第三章 可愛い子には楽をさせよ
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7.酒呑童子 中編
タチの悪い酔っ払いに絡まれたらどうするつもりだ―――――――
二回戦が終わったあとの小休憩。
残念ながら長次くんの懸念が現実になってしまった。私は今、酔っ払いに絡まれている。
「さっきはよくもやってくれたな」
いや、何もしていません。
「お前のせいで兄貴は三回戦に進めなかったんだぞッ」
だから、私のせいじゃないって。
「しかもふざけた仮面なんか被りやがってよぉ。ナメてんのかぁ?」
『・・・。』
これは心の中でも反論できず、私は下を向く。
私は今、絶賛絡まれ中。
真ん前にいるのは二回戦を一緒に戦った山賊頭とその子分たち。
ゴール直前に私に抜かされたことを恨んでこうやって絡みに来たというわけだ。迷惑な話である。
「おいっ何とか言いやがれ」
と、イライラしながら山賊頭が叫んだが怖くはない。
だって彼らはとっても顔見知り。
怖くはないのだがバレたらややこしい事になるから絶対に困る。
声を出すと私だとバレるので両手を前に出して来るなとジェスチャーしながら後退していくと、私の背中にトンと硬いものが当たった。
振り向けば後ろに民家の壁。
あらら追い詰められちゃった。うーむ。逃げ場なくなっちゃったから仕方ないか・・・
大騒ぎされるから仮面を取りたくなかったのだけど、これはもう仮面を取るしかない・・・って、あ・・・ダメじゃん!
仮面の下って私の顔じゃないじゃん!!
自分のうっかりに気がついた私の体から血がサッと引いていく。
『た、タイム』
「今更遅ぇぞ!その面見せやがれッ」
大ピンチ!山賊頭が怒声とともに私の仮面を
剥ぎ取った。
「ああん?なんだ、なよなよした若造じゃねぇか」
子分其の壱が薄ら笑いを浮かべながら私を上から下まで見て言った。
「これなら俺たちだけで十分っすよ、兄貴。俺たちに任せて兄貴は見ていて下さいよ」
子分其の弐が両手を組んでバキバキと骨を鳴らしながら言う。
「はっ!うるせぇ。ムカッ腹にきてるのは俺なんだ。俺が直々に拳をふるってやるよ」
山賊頭が私から剥ぎ取った仮面を手の中で粉々にした。うわああぁ
私ってなんてお馬鹿だったんだろう。正体がバレる事を恐れて激しく泣き叫ばなかったことを後悔する。
大声を出して助けを求めていれば、忍たまか先生の誰かが気づいてくれていたかもしれないのに・・・
『ちょ、お、落ち着こう』
しかし、そう思っても後の祭り。
目の前に迫る凶悪そうな三つの顔。
逃げ場はなく、追い詰められてしまった私。
「頭をかち割ってやる」
山賊頭がゾッとする言葉とともに私の方へと一歩近づいた。
どうしよう――――避けなきゃいけないのに足に力入ってくれない。
恐怖で動くことの出来ない私の目に山賊頭が拳を振り上げる姿が映る。
鋭い目に睨まれて動けない私。
『ぁっ・・・』
怖すぎて叫び声も出ない。
怖い―――誰か―――――
ヒュンと拳が空気を切る音がした。
もうダメ――――――殴られる!!
私はなすすべもなく両目をギュッと瞑ったのだが、
バチンッ
『え・・・?』
想像していた痛みは体のどこにもやってこなかった。
肌と肌がぶつかる鈍い音に私は目を開ける。
目に映ったのは明るいブラウン色の髪。髪を揺らして振り返った彼は、優しい微笑みを私に向けた。
「ごめんね。遅くなって」
『雷蔵くん!!・・・で合ってる?』
「あ、合ってます!もう、ユキさんったら・・っユキさん!?」
ガクンとズッコケる動作を見せながら笑う雷蔵くん。
恐怖が消え、体が動くようになった私は、自然と雷蔵くんの背中に抱きついていた。
「え、ええっと、ユキさん!?!?」
『怖かった』
雷蔵くんの背中に額をつけながら心を落ち着けるように深く息を吸うと、太陽をいっぱいに浴びた新緑のような香りが胸に広がった。
いつから私はこんなしおらしい事を言えるようになったのだろう?
雷蔵くんの前だといつもより素直になれる自分に気づき、私は小さく笑みを零した。
「おい、お前らいったい何なんだ?」
あ、忘れてた。
雷蔵くんの背中から顔を出すと、戦意を喪失させて困惑した表情を浮かべる山賊たちの姿が目に映る。
突然現れた男に拳を止められ、その男は自分たちが追い詰めていた仮面の男に抱きつかれて顔を真っ赤にしているこの状況。
山賊たちが困惑するのも無理もない話だ。
「ユキさん、あの・・その・・・」
『ごめんね。長く抱きつきすぎちゃった(セクハラで訴えられるッ)』
「「「その声は!!!」」」
『げっ』
雷蔵くんに謝った瞬間、私を指さしながら叫ぶ山賊三人。
私の顔がピシッと固まる。し、しまった・・・
「そ、その声は姐さん『って呼ぶなって言ってんだろうがこのタコ野郎』あああぁその罵倒の仕方は正真正銘姐さんだッ」
ダアアァァまたいつもの展開に!!
私は頭を抱えながら、態度を急変させた山賊頭に驚く雷蔵くんに彼らのことを説明することになる。
そして、話を聞き終わった雷蔵くんの第一声。
「子分がいるなんて凄いね!」
うん。落ち着こう。
ニコニコ笑顔の雷蔵くんは悪気があるわけではありません。
ナチュラルに毒を吐くのが彼の癖。純粋に凄いと思ってこんな感想を言っているだけなのだから怒ってはいけません。
「どうしたの?」
小首を傾げて不思議そうな顔をする雷蔵くん。かーわいーっじゃなくて、
『もうっ。雷蔵くんったら話鵜呑みにしないでよ。子分っていうのはこいつらが勝手に言っているだけなの。私は認めていません。非公認です!』
「「「え~~俺たち公認じゃないんすか!?」」」
『あったりまえだッ』
残念そうな声を出す山賊どもにクワっと叫ぶ。
絶対認めてなるものか。山賊なんか子分に持ったらますます嫁の貰い手がなくなっちゃうからねッ。
胸の前で両手を組んでお願いしてくる山賊たちに拒絶の言葉を吐いていると肩にポンと手が置かれた。
横を向く
嫌な予感
「こんなに頼んでいるんだから『そこまでっ。ストーーップッ』
おぉいっ!ニコニコ笑いながら何を言おうとしたのよこの子は!
人が良すぎるにも程があるでしょうがッ
私に口を塞がれて目をまん丸にする雷蔵くん。
私は大きなため息を吐いてから首だけ山賊たちの方に振り返る。
『あんたたち!』
「「「はい!!」」」
嬉しそうに瞳を輝かせて返事をした山賊たちは私の言葉に目に見えてしょんぼりしていく。
「えー姐さんのこと応援しちゃだめなんですか?」
「兄貴いないから、三回戦からは姐さんしか知っている出場者いないのに」
「酷いっす。うぅ。子分の俺たちのこと、可愛くないんすか?」
『うーるさいっ』
ギャーギャー騒ぐ山賊共を一喝。
『もし応援なんかしたら今度顔合わせた瞬間グーパンチだからね。わかった??』
「「「は、は~い(怖~)」」」
これでよし。
大人しくなった山賊たちを見て満足して頷く。
『行こう、雷蔵くん』
「え?うん」
残念そうな顔をする山賊たちに背を向けて、私は雷蔵くんと一緒に会場の方へと歩き出した。
『雷蔵くん』
「ん?」
路地を曲がったところで止まる。
雷蔵くんが来てくれなかったら今頃どうなっていたことか。
想像するとゾッとする。
私は改めて頭を下げながら雷蔵くんにお礼を
言うことにした。
『助けてくれて、本当にありがとう』
「ユキさん・・・」
ぺこりと頭を下げてから顔を上げると、ギュッと雷蔵くんに抱きしめられた。
「震えてる」
『あ、はは・・・バレちゃっ、た・・』
言葉が出せなくなって口を噤む。
指摘されて我慢していた震えと涙に抑えが効かなくなり、震える私の目から涙が零れ落ちてしまう。
人気のない路地で殴られた末、誰にも気づかれないまま放置されていたらと考えると恐怖がぶり返してくる。
「怖かったね。でも、もう大丈夫だから。安心して、ユキさん」
耳元で聞こえる優しい囁き。
私をあやすように背中に回っていた雷蔵くんの手が、優しく拍子を刻み始める。
「いつだって、ユキさんには僕たちがついてるよ」
優しい声
頼もしい言葉
雷蔵くんは私の震えが止まるまで、私を
抱きしめてくれた。
『ありがとう。落ち着いたみたい』
「よかった。それじゃあ、そろそろ行こうか」
『うん・・・雷蔵くん?』
スっと差し出された手。
「人がいるところまで。ダメかな?」
意外な人の意外な行動に目を瞬いていると、雷蔵くんは頬を染めてはにかむように言って俯いた。
『ダメじゃないよ、全然。嬉しい!』
「~~っ!」
手をつなぐと雷蔵くんはピクッと体を跳ねさせて、赤かった顔を更に真っ赤に染めた。
かわいいな・・・
『さあ、行こう』
雷蔵くんの手を引く私は、さっき私を守ってくれた逞しい姿と照れて頬を染める今の彼の姿を思い、ふっと口元を緩ませる。
穏やかで優しい、いつもの雷蔵くんと強くて頼りになる私を守ってくれた時の雷蔵くんとのギャップ。
きっと、まだまだ私の知らない彼がいる。
雷蔵くんの良いところ、もっといっぱい知っていきたいな。
「次の試合、楽しみにしているけど無理し過ぎないでね」
『分かってる。お酒は楽しく、が基本ですから』
「あはは。上級者の答えだ」
『えっ。そうかなぁ?』
クスクスと零れる笑み。
ふわふわと雲の上を歩くような気分なのは、二回戦で飲んだお酒が回ってきているせいなのかもしれない。
雷蔵くんと手をつないで歩きながら、私は心の片隅でそっとそう思った。
***
<いよいよ最終戦!!選手には飲み比べで競ってもらいます>
大会進行の人の声に観客が一斉に興奮した声を上げ、
体が振動する。
わああぁぁ!私も興奮が抑えきれないよ!!
女性だと気づかれないように野太い声で歓声を上げていると、両隣の人たちがサッと私から距離を取った。
私は計らずもライバルの威嚇に成功したようだ。グッジョブ、私!泣いてなんかいないぞ、アハハ!
<名前を呼ばれた方は壇上の上に上がってください>
乱れた心を落ち着けながら大会委員に注目する。
準決勝のルールは単純。升に注がれたお酒を制限時間内により多く飲んだ人が勝者。お酒はわんこそばの要領で注いでくれるらしい。
次の決勝戦に進めるのは一人だけ。
厳しい戦いになりそうだけど、ぜったいに負けないんだからね!
<第一戦目、まずは立川 仙郎さん―――――
「「「「きゃあああ仙郎さ~~~~~んっ」」」」
私の体がビクッと跳ね上がる。
壇上に上がった司会進行の人に仙蔵くんの名前が呼ばれた瞬間、観客席から黄色い悲鳴が上がったからだ。
みなさん目がハート。仙蔵くんったら凄い人気。
仙蔵くん、性格難有りだけどカッコイイもんね。
性格に難有りだけどさ!
黄色い声を飛ばしているお嬢さん方が真実を知る日がありませんように。と考えながら視線を壇上へと戻すと次の人の名前が呼ばれた。
<続いて塩枝 文次さん!>
『おっ文ちゃん』
拍手とともに壇上に上がったのは文ちゃんだった。
『うーん。心配だなぁ』
嫌な予感に心の声が漏れてしまう。
いつも冷静沈着な仙蔵くんは心配していないが、勝負大好き、熱くなりやすい文ちゃんは大丈夫だろうか?
六年生忍たまだから我を忘れて飲み過ぎるなんてことはないと思うけど・・・うーん、心配だよ。
腕をぐるぐる回してやる気いっぱいの文ちゃんを見て不安を募らせていると次のアナウンス。
<三人目は巻貝 天都さんっ>
文ちゃんから壇上に上がっている人に視線を移した私はあ!と声を上げそうになった。
あの人ってもしかしてキャプテン竜巻さんでは!?
マリンキャップを被っている人なんて一人しかいない。
彼はドクタケ忍術教室のしぶ鬼くんのお父さんだ。
ドクタケ城に囚われて一緒に酒盛りをした時のことを思い出すと、キャプテン竜巻はお酒が強かった印象がある。
仙蔵くん、文ちゃん、無理せず頑張れ!
「二戦目以降の方たちは天幕に移動して下さい」
一戦目の出場者5人が全員壇上に上がったのを確認して近くにいた係の人が私たちに声をかけた。
ぞろぞろと天幕へと移動していく私たち。
文ちゃん大丈夫かな~。とひたすら文ちゃんを心配して後ろを何度も振り返りながら歩いているとコツンと側頭部を何かで打ち付ける。
よそ見をしてぶつかったのは誰かの背中。
『あ、すみま・・』
うげっ。留三郎!
言葉を切って顔を引き攣らせる。
運悪く、私がぶつかってしまったのは留三郎だった。
私のバカアアァ!
前を見て歩かなかった自分を激しく呪う。
「いえ。大丈夫ですよ。お気になさらず」
留三郎が無駄に爽やかな笑みを私に向けた。
よそ行きの笑顔だけど、男前。くそぅ。留三郎のくせにカッコイイじゃないかっ。
「さすが準決勝。強そうな人ばっかりですね」
留三郎ってこんなにカッコよかったっけ?と考えていると声をかけられた。
え?雑談するの!?フレンドリーだな。じゃなくて、声出したらバレちゃうよ。どうしよう・・・
人当たりのいい笑顔を浮かべている留三郎の前で焦っていると、
「痛っ」
留三郎の頭に何か当たったらしい。
後頭部を摩りながら留三郎が後ろを向いた。
チャンスだ!
私はササッと天幕の外へと脱出。
はぁー。危なかった「危なかったな『!?』おっと」
何者かが耳元で心の声にかぶせるように言ったので叫びそうになるが、私の口はその何者かによって塞がれた。
ヒエエェェ誰!?
「ばーか。せっかく逃げてきたのに大声出したら気づかれるだろ」
腕の中でもがいていると耳元に囁き声。
『その声は・・・三郎くん?』
「あたりだ」
『うおっ!?』
後ろから抱きすくめられて思わず声が漏れる。
「シーー」
「むぐぐ・・・(三郎くんのせいでしょっ)」
口元を抑えられながら首ごと振り返ってじとっと三郎くんを見ると悪戯っぽい笑みを返される。
まったく、この子ったら人騒がせなんだから!!
「ところで、ユキ。怪我はないか?」
『ん?』
目の前にあった雑木林の中に移動すると三郎くんが言った。
「さっき雷蔵からユキが山賊に襲われかけたって聞いたんだ。だから、その・・心配で、さ」
最後の言葉を照れたように私から視線を逸らせながら言う三郎くんの姿に私の頬は緩む。フフ、可愛いとこあるじゃない。
私は何ともないことを示すようにニコッと
三郎くんに笑いかける。
『心配して来てくれたんだ。ありがとう。怪我はないよ』
「そっか。なら良かった」
照れを隠すように三郎くんがくしゃくしゃっと私の頭を撫でてきた。
『わわっ。髪が乱れる』
「乱れたら直してやるって・・あ、そういやさ」
何かを思い出した顔になった三郎くんの表情は直ぐににやっとした笑顔に変わる。
う・・・嫌な予感しかしない。
三郎くんは顔を引き攣らせる私をニヤニヤっとした顔で見ながら口を開く。
「これも雷蔵から聞いた話だが、ユキを襲った山賊たち、ユキの子分だそうじゃないか。どうやって手懐けたんだ?」
やっっっっっっっぱりコレかいッ!
『あーもう。その話されると思った!それ、誤解だから。頭の中から綺麗さっぱり消し去ってよねッ』
「こんな面白そうな話忘れられるわけないだろ?ユキが教えてくれないなら忍術学園に帰ってから誰かに聞くぞ?」
頭の後ろで手を組んでご機嫌な顔をしている三郎くん。
ああ、きっと、こんな状態の彼に私が抵抗しても無駄なのだ。
私は山賊たちと私のエピソードを聞いた三郎くんが私を揶揄いにくる様子を想像して、小さくため息をついたのだった・・・
「ん?あれはきり丸か?」
私の肩ごしを見る三郎くん。
三郎くんの視線を追って振り返るとキョロキョロしながら歩いてくるきりちゃんが目に入った。
気づけ!と念を込めながらブンブン手を振っていると気持ちが通じたのか私たちに気づいたきりちゃんがこちらへと走ってくる。
「ユキさんに鉢屋先輩?不破先輩?「鉢屋三郎だよ」お疲れ様っす」
『きりちゃん、どうしたの?もしかしてこんなところまで営業?』
冷甘酒の旗を指さしながら聞くと、きりちゃんがブンブンと首を横に振った。
「違うよ。いよいよ準決勝だし、試合前のユキさんの様子が気になってね。見に来たんだ」
ニコッと笑うきりちゃん。
目の前に天使降臨!!
『おおぉなんと優しい子じゃ!めんこいのぅ』
「あはは。何でおばーさん言葉なの?」
『あはは。何となく?』
私たちは顔を見合わせて、ケラケラと笑い合う。もう、もう、もう!きりちゃん大好き!
「お前ら仲いーな』
『まあねー』
「ねー」
私にきゅっと抱きつきながら言うきりちゃんの頭を撫でる。かーわっいい!
「でも、どうして天幕の外に出てきてたの?何かあったの?」
急にハッとした顔になるきりちゃん。
私が天幕の中でトラブルに巻き込まれたと思ったらしく、急に不安な声になり、私と三郎くんを交互に見ながら尋ねてきた。
『特に何かあったってわけではなかったんだけど、留三郎に話しかけられちゃってね。それでどうしようって思っていた時に・・』
きりちゃんに答えていると、ふとある事を思い出した。
そういえばあの時、留三郎の頭に何か当たって私から気が逸れたんだよね。
偶然にしては出来すぎているような・・・
そう思って三郎くんを見ると彼はニッとして笑った。
あ!もしかして!
「よく気がついたな。食満先輩には申し訳ないが、頭に小石をぶつけさせてもらった」
ニシシと得意そうに笑う三郎くん。
『そうだったんだ!』
思わず手を打って感激する私には、何故か手が広げられている。
コレなに??
「感謝の抱擁をしてもいいぞ」
パアアァとした笑顔を見つめる。
うん。
スルーしましょう。
『いや、それはいいかな。「あっさり過ぎるっ酷っ」ところで、きりちゃん。会場の様子はどうなっているか分かる?』「泣くぞ。泣いちまうぞ!!」
あー、三郎くんって面白い。
両手をブンブン上下に振りながらダダをこねている三郎くんを視界からシャットアウトしつつきりちゃんに尋ねると、きりちゃんの顔に苦笑いが広がっていった。ん?何だろう?
「何ていうか、その~・・今やっている1回戦目、立花先輩が勝たないと暴動が起きそうな予感で・・・」
『へ?暴動??』
物騒な言葉に目を瞬く。
「あぁ。あの感じじゃあ暴動が起きても仕方ないな」
どういうことかと考えていると、いつの間にか立ち直った三郎くんが苦笑交じりで言った。
三郎くん、感情の起伏激しいけど大丈夫ですか!?
「立花先輩は二回戦で女性ファンがついたみたいなんだ」
乱れやすい思春期の心を心配していると三郎くんがこう教えてくれた。
一旦心配をやめて先程のことを思い出す。
壇上に上がった仙蔵くんに飛んでいた黄色い声援。
女性たちのハートの目。
『・・・いいなぁ。私も可愛い女の子にきゃーきゃー言われたい』
「ユキさん・・・心の声は心にしまっておこう?」
下を見ればきりちゃんの残念そうな顔。
ポンと右肩に手を置かれて顔を横に向ければ、
「私はユキのそういうところに惚れたんだ」
哀れみをたたえた目をしながら告白をしてくる三郎くんがいた。
『ありがとね、三郎くん』
素敵な告白、嬉しかったよ。
私はお喋りな口にチャックをしつつ、そっと自分の肩に置かれた三郎くんの手を下ろしたのだった―――――
「僕、目立っちゃいけないから観客の後ろの方にいるけど、ユキさんから見えるようにこの旗を振って応援しているね」
心の中でプチ反省会をしているときりちゃんが言った。
私は冷甘酒の旗を左右に揺らすきりちゃんに頷く。
『その旗見ながら頑張るよ。ありがとう、きりちゃん』
拳を突き出すと、一瞬キョトンとしたきりちゃんだったがアハハと笑いながら私の拳に自分の拳を合わせてくれる。
「ユキさんっていちいち男らしいよね」
『ん?きりちゃん何か言った?』
「わわっ。じゃあ僕はこれで!鉢屋先輩も失礼しまっす」
眉を上げる私にしまった。と言った顔をしたきりちゃんは慌てて私たちの前から走って行ってしまった。
うーむ。私ってそんなに男らしいのかなぁ。
一度シナ先生に指導して頂いた方がいいかもしれないと考えていると、会場の方から一際大きな歓声が上がった。
「勝負がついたみたいだな」
『名前を呼ばれるかもしれないから天幕の中に戻るね』
「あぁ。そうだ、ユキ」
声をかけられ、幕に手をかけたまま振り返ると頬に柔らかい感触。
え・・・これってもしかして――――――
『んなっ、何をっ』
「ハハ。願掛けだ」
驚いて固まる。
キスを落とされた箇所を手で押さえている私の顔はたぶん真っ赤になっているだろう。
三郎くんは、そんな私の様子に満足そうな笑みを浮かべてから私の前からシュッと消えた。
『あの子ったらほんっとーに、もうっ。ぷっ、フフ』
怒ろうと思ったけど上手くできなかった。
いつも自由で飄々としている三郎くん。
素直に見えて掴みどころがないのが彼の魅力。
あぁ、私って幸せだ。
優しくて素敵な人たちが周りに居てくれる幸せ。
私は自分の幸運に感謝しながら天幕の中に戻る。
すると、私とほぼ同時に大会の係員が天幕に入ってきた。
「名前を呼ばれた方は私についてきてください。次が出番になります」
ドキドキと心臓を鳴らしながら係員に注目する。
長次くん、知らない人――――小平太くん、知らない人・・・
そして――――――
「酒呑童子さん」
『キタアアァ』
よっしゃ出番じゃああぁっ!ってあ!叫んじゃった!
誰かに気づかれたかも!?
ハッとして周りを見渡す。
ぐるっと天幕を見渡して二人を探すが・・・・あれ?
私の目から光がなくなっていく。
半助さん、留三郎ともにさして驚いた顔をしていない。
ただ苦笑いを浮かべているだけだった。
そっか。バレなかったんだ。野太い声で叫んで良かったな・・・
しかし、このもの悲しさは何だろうね?
安堵するべきはずなのに・・と思いながらも虚しい気分になっていると突然両手が誰かにギュッと握られた。
びっくりして顔を上げる。
すると、目の前にあったのは知った顔。
「お前、二回戦でも一緒だったよな!」
『!?』
こ、小平太くん!?
私の両手を握ったのは小平太くんだった。
うっ。もしかしたら小平太くんにはバレたのかも!
ドバっと変な汗が噴き出してくる。
でも、まだバレたことは確定ではない。無言で首を縦にブンブン振っていると、彼はニッといつもの明るい笑みを浮かべながら口を開く。
「俺は市松平太だっ。次の勝負も正々堂々楽しもうな酒呑童子!!」
『お、おう』
「よっし。飲め飲めどんどーーん」
緊張しながら小平太くんに相槌を打つと、彼は上下に振っていた私の両手から手を離して天幕から出て行った。
こ、これはバレてなかったってことだよ、ね?
よ、よかったーーー。セーフだよ、セーフ!
ホッと息を吐き出してから深呼吸。
私は気疲れで若干ふらふらっとなりながら天幕の外へと出て行った。
「ユキ」
『長次くん』
天幕裏と林の間に出来た道を歩き終わったところで長次くんが待っていてくれた。
「さっき留三郎に小石をぶつけたのは・・」
『三郎くんだったの。天幕裏で会ったよ。きりちゃんも応援に顔見せに来てくれたんだ』
長次くんは私の様子を気にして待っていてくれたようだ。
私はそんな彼を安心させるように『おかげでやる気満タン』と胸の前で両手をギュッと握ってみせる。すると、長次くんは柔らかく表情を崩してくれる。
『あ、そうだ。私が消えた後の留三郎の様子ってどうだった?』
気になっていたことを聞いてみる。すると、
「急にユキが消えて不思議そうな顔をしていたが、直ぐに別の参加者に話しかけられていた。ユキが天幕に戻ってくるまでそのまま・・だから、ユキの事を探る暇はなかった」
と、長次くんが答えてくれた。
『留三郎に正体バレなくて良かったよ』
「あぁ。誰にも知られたくない」
フーっと息を吐き出していると何かの感情が滲んだ声が降ってきた。
『長次くん?』
テクテクと歩き出し始める長次くんに慌てて追いつき、横を歩きながら顔を覗き込む。
覗き込んだ長次くんの顔は照れているように
ほのかに赤く染まっていた。
『・・・?』
私が長次くんの様子に瞬きを繰り返していると長次くんの口から小さい声がモソモソ。
さらに赤く染まっていく長次くんの頬。
『そうだね。私も同じ気持ち。みんなが知らない秘密の方が守っていて、ずっとワクワクすると思うんだ』
「モソ」
コクリと頷く長次くん。
これ以上、誰かにユキとの秘密を渡したくない――――――
拗ねたように言う長次くんが珍しくて私は数度目を瞬いたが、急に愛おしさがこみ上げてきて、私は彼の横を歩きながら頬を緩めたのだった・・・