第三章 可愛い子には楽をさせよ
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22.囮捜査 後編
「落ち着いてきたかい?」
『うん。ありがとう、兵ちゃん』
兵ちゃんに胸を借りてひとしきり泣いた私が顔をあげると、心配そうに私を見つめる彼の瞳と視線が交わった。
ショックなことがあったけど、心はだいぶ落ち着いてきていた。
落ち着いては来ていたのだが、まだ体が震え、心細かったため、私は兵ちゃんの手をぎゅっと握ったまま辺りを見渡す。
「あの」
ある女の子と視線が交わった。
さきほど男たちに連れていかれそうになった少女だ。
「あの・・・ありがとうございます。さっきは私の代わりにあいつらのもとに行って下さって」
「本当にありがとうございます。お怪我はありませんでしたか?」
弟分に連れ去られそうになった少女も私のもとへと来てくれた。
気遣わしげに私を見る少女たち。私は二人に大丈夫だと言うようにニコリと微笑んで見せる。
『心配してくれてありがとう。でも、怪我もなく大丈夫だったよ。タイミング良く兵ちゃんも来てくれたしね』
私に視線を向けられて兵ちゃんが少女たちににこりと微笑みかける。
「私は兵子。ユキの友人。実はね、私たちはあなたたちを救出するためにクロカワのお殿様から雇われたものなの」
「えっ!?と言うことはもしかして兵ちゃんさんとユキさんはくの一なんですか?」
「ユキちゃんは違うけど私はそうよ。だからみんな、安心してちょうだい。でも、助かるために私たちの指示にちゃんと従ってね」
暗い土蔵の雰囲気が一気に明るくなった。
「これから私たちは作戦を練るわ。みんなはこれから逃げるのに備えて体力を蓄えておいて」
兵ちゃんに言われて皆一様に明るい表情になりながら横になったりして体を休め始めた。
『兵助くん、本当に助けに来てくれてありがとう』
「ユキちゃんがあんな目に会う前に来てあげられていたら良かったんだけど」
『私は大丈夫だよ。ありがとう。それよりこれからのことを教えてくれる?近くに兵助くんと同じ組の子もいるのかな?』
私が聞くと、兵助くんは留三郎と長次くんが私を探しているところに居合わせ、私を助けるために二手に別れて動いてくれたのだと言った。
「勘衛門や先輩方は先生の指示を仰ぎにいって、潮江先輩は俺の後をつけてくれていたんだ。今ごろきっと俺たちの居場所は忍術学園のみんなに伝えられていると思う」
『そうなんだね』
「本当は俺があいつらをやっつけられたらいいのだが、人質も多いし、万が一失敗した時にユキたちに何かあったら困る。忍術学園の応援を待ってからあいつらは倒そう」
『うん。分かった・・・・っ!?・・・兵助くん?』
突然兵助くんが私の肩を持って自分の方に引き寄せ、私を思い切りぎゅっと抱きしめた。
先ほど私を慰めるときに抱きしめたのとは違い、少々荒々しい抱擁に私は目を瞬く。
『どうしたの・・・?』
「ごめん。ちょっと感情がコントロール出来なくなって」
『???』
「あいつらを許せない。ユキちゃんに乱暴しようとして、服まで脱がせて。俺が必ず、あいつらをぶん殴ってやる」
耳元で響く声はとても憎しみに満ちていた。
私のためにこんなにも感情を顕にして怒ってくれている。
普段見せない兵助くんの憎しみの感情に驚き、少し怖ささえ感じていた私だったが、これが私のためだと考えると胸が熱くなってきた。
「俺は忍失格だ」
『なんで?』
「忍はこんなに感情を顕にしてはいけない。淡々と任務をこなさなきゃならない。なのに・・でも・・・ユキちゃんの事だけは冷静になれない」
兵助くんは私から身を離し、じっと私の目を見つめて言った。
頬に添えられる大きな手。
私は彼の手に自分の手を添えてにっこりと微笑む。
『嬉しいよ、兵助くん。私のために怒ってくれて』
はにかむように笑う兵助くん。
私は彼に強く思われていることに胸を熱くしていた。
ガチャガチャ
見つめ合っていた私たちはハッとして鉄の扉に視線を向ける。
寝ていた娘さんたちも起き上がり、不安そうに瞳を揺らす。
扉が開いて入ってきたのは拐かし犯の四人。
「おいっお前ら、立て」
拐かし犯たちはそれぞれ刀を持って私たちのところへやってきて早く立つように脅す。
「二列に並んで手を前に出せ」
私たちは拐かし犯の指示に従って二列に並んだ。
拐かし犯は並んだ私たちの手に縄を巻きつけていく。
前の者、後ろの者と繋がれて逃げ出せないようにされたのだ。
「ユキちゃん。心配ないからね」
『うん』
不安な気持ちになっていると兵助くんがそっと私に声をかけてくれた。
「歩け!行くぞ!」
私たちは脅されながら歩いていく。歩く私たちの横にはむき出しの刀を持った拐かし犯たちが私たちを見張る。
「上手く橋を渡り切れますかね~兄貴」
「あ?人がいたら殺すまで。それに女どもを連れて行かなけりゃお頭に折檻されるぞ」
「それだけは勘弁」
兄貴の言葉に弟分はぶるりと震えた。
お頭?
え、ちょっと待って。もしかしてこいつらは他にも仲間がいるの!?
もしそうなら、その仲間の方も捕まえなければならない。そう私が考えていると、
ジジッ ジッ ジ
不思議な音を後ろの兵助くんが出した。
『今のって、もしかして矢羽根?』
拐かし犯が離れていったタイミングを見計らって首を斜め後ろに向けて聞いてみる。
「うん。近くに忍術学園のみんながいるのだ」
『そうなんだ!』
もうみんな近くに来てくれているんだ!
私が心をパッと明るくしていると、どこからか虫の羽音のようなジッジッという音が聞こえてきた。きっと兵助くんへの返事だ。
「ユキちゃん」
『返事はなんて?』
「拐かし犯を一掃するために、俺たちにはこのまま捕まっておくように指示がされたよ」
『そうだね。こいつらにお頭のもとへ案内してもらわないと』
「ユキちゃん・・・怖くないの?」
フンとやる気十分で答える私に兵助くんは不思議そうに尋ねる。
『今は怖くないよ。だって兵助くんが傍にいてくれるし、忍術学園のみんなも近くにいるんでしょ?』
「ユキちゃん・・・俺たちのこと、信頼してくれているんだね。ありがとう」
嬉しそうに笑う兵助くん。
「おいっ!そこ何コソコソ喋ってんだ」
拐かし犯から声が飛んできて慌てて私は前を向く。が、拐かし犯は怖い顔でこちらへとやってきた。
「おい、何を話していた」
ぎょろりとした目で睨まれて、体がビクリと跳ねる。
どうしよう。何か言わなきゃ――――――
「足を痛めてしまってこの子が心配してくれていたんです」
兵助くんが言った。
「足?」
「はい。痛くて痛くて・・・」
兵助くんが足を引きずるような演技をする。
「チッ。遅れられたら困るな。おい!お前ら、一旦止まれ」
拐かし犯の指示に従って足を止める私たち。
弟分の一人が兵助くんの縄を解く。
「お前は馬に乗れ」
弟分に連れて行かれて馬に乗せられる兵助くん。
兵助くんと離れちゃうのは心細い。でも、兵助くんは縄には繋がれていないし、これでもし戦闘になった時には兵助くんは十分に戦うことが出来る。
私たちは拐かし犯の指示に従って再び歩き出す。
「もうすぐ川だ。おい、助。お前橋に誰かいないか見てこい」
もうすぐ森を抜けるあたりで列は止められ、兄貴が助という弟分に指示を出した。
直ぐに戻ってくる弟分。
「まだ侍も誰もいないようです」
「本当だな?」
「へい」
「よし、進むぞ」
私たちは促されて森を出、橋を渡った。
それから一刻あまり、私たちは歩き続ける。
そして到着したのは古く朽ち果てた廃寺だった。
「ねえ、あなた。ここまで来てしまったけれど・・・」
『心配しないで大丈夫ですよ。ちゃんと私の仲間たちが周りについてきていますから』
「そうなんですね!」
不安そうな声で私に聞いてきた前の少女を安心させるように私は微笑む。
「女たちを蔵の中に入れておけ!」
兄貴が指示を出した。
弟分たちにつれられて、私たちは暗い蔵の中に再び閉じ込められる。
「はあ、疲れた」
「足が痛いわ」
山道を歩かされたせいで娘さんたちはみんなすっかり疲れてしまっていた。
地面に座って足をマッサージしている。
私と兵助くんも地面に座って足をさする。
「ユキちゃん大丈夫?」
『ちょっと足が疲れたけど大丈夫だよ』
「それは良かった。きっともうすぐ先生やみんなが動き出す。このまま娘さんたちが蔵にいる状態で作戦が始まればいいんだけど・・・」
ガチャリ
残念ながらそうはならなかったようだ。
先ほどの拐かし犯と見ない顔の男たちが蔵の中に入ってくる。
「ほうほうほう。今回は当たりだな」
私たちの顔を見渡して、男たちは下品に笑った。
「お頭、どうします?」
何がどうします?なのだろう。主語も述語も抜けていて意味がさっぱりだと思っていたらお頭が私の方に近づいてきて私の腕をぐいっと引っ張り上げた。
『きゃあっ』
あ、どうしますの意味分かったわ。
さっきのように乱暴する娘を選んだのだ。
全身からサーっと血の気が引いていく。
先ほどのことを思い出して、体がブルブルと震えてくる。
「お前らも好きなの選べ」
「「「「「「へい」」」」」」」
私はお頭に引きずられながら蔵を出された。
後ろでは娘さんたちの悲鳴が聞こえる。
後ろを振り向くと、娘さんたちが拐かし犯一人に一人ずつ引きずられて蔵から出されるのが見えた。
広場に響く娘たちの悲鳴。
みんな、早く来て!早く・・・・・!
私がそう願った時だった。
コツン
何かが私の足に当たった。
え?何?
それは野球ボールくらいの玉。
私が目を瞬いていると、
シューーーーー パン パン パンッ
足元の玉がパンと弾けて煙が飛び出してきた。
後ろからも音がするから後ろでも煙が上がっているだろう。
これは煙幕だ。
「いけいけどんどーーーーーん」
「うぎゃあああっ!!」
後ろでボキッともの凄い音がした。
みんなが助けに来てくれたのだ。
「くそっ何なんだ!」
私の腕を取っていた頭が忌々しそうに言い、腰の刀を抜いた。
『きゃあ!』
腕がぐっと引かれる。そして私の首元にピタリと冷たい刀が押し当てられる。
しかし、
「その手、離してもらおう・・・」
「何!?」
徐々に消えていった煙の中で見えたのは、頭の手をぐっと握って私の首筋から刀を遠ざける長次くんの姿だった。
凄い!いつの間に目の前にいたの!?
頭の方も私と同じだったらしい。声を無くして驚いている。
「ぐはっ」
長次くんは、頭の腹を思い切り蹴り飛ばした。
頭の体が後ろへと飛んでいく。
「ユキ、こちらへ」
『う、うん!』
私は長次くんに手を引かれて、長次くんの背中へと隠れる。
「こんの餓鬼!」
拐かし犯の頭は刀を取り落としていたが、まだ懐に小刀を隠し持っていたらしい。すっと鞘を捨て去り、こちらへと向かってくる。
しかし、長次くんは冷静だった。
向かってきた頭の小刀をカンッと苦無で弾き飛ばし、小刀を持っている方の手首を思い切り叩いた。
地面へと叩き落とされた小刀。頭の顔に焦りの色が出る。
「く、くそ」
「お頭ーーーーー!!」
「てめぇら何もんだ!」
その時、左側にあった小屋の中から男が二人飛び出してきた。
「へっ三対一はキツいぜ兄ちゃん」
お頭がにやりと笑うが長次くんは動じない。というか新たに出てきた男たちの方を見向きもしない。
『ちょ、長次くんっ』
「モソ。私が倒したいが、あいつらは任せる」
『任せる?誰に?』
そう聞いた時、私の横を風が通り過ぎた。
鎖で繋がれた二つの棒の武器(ヌンチャクみたいだ)を持った留三郎が新たに来た男ふたりのもとへと走っていく。
『す、すごい・・・・!』
カンッ カンッ
男たちの持っていた刀が弾き飛ばされる。
刀を打ち落とされた男たちは、留三郎へと素手で突撃していく。
「ハッ。素手で俺に敵うかよ!」
ダンッ バンッ
一瞬だった。
まず一人の男のみぞおちに留三郎が持っていた武器がヒットして、男は地面へと倒れた。
続いて二人目は飛びかかろうとしたところをさっと避けられて、後頭部を留三郎にガッと殴られる。
男ふたりはピクリとも動かなくなる。
「くそっ・・・・!」
それを見ていた拐かし犯の頭が吐き捨てるように言う。
そして、長次くんに飛びかかった。
飛びかかった頭は宙を飛ぶ。
長次くんが柔道の投げ技のように頭の懐に入り、投げ飛ばしたのだ。
ズシーンと音を立てて地面へと叩きつけられる頭。
長次くんが男の後ろ襟を引っ張り、後頭部にストンとチョップを入れる。
ガクンと力なく地面にうつ伏せた頭。
「ユキ、怪我はないか?」
『うん!大丈夫だったよ長次くん』
「ユキ!!」
『留三郎、驚いたよ。男二人をいっぺんに!』
「そんなに褒めんな。俺たちのせいで危険な目に合わせちまって・・」
ぐっと唇を噛む留三郎と長次くんに首を振る。
『そんな顔しないで!ふたりはこうして助けに来てくれたじゃない。二人ともかっこよかったよ。ありがとう』
私は一人ずつぎゅっ、ぎゅっ、とハグをする。
頼もしいふたりはやっぱり頼もしかった。
ありがとう、二人とも!
落ち着いた私は辺りを見渡した。
わぁ~凄いことになってる。
拐かし犯たちはそれぞれ五年生、六年生にボコボコにされていた。
特に小平太くんの相手になっていた男は見るも無残な姿になっていた。
「兵助、こいつらに何か恨みがあったのか?」
三郎くんの声で目を向けると兵助くんの足元には私を乱暴しようとした兄貴と弟分が倒れていた。
私は、タタっと兵助くんの方へと駆けていく。
『兵助くん、怪我はない?』
「うん。ちょっとやり過ぎてしまった」
伸びきっている兄貴と弟分に視線をくれて兵助くんが苦笑した。
『ありがとう、兵助くん』
私は兵助くんにぎゅっと抱きつく。
こういうことを思っては道徳的にいけないのかもしれない。
目には目を歯には歯をなんて考えは野蛮な考えだとは分かっている。
でも、自分が乱暴されそうになった男たちに対して兵助くんが敵討ちをしてくれて私は嬉しかった。
乱暴されてから、ずっと体に残っていた嫌な感触が、すっと体から消えていくような感覚に私はなっていた。
「よし、みんなよくやった!」
茂みの中から半助さん、山田先生、厚着先生が出てきた。
「ユキ」
『半助さん』
「怖い思いをしたね」
『少しだけ。でも、すぐに兵助くんが来てくれましたし、だからそれからは怖くなかったです』
「そっか」
『はい。それに、みんながこうして助けに来てくれて結果的にこうして賊を捕まえられたので、私は満足ですよ』
「ユキは強いな」
『えへへ』
頭を撫でてくれる半助さんに照れ笑い。
「みんな集まってくれ」
厚着先生が号令をかける。
賊はクロカワのお城に引き渡されることになっていたので半助さんと厚着先生、忍たま何人かで連行することになった。
それから山田先生と忍たま何人かで囚われていた娘さんたちを送り届けることに。
「雪野くんは疲れただろう。先に忍術学園に帰ったらいい」
『ありがとうございます』
「付き添いは、そうだな・・兵助!雪野くんと一緒に帰ってくれ」
「分かりました」
こうして私たちは別れて行動することに。
「行こうか、ユキちゃん」
『うん。兵助くん』
「あ、ごめん。ちょっと待って」
兵助くんは「まだ女装したままだった」と呟きながら近くの茂みに入っていった。
あっという間に出てきた兵助くんは普通の町人の姿。
『女装可愛いからそのままでも良かったのに』
「い、嫌だよ!ユキちゃんの前では、男の格好でいたい」
むぅと膨れてしまう兵助くんは女装していなくても可愛いよ。
とは怒られてしまうので言わない。
『ではでは、改めまして、しゅっぱーーーーつ』
「出発!」
私たちは拐かし犯につれられて歩いてきた道をゆっくりと戻っていく。
山を下り、橋を渡り、なだらかな山道を歩いていく。
「ねえ、ユキちゃん。きっと忍術学園に着くのは夕飯すぎになってしまう。良かったら外で食べていかない?」
『いいね~。どこのお豆腐屋にする?』
私と兵助くんが食事するときは、お豆腐屋さんに決定している。
私たちはこの近くにあるお豆腐屋さんを思い出す。
「あそこが一番近いかな・・ほら、おじいさんとおばあさんの二人で営んでいるお豆腐屋さん」
それは半助さんや火薬委員のメンバーで行ったお豆腐屋さんのことだ。
『うん。そうしよう』
目的地も決まり、私たちは豆腐屋さんを目指して歩き出す。
街道をずんずん進んでなだらかな丘を登って付いたお豆腐屋さん。
「いらっしゃい。おや!」
『お久しぶりです、おじいさん』
「よく来てくれたわね」
「おばあさん、腰の具合はどうですか?」
前に腰を痛くしていたおばあさんだったが、今はすっかり良くなっていたようで安心。
私と兵助くんはお豆腐定食を二つ頼んで淹れてくれたお茶をすする。
豆腐定食は直ぐにやってきた。
『実はお腹ぺっこぺこだったんだ』
「俺も俺も」
『「いただきますっ」』
元気よく食事の挨拶をした私たちはお豆腐をすくい、パクリと口に運ぶ。
『おいふぃい~』
「やはりここのお豆腐は最高だ」
私も兵助くんも頬に手を当ててお豆腐の美味しさに酔う。
お腹が減っていた私たちはどんどん食べていって、あっという間に完食してしまった。
「あー美味しかった」
『うん。美味しかったね』
私と兵助くんはホッと息を吐き出しながらお腹をさする。
外はすっかり日が沈んで暗く、気持ちの良い夜風が窓から吹き込んでくる。
楽しげな虫の音が私たちの心を癒す。
「ユキちゃん」
『ん?』
「口元に豆腐がついているよ」
どこ?と聞く前に兵助くんが身を乗り出して口元についたお豆腐を取ってくれた。
「ユキちゃんは本当に、危なっかしい子だよ」
私の口元についていたお豆腐をぱくりと食べながら兵助くんが静かに言った。
「賊に乱暴されたのも、他の女の子達をかばってだろ?俺が、ユキちゃんが乱暴されているのを見た時、どんな気持ちだったか
分かる?」
『ご、ごめん・・・』
「あっ。ううん。俺こそごめん。怒っているわけじゃないんだ。ただ・・・・」
『ただ?』
「もしユキちゃんに何かあったら俺、どうなるか分からない」
『え?』
「ユキちゃんが乱暴されているのを見た時、頭がこう・・カーっと熱くなったんだ。暴力的な衝動を抑えるのに必死だったんだよ」
『兵助くん・・・』
「それくらい、俺にはユキちゃんが大事だってこと」
まっすぐな目で見つめられながら言われ、私は固まる。
そして胸の中からじわじわと嬉しさがこみ上げてきた。
『ありがとう』
泣きそうなくらい幸せな気持ちになりながらお礼を言うと、兵助くんが立ち上がって私の横にやってきて、私の両手を取り、引っ張って私を立たせた。
温かな体温が私を包む。
兵助くんが私の体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめたのだ。
「俺、ユキちゃんのこと、好きだ」
『え・・・それってどういう・・・』
「もちろん。お豆腐の好きとは違う。俺はユキちゃんに恋してる」
甘く低い声が私の耳に響く。
胸がドキドキする。
嬉しい!だけど、なんと答えれば・・・・!
頭を混乱させていると、ふと兵助くんが私から体を離した。
兵助くんが私を見つめる。
少し潤んだ熱っぽい瞳に見つめられて、私の胸はドキドキと早くなっていく。
「ユキちゃん、接吻させて」
囁くように言う兵助くん。
どうしたらいいのだろう?私は拒否することも受け入れる覚悟も持てないまま固まってしまう。
ゆっくりと近づいてくる兵助くんの顔。
私は、動くことが出来ず、そっと瞳を閉じた。のだが・・・あら?接吻の感触がやってこない。
不思議に思い目を開けると――――――
「こらっ!何やってんだよ、兵助!」
『三郎くん!?』
目の前には拳を振ったばかりの三郎くんの姿があった。
兵助くんはゲンコツをくらった痛みで地面にしゃがみこんでしまっている。
三郎くんの周りにいるのは五年生全員の姿。
「まったく。油断も隙もないな、久々知兵助」
『あれ?仙蔵くん!それにみんなも!』
声がしたほうを見ると店の入口に仙蔵くんの姿。その後ろには六年生と先生方の姿があった。
「ユキさんたちなら絶対途中で豆腐屋に寄っているだろうって話していてね。正解だった」
雷蔵くんがニコニコ言う。
「ユキたちはもう食ったのか。うー腹減った。俺たちも食べようぜ」
「お腹ぺこぺこだよ」
八左ヱ門くんと勘右衛門くんが意気揚々とテーブルにつく。
「あらあらお客さんがいっぱい」
おばあさんがびっくりしながら厨房から出てきた。
『おばあさん、私たちに手伝わせてください。ね、兵助くん』
「うん。おばあさん、手伝わせてください」
おばあさんのお手伝いをする私と兵助くん。
『はい。お待ちどー』
「食べるぞどんどーーん」
「ギンギンに旨いな、この田楽豆腐は!」
「流石は豆腐同盟ふたりのオススメの店だな」
『仙蔵くんも豆腐同盟入る?』
「いや、断る」
『即答かいっ』
「ははっ。断られてやんのー」
『笑うな留三郎っ』
「モソモソモソモソ」
『え?長次くん豆腐同盟入ってくれるの?!』
「やった!歓迎します、中在家先輩!」
賑やかな食事。
忙しく動き回る兵助とユキ。
拐かし犯捕縛の任務は一件落着。
ユキたちはニコニコ笑顔で忍術学園への帰路についたのだった。
第三章 可愛い子には楽をさせよ《おしまい》