第三章 可愛い子には楽をさせよ
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12.デート!
ついに、ついに、ついに!
利吉さんとのデートの日がやってきた。
お昼ご飯は芝居小屋で芝居を見ながら食べましょう。
ですから、お弁当などは気にしないでくださいね。と言われているので、朝の支度は身支度のみ。
『ん~難しいや』
なかなか頭のリボンがうまく結べない。
ちなみにこのリボンは前に利吉さんからもらったもの。
ラベンダー色のシルクのリボンで白い薔薇の刺繍が入っている私にはもったいないような可憐なリボンだ。
この時代の人は垂髪が一般的。仕事の時は髪を束ねるが、その他の場合は垂らしたまま、髪を下の方で一つにくくるのが一般的なようだ。
周りの人と浮きすぎてもいけないが、せっかくのデートなのに下の方でひとつ括りだけというのも寂しい。
だから私は先程からリボンを編み込みながら、編みこみハーフアップをしようと頑張っているのだけど・・・んんん・・・難しい。
諦めたほうがいいかな?でも、やりたい。
『うーん。腕も疲れてきた・・・あ!』
そうだ!タカ丸さんがいるじゃない!
お願いしに行ってみよう。
忙しくなかったらやってくれるかもしれない。
私はデートに行く準備を髪の毛以外済ませて、タカ丸さんを探しに四年生長屋へと向かう。
『タカ丸さーん』
「あれ~ユキちゃん?」
運のいいことに、タカ丸さんとは四年生長屋につく途中の廊下で会うことができた。
私はパンとタカ丸さんの前で両手を合わせて頭を下げる。
『お願い。髪の毛を結んで欲しいんだけど、今時間あるかな?』
「うん。あるよ~」
『やった!』
「ユキちゃんのためだったらいつでもお安い御用だよ~」
ほんわか笑顔のタカ丸さんは直ぐに私のお願いを承諾してくれた。
タカ丸さんに編みこまれていく私の髪。
元髪結いのタカ丸さん。あっという間に私の髪を編み込んでくれた。
「できたよ」
『ありがとう!』
さっそく鏡で見て・・って鏡一枚しかないんだった。
見えるかな・・・・?
「これからどこかにお出かけ?」
手鏡で一生懸命に自分の後頭部を見ようと頑張っていたらタカ丸さんが尋ねてきた。
『今から利吉さんとデート行くんだ』
シュンシュンと首を振ってみる。
残像だけでも見えないか・・・・って、ん?
鏡の前で一心不乱に頭を振っている私が鬱陶しかったのかタカ丸さんが私の両肩をガシッと掴んだ。
え、怒ってる?
「ユキちゃん」
『は、はい・・・』
「・・・・。」
『・・・・・・。』
「はあああぁぁ」
『???』
タカ丸さんは私の顔をまじまじと見たあと大きくため息をついた。
なんだろう?不思議に思っていると、
「僕の気持ちも考えて欲しいな」
と謎の言葉をタカ丸さんは吐いた。
『ごめん。気持ちって・・・?』
リア充爆発しろ、とか?
それだったらごめん。今すぐ爆発します。否!!一生に数度しかないようなリア充なんだから大目に見てくれよおオオォォォ!!
「僕は、ユキちゃんが可愛くなるのは嬉しいし、僕の髪結いでユキちゃんが喜んでくれるのも嬉しいけど、他の男に会いにいくのにこんなことしたくなかったの!」
心の中で絶叫していた私はタカ丸さんの前で固まっていた。
プンスカ怒った様子のタカ丸さんの顔を真正面から見つめる私。
ボンッ
雪野ユキ、爆発しました。
タカ丸さんの可愛さに爆発しちゃいましたよおおぉぉ!
『ご、ごめん・・・』
「ほんとに悪いと思ってる?」
『思ってます(うそです)』
「じゃあ、僕とも今度二人でお出かけしよう?」
目をぱちくり。それから顔を縦にコクン。
断る理由なんてない。私はタカ丸さんとニコッと笑い合いながら「今度遊びに行く場所決めようね」と約束をしたのだった。
『もう行かなきゃ。タカ丸さんありがとう。お土産買ってくるね』
「ほどほどに楽しんできてね」
『行ってきます』
少し寂しそうな顔をするタカ丸さんに見送られながら(まるで子犬のような目をしていたよッ可愛いなッ)忍術学園を後にする。
利吉さんとの待ち合わせ場所は酒豪選手権大会があった町の入口だ。
足取り軽やか。お空は真っ青。
私は鼻歌を歌いながら町を目指して歩いていく。
待ち合わせ場所にまだ利吉さんは来ていなかった。
時間つぶしに今一度自分の服装を確認する。
今日の服装はリボンに合わせて淡い紫色の着物に腰紐は白に近い水色の帯を合わせた。
ただの紐だから帯のように難しくなくていいけど、そのかわり着物がはだけやすい腰紐。
私が前襟を直してキュッと腰紐を結び直していると・・・・
「お姉ちゃんひとりかい?」
と見た目からしてガラの悪そうな二人組の男に声をかけられた。
うえ~どうしよう。まだ朝に近い時間帯なのに酔っ払っているみたい。
兎に角、適当にあしらってこの場を離れよう。
『今は一人ですが連れがもうすぐきますので・・・』
町に入れば人の目がある。
私はそう言って町の中に入ろうとしたのだが「おっと待ちなよ」と行く手を阻まれてしまった。
ぱっと走って男たちから逃げようとする。だが、
『痛っ』
腕を思い切り引っ張られてしまった。
強い力で引っ張られて腕がズキズキする。
『な、なにするんですか!』
「お姉ちゃんが俺たちを無視するからだろ~」
「一緒に遊びに行こうぜ姉ちゃん。いい店知ってるからよぉ」
そう言って私の腕を掴んだ男は無理やり私の腕を引っ張ってどこかに連れて行こうと歩き出す。しかも、男が足を向ける先は町ではなく町の外の林の方だった。
下品に笑う男たち。この顔を見ればそこで何をされるのかいやがおうにも分かる。
抵抗すれば殴られるだろうし、運が悪かったら殺されてしまうかもしれない。
どうしよう。助けて利吉さん!
恐怖で声が出ず、心の中で叫ぶ私。
誰かに助けを求めようと視線を動かしていた私の目は、町から走ってきた人物を見つけて止まった。
物凄いスピードで走ってきた彼の体が宙を飛ぶ。
そして―――――――
「うわああっ!!」
二人いた男のうち、私の腕を掴んでいなかった方の一人が宙を飛び、ダンッダンッと地面をバウンドしながら転がっていった。
「んだお前は・・っぐふっ」
それはあっという間の出来事だった。
私と私の腕を掴んでいた男の間に入った利吉さんが、男の腹を思い切りどつく。
地面に膝をついて倒れる男。
利吉さんが現れてからものの数秒のうちに私を脅かす危険は消えたのだった。
「ユキさんっ」
『利吉さんありがと「怪我はないですか!?」
私の声にかぶせるような勢いで私の両肩に手を置き、揺れる瞳で私を見る利吉さんに私はニコリと微笑む。
『えぇ。利吉さんが来てくれたおかげで無事でした』
そう言うと利吉さんはホッと息を吐いて、そして・・・
『利吉さん!?』
ぎゅっ
と、私を抱きしめた。
「あなたが無事で良かった・・・」
『そんな大げさな』
「大げさなんかじゃないですよ」
耳元にかかる熱い吐息にドキッとしながら私は利吉さんの背中に自分の腕を回す。
利吉さんの体は小さく震えていた。お互いの体が密着してくる部分から伝わってくる利吉さんの鼓動はとても早かった。
凄く、心配してくれているんですね・・・
それが嬉しくて、私は利吉さんの腕の中で不謹慎にも微笑んでしまう。
凄く、すごく、嬉しい――――――――――
『利吉さん、ありがとう。もう落ち着きました』
トントンと利吉さんの背中を軽くたたきながら言うと、ハッとしたように利吉さんは私から体を離した。
「す、すいませんっ。つい、だ、抱きしめたりなんかして」
『謝らないでください。利吉さんの腕の中、安心感があって落ち着きました』
「ユキさん――――っ」
パッと顔を赤くする利吉さんの前で、私も何て大胆なことを言ってしまったのだろうと顔を紅潮させる。
「あの・・・」
『ええと・・・・』
暫し見つめ合う私たち。
暫くお互いの様子を伺いながら何も喋らない時間が続いたのだが、
「ふ、あはは」
『ぷっ。ふふふ』
どちらともなく、私たちは笑い出し始めた。
心は炭酸のようにシュワシュワと、心の中で幸せがパチパチと弾けている。
「行きましょうか」
『はい』
私たちは二人並んで、町の中へと入っていったのだった。
『やっぱり町はいつ来ても賑わっていますね』
賑やかな町の様子をキョロキョロしながら眺めていると利吉さんがすっと私の手をとった。
「はぐれたら困りますから」
『ありがとうございます』
利吉さんってほんとスマート。
私はくすぐったい気持ちになりながら、利吉さんと手をつないで町を歩いていく。
『うわあ』
自分の間抜けな声に慌てて口を塞ぐ。
利吉さんの足が止まったのは今日、私たちが入る芝居小屋の前。
小屋の上の方にはのぼり旗がたくさん出ていて風でパタパタとはためいている。
「中に入りましょうか」
『はい!』
チケットは(出た!この世界の不思議横文字!)利吉さんが既に用意してくれていた。
私たちは受付の人にチケットを渡して中へと入る。
正面にある舞台と客席は、前の世界の歌舞伎座と似たような作りになっていた。もちろん椅子はないからゴザの上に座ることになるけれど、客席は碁盤の目のように木で区切られていて、割と快適。
チケットは一マスずつの販売だったようで、私と利吉さんはゆったりしたスペースで開演を待つことが出来る。
マス目を区切っている木の上を歩いてくる販売の人からお弁当と冊子を買って談笑する私と利吉さん。
「今日は先の時代に流行った源氏物語を題材にしたものだそうです」
パラパラと冊子(ここはパンフレットって言わないんだ・・)をめくりながら利吉さんが言った。
『源氏物語!前の時代の学校で少しですけど勉強したことがあります』
「前の世界で!そうでしたか。私はこの話知らないんです。良かったらあらすじだけでもザッと教えてください」
おぅ。濡れ場だらけのこの話の説明をどうやってしましょう・・・
『えっと、えっと、まずは桐壺更衣って人が帝の愛情を―――――
説明しているうちにお芝居が始まった。
都でも活躍しているという観阿弥一座の公演はそれはそれは面白かった。
途中にギャグテイスト溢れる狂言というものが源氏物語の間に挟まれていて、ゲラゲラと笑ってしまう。
膝叩いて笑ってて、ハッとして、利吉さんに見られていないかチラと横目で確認したら利吉さんも私と同じように膝を叩いてゲラゲラ
笑っていて安心した。
最愛の人、紫上を亡くして隠居する光源氏――――――物語はここでおしまい。
私たちは惜しみない拍手を観阿弥一座に送り、舞台は幕を閉じた。
芝居を終えて外に出る。
まだ日は高い。
「これからどうしましょうか?どこか行きたいところはありますか?」
『そうですね・・・町をぶらぶらしてみたいです』
「それではこの通りを歩いていきましょう。この通りが一番賑わっていそうですから」
『はいっ』
自然と重なる私と利吉さんの手。
もう、こういう感じ付き合っているってことになるのでは?
なんて私が思っていたときだった。
「「「「「あーーーーーーー!!!!」」」」」
大きな声が通りに響き渡った。
何事!?と思って声の出処を見た私からも『あっ』と声が漏れる。
私の視線の先。そこにいたのは店先でお団子を食べながらくつろいでいる忍術学園五年生の姿だった。
「げっ。見つかった」
『利吉さん?痛゛っ!?』
何かをボソボソつぶやいていた利吉さんを見上げていた私は変な声で痛がり声を上げた。何故かって?勘右衛門くんが私と利吉さんが
つないでいた手を切るようにチョップしたからだ。
親指めっちゃ痛いわっ。何するんだ!
と思っているうちに私と利吉さんの手は勘右衛門によってベリっと引き離された。ちなみにチョップでは手は離れなかった。
痛かっただけかよ、コンチクショオオオオォ
「なにやってんだよ」
『見りゃわかるでしょ。デートよ。デート中!』
むすっとした顔の勘右衛門くんにむすっとしながら答える。
なんなのよーーー!!
「悪いけど・・・」
手をチョップされた怒りからキーっとなっていた私の肩がすっと利吉さんに抱き寄せられた。
驚いて利吉さんを見上げていると「そういうわけで邪魔しないで欲しい」と微笑みをたたえて利吉さん。
驚き、固まる私に、利吉さんの優しい笑みが向けられる。
『ユキさんも、それでいいですよね』
コクコクコク
こういう時ってどう反応するのが正しいのだろう?
私は首振り人形のように間抜けにコクコクと首を縦に振ることしか出来なかった。
***
まいったな・・・・。
芝居を見て、凄くいい感じになっているところで忍術学園の忍たまたち、(たしか五年生)に見つかってしまった。
咄嗟にユキさんの肩を抱き寄せて、牽制をかけたが見つかってしまったものはどうしようもならない。彼らは私たちの後をつけてきている。
せっかくのユキさんとのデートなのに。はああぁぁ
しかし、良いところは見せられたかな?
ユキさんの視線から、私を意識していることが感じられて嬉しくなる。
牽制にはあまり効果がなかったが、男らしいところを見せることが出来て良かったと思う。
『あ!櫛屋さん。利吉さん、あそこのお店を覗いてもいいですか?』
くいくいと私の袖を引いて目をキラキラさせるユキさんが可愛い。
私は「もちろん」と頷いて、ユキさんの後についていく。
『どれがいいかな~』
ユキさんが手に取っているのは黒い漆喰に椿が描かれた櫛と赤い漆喰に白い梅の花と小鳥が描かれたものだ。
仕事人間の私。休む暇がないからお金を使う暇もない。
どちらもユキさんに似合うし、私が櫛を買ってあげようと思っていると、
『う~~ん』
とユキさんは櫛を自分の目の前にかざし、私と櫛を見比べ始めた。
え・・・・・???
「あの、ユキさん?」
『うん。赤よりも、黒の方が似合うかな』
ユキさんっ!?私もですが、お店の人も戸惑っていますよ!?!?
『これください』
「毎度ありがとうございます・・・」
唖然としているうちに、ユキさんは櫛を買ってしまった。
ポカンとしていると『さあ、行きましょう』とユキさんに促される。
その唖然、は化粧小物屋でも・・・・
『どの色が似合うかな?うーん。こっちだ!』
「毎度ありがとうございます・・・?」
「・・・・・。」
店員と私の怪訝そうな顔を他所にユキさんは口紅を購入した。
もしや、わ、私色に染まってくれようとしている・・・とか?
いやいやいやいや!この想像は流石に飛躍しすぎだろう!
もちろんそうだったら嬉しいけれど、でも、それじゃあユキさんが私に櫛や紅をかざして見た目的は・・・?
「あの、ユキさん・・・?」
『川原に行きませんか?』
「・・・・はい」
私たちは途中の冷やし飴屋で竹筒にそれぞれ冷やし飴を入れてもらって川原へと向かうことにした。
適当な木陰を見つけて腰掛ける。
先ほどのことにまだ戸惑っている私がユキさんの方を見ると、
『はい』
先ほどの櫛と紅が私に差し出された。
『利吉さん、訂正、利子さんへの贈り物です』
「私への!?」
『はい。今日のデートで色々とご馳走になったり出してもらったからそのお礼として。心ばかりだけど・・・』
「そんな!気を使ってもらわなくても良かったのに」
『ううん。私がしたかったの。今日のデート、本当に素敵だったから。すごく、すんごーく楽しかったから、どうしてもお礼がしたくて。だから、受け取ってください。ね?』
嬉しい言葉とともに、ユキさんの贈り物を受け取る。
私のために選んでくれていたなんて意外だったな・・・・
「ありがとう。それじゃあ、遠慮なく」
『ふふ、どういたしまして。あ、今つけてみます?』
「え゛。変なことを言わないでくれよ」
『いいじゃない。紅くらいだったらちょろっと塗って直ぐに落とせるし』
そう言ってユキさんは私の手から紅を奪い指にすくって私の唇につけようとした。
避ける
ユキさんの指が私を追ってくる
避ける
『あーもー逃げないで下さいよっ』
「逃げるに決まっているだろう。やめなさいって」
やめなさいと言いながらも、本心ではやめて欲しくなかった。
このじゃれあいが楽しい。
二人でクスクス笑いながら避けて、追って・・・っ!?
『うわっ』
「おっと」
バランスを崩したユキさんが私の胸に飛び込んできた。
『ご、ごめんなさい!服に紅がついちゃったか・・も・・・・』
五年生が見ていようが知ったこっちゃない。
私は飛び込んできたユキさんの体に手を回し、ぎゅっと自分の胸の中に閉じ込める。
今度は朝とは違う。
君に危険がおよぶ寸前で恐ろしくなって震えていた、あの情けない抱擁ではなく、愛しい人の存在を自分の中に残すように、力強い抱擁をする。
『利吉、さん・・・』
「ごめん。苦しいかい?」
『いえ、でも・・・』
「でも?」
『ちょっと恥ずかしい、です』
「ごめん。それは我慢して。嫌じゃないなら・・・」
愛しさが胸の中で膨らんでいく。このまま離したくない。
あなたを忍術学園に帰したくない!でも・・・・
「もう、忍術学園に帰らなければいけませんね」
ユキさんから体を離してそう告げる。
日が傾き始めている。今から町を出なければ帰りが遅くなってしまう。
今日を終わらせたくないけれど、帰らなければ。
「行きましょう」
ユキさんの手を取ると、彼女は私を見上げて微笑んでくれた。
あぁ、あなたが愛おしい。
私はつないだ手を指を絡める繋ぎ方につなぎ直して、ユキさんと共に町を出たのだった。
『お夕食、食堂で食べていきませんか?』
「いや、そうしたいのだけど、実家に戻らないといけなくてね。行かなければ私まで家に帰ってこないのか!と母上が機嫌を損ねますから」
『そうですか』
残念そうに眉を下げるユキさん。
私と別れることを残念がってくれているのが嬉しくて、でも、そんな顔をさせてしまうのが申し訳なくて、私はユキさんの頭を撫でる。
「また直ぐに会いに来ます」
『約束ですよ』
絡める小指。
ユキさんの存在が、自分の中でどんどん大きくなっていく。
好きだと言ってしまいたい。
今すぐにでも交際を申込みたい。
だけど、まだお花見の時を入れたら二回目のデート。
ユキさんのことは本気だからこそ、軽率な行動をして、ユキさんの信頼を損ねたくなかった。
だから、今日はここまで。
「それでは」
『はい。次に会えるのを楽しみにしていますね』
私の姿が見えなくなるまで手を振り、私を見送ってくれるユキさん。
次に会えるのはいつになるだろう?
できるだけ、早いといいな。
自然と緩んでしまう頬。
沈みかけの夕日が、私の顔を照らしていた。
***
利吉さんを見送ったあと、私はひとり『ッシャアア!』と小さくガッツポーズをしていた。
今日のデート、成功だって言えるよね!
おしとやかにを心がけたし、馬鹿な行動もしなかったはず。
『ほえええぇ。気が抜けたよ~』
知らず知らずのうちに緊張していたらしい。肩の力が抜ける感覚に私の口から間抜けな声が漏れる。
初デートって緊張する。でも、上手くいって良かったな。
悪漢に絡まれたときは怖かったけど、カッコイイ利吉さんが見られたし、お芝居は面白かったし、お弁当は美味しかったし、利子さんには可愛い櫛を贈ることができた。
今日のデートを思い出しながらニマニマ忍術学園の戸を叩くと、小松田さんが出てきてくれた。
「あ、ユキちゃん。おかえり~」
『ただいまです、小松田さん』
「みんなも楽しい休日を過ごせた?」
ん・・・?
みんな?
『ぎゃああっ』
振り向いて絶叫。
いつの間にか私の背後には五年生五人が立っていた。
いつからいたの!?怖っ。
『びびびびび、びっくりした』
「ユキのバーカ」
出入門表を手渡しながら驚いたことを伝えると三郎くんから暴言が返ってきた。アアン?驚かせた上に喧嘩売ってんのか?
三郎くんにメンチを切っていると横からひゅっと手を伸ばした勘右衛門くんがこちらも「ユキのバーカ」と言いながら私の両頬を手で引っ張った。
な、なんなのよーーーー!!
「ユキさんデート楽しかったみたいだね」
ベシベシ勘右衛門くんの手を叩いていると雷蔵くんに話しかけられる。
あら?なんでちょっと悲しそうな顔してる?
不思議な思いをしながらも『うん』と私は頷いた。
え・・・・あらら・・・・・???
なんでみんなむすっとしてる・・・ていうか、黒いオーラまで背負っちゃっている人が約二名もいるし。
『ちょっとみんな?なんか怖いんですけど』
そう言いながら私はふと思う。
これは、あれか・・・「俺たちのあこがれの利吉さんにお前みたいな平均以下な人間が近づくな。身の程を知れタコが」ってこと?
酷いな君たちッ
「どうしたの?みんな中に入らないの?」
無言で見つめ合っていると小松田さんに声をかけられて全員ハッと我に返る。
急いで門をくぐる私たち。
今日のお夕飯はなんでしょう?
「ユキっ」
『ん?』
一瞬、さっきの出来事からごはんへと思考が完全に乗っ取られていた自分にやや呆れつつ、私の腕を取った八左ヱ門くんに首をかしげると、
「利吉さんと付き合うことにしたのか?」
と、八左ヱ門くん。
真剣な瞳。私は彼のその眼差しに驚きながら首を横に振る。
『ううん。まだデートも二回目だからね。そんなにすぐには・・・って、これ、完全にプライベートだから。そういう質問はちょっと・・・』
あなたには関係ないでしょ。とまでは言わないが、言葉を濁しつつ表情で拒絶を伝えるが、八左ヱ門くんはまだ何か聞きたい様子で
私の腕を離してくれない。
だんだんと、悲しいような険しいような顔になっていく八左ヱ門くんの顔。
「・・・・ユキの馬鹿」
『・・・えぇっーーー・・・・』
「ユキちゃんの馬鹿」
八左ヱ門くんのポツリとつぶやかれた暴言に困惑していると、今度は兵助くんから暴言が飛んでくる。
本当に、みんなどうしたのかしら?
あぁ、そうか。利吉さんと不相応な私が隣同士で歩いているのを見つけて腹が立っているのでしたよね。そうでしたね。
でも、放っておいてくれ。
『馬鹿で結構』
そう言いながら、私の腕を掴んでいた八左ヱ門くんの手を外し、私はみんなに背を向けて校舎の方に歩いていく。
――――瀬戸くん、絶対あんたのこと好きだよ。
――――そうかな?でもさ、もしそうだとしても、瀬戸くんと私じゃ
不釣り合いっていうかなんていうか・・・
――――雪野、俺のこと好きじゃなかったのか?
――――好きです。今も好じゃあどうしてお前が選ばれたんだよッ
・・・嫌な記憶思い出しちゃった。
『顔洗ってから夕食行こう』
バシャバシャバシャ
お水で顔を洗う。
あーすっきりする!
少し元気を取り戻した私が手拭いから顔から外すと
「ユキさん」
雷蔵くんが私のもとへとやってきていた。
「夕食前に少し、いい?」
『うん』
雷蔵くんはどうやら私に話したいことがあるらしい。
てんで見当がつかないまま、私は雷蔵くんと歩き出す。
「さっきはごめんね」
『なんのこと?』
首をかしげると「みんなの態度のことだよ」と雷蔵くんは言った。
私たちは食堂裏の広場にある岩に腰掛けながら話すことにした。
「・・・みんな、利吉さんに嫉妬してたんだ」
美味しそうな匂いの中で座っていると、雷蔵くんがポツリと言葉を零した。
私は意外だった。
嫉妬・・・?
『頼めば利吉さん、みんなともデートくらいならしてくれると「ごめん。ユキさん、だいぶ誤解してるかな」
なんでそうなるの!?と珍しい雷蔵くんのツッコミ。
あら、違ったの?ごめんなさい。
じゃあ、という事は・・・・・・・
「僕たちみんな、ユキさんのこと好きなんだ。だから、利吉さんにユキさんが取られちゃう気がして、みんなあんな態度を取っちゃったんだ。ごめんね。僕たち子供だね・・・」
困ったように眉を下げる雷蔵くんに私は首を振る。
今の話、聞けて良かった。みんながそう思ってくれていたことが私はとても嬉しい。
『追いかけてきてくれてありがとう、雷蔵くん』
私は岩の上に寝そべって空を見上げる。
紫色の夜空に一番星が光っているのが見えた。
忍術学園の子はみんないい子だ。
私がみんなから離れていかないで、ちゃんと理由を聞いていれば、ちゃんと不機嫌だったまっとうな理由が返ってきていたはずだった。
これからは、ちゃんと『どうして?』って聞かなくちゃね。
紫から濃紺へと変わっていく夜空。
今日は五年生と一緒にお夕飯食べたいな。
私はそう思いながら体を起こした。