第三章 可愛い子には楽をさせよ
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18.クッキング
「たっ、たっ、大変だ~~~~~!!」
吉野先生と事務室で作業をしているとバタバタという足音とともに叫び声が聞こえてきた。
ハイハイしながら戸まで移動してガラリと戸を開けるとこちらへと大慌ての様子で走ってくる小松田さんの姿が視界に映る。
『どうしたんですか?』
「どうしたもこうしたもないんだよっ。お、おばちゃんがギックリ腰になっちゃって!」
『「えぇっ~~!?」』
小松田さんが薪の在庫を確かめに行き、食堂の横を通った時にギックリ腰になって座り込んでいるおばちゃんを見つけたそうだ。
「とにかく様子を見に行きましょう」
『はい』
私、吉野先生、小松田さんは事務仕事を一時中断しておばちゃんのお見舞いに行くことにした。
医務室に入ると、おばちゃんは布団に寝かされていた。
『顔が真っ青』
腰が痛くて脂汗が浮いてしまっているおばちゃんの額を私は手ぬぐいでそっと拭う。
「新野先生、おばちゃんの具合はどうなのでしょう?」
「二、三日休めば良くなるでしょうが、それまでは安静にしていた方がいいでしょう」
吉野先生の問いに新野先生が答えるのを聞き、私はおばちゃんの片手をきゅっと握った。
『おばちゃん』
「なあに、ユキちゃん?」
『おばちゃんが休んでいる時の食事は、私に任せてください!』
シーーーン・・・―――――
『・・・・え?』
ナニこの反応!?!?
「あははーユキちゃん、冗談キツイよ~」
「こ、小松田くんっ」
焦ったように吉野先生が小松田さんの口を塞いだ。
よし、いいだろう。職員同士の対決ってのも燃えるものだ。
可愛い小松田さんは撫で回しの刑に処してやるっ。(これじゃあ燃えるじゃなくて萌えるだわ。アハハ)
「ユキちゃん」
『っ!?は、はいっ』
小松田さんに飛びかかろうとしていた私に声がかかり、私は両手を上げた状態でおばちゃんの方に向き直った。
苦笑いを浮かべながらおばちゃんが言うにはもう既に代役を頼んでいるという。
「ちょうどさっき忍者食研究家の黒古毛般蔵先生が忍術学園にいらしてね。私のピンチヒッターをお願いしたの」
黒古毛般蔵先生は今日の夕食からおばちゃんの代わりを勤めてくれるそうだ。
忍者料理研究家かぁ。
若干不安を覚える言葉の響きではあるが、おばちゃんの推薦だからきっと凄腕の料理研究家なのだろう。
「それでは、私たちは事務室に戻りますか」
「そうですね。おばちゃん、安静にしてくださいね」
『お大事に、おばちゃん』
「ありがとね、吉野先生、小松田さん、ユキちゃん」
医務室を出ていく私たち。
私はこの時、同僚ふたりの顔が青ざめていたことに、全く気がつかなかったのであった・・・・
『ふーっ。少し遅くなっちゃったかな』
私は野外訓練から帰ってくる四年生のためにお風呂の二度炊きを終えたところ。今から食事だ。
いつもより少し遅い時間になってしまったと思いながら食堂へ入ると六年生がテーブルを囲んで座っていた。
『みんな!私も席に混ぜてもらってもいい?』
「え、あ、あぁ。いいぞ」
文ちゃんが私に答えてくれた。
でも・・・ん?なんかみんなの周りの空気がどんよりと暗いような・・・もしかしてみんなで真面目な話でもしていたのかな?
でも、いいって言ってくれたし混ぜてもらってもいいよね。――――っとそれより、黒古毛般蔵先生に挨拶、挨拶。
厨房の中を見ると釜にかけてある鍋をかき回している見知らぬ男性の後ろ姿があった。きっと彼が黒古毛般蔵先生だ。
『あの、はじめまして』
「うん?」
『私、春からこちらで事務員をしております雪野ユキと申します。どうぞお見知り置きください』
「おぉっ。これはご丁寧にどうも。儂は忍者料理研究科の黒古毛般蔵と申す。通称ぱんちゃんと呼ばれております」
『ぱ、ぱんちゃん!?』
ずいぶんファンシーですなっ!
顔と一致しないあだ名に心の中でツッコミを入れる。
てか、真面目な顔でそんなこと言わないでくださいよ!もう少し表情を緩めてくれたら『可愛いですね~』とか『えぇっ似合わない!』とか反応できるものを!!
いまいち黒古毛般蔵先生のキャラクターを掴みきれないまま料理をお願いする。
目の前にトンと置かれたのはうどんなどを入れる鉢に入れられた灰色のとろっとしたスープ。
『ビシソワーズ?』
「びしそわぁず?」
食べたことのあるジャガイモと人参のビシソワーズが確かこんな色をしていたな、と思いながら呟くと黒古毛般蔵先生が不思議そうな顔で私の顔を見た。
『南蛮の料理でビシソワーズというのがあるんです。それに似ているな~と思いまして』
「ほう!南蛮料理か!」
黒古毛般蔵先生が破顔した。
あ、良かった。笑ってくれた。
私は今まで仏頂面だった黒古毛般蔵先生が表情を崩してくれて嬉しくなりながら頷く。
『手間のかかる料理だから私は作ったことはないのですが、一度飲んだことがあってとても美味しかった記憶があります』
「儂のびしそわぁずも旨いぞ!じゃんじゃん飲んでくれ。よし、君のは大盛りにしてあげよう」
『やったーー!』
若干色の悪いビシソワーズだが、良い匂いはしているから美味しいはず。
きっとこの香ばしい香りは玉ねぎの香りだろう。
私は黒古毛般蔵先生からビシソワーズを受け取って(今日の料理はビシソワーズ一品だった。手間のかかる料理だから仕方ない)六年生のいるテーブルへ行き、文ちゃんと留三郎の間に座らせてもらう。
「大盛りだな」
羨ましいのか前に座る仙蔵くんが声を固くして私に言った。
『へへーん。いいでしょう!では、いただきますっ』
大口を開けてパクッとビシソワーズを食べた瞬間、
「カッ!フブッウウゥっ?!』
「「「「「うわああっ」」」」」
私は思い切りむせこんだ。
私からサッと逃げる六年生’S。
「汚いっ!」
叫ぶ仙蔵くん。
『ご、ごめん。だって!」
だって味わったことがないくらい不味かったんだもん!
『この味はどうやったら出来るんだ・・・』
「こうやってだよ・・・」
愕然としながら呟く私に、留三郎は自分の器に箸を入れ、そこから引き上げたものを私に見せつけた。
途端に私の口から声にならない悲鳴が漏れる。
『か、蛙っ!・・・』
「正解だ」
ちょっと待て。という事は、私は蛙入りのスープを飲んじゃったってこと!?
いや、落ち着こう。カエルはフランス料理では高級食材だ。
食べたって私の心には何のダメージも受けないぞ――――――っ!?
私は絶句して周りを見た。
六年生がそれぞれの器から箸で引っ張り出したものはトカゲ、百足、その他諸々。
私は失神しそうになり、足を踏ん張って何とか意識を現に留め、机に肘をつき、口を抑えた。
「黒古毛般蔵先生の口癖は喰えるだけでもありがたや、腹に入れば皆同じ、だ」
仙蔵くんが溜息を吐きながら言った。
無理、無理だよ!私のデリケートな胃腸は百足なんかを消化できる酵素を持ち合わせてはおりません!
私は恐る恐る自分の器に箸を伸ばした。
おう・・イナゴが入っていました。私はそっと水面下にイナゴを戻した。
『みんなどうするの、これ』
「食べるしかないだろう」
文ちゃんが背面にある壁紙を親指で差しながら言った。
そこにはおばちゃんの文字で”お残しはゆるしまへんで”とある。
で、ですよね~~~。
この世界、この時代、口に物が入るだけでも有難いのだ。
今までが恵まれ過ぎていたようにも思う。
こういった経験もしておいた方がいいよね。
いつものポジティブシンキングを発揮した私は『よし』と覚悟を決めるように自分の頬を両手でパンパンと叩く。
『よっしゃ。いくぞ!』
「いくって・・・え゛っ」
私は絶句する留三郎の横で呼吸を止めながらグイグイとスープを飲み干した。
黒古毛般蔵先生の言う通り、喉元過ぎれば何とやらだ。
私は息を止めたままイナゴまで一気に食べ尽くす。
『君たち、私を見習うといい』
「「「「「「 凄いなッ(男らしい・・・) 」」」」」」
『じゃあ、私はこれで』
急いで井戸に行って水を飲まねば!
『黒古毛般蔵先生、ご馳走様でした』
「おぉ!!全部食ってくれたんだな。おかわりいる『いえ、結構です』だよな~」
『だよな~って、え!?』
もしや不味いの自覚済み!?
『黒古毛先生?』
「お、お前たちも残さず食べるんだぞー!」
誤魔化すように六年生に声をかける黒古毛般蔵先生。
慌てて私の視線から目を逸らす黒古毛般蔵先生を、私はじとっとした目で見続けたのだった。
***
黒古毛般蔵先生の忍者食・・ゲテモノ料理を食べたその日、忍術学園では気分不良者が続出してしまった。
トカゲ、百足、その他諸々を食べてしまったのだから当然であると言えば当然である。
「そういうわけだから、ユキちゃんにお願いするわね」
『任せてください、おばちゃん』
そうして白羽の矢が立ったのはこの私、雪野ユキである。
黒古毛般蔵先生に代わり、明日の朝から忍術学園の食堂を預かることになった。
とは言ったものの・・・
不安である。もっといえば不安しかない。
しかし、頑張れば二日くらいならやれそうな気がする。
私は弱気な心を振り払って厨房の中へと入っていった。
既に時刻は子の刻。元いた世界の時間に表せば夜の十一~一時くらいの時刻だ。
まだ真夜中は越えてないと思うがそれでも厨房に人気はない。
私は昼間とは違いシンと静まっている厨房に立ち、芋の皮むきを始めることにした。
私の不器用さを考えたら明日準備をするのは無理がある。
今晩中に明日の昼までの下ごしらえをしてしまおうという魂胆だ。
シャリシャリ
蝋燭の灯りを頼りに芋を剥いていく。食堂に響くのは私が芋を剥いている音だけ。
こういう単純作業、嫌いじゃないんだよね。
空想遊びをしながら芋をひとつ、ふたつと剥いていく。
シャリシャリシャリ
「ユキ?」
『うわあっ』
突然かけられた声に私は体をビクリと跳ねさせた。
手の中にあった芋がピュンと飛んで、私は慌てて芋に手を伸ばし手の中に収める。
「すまん。驚かせたね」
『いえいえ』
私に声をかけたのは半助さんだった。
「芋の皮むき?」
『そうなんです。明日の昼ご飯までの下ごしらえを今晩中に終わらせてしまおうと思って』
「おばちゃんの代わりにユキが食事の支度をする事になったんだったね」
そう言った半助さんは、とことこ厨房に入ってきて包丁を手に取った。
「手伝うよ」
『ダメですよ。半助さんお疲れでしょう?お休みになった方がいいです』
きっと今の時間まで仕事をしていたはずだ。さらに手伝いまでしてもらうのは申し訳ない。
ブンブンと首を横に振るが、半助さんはそんな私の前に腰をかける。
「一緒にいたいんだ」
『え・・・・』
「ユキと一緒にいたい。だから手伝わせて欲しい。こう言ってもダメって言うかい?」
顔がポンっと赤くなるのを感じた。
私は何と言っていいのか分からず無言でブンブンと首を横に振る。
「良かった」
半助さんはニコリと私に笑いかけて、芋を手に取った。
シャリシャリ
再び厨房に芋の皮を剥く音が響き始める。
『ありがとうございます、半助さん』
「うん」
シャリシャリシャリ
私も芋を剥き始める。
『あ、半助さん』
剥くべき芋を半分ほど剥いたあたりで、私は言うことがあったのを思い出した。きりちゃんのことだ。
私は、春誕生日会の夜にきりちゃんと話し合ったことを半助さんに伝える。
「実はその話、きり丸から今日聞いたところだったんだ」
『何か言っていました?』
「うん。実はね・・・」
きりちゃんは長期休みには半助さんの自宅に行っているそうだ。
その事で、少し迷っていることがあるらしい。
「嬉しいことにきり丸の奴、私と暮らせなくなるのが寂しいと言ってくれてね」
そう言って半助さんは眉を下げた。
「でも、ユキとも暮らしたいからどうしようって困っていたんだ」
『そうでしたか・・・。半助さんときりちゃん、傍から見ていると親子か兄弟のように感じられる時がありました。だから、きりちゃんがこう言うのはもっともです。何か考えなくてはいけませんね』
どうすればきりちゃんが一番幸せに過ごせるだろうか?
私も、そして半助さんも思いは一緒だ。
「長期休みまでまだ時間はある。私も一緒に考えるからどうしたらきり丸にとって一番良いか、一緒に考えよう」
『はい』
「それにしても、ハハ。ユキは男らしいよな」
半助さんには何でも話すきりちゃん。私がきりちゃんに指輪を渡しながら『雪野きり丸になって欲しい』と言った事を半助さんに
話したらしい。
「目指す男性像はユキ、だな」
『ちょっとおぉ。やめて下さいよぉ』
「ハハハっ」
ゲシッとパンチする私から半助さんが逃げる。
その後私たちは楽しくおしゃべりをしながら、残りの芋を剥き終えた。
「それじゃあお休み。ユキも早く寝るんだぞ」
『はーい』
芋剥きを手伝ってくれた半助さんはお部屋へと帰っていった。
私はもう少しやることがあるからと厨房に残ることに。
『ええと、明日の朝食はサラダとごはんと、それから・・』
今何時だろう?
お米を研ぎ終えた私は勝手口から外に出て空を見上げる。
月が西の空へと傾いているのを見ながら大体の時間を予想する。
だいたい夜中の三時頃だろう。
うーん。どうしようかな。今から寝たら朝起きられなくなる可能性が高い。
『本でも読んで時間潰そうかな』
私は部屋から本を持ってきて読書して時間を潰す事にした。
そして、夜は明けていき―――――――
東の山から顔を出した太陽が忍術学園を照らしている。
チュンチュン歌う小鳥の声を聞きながら身支度を整えた私は厨房へと戻ってきた。
『まずは炊飯からだね』
カチッとライターで火をつけて薪を燃やす。
上手く炊けますようにと願いを込めて釜の蓋を撫でていると勝手口から明るい声が聞こえてきた。
「よう、ユキ!」
『雅之助さんっ』
勝手口に立つ雅之助さんが私に太陽のような明るい笑顔を向けてくれる。
「ユキが厨房にいるなんて珍しいな。おばちゃんは?」
『実はギックリ腰になってしまって二,三日私が食事の支度をすることになったんです』
「なに?!おばちゃんも心配だが・・・ユキも大丈夫か?」
『余裕を持って準備したので大丈夫だとは思いますが・・・』
だが、やはり不安だ。
『わわっ!?』
失敗しないよね・・・・と不安になりながら厨房を見渡しているとワシワシと頭を撫でられて、私は驚き声を上げる。
目線を上げると雅之助の二カッとした笑顔。
「よし!儂が手伝ってやろう!」
『いいんですか!?』
「あぁ!」
一人暮らしで自炊している雅之助さんがいたら心強い。
私がパアアァと顔を明るくしていると、
「おはよう、ユキさん」
「モソ」
「ユキちゃん、手伝いに来たのだ!」
『雷蔵くん、長次くん、兵助くん?!』
「私たちもいますよ!」
「お手伝いに参りましたっ。この平滝夜叉丸にお任せあれ!」
『三木ヱ門くんに滝夜叉丸くんも』
厨房に次々に入ってくる忍たまたちに目を瞬く私。
みんなは揃って私の手伝いをしに来たと言ってくれる。
『みんな・・・(ジーン)』
「ユキちゃん、指示を出して。俺たちで美味しい朝食を作ろう」
『うん!それじゃあ兵助くんはゆで卵を作って、長次くんと雷蔵くんはサラダをお願いします。雅之助さんは・・・
分担をして朝ごはんを作っていく。
みんなが来てくれたことで私の中の不安は吹っ飛んでいった。
美味しそうな匂いが厨房に漂い始める。
「美味しかったよ」
「ごちそうさまでした、ユキさん」
「ごちそうさまー!」
にこにこ笑顔でお皿を下げにきてくれるみんな。
お手伝いをしてくれた雅之助さんたちのおかげで朝食を無事に乗り切ることが出来た。
カーンとヘムヘムが始業の鐘を鳴らすと同時に私はホッと安堵の息を吐き出す。
『ありがとうございました、雅之助さん』
「このくらいなんてこたぁない」
二カッと雅之助さんは私に顔を向けて笑ってくれた。
長次くんたちは授業に行ったので今食堂にいるのは私と雅之助さんの二人だけだ。
「ユキは朝飯食ってないだろ?食べたほうがいい」
『雅之助さんは?自宅でごはん食べてこられました?』
「あぁ」
『それじゃあ雅之助さんいはお茶を淹れますね』
「ありがとうな」
私は自分の分の食事をよそい、雅之助さんにお茶を淹れてテーブルへと運び、雅之助さんの前に腰掛ける。
『いただきます』
パクっ
美味しい!私はふにゃりと表情を崩す。みんなが手伝ってくれた朝ごはんはおばちゃんの料理に負けないくらい美味しかった。
「良い食べっぷりじゃの!」
『アハハ。食べるの大好きですから』
パクパクと気持ちがいい食べ方をしていくユキを見て、雅之助が豪快に笑う。
ユキは可愛いのう――――っと、まったく!儂は朝っぱらから何を考えているんだか。
雅之助はユキに見惚れていた自分に気づき、そんな自分に呆れながらずずっとお茶を啜った。
大木雅之助三十三歳。ユキより二十歳弱年上だ。
雅之助は三十三だからどの面でもそれ相応の経験は積んでいる。
しかし、雅之助はユキの前では時々、思春期の青年のように恋に思い悩み、自分に自信をなくすことがあるのだった。
それはユキの飾らない性格と、真っ直ぐな気質のせいであると雅之助は考える。
ほんに、口いっぱいに飯を詰め込んで・・ププ。
幸せそうに飯を食う奴じゃなあ。
「のう、ユキ」
『ふぁい?』
「儂を好きになってくれんかの?」
おっと。固まらせてしまった。
目を大きく見開いて、箸を自分の口の手前まで持っていく寸前でフリーズしているユキを見て雅之助はふっと息を吐きながら笑う。
雅之助の、ユキを見る目は優しい。
瞳に温かい光を宿しながら身を乗り出し、ユキの口元についていたご飯粒を手で取って、パクリと自分の口に運んだ。
『え、えっと、えっと、えっと、それって、本気!?』
ようやくフリーズ解除されたユキが顔を真っ赤にさせて叫ぶ。
「本気じゃ。儂の嫁に来い」
『よ、嫁に来いってそれは・・きゅ、急すぎて私」
「おおおいっ!大木雅之助!雪野くんに寝ぼけた戯言を言うんじゃないッ」
いつから聞いていたのか、野村雄三がユキと雅之助の前にキキっと走ってやってきた。
「戯言ではない。冗談でこんなこと言うか!」
ダンと机に手を付きながら雅之助が立ち上がる。
「冗談でないなら尚更タチが悪いわっ」
「人の一世一代の告白をタチが悪いとはどういう事じゃッ」
「お前のようにガサツな男と結婚したいと思うおなごなどいないということだ、この野蛮人!」
「野蛮人だと~~ラッキョ嫌いが何を言うか!」
互いに飛びかかる雅之助と雄三。
真っ赤になりながら朝食の続きを食べ続けるユキの前で、大木雅之助と野村雄三の戦いが勃発したのだった。