第三章 可愛い子には楽をさせよ
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14.一年は組の策略
――――土井先生とのことは僕たちに任せてください。ちゃんと仲直りできるようにきっかけを作ります!
笑顔で胸を叩いていた庄ちゃんとは組のみんなの顔を思い出していた私は事務室でひとり不安を募らせていた。
いったい何を計画しているのだろう。こんな事を言ったら悪いがもの凄く、不安である。
『そろそろ見回りの時間かな?』
今日は夜勤日。今は日付が変わったくらいの時刻。
私は見回りに行くためによっこらしょと腰を上げて立ち上がった。その時、
トンッ タタタタタ
何かが事務室の木戸にぶつかる音と、人が走り去っていく音が聞こえた。
何だろう?ちょっと怖い。
でも、走り去っていったってことは木戸の外には誰もいない。
そう自分を慰めながら私は怖々と木戸を開けた。
『これは手紙?』
廊下には石に括りつけてある紙が落ちていた。(きっと石は手紙を投げるための重しだ)
部屋の灯りに近づき拾った手紙を見ると、石を括る細く折りたたまれた紙には“ユキさんへ”と私の名前が書かれていた。
紙を石から外し、折りたたまれた紙を開くと、はらりと一枚の紙が落ちた。
その紙を拾い上げ、灯りにかざして文字を読んだ私は目を瞬く。
『肝試し参加券?』
チケットにはそう書かれていた。
石に括ってあった紙の方にも文字が書いてあったので
読み上げる。
―――――ユキさんへ
最近暑くなりましたね!僕たち一年は組はいつも遊んでくれるユキさんに涼んでもらうために、夜勤の見回りコース内に色々な
仕掛けを作りました。ぜひご参加ください。
一年は組より
この手紙を読んだ私はピンときた。
もしかして、これは私と半助さんを“仲直り”させようとしてくれる一年は組の作戦では?
肝試しは怖いが、これは乗らないわけにはいかない。
『みんな、ありがとね』
私はひとり感謝の言葉を呟き、事務室の灯りをふっと吹き消して事務室を後にした。
「おーーい。出てきなさーーい」
松明に火を灯し、見回りコースの始めとなる正面玄関に向かっていると闇の奥から人の声が響いてきた。半助さんだ。
『半助さん!』
「ん?ユキ?」
半助さんどこだろう?
さすが忍者、半助さんは松明を持っていなかった。
そろそろと声を頼りに歩を進めていくと、ようやく半助さんの姿を発見。
「どうしてここに?」
『見回りなんです』
「あぁ。今日は夜勤日だったね。ご苦労様」
『半助さんの方は何をしていたのですか?』
何となく予想をつけながらも聞いてみるとやっぱりだ。
半助さんは私に一枚の紙を見せてくれた。その手紙の文言は私と同じ。半助さんを肝試しに誘うもの。
『実はその招待券、私も持っているんです』
「えっ!?そうなのかい?」
『はい』
目を瞬く半助さんに自分が貰った招待券を見せる。
「はあぁまったく。は組のやつらは何を考えているんだか」
『色々と考えてくれているんですよ』
「へ?」
『いえ、何でもないです。それより、せっかくは組の子達が肝試しで涼ませてくれるというんです。半助さん、私と一緒に見回りに行きませんか?』
「ユキはこの遊びに乗るっていうのかい?!」
やめさせる気だったらしい半助さんが驚いたように言った。
『せっかくの好意ですから』
「しかし・・・」
『行きましょう。ね?』
ずいっと半助さんに持っていた松明を差し出す。
暫し考えるようにうーんと唸る半助さんだが、やがて私の松明を受け取ってくれた。よし!
「ユキもは組とグルなのかい?」
『いいえ。でも彼らの意図は何となく察しがつきます』
「その意図ってやつを教えて欲しいな」
『それはダメです』
眉を上げて私を見る半助さんの視線をふふっと笑ってかわし、貰った手紙に視線を落とす。
『あ、ここに松明は消してくださいって書いてあります』
「了解」
せっかく持ってもらったのにゴメン。
半助さんに心の中で謝りながら半助さんが地面で松明の火を消すのを見る。
『真っ暗。何も見えない』
火が消えると私の視界を闇が覆った。
松明の光が消え、急に暗くなったことで闇になれない私の目には何も映らない。
「私の腕に手をかけて」
戸惑っていると、私の手が半助さんの腕に導かれた。
「は組とユキの企みに乗ってみることにしよう」
『あ!だから、私は関係ないですって』
ハハッと笑う半助さんに導かれ、私たちは肝試しを開始した。
「足元が悪いから注意するように」
『はーい。それにしても、薄気味悪いですよね、ココ』
私たちがまずやってきたのは忍たまたちが鍛錬をする林。
何かが飛び出してきそうな茂みに、上を見れば手のように自分の方に伸びてくる木の枝がある。
しかも今回は肝試し。確実に何かが飛び出してくるのだ。
私の心臓はまだ何もされていないのにバクバクと早鐘を打っていた。
ガサガサ
『ひっ』
「大丈夫。木の葉が風で揺れただけだよ」
木の葉の音に思わず半助さんの腕をぎゅっと握り締めてしまうと半助さんはクスッと笑いながら言った。
「これは一年は組に感謝しないとなぁ」
『半助さん?なにか言いました?』
「いや、なんでも。それより、前に進もうか。足元に気をつけるんだよ」
林の中の地面はところどころ木の根が張り出していたりして気をつけなければ引っかかって転んでしまう。
私が下を見ながら暗くて見えない地面に目を凝らし歩いていると・・・
『きゃあっ』
「うわっ」
首元に冷たい何かが当たった。
ちなみに半助さんのうわっは、私が座り込んだために、私に引っ張られるような形になったために驚いて出た声だ。
『な、何今の!?冷たいものが首筋にきた』
「確認しよう」
立ち上がった半助さんは勇敢にも暗闇の中に手を伸ばす。
数秒後、あった、あったと半助さんが私に見せてくれたものは
『こんにゃく』
「そうみたいだ」
私の首筋にぺたっと張り付いたのはこんにゃくだった。
『幽霊の手かと思いましたよぉ』
「たしかに。それっ」
『むきゃああっ』
半助さんが私の首筋にぺちっとこんにゃくをつけた。
もう、もう、もうっ意地悪!
「クスクス大成功!」
「次の場所に先回りしよう」
「そうだね」
「行こう、行こーー」
半助さんの胸をポカポカ叩いているとこんな会話が聞こえてきた。
「今のは伊助、庄左衛門、虎若、金吾だな」
タタタッと足音が消えていった方を見ながら半助さんは微笑む。
「私たちも前に進もうか」
『はい』
差し出される腕。
私は半助さんの腕にがっしり捕まりながら前へと進み出す。
林を抜けたその先にあるのは井戸。
『キタ、井戸』
「???」
『私の世界ではお化けイコール井戸と言っていいほど有名な井戸にまつわる幽霊がいるのですよ』
貞子に四谷怪談。私はこの二つのお話を簡単に半助さんに話して聞かせる。
「うっ。そう言われると、井戸が不気味に見えてきたよ」
『半助さん、何もいないか覗いてきてください』
「えっ!?私が!?」
『だって井戸の脇通らないと次の場所に行けないじゃないですか~』
「ひ、ひとりは嫌だよ」
『うっ・・ですよね。じゃ、じゃあ、一緒に覗きに行きましょう』
私と半助さんは顔を見合わせて覚悟を決めたようにコクンと頷き合う。
一歩、また一歩と井戸に近づき、後数歩というところまで井戸に近づいたとき――――――
「「「「化け化けばーーーーーー!!!!」」」」
『「うわあああぁァァァ」』
井戸の後ろからお化けが4体飛び出してきた。
同時に絶叫する私と半助さん。
で、出たーーーーー!!
「あはは!」
「大成功っ」
「ユキさんと土井先生抱き合ってるぞ」
「らっぶらぶーー」
『え?』
「らぶらぶ??」
ハッとして半助さんを見る。
「あっ!?」
『~~っ?!』
気がついたら私と半助さんはギュッと抱き合っていた。
お互いそれに気づき、顔を紅潮させながらパッと体を離す。
「こらっ団蔵、喜三太、兵太夫、三治郎っ。や、やりすぎだぞっ!」
半助さんの言葉にわーーっと声を出しながら逃げていく四人。
その四人を追いかけようとする半助さんを私は慌てて引き止める。
『い、行かないで下さい、半助さんっ』
ここで置いていかれたら大変だ。
私は半助さんの腕にギュッとしがみついて足を踏ん張る。
「~~~っユキ。ご、ごめん。君を置いていったりしないよ。だからそんなに腕を・・というか胸を押し当てないでくれ」
『ごごごごご、ごめんなさいっ』
半助さんの腕を抱くようにして半助さんを引き止めていた私はパッと半助さんから体を離す。
は、恥ずかしい!
羞恥に赤らんでいく私の顔。
「ビックリしたね」
恥ずかしさで顔を覆っていると話題を変えるように半助さんが話を振ってくれた。
『本当に。心臓が飛び出るかと思いました』
いつまでも恥ずかしがっている場合じゃない。まだ先があるのだ。
私は恥ずかしさを抑え、顔を覆っていた手をどけて半助さんに答える。
『先に進むの嫌だな~』
井戸の奥はまた林。
私は先の見えない闇を見つめる。
今度驚かされたら心臓持たないかも、と考えているとポンポンと頭に優しい手が置かれた。
「そんなに怖がらないで」
コホンっと恥ずかしさを紛らわすように咳をしてから「私がいるから」と付け足す半助さん。
『はいっ・・・・』
自分の胸がきゅんっとなったのが分かった。
差し出された手を掴み、指を絡める。
斜め上を見上げれば月と星の光に照らされる半助さんの顔。
周りが暗くて良かった・・・・
熱を持つ私の頬。私の顔は先ほどの羞恥とは別の理由で赤らんでいるはずだ。
私たちに優しく吹いてくる夜風。
「気持ちいいね」
『そうですね。今が一番いい季節です』
私の心は穏やかだった。
今までの半助さんに関する悩みは、すうっと氷が溶けるように私の中で解決していた。
半助さんとの微妙な距離感に悩んでいた私。
告白されて以来、デートにも誘ってくれないと怒っていた私。
でも、この悩みって私が動けば解決することだったのでは?
私はこう結論づけた。
この肝試しが終わったら、半助さんにデートを申し込もう。
勇気を出して私に告白してくれた半助さん。
次に勇気を出すのは私のほうだ。
私は半助さんのこと、もっともっと知りたい。
それには、自分から動かなければ。
『半助さん』
「何だい?」
『えへへ、何でもないです』
きゅっと指に力を込めるときゅっと握り返された手。
私は嬉しくなりながら半助さんとともに、グラウンド、用具倉庫の前、射的場と歩いていく。
『もうすぐ一周しますね』
「あぁ。まだ乱きりしんの三人を見ていないがどこにいるのだろう?」
茂みを抜けて、私たちがやってきたのはやぐらの前。
この櫓を通り過ぎたら、忍術学園を一周したことになる。
見回りと肝試しはこれにて終了だ。
いったい乱きりしんにはどこで驚かされるのだろう?
と警戒していると、
ぽっ ぽっ ぽっ
闇夜の中に火の玉が出現した。
『きゃあっ人魂「うわあっ」え!?今の声は!?』
「しんべヱ!!」
パッと私とつないでいた手を離し、半助さんが駆け出した。
二つの人魂の間に頭から落下していくしんべヱくんの姿が映る。危ない!!!
ドシン
「セ、セーーフ」
私は力が抜けてその場にしゃがみこんだ。
櫓の上から落下してしまったしんべヱくんは無事に半助さんの腕の中に収まっていた。
『しんべヱくん!』
しんべヱくんと半助さんのもとに駆け寄る。
は組にみんなも、隠れていた場所から出てきて私たちのまわりに集まってきた。
『怪我は?』
「土井先生が助けてくれたから大丈夫!」
にこっといつものように笑ってくれるしんべヱくんに私たちは一斉に息を吐き出す。
この肝試しの中で一番肝が冷えたよ。
それぞれが持っていた松明に火をつけてみんなの顔がはっきり見えるようになる。
私は優しい一年は組のみんなの顔を一人一人眺める。
「ところで、どうして急に肝試しなんか計画したんだい?しかもどうして私とユキだけにこの券を?」
何と言おうか困って私を見るは組のみんなに微笑み、私は口を開く。
『その理由については私が後から説明します』
「後から?」
『は組のみんなが眠そうにしているから』
肝試しを成功させ、しんべヱくんの無事も確認し、安心して気が抜けたのかみんなとろんとした目になり始めている。
『私、みんなを長屋に送ってきます。出来たら半助さん、この後もう少しだけお時間を頂けませんか?』
「それはいいが・・」
『では、食堂で待っていてください』
きょとんとする半助さんと一旦お別れし、私は一年は組のみんなと一緒に長屋へと向かう。
「ユキさん、どうだった?」
「土井先生とは仲直り出来た?」
きりちゃんと喜三太くんの言葉にニコリと笑って頷く私。
『ちゃんと“仲直り”できたよ』
実際は喧嘩していたわけではないのだが、少し前までの私と半助さんの状態を表すとこの表現が一番わかりやすい。
「よかったね、ユキさん」
「よかった、よかった!」
『みんなのおかげだよ』
長屋につき、私は良い子のは組の子達を一人ずつぎゅっと抱きしめてから部屋へと送る。
良い子のみんな、どうもありがとう。
『よし。行くぞっ』
さあ!半助さんのところへ向かおう。
私は二、三度自分の顔をパンパンと叩いて半助さんの待つ食堂の方へと足を向けた。
暗い廊下を通り、食堂に着くと、ぼんやりとした明かりの中で半助さんが私を待っていてくれた。
『お待たせしました』
「は組の子達は寝たかい?」
『みんな目がとろんとしていましたから、直ぐにぐっすり寝たと思います。お茶淹れてきますね』
厨房に入り、半助さんが沸かしておいてくれたお湯でお茶を入れ、テーブルへと運ぶ。
「それで、どうして急には組が肝試しなんか計画したのか教えてくれるかい?」
眉をさげて笑いながら半助さんが私に聞く。
『それは、私のためなんです』
「ユキのため?」
『覚えてますか?昨日、私が半助さんに“私のどこが好きなんですか”なんて間抜けな質問したこと』
「覚えてるよ・・」
『あんな質問して半助さんを困らせてしまってごめんなさい。でも私、半助さんとの関係でちょっとモヤモヤしていて・・・・』
率直すぎるだろうか?そう思ったが、私は自分の気持ちを正直に話すことにした。
半助さんに告白され、半助さんは私の中で気になる存在となった。
半助さんのことをよく知ってから告白の答えを出したいと言った私。
でも、半助さんを知る機会はなかなか訪れなかった。
『授業以外の顔はどんなだろう?とか休日はどうやって過ごしているのかな?とか。知りたかったけど、勇気が出なくて、なかなか話に行けなくて・・・』
だからあんな質問をしてしまったんです。と眉を下げて私は言う。
「それは私に責任があるね。ごめん、ユキ。君に己を知ってもらいたいと思いながら、今日まで機会を作ってこなかった」
『謝らないでください!私が勇気を出して話しかければよかった。ただそれだけなんです。一年は組がそのきっかけを作ってくれました。それが今回の肝試し』
は組のみんなは何となくだが、前々から私と半助さんの関係がぎくしゃくしていることに気がついていたのだろう。
そして昨晩、私が半助さんと話したあとに泣きそうな顔で戻ってきたのをみて、動き出してくれたのだ。
「うちの生徒はこういうことに関しては察しがいいから」
『でも、そんな察しのいい彼らに私は助けられました。みんな、良い子ですよね』
「そうだね・・みんな、良い子だ」
私と半助さんはズズっとお茶を啜った。
勇気をだそう。
私はフーっと長い息を吐き出して覚悟を決め、半助さんの目を真っ直ぐに見つめる。
『半助さん』
「待って、ユキ」
半助さんが片手を上げて私を制す。
「私から言わせてくれ」
半助さんは先ほどの私のように長い息を吐き出してから口を開く。
表情を崩して頷く私。
――――一緒にお出かけしてくれませんか?
半助さんからの待ちに待ったお誘い。
これは後で一年は組のみんなに報告しないとね。
あ、でも、半助さん怒っちゃうかな。でも、まあ、いいか。
「行きたいところはあるかい?」
『甘いものを食べに行きたいです。あ!お弁当は私が作りますよ』
「え゛」
『ちょっと!?その反応はなんですか~~!?』
「いやいや別に深い意味は・・」
『お花見の時から料理の腕は上がったんですよ。吃驚させてあげますから覚悟しておいて下さい』
夜の食堂でお出かけの計画を練る私と半助さん。
ほんのちょっとの勇気とは組の良い子達の力強い後押しで私は半助さんとの関係を改善できたのでした。
私と半助さんがデートする。
そんな噂が瞬く間に広がった次の日のこと・・・・
「ユキーーー!私ともデートしようっ」
とバンっと部屋の木戸を破壊されながら小平太くんにデートに誘われ、
「ユキちゃん、今度一緒にお団子屋さんいかない?おすすめのお店があるんだ」
とニコニコ笑顔の伊作くんが言ってくれた。
「モソモソモソモソ」
『うんうん。綺麗な花畑がある?行ってみたい!』
と長次くんが誘ってくれて、
「ユキ、今度一緒に町に行くぞ。この日を空けておけ」
と仙蔵くんに命令される。
「今度女装の道具買いに行くから、ふ、二人でどっか行かねぇか?」
と、まさかの留三郎が町に誘い、
「ユキ、芝居、とかきょ、興味ないか?」
と、照れながら私は文ちゃんにデートに誘われた。
それから五年生からも――――――
「豆腐の新しいお店発見したから一緒に行こう」と兵助くんが誘ってくれて
「もうすぐ蛍が出るから二人で見に行かないか?」と八左ヱ門くんが嬉しいお誘いをしてくれる。
「ユキさん、今度お茶しに行かない?」と控えめながらも萌え萌えなテレ顔で雷蔵くんが誘ってくれ、
「ユキと一緒にうどん屋に行きたい。どうかな?」と私は勘右衛門くんからもお誘いを受けた。
そして今、
「ユキ」
『雷ぞ「三郎だっ」ご、ごめん、三郎くん』前に私と一緒にどこかに出かけると約束しただろう?具体的な内容を決めないか?」とデート内容について問われているところ。
『うん。決めよう』
どうやら人生に3回あると言われるモテ期が一気に押し寄せてきたらしい。
嬉しい。もの凄く嬉しい。だが反面、私は物凄いプレッシャーを感じていた。
頭の中のもう一人の私が囁く。この期を逃したら結婚は一生ないよ、と。ひいいぃ肝試しより怖いわっ。
「ユキ、どうした?顔色悪いぞ?」
『いや、何でもないよ。ちょっとプレッシャーに押しつぶされそうになっていただけで、ハハ』
は?って顔の三郎くんの視線を受け止めつつ、スケジュール帳を開く。
「けっこうキツキツだな」
『あ、ちょ、人の手帳覗かないでよ』
「ユキのだからいいだろ」
『そう言うなら三郎くんの手帳も見せてよ』
「やーだねっ」
見ようとしたらさっとかわされた。
ったく、忍者って奴はこれだから嫌なんだよ!
日にちを決め、縁側でだべる私と三郎くん。
のどかな夕食前のひととき。
遠くからは下級生が遊んでいる楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「ユキはさ」
『うん』
「どういう奴が好みなんだ?」
『一緒にいて落ち着く人がいいな』
「分っかりにくー」
ゴロンと三郎くんが後ろに倒れて廊下に寝転がった。
気持ちよさそう。
「他になんかないのか?例えば容姿とか性格とか」
『そうだなぁ。一つ言うなら、あっ―――――――っ!?』
バシンッ
サッカーボールが飛んできて思わず目を瞑るが、ボールは私にはぶつからなかった。
目を開けると、三郎くんが指の上でクルクルとボールを回していた。
『ありがとう』
「惚れたか?」
『ちょっとね』
「ちぇっ。ちょっとかよ」
すみませーん。と走ってきた二年生に三郎くんはボールを投げ返しながら言う。
『あ、夕飯の鐘だ』
「行くか」
『うん』
確かにかっこよかったけど、惚れた、とは言わない。
想ってもらうことはとても素敵なこと。嬉しいこと。
でもその代わり、断るときは相手のことも自分のことも思い切り痛めつけることになる。
みんなと真剣に向き合おう。
心の中でそう決めながら三郎くんの横を歩く私の顔を茜色の夕日が照らしていた。