第三章 可愛い子には楽をさせよ
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15.あと数日
春誕生日会まであと数日。私は学級委員長委員会、会場設置の用具委員会、飾り付け係の作法委員会と一緒に会場となる廃寺まできていた。
「ユキさん、彦四郎、水取り替えてきたよ」
『ありがとう、庄ちゃん』
「庄左衛門、ありがとう」
私、庄ちゃん、彦四郎くんは庄ちゃんが変えてきてくれた桶の水で雑巾を洗って廊下の水拭きを続ける。
私と学級委員長委員会は手分けしてこの廃寺の掃除をしているのだ。
「ふーっ。やっと綺麗になりましたね」
『だねー』
「これからどうします?」
『勘右衛門くんと三郎くんを探しに行こうか。まだ終わっていなかったら手伝おう』
「「はーい」」
私たちは勘右衛門くんと三郎くん探しに出発。
彼らには本堂前のお庭の草抜きを頼んであった。
渡り廊下を歩いて本堂へと歩いていく。
「まだ終わっていないみたいですね」
「よし、お手伝いしよう」
本堂について庭を見るとまだ草抜きをしている勘右衛門くん、三郎くんの姿があった。
『私は用具委員さんと作法委員さんに何か困ったことがないか聞いてから行くね』
庄ちゃん、彦四郎くんと別れて私は本堂の中へ。
仏像の置かれていない本堂の中はとても広い。
忍術学園の武闘場くらいの広さがあるから忍術学園の生徒全員を十分に収容できる広さだ。
『わあっ舞台がある』
私は正面奥に作られている簡易舞台へと小走りで駆けて行った。
舞台の上にはトントンと木に釘を打ち付ける用具委員さんの姿がある。
「よう、ユキ」
『舞台作ったんだ。凄いね』
「お前の手下が手伝ってくれたからあと少しで完成できそうだ」
にやっと笑いながらトントン釘を打ち付けて作業している山賊手下たちを見る留三郎の前で私は耐える。
山賊たちを手下に迎える代わりにこの廃寺を貰い受けることになった私。
『手下じゃない!』と叫べないストレス。くうぅぅ
『何か困ったことない?』
「俺たちの方は問題ないぞ」
舞台はほぼ完成しているようだし、料理を乗せる机なども既にここに運び込まれていた。
ぐるりと本堂を見渡して不具合や足りていないものがないか考えていた私はハタと気が付く。
いつもより静かなのはなんでだろう?と考えたらいつも私に抱きついてくるしんべヱくんと喜三太くんがいないことに気がついた。
『しんべヱくんと喜三太くんは?』
「そういえば材木を取りに行ってもらっていたのにまだ戻ってきていないな」
『探しに行ってくるよ。たしか材木は正門付近に置いてあったよね』
「あぁ。よろしく頼む」
三年生の富松作兵衛くんと留三郎、山賊たちに頑張ってね!と声をかけて私は正門へと向かうことにした。
そういえば、本堂に作法委員さんの姿がなかったな。
みんなどこにいるのだろう?と思っていた時だった。
ドカーーーン
突然正門の方から爆発音が聞こえた。何事!?!?
私は急いで正門へと走っていく。
『何があったの!?』
「あっユキさ~~~~んっ」
「ユキさん助けて下さ~~~~い」
こちらへと走ってくるしんべヱくんと喜三太くん。
「こら~~~まてえええぇぇぇ!!」
恐ろしい声が耳に届いた。
彼らから視線を上げて彼らの背後を見た私はヒィっと短い悲鳴を上げる。
「福富しんべヱ、山村喜三太~~~~~!!!」
「「立花先輩ごめんなさ~~~~いっ」」
しんべヱくん、喜三太くんの後ろから走ってくるのは仙蔵くん。
その姿は普段の美しい姿とは打って変わってボロボロだった。
しんべヱくん、喜三太くんと一緒にいると何故か伊作くん並みの不運に見舞われる仙蔵くん。どうやら今日もこれが適用されたらしい。
「ユキさん!」
「ユキさ~~んっ」
ポスンっ ポスンっ
走ってきたしんべヱくんと喜三太くんは私の後ろに回って腰にぎゅっと抱きついて仙蔵くんから隠れた。
あわわわ私が仙蔵くんと対決しても負けるだけだよ!
ひええぇと思いながら前を見る。
しかし、今日はいったい何があってこんなにボロボロになったのかしら・・・
ゼーハー肩で息をしながら焙烙火矢を持つ仙蔵くんにまあまあと宥める私にキッとした仙蔵くんの瞳が向けられる。おぉ怖いっ
「後ろの二人をこちらへ引き渡してもらおう。今日という今日は許すことが出来・・な・・・(ガクン)」
『仙蔵くん!?!?』
「「立花先輩!!」」
仙蔵くんが電池が切れたように膝をついて倒れた。
しんべヱくん、喜三太くんと一緒に仙蔵くんのもとへと走る。
周りで様子を見ていた作法委員の面々も集まってきた。
「あれま~。気を失っていますね~」
『どうしてこうなっちゃったわけ?』
「それがですね・・・」
一年生作法委員の兵太夫くん、伝七くんが代わる代わる話してくれる話によると、不運はまず、しんべヱくんと喜三太くんが材木を運んでいるところに居合わせたのが始まりだった。
岩の上という何ともアンバランスな場所に材木を乗っけて休憩していたしんべヱくんと喜三太くん。
仙蔵くんを見つけて「こんにちは!」と元気よく挨拶しながら頭を下げたしんべヱくんの頭が運んでいた木の柱に激突。石頭のしんべヱくんに怪我はなかったが、木の柱の方はシーソーの原理で跳ね上がり、仙蔵くんの顎を下からガツンと打ってしまった。
それを見て慌てて「「大丈夫ですか!?」」と駆け寄ったふたりはふたり揃って足元の石につまずき仙蔵くんをバーンと押してしまった。
吹っ飛ばされた仙蔵くんが倒れた先には運悪く喜八郎くんが掘った落とし穴。
穴に落ちてしまった仙蔵くんを引っ張りあげようと手を伸ばしたしんべヱくんと喜三太くんは手を滑らせて穴にいた仙蔵くんの上へと落下。
「穴の中は暗いから火をつけましょう!」と二人が付けた火は穴の中で滑って転んだふたりの手を離れて仙蔵くんが持っていた焙烙火矢に着火。
しんべヱくんと喜三太くんを穴の外に放り出した仙蔵くん。
どうにか自力で穴から脱出することは出来たが、穴から離れる前に爆発が起こってしまい、土を雨のように頭からかぶることになってしまったらしい。
「立花先輩ごめんなさぃ」
「僕たちのせいだ・・・・」
仙蔵くんの横に座って泣きそうな顔をしているしんべヱくんと喜三太くん。
二人ともグッジョブ!!・・・じゃなくて。
『喜八郎くん、仙蔵くんの怪我どう思う?』
「たぶん軽い脳震盪ですね~」
『外傷もないみたいだし、心臓もドクドク元気に動いているから仙蔵くんは気絶しているだけってことか。それなら少し寝たら目を覚ますね』
「ほんとうに?」
「心配だよぉ」
『私が言うことじゃないけど、仙蔵くんはタフだし気にしなさんな。気がついたら二人を呼びに行ってあげるから材木を留三郎のところに持って行ってあげて。留三郎、二人が帰ってこないって心配していたよ』
ふたりの頭を撫で撫でして留三郎たちがいる本堂へと送り出す。
『作法委員さんは、え~と、取り敢えず、仙蔵くんを運ぶのを手伝ってくれるかな?』
仙蔵くんは喜八郎くんが背負ってくれた。
この廃寺には本堂を挟むように僧侶たちの住まいになっていた西僧坊と東僧坊がある。
僧坊はどちらも私の手下たち(不本意)が修理してくれていた。
『西僧坊は春誕生日会の道具置き場になっているから東僧坊に運んでくれる?』
「了解でーす」
喜八郎くんは力持ちだ。軽々と仙蔵くんを背負って東僧坊へと歩いていく。
「よっこらしょっと」
『ありがとうね、喜八郎くん』
床に寝かされた仙蔵くんはボロボロで白目を剥いていた。
仙蔵くんがこんなになるなんて・・・厳禁ペア、恐るべしである。
『仙蔵くん、暫く起きなさそうだけど、この後のこと何か指示聞いている?』
「忍術学園で作ってきた紙で出来たお花や看板などを飾るように言われてきました」
と私の問いに応えてくれた三年生の浦風藤内くん。
『それじゃあ仙蔵くんがいなくても作業を続けられそうかな?喜八郎くん、仙蔵くんの代わりにみんなに指示を出しながら作業を初めてもらっていいかな?』
「大丈夫ですよ~」
『良かった。それじゃあ、よろしくお願いします。私は少し仙蔵くんの傍についているね』
「むぅ」
『喜八郎くん?』
「僕もユキさんに看病されたいですぅ」
その上目遣い可愛いなッ。鼻血噴きそうだ。
「立花先輩ばかりズルい」と頬を膨らませながら縁側に腰掛けていた私の隣にストンと座って身を寄せてくる喜八郎くん。
コラコラと言えないのは私を見るその顔がすっごく可愛いから。
まったく罪作りな子だよ、この子は。
『看病って言ったって喜八郎くんは元気でしょう?』
「じゃあ、病気になる」
『そんな無茶な』
そう言うと喜八郎くんは腕を組んでう~んと考え出した。
そしてぽんと手を打って彼が言った言葉は、
「じゃあ、僕が立花先輩の代わりに頑張って、今日終わらせる分の飾り付け全部することができたら、ユキさんに僕のお願いひとつだけ聞いてもらいたいです」
だった。
まあいい。お願いひとつくらい聞いてあげるさ。
『分かった、分かった。いいよ』
と私は承諾する。
「ほんとーですか?」
『本当だよ。約束する』
そう言うと、喜八郎くんはふに~とした笑顔を浮かべて満足そうにひとつ頷いた。
「じゃあみんな、西僧坊に飾りつけ道具を取りに行こう」
「「「はーーい」」」
いつも掴みどころがない彼が先輩としてリーダーシップを発揮している姿を見られたのが嬉しくて、私の顔には自然と笑みが浮かぶ。
彼らの姿を見送った私は、そっと草履を脱いで坊の中に横たわる仙蔵くんのところへ行き、彼の顔を覗き込んだ。
顔中煤と泥だらけだ。
『たしか井戸はあっちだったかな』
私は仙蔵くんの顔を拭いてあげたいと思い、井戸から水を汲んできた。
冷たい水の中に手拭いを浸して固く絞り、仙蔵くんの顔をそっと拭いてあげる。
「ぅぅ・・・ん・・・」
『気がついた?』
「・・ユキ・・・か?」
『そうだよ』
「ここはどこだ?」
『東の僧坊だよ。仙蔵くん気絶しちゃったの。近くにいた喜八郎くんが脳震盪を起こしたみたいだって言っていたけど、気分はどう?』
「煤と泥にまみれて最悪だ」
『そのくらい口がきけるようなら大丈夫そうね』
安堵の息を吐き出しながら仙蔵くんの額をそっと拭くと、気持ちよかったのか仙蔵くんの口からほっと息が漏れた。
『しんべヱくんと喜三太くん、仙蔵くんのこと心配していたわよ』
「あのふたりの話は今はよしてくれ・・」
『そんなに相性が悪いの?』
「何故だかわからんがな。あいつらといるといつもペースを乱されるのだ」
『仙蔵くんはいつも完璧だから、こうやって脳震盪まで起こしちゃうのは困るけど・・・ペースを乱される仙蔵くんを見られるのは安心するよ』
「安心?面白い、の間違いではないのか?お前ならてっきりそう言うと思ったのだが・・・」
不思議そうな視線を向けてくる仙蔵くんに私は肩をすくめてみせる。
『確かに面白いってのもあるけどっ痛ッ』
足を蹴られた。元気で何よりですよ、コンチクショウっ!
「で、何が安心なのだ?」
マイペース男めっ!と思いながら口を開く。
『安心って言うのは・・・・』
仙蔵くんはいつも完璧だ。
サラサラな艶やかな髪に白い肌。実技も座学も成績優秀。
実習でこなす任務もいつも完璧に成し遂げている。
そんな“完璧な彼”をここまで乱すものがいる。
仙蔵くんには悪いが、こうやってボロボロになった姿を見ると彼も自分と同じ人間で、得意不得意があるのだと分かってほっとするのだ。
「そんなことを考えていたのか・・・」
『ごめん』
「いや。謝る事ではない・・」
私は首を傾げた。
仙蔵くんがどことなく寂しそうな表情を見せたからだ。
どうしたのだろうか?と不思議に思いながら彼を見つめていると、仙蔵くんは天井に向けていた視線を暫くして私へと移した。
交わる私たちの視線。
仙蔵くんは2,3度瞬いてから、口を開く。
「ユキは・・お前は、私が苦手か?私といると、楽しくないか?緊張してしまうのか?」
『そんなことはないけれど・・・』
「だが、安心するとはそういうことではないのか?」
心臓がズキリと傷んだ。
仙蔵くんの目がとても悲しげな色をしていたからだ。
私は仙蔵くんが苦手なわけではない。緊張することもない。
ましてや一緒にいて楽しくないはずはない。
でも、誤解させちゃったみたいだな・・・
完璧で高潔な人の中には近寄りがたいオーラを放つ人がいる。
でも、仙蔵くんはそんな感じではない。
冗談も言えるし、話しやすい人だ。
何と伝えようか
ストレートにこう思っていると伝えるのは恥ずかしいものがある。
でも、うまい言葉が思い浮かばないまま仙蔵くんのこの悲しそうな顔を見ているのは辛いし・・・・
『私は、仙蔵くんのこと好きだよ。一緒にいたら楽しいし、言い合いするのも好き。楽しいもの。誤解しないで。私は決して仙蔵くんのこと苦手なわけじゃない』
「ユキ・・・」
あぁ、ダメだ。なんだか照れる。
上体を起こし、目を丸くして私を見る仙蔵くんからフイと視線を外す。
自分の顔が熱を持っていくのを感じて俯くと、膝の上に乗せていた私の手の上に仙蔵くんの手が重なった。
仙蔵くんの方に視線を向けると、彼の真剣な瞳とぶつかる。
「私は、いつもユキといると不安になる」
きゅっと私の手を握る手に力を入れながら彼は言う。
「私は・・・私は・・ユキの前だと普段通りの立花仙蔵ではなくなってしまうのだ。お前の前だと私は、普段通りに振舞うことが
出来なくなってしまう。日の本一、つまらない男になってしまうのだ」
そう言って仙蔵くんは眉をハの字にして小さく息を吐いた。
『そんなことないよ。仙蔵くんといるの楽しい』
「ユキは優しいな」
『本心から言っているよ』
仙蔵くんの目をしっかり見ながら口を開く。
『仙蔵くんと過ごす時間は楽しい。言い合いするのも、仙蔵くんになってない!と色々注意されるのもね。私は仙蔵くんと過ごす時間が好きだよ』
真っ直ぐ彼の目を見ながら伝えると、仙蔵くんの白い顔に赤みが差していく。
「・・・ありがとう」
私から顔を背けて仙蔵くんがポソリと言った。
「ユキは、大人だな・・・」
『大人?』
「あぁ。お前はいつも、その者が必要としている言葉をくれる」
『そうかな・・・?』
そう答えながら、私をじっと観察するように見る仙蔵くんを見返す。
何を考えているのだろう。気になる・・・
気になるし、じっと見られているのは恥ずかしい。
私は精悍な顔からそっと視線を外す。
『しんべヱくんと喜三太くんを呼んでくるね。二人共心配していたから仙蔵くんの顔を見たらホッとすると思うから』
見つめられているのが恥ずかしくて早口に言い立とうとするが私の腕はパッと仙蔵くんに捕まえられた。
「もう少しここにいろ」
『でも・・・』
「もう少しだけでいい。ここにいてくれ」
仙蔵くんの声に懇願されるような色が入っていて私は彼の言う通りもう少しここにいることにした。
『仙蔵くんが甘えたになるなんて珍しいね』
「好きな女に対しては甘えてもいいだろう?」
『またまたご冗談を』
「私は冗談が苦手だ」
私は驚いて仙蔵くんから視線を外すように俯いた。
これは本当に本当なのだろうか?
それとも冗談なのだろうか?
彼の顔からは全く見分けがつかずに私は混乱する。
無言の時間とこの空気が居た堪れなくて、私は桶の水にぽちゃんと手拭いを浸してきつく絞る。
『頭痛は?』
「まだ少しある」
『横になったほうがいいよ。ほら、寝て』
「あぁ」
横になった仙蔵くんの額に手拭いを置くと、冷たくて頭がキーンとしたのか眉を寄せて顔を顰めた。
「あいつらに、このことは言うなよ」
あいつらとはしんべヱくんと喜三太くんのこと。
私は『もちろん』と仙蔵くんに微笑んだ。
『何だかんだであの二人に優しいよね。相性が悪いと言いつつ、よく三人で一緒にいるの見るし』
そう言うと仙蔵くんはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。その様子にふっと私の口から笑いが零れる。
皐月のやわらかい風が坊の中を通る。
優しい風に目を閉じて深呼吸していると、
「ユキは・・・お前は本当に前の世界で誰とも交際したことがなかったのか?」
と仙蔵くんがなんの脈絡もなく傷をエグル質問をいきなり投げかけてきた。
喧嘩か?喧嘩を売っているのか??
私は苦虫を噛み潰した顔になりながら『ないよ・・』と思い切り仙蔵くんにメンチを切りながら答える。
「では、好きになった男は『そろそろ行くよ』
仙蔵くんの言葉に自分の言葉を被せながら、私は無意識のうちに立ち上がっていた。
――――瀬戸くん、絶対あんたのこと好きだよ。
――――そうかな?でもさ、もしそうだとしても、瀬戸くんと私じゃ
不釣り合いっていうかなんていうか・・・
――――雪野、俺のこと好きじゃなかったのか?
――――好きです。今も好じゃあどうしてお前が選ばれたんだよッ
仙蔵くんも元気になったようだし、しんべヱくんと喜三太くんを探しに行こう。
頭の中に浮かんだ小さなトラウマを追い払いながら思う。
『しんべヱくんと喜三太くんを呼んでくるね。二人共心配していたから仙蔵くんの顔を見たらホッとすると思う』
「あぁ」
話を遮られ、ちょっと驚いた顔をしながら仙蔵くんは頷いた。
『まだしばらくは横になっているんだよ』
私は立ち上がり、草履を履きながら仙蔵くんに言い、彼の元を去る。
仙蔵は去って行くユキの後ろ姿を驚きを持って見送っていた。
いつも馬鹿な事をして、よく笑って、感情と体が直結したような行動をするユキ。
それは今日もそうだった。
ガラにもなく拗ねていた自分を気遣って、ユキは聞いているこちらが赤面しそうなほどストレートで優しい言葉をかけてくれた。
しかし、最後のあの表情は何だったのだろう?
好きな男はいたのかと聞いた自分の言葉を遮ったユキの表情を思い出す。
怒りでもなく、悲しみでもなく、スっと表情が消えたのだ。
あの表情は何を意味するのだろうか?
「ユキのくせに・・・」
“ユキのくせに”と呟いた仙蔵だが、ユキが時々、自分よりも遥かに大人な人間に思えることがあると感じていた。
仙蔵は質問をはぐらかされて、さっとユキに一本の線を引かれたように感じていた。ここから先は入ってはいけないよ、と。
もし踏み入ってしまったら“自分は人の気持ちも汲めない子供だ”と認めてしまうことになるだろうと仙蔵は感じた。
仙蔵は天井を見ながら眉を寄せる。
「くそっユキのくせに」
仙蔵はらしからぬ暴言を吐き、ユキが置いていった手拭いで顔をゴシゴシ擦る。
子供のような奴だと思っていたユキが時折見せる大人の表情。
仙蔵は、そうであるはずがないのに、ユキが自分よりも相当な大人に感じて、例えようのない焦りを募らせていたのだった。
***
春誕生日会の会場となる本堂へと行った私はわあっと歓声をあげて思わず拍手をしてしまっていた。
「すごいでしょ!」
「僕たちみんなで頑張ったんですよ」
胸を張る兵太夫くんと伝七くんの頭を褒めながら撫で撫ですると二人共嬉しそうに顔を綻ばせた。可愛いなぁっ!
『舞台も完成したんだね』
「あぁ。後はテーブルを配置して終わりだ」
留三郎が満足そうにぐるりと本堂を見渡して頷く。
本堂の正面には作法委員さんが作った“春誕生日会”の看板。
本堂の周りの壁には紙でできたお花や紙の輪っかを繋げたチェーンで飾りつけが施されている。
みんな頑張ってくれてありがとう!
感動してウルウルきていると背中にドンと重み。
この重さは下級生じゃない。
倒れないように足を踏ん張って耐える私の耳に聞こえてきたのはのーんびりしたこの人の声。
「ユキさ~ん。立花先輩の代わりに頑張りましたよ~。褒めてください」
『うん。よく・・ぐふ、頑張った・・てか、降りてくれ・・』
背中から子泣き爺が消えて呼吸が楽になる。
自分の体重を考えてくれ、自分の体重を!!
「ユキさん、さっきの約束覚えていますか?」
『なにかお願いひとつ、だっけ?』
「そうです。ぼくー、ユキさんとデートしたいです」
『そのくらいお安い御用さ。というか私でいいの?』
「ユキさんがいいんですよー」
喜八郎くんとデートの日付を決めながら最近のことを思う。
最近やたらと忍たまたちにデートに誘われるけど、実習の授業でそういった課題が出ているのだろうか?・・・うん。そうに違いない。
よく考えたら私がこんなにモテるはずがないのである。
『あははー私って馬鹿』
「ユキさん急にどうしたの?」
私の独り言を聞いてコテンと首を傾げるしんべヱくんに曖昧な笑みを返しておく。
ついこの間まで『人生のモテ期がキタ!!』と自惚れていた自分に活を入れてやりたいよッ。
「滞りなく準備を完了できたようだな」
脳内で一人反省会を開催していると仙蔵くんが本堂へとやってきた。
「「立花せんぱーーーーいっ」」
ぽすんっ ぽすんっ
わっと駆け出して抱きついてくるしんべヱくんと喜三太くんを受け止める仙蔵くん。
「うわあああん。しぇんぱいごめんなさ~~い」
「僕だちのせいで、ごめんなしゃああああいっ」
「うわあっ。二人とも私は大丈夫だから泣くな!分かったから顔から出ているものを全部しまえっ」
ふふ、ほらね。
私はニコニコ顔で三人の様子を見つめていた。
何だかんだ言って仙蔵くんはこの二人のことを大事に思っているのだ。
にやにやーとしながら仙蔵くんを見ていると、フンっと顔を逸らされる。仙蔵くんったらかーわいー。
『みなさん、お疲れ様でした』
ひと段落して私はみんなをぐるりと見渡しながら声をかける。
ステージの設置、飾り付け、お掃除と今日はみんな頑張って働いてくれた。
私は感謝しながら口を開く。
『会場の準備はほぼ今日で終わることができました。皆さんのおかげです。春誕生日会まであと少し、残りの時間も力を合わせて準備して、春誕生日会を成功させましょうっ』
「「「「「「「オオーーーーーーーっ!!!!」」」」」」
私たちは思い切り拳を天井へと突き上げた。
春誕生日会まであと数日。
私の胸は、はち切れんばかりに膨らんでいたのだった。