第三章番外編
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眩しい光
三章一話
「ユキさん一緒にごはん食べよ~」
『うん!一緒に食べよう』
「「「「「わ~~~ぃ」」」」
私は無邪気に昼食の同席を誘う自分が担任しているろ組の良い子たちを見ていた。
あの子達みたいに自分もユキさんを誘えたらどんなにいいだろうか。食堂の隅で、そう考える。
私は事務員の雪野ユキさんに恋している。
恥ずかしながら、思春期以来の恋心にどう動いたらいいか分からず、私は悶々とした日々を過ごしていた。
せめて、二人きりで話せる時間が欲しいですね。
そう考えていたある日のことだった。
『兵太夫くん!各委員会に春誕生日会でのお手伝いについて話があるんだ。作法委員さんにもお話に行きたいから今日の委員会どこでやるか教えてくれるかな?』
「今日は生首フィギアの確認をするから地下倉庫に行く予定です」
『地下倉庫か。怖いな~』
「ふふ。ユキさんが来たらみんなで驚かせてあげるね」
『え~~~~』
これはいいことを聞きました。
少し策略を巡らせていただきましょう。
私はユキさんと別れてこちらへと来た兵太夫くんに今日の委員会は作法室で新しい生首フィギアの制作をするように伝えた。もちろん、ユキさんには私から場所が変更になったと伝えるからと付け加えるのを忘れずに。
「分かりました、斜堂先生。先輩たちには僕から言っておきます」
すみません、兵太夫くん。それに作法委員のみんなも。
ですが、こうでもしないとなかなかユキさんと話すことが出来ないんです。
明るく、人気者のユキさんの周りにはいつも誰かがいる。
二人きりで話す機会が得られたのは、私がユキさんへ恋したあの日、あの時、暖かな春の日に一緒に日陰ぼっこした日くらいだった。
放課後が近づくにつれて高鳴っていく私の心臓。
10代の若者のような胸の高鳴りに私は年甲斐もないと自分自身を自嘲する。
カーーーーン
放課後の鐘をヘムヘムが鳴らし、私は暗い地下倉庫へと降りていく。
松明の明かりの中に不気味に生首フィギアが浮かび上がる。
自分の都合で予定変更をしてしまったのですから、生首フィギアの確認は私がしておきましょう。
そう思って松明を壁に立てかけた時だった。
ギギギという音と共に掲げていた松明の火が消えた。
火が消えたのは私がいる地下へと続く跳ね上げ扉が開けられて、強い風が流れ込んできたせいだ。
跳ね上げ扉を開けたのはユキさんだろう。
彼女が来る前に松明に火をつけ直さなくては。そう思って火打石を合わせようとしていた私は動作を止める。目の前に蛍のような摩訶不思議な光が現れた。
その光源を持っている、いや、口にくわえているのはユキさんだった。
あれはユキさんの世界のからくりでしょうか?
そう考えている間に、ユキさんは階段を下りきって地面に足を付いた。
『事務員の雪野 ユキ です。作法委員さんいますかーー??』
ユキさんが叫んだ。
さて、どうやって声をかけましょうか・・・
驚かせてしまっては申し訳ない。
肩を叩いて――――は、きっと驚かせてしまうから却下だ。
出来るだけ穏やかな声を出すように努めて話しかければいい。
あ・・・でも『真っ暗な中で何をしていたのですか?』と聞かれたら何と答えたらいいでしょう?
怪しまれて、不気味がられたら嫌ですね。
私がそんなことを考えている間にも、ユキさんがズンズンとこちらへ向かってくる。そして、私の前でピタリと立ち止まった。
あれ?もしや私に気がついていたのですか・・・?
それなら良かった。と思う私だったがこれは勘違いだった。
『こ、怖いものとは向き合うべし』と言ったユキさんはどうやら一寸前にいる私の存在に気づいていない様子。
ユキさんの持つ光が、ゆるゆると私の体を下から上に照らしていく。
そして――――――――
『キャアァァ斜堂先生イイィィ!!』
カタンとユキさんが持っていたカラクリ松明が地面に落ちて音を鳴らす。
続いてドタドタっと逃げていく音が聞こえた。が、その音は十数歩先でバタンという音と共に途絶えた。
名前を絶叫されてしまいました・・・
自分がお化け屋敷のお化けになったようで胸が少々切ない。
「・・・雪野さん・・大丈夫ですか・・?」
怪我などはしていないでしょうか?
暗い闇に目を凝らしてユキさんのシルエットを探していると・・・
『一年ろ組教科担当の斜堂影麿先生っ』
「!?」
とんっと体に衝撃が来た。途端に、私の顔は熱くなる。
首に回された両腕。
ユキさんに急に抱きつかれた私は目を大きく開いて固まるしかない。
耳の奥で響く鼓動。
「雪野、さん・・苦し・・」
『あ、すみません。斜堂先生にお会いできた嬉しさでつい』
「~~~っ!」
先程から心拍数が上がりっぱなしだ。
嬉しいのは私の方です。
「・・・灯りを灯しますね」
まだ頬の熱が引いていかないのを感じながら火打石をこすり合わせる。
シュッ
松明の光が地下倉庫を一気に明るくする。
急な光が眩しいのか手で松明の光を目から守るユキさん。
その姿を見ていた私は、反射的に彼女の手を取っていた。
『斜堂先生?』
「・・・血が出ています」
私のせいだ・・・
『あらら、ホントだ』
「・・・私のせいですね」
私のせいだ・・・・
急いで治療しなくては。跡が残ったら大事だ。
私は火の始末をし、ユキさんに背を向けてしゃがみこむ。
「・・・外に出て治療しましょう。背中におぶさって下さい・・」
『ふぇ!?』
驚いた声を上げたまま動こうとしない彼女の手を引き、自分の肩に手を乗せ、私はユキさんをおぶった。
チラと見ただけだが顔にも傷があるようだった。
私なんかのせいで・・・
早く明るいところへ!
「梯子を登るのでしっかり掴まっていて下さい」
『え!?梯子!?重いからやめた方がいいです。自分で登ります!斜堂先生が梯子から落ちちゃったら大変ですから』
ユキさんが私の背中をバンバンと叩く。
「私も、忍者ですよ・・あなたの体重くらいなんてことありません・・」
『ありがとう、ございます』
「・・・いいえ・・・」
ピタリと静かになったユキさん。
私は、ユキさんを背に乗せて、地下から出る階段を登っていった。
『うおおぁ眩しいっ。溶けてしまう!』
倉庫を出るとユキさんが叫んだ。
「それは・・ええと・・・?」
『これは・・ええと・・・吸血鬼ドラキュラの真似です』
「そうでしたか・・・ハハ、おもしろいです」
良くわかりませんがユキさんの世界の冗談なのでしょう。
取り敢えず笑っておきましょう。と思ったら、
『!?斜堂先生、気使わなくて大丈夫ですッ』
と、恥ずかしげな声が頭上から降っていきた。
困ったような、恥ずかしいような、そんなユキさんの顔を想像して私は少しおかしくなって聞こえないように小さくクスリと笑う。
ユキさんは本当に賑やかな方です。
しかし、ユキさんを岩の上に座らせた私の顔からは笑みが消えた。
『ありゃりゃ。傷ついちゃってる』
あちこちに出来た擦り傷。
「おでこにも傷が・・・」
私が一番心を痛めたのは顔にできた傷だった。
女性の顔に私はなんということを!
『顔から転んだみたいで』
手を後頭部に持っていきながら苦笑いしているユキさんを見ながら立ち上がる。
「水を汲んできます・・座っていて下さい・・・」
私の声は震えていた。
大事な人を私が傷つけてしまった罪悪感に浸りながら井戸まで走る。
走りながら、私は思った。土倉で闇の中からいきなり現れて、挙句に怪我をさせて、私のことを嫌いになったでしょうね。
胸が砂利でも入ったように重くなりながら私はユキさんがいる場所へと戻った。
今度は驚かせないように気をつけながら声をかける。
「・・お待たせしました」
『ありがとうございます!』
私は目を瞬いた。
ユキさんは私の予想に反して笑顔だった。
そんな彼女の反応を不思議に思いながら手拭いを出し、水に浸して傷口にそっと当てる。
『痛いです。うぅ』
「しっかり薬を塗らないと痕が残りますから・・・」
申し訳なさでいっぱいになりながらユキさんの傷口に軟膏を塗っていく。
「終わりました・・念のため新野先生にも診てもらって下さいね・・・」
『はいっ。ありがとうございます』
ユキさんは太陽のような明るい笑顔でニコリと笑う。
私はしょうもない奴だ。怪我をさせた張本人なのに、早く医務室にユキさんを連れて行かなければならないのに、ユキさんを
離したくないと思ってしまった。
何故土倉に来たのかとユキさんに聞く。
私が仕組んだことをいけしゃあしゃあと。
私がユキさんに無駄足を踏ませたことを謝っていると、ユキさんは手を自分の前でブンブンと振った。
『いえいえ。お気になさらずに!地下倉庫は入ったことなかったから一度入ってみたいと思っていたんです。それに私の知らない斜堂先生も発見できたので全然無駄足なんかじゃないですよ』
「は・・・?雪野さんの知らない私、ですか?」
私は意外な言葉に目を瞬いた。
『斜堂先生って意外と強引な面もあったんですね。おんぶされた時はビックリしました』
「あれは血が出てるのを見て・・動揺して咄嗟に・・・不快な思いをさせてしまいましたね」
改めて罪悪感がこみ上げてくる。
私は自分の軽率な行動を謝る。
すると、ユキさんは突然ぐわっと、私の方に身を乗り出してきた。
驚いた私の体がビクッとなる。
『不快だなんて一寸も思っていませんっ。私は嬉しかったんですよ!』
固まる私にユキさんは続ける。
『息切れもせずに私の阿呆ほど重い体重を運んで下さる斜堂先生の勇姿、一生忘れません。カッコよ良かったっス』
そう言って親指を突き上げた。パチンとウインクする姿は清々しくて、本当に、心の底からそう思ってくれているようだった。
あなたはなんて優しい人なんでしょう。
あなたはなんて素敵な人なんでしょう。
あなたの一挙一動に、私は惹かれていくのだったーーーー
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「ユキさんっ一緒にごはん食べよ~」
『うん!一緒に食べよう』
「「「「「わ~~~い」」」」
私は無邪気に昼食の同席を誘う自分が担任しているろ組の良い子たちを見ていた。
あの日以来、私は彼女への引け目からユキさんに増々話しかけづらくなっていた。
仕方ないですよね・・・。
でも、こうして見ているだけでも十分です。
彼女の太陽のような笑顔は遠くから見てもキラキラと輝いているのだから。
そう思いながら食堂のおばちゃんにA定食をもらって食堂の隅へと行こうとした時だった。
『斜堂先生~~~』
明るい声が私を呼んだ。
『良かったら一緒に食べませんか?お話したいです!』
ブンブンと音が鳴るような勢いでユキさんが私に手を振ってくれる。
「はいっ・・・」
私は歩き出す。あなたの元へ。
そして思う。もっと私からあなたの方へと歩み寄りたいと。
だってあなたは真っ直ぐな心と行動で、私に近づいて来てくれるのだから。
さて、次はどのようにしてお近づきになりましょう・・・・
私は、羨ましそうな瞳をあちこちから向けられるのを感じながら、頭の中で計略を練ったのだった。