第三章 可愛い子には楽をさせよ
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8.酒呑童子 後編
大会進行委員の人に導かれて決戦の舞台となる壇上下まで移動した私たち五人。
チラリと視線を横に移すと楽しそうに話しながら私たちの飲み比べを待つ町人の皆さんの顔が目に入る。
子供も大人も楽しそうに笑って、大人の中にはほろ酔いの人もいて、みんなのワクワクが伝わってくる。
その空気が私にも移って、私の胸もワクワクドキドキ跳ねるように鼓動する。
こういう雰囲気って大好きだ。もっと盛り上げたい。
私もみんなと一緒に楽しみたい!
そう思った瞬間、体の力がふっと抜けた。
私、知らないうちに緊張していたみたい・・・
余計な力が抜けた私の体が急に軽くなる。
<では第二組目の出場者を紹介しましょう>
緊張で視野も狭くなっていたようだ。パッと開けた視界に驚いていると(私ったらどれだけ緊張してたんだ)壇上の司会者が叫んだ。
<まず一人目は、二回戦で圧倒的な足の速さを見せた市松平太選手!!>
わっと盛り上がる観客。
拍手と歓声の中、まず初めに壇上に登ったのは小平太くん。
にっと笑って観客に手を振る姿は余裕そのもの。
むむ、負けんぞ!
<続いての登場は出茂鹿之介選手!秀才と呼ばれる彼は酒豪の称号も手に入れられるのか!?>
司会者が高々に叫んだ。
秀才・・・
若干冷ややかな眼差しで彼を見る私。
何故なら、実はほんの少し前に壇上にいる司会者さんからアピールポイントや自己紹介に使えそうなネタはないか聞かれていたのだ。
彼はどうやら私とは正反対の性格なようだ。
私はというと彼とは違って控えめで大和撫子を地で行くような繊細な心を持つか弱き乙女であり、常に慎ましやかでグダグダグダ
<次はこの方、家族のために頑張ります!中池長治郎ッ>
「ふは、ふははははっ」
アーメンだ。
長次くんが笑いながら壇上に上っていった。
あの司会者、消されるな。
特にアピールポイントも自己紹介ネタも思いつかなかったのでお任せにしていた私と長次くん。
司会者の頭の中での長次くんは、どうやら家族のために慣れない人前に出て頑張るパパさん設定だったらしい。
司会者の想像力凄いなッ
長次くんまだ十五歳なのに・・確かに年齢よりは上に見えるけどさ。後で慰めてあげないと・・・
<続きましては陣内高衛門選手!旅の薬売りが参戦だっ>
長次くんの胸の内を思って心を痛めていると
次の人の名前が呼ばれた。
二十代前半といったところだろうか。凛々しい顔のお兄さんが壇上に上がっていく。
何ていうか、こういう大会苦手そうな雰囲気だからこの場にいるのがちょっと不自然な雰囲気。
もしかして忍者だったりして!とワクテカしているとついに私の番。
司会者が大きく息を吸い込んで、私の名を叫ぶ。
<そして最後はこの方、謎の仮面男が仮面を外して登場だッ。今大会一番人気、酒呑童子いいいィィ!!>
一際大きな声で私の名前が呼ばれた。
え?
な、何?何事!?
うわあぁっ!!と爆発するような歓声に驚き固まる。
「頑張れよ、兄ちゃんっ」
「怖いかみさんに負けんなよ!」
「変態さん頑張って~~~!」
拍手に歓声、口笛の音。それから笑い声・・・
これは、ええと、その・・・喜んでいいの、かな??
取り敢えず、観客の人に手を振りながら私は
壇上に上がっていく。
「顔出したな!腹くくったかっワッハッハッハ」
「俺たちの分までしっかり飲めよーーーッ」
会場全体を見渡してみる。
どうやら男性陣は私が怖い奥さんに隠れてこの大会に参加していると思っているようで、私の応援をしてくれるらしい。
で、女性の人たちと言えば・・・・
うん。笑ってる。
しかも皆さん酔っていらっしゃってるっ。
「変態さーーーんっ」ゲラゲラゲラゲラ。と、私の顔を見ながらお腹抱えて笑っていますよ。笑いすぎですよ!
私が仙蔵くんのような女子モテをしようだなんて百年早かった・・うぅ。
だけど・・・・
私は改めて観客の人たちの顔を見渡した。
笑われて勘違いされてちょっと恥ずかしい。
でも、やっぱり応援してもらえるのって嬉しいよね。
明らかにみんなの時と比べて歓声に混じる笑いの声の比率が大きいけれど、これはこれで良いもんだ。
<それでは出場者の皆さん、座ってください>
司会者の人に促されて座ろうとした時、観客の人の一番後ろで旗がぴょこぴょこと上下しているのが目に入った。
あれはもしかしてきりちゃん?
人も多いし、きりちゃんの前には彼より大きな大人しかいないのできりちゃんの顔は見えない。でも、あの冷甘酒の旗はきりちゃんが
持っていたものだ。
彼の方から私が見えなくてもきりちゃんは私を応援するためにこうやってジャンプして旗を見せて応援してくれているのだ。
何て健気・・・。
薄らと私の目に涙が浮かぶ。
こうなりゃ勝つっきゃないでしょうっ!
後でどうだった?って聞かれた時に胸を張って答えられるようにしたいよね。
『っしゃあ!』
「「「!?!?」」」
「あはは!酒呑童子は気合が入っているなっ」
パチンと両頬を手で叩いて気合を入れる。
楽しそうに笑う小平太くん。若干引き気味の他四人(隣から「うわあ・・」と言う声が聞こえた)。
決戦の火蓋は今落とされた。
***
<おおぉぉ!?だ、誰か市松選手を止めて下さいっっっ!>
「ひいいいぃぃっ」
「飲め飲めどんどーーーーんッ!!ワハハハハハッ」
会場に響く司会者の声と哀れな犠牲者の絶叫。
そして小平太くんの笑い声。
早飲み対決が始まって僅か数分。私のいる第二組の試合は既にカオス状態となりつつあった・・・
「ふはっ。ふは、フハハハハハハッ」
「っ!?!?」
『・・・。』
説明しよう!
今、私の左側は凄いことになっている。
まず一番端。
小平太くんは開始早々に泥酔。
どうやら彼は飲むと明るくなるらしい。
これ以上明るくなってどうするんだ!お前は太陽にでもなるつもりか?と言う下らない冗談はさておき、小平太くんに絡まれた被害者の様子を見てみよう。
うん。かわいそう。
もうなんか、哀れすぎてこれしか言えない。
今小平太くんは隣の出茂鹿之介さんに加減のきかない馬鹿力でもって出茂鹿之介さんの肩に手を回しながら逆の手でお酒を口元に持っていって勧めるという、飛んでもないパワハラを繰り出している。
出茂鹿之介さん・・長いな・・・略して出茂鹿さんを小平太くんの馬鹿力から引き離そうとしている大会委員と彼らにもお酒を薦めちゃっている小平太くん。
そして「じゃあちょっとだけ」と飲んじゃう大会委員。
オイッ出茂鹿さんが可哀想だろ。仕事しろよッ!
それから、次はお隣を見てみましょう・・・
「ふはははっ。ふは、あははははッ」
「うわああぁっ何が可笑しいんだよおおぉっ」
私の真隣から泣きそうな悲鳴が上がった。
長次くんは笑い上戸なのかしら?
それとも怒り上戸?(こんな言葉あったか?)
兎に角、長次くんはお酒を一口飲むたびに笑っています。
それも何故か真横の陣内高衛門さんの方を向いて。
悲鳴を上げる陣内さんの気持ち、分かります。
誰だって自分の方を見ながらずっと笑い続けられたら怖いわッ!長次くん、何故なの!?!?
と、いう訳で邪魔の入らない私は順調にお酒を楽しませてもらっていたのだった。
そして数分後
自体は更にカオスを極める。
<!?!?中池長治郎選手、今度は反対側を見て笑うことにしたようですッ>
『どんな実況だよッ!』
思わずつっこむ私。
「怖かった・・・」
『・・・。(可哀想に・・)』
こんな感じで続く私たち第二組目の試合――――――
<混乱を極めている他選手に対して酒呑童子選手!順調に盃を空けていっておりますっ>
「イケイケ酒呑童子~」
「頑張れ変態さーーーんっ」
邪魔のない私は呑みやすかった。
応援に後押しされながら私はわんこそばの要領で注がれたお酒をくいっと飲み干す。
私の前には積み上げられた沢山の盃。
選手にたくさん飲んでもらって大会を盛り上げるためかこのお酒は少し水で薄められているらしい。こんなの水と変わらんわいッうひゃひゃひゃひゃ
私は現在、ぶっちぎりの一位。
だが・・・
『ん~~回ってきふぁ』
流石にお酒が回ってきたのか頭がくらーんと揺れた。
<おっと酒呑童子選手ペースが落ちたか!?その隙に旅の薬売り、陣内高衛門が差を詰める!!>
隣からカシャン、カシャンと杯が積み上げられていく音が聞こえてきた。げっまずい。
そう思いながら私が自分のお酒に口をつけた時―――――――
ピシャ
え・・・・!?
横目で陣内高衛門選手の盃数を確認しようとした私の心臓が大きく跳ね上がる。
今、この人服の中にお酒を入れなかった・・・?
観客も、大会委員も誰も気づかない。長次くんも今は反対側を見て笑っているから気づいているのは私だけ。
あ、また!
見間違いかと思っていたが、やっぱり次に注がれたお酒も彼は服の中に零したのが見えた。
わざとやっている。でも・・・
<酒呑童子選手!隣の陣内高衛門選手の動きを見てペースを元に戻しましたっ。早い、早い!>
指摘なんて出来ない。
だって見ているのは私だけ。
それにもしかしたらこの人忍かも。
長次くんたちから色々な城の忍が参加しているかもしれないと聞いたのを思い出す。
<陣内高衛門選手、凄い追い上げです。酒呑童子選手は逃げ切れるか!?>
不正をした奴に負けてしまったら悔しい。
私は勢いよく盃を呷る。
私には実力で勝ちを取りに行く方法しかない。
飲兵衛の底力を見せてやらあぁっ!
<おぉっ!?!?また酒呑童子選手のペースが上がったようです!>
グイグイとお酒を飲んでいく。
しかし、まともに飲んでいる私より、不正をしている相手の方が速さ的にも体の状態から言っても勝るわけで・・・
<ついに!ついに!陣内高衛門選手がトップに並んだ!!>
私はわあっと沸く歓声の中顔を歪めた。
お腹がいっぱいで苦しい。体の動きが重くなる。
悔しい・・・負けたくない・・・・
でも、もうお腹いっぱいで・・・・・・
「頑張れーーーーーーファイトーーーーー!!」
手が止まりそうになっていた時、歓声の中から少年の声が
抜けてきた。私はその声に後押しされてぐいっとお酒を
飲みこんだ。
ちらっと視線を上げた私の目に見えたのは、三郎くんか雷蔵くんどちらかの肩の上に乗って、旗を振りながら応援してくれているきりちゃんの姿だった。
チラッと隣を見ると積み上げられている盃の高さは私のほうが少し上回っていた。
よっしゃ!この調子で逃げ切って――――――・・・
ビシャッ
「何っ!?」
「モソ」
『え??』
不思議な音に横を向く。
何の音だろうと思って横を見たら陣内高衛門選手の足元に水たまりが出来ていた。
ハッとして手ぬぐいを取り出す。
『良かったらこれで隠して・・・』
「漏らしたんじゃないわッ」
陣内高衛門選手が叫んだ。
なんだ違ったのか。
ダンッと立ち上がった陣内高衛門選手。
ざわつく観客。
周囲の異変に気がついた陣内高衛門選手が顔を青ざめさせる。
<こ、これは・・・・―――――>
立ち上がった彼のお腹から落ちてきた水袋が
鈍い音を立てて壇上の床に転がり落ちる。
「チッ」
後は一瞬だった。
観客が野次を飛ばすまもなく陣内高衛門選手は舞台から飛び降りて走り去ってしまう。
ざわつき唖然とした空気の中に鳴り響いたけたたましい銅鑼の音。
ゴオオォォォォンッ
<試合終了です!!>
「お前、何があっても飲むのやめないのな」
「決勝進出おめでとう、ユキさん」
呆れた笑いの三郎くんと拍手をしてくれる雷蔵くん。
『あ、そうだ、きりちゃん。長次くんの様子は?』
「酔ってしまわれたみたいで木陰で休んでいらっしゃるんだ」
『そっか・・・それじゃあ、ありがとうって
伝えておいて欲しいな』
「うん!分かった」
『きりちゃんの応援、力になったよ。どうもありがとう』
頭を撫でると嬉しそうに表情を崩して笑うきりちゃん。
陣内高衛門選手がお腹のあたりに隠していた水袋を長次くんが苦無で引き裂いた時、観客と共に驚きながらもペースを落とさず飲み続けていた私。
「ユキさん、調子はどう?次の試合も勝てそう??」
私を見上げる無垢な瞳に私は力強く頷いてみせる。
『もっちろん!』
他の組の決勝戦進出者を調べてくると消えていった三郎くんと雷蔵くん。
私はきりちゃんと拳をコツンと合わせてから
待機場所の天幕へと戻っていった。
私が控えの天幕で休んでいる間も大会は順調進んでいく。
三組目・・・四組目―――――
日が傾いてきて徐々に細くなっていく日差し
気温はゆっくりと下がってきているが、
会場の熱気は今が今日の最高潮!
<馬井屋主催、創業三百年記念の酒豪選手権大会決勝戦始まりです!!>
いよいよだ!
わっと地鳴りのような歓声に体が痺れる。
決勝戦に進んだのは私を含めて五人。
一組目から勝ち上がったのは文ちゃん、
二組目は私で三組目はこの町の大工さん。
四組目は堺の商店で働いている人、そして
五組目はなんと留三郎が勝ち上がってきていた。
私の席順はさっきと同じ一番右端。落ち着きます。
椅子に座った私たちの横にお酒を注いでくれる係の人が立って準備OK.
<用意はいいですか?さん、にい、いちっ!>
ゴーーン
<さあ始まりました決勝戦!全選手順調に
盃を空けていきます――――――――
積み重なっていく白い杯
声援と笑い声
どうやら正々堂々を貫いたらしい。
文ちゃんと留三郎がダウン。
堺の商人さんは口を抑えて途中退席。
残った私と大工さんとでサシ勝負。
そして、運命の銅鑼が鳴り響く。
数を数える大会係員さんをドキドキと待っていた私は
拍手と喝采の中、思い切り拳を天に突き上げる。
<一枚差で酒呑童子の勝利―――――!!>
『っしゃああーーー!!』
拍手と歓声
楽しげな笑い声に包まれて、
酒豪選手権大会は幕を下ろしたのだった―――――――
***
『それじゃ後りぇね~』
「おう」
大会終了後。
幻のお酒を三郎くんに、賞金を雷蔵くんに預けて私たちは別々に町を出てから山を一つ超えた森の中で落ち合うことにしていた。
私は長次くんときりちゃんが一緒。
「私たちも出発しよう・・・」
『うん!』
変装を解き、私服に着替えた私は長次くん、
きりちゃんと共に町を出発。
『あ、長次くん。そう言えば酔の方はもう覚めているの?』
きりちゃんの言葉を思い出して聞く。
木陰で休んでいたって言っていたけど・・・
「大丈夫だ。問題ない」
『本当に?』
無理をしているのではないか、と心配して長次くんを見つめていると、彼はコクリと頷いた。
「伊作が作った酔い覚ましの薬を飲んだ。
だから、もういつも通り・・」
『そうだったんだ。大丈夫そうなら良かったよ』
伊作くんお手製の薬なら良く効く薬に決まっている。
顔色も悪くないし、気分も悪くない様子だったので私はホッと息をつく。
「だが・・・」
長次くんの様子に安心していた私の耳に届いた小さな声。
モソモソモソと呟く声に耳を澄ませる。
『長次くん―――』
「いや・・やはりまだ酔っているみたいだ。
忘れて・・・・っ!・・・・」
『きりちゃんも手繋ごう?』
「うん!」
――――少しふらついているから手を繋いで欲しい・・・
もしかしたら、長次くんは酔ったら甘えたにもなるのかも。
今日は長次くんの意外な一面を沢山見られた日だな。
私は二人にバレないようにくすっと小さく笑みを零す。
左手で長次くん、右手できりちゃんと手をつないで、私は大会が無事に終わったことへの安堵と可愛らしい両隣り二人の様子に顔を綻ばせながら町から離れていく。
「ここだ、ユキ」
『三郎くん、雷蔵くん!』
森の中の待ち合わせの場所周辺でキョロキョロしていると少し遠くにある茂みの中から顔を出した二人が手を振ってくれた。
「こっちに少し広場があるんだ。休んでいかない?」
『足くたくただったんだ。休みたい!』
あそこまで行ったら休める!
わーいと嬉しくなりながら走っていく。
三郎くんと雷蔵くんがいたのは自然に出来た広場だった。
広場の真ん中に大木が倒れており、みんなで腰掛ける。
「不破雷蔵先輩っ。僕のお金はどこですか?アハアハ」
「ちゃんとここにあるよ」
「うわーいっ!賞金っ賞金っ」
大銭が入った袋を頭上に掲げそこらをピョンピョン飛び跳ねているきりちゃん。元気だなぁ。
「あと二辰刻もすれば日が暮れてしまう。少し休んだら出発しなければならない・・」
長次くんが飛び跳ねるきりちゃんを微笑ましそうに見ながら呟いた。
『そうだね。足を休めたら出発しよう』
私もきりちゃんに視線を向けたまま答える。
町からここまでけっこう歩いたから足がパンパン。
お水も飲んで喉も潤したい。
『わわっ!?』
竹筒の水筒を風呂敷の中から取り出していると、耳元で風が吹いた。
驚いて顔を上げると長次くんがきりちゃんを
抱き抱えていた。
『急にどうした「シっ。静かに」
私にそう言った三郎くんは私を守るように立って三日月型の鉄の武器を構えた。
雷蔵くんも同じく何かの武器を構えてあたりを警戒するように周囲に視線を走らせている。
「きり丸を頼む」
『う、うん』
長次くんの腕から下ろされたきりちゃんと手を取り合う私。
バク バク バク
私には分からないが私たちの周りには今、誰かいるのかもしれない。
風もなく、羽音もしないシンとした森は不気味で私の恐怖心を増大させていく。
そして、私の緊張がピークに達する時だった。
「そこだなっ!出てこい!」
シュッと三郎くんが三日月型の武器を投げた。
『あっ!』
三郎くんの予想は当たっていた。
藪の中から出てきたのは茶灰色の忍装束を着た忍者だった。
無言でゆっくりと両手を上げる忍者。
「・・・何者だ。何故我々をつけてきた」
「あなたたちにお願いがあったからです」
「願い・・・?」
長次くんの問いに落ち着いて答えた忍者が
ゆっくりとした動作で手を首の後ろにもっていく。
そして、ハラリと外された茶灰色の頭巾。
『嘘!!』
「ああっ!あなたはっ!」
私ときりちゃんが同時に声を上げる。
頭巾をとったその顔には見覚えがあった。
「ん?・・・きり丸、知り合いか・・・?」
「ユキさんも知っているのってユキさん!?!?」
「おい、馬鹿ッ。どこ行くんだ!」
私のことを止めようとした三郎くんの手が私の衣をかする。
私の足は彼の制止を聞かずに走り続けた。
そして・・・・
『会えてよかった!!』
「ッ!?!?」
私は走る勢いのまま茶灰色装束忍者、訂正、いつだったかきりちゃんと助けた忍者さんに飛びついた。
「おわっとっとっとっ!」
『アハハ、ごめん!元気だった?元気になった??』
私の重い体重でよろけてしまった彼から体を離し、彼の顔を両手で包み込む。
うん。この顔だ。間違いない!
この人が死にかけていた忍者さん。
その人がこんなにも元気になって・・・
胸の中からじんわりと、温かい感情がこみ上げてくる。
「ユキ、さん・・・?」
『元気になって良かったね』
「っ~~!は、はいっ」
私は感情が抑えきれなくてもう一度ギュッと名無しの忍者さんに抱きついた。
体を離すと忍者さんの顔は真っ赤。距離感間違えたかな?
でもいいや。元気な姿を見られて凄く、凄く、嬉しい。
私は彼に笑いかけて、溢れそうになっていた涙を手で拭ったのだった。
「おいっユキ!いつまでその曲者の手握ってるんだよっ。羨ましいだろッ」
ズンズンと歩いてきた三郎くんに後ろからお腹に手を回され、ぐっと引き寄せられた。
ストンと三郎くんの胸に収まる私の体。
三郎くんは私の肩に顎を乗せて忍者さんを見据えたまま何やら罵詈雑言を吐いている。耳元でやめてくれ・・・
「お前、ユキの何なんだよ」
ふと思い出したように罵倒するのをやめて三郎くんが言った。
後ろから雷蔵くんのため息が聞こえた。
しっかりと私の目を見て口を開く名無しの忍者さん。
「私はタソガレドキの「違うっ!ユキの何なのかって聞いたんだッ」
「・・・へ?」
クワっと叫ぶ三郎くん。
首をコテンをかしげる忍者さん。気持ち分かります。
私も同じ気持ちです。でも、三郎くんなんで仕方ないんです!
「えっと、私は・・・」
「・・・タソガレドキの忍・・ユキときり丸と知り合いなのか・・・?」
困って全力でオロオロする忍者さんを見かねて長次くんが会話をもとのレールに戻した。
話が通じる人がいてよかった、と明らかにホッとした顔の忍者さんは、調子を整えるようにゴホンッと咳払いしてから口を開く。
「私は以前、ある任務の途中で命を落としかけていた時に彼女たちに助けてもらったことがあるのです」
「本当なの?ユキさん、きり丸」
雷蔵くんにコクリと頷く私たち。
『あの時はお互い自己紹介もしなかったんだ。また会えるなんて思っていなかったから凄くビックリ』
「私もです。酒豪選手権大会であなたを見つけて驚きました」
『え!?変装していたのに良くわかりましたね』
「あなたは命の恩人ですから」
当然です。と微笑む忍者さん。
確かにそうだけど、命の恩人だなんて言われるのくすぐったいな。
私ときりちゃんはこそばゆい気持ちになりながら顔を見合わせて笑う。
『それで、ええと・・お願いって言っていませんでしたか?どうぞ話してください。私たちに出来ることかは分かりませんが・・』
「あ、はいっ」
私に促されて忍者さんは話し出す。
話の内容はとても簡単だった。
自分が仕える城主の命令で幻の酒を得るために大会に出場していたのだが、負けてしまった。だから、少し幻の酒を分けてはくれぬか、とのこと。
「我らと違い、正々堂々戦って優勝したユキさんにこんなお願いをするのは心苦しいのですが・・・」
本当に申し訳ないと言った顔で言う忍者さんの前で私は寸の間考える。
そして寸の間考えた後、私はにこっと名無しの忍者さんに笑みを向けて頷いた。
『いいですよ』
「えっ!?いいんですか!?」
『はい』
忍者さんに向かってニコニコしていると私の額に三郎くんが手が添えられた。
「三郎くん?」
「熱でもあるんじゃないか?酒だぞ?ユキの大っ好きな酒だぞ?正気に戻れ。いったいどうしてしまったんだ?」
『ちょ、ちょっと落ち着こうよッ』
凄い勢いで言われて思わず仰け反る。
そんなに驚かなくてもいいじゃない・・・
「ユキさん幻のお酒絶対に飲むんだーって言ってたじゃん。ほんとーに、いいの?」
肩に手を置かれて三郎くんにガクガク揺すられているとタタッと駆けてきてきりちゃんが言った。
くいくいっと私の上衣を引っ張るかわゆいきりちゃんの頭を撫でながら酒壺に視線を向ける。
『うん。多分アレ、美味しくないと思うんだよね』
「え?そうなの??」
『色々な薬材を漬け込んだ養命酒の味はかなり独特だと思うの。実は私、漢方系のお薬は苦手で・・。それに、あの壺を忍術学園に持って返ったら、私が大会に出てたってバレちゃうからね』
キョトンとするきりちゃんに理由を説明。
ちょっと惜しい気もしないわけではないが、たぶん幻のお酒が苦手であろう私よりも、他の人に貰ってもらったほうがいいと思う。
『それにさ、忍者さん本気で困っているみたいじゃない。だから、幻のお酒は必要な人に飲んでもらえばいいかなって。あ、でも・・・』
「??」
少々不服そうな表情のきりちゃんから視線を名無しの忍者さんに移し、忍者さんの方を向いてパチンと両手を合わせる。
パッと思いついたことだけど、ダメもとで言ってみよう。
『代わりのお酒を貰えたら嬉しいな~なんて』
どんだけ酒好きなんだよ!って思われているだろうな~とバツの悪い思いをしながら後頭部に手をやっていると、何を言われるのかと不安そうだった忍者さんの顔がパアァと明るくなっていった。
おっ。これは好感触かも!
「もちろんです!実は、幻のお酒を分けて頂いたお礼にしようと思ってお酒を用意してあるんです」
忍者さんの言葉に破顔する私。
なんと準備がいい。やるじゃんタコヤキトリ忍者!
「そういうわけだから、持ってきて下さいっ」
心の中で小躍りしているとくるっと藪の方を向いて忍者さんが叫んだ。
誰かいるの?
首をかしげながら見ていると、数メートル先の茂みがゴソゴソ。
驚きだ。名無し忍者さんと同じ忍装束の忍者さんが二人、それぞれ壺を持って藪の中から姿を現した。
『かくれんぼの天才ですな』
「・・やはりいたか・・・」
「えぇ。それにまだ、大勢近くにいるでしょう」
「油断できないね」
『ん?何か言った?』
「いや、こっちの話だからユキは気にすんな」
『そう?』
そう言う三郎くんに首を傾げながら前を向くと壺を持った忍者さん二人が私たちの方に近づいてきた。
ん?あれ??
頭巾で顔が半分隠れているが、近づいてくる忍者さんの顔は見覚えのある顔・・・
「馬井屋で一番の酒をふた壺買ってきた。幻の酒と比べたら価値が釣り合わないだろうが、って、え?どうして私睨まれているんだ??」
話している途中で私の視線に気がついた忍者さんがヒッと短い悲鳴をあげた。
どうして、じゃ、ないわッ!!
酒壺を持ってきたうちの一人は三回戦で私の隣にいた人物だった。
奴は長次くんに不正を暴かれた旅の薬売り。
カーーンと頭の中で試合開始のゴングが鳴り響く。
『不正、許すまじ。覚悟ッ』
「え?えっ!?ちょ、ちょっと待って!ヒイィッ」
シャーっと襲いかかる私。
私からくすぐりの刑を処される偽薬売りは笑い出す。
気が済むまでくすぐってやるから覚悟しやがれッ
「え、ええと・・・(今日は戸惑うことが多いな・・)」
「あれは放っておきましょう。たぶん、不正したのが許せないんですよ。気が済んだらユキもやめますから」
「はあ・・・(陣左さんいいなぁ。私もユキさんにくすぐられたり触れられたりしたいあんな事こんな事アレコレアレコレ
なんて会話が交わされているのを知らない私は気が済むまで偽薬売りをくすぐって満足致しました。
『気も済んだ事ですし、お酒交換致しましょうっ』
「(おつかれ、陣左。ぷっ)/矢羽根」
「(陣内さん笑わないで下さいよぉ)(組頭もどこかで笑っていらっしゃるんだろうな・・)/矢羽根」
「(陣左さん羨ましい・・・/矢羽根)」
「「・・・・・。((尊奈門・・・??))」」
壺二つを受け取って、幻のお酒を渡す。
私たちはそれぞれ満足顔。
「本当にありがとう、ユキさん。あなたに助けられたのはこれで二度目です」
『わわっ。頭を上げてください忍者さん』
お酒の交換が終わり、私のところへとやってきた名無し忍者さんはそう言って頭を下げた。
肩に手を添えて頭を上げてもらうと、忍者さんは少し困ったような笑み。
『忍者さん?』
「その・・忍者さんっていうのは、ちょっと嫌だな」
少し顔を伏せた忍者さんにハッとする。
『あっ。ごめんなさい。失礼でしたよね・・』
失礼をしてしまったと思い謝ると、忍者さんは顔を上げて慌てて横に振った。
「いえいえ。名乗らなかった私がいけないんです。だから、あの・・も、申し遅れましたが・・・わ、私の名前は諸泉尊奈門と言いますっ」
あ・・・名前教えてくれた!!
諸泉さんが自己紹介してくれ、私の目が嬉しい驚きで見開かれる。
聞いてはいけないと思っていた名前を教えてくれた!
私の顔は嬉しさに緩んでいき、諸泉さんの顔は赤く染まっていく。
そして、何か勇気がいることを話すように諸泉さんは息をフーっと吐いた後、私にすっと手を差し出す。
「もし、えっと・・もし良かったら・・・僕のことは尊奈門って呼んでくれませんか?」
おずおずと私の様子を窺う尊奈門くん。
そんな彼の一生懸命でうぶな様子に私の表情は更に緩む。
この子、可愛い。
『もちろんです、尊奈門くん。名前を教えてくれてありがとうございます。私のこともユキって呼んで下さいね。敬語もなしでいこう!』
利吉さんと同い年くらいかな?
私は弾けんばかりの笑顔になる尊奈門くんの前で笑みを零した。
タコヤキトリ城がどういう城か知らない。
彼らが忍者の世界でどう言われているかは私には分からない。
でも、尊奈門くんはきっといい人。
私は心の中でそう確信する――――――
「気をつけて帰ってね、ユキ」
『ありがとう。尊奈門くんも皆さんもお気をつけて!』
日が暮れる前に急いで帰ろう。
私たちは藍色に変わりつつある空の下、忍術学園への家路を急いだのだった。