第一章 郷に入れば郷に従え
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8.アタック!
私の生活リズムも大体整ってきた。
午前は一年は組のみんなと朝ごはんを食べて事務の仕事。
それから天気の良い日は洗濯物。自分の服は自分で洗濯が基本の忍術学園なので私が洗うのは乾きにくい寝具類。汚れたものは出してもらって、新しいものをリネン室から持っていってもらっている。
『気持ちいいな~』
ぐぐぐっと大きく伸びをする。
雲一つない青い空の下にパタパタとはためく白い洗濯物。私は等間隔で並ぶ洗濯物を見て小さな満足感に浸っている。
そろそろ事務室に戻って小松田さんに合流しようかな。
「……トス」
『ん?』
声の方に顔を向けると遠くの方で何かが飛び上がる。眩しい太陽に目を細めると、見えたのは人らしき影と球体。
すっごく嫌な予感がする
「いけいけどんどーん!」
球体がかなりのスピードでこちらに向かって飛んできた。
私は後ろを振り返る。
避ける→洗濯やりなおし
受ける→重症を負う
『当たって砕けろってことで、雪野ユキ。取りまーーすっ』
だって一日ニ回も洗濯するのめんどくさいじゃん。
アンダーハンドでレシーブするために両手を組む。
風を切りながら迫り来るボール。
『痛っつっつっつったいわっ!!』
数秒前の選択を激しく後悔。
当たって砕けろ、はかなり言葉通りに近いです。悶絶しながら地面を転がる。
これ、打った奴、許さん。
「おーい。ボールを打ち返した奴、どこだー?」
茂みがガサガサと揺れ動き、深緑色の忍服を来た青年たちが出てきた。
犯人はあなたたちですね?私はカッと目を見開き、洗濯叩きを持って立ち上がった。
青年二人の肩が跳ね上がる。
『君たちなの?そのボールを打ったのは、君たちなのかしら?』
「やばいッ。に、逃げるぞ、長次!」
『逃がすかっ!』
クルリと背を向けてダッシュする二人。
茂みを飛び越えて二人の背中を追いかける。
しかし、相手は忍たま。しかも最高学年の六年生。私が追いつけるはずもなく……
『見失った』
全力疾走した私は肉離れを起こしたらしい。
もう踏んだり蹴ったりだよ。
そもそもバレーボール初心者の私があのボールを受けてしまったのが悪いんだけどさ。
痛いのは右太腿だけなので左足でピョンピョン跳んで近くの木陰へ。
片足跳びで保健室まで行くの大変だよね。変な目で見られるよね。
取り敢えず揉んだら痛みとれるのかな?
「もう怒っていないか?」
「……先程はすまなかった」
『ぎゃあっ!?』
寄りかかっていた木から先ほどの青年たちが降りてきた。心臓止まるかと思ったよ。
驚きで固まる私の前にしゃがみこむ紺色の髪の青年。
「私の名前は七松小平太。さっきのレシーブは見事だったぞ」
「中在家長次だ……長次でいい」
「私も小平太でいいぞ」
ニカッ笑う小平太くんに物静かそうな長次くん。
色々言おうと思っていたのに二人の雰囲気と足の痛さが相まって毒気がすっかり抜かれてしまった。
『雪野ユキです。私もユキって呼んで』
「おうっ。よろしくな。仙蔵と楽しそうにしていたから、ずっとユキと話してみたかったんだ」
『うん。楽しそうにっていうのは見間違いだと思う』
食堂で仙蔵くんと鉢合わせするたびにお茶を淹れさせられる私。毎回ネチネチと文句を言われる私は姑にいびられる可哀想な嫁。
肝心の旦那がいないのが悲しい。自薦他薦問わず旦那役を募集中です。
「……足、痛いのか?」
きりちゃんに旦那役は幼すぎるか。と馬鹿なことを考えていると小平太くんの隣にしゃがんだ長次くんが私の右足を見ながら言った。
下衣履いているのによくわかったね。
「私たちのせいで怪我をさせてしまったのか?」
『いやいや。運動不足の私が悪い……小平太くん、君が捲っているのは腕ですね。』
小平太くんに捲られて露わになった私の腕は青紫色。
「ユキ、ナイスファイトだ!」
私の痣を見た小平太くんが二カッと笑った。
例えるなら太陽のような笑顔。
『フフ、ナイスアタックあってのレシーブですよ!』
こうゆう体育会系のノリってけっこう好きなんだよね。
さっきまで怒っていたのを忘れた私は小平太くんとパチンッとハイタッチ。
「……足も腕も保健室で看てもらったほうがいい」
話から脱線していた私たちを見ながら長次くんがポツリと言った。
「そういえば、ここまでケンケンできていたな」
思い出したように言う小平太くん。
そうか、この二人には一部始終見られてたのか。六年生には恥ずかしいところばかり見られている気がする。
『急に走ったから肉離れしちゃったみたいで。でも、保険室に行っても今日は新野先生
一日外出だったよね。揉んでおけば治るような気がする』
「怪我のことなら新野先生にも頼りにされている伊作に聞くといいぞ」
「自己流の治療はよくない……連れて行く」
長次くんが私を横抱きした。
「あっ。ずるいぞ、長次。私が抱きたい」
『その言い方は誤解を招くよ?!……長次くん重いでしょ?私歩く』
「軽すぎるくらいだ。」
『……優しいね』
お世辞だと分かっていても嬉しいです。胸をキュンとさせながら『お願いします』と長次くんの首に腕を回す。
「……」
『?』
顔を赤らめている長次くん。
ごめんね。やっぱり重かったかな……
「ユキは異世界から来たといっていたな」
保健室へ向かう途中、指の上でボールをクルクル回しながら小平太くんが聞いた。
「あっちの世界にもバレーがあったのか?」
私には室町時代っぽいこの世界にバレーボールがあるほうが不思議なんだよね。
『あったよ。友達とよく遊んでた。サッカーとかバスケもしていたな。この世界にもある?』
「あるぞ!そうか。ユキはスポーツが好きなのだな。私と気が合いそうだ」
『私もそう思っていたよ』
嬉しそうに笑う小平太くん。
体を動かすのが好きだから時々遊んでもらおう。もちろん手加減してもらわないといけないけど。
『そうだ。長次くんって図書委員長だったよね?』
「モソ」
小さな声で返事をして長次くんは頷いた。
『きり丸くんからボーロ作りが得意な先輩がいるって聞いてたんだ。お菓子作りが得意なの?』
「……得意ではないが、好きだ」
『今度ボーロの作り方教えてくれない?』
「あぁ」
すぐに快諾してくれた長次くん。
『やったー!わーい。初めてのボーロ作りだ。小さい時良く食べてたんだ』
「それなら私が味見係になるぞ!」
『うん。作ったら小平太くんに持っていくよ』
長次くんとは次の週末にボーロ作りをすることになった。釜戸での料理の仕方を覚えて色々な料理に挑戦したいな。
「伊作!いるか?」
小平太くんがスパンッと医務室の戸を開けると善法寺さんの姿があった。
「小平太に長次。あっ!雪野さん、怪我したんですか?」
心配顔で駆け寄ってきてくれた善法寺さん。
私は長次くんに布団の上に下ろしてもらい、怪我の説明。
「小平太!長次!ユキさんを怪我させるなんて!」
キッと二人を睨む善法寺さんの前で私は慌てて『違う、違う』と両手を振る。
『二人は悪くないの。原因は私の無茶と運動不足にあるんだから』
早口でそう言って、治療をお願いして善法寺さんの意識を二人から逸らす。
「足も腕も冷やさないといけないね。小平太、長次、井戸から水を組んできてくれないか?」
「待っていろ、ユキ。いけいけどんどーん!」
「モソ」
元気に飛び出していった小平太くんと素早い動きの長次くん。
「患部を冷やさないといけないのだけど、腕は袖を捲れるとして、足の方は……」
伊作くんは困った顔で「どうしたらいいかな」と私の下衣を見た。
長ズボンを太ももまで捲るのは難しそう。
だからと言ってパンツ丸出しにするわけにもいかないし……。
『あ!部屋にショートパンツがある。取りに行ってもいいかな?』
「しょーとぱんつ?」
『太ももが見えるくらいの短い下衣なの』
「一緒に部屋に取りに行くよ」
善法寺さんは横抱きで私を抱き上げた。
『近いし歩いていくよ!』
「無理は禁物だよ」
ふわりと優しい笑み。
軽々と私を抱き上げている善法寺さん。忍者の卵だし見た目では分からないけど鍛えているんだろうな。私も健康のために毎日少しずつでも運動しないとね。
「この部屋だよね?」
『うん。ありがとう』
善法寺さんに部屋まで運んでもらった私は押入れから新品のショートパンツを取り出す。
下だけだと変だから上も着替えたほうがいいよね。
白いショートパンツに水色のトップスで夏を先取りした気分。
着替え終わって廊下で待っていてくれていた善法寺さんに声をかける。
『お待たせです』
「わぁっ。ユキさんの世界の服?(……かわいい)」
『そうだよ。買い物帰りにこっちの世界に来たから服とか色々持ってきていて』
「初めて雪野さんにお会いした時も、挨拶された時も、この服も、どれもお似合いになっています」
『あ、ありがとう!』
そんな笑顔で言われたら照れるよっ。
再び抱き抱えられた私は保健室に着くまで善法寺さんの顔を見ることができなかった。
「帰ってきた。どこに行っていたのだ?」
戸を開けると既に水を持ってきてくれた小平太くんと長次くんが中にいた。
駆け寄ってきた小平太くんは私の服に興味津々な様子。
「ユキの世界の服は色っぽいものが多いな。」
『ちょっ!?トップス捲らない!』
ベチリと私に手を叩かれた小平太くんは、さらにショートパンツに手を伸ばしたところで
長次くんから羽交い締めにされた。
そんな様子を見て善法寺くんは苦笑い。
『冷たい!痛い!冷たい!』
患部を冷やすために善法寺さんが冷たい手拭いを当ててくれる。
「いい子だから我慢我慢」
キーンとする痛みに思わず声を上げる私を宥める善法寺さんは、まるで優しいお兄さん。
乱太郎くんが慕っている理由がよく分かる。
話しているだけで癒される善法寺さんに名前で呼んで欲しい、とお願いすると快く承諾
してくれ「僕も伊作と呼んで下さいね」と微笑んでくれた。
「伊作ー、いるかー?」
スっと開いた戸から入ってきたのは皆と同じ深緑色の忍装束。
この人、よく食堂で見る人だ。
この人、仙蔵くんにこき使われる私をいつも大爆笑している人だっ!
『ここであったが百年目っ!』
「うわっ」
腕を冷やしていたタオルを投げつけた私。
タオルはべしゃっと彼の顔にヒットした。
大満足。
「いきなり何すんだよっ!」
『いっつも私をコケにして笑うあんたに復讐よ。ん、アタター痛い』
ビシッと指をさした私は腕の痛みで体をくの字に折る。
『腕怪我してるの忘れてた』
「忘れてたって……馬鹿そうな奴だなと思っていたが、やっぱり馬鹿だったんだな」
『し、失礼ね!』
私の前に呆れ顔で座った青年を睨みつける。
「酷い打撲だな。どうしたらここまでなるんだ?」
『……』
「それはだな!」
『小平太くんっ』
恥ずかしいから話さないでおこうと思ったのに後ろに座る小平太くんは喜々として一部始終を話し出す。
話を聞きながら、目の前の青年は大爆笑。
「小平太のクソ力アタックを受け止めるなんて。お前、無茶するなー」
『大爆笑された後に感心されても……』
豪快に笑う彼の手が私の頭をクシャクシャと撫でる。
「俺は食満留三郎。留三郎でいい。よろしくな、ユキ」
『うん。ヨロシク』
「そう拗ねんなって」
口を尖らせる私の頭を留三郎くんはさらにクシャクシャと撫でた。
『乱暴に撫でないでよ。髪の毛グシャグシャになるじゃない』
「ハハハ、悪ぃ、悪ぃ」
『もー乙女に恥をかかせるなんて』
「乙女?どこにいんだ?」
キョロキョロする留三郎くん……留三郎に再びタオルを投げつける。
私は痛みに悶絶した。
留三郎、爆笑。
「ほんと面白い奴だな」
「留三郎ばかりずるいぞ。私も構ってくれ」
『ぎょえ』
背中に重み。
小平太くんが私におぶさった。
「小平太、おりるんだ。ユキちゃんが潰れた蛙みたいな声を出しちゃったじゃないか」
『はーい。伊作くんが、何気なく酷いこと言っていると思いまーす』
「おっ。私ではなく伊作が怒られた」
「わわっ。ごめん!つい思ったことを」
『フォローになってないよっ』
優しい伊作くんがとんだ裏切りをした。
「……手拭いをかえる時間だ」
ささくれた私の心を癒す救世主。
『ありがとう。長次くんだけが私の心のオアシスだよ』
「っ!?」
優しい長次くんをギュッと抱きしめる。
長次くんも私の体に手を回し、背中をトントンと叩いてくれた。安心感がハンパない。
「私もユキを抱きたい!」
『だーかーらーその表現は誤解を生むって』
「誤解されてもいいぞ。大歓迎だ!」
『嫁に行けなくなったら困るじゃない。「ますます」そう、ますます……っ留三郎、何言わせるのよ』
「ユキちゃん安静に痛っ」
『ひっ。ごめん、伊作くん(裏拳してしまった)』
「さすが不運大魔王」
『なぜ拍手!?留三郎、笑ってないで手拭い絞って』
「なぁ、どうして俺だけ呼び捨てなんだ?」
『乙女の心を傷つける貴様に敬称などいらない』
「乙女?(キョロキョロ)」
『二度目は突っ込まないからねっ』
ギャイギャイ騒ぐ私たち。
午後の鐘が鳴り響き、私たちはお昼ご飯を食べ損ねた事を知ったのでした。
***
『今日のお夕飯はなんだろな~』
仕事も終わって足取り軽く食堂に向かう。
おばちゃんの作る料理はどれも美味しくて毎食食べるのが楽しみ。
「ユキちゃん」
『伊作くん。もしかして今から夜ご飯?』
「うん。ユキちゃんも?」
『そうだよ。一緒に食べよう』
六年生の午後の授業は実習だったらしい。他のみんなも食堂に集まっているということだった。
「痛みはどうかな?」
『良くなってきていると思う。伊作くんの治療のおかげ。ありがとう』
「どういたしまして」
ふんわり笑う伊作くんと一緒に食堂に入る。
「伊作、こっちだぞ。おぉ、ユキもいるじゃないか」
ブンブンと手を振る小平太くんに手を振り返す。その近くには当然ながら仙蔵くんの姿。
私に気づいた仙蔵くんはニヤリと口の端をあげた。
「茶も一緒に持ってきてくれ」
仙蔵くんの声に反応して六年生から「私も」「俺も」と手があがった。
『全員分淹れていきます』
「あはは。ユキちゃんも大変だね」
カラカラと笑うおばちゃんに潤んだ目を向ける。
『そうなの。大変なの。だから、おばちゃん。私のご飯大盛りでお願い!』
「はいはい。あんたたちが最後だからいっぱい盛ってあげるよ。食べ損ねたお昼ご飯も食べるかい?」
『食べたい』
「そのかわり、お残しは許しまへんで」
『はーい!』
お茶を淹れてテーブルへと運ぶ。
おばちゃんのところに戻ると私のお盆には大盛りの肉じゃが、ごはん、具たっぷりの味噌汁。お昼ご飯のお好み焼き。
『美味しそう。ありがとう、おばちゃん』
しんべヱくんじゃないけど、いい匂いに涎が出そう。
「げっ。どれだけ食べる気だよ」
私のお膳を見た留三郎は呆れ顔。
席を空けてくれたので仙蔵くんと小平太くんの間に腰掛ける。
肉じゃがから上がる湯気がいい香り。
「実技で動き回った俺たちより多い」
じとっとした目で呟く留三郎。
『お手を合わせて。いっただきますっ』
取られてなるものか。
食べられる前に食べてやる。
人生は弱肉強食!
「あっ。お好み焼き。半分、俺にもくれよ」
『ふぐぐぐにん(留三郎になんかあげないよ)』
「こらっ。食べながら話すな。それから口に詰め込みすぎだ」
仙蔵くんに掴まれてしまった私の右手。
あちこちから小皿と箸が伸びてきて私のおかずが減っていく。食べ盛りは容赦ないな!
『あんなにあったのに!仙蔵くんのせいだ。馬鹿、馬鹿、馬鹿!』
弱肉強食の争いに負けた私。
鬱陶しそうに私の攻撃を手で払いながら静かにお茶を啜る仙蔵くん。
「今日は薄すぎる」と緑茶の味を評価する仙蔵くんの隣で私は肩を落とした。
拗ねた目でみんなを見る私はまだ名前の知らない生徒さんがいた事に気がついた。
『あの、お話するの初めてでしたよね』
「え?あぁ」
私に話しかけられてニ、三回目を瞬いた青年に頭を下げる。
『事務員の雪野ユキです。よろしくお願いします。ユキと呼んで下さい』
「潮江文次郎だ」
『文、次郎……』
彼の名を聞いたとたん私の心臓はキュッと縮まる。
こちらの世界に来てから何日も経っていないのに既に懐かしい名前。私の大事な愛犬。
いつの間にか居着いていた野良犬だった文ちゃん。村全体で世話をしていたので、散歩や餌の心配はない。でも、文次郎は誰よりも私に懐いていた。
急に私がいなくなって寂しがっているだろうか……。
私は急に寂しくなって唇を噛んで俯いた。
「大丈夫か?」
心配そうな長次くんの声で視線が私に集まる。
『う、うん。ちょっと食べ過ぎちゃったかなって、あはは』
「さっき食べられなかったって怒っていただろ?」
前に座る留三郎が私の顔を覗き込む。
「怪我が痛みはじめたか?」
小平太くんも心配してくれている。
『何でもないの、本当に』
「何でもないことはなかろう。泣きそうになっている」
いつもと違って仙蔵くんの声も優しい。
「文次郎……だね。あちらの世界のことを思い出しちゃったんだね」
私が涙を堪えて話せないでいると伊作くんがポツリとそう言った。
そういえば彼には寝言を聞かれていたんだった。
「俺と名前が同じ奴がお前の世界にいたのか?」
『うん。そうなの』
顔を上げて答えた瞬間零れおちてしまった涙。
私はこれ以上泣かないように両手で顔を覆って目頭を指で押さえる。
「ユキさんの言う文次郎はユキさんにとって大切な人だったみたいなんだ」
「……それは、ユキの男ってことか?」
「何を言う留三郎!私はユキに男がいるなど認めないぞ!」
「前にユキさんが寝言で言っていたんだ。私の文次郎、と」
伊作くんは何か勘違いしてしまっているらしい。
私は否定しようと口を開きかけたが、
「私のユキに手を出した男がいただと!?私は許さないぞ!」
「……同じく」
「今でも……そいつのこと好きなのか?」
「留三郎。好きであっても二度と会えない。ユキ、私が忘れさせてやる」
「仙蔵、その意見は乱暴だよ。僕も忘れて欲しいけど」
皆の話を聞きながら、私はダラダラと変な汗を流していた。
言いにくい。
今まで彼氏なんていたことなかった上に、文次郎は犬でした。と言える空気じゃない。
頭をフル回転
『私、部屋に戻るね……』
できるだけ寂しそうな顔で立ち上がる。
こうなったら嘘を突き通して文次郎は元彼だったことにしてしまおう。
『心配してくれてありがとう……おやすみなさい』
お盆を持って立ち去ろうとした私。
しかし、作戦は留三郎に腕を掴まれたことによって失敗した。
その時ヒュっと私の服から何かが滑り落ちた。
「落としたぞ。ん?これはなんだ?」
『っか、返して。仙蔵くん!』
食器をテーブルに置いて奪い返そうとするが忍たまの身のこなしについていけるはずがない。私の定期入れを中心に集まる六年生。
定期入れに入っていたのは私と文次郎のツーショット。
写真は村長が装飾してくれて、私の名前と文次郎の名前入り。
「お、おい。俺と同じ名前の文次郎ってのは……」
「犬、だな」
ポンと文次郎くんの肩に手をのせる仙蔵くん。
「なんだ。彼氏じゃなかったのか。ホッとしたぞ!」
「……よかった」
「誤解しちゃってごめんね。ユキちゃん」
「犬、もんじ、犬ってブフッ!」
「わ、笑うな、留三郎っ!」
その後、根掘り葉掘り聞かれた私は今まで彼氏がいなかったことを白状させられ、文次郎くんからは紛らわしい名前をつけるなと怒られ、先ほどとは違った物悲しさに包まれたのでした。
寝る前に、は組の良い子に癒してもらおう。