第三章 可愛い子には楽をさせよ
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11.佐武村
勘右衛門くんの話によると、どの委員会も順調に春誕生日会の準備を進めてくれているようだった。
料理担当の図書委員さん、火薬委員さんはメニューも決まって上級生は狩りに、下級生たちは魚釣りに行ってくれているようだし、会場は山賊から譲り受けた古寺に決定したので、用具委員さん、作法委員さんが力を合わせて修繕してくれている。
「ユキさんっ色紙にメッセージお願いします」
放課後の事務室で残った仕事をしていると、会計委員の団蔵くんがやってきた。
『メッセージ集めは順調?』
「はい!潮江文次郎会計委員長がせっかくだから学園外の人にもメッセージをもらおうとおっしゃって週末に出かけてきます」
事務員三人で色紙を回しながら書いていると団蔵くんはそう言ってにっこり笑った。
「ほう。それはいいですね」
「みんな誕生日会に向けて頑張っているんだね~」
ニコニコ笑顔の吉野先生と小松田さん。
あ、そうだ。
私は心の中でポンと手を打った。今、団蔵くんが言ったことで私も思いついたことがあったのだ。
『はい、団蔵くん。書けたよ』
「ありがとうございます」
こうしちゃいられない。善は急げだ!
色紙を団蔵くんに渡して事務室から送り出し、私は残っていた仕事をぱぱっと仕上げる。向かうのは虎若くんのところ。
この時間だと委員会活動中かな?
そう見当をつけながら飼育小屋の方に歩いていくと人影が丘の上にちらほら。やっぱり委員会活動中みたい。
『うわっすごーい』
虎若くんに声をかけよう、と思っていた私だが、口から出てきたのは別の言葉。感嘆の声だった。
「ん?あれ?ユキじゃないか」
「あーーユキさん見ちゃダメーー」
「ダメダメー」
わーっと一年生が丘を駆け下りてきて私に抱きつく、というかそのまま私を押し倒す。
上手く尻餅をついた私にぎゅうぎゅう抱きついてくる生物委員一年生の四人。私たちは芝生の上に倒れてケラケラと笑い合う。
「ユキさんったらさっきの見ちゃった?」
『ごめん。見ちゃった』
ぶーっと可愛く膨れながら言う上ノ島一平くんにごめんね、と肩をすくめる。
「誰にも言っちゃダメだからねっ」
『分かってるよ。約束する、三治郎くん』
三治郎くんときゅっと指切り。
『だけど凄かったね、さっきの』
私が言うと、生物委員の一年生たち、一平くん、孫次郎くん、三治郎くん、虎若くんは顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「ユキ」
「ユキさん!」
可愛い顔で笑う一年生たちを思わず撫で回していると丘の上の飼育小屋から孫兵くんと八左ヱ門くんも下りてきた。
「ユキさん!見ていただけましたか、さっきの!」
『うん。びっくりしたよ、孫兵くんっ』
さっき見たもの、とは生物委員さんに春誕生日会でお願いしている余興のことだった。
私が見たのは、孫兵くんの笛の音に合わせて壺の中から出てきて踊るジュンコちゃんの姿だったのだ。
「ユキだけに教えるけどな、実はモンの輪くぐりもあるんだぞ」
『えっ!?モンちゃん輪くぐり出来るようになったの?見たい!』
「ハハ!それは当日のお楽しみだ」
驚いて言うと、八左ヱ門くんたちと共に丘を下りてきていたモンちゃんが得意そうにワオーンと遠吠えした。ん~楽しみだ!!
他にも生物委員さんたちは猛禽類ショーなどを考えてくれているらしい。
きっと生物委員さんが考えてくれた余興は盛り上がるだろう。
「ところで、俺たちに何か伝えることがあったんじゃないか?」
八左ヱ門くんが私が起き上がるのに手をかしてくれながら聞いた。
『うん。実はね』
先ほど団蔵くんが持ってきてくれた色紙を書いていた時にふと思い浮かんだことがあった。
今回の春誕生日会の中には三木ヱ門くんも祝われる側に入っている。
それならば、照星さんのお祝いメッセージを録音機に録音して三木ヱ門くんに聞かせてあげたら喜んでくれるんじゃないかな~と思ったのだ。
『まだ文ちゃんの許可を・・あぁ、モンじゃなくて潮江の文ちゃんの方ね。許可を取ってからになるけど。どうかな?虎若くん。もし、潮江の文ちゃんから許可が下りたら佐武村に連れて行ってくれる?』
「もちろんです!僕も久しぶりに照星さんにお会いしたいですし」
『ふふ、ありがとう』
虎若くんの顔が夢見るような顔に変わってちょっと笑ってしまいながら私はお礼を言う。
そうとなったら、まずは潮江の文ちゃんの許可を取りに行かないとね。
『じゃあ私はこれで。練習頑張ってね』
「「「「「「はーーーい」」」」」」
ブンブン手を振ってくれるみんなに見送られて私は会計委員さんのいる委員会室へ。
近くまでいくと・・・うん。いるみたい。会計委員会室からは賑やかな声が聞こえてくる。
『失礼しマース』
「あっユキさんだっ!」
引き戸を開けた瞬間に団蔵くんが胸に飛び込んで来てくれた。
「えへへ。さっきぶりだね」
『さっきぶりだね~』
部屋の中を見渡す。ちょうどいい。
文ちゃん、団蔵くん、佐吉くん以外は色紙メッセージ集めに行っているのかお部屋の中にいなかった。
「どうしたんだ?」
『実は文ちゃんに相談があってね・・・』
私は文ちゃんに自分のアイデアを話す。もちろん、録音機が何たるかという説明も含めて。
「ユキの世界にはそんな変わったものがあるのか」
『うん。電池切れるまでにフル活用しようと思ってさ。勝手なアイデアだけど、どうかな?』
「いや、凄くいいアイデアだと思うぞ。きっと三木ヱ門も喜ぶだろうからな。それにちょうど良かった。週末は俺たちも佐武村に行って照星さんのメッセージを貰いに行く予定だったんだ」
ニッと笑ってくれる文ちゃんの前でホッと息を吐き出す。余計なことだと思われていたら悲しいものね。よかった、よかった。
「佐武村には俺と団蔵で行く予定なんだ」
久しぶりに照星さんにお会いできるの楽しみだな、と考えていると文ちゃんが言った。
「飼育小屋にいる僕のうちの馬に乗って行く予定なんです。二頭いるから、別れて乗っていきましょう。あ、虎若も一緒に行けるのかな?」
『さっき聞いたら佐武村に一緒に帰りたいって言ってくれていたからたぶん大丈夫だと思うけど、週末の予定聞いてみるね』
「よし。それなら虎若の予定が合えば、週末は俺たち四人で佐武村に出発だな」
文ちゃんの言葉に頷く私と団蔵くん。
佐武村か~。鉄砲隊の村だって聞くけど、どんな村なんだろう?私はワクワクしながら週末を待つことにしたのだった。
***
そして週末。
『お待ったせーーー』
待ち合わせの馬小屋まで行くと既にみんなの姿が揃っていた。
「おはよう、ユキ。今日もギンギンに元気だな」
『アハハ。私はだいたいギンギンに元気だよ』
「おはよう、ユキさん」
「おはよう」
『おはよー』
可愛い一年生の団蔵くんと虎若くんの頭をナデナデ。
朝からギンギンに癒されますな~。
「よし、行くか」
文ちゃんと団蔵くんがお馬さんを引っ張ってきた。
「ユキは、その・・・俺とでいいか?」
『?もちろん。よろしくね』
組み合わせ的にはお馬さんの負担が重くなってしまうけど、ど素人の私が団蔵くんと乗ったら何かあった時に(私がバランス崩したり)体格差的に対応できないものね。
虎若くんも少しは乗馬の心得があるようだから、虎若くんと団蔵くんの組み合わせのが妥当だと思う。
しかし、何故文ちゃんは少し申し訳なさげに言うのか・・・まあ、いいか。気のせいかも知れないし。
「それではしゅっぱーつ」
『「出――発!」』
私は文ちゃんの後ろに乗せてもらって忍術学園を出発したのだった。
パッカ パッカ パッカ パッカ
馬の蹄の軽快な音。
少し前では団蔵くんと虎若くんが楽しそうにおしゃべりしながら馬に乗って走っている。
しかし、一方の私と文ちゃんペアはというと・・・
「・・・・。」
『・・・・・。』
両者無言である。
え?なに??私、文ちゃんがビビるようなこと何かした?
と、いうのも、どうも文ちゃんは緊張しているらしい。
何となくだが手を添えている文ちゃんの体が強ばっているのが分かる。
『あ、あの、文ちゃん・・・?』
「なっ、なんだ!?」
文ちゃんが声をひっくり返らせてビクッとなった。ご、ごめんよ・・・だけど・・・
『文ちゃんどうしたの?今日の文ちゃん、ちょっと変っていうかなんというか・・凄く緊張しているでしょ?』
おずおずと聞いてみる。すると、
「いや、実はな・・・・」
暫し躊躇うように無言を貫いてから実は、と話してくれた文ちゃんは「おなごが得意ではなくて・・」と小さな声で打ち明けてくれた。
忍たまとくノたまは仲が悪い。は文ちゃんが低学年だった時もそうだったようで、文ちゃんは、特にギンギンに男らしかったせいかくノたま達の標的にされていたそうだ。と、ポツリポツリと話してくれた。
くノたまとのいざこざは学年が上がるにつれてなくなっていったが(行儀見習いで入学した生徒たちはお嫁に行って学園をやめてしまうため)今度は体格差のできた女子をどう扱っていいか困るようになってしまった。
文ちゃんは女兄弟がいないらしい。だからなおさら女子の扱いについては困惑することが多いのだ。と文ちゃんは言った。
「忍の三禁に“女”というのもあるからな、今までおなごとは関わらんようにしてきた。だが・・・」
『だが?』
「ユキは、別だ」
とても小さな声で言われた言葉。
真っ赤に染まっている文ちゃんの耳。
「お前とは、関わりたいって何故か思っちまうんだ」
『文ちゃん・・・』
それは凄く、すごく、嬉しい言葉。
文ちゃんの逞しくて、どこか可愛らしい背中をみながら私は目を細める。
『文ちゃんの女の子への苦手意識が、私で治ってくれたら嬉しいよ』
そう言うと、文ちゃんは耳まで真っ赤な顔をコクリと縦に振ってくれたのだった―――――――
「潮江センパーイ。どうされました?」
私たちのペースが遅くなっていたらしく、団蔵くんの後ろに乗っていた虎若くんが私たちに向かって叫んだ。
「いや、何でもない。すぐに行く。ユキ、しっかり掴まっておけよ。飛ばすぞ」
『え!?ぬわわああっ』
思わず掴んでいた文ちゃんの服をぎゅっと握り直す私。
「ハハハ!ぬわわってお前」
『も、文ちゃんが急に飛ばすからでしょ!』
ケラケラと明るく笑い合う私たち。
先程までの気まずさは今はない。
文ちゃんの馬は直ぐに団蔵くんたちの馬のところまで追いついたのだった。
***
「あれが僕の村です」
私たちはようやく佐武村に到着した。
やっぱり鉄砲隊の村というだけあって守りが堅そうな印象を受ける。
まずは、虎若くんのお父様、昌義さんにご挨拶。
『お久しぶりです。虎若くんのお父様』
「おぉ!雪野くん、久しぶりだね。虎若も元気だったか・・って、あれ?虎若?虎若はって、あーーーーー!!!!」
みんなで一斉に昌義さんの指差す方向を見る。
そこには照星さんの前でピョンピョン跳ねて嬉しそうに話かけている虎若くんの姿があった。
と、虎若くん・・・ちゃんとパパにも挨拶しないとダメだよ。
ほら、お父さん私たちの足元で泣き崩れちゃってるから!
いや、それともこれは、親子漫才のネタか?
「どうせ父親なんて、父親なんて・・・」
「ま、昌義さんっ。今回来たのは昌義さんと照星さんにお願いしたい儀があったからなんです」
親子漫才のお決まりネタである可能性を頭の中で見積もっていると、文ちゃんが昌義さんの手を取って昌義さんを立たせながら、気をそらすように言った。文ちゃんナイス!
「お願い?何かな?」
文ちゃんと団蔵くんが簡単に誕生日会のことと色紙のことを説明すると、昌義さんは直ぐにオーケーしてくれた。
照星さんの方も虎若くんが説明してくれたらしい。照星さんも「わかった」とあの良い声で了承してくれた。
まずは色紙を書いてもらい、そして次は録音。
虎若くんと照星さんは一度見たことがあったから冷静だったが、団蔵くん、昌義さん、それに文ちゃんは初めて見る録音機に興味津々のもよう。
「やっぱりユキの世界には面白いものがいっぱいあるな」
「声を保存できるからくりとは珍妙だ」
「いいなー。僕も声ロクオンしてみたい!」
『ふふ、忍術学園に帰ったらね』
「わーい」
昌義さんと照星さんに話す内容を簡単に決めてもらい、いざ録音開始。
「田村三木ヱ門くん」
「お誕生日おめでとう―――――――
録音は照星さんのベルベットボイスに聞き惚れているうちにあっという間に終了してしまった。
『ぽちっと再生!』
うん。上手く録音されている。
再生して確認もしたのでこれでオーケー。
「三木ヱ門喜ぶだろうな」
『そうだといいな』
「絶対喜ぶさ。三木衛門は昌義さんと照星さんを尊敬しているからな」
文ちゃんの横で喜ぶ三木ヱ門くんの顔を想像してみて嬉しくなる。
少し遠かったけど、ここまできて良かったな。
「若太夫、それにみんなも、せっかく佐武村まできたのだから、鉄砲の練習をしていったらどうかな?」
「わあっ。よろしくお願いします、照星さんっ」
「よろしいのですか!?」
「したいです!」
口々に声を挙げる虎若くん、文ちゃん、団蔵くん。みんなは鉄砲の練習をさせてもらうことにして、私は見学することに。
ズキューーンッ
ズキューーンッ
激しい銃声音が響く射的場。
みんな真剣ないい顔・・・頑張って!
私は頂いたお茶を飲みながらみんなの練習を眺めていたのであった。
***
「すっかり日が暮れちまったな」
『佐武村は遠かったからね』
忍術学園に帰る頃には日が落ちる寸前だった。
お馬さんたちもお疲れ様だ。
「早くしないと夕食なくなっちゃうね」
「馬の世話はやっておくからお前たち先に夕飯に行っていいぞ」
『私も文ちゃんと残るよ。一年生はお風呂の時間も早いから先に行って食べに行っておいで』
「「はーい!ありがとうございます!」」
駆けていく虎若くんと団蔵くんの背中を見送る文ちゃんの横顔を盗み見る。
うん。お父さんって感じ。
『ふふ』
「ん?何笑ってんだ?」
『あ、バレた?』
「声出して笑われたら分かるだろ~」
『ごめん、ごめん。なんか文ちゃんが“お父さん”って感じに見えたから』
「お前、ちょくちょく俺を父親に例えるよな」
『だって、どっしりとしてて、お世話焼いてくれて、逞しい感じでまさに“父親”って感じなんだもん』
「っま、またお前はそうやって変なことを言う」
『変かな?っていうか嫌だった?』
「嫌じゃねぇ。むしろ嬉しいっていうか、なんていうか・・・」
硬派な文ちゃんが照れる姿、私好きなんだよね。
いつも見せない表情が可愛い。
そんなことを考える私の心に悪戯心がむくむくと沸いてきた。
そーっと文ちゃんの体に手を伸ばす、そして、
「こちょこちょこちょこちょ!」
「っわはははっ。ひぃっば、ばか、やめろ」
見てください!文ちゃんの貴重な大爆笑顔ですっ。
調子に乗ってくすぐり続ける私の腕をグイっと引いてくすぐるのをやめさせようとする文ちゃん。
ハプニングが起きたのはその時だった。
文ちゃんが私の腕を引いた瞬間、私の足と文ちゃんの足が絡まってしまった。
バランスを崩してぐらりと後ろへと倒れていく私の体。
ギュッと目をつぶって衝撃に備える私だが、予想していた痛みはやってこなかった。
あれ?背中がふわふわしている。
どうやら私は飼葉の上に倒れ込んだらしい。はぁぁセーフ。
また怪我をして伊作くんに怒られるところだったわ。
それにしても、飼葉って良い香り。ふわっと柔らかくてハイジがベッドにするのもわかるわ。それに、胸もむにゅって柔らかくて・・・むにゅって・・・むにゅ!?!?!?!?
「あ、え!?えっと、うわ、うわっ」
『あ』
「うわああああああぁぁっ」
何故、君が、叫・ぶ・ん・だッ
私の胸を掴んでしまった文ちゃんが絶叫。
お馬さんたちが不機嫌そうにいなないた。
飛び退くように私の上からいなくなる文ちゃん。
「すすすすすすまんっ」
『大丈夫。これくらい平気だから。落ち着こう。落ち着かないと馬に蹴られちゃうよ』
不機嫌そうなお馬さんを見て、少し文ちゃんは落ち着きを取り戻したようだ。
それにしてもさ、
『ぷっ。ふっ。あはは』
「???」
急に笑い出してどうしたんだ?という顔をされているが、笑いを止めることができない。
だって、文ちゃんの慌てぶりったら尋常じゃなかったんだもの!
「お、怒っていないの、か?」
『怒ってないよ。だいじょーぶ。だって事故だったし、それに、文ちゃんったら凄く慌てていたじゃない。わざとじゃないって分かったもの。だから元気出して起き上がって』
私は涙を指で拭いながら文ちゃんのところまで行き、尻餅をついて私を見上げていた文ちゃんに手を差し出した。
『ほら』
ちょっと躊躇ったように私の手を見た文ちゃん。だが、文ちゃんは私の手を取ってくれた。これで一件落着?だ。
『さあ、頑張ってくれたお馬さんのお手入れをしよう』
「あっ!!バカタレ」
私が柵をあけてお馬さんに近づこうとした時だった。
ヒュンッ
『え・・・っ』
何もかもがスローモーションに見えた。
高く上がった馬の蹄が私の視界に入る。
あっ・・・・まずい。蹴られる!!!
しかし、
「ユキ!!平気か!?」
今度も文ちゃんが助けてくれた。
後ろから引っ張ってくれた文ちゃんを背に、ガタガタ震えながら不機嫌そうに鼻を鳴らす馬を見上げる私。
「バカタレッ。馬が興奮している時に近づいたら危ないんだ。もし、蹄で蹴られていたら死ぬところだぞッ」
こわ・・・かった・・・
文ちゃんの言葉が耳に入ってこないぐらいに。
『文ちゃん・・・』
「バカタレが・・・・」
文ちゃんがガタガタ震える私を安心させるようにギュッと抱きしめてくれる。
大きくて、逞しい胸板。優しい腕の中、私の目からは涙が溢れてしまう。
本当に、怖かった・・・・
感情がようやく現実に追いついてきた。
現実を理解した私の体から血がサーっと引いていく。
蹴られていたらどうなっていたことか・・・
文ちゃんの腕に抱かれている安心感をもっと感じたくて、私は私の体に回してくれている文ちゃんの腕を、自分の手を体の前でクロスさせて、ぎゅっと掴んだ。
あ・・・そういえば、文ちゃん女の子苦手って言っていたけど、こんなことして嫌じゃないかな。
こんな時なのにふと思う。
もう少し甘えさせて頂きたい気もしたが、それが気になって私は首だけ後ろを振り向く。瞬間、心臓が跳ね上がった。
「ユキ・・・」
交わった私と文ちゃんの瞳。
魔法でもかかったように、私たち二人はお互いから視線を外せない。
熱っぽい文ちゃんの瞳。
文ちゃんの腕が私の後頭部にずれ、顔がゆっくりと私の方へと近づいてくる――――――
「「お手伝いに戻ってきましたーーーーー・・・・ご、ごめんなさいっ!!」
馬小屋からヒュンっと消えた二つの小さな影。
ま、まずい・・・
すっかり雰囲気に飲まれてしまっていた。
途端に冷える熱かった私の体。
私はさっきまでの甘い雰囲気を打ち消すように頭をブンブン振って立ち上がる。
『ももももも文ちゃん!誤解を大至急で解きに行くよっ』
「馬の世話してからでいいんじゃねぇのか?」
『よ、よくないよ!文ちゃんも私と変な噂流れたら困るでしょっ』
「別に・・・・・俺は困らん」
『え・・・・っ』
飼い葉桶にどさっと飼葉を入れながら言う文ちゃん。
真っ赤になっている彼の耳を後ろからポカンとした顔で見る私なのであった。