第三章 可愛い子には楽をさせよ
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17.宴のあとに
寝ているみんなを起こさないように東坊を出て扉を閉める。
本堂では上級生たちや先生がお酒を飲みながら楽しんでいる。
私も混ぜて貰いに行こう。
本堂へと私は歩いていく。
「おっ、ユキ!ようやく来たな」
ぴょんぴょーんと私のもとへと駆け寄って来た小平太くんが私の1メートル先で急に潰れた。
『大丈夫?』
「だいじょうぶらっ」
嘘つけ。大丈夫じゃないだろう。
顔を上げた小平太くんの顔は真っ赤だった。
酔っているな、これは。
私が苦笑しながら小平太くんに肩を貸して起き上がらせていると、
「僕も~~」
『ぎゃうっ』
ずんと体が重くなった。
『き、喜八郎くんっ』
潰れる。体が潰れるよっ。
「僕もユキさんと触れ合いたいでーす」
『触れ合いっていうよりこれはちょっとした拷問だよ!?てか、喜八郎くんお酒飲んでない!?』
真横にある喜八郎くんの顔はほんのりと赤らんでいる。
あなたたち未成年でしょうっ。先生はどうした、先生は!
と、辺りを見渡した私は愕然とする。
「にゃにを言うかラッキョ嫌いっ」
「うらひゃい大木ましゃのすけっ」
「さあさあ松千代先生どうぞ遠慮なさらずにっ」
「は、恥ずかしい~~けど、頂きます」
そ、それぞれ出来上がっておられる・・・
目の前で生徒が飲酒しているのに止めないんかーーーーいっ。
一人ツッコミをする私。
私はまともな大人を探すべく、肩を貸していた小平太くんと私に無意味に体重をかけていた喜八郎くんをポイッ、ポイッと床に投げ捨てる。
『半助さんっ』
「ユキ。戻ったんだね」
『安藤先生、半助さん借りていきますね』
安藤先生の親父ギャグに捕まっていた半助さんを捕まえて本堂の端まで連れて行く。
『いいんですか!否、良くないですよね、未成年の飲酒なんて』
郷に入らば郷に従えだから最高学年である六年生の飲酒は仕方ないと思っていたが(本心から言えば体のために控えたほうがいいと思うのだけど・・)下の学年である四年生、五年生までも飲むのは如何なものかと思う。
体に毒なのでは?と半助さんに聞くと、
「うーん。忍になる彼らは今のうちに慣れておいたほうがいいからね」
と半助さんは私に言った。
どういう事?
「忍びの三禁って知っているかい?」
『確か欲、酒、女でしたよね』
「正解だ」
欲に目が眩めば周りのことが見えなくなり、酒に酔っては仕事をこなす事ができない。女に溺れては大切な情報を漏らしてしまう危険性がある。これが忍の三禁だと授業中にどっかの教室の前を通っている時に聞いた。
「成人する最高学年の六年生まで酒を待っては酒に慣れるのには遅すぎるんだ。生徒たちは卒業したら直ぐにプロの忍として働くことになるのだからね」
そうか。成人まで待っている余裕がないのだ。
もし、酒に慣れずに卒業して、任務中にお酒を飲まなければならない状況に置かれてしまった時、困るのは彼らだ。
潜入捜査をしていれば周りに合わせて酒を飲まなければならない時が来るだろう。その時のためにも慣れなければいけないのだと私は納得した。
忍は危険と隣り合わせの職業だ。
みんな志と憧れを持ってこの職業を目指しているのだから“危険だ、やめろ”とは決して言わない。しかし、それでも胸がジリジリと痛くなる。
「ユキ、良かったら飲まないか?」
半助さんが杯を差し出してくれた。
私を気遣ってくれているのを眼差しから感じたので、私は半助さんに大丈夫だと示すよう微笑む。
『いただきます』
喉にお酒が通っていく。
アルコールが喉に熱い。
それが気持ちよくて私はほっと息を吐き出す。
「いい飲みっぷりだ」
『半助さんもどうぞ』
「ありがとう」
私と半助さんは部屋の隅で静かにお酒を嗜む。
「土井せんせーい。ユキを独り占めしちゃいけませんよ~」
部屋の端でちまちまやっていると酔っ払った様子の勘右衛門くんが私たちのところにやってきた。
『だいぶ酔ってるね』
「酔ってる。だから、膝かして」
コロンと勘右衛門くんが私の膝に乗っかってきた。
この髪の毛、不思議なんだよね~。
束になったような髪の毛を手に取ってしげしげと眺めていると、五年生が私たちの周りに集まりだす。
「あー勘右衛門っ。ずりーぞ。膝半分わけろっ」
「交代にしろっ。邪魔するなよ、三郎」
私の膝に頭を乗せたまま三郎くんにゲシッと足蹴りする勘右衛門くんとそれを避ける三郎くん。
「お酒のつまみに豆腐はどう?ユキちゃん」
『わーありがとう!兵助くんっ』
「それじゃあ俺は酒をついでやるよ。まだまだいけるだろ?ユキは」
『もっちろん。私はまだまだいけますとも』
「ユキさん、お酒強いのは知っているけど、あまり飲み過ぎちゃダメだよ」
『気をつけるよ、雷蔵くん』
兵助くんにお豆腐をもらい、八左ヱ門くんにお酒を注いでもらい、雷蔵くんに心配してもらう。
なんて平和な飲み会―――――――っへぶ!?!?
「「「「「ユキ(さん、ちゃん)!?!?」」」」」
私の額にお猪口が直撃して私は後ろへとひっくり返った。
「あーあ。ユキに当たっちまったじゃねぇか。文次郎、さいてーだな」
「なにいいぃ!?ユキに当たったのは、留三郎!お前が鉄双節棍で弾いたお猪口だろうがッ」
「違う!俺じゃないっ。ユキの額に当たったのはお前が袋槍で弾いたお猪口だっ!!」
「いや、俺じゃない。お前のだっ」
「いーや。文次郎、お前が弾いた――――」
六年生二人に勝てるはずはない。だが、やらせてくれ。
喧嘩を売られたら高値でも買え!それが雪野家の家訓だコンニャロウガアァ!!
私は私を無視して言い合う二人に飛びかかった。
「わわわ、ユキ、待て」
「お、落ち着けユキっ」
『問答無用!』
カーン
試合開始のゴングが頭の中で鳴り響く。
『六年生っ。このふたりを抑えてくれたら新しく開けるお酒、一番に飲ませてあげるよ』
「それ、うまいのか!?」
『馬井屋さんの上物のお酒だよ!』
文ちゃんと留三郎はあっという間に伊作くん、仙蔵くん、小平太くん、長次くんに取り押さえられた。
「「うわぁ~~やめろ~~~~っ」」
私にくすぐられてゲラゲラと笑う文ちゃんと留三郎。
復讐果たしけり!
私は満足顔で立ち上がった。
『あ~疲れた。お酒飲も』
「ユキ!新しいお酒というのはどれだっ?」
『待っててね、小平太くん』
タコヤキトリ城の忍さんたちからもらった酒壺を長次くんと一緒に厨房に取りに行き、本堂へと持ってくる。
忍たまも先生方も目をキラキラさせながら集まってくる。
柄杓で徳利にお酒を注ぎ、みんなに配っていく。
「旨い酒だな」
私は、五年生の輪の中に入れてもらってお酒を楽しんでいた。
美味しそうにお酒を飲み干した八左ヱ門くんのお猪口にお酒を注ぎ足す。
すると、俺も、私も!とお猪口が伸びてくる。
ちなみに、勘右衛門くんはまた私の膝の上に頭を乗っけてくつろぎ出している。どうやら飲むと甘えたになるタイプらしい。
可愛い!とは思えないのはセクハラまがいの日頃の行いが悪いせいだな、うん。
「なあなあ、酒も回ってきたことだし、エロい話ししないか?」
『「「「ぶふっ」」」』
もうひとりのセクハラ大王の発言に私たち四人(もちろん私、兵助くん、八左ヱ門くん、雷蔵くん)が一斉に吹き出す。
『ごほっごほっ。それは男子だけでやりなよ~』
「馬鹿なのか!?女子が混ざるから楽しいんだろうが」
提案したらカッと目を見開かれて言われた。
三郎くん、あなたって人は裏切らないわね・・・
「それじゃあ手始めに自分がMかSか言っていくことにしよう」
『勘右衛門くん・・・』
先程まで私の膝の上でうとうとしていた勘右衛門くんが目をパッチリ開けて起き上がった。
こっちも裏切らないなぁ・・・でも・・・
『雷蔵くんはMとSどっちなの?』
「えっ!?ぼ、僕!?」
慌てる雷蔵くん。かーわいー!
期待通り頬を染めながら慌てる雷蔵くん。
萌え萌えですわー
「ぼ、僕はなんだろう・・・?今まで意識したことがなかったからな。Mだろうか・・それともSだろうか・・・」
「雷蔵はMじゃないか?」
「いや、Mと見せかけてSだったり?」
迷いだす雷蔵くんの横で予想をする八左ヱ門くんと兵助くん。
『そもそもさ、SとMの定義ってなんだろう?』
「ドクタケの魔界之小路先生がMの良い例じゃないか?」
魔界之小路先生を思い出してげんなり顔になる勘右衛門くん。
罵られて恍惚とした表情をしていた魔界之小路先生を思い出し、五年生と私は顔を見合わせてげんなりした顔になる。
『魔界之小路先生がMの代表だとしたら、Sの代表は誰だろう?』
「「「「「立花先輩じゃないか?」」」」」
声が揃った。
『ぶっ。ぷくくっ』
思わず吹き出してしまう私。の頭に直撃するお猪口。
『痛ったーい。文ちゃんと留三郎!いい加減にしなさいよって・・・え・・・』
私の顔が青くなる。お猪口を私の方に投げてきたのは文ちゃんでも留三郎でもなかった。
三郎くんと雷蔵くんの後ろに立つ人が黒いオーラを放ちながら私を見下ろしている。
「ユキ」
『ひゃいっ』
どS様の降・臨!
仙蔵くんが腕を組みながら私を見下ろす。
「ユキ、お前たちも、私のいないところで勝手を言ってくれるな」
縮み上がる五年生。みんな怒られると身構えていたが、
「ふん。まあいい」
仙蔵くんは特に怒るでもなくストンと私たちの輪の中に座った。
「私たちも混ぜてくれ!」
「飲んでるか?五年生」
「ギンギンに飲み比べをしよう」
「みんな無理しちゃダメだよ~」
「モソモソモソ(酒のつまみを作ってきた)」
小平太くん、留三郎、文ちゃん、伊作くん、そしておつまみを持った長次くんも私たちの輪の中にやってきた。
「何の話をしていたんだ?」
「SM談義をしていたところなんですよ、七松先輩」
「それは面白そうだな!」
三郎くんの答えに興味津々といった顔をする六年生たち。
みんな、こういう話、好きなのね。何となく分かるけどさ。
『で、みんなはどっちなの?』
「「「「Sだな」」」」
聞くと雷蔵くん以外の五年生が口を揃えて言った。
男性はSが多いもんね。だけどさ、Sと見せかけてMだってのも萌えるんだけどな~。
例えば、八左ヱ門くんが実はMで苛められている時に小動物のような反応をしたら、それはもう、鼻血ぶーになるくらい萌え萌えだし、兵助くんがあの長いまつげをパチパチさせて必死に耐えている顔を想像したら胸がキューンとなってしまう。
雷蔵くんは言わずもがな。優しくてはっきり拒否できなッ―――!?!?
ふと顔を上げたら五・六年生全員が白い目で私を見ていました。
突き刺さる軽蔑の眼差し。
私は彼らから視線を外し、お酒をクイッと飲み干したのだった・・・・
「ユキはどっちなんだ?」
小平太くんに問われる私に興味津々な瞳が向けられる。
私はどっちだろう?
うーん。と考えてから答えを出す。
『両方、かな』
「両方?」
首を傾げる小平太くんにコクリと頷く。
『うん。両方。彼氏と戯れるなら、両方の役をやったほうが楽しいじゃない。時にはMになり、時にはSになり、彼氏とキャッキャウフフ楽しみたいよ』
固まる五・六年生たち。あら?変なこと言った?
カシャーン
固まってしまったみんなの前で困っていると、お皿がぶつかり合う音が聞こえてきた。
『うわっ。タカ丸くん大丈夫!?』
目を向けると部屋の反対側でタカ丸くんが派手にコケていた。
『ちょっと様子みてくるね』
部屋の反対にいるタカ丸のもとへと駆け寄るユキ。
その後ろ姿を見送る五・六年生の頭の中は、ユキとのキャッキャウフフでいっぱいになっていたのだった――――――
『タカ丸くん、大丈夫?』
「あっ、ユキちゃ~ん」
床に倒れているタカ丸くんの顔を覗き込むとふにゃりとした笑みが返ってくる。
お皿やお猪口は割れていないし、本人も痛そうな様子は見せていないから怪我はしていないみたいだけど、そうとう酔っているみたい。
『タカ丸くん、随分飲んだの?』
「私たちの半分も飲んでないと思うのですが・・・」
眉を下げていう滝夜叉丸くん。
タカ丸くんの横に膝をつくと、腰に手を回してお腹に顔をぎゅーっと抱きつけてきた。
「えへへ~ユキちゃん良い匂い」
『コラコラ』
コラコラ可愛いなっ!
髪の毛を優しく梳くとくすぐったそうにクスクス笑うタカ丸くんが可愛すぎます。
ふにゅっとした満足そうな笑みを浮かべるタカ丸くんの頭を撫でていると背中に衝撃。
わかります。これは振り返らなくても声を聞かなくても誰なのか分かります。
「ユキさん僕のこともかまって下さいよ~」
私のことを後ろから抱きすくめるのは喜八郎くんだ。
ふわりとお酒の香りが鼻をくすぐる。
「僕さみしい。ユキさんが構ってくれない。酷い・・・」
突然喜八郎くんがうじうじと私の肩に顔をうずめて泣き出した。
もしかして喜八郎くんって泣き上戸?
しかもこれは予感だが、喜八郎くんはめんどくさい泣き上戸のような気がする。
めんどくさくなる前に先手を打とう。
『タカ丸くん、喜八郎くんと交代してもいいですか?』
半分寝かけていたタカ丸くんに膝から降りて欲しいと頼む。
だが、タカ丸くんはイヤイヤというように首を振って私の腰に回していた手にさらにぎゅーっと力を込めてしまった。
「タカ丸さんったら!ユキさんが困っておられますよ」
「喜八郎もユキさんの背中から離れろ。苦しそうにしておられるだろうっ」
三木ヱ門くんと滝夜叉丸くんがそう言って二人のことを私から引き離そうとするが引っ張れば引っ張るほどふたりは私に抱きつく手に力を込めるばかり。
「ユキちゃん、だーいすきっ」
「ユキさんが・・ヒック、僕をかまってくれないっ。ヒック僕のこと、嫌いなんだっ、ヒック」
どうしてこうなった?
タカ丸くんを引っ張る三木ヱ門くんと喜八郎くんを引っ張る滝夜叉丸くん。
そして私から手を離さない二人。
私の今の状態は、タカ丸くんに足首あたりを両手で抱えこむように掴まれ、喜八郎くんに両脇の下に腕を入れられて、二人から左右に引っ張られている状態だ。いわば人間綱引き。く、苦しいっ。
「ぶふっ、ユキのやつ何してんだ!?」
『わ、笑うな留三郎!てか、みんなこっち見るな!」
五・六年生や先生方がこちらに注目し始めてしまった。
おおいっお前ら!同じ委員会を応援するのはやめなさいっ。
私は綱引きの綱じゃないっ。先輩なら後輩を止めなさいよ!
わーわーと歓声に囲まれながら綱引きの綱になっていた私のもとへ半助さんという救いの神がやってきてくれる。
「こらっ。ユキが白目剥いちゃっているじゃないか。綾部も斎藤も手を離しなさいっ」
『は、半助しゃ~~~んっ」
「よしよし、ユキ」
半泣きで半助さんに抱きつくと頭を撫でてくれた。
「「「「「「「(土井先生に取られたっ!!)」」」」」」」」」」
うまいところを持って行かれ、上級生たちはギリリと奥歯を噛み締めたのであった。
ちょっと酔ったし外気に辺りに行こう。
私は本堂をそっと抜け出して東坊の方へと散歩を始めた。
鐘楼の前を通り、東坊の前を通り過ぎた私の背中に小さな声がかかる。
私は名前を呼ばれて振り向いた。
「ユキさん」
『きりちゃん?起きてたの?』
「興奮しているのか眠くならなくって」
坊の入口で困ったように眉を下げるきりちゃんに手招きする。
『境内の中を散歩でもする?』
「する!」
きりちゃんがタタッと下りてきて私の横に並んだ。
今日の月はほぼ満月で明るく境内を照らしていた。
私ときりちゃんは池のほうへと足を向け、池にかけてある橋の上までやってきた。
石の橋の上に座り、足をぶらぶらさせる。
「誕生日会楽しかったな~」
『うん。とっても楽しかったね』
「無事に終わってほっとした?」
『ホッとしたよ~』
柔らかい風が吹いてきて私たちの頬を撫でる。
その風に吹かれていると、
「ユキさんが姉ちゃんか母ちゃんになったらいいのにな」
突然ぽそっときりちゃんが呟いた。
きりちゃんを見ると、自分で言ったことにビックリしたような顔になってから、気まずそうに顔を下げた。
「ごめん・・・。今日さ、みんながもらっていた色紙にみんなの母ちゃんや父ちゃんのメッセージもあったからさ・・・それ見て、
羨ましいなって思っててさ・・・・あ!でもね、僕の色紙にもおりん婆さんのメッセージが・・・ユキさん・・・・?」
きゅっときりちゃんを腕の中に閉じ込める。
きりちゃんがきゅっと私のことを抱きしめた。
「ユキさんが母ちゃんになったらいいのにな」
私の胸に顔をうずめたままポソポソときりちゃんが呟く。
この機会に、言ってもいいだろうか?
実は、私はきりちゃんに話したいことがあったのだ。
虫の音を聞きながら私は心を静め、よしっと覚悟を決める。
そして私は、思い切って口を開く。
『じゃあ養子になる?』
「え・・・?」
優しく囁くと、驚いた顔できりちゃんが私を見上げた。
まん丸な目を、じっと見つめ返す。
親になる責任は重い。結婚もしていない、子育て経験もない私がこんなことを言うのはおかしいと思う。
でも――――――
『この時代に来てたった二ヶ月。分からない事も多いし、きりちゃんから見て私は頼りないと思う。でもさ、きりちゃんが承諾してくれるなら雪野きり丸になってほしい』
きりちゃんの目を真っ直ぐに見ながら言う。
最後がプロポーズのようになってしまった。もっと文章を考えてから言うべきだったと軽く後悔。
『もちろん、今すぐ返事しなくていいよ。きりちゃんが卒業するまで気長に待っているからさ。・・・よしよし」
私に抱きついて、再び私の胸に顔を埋めるきりちゃんの頭を優しくなでる。
「ユキさ、ん・・僕がいたら、お嫁に行き遅れるよ・・」
涙で詰まる声が私の耳に届く。
『きりちゃんがいるから結婚できない?そんな器の小さい男はこっちから願い下げだから』
顔を上げたきりちゃんに笑いかけると、きりちゃんは涙をポロリと零しながら笑みを零した。
「ユキさん男らしいね」
『あれ?この流れは母親じゃなくて父親になる感じ?』
にやりと口角を上げるときりちゃんはクスクスと笑った。
『歩きながら話そうか』
そう言って手を差し出せば握り返してくれる小さな手。
私たちは池にかかった橋から降り、宴の喧騒から離れるように境内を進んでいく。
私は、夜空に流れる雲を見ながら口を開く。
『難しくてデリケートな問題だから断られても仕方ないと思ってる。私はね、きりちゃんが笑顔で毎日を過ごしてくれたら嬉しいの。
だから気持ちに正直に、焦らずに答えを出して』
断っても怒ったりしないし、関係が悪くなることはないよ。と安心してもらえるように付け加える。
コクリと頷くきりちゃん。
私は足を止め、きりちゃんに向き直った。
『渡したいものがあるの』
私は首にかけていた紐を引っ張り、紐に通してあった小さな袋を手の上に乗せた。
袋の口を開き、中身を手のひらの上に乗せる。
「これは・・・指輪?」
私の手のひらの上に乗っているのは二つの指輪。
少し前まで財布に入れて管理していたのだが、伊作くんたちと町へ誕生日の贈り物を買いに行った時にスリに遭い、それ以来こうして紐で首にぶら下げて大切に管理していたものだ。
そう、これはとても、とても大事なもの・・・
『この指輪はね、私たち家族が大事にしていたものなの。見て。こうやって捻ると』
カチン
指輪をひとつ手に取って上部の飾りを捻ると指輪が二つに分裂した。
『これはギメルリングというの』
ギメルリング。別名、双子指輪。これは16世紀から17世紀のヨーロッパで結婚・婚約指輪として流行った指輪で、2本の指輪が組み合わされて1本になる指輪の事を言う。
『指輪が抱き合うようにひとつになる様子から、”離れることのないふたり”や”命の結合”を表しているの。私たちはこの二つのギメルリングを私と弟でひとつ。父と母で一つ持っていた』
私はバラしていないもうひとつの指輪を手に取り上部をひねって分裂させた。
父は金の指輪にブルートパーズがついたギメルリングの片割れ、母は銀の指輪にガーネットがついたギメルリングの片割れ。
そして私は金の指輪にアメジストがついたギメルリングの片割れ、弟は銀の指輪にエメラルドがついたギメルリングの片割れだ。
『うちの家族は異国に行くことが多かったの。だから、ギメルリングをそれぞれ持って、離れていても家族を感じられるようにこの指輪を作ったのよ』
「どうしてユキさんが全部の指輪を持っているの?」
『うん・・実はね、この世界に来る前に、指輪を全部クリーニング・・指輪の手入れに出していたの。それを受け取った帰り、私はこの世界にやってきたの』
私は弟のものだったエメラルドの石のはまった指輪をつまみ、きりちゃんへと差し出した。
『もらって』
びっくりしたように目を見開くきりちゃんに微笑む。
『きりちゃんは、私にとって家族同然だわ。私は以前からきりちゃんにこの指輪をもらって欲しいと考えていた』
「ユキさん・・・」
『指輪を受け取ったからって養子になれとはいわないわ。もし、急にお金が入り用になってどうしようもなかったらこの指輪、売ってくれちゃってもいい、しっ、うおっ!?』
勢いよく飛びつかれて私の口から変な声が漏れる。
私は、私のお腹にぐりぐりと顔を押し付けながら泣いているきりちゃんの頭の後ろにそっと手をやり、優しくなでる。
「ユキさん、大好き、大好き!ずっと、一緒にいたい。ユキさん!!僕の、僕の家族になってっ」
私は涙で濡れた顔で私を見上げるきりちゃんの両脇に手を入れて彼を上へと持ち上げた。
君が好き
私の新しい家族
「ユキさん」
『ん?』
「もうひとつの双子指輪は旦那さんになる人にあげるんでしょ?」
『そ、その予定です・・・』
「予定って、強気で行かなきゃダメだよ、ユキさん!」
『は~い』
「(土井先生に頑張ってもらわないとな。できたら、ユキさんの旦那さんは土井先生がいいもん)」
『(旦那ができなかったらこの指輪、きりちゃんにもらってもらおう)』
適当な岩に腰掛けて、私ときりちゃんは自分の指にはめられた指輪を眺めながら会話する。
君が好き
新しい家族
ユキときり丸を柔らかな月の光が照らしていた。