第三章 可愛い子には楽をさせよ
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「はあっ、はあっ、はあっ」
神社へと続く参道を年若の娘が懸命に走る。
後ろを追うのは数人の男。
顔に下世話な笑みを浮かべながら娘を追いかける。
「はあっ、はあっ」
あぁ、言いつけ通りもっと早くに帰れば良かった。
近道だからとこんな人気のない道を選ぶんじゃなかった。
娘は胸の中で後悔しながらひた走る。
「きゃあっ」
木の根が生える足元の悪い道。
娘の足がもつれ、体は地面に打ち付けられる。
酷く体を打ち付けてはいたが焦っている娘は痛みを感じない。
直ぐに体を起こして逃げようとする。が、震えた足では立つことも出来ない。
そうしているうちに娘に男が追いついてしまう。
「やめて。お願い、見逃して!」
「ははっ。それは出来ねぇ相談だな」
「こいつは上玉じゃねぇか」
娘は男たちの手に捉えられ、体を拘束されてしまう。
「さあ立てッ」
「うっ・・ぐすん、ぐすん」
縄で拘束された娘は、男たちに連れられて森の奥へ奥へと入っていった。
20.お化粧
『よっこいしょっと』
「あはは、お年寄りみたいだな、雪野くん」
『へ?あ、山田先生』
私は梅雨の間の貴重な晴れ間を縫って洗濯中。
洗濯竿を上へと持ち上げ支柱のくぼみへとかけていた私に山田先生から声がかかった。
『どうしたんですか?』
「うん。実は頼みがあってな」
『私に?』
これは珍しい。
なんだろう?と首を傾げていると山田先生に「女装の授業を手伝って欲しい」と言われた。
「本当は山本シナ先生に手伝ってもらう予定だったのだが急な出張が入ってしまったんだ。代わりに雪野くんに手伝ってもらえないか?五・六年生合同だから流石に私一人ではキツくて」
『もちろんいいですよ。お手伝いします』
「そうか!良かった」
ほっとしたように表情を崩す山田先生に笑いかける私は心の中で大爆笑中。
なぜって?だって女装だよ?女装!
仙蔵くんや兵助くんは美人さんに仕上がるだろうが文ちゃんとか八左ヱ門くんの女装を想像すると・・・ぷ、ぷ、ぷ!
ゴツイふたりの女装姿を想像して私は緩みそうになる口元を必死で引き締めたのだった。
頼まれていた女装授業の時間がやってきた。
ルンルンスキップをしながら廊下を渡り、指定されていた六年い組の教室へと足を踏み入れる。
『たのもーーーーどわあっ!?』
ご機嫌で教室の扉を開けた瞬間顔の横を通過する苦無。
誰がやったかなんて聞くまでもない。仙蔵くんだ。そしてデジャブだ。
『どうして毎回毎回私が教室訪ねる度に鉄の武器投げてくるのよ!万が一にでも私の可愛いお顔に傷ができたら・・はっ!傷ができたらふふ、仙蔵くん責任取ってくれるよね?よっしゃあ当ててくれカッモーーン!「五月蝿い黙れ気色が悪いわっ!!」
叫びながら苦無を構えた仙蔵くんは投げる直前で「ぬぐぐ」と唸りながら腕を下ろした。投げるのを止めたらしい。
「こんな馬鹿に乗せられてしまうとは・・私としたことが・・・」
悔しそうに呟いている。
私は両手でカモンとやっていたジェスチャーをゆっくりと下ろした。
なんだもう終わりか。ちぇー
「あれ?ユキちゃんだ。どうしてここにいるの?」
後ろを振り向けば六年は組コンビ。伊作くんと留三郎がいた。
「見慣れねぇもん持ってるな」
留三郎が私の手に視線をくれながら言う。
あ、山田先生から聞いていなかったのか。
『今日の女装の授業、私が山本シナ先生の代わりにお手伝いすることになったんだよ』
「そうなのか!!」
『うわあっ』
突然背後から声が聞こえて心臓が跳ね上がる。
小平太くんが背中におぶさるように私の肩に
手を回す。
「で、それは何なのだ?」
『これは化粧道具の入った巾着(ポーチ)だよ。てか小平太くん重い』
「おっとすまない」
「へえ。興味あるなぁ」
伊作くんを含めみんな興味津々の様子。
『良かったら女装する時使って。さあ、そろそろ授業始まるし中に入ろう』
そう言った瞬間ヘムヘムの鳴らす鐘の音がカーーンと響く。
「ほらほらあんたたち、いつまで廊下にいるの?」
『あ、すみませ・・・・・』
聞きなれない声だな。と思いながら振り向いた私は言葉を切った。
来る。やってくる。化物がやってくる!!??
「ちょっとおおぉ声に出ているわよッ!!」
ゴンっ
クラクラクラ~
化物からゲンコツをくらった。
「声に出ているアゲインよっ。失礼しちゃうわ!」
『すみません~~』
「はあぁこれだからお子様は困るのよ。大人の魅力をちっとも分かっていないんだから」
ぴゅーっと長次くんの背中に隠れてそこから顔を覗かせながら化物さんを観察する。
この人は一体・・・・
「あら?私が分からない?」
分からない。こんな強烈な人とは会ったことがない。どこのどなたでしょう?
『わ、分かりません。いつぞや会ったことがあったでしょうか?』
眉を寄せ、戸惑いながら聞くと、目の前の化物さんは楽しそうにうふふ~と笑う。
『ええと・・・?』
「うふふ。私の変装ったら完璧ね」
『変装?』
「そう変装」
ぱっと化物さんが教室に入った。そして瞬時に出てきた姿は・・・
『山田先生・・・?え?え?ということは・・・』
「そう私が」
再び山田先生が教室に入り瞬時に出てくる。
その姿はさっき姿を消した化物さんの姿。
「山田伝子よ。よ・ろ・し・く・ね、ユキちゃん」
『えっええっ~~~~!』
絶叫。
たしかに言われてみれば山田先生。でも、言われるまで全然分からなかった。
忍者って凄い。私は瞳をキラキラさせながら山田先生、否、伝子さんの周りを回る。
「うふ。そんなに見られたら照れちゃうわね」
『驚きました。化物さんのこと、山田先生だと思いませんでしたよ。って痛たーーーい』
「化物さんは余計だぞ。化物さんは」
『や、山田先生』
「伝子さん!」
『で、伝子さん、声が男に戻っています』
「あらヤダ。これは失礼」
姿形は別として、口元を抑えながらしまった!という仕草をする姿は女性そのもの。素晴らしいわ~。
「さあ、おしゃべりはおしまいにして中に入りましょう」
伝子さん完璧です!
完璧に女性になりきっている伝子さんに感心しながら私はみんなと一緒に教室へと入る。
中に入ると、入口は私たちが塞いでいたのにみんな教室の中に入っていた。
どうやらみんな窓から入ったらしい。忍者凄いなっ
「さて良い子の忍たまちゃんたち注目してちょうだい。今回の女装授業の特別講師を紹介するわね。雪野ユキちゃんよ。みんな拍手!」
特別講師だなんて何か照れちゃうな。
私はこそばゆい気持ちになりながらみんなに頭を下げる。
「さて、まずは着替えからよ。ここに小袖があるから自分の背丈に合いそうな物で、さらになりたい自分をイメージして小袖を選んでちょうだい」
小袖はまさかのS・M・Lにサイズ分けされていた。
さっき伝子さんが口にしていた“イメージ”といい、こうして日常の中に時々紛れ込んでいる横文字、不思議である。
そういえばこの世界に来てから知った城の名前も馴染みがないものばかりだしなと考えていると肩をトントンと叩かれた。
「ユキちゃん、悪いけど不破雷蔵を手伝ってあげてくれないかしら?」
『雷蔵くんですか?』
伝子さんにそう言われて雷蔵くんを見ると、
「赤がいいかな、それとも青がいいか。いや、そもそも色じゃなくて柄を見て自分にあった小袖を選んだらいいのかな??」
小袖の山の前で混乱している雷蔵くんの姿があった。
私はそんな彼の隣に移動する。
『雷蔵くん』
「あ、ユキさん」
『一緒に選ぼう』
そういうと雷蔵くんは顔をパッと輝かせてくれた。
もう、可愛いんだから!
私は取り敢えず、雷蔵くんのなりたいイメージを聞いてみることに。
「なりたい自分かぁ。ううむ・・」
しかし、これも悩んでしまっている様子。
それならばこれはどうだろう?
『じゃあさ。雷蔵くんの好きな女の子のタイプってどんなの?』
「え!?好きな女の子のタイプ!?!?」
『そう!これなら答え易いかな~と思うんだけど、どうかな?』
「そ、そうだね」
雷蔵くんが答えやすいように言ったことだが、実は興味津津な事柄でもあったので、私はワクワクしながら雷蔵くんの答えを待つ。
ポツリポツリと雷蔵くんが指を折りながら言うには、明るくて素直な女の子ということだった。特に容姿にはこだわりはないらしい。
素晴らしいぞ、雷蔵くん!
「でも、これじゃあ容姿を作る参考にはならないよね」
『そんなことないよ』
しゅんとなる雷蔵くんに首を振る。
『明るく素直な子が好きならあまり暗い色は止した方がいいね。それから、ええと、雷蔵くんはさっぱりした快活な子がタイプ?それとも穏やかなのんびりさんがタイプ?』
「そうだな・・僕がこんな感じだからさっぱりした快活な子の方がタイプかな」
『それじゃあ爽やかな色、スポーティーに寒色系にしたらどう?水色とか黄緑色とか』
ちょうど私たちの目の前には鞠の柄の入った水色の小袖があった。
イメージ通りの物を見つけた私たちはお互いの目を見合ってにこっと頷き合う。雷蔵くんの小袖はこれに決定だ。
「ありがとう、ユキさん」
『どういたしまして』
わいわい言いながらみんなが着替えを始める。
胸板に布で作った胸を作ってワイワイはしゃいでいるのは五年生だ。
寄せたり上げたりして楽しそうに笑っている。
「なあなあ本物の胸みたいじゃないか?ユキよりボインだろ?あ、外れた」
私の前まで来てうふん、とポーズを決めたのは三郎くんだが、彼の胸からはポロリと丸めた布切れが飛び出してきてしまった。
『身頃をちゃんと中に入れないからはだけちゃうんだよ。もう一回着付けてみよう』
「おう・・(意外と面倒見いいとこあるんだな)」
袴をつけている男性とは違って紐一本で着付けをしている女性。
動いてもはだけないようにするのはコツが要るのだ。
『これでよし、と』
「ありがとな」
『どういたしまして。でも、しゃなりしゃなり歩かないと直ぐに気崩れちゃうから気をつけてね』
「分かった」
『あと、三郎くんの偽胸より、私のほうがボインだから』
「触って確かめて『いいわけないからね!』
油断も隙もありゃしない!
「着替え終わった人から順に化粧を始めるのよ~」
伝子さんがみんなに呼びかける。
「なあ、ユキの化粧道具を見せてもらってもいいか?」
『もちろん、いいよ』
私は長机を挟んで三郎くんの向かいに座り、ポーチの中身を長机の上にバラバラと出した。
ファンデーション、口紅、アイライナー、マスカラ、ビューラー、チークに一度も使っていない新品のアイパレット。
「これは何に使うんだ?」
『まつげをクルンと上げるために使うの』
「やってみても?」
『もちろん。親指と人差し指を輪っかに挟んでぎゅっと押すの』
「ぎゅっと押す・・痛っ」
『わわっ。大丈夫?」
ビューラーに肉を挟んで痛がる三郎くん。
これ、痛いんだよね~。
だけど、三郎くんはめげずにトライ。さすがは変装の名人。
これくらいで諦めたりはしない。
「ユキちゃん、これは何?」
『それは口紅だよ、兵助くん。こうして回すと出てくるの」
「じゃあこっちは?」
いつの間にか私たちの周りには五年生が集まってきていた。
その後ろには六年生の姿もある。
私は問われるがままに化粧道具の説明をする。
「このファンデーション使ってみてもいいか?」
『いいけどこれは小平太くんには白すぎると思うよ」
「いいのだ!使ってみたい」
小平太くんが自分の顔にスポンジを滑らせて歓声を上げた。
『他の人も自由に使ってねー』
みんなそれぞれ自分の席に戻り化粧しているのを見て回る。
私が足を止めたのは長次くんのところだ。
見るからに苦戦しているわね・・・
おしろいまでは上手く濡れているのだが、どうも頬紅が濃くつきすぎてしまうらしく、頬に塗っては手拭いで落としを繰り返している。
『長次くん、アドバイスしてもいい?」
「モソ」
私は彼の対面に座って机に置かれていた紅を手に取る。
『頬紅は一度手の甲に乗せて調整してから使うと加減がきくんだよ』
トントンと自分の手の甲で色を調整して長次くんの頬に手を伸ばすと、彼の目が大きく開かれた。
あ、しまった・・・驚かせちゃったかも。
というかいきなり肌触られたら嫌だよね。でも、いまさら手を引っ込めるのも変?
『ご、ごめん』
取り敢えず私は謝罪の言葉を述べる。
そして、さてこれからどうしようと考えている時だった。
長次くんの手が、私の手に添えられて、私の手は長次くんの頬へと導かれる。
トン
トントン
トントンと長次くんの頬に紅を付けていく私。
間近にある長次くんの顔が優しく緩んで、私は化粧をしているように頬を紅潮させてしまう。
『このくらいでどうかな?」
「・・・いい具合だ。ありがとう」
「ユキ、私も見てくれるか」
長次くんの隣に座っていた仙蔵くんから声がかかる。
仙蔵くんの顔を見た私は、ハッと息を止める。
陶器のようになめらかで艶やかな肌、ほんのり紅潮した頬、上品な唇。どこからどう見ても完璧な美人さんだ。
『すごいね。こんな美人さん初めてみたかも』
「ふん。世辞はいい。ユキ、私に何かアドバイスをくれないか?」
仙蔵くんに直すところなんてあるだろうか。
そう思いながらじっと仙蔵くんの顔を見つける。
私が思ったことは――――
『完璧すぎる』
「は?」
『仙蔵くんの女装って完璧すぎるんだと思う』
訝しげな顔をする仙蔵くんに私は思ったことを伝える。
『今の仙蔵くんは完璧だけど、ちょっと近寄りがたいっていうか何というか・・・』
「ほう。続けてくれ」
『もう少し抜け感があった方がいいんじゃないかな。男性が守ってあげたいって思うような感じが欲しいなと思って』
「たしかに、そうだな」
仙蔵くんが鏡を覗き込みながら頷く。
「どうすればいいと思う?」
『少しタレ目にしたら?目尻に引く線を少しタレ気味に描くの』
「なるほど。それは良い案だな」
あ、褒められた。
珍しい人から褒められて、私の心臓は嬉しくてトクンと鳴る。
『いつもこのくらい素直で優しかったら良いのに』
「おい口に出てるぞ馬鹿者が」
『ぎゃっ』
仙蔵くんが筆を伸ばしてきて私の鼻にぐるっと丸を描いた。
『仙蔵くん~~』
「ははっ」
「こらっ立花仙蔵くんっ真面目にやりなさぁい」
『すみません、伝子さん』
注意されながらもまだ顔が笑っている仙蔵くんを、私はジトーっとした目で見続けたのだった。
「なあなあユキ!これでいいか?」
こっちも見てくれーと声がかかり振り向いた瞬間に私は盛大に吹き出した。
『全然良くないよ、小平太くんっ』
「へ?そうか??どの辺だ」
『うーん。申し訳ないけど、どのへんも何も全部かな(ごめん)』
苦笑いを浮かべながら小平太くんに言う。
だって小平太くんの顔といったらおかめさんにソックリ。
おしろいは塗り過ぎ、頬紅は赤すぎ、口紅はオーバーリップ。
ちょっとした前衛芸術が顔面に出来上がってしまっている。
『っていうかこの机・・・みんなアウトね』
「「えぇーーー!」」
小平太くんと同じ長机には文ちゃんと八左ヱ門くんが座っていたのだが、この二人も小平太くんに負けず劣らずだった。
『三人とも顔落として』
大人しく化粧を落として素の顔になった三人の前に私は座り、おしろいの付け方から指導する。
頬紅と口紅も塗った三人の顔を見て私は満足げに頷いた。
さっきよりも数段に良くなっている。
本人たちもそう思っているらしく、鏡を見て頷いてくれていて私も教えがいがあったと嬉しくなる。
「ありがとう!これなら今度の女装の試験で男を引っ掛けられそうだ」
ニッと八左ヱ門くんが笑う。
『女装の試験って?』
「女装で町に行って、男に茶をおごってもらえたら合格という女装の試験があるんだ!」
私の疑問に小平太くんが答えてくれる。
へぇ~面白そうだけど、難しそうな試験。
そんな事を思っていると、何か言いたげな文ちゃんと視線がぶつかる。
『どうしたの?』
「いや、そのだな・・」
『遠慮せずに言ってみて』
にこっと笑ってそう言うと、文ちゃんは「兵助みたいに目をパッチリさせたい」と小声で言った。
「俺なんかが女装に一生懸命でキモイよな」
『そんなこと一ミリも思っていないよ』
「ほんとか・・・?」
『ほんとだよ』
「・・・そっか」
ホッとした顔の文ちゃんは小平太くんに後ろから伸し掛られてべちゃりと前のめりに潰れた。
「低学年の時、文次郎は女装でくノたまたちにからかわれたことがあったからな。まだそのこと引きずってるのか?」
「五月蝿いぞ、小平太」
バツが悪そうに文ちゃんはきゅっと唇を結ぶ。
何と言ったらよいのか分からなかったが、私はキモイなんて酷い事思っていないよという思いを込めて文ちゃんに微笑みかける。
『ちょっと待っててね。アイライナー取ってくる』
そういえば前に「おなごが得意ではない」と言っていたっけ。
文ちゃん、優しくて良い人なのに勿体無いよね。
忍の三禁に女があるけれど、それは恋や結婚をしてはいけないという意味ではない。女に溺れてはいけないという意味だ。
文ちゃんにも女性不信を克服してもらって恋してもらいたいな。
私はそんなことを思いながらアイライナーを持ってくる。
『目を瞑って』
「あぁ(顔近いな)」
『線はまつ毛の際に引くの』
「おう(良い香りがする・・)」
『肘を机につきながら引くと手が安定するよ』
「わかった(くっ・・胸がドキドキする。どうすりゃいいんだ。耐えろ、耐えろ、耐えろ!!)」
フェミニストな文ちゃんに素敵な彼女さんが出来ますように。
素敵な恋が訪れますように。
私はそんなことを思いながら、文ちゃんのアイラインを引いたのだった。
***
女装の授業から数日後、学園長によって召集された緊急職員会議。
その会議に何故か私も参加していた。
「なんでユキがいるんだい?」
『さあ。ヘムヘムに参加するように言われたので来たのですが・・ううむ。まったく良い予感はしません』
「うん。私もだ。学園長先生、ユキに無茶を言わなければいいんだけど」
胃の辺りをさする半助さんとコソコソ話しているとコホンっと学園長先生が咳払いして口を開いた。
「みんな揃ったな。では、今日集まってもらった理由を話そう」
忍術学園は簡単な任務の依頼も受け付けている。
そして昨日、忍術学園に任務の依頼があったそうだ。
「最近、ここから西にある白虎町の界隈で若い娘が何人も襲われておるのじゃ」
ここのところ白虎町の界隈で娘達が何人も拐かされるという事件が発生していた。
その娘たちがどこに行ったかというと、近隣国の廓だ。
娘たちはそこで強制的に働かされているという。
「娘たちも救出せねばならんが、まずはこれ以上被害を広げないために拐かし犯を捕まえなければならない。そしてこの任務はつい先日女装の授業を行った上級生に任せたいと思う」
拐かし犯は大規模な組織ではなく、数人らしい。
「五・六年生は女装の腕を試すいい機会ですね」
「任務の程度から言ってもちょうどいいと思います」
山田先生と厚着先生の言葉に先生たちはうんうんと頷いている。
えっと・・・で、私はどうしてココに呼ばれたのかしら?
こういった任務の話には噛まない私たち事務員’s。
どうして呼ばれたのだろう?と首をかしげていると学園長先生と目があった。
「雪野くん」
『はい』
「今回は雪野くんにも囮役になってもらおうと思う」
さらっと言われたこの言葉を瞬時に理解できなかった私。
学園長先生の庵に訪れる一瞬の静けさ。
そして、一瞬の静けさの後、学園長先生の庵は爆発したような抗議の声で満たされた。
もちろん私も全力で出来ないことを叫ぶ。
「な、何を言っておるのですか学園長先生!雪野くんを危険な目に遭わせるおつもりですか!?」
「山田先生の言うとおりです。ユキには危険すぎます!」
胃の辺りを抑えながら半助さんが叫ぶ。
「えーーい五月蝿いっ」
みんなの抗議の声を消すように学園長先生が拳を宙で回す。
「くノ玉上級生たちは実習で学園におらんし、山本シナ先生も任務に出ているからいない!おなごの人数が少ないから雪野くんには手伝ってもらわねばならんのじゃっ」
「そんなの理由になりませんよ。学園長先生、考え直してください。ユキくんは素人なのですよ」
斜堂先生が消え入りそうな声ながらも抗議してくれる。
だが、
「えーーいお前さんら、五月蝿い五月蝿いうるさーーい。もう決定なんじゃ。それになにも雪野くんを生徒と同じように扱うとは言っておらん」
「では、どうすると?」
野村先生がピクピクとこめかみを痙攣させながら学園長先生に問い詰めると、学園長先生は喜々として話しだした。
三人ずつの組を作らせて、一人が女装をして囮役を務め、もう二人は囮役の警護に当たるという作戦らしい。
「雪野くんを一人にするわけではない。雪野くんに危険が及ぶことはない」
「ですがっ」
「でも、なにか?!お前さんたちは生徒の腕を信じられないと言うのか?!?!」
もう決めたんじゃ!とダダをこねるこの老人に何を言っても無駄だろう。
げんなりと虚空を見つめる私は既に諦めモード。
私はまだ抗議しようとしてくれている半助さんの手をそっと握った。
『半助さん。生徒の忍たまくんたちが守ってくれるらしいですし、学園長先生の言う通りにします』
「っ!?ユキ・・・」
『成せば成る。どーにかなると思いますから』
「そんな適当な・・・」
私は不安そうな顔の半助さんの手をポンポンと叩いた。
危険なことは怖いけど・・・でも、忍者している彼らの姿をもっと見てみたいという気持ちが私の中にある。
こんなこと不謹慎だけど。だけどちょっとだけ、学園長先生の迷惑な思いつきにも感謝かな。
私はそんなことを思いながら唖然と私を見る先生たちに『よろしくお願いします』と頭を下げたのだった。