第三章 可愛い子には楽をさせよ
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19.家探し
今日は土曜日。
暦は水無月に移った。梅雨の季節である。外ではしとしとと草木の葉を雨が濡らす音がする。
梅雨のじめじめとした鬱陶しい季節。しかし、外の様子とは裏腹に、学園長先生の庵は明るい雰囲気に満ちていた。
「きり丸、本当に良いのじゃな?」
「はい!」
「よし。では、二人はこれから親と子じゃ。二人で助け合って末永く仲良くするように」
『「はい!」』
学園長先生の前に座る私ときりちゃんは、山田先生、半助さんに見守られながら大きく頷いた。
この時代に戸籍というものはないから紙面上の手続きはない。
それでも私たちの心はしっかりと結ばれていた。
私ときりちゃんは家族だ。
「雪野きり丸かぁ。へへっ」
学園長先生の庵を辞し、廊下を歩く私の横できりちゃんが照れたような笑みを浮かべて顔を綻ばせる。
『苗字変えるの嫌だったりめんどくさかったらそのまま摂津のきり丸って名乗って良いんだよ』
長年使っていた名前だ。無理に変更することはないと思い言ってみるが、
「俺の“摂津の”ってのは国名なんだよ。だから俺、雪野って苗字が出来るの嬉しい。もともと苗字なかったからさ」
とこう言ってくれた。
「ねえ、土井先生、山田先生!出席取る時、今度から僕の名前は雪野きり丸にしてくださいね!」
「あぁ、そうしよう」
「分かったよ、きり丸」
瞳をキラキラさせてぴょんぴょん飛び上がりそうなテンションで言うきりちゃんに山田先生と土井先生は優しい眼差しを向けている。
『半助さん、もし時間があればなんですけど、これからきりちゃんと三人で話し合いをしませんか?もうすぐ長期休暇でしょう?家のことについて話し合いたくて』
忍術学園には親が農家をしている家が多く、その手伝いのために夏休みほどではないがプチ長期の休暇があり、生徒たちは親の手伝いをしに実家へと帰っていく。
今まできりちゃんは長期休暇には半助さんの家へと行っていた。
ずっとそうしてきたし、また、きりちゃんは半助さんの事を親や兄のように慕っているため、「土井先生と一緒に暮らせなくなるの寂しい」と半助さんに打ち明けていたようだった。
このことを半助さんから聞いていたので、一度みんなで話し合う必要があると私は感じていたのだ。
「私は大丈夫だよ。きり丸は?バイトは入れていないかい?」
「午前中にユキさんに手伝ってもらってバッチリ終わらせてあります!」
ニシシと笑いながらきりちゃんはVサイン。
「さて、それじゃあ私は週明けの授業の準備でもするかな。何か困ったことがあったら相談に乗るからいつでもおいで」
『ありがとうございます、山田先生』
「それじゃあな」
片手を上げ、私たちにニコリと微笑みかけてから山田先生は自室へと戻っていった。
『それじゃあ話し合いは私の部屋でやりましょうか』
「そうだね」
「うん!」
私たちは私の部屋へと移動する。
三人で輪になって話すのは住まいのこと。
『私が半助さんときりちゃんが住む長屋の近くに家を借りられたら一番いいんだけど・・・』
私の方も忍術学園以外では頼れる人はいないし、この世界の社会もよく分からない。もし半助さんたちの傍に家を借りられたらとても心強いのだ。
「今から大家さんに相談しに行こうか」
半助さんが外を見ながら行った。今日は雨といっても強い雨ではなく細い雨が微かに降っている程度だ。
『雨で鬱陶しいですが、よろしくお願いします』
善は急げだ。プチ長期休暇まであまり日はない。
私たち三人は半助さんときりちゃんが住んでいる町へと出かけることにした。
箕と笠を被っていざ出発!
小雨が降り続く中を歩いて着いた半助さんときりちゃんが住んでいる町は雨降りのせいで人は多くないものの、それなりに賑わっていた。
『けっこう大きな町なんですか?』
「そうだね。大きめの町かも知れない。忍にとっては人が多ければ多いほど人の中に紛れやすいしね」
「それにバイトも見つかりやすいんすよ」
『へえ~。便利な町なんだね』
「こらこら、ユキ。キョロキョロしていたらはぐれてしまうよ」
初めて来る町が楽しくてキョロキョロしていた私に声がかかる。
小間物屋さん、組紐屋、反物屋さんに良い香りのするお団子屋さん。
楽しそうなお店がいっぱいだ。
帰る前に覗いていけたらいいな。なんて本来とは違う目的を抱きそうになり、慌てて打ち消す。
まったくもう!私ったら直ぐにこうなんだから。
そんなことを考えているといつの間にか到着したらしい。
半助さんが足を止めた。
「ここが我が家「あら~~~半助!帰ってきたの?」げっまずい!」
向かい合っている半助さんの体がビクリと跳ねた。
ギギギと首を後ろに向ける半助さん。私も彼の体から顔を出す。
すると、
「まあまあまあまあ!」
そこにいたのは私を見つけて目をキラッと輝かせたおばちゃまの姿。
『ええと・・?』
「お隣のおばちゃんなんだ」
『あ、そうなのですね。こんにちは。私、半助さんと同じ職場で働いておりますううっ!?!?』
瞬間移動!?おばちゃんがもの凄いスピードで私の前へとやってきてガッと私の手を握った。
ビックリしながらおばちゃんを見ていると、
「あなた、もしかしてもしかすると半助の彼女さん?」
『えっ!?』
突拍子もない言葉に目を瞬く。彼女!?
思いがけない言葉を言われた私は反射的に半助さんを見ていた。
私の目に映ったのは慌てた顔をしながらも顔をボンッと赤くさせている半助さんの顔。
ちょっと!そんな顔しないでくださいよ。私まで意識しちゃうじゃないですか!
熱を持っていく私の顔と半助さんの顔を見比べてニタリと楽しそうに笑うおばちゃんに早く訂正をかけなくては!
『わ、私はただの同僚なんです』
「そ、そうなんですよ、おばちゃん!ユキはただの同僚で」
「ユキ?あ~~ら。呼び捨てにしているってことは、それなりの関係なんじゃないの~~?恥ずかしがらなくてもいいのよ、半助」
「べ、べ、別に呼び方なんて関係ないじゃないですか!と、とにかくユキは只の同僚なんですっ」
人の心って複雑だよね。こうして思い切り全否定されると胸がキリッと痛む・・・え!?痛む・・・・?
痛むってどういうこと!?
「ユキは今日、家探しをしに来たんですよ」
「あら、そうなの?部屋なんて探さなくても半助の家に泊めちゃえばいいじゃない!ね、ユキちゃん!」
『ぬぶっ!?』
自分の中の心の変化に思いを巡らせていた私はおばちゃんに急に名前を呼ばれておかしな声を上げた。
ハッと現実に返った私はおばちゃんにブンブンと手を振る。
『そういうわけにはいきませんよ。これでも一応未婚の女子なわけですし』
「未婚じゃなくなっちゃえばいいじゃない」
いや、ウインクされても困りますよ!あはは~と苦笑いでおばちゃんの言葉をかわしていると、おばちゃんの標的は今度は半助さんに。
「よくこんな可愛い子捕まえたわね、半助!でかしたわっ。既成事実作って娶っちゃいな『聞こえてますっ。聞こえてますよ、おばちゃん!!』
きりちゃんの耳を塞ぎながら叫ぶ私。
古今東西、世界は違ってもおばちゃんは最強である・・・
「おや、おばちゃん?それに半助ときり丸も」
人の声に振り向くと、抹茶色の服を来た男性が私たちに近づいてきた。
どなた?と思いチラと半助さんを見上げると、「大家さんだよ」と小さな声で返事が返ってくる。
大家さん!もしかしたらこの人から家を借りるかもしれないのだ。お行儀よくしなければ。
「ええと、こちらの方は?」
「私の同僚の雪野ユキさんです」
「半助のお嫁さん候補よ」
「ち、違いますって」
「ほーー!」
「大家さんっ。おばちゃんの話を間に受けないでくださいっ」
「今日の土井先生大変だね」
『ねーー』
「きり丸!?ユキ!?他人事だと思ってって、ユキは他人事じゃないんだから一緒に否定してくれよぉ」
『あはは、ごめんなさーい』
だってやりとり見ているの楽しいんだもの。
なんて言ったら怒られてしまうから、私は話題を変えるように大家さんに向き直って自己紹介をした。
『はじめまして。雪野ユキと申します。実は、新しい住まいを探していまして、半助さんに大家さんを紹介していただきたくてこちらへ参りました』
「そうでしたか」
『安くて良い物件はありますでしょうか?』
安くてというのは重要である。まだこの世界に来てから数ヶ月しか経っていない。毎月少しは貯金に回しているが、それでもまだ貯蓄は雀の涙ほどか溜まっていない。
「儂の持っている長屋は今全て埋まってしまっているからな~」
顎に手を当てて暫く考えてくれていた大家さんがポンと手を打つ。何か考えついてくれたみたい。
「儂の大家友達に手紙を書こう。この町に住んでいる者だ。その者に空いている部屋がないか聞いてみるといい」
『ありがとうございます、大家さん!』
かくして私たちは大家さんに紹介状を書いてもらい、大家さんの友人である大家さんのもとへと行くことにした。
「ここっすね」
書いてもらった地図を見ながらきりちゃんが言う。
「すみませーーん」
「はいはーい」
大家さんのお友達の大家さんはおばちゃま大家さん。
半助さんたちの大家さんに紹介を受けてこちらへ来たと説明して空いている部屋がないか尋ねてみる。
「あるわよ!ちょうど先月空きが出たところなの。今から一緒に見に行きましょう」
『「「やった!」」』
どんな物件か分からないが兎に角空きがあって一安心。
私たちはにっこり笑って頷き合い、大家さんの後についていく。
通りを歩き、表通りから2本入った場所にその空家はあった。
半助さんたちが住んでいる家と同じような外観。
「さあ、中をどうぞ」
『おじゃましまーす』
玄関を入ると土間があり、玄関横左に炊事場がある。玄関を上がると囲炉裏を中心にした居間があり、居間の奥に押し入れがあった。
「ちょっと狭いけど、その分家賃は安いから」
「安い!?アハアハ」
『きりちゃん落ち着きなさい』
大家さんに飛びつきそうになるきりちゃんを抑えながら私は部屋の中をぐるりと見渡す。
『荷物もないし、私はこのくらいの広さで十分だと思うけど、きりちゃんはどう思う?』
「俺もいいと思うよ。あとは家賃っすね」
「えっと、お家賃は・・・・
ごめんね、大家さん。私たちはもともと安い家賃を懸命に値切った。
本当に懸命に。縋り付くように、土下座する勢いで・・・
「はあぁ分かったわ。若いお嬢さんだし、お金もないと思うから特別ね!」
『「やったーー!」』
苦笑しながら家賃をお安くしてくれた大家さん。
全ての国の言葉を使ってありがとうと言いたいですっ。
私ときりちゃんはハイタッチ。
私たちは直ぐに入居することにした。
『半助さん、きりちゃん。無事に家が見つかったのは二人のおかげです。ありがとうございます』
「いや、礼なんていいさ」
私はそう言ってくれる半助さんに微笑んでから斜め下を見た。
きりちゃんは満足そうにニコニコと微笑んでいる。
どんよりとしてはいるが雨は上がった空。
借りた家の前には側溝があり、それを挟んでこちら側と同じように家が並んでいるのだが、ちょうど私の家の向かいが食事処になっていた。
『あそこで食べながら今後の話をしましょう。今日は私に奢らせてください』
「おごり!?アハアハ」
『おわっと』
ぴょーんときりちゃんが手足一緒に私に巻きついてきたのでその重さで体勢を崩す。
「こら、危ないだろ、きり丸」
後ろに倒れる私の体はたくましい半助さんの体に支えられる。
『・・・・。』
私は今、自分の感情にビックリしていた。
普段の私だったら、この状態に照れるはずなのに、今は違う。
私は胸に、安らかな温かさを感じていた。
一瞬だがパッと頭の中に浮かんだ光景は、私と半助さん、きりちゃんで囲炉裏を囲んで家族のように過ごしている姿だった。
そんなことを思ってしまう自分に動揺する。
私・・・・
「ユキさんっ。早く行こう!」
『うん!』
この思いはどう育つだろうか?
私は温かい気持ちになりながら、きりちゃんに手を引かれて食事処へと入っていった。
「次の休みの前半は土井先生の家にで、後半はユキさんの家だね」
「ユキは前半当直なんだね」
『そうです。半助さんは後半が当直でしたよね』
食事をしながら私たちが決めたこと。
長期休み中、きりちゃんは期間の半分ずつ、私と半助さんの家に住むということにした。
きりちゃんはこの取り決めに満足してくれたようでニコニコ笑顔で天丼を頬張っている。
私と半助さんはそんな彼の様子を見て微笑みあった。
食事の後は二人に付き合ってもらって買い物へ。
布団や生活に必要な台所用品などを購入して新居の中へと入れた私たちは忍術学園への帰路へと着く。
『きりちゃん?大丈夫?』
「うーん・・・大丈夫」
忍術学園の裏裏山まできた時だった。手をつないでいたきりちゃんが遅れ気味になって、私は彼の顔を覗き込む。
きりちゃんの顔は目がトロンと半開きになっていて、口角は下がってしまっていた。かなり疲れた顔・・・
私は足を止めてきりちゃんに向き直る。
「きり丸、どうしたんだい?」
『今日はいっぱい動いてくれたから疲れちゃったんだと思います』
眉を下げて半助さんに言ってからどこか休憩できる場所はないか辺りを見渡していると、
「乗りなさい、きり丸」
半助さんがきりちゃんに背中を向けてしゃがんだ。
目をキョトン。口をぽかんとさせるきりちゃんの顔が可愛くて、私はつい笑ってしまう。
私は戸惑っている様子のきりちゃんの背中をそっと押す。
『甘えさせてもらったら?きりちゃん』
夕闇の迫った薄暗い中で、きりちゃんは頬を染める。
そして、少々ぎこちなく半助さんの背中に体を預けた。
「よいしょ」
半助さんがぐんっと立ち上がる。
「ありがと、土井先生」
照れてる、照れてる。
恥ずかしさから半助さんの肩に顔をうずめてボソリときりちゃんはお礼を言った。
「それじゃあ行こうか」
『はい』
私たちは裏裏山と裏山を越え、日がちょうど沈む頃に忍術学園に着いた。
「おかえりなさ~~~いっ」
『「しーーっ」』
「あ、ごめんなさい。きり丸くん、寝ているんだね」
潜り戸から顔を出した小松田さんが口を手で塞ぐ。
半助さんの背中にはいつの間にか眠ってしまったきりちゃんが規則正しい寝息を立てていた。
私が三人分の名前を出入門表にサインして、私たちは潜り戸を通る。
一年生長屋の廊下を歩いていると、ちょうど部屋から乱太郎くんとしんべヱくんが出てきた。
二人は目を丸くしながら私たちの元へと駆け寄ってくる。
「きりちゃん寝ているんですか?」
『家のことで色々頑張ってくれてね。それで疲れちゃったの。二人は今からごはん?』
「はいっ。今日のお夕飯はチンジャオロースだって!」
「しんべヱったらシーっ!きりちゃんが起きちゃうよ」
「あ、ごめん」
「きりちゃんの分のお夕食、おばちゃんに取っておいてもらえるように伝えておきますね」
『ありがとう、乱太郎くん』
それでは!と二人は食堂へと駆け出そうとする。
「こらーっ。二人とも、廊下を走るんじゃない」
「「ご、ごめんなさ~い」」
小声で叱る半助さんに小声で答える二人。
なんだかそのやりとりが可笑しくて、私はクスクスと小さく笑い声を漏らす。
「きり丸を布団に寝かせよう」
『はい』
布団を敷いて、半助さんがきりちゃんを布団に寝かせる。
天使の寝顔とはこのことか。きりちゃんのあどけない寝顔が可愛くて、私の顔は完全に緩んでいる。
「こうしていると、きり丸も年相応だな」
『うん?』
「きり丸はな、小さい頃に辛い思いをしたんだ。住んでいた村が戦火に焼かれて、ご両親は巻き込まれて亡くなってしまった」
半助さんが結われているきりちゃんの髪を解きながら話してくれる。
―――トネ子!きり丸を連れて走れっうわあっ!!
きりちゃんと母親を守るために盾になって矢に打たれた父。
―――母ちゃん嫌だよっ!母ちゃんと一緒にいさせてッ
―――言う事を聞くのよ、きり丸。ここにいれば安全だから
―――母ちゃんっ!!出してよ、ここから出たいよっ!
母親は、村の家々が燃える中、これでは逃げられないと思い、きりちゃんを枯れ井戸の中に隠した。
家々が激しく燃える音、村人の叫び声、兵士の雄叫びに、煙の匂い、血の匂い。
幼い5つのきりちゃんは、枯れ井戸の中で一人、それらに耐えた。
―――うわああんっ。母ちゃんっ、父ちゃーーーんっ
―――っ!?誰かそこにいるのかい!?
学園長先生の命令で戦の被害状況の調査を行っていた半助さんがきりちゃんを見つけた。
きりちゃんは10歳の忍術学園入学まで学園長先生の知り合いのお寺に預けられていたそうだ。
「こういう経験をした子だからね、心に傷を持って、人には容易に心を開かなくなってしまった。脆くて鋭い刃のようだった」
それでも、忍術学園に入学してからは変わったんだよ。と半助さんは言う。
明るくて素直な一年は組の同級生に囲まれて彼の心は解されていったそうだ。
「変わったけれど、だけど気にかかっていたんだ。生活の為とはいえきり丸がお金に執着しすぎることに。自分ひとりの力だけで生きねばと思い込んでいるような節があることに」
『そうでしたか・・・』
私はきりちゃんの頭をそっと撫でた。
口元が綻んで、私は目を細める。
『私は、きりちゃんと一緒に幸せになりたいと思います』
絶対幸せになろう。
私は心の中で、固く誓う。
ふと、半助さんの方を見ると口元が三日月型になっていた。
『ちょっと~~。何笑ってるんですか~?』
腕を組んで、半助さんに膨れっ面をしてみせる。
「え!?いや、可笑しくて笑っているんじゃないんだよ」
『それじゃあ何ですか?』
「ごめん、ごめん、怒らないでくれ。ユキはやっぱり男らしいなと思っただけさ」
半助さんがそう言って目を細め、クスクスと笑った。
『もうっ。笑わないで下さいよ』
「ごめん。私はね、ユキに感謝しているんだよ。今日のきり丸は子供らしかった。ユキの前だときり丸は、子供らしくいられる」
そう言って半助さんは優しい目で私を見た。
『それは半助さんにも同じですよ』
「そう思うかい?」
『はい』
そっと、半助さんがきりちゃんの頭に触れる。
『私たちも夕食に行きましょうか』
「そうだね」
「んっ・・んん・・・」
立ち上がろうとした私の小袖がきりちゃんに掴まれる。
私は半立ちになった足をゆっくりと元に戻す。
『ふふ、私、暫くここにいる事にします』
「分かったよ。おやすみ、きり丸」
半助さんが部屋を出ていき、私はゆっくりとした動きできりちゃんの傍に横たわった。
頬杖をつきながら、私はきりちゃんに微笑みを向ける。
『甘ったれさんだね』
起きているのかしら?
きりちゃんの口が少しだけきゅっと尖がり、私は小さく笑ったのだった。