講の生徒を鍛練場で教えているところです』
「そっか。それでは父上に会うのはそれからだな」
『それまで一緒にお茶でもいかがですか?』
「嬉しいよ。ありがとう」
食堂へと向かった私たち。
私は、食堂の椅子に座って厨房に立つユキさんを見つめていた。
ユキさんと夫婦になったらこんな感じなんだろうか?
任務がなくて家にいる日は、こうしてゆったりとした時間を二人で過ごす・・・
『お待たせしました。どうぞ』
「ありがとう」
トンと目の前に置かれたお茶を一口のみ、私はお茶の水面からユキさんに視線を移す。
優しげな笑みを口元に浮かべるユキさん。
この人に出会ったことで、私の結婚に対する価値観はガラリと変わった。
お茶を飲みながら考える。
あなたは私の帰りが遅いとき、心配してくれますか?
あなたと結婚したら、私は愛しいあなたを独りで家に置いて、任務に出られるだろうか?
私は、ユキさんを人質に取られても任務を遂行出来るだろうかーーーー
私は忍の三禁をおかしかけているのかもしれない・・・
『利吉さん?』
ユキさんの声にハッと我に返って私は顔をあげた。
心配そうにユキさんが私の顔を覗きこむ。
『体調がお悪いのでは?』
「いいえ!そんなことは!」
『本当ですか?』
慌てて両手を振る私に心配そうな顔を向けるユキさん。
「おや利吉じゃないか」
心配そうに私を見るユキさんに大丈夫ですよと言っていると父上が食堂へとやってきた。
「来ていたのか」
「はい。生徒の補修をしていると聞いていたのでここで待っていました」
「そうかそうか」
「あっ。利吉さんだー」
「ユキさんとお茶飲んでる~。おやつ余ってませんか(じゅるじゅる)」
「利吉さんまた山田先生に家に帰るよう催促にきたんすか?」
いつの間にかやって来た乱きりしんが私たちが座っている机を囲む。
どうやら補修を受けていたのはこの三人だったようだ。やれやれ。
「お前たち泥だらけで食堂に入っちゃいかんぞ。風呂にいって体を洗ってきなさい」
「僕たち、それでユキさんを誘いにきたんです」
「えっ!?ユキさんを?!」
ブンとユキさんを見ると『二年生まではいいと思って』と肩をすくめて言った。
羨ましい・・・って何を考えているんだ私は!ユキさんと温泉に入ってしっぽりしているのを想像して私は空に浮かんだ妄想を手でバタバタと消す。
『利吉さん?』
「い、いえ。何でもないです、なんでも!」
はてなマークを浮かべたユキさんに顔を覗かれて私はブンブンと顔を横に振る。
今日の私は変に思われているだろうなあ。はあぁ。
「ユキさん、お風呂行こう」
しんべヱに手を引かれてユキさんが立ち上がる。
『うん!それでは利吉さん、ごゆっくり』
ユキさんと乱きりしんの賑やかな話し声が遠ざかっていく。
あぁ・・・行っちゃった・・・
「父の顔を見て溜め息なんて失礼なんじゃあないか?利吉」
気がつくといつの間にか対面に腰かけていた父上が苦笑いを浮かべながらこちらを見ていた。
「何か悩みごとか?」
今私が溜め息をついたのはユキさんと今日はもう会えないだろう、そして次に会えるのはいつになるだろうかという寂しさからだが、私は、ふとここで悩みを思い出した。
せっかく聞いてくれたのだ。父上に質問してみようと考える。
私が聞きたいのは今日忍術学園に来たときに考えていたこと。
「父上は心配になったことはありませんか?」
「ん?」
「一人家においている母上が敵の忍に襲われやしないか、とか。そういったことを・・・」
そう言うと、父上は少し驚いた顔をした後、
私の顔をじーっと見始めた。
「な、なんですか?人の顔をじーっと見て。そんなに変な質問でした?」
「いやいや。変ではないさ。ただ、仕事人間の利吉がそんな質問をしてくるのは意外でな。ハッ!?もしや利吉、どこかに良い人が出来たのか!?」
自分の考えに目をキラキラさせる父上。
「どこのお嬢さんなんだ!?是非ともお会いしたいっ」
「気が早いですよ!私はまだどなたとも付き合ってはおりません。それより父上、私の問いには答えて下さらないんですか?」
キラキラした顔から一転してしょんぼりした顔になる父上に苦笑しながら聞く。
ふうーっ。やっと話を元に戻すことが出来た。
「そうだなあ」
暫く真面目な顔で考えていた父上。
口を開いた父上は、心配していないと言えば嘘になると言った。
「やはり、そうですよね」
「家族だからな。心配していないとは言えないさ。それに、心配と言っちゃあ私らよりも、母さんの方がよっぽど私らのことを心配していると思うぞ」
「あ、そうですね・・確かに・・・」
「そう。私らは忍。いつ殺られるか分からない世界に生きている。そんな不安を母さんは持っている。でも、いつも母さんは笑顔で私を送り出してくれたんだ」
昔を懐かしむように父上が目を細くする。
私の方も昔のことを思い出していた。まだ戦忍として父上が働いていた時、仕事に出ていく父上を、母上はいつも笑顔で送り出していた。
その表情には不安の色はなく、その母上の顔を見て、私も父上は必ず帰ってくるのだと、何の根拠もないのにそう思っていたものだ。
「母上は私たちを送り出す時、何を思っているのでしょうか?」
元くノ一だった母上。忍の厳しさを分かっているはずだ。
それなのに、どうしてあのように穏やかな表情が出来ていたのか・・・
「女性は強いんだよ、利吉。そして女性とは神秘なものだ。一度母さんに聞いたことがある。いつも気持ちよく送り出してくれて嬉しいよ。でも、どうしてそんなにどっしり構えていられるんだい?不安はないのかいってね。そしたら、母さんは何て答えたと思う?」
「ううむ・・見当がつきません」
「母さんはこう言ったんだ。分かるんです。絶対に大丈夫だって。帰ってくるって私には分かるんですって。女の勘らしい」
「勘、ですか・・・?」
「そう、勘だ」
キョトンとする私の前で父上は楽しそうに笑った。
「勘だなんて、またあやふやな・・・」
「いや、そうでもないぞ。私も感じることがある。母さんはきっと元気にやっているって、ふと思うことがあるんだ」
私は父上までそんなことを言う事に面食らった。
驚いて目を瞬く私の前で父上は口を開く。
「夫婦になるとな、絆があるのか、何となくそんなことが分かるんだよ、利吉」
そう言ったあと、父上は照れたのか「私もお茶でも飲むかな」と厨房へと入っていった。
いつか、私にもその感覚が分かる日が来るのだろうか?
「ところで、利吉。お前の意中のお嬢さんはどんな人なんだ?くノ一か?それとも・・・」
「大変!たいへーーーんっ」
父上の声を遮って、乱太郎が食堂へと入ってきた。
「どうしたんだい?そんなに慌てて」
「大変なんですっ。ユキさんがお風呂でのぼせちゃって!」
「なんだって!?」
「水!早くお水を持っていかなきゃ!」
ユキさんがのぼせてしまった!?転倒して頭など打っていないだろうか?
大人が行ったほうがいいか。いやでも、服を着ていなかったら申し訳ないし、いや、そんなことを言っている場合じゃないよな。体を冷やすために水は桶に入れて持って行って、手ぬぐいで脇や首を冷やして、それから・・・
桶に水を入れて大慌てで食堂を出ていく利吉。
その様子を目を丸くして見ていた山田伝蔵は呟く。
「ま、まさか、利吉の想い人って雪野くんなのか!?なんて変わったチョイスを!いや、雪野くんは良い子だが・・・」
忍術学園では色々とやらかしている雪野ユキ。
一風変わった息子の好みに、山田伝蔵は厨房で一人ううむと唸っていたのだった。