第三章 可愛い子には楽をさせよ
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6.酒呑童子 前編
お酒の知識を問われた1回戦が終わった。
採点を待つ今の時間は休憩時間になっている。
私ときりちゃんは今、事前に個室を予約していた町の中にあるご飯屋さんにいる。
「中在家先輩たちそろそろ来るっすかね?僕、お腹減っちゃった」
『私も腹ペコ~』
噂をすれば何とやら。メニューを見ながらきりちゃんと話をしているとスっと襖が開いた。
「待たせた」
『ううん。お疲れ様!』
入っていきたのは学園長先生達に報告を終えた長次くんたち、三郎くん、雷蔵くん。それから―――――
「個室を予約していたとは準備がいいな!」
「私たちも一緒にいいかな?」
彼らに続いて雅之助さんと野村先生も入っていきた。
『フフ、さっきぶりですね。みんなでお昼にしましょう!』
賑やかな方が楽しい。
お店の人に座布団を増やしてもらって皆それぞれ席へとついた。注文もしてほっと一息。
「ところで、ユキはいつまで仮面を被っている気なんだ?」
苦笑いの雅之助さんに指摘されて初めて仮面をつけっぱなしだった事に気がついた。どうりで店の人から座布団を受け取る時にビクッとされたわけだ。
仮面を外した私だが、仮面の下にあったのは私の可愛い顔ではない。
「それは鉢屋くんにやってもらったのかい?」
『そうなんです。男前で気に入っています』
野村先生にニッと笑みを向ける私の顔は若い男性の顔。
念には念を入れてということで、三郎くんに顔自体も変装を施してもらっていたのだ。なかなかのイケメンさんで気に入っている。
「声を出さなければ完璧な変装だな。実際あの時、雪野くんが声を出さなければ君だと分からなかったからな」
野村先生の言葉に自信がつく。
プロの忍者な二人でさえ声を出さなければ私だと分からない完璧な変装。2回戦からはより人目に晒されるだろうが、堂々としていればバレる心配はなさそうだ。
『そうだ。出場者の中に忍者さんたちが紛れ込む可能性があるって言っていましたよね・・・』
そう言って皆の顔をみれば全員の顔が厳しい
表情に変わった。
うわー。やっぱりいたんだ。
「ドクタケ忍者隊は稗田八方斎を除いて全員参加。八方斎の姿は見えないがきっと近くにはいるだろう」
と三郎くんが教えてくれる。
「何かあったら先生方や上級生に協力を仰ぐけど、それまでは僕たち五年生がドクタケの動きを見張ることになったんだ」
雷蔵くんの言葉を聞く私の表情は不安で曇っていく。
みんな大丈夫かな?不安だよ。
『・・・二人とも気をつけてね』
「そう不安そうな顔をするな」
「僕たちのことなら心配いらないよ、ユキさん」
私は逆に私を気遣ってくれる二人にどうにか微笑む。
こんな時、忍ではない私は彼らの無事を祈ることしか出来ない。
私はありったけの気持ちを込めて、ここにいない五年生の分も含めてみんなの無事を祈った。
「ドクタケ以外にはどこの城の忍者がいたんスか?」
「忍術学園と敵対関係にある城だけでいうと、ドクササコ城、ショウロ城、スッポンタケ城に、クサウラベニタケ城―――――
野村先生の話を聞きながら私は気が遠くなってきていた。
一つも聞いたことのある名前が出てこないのは何故??
というのは置いといて、忍者送り込んでくる城多過ぎでしょ!!
色々な不安がこみ上げてくる。
ううん。ダメ。
こんなんじゃいけないよね。
いつものポジティブシンキングはどこに行った?
こんな暗い気持ちじゃ悪い運気を呼び寄せちゃうよ。
私は弱気な心を吹き飛ばすように拳を天井に突き上げる。
『むうぅっド根性ーーーーーーー!!』
「大木の真似などしないでくれたまえッ」
野村先生、反応早ッ
嫌な空気を雄叫びで吹き飛ばしていたら雅之助さん嫌いな(実は仲良しな)野村先生からおしぼりが飛んできた。
おしぼりは顔面にヒット。野村先生ったら容赦ないなぁ。
全然痛くないけどね。
「儂の可愛いユキに何するんだ!このラッキョ嫌い」
対面に座る雅之助さんが立ち上がった。
「いつ雪野くんがお前のものになったんだッ。年齢を考えろ!年齢をっ」
「愛に年齢など関係ないわッ」
飛ぶおしぼり
目の前で喧嘩が勃発した。
え?どうしよう。
何かこの喧嘩の内容照れるんですけど。
「ユキさ~ん。何ニヤついてるのさ。責任もって止めてよね。こんなに騒いでたらお店に迷惑かけちゃうよ」
もしかして雅之助ったら私のこと!と期待を膨らませていたらきりちゃんに上衣をくいくいっと引っ張られながら言われる。
『ごめん浮かれてたよ』
「僕、ユキさんのそういう正直なとこ好きだよ」
きりちゃんの何とも言えない視線から目を逸らしながら雅之助さんと付き合っている想像を頭から消す。
ただの喧嘩の売り言葉、買い言葉に想像の翼を広げられては雅之助さんも迷惑だろう。
もし口に出しでもしたら気持ち悪がられること請け合いだ。
私は頭を軽く左右に振って素敵な想像を追い出してから武器を取り出しそうな勢いの二人に向き直る。
『二人ともいい加減にしないとダメですよ!』
キッと目を吊り上げて怒る私。
喧嘩をする雅之助さんと野村先生、さっき店の中で絶叫していた自分のこともを考えるときりちゃんの方がよっぽど大人だよね。
私は大いに自分の行いを反省しながら二人の喧嘩を止めに入ったのだった。
『それでは皆さん。お手を合わせていただきますっ』
「「「「「「いただきます!」」」」」」
注文した料理がきて昼食が始まった。
私はうどんとお稲荷さんのセット。私は稲荷寿司が大好きだ。
美味しそうなお揚げに包まれた稲荷寿司を頬張る。
「これから酒飲むのにこんなに食べて大丈夫なのか?」
『ふふん。甘いな、三郎くん。空っぽのお腹にお酒を入れたら酔いやすくなるのだよ。少しくらいお腹を満たしておいたほうがいーの』
「少し?」
『・・・。』
物言いたげな視線から顔を逸らして次の稲荷寿司をパクリ。んー美味しい!
『そういえば、学園長先生への報告会?での事なんですけど』
”怪しい人物”や”忍”などがいなかったか1回戦の後に学園長先生や先生方に報告に行っていた長次くんたち。
怪しい人と忍との違いって何?よく分からんけど、
『忍以外に怪しい人っていうのはいたんですか?』
何となく、興味本位で質問すると私を見つめるみんなの表情が変わっていく。
うっ。何よ、その含み笑いは。
笑いを堪えているような顔で目配せし合っている皆の顔をじとーっと見つめていると、
「実は、ユキさんの話題で持ちきりだったんだよ」
と困ったような笑みを浮かべて雷蔵くんが言った。
『えぇっ!?そ、それって私の正体がバレたってこと!?!?』
ダンッと両手で机に手をつきながら立ち上がる私に皆から「まあまあ」と落ち着くように声がかかる。
「大丈夫だ・・・正体はバレていない」
『本当?長次くん』
「モソ」
コクンと頷く長次くんを見て安堵の息を吐きながらストンと座布団に座る。
だけど、じゃあ話題になっていたってどういう事??
「だってほら、ユキさんはあの会場で目立つ存在だったから・・」
雷蔵くんたちや雅之助さん、野村先生が代わる代わる話をしてくれる。
~~~
「仮面を被った男がいるようじゃが?」
「いえ。あの男は問題ないでしょう」
学園長からの問いかけに"謎の仮面の男"の両隣に座った大木と野村が答えたおかげで、ユキは大会を妨害したり幻のお酒を狙う怪しい奴リストから外れることが出来たわけだが―――――
「何故あんな仮面なんか被ってるのだろうな?」
「確かにね。相手に気づかれないようジロジロ見ちゃいけないのに、
どうしても視線があの仮面の男にいっちゃってさ」
小平太の素朴な疑問に反応する伊作。
会場で目立っていた仮面男。もちろん他の六年生も関心を寄せていた。
「仮面被るとかどんな心境だよ」と言う留三郎にすかさず
「・・・周りの人は”家族に大会に出ているとバレないようにするため”だと言っていた」とユキを庇うように発言する長次。
「どんだけ酒好きなんだかな。誰かにバレないようにとはいえ俺だったらあんな仮面被るのは絶対にゴメンだ」
長次の言葉を聞いた文次郎は苦笑を浮かべ、
「曲者ではないが怪しい奴であることには変わりないな」
とフンと鼻を鳴らして仙蔵が言う。
五年生や先生を含め、それぞれ仮面男に対する感想を言っていく。
剣呑な空気は纏っていない
あいつは忍ではない
そういった彼ら全員の意見をまとめると、結果、”あいつは曲者ではない。ただの変態だ”という事で彼らの意見はまとまったそうだ。
おしまい。
~~~
「よかったね、ユキさん!」
『っ!?雷蔵くん!?!?」
うら若き乙女の私を変質者扱いするなんて許せん!と話を聞き終えてゴオォと怒りの炎を燃やしていた私は雷蔵くんの言葉にズッコケた。
『・・・。』
「ユキさん?」
えーと・・・うん。雷蔵くんの笑顔から悪気のないことは伝わってくるんだけどさぁ。
複雑な表情をする私に気がついた雷蔵くんが慌てている。
「えっ!?あ、違うよ!僕が良かったねって言ったのは曲者リストから除外されてってことで、ユキさんがみんなに変態だと思われて良かったねって言ったわけじゃなくて、ええと」
堪らず横の三郎くんが吹き出した。
他のみんなからもクスクスと小さな笑い声が零れる。
「ぷっはは。雷蔵のそーいうとこ大好きだ」
涙を拭いながら笑う三郎くんの横で拗ねた顔を作っていた私もついに我慢出来なくなりぷっと吹き出してしまう。
『フフ、私も。こういうナチュラルな毒好き」
「毒!?え?ええっ??」
雷蔵くんの一言ですっかり毒気を抜かれてしまった。
怒りなんてどこかに吹っ飛んでいく。
どうして雷蔵くんってこんなに可愛いんだろう?
一人話についていけず目をパチクリさせるその顔が可愛すぎです。
下級生だったら撫で回しているところだよ!
「私たちはそろそろ会場へ移動した方がいいな。行こう、雷蔵」
食事を終え、暫くして三郎くんが立ち上がった。
「2回戦からはいよいよ飲み比べになるけど
あまり飲み過ぎないようにしてね」
『ありがとね、雷蔵くん。三郎くんもまた後で』
「あ、僕も先輩たちと一緒に出るっス」
きりちゃんも荷物をささっとまとめて立ち上がる。
「早めに行って観客の人に飲み物を売るんだ」
『きりちゃんはしっかりしてるな~』
私はニシシと笑うきりちゃんの頭をクシャりと撫でて笑った。
「こういう時は稼ぎ時だからね。でも、ユキさんの番になったらちゃんと応援するからね!」
『うん。ありがとう』
みんなで一斉に店から出ると目立つということで三郎くんと雷蔵くん、そしてきりちゃんは一足先に店から出て行った。
『忍術学園のみんな、二回戦に進めているかな?』
「そりゃあ皆大丈夫だろう」
食後のお茶を啜りながらポソッと私が零した言葉を拾って雅之助さんがキッパリと言う。
「・・・さっき報告に行った時に、忍術学園関係者は全員二回戦に進んだと学園長先生が言っていたのを聞いた」
と長次くん。
『へえ。みんな頭いい――――――』
感心していた私はふとある事を思い出し、言葉を止めた。
なるほどねぇ。
私の鼻に皺が寄っていく。
思い出すのは大会前に長次くんたちと話していた「忍者だったらカンニングなんてお手の物」という会話。
私がじとっとした目で見るのは目の前の二人。
半眼の私と目があった雅之助さんと野村先生の肩が同時にビクリと跳ね上がる。
『もしかして、お二人とも私の答案用紙を見たんですか?』
気まずそうに身を縮こませる二人はどうやら
私の答案用紙を見ていたようだ。
不正許すまじ。
ゆらりと立ち上がった私を見た二人の顔が引き攣る。
「わ、私は先に行くよ。二回戦で雪野くんと当たらないことを祈っている」
素早い動きで部屋の入り口まで移動した野村先生はスチャッと片手を上げて部屋から逃亡。
「ま、待て!一人だけ逃げるとはずるいぞっ――――っユキ!?」
『フフフ雅之助さんは逃がしませんよ?』
両手を熊のように上げる私の目は机を挟んだ対面にいる雅之助さんにロックオン。
「な、何をする気なんだ・・??」
『決まっています。悪い子へのお仕置きはくすぐりの刑ですよ』
「くすぐり!?」
二ターっとした笑みを浮かべる私が机の上を飛び越えようと足を折り曲げた瞬間。
「ちょっと待て!ラッキョをやるから許してくれ」
『ギョエッ』
雅之助さんがドンとテーブルにラッキョ壺を置いた。
私の口から変な声が漏れる。
いったい何処にこんな壺を隠し持っていたのよ!
唖然としていた私は雅之助さんに逃げるタイミングを与えてしまった。
『あ!雅之助さんっ』
「会場でな!」
目にも止まらぬ速さで部屋から出て行った雅之助さん。
部屋に残されたのは私と長次くんの二人。
『逃げられちゃったよ』
私はくるりと反転して部屋の出入口から
長次くんの方を向いた。
忍者の任務だからカンニングも仕方ないと分かっているんだけど、気持ち的にデコピン一発くらい食らわせてやりたかったのだよ。
ぷくーっと頬を膨らませていると長次くんに手招きされた。
何だろう?とテコテコ彼の元まで歩いていくと不意に手を引っ張られる。
グラリと傾く身体。
倒れていく感覚に目をギュッと瞑る。
『うわぁっ!・・・・・あれ?』
ポスン
何がどうなったのか早すぎて分からなかったが、目を開けると私は胡座をかく長次くんの上に横向きに座っていた。
驚きで声が出ないまま長次くんを見上げていると優しい顔の彼に頬をむにーっと左右に引っ張られる。
『ちょーじふぅん??』
「ユキは、笑っていた方が可愛い」
『っ!?』
頬を伸ばしていた指を離した長次くんは今度は痛みを和らげるように大きな手で私の頬を包み込む。
「あまり触ると変装が取れてしまうな・・・」
長次くんはそう言って、やや残念そうな顔をしながら両手を私の頬から外した。
どうしよう・・・心臓が破裂しそうだよ―――――
自分の顔がカーッと赤くなっていくのを感じて私は表情を見せないように俯いてしまう。
「機嫌は直ったか?」
『な、直ってるよ。す、すっかり直ってる・・』
震えて吃ってしまった声。
「そうか・・・それなら、良かった」
頭上でフッと小さく長次くんが笑ったのが感じられた。
「こうしているのは、嫌か・・?」
『い、嫌じゃないけど、あの・・その・・・緊張する、かな』
しどろもどろになりながら答えると、長次くんは「そうか」と小さな声で言い、私の頭を優しく撫で始めた。
待って、待って、待って! それは余計に緊張するからっ。
それにさ、こういうのってどうなんだろう・・・・
それは前々から私がちょっと気にかかっていたこと。
『・・・。』
長次くんの腕の中で考え込む私は表情を曇らせていた。
長次くんは生徒で私は事務員。
彼は15歳で成人しているとはいえ、まだ忍たまなのだ。
戦乱のこの世界。もしかしたら好きになったら年齢やある程度の立場などは気にせずお付き合いを始めるのかもしれない。
だって戦乱のこの世界は、いつ戦に巻き込まれて離れ離れになるか分かったものではないのだから・・・
でも、生徒と事務員
利吉さんや半助さんとは違う。
やっぱり私の中ではこうすることに抵抗が有った。
だから早く膝の上からどかないといけない。
早くこの体勢から逃れないといけない。
そう思うのに、どうしてなのか私の体は動かない。
もしかしてそれは、彼の膝の上にいることに
心地よさを感じているからなのか――――――――
「一回戦、ユキは一番の成績で通過したそうだぞ・・・」
『えっ。それって本当!?』
俯いていた私の顔は反射的にパッと上がる。
そして自然に、彼の膝の上から下りることが出来た。
『一位通過かぁ・・長次くんたちが勉強みてくれたおかげだね』
「・・・ユキが頑張ったからだ」
長次くんはいつも、優しい眼差しを私に向けてくれる。
私は彼の優しい微笑みが好きだ。
「私も先に行く・・・会場で会おう」
『長次くんは任務と試合で大変だけど、頑張ってね』
「モソ」
ポンと私の頭に手を乗せてから長次くんは部屋から去っていく。
『早くお酒飲みたい・・・』
私は畳の上に転がって、そうポツリと零したのだった。
***
「二回戦に進出した皆様はこちらへお集まりください」
二回戦の会場は一回戦が行われたのと同じ場所。
二回戦からお酒を飲む競技に入るということで、広場を囲む観客の数も増えている。
どこからかきりちゃんが商売している声も聞こえてきて私の頬は緩む。
出場選手はざっと目で見て半分くらいに減っていた。
一回戦での振り落としはかなり厳しかったみたい。
「参加選手の方はくじを引いて列に並んでください」
今度はどんな競技だろう?
説明のないまま私は運動会の徒競走のように
くじに書かれた番号に従って横一列に並ばされている。
私が引いた紙に書いてあったのは“ぬ の 一番”。
どうやら最終組らしい。後ろには誰も並んでいない。
五人ひと組。二回戦に残ったのは五十人だった。
私たち選手は十列に並んでお行儀よく出番を待っている。
それにしても、今回のくじ運はなかった。
私は今、伊作くん並みの不運を感じている。
五人一列の一番左側にいる私は係の人に注意されるのを覚悟で体ごと左を向き、そっと溜息を吐きだした。
「ん?兄ちゃん、俺たちどっかで会ったことねぇか?」
背中を向けている方から聞こえてくるのは
聞いたことのあるダミ声。
この声は隣の隣、くじ番号“ ぬ の 三番 ” の紙を持つ男。
彼と会うのは今日で四回目。
彼は私がこちらの世界に来た初日に出会った山賊の頭だ。
なんて言うか、私とこの山賊、遭遇率高すぎません?
何色の運命の糸だか知らんがこんな奴と結ばれても迷惑なだけである。
「誰だ?んー見たことあるような気はするのだが」
と考え込むような声を出すのは山賊頭よりも
もっと馴染みのある声だ。
「あっ思い出したぞ!」
馴染みのある声の主はポンと手を打った。
「お前はユキの子分の山賊だ!」
小平太くんが明るい声で叫んだ。
わーおめでとう、正解!思い出せて良かったね!じゃない!
そいつは、私の、子分じゃ、ないわッ
あと、二人とも気づこうよ。周りの善良な市民参加者の皆さんの空気が固くなっていることにさ!
「失礼ですが、あんたは姐さんの、ええと・・」
「未来の夫だ」
「そうでしたか!」
小平太くんよ、何故堂々と嘘をつく?
山賊頭が「では、兄貴と呼ばせてくだせぇ」と言っているのを聞いて私が頭を抱えていると、
「それは聞き捨てならないな」
私の隣の人物、くじの“ ぬ の 二番 ”を引いた男が小平太くんと山賊頭の会話に乱入してきた。
周囲の人間が聞き耳を立てる中彼が発した一言。
「・・・彼女は私の飼い主だ・・・ふふ」
『「「!?!?!?」」』
ヤメロ。誤解だ。
周りの人たちが一斉にハッと息を呑むのが分かった。
恐る恐る振り返ると隣に座る魔界之小路先生は自分の脚を抱えて体育座りしながら恋する乙女よろしく頬をぽっと染めていた。怖いッ
「・・・女王様でも構わない」
反応のない二人に補足説明するように追加する魔界之小路先生。
一生のお願いがある。
魔界之小路先生。マジで、黙れ。
「私は対等な関係じゃないと嫌だ」
騒然とした空気の中、小平太くんがまともな事を言った。
「いや、俺はいたぶられる事に快感を覚える」
山賊頭は我が道を行った。
山賊頭の言葉を聞き、再び一斉に息を呑む
周囲の人たち。
「っ君も私と同類か!?」
魔界之小路先生が山賊頭の両肩に手を置き
興奮したように叫ぶ。
そんな魔界之小路先生に山賊頭が全力で首を
縦に振った。
さらに興奮度を増す魔界之小路先生。
「君はなぶられるのが好きか?」
「はい!」
「いたぶられのもか?」
「はい!」
「よおおぉし我が同士よおおぉ」
「我が魂の友よおおぉぉ」
二人の男がおかしな友情で結ばれた
あまりのことに仮面の上から両手で顔を覆う。
ドM談義に花を咲かせる魔界之小路先生と山賊頭。
知らない世界の会話に興味津々直球ストレートな質問をぶつける小平太くん。
「・・俺たちには未知の世界だな」
「あぁ。そして、その世界の頂点に立つって人がユキって人らしい」
「俺、自分の嫁さんが可愛く思えてきた」
誤解です。
私は誰かを縛り上げたり、ムチで叩いたり、蝋燭の蝋を垂らして誰かを罵ったりなんかしていません。
欲望と妄想100パーセントな変人たちの会話。
私の結婚相手がこの町の住人である可能性消失。
好奇心旺盛な小平太くんにSMの世界を紹介する魔界之小路先生と山賊頭。
どうか小平太くんが毒されませんように。
私は祈りながら、二回戦が始まるのを待っていた・・・・
***
ドンッ
太鼓の音と同時に最初の組がスタートを切る。
<2回戦は早飲みぐるぐる棒競争です!>
二回戦の競技はその名の通り、まずは数メートル走った先に置いてある棒のところまで走り、棒に額をつけてその場で
グルグルと二十回回る。
そして十メートル先にある、人間の顔よりふた回りほど
大きな杯に入っているお酒を飲み干し、今度は五十メートル
走ってゴールとなる。
<ほ組の1位通過は井土 全助さん>
大会進行の人の声が広場に響く。
ほ組の一位は半助さん。どうやら偽名を使っているみたい。
忍者だから本名知られたら困るのかな?
大きな拍手と歓声。
いかにも酒飲みなガタイのいい大男じゃないからか、他の組よりも黄色い声が多く含まれていることに私の胸は若干ムカムカしていた。
照れた様子で頭を下げる半助さんの姿にイライラ。
ハアァ。私ってホント勝手だよな。
ぼんやりと移動する彼の姿を見ながらそう考える。
春誕生日会が終わって時間ができたらもうちょっと自分と向き合う時間を作らないと―――――――――
< 二位通過、立川 仙郎さん >
仙蔵くんもギリギリ二回戦を通過した。
接戦で知らず知らずのうちに止めていた息を
ほっと吐き出す。
三回戦に進めるのは各組上位二名。
半助さんの前に走った長次くん、文ちゃんは無事通過。
伊作くんは棒グルグル中に目を回した隣の選手に激突される不運で敗退。
雅之助さんは長次くん、文ちゃんと同じ組だったので彼らを三回戦に進ませることにしていたらしく、三回戦には進んでいない。
野村先生と斜堂先生は任務の事情だろうか、あっさり負けて二回戦敗退となっていた。
「最終組の皆さん、お待たせ致しました。位置について下さい」
『よっこいせ』
「っ!?」
やっと出番が回ってきた。
立ち上がった私は固まった体をほぐすように
大きく伸びをしてスタートラインに立つ。
どこかできりちゃんも見ていてくれるかな?
よし。頑張るぞ。
二,三回屈伸をして右足を引く。
「用意!」
ドンッ
太鼓の音と同時に地面を蹴る。
まずはグルグル棒。
「一番よしッ」
『っしゃー!!』
「・・・。」
回る回数を数えていた審判の白旗を確認して
私は杯めがけて猛ダッシュ。
自慢だが、私の三半規管は割と強い方だ。
ただし、兵助くんのグルグルメリーゴーランドは無理。
あれは早すぎて毎回酔う。
私の強いはあくまでも常人レベルの強いである。
だから、
「いけいけどんどーーん!」
小平太くんと魔界之小路先生は既に私の先を行っている。
<さあ、最終組の選手たちが続々と大杯に口をつける!>
巻き返すならここしかない!
三番手で大杯の台まで行った私は大きく息を吸い込んでから杯を傾ける。
ナニコレ!うっまーー!
こういうレースに使われるお酒だから味は期待していなかった。
でも、このお酒は凄く美味しい。
喉ごしの良いお酒を私は一気に飲み干していく。
「いけいけろんろ~~~ん!!」
うん。どうやら小平太くんは飲んだら明るくなるタイプだ。
ハイテンションで駆けていく彼の背中を追いかける。
今の私は魔界之小路先生を抜かして二位だが、余裕のある二位ではない。
魔界之小路先生、山賊頭が杯を飲み干したと実況の人の声が聞こえてくる。
『ッ!?』
足は早いほうだと思っていたのにな。
私の横に並んだのは山賊の頭。
余裕がなくて後ろは見えないが後ろに魔界之小路先生もいるはず。
ドシドシと足音を響かせて山賊頭が私を追い越す。
ヤダ。負けたくない。
追い越し返したい。
ぐっと奥歯を噛み締めて足に力を込める。
その時――――――
「どわあっ!?!?」
一メートル先にいた山賊の頭が足をもつれされて転倒した。
猪だって人間だって急には止まれない。
まずい。ぶつかる。
そう思った時だった。
『え・・・・』
ふわっと体が浮いて私は山賊頭の体を飛び越した。
魔界之小路先生が私の左脇に自分の腕を入れて、ぐっと上に持ち上げてくれたからだ。
支えられていた腕は着地の瞬間に離される。
「前見て走って」
<混戦の最終組!二位通過は謎の仮面男、酒呑童子!!>
私の偽名にざわついたり、笑ったりしている観客たちの声を聞きながら私は振り向く。
ハァハァと荒い息を整えながら見つめる先。
・・・もしかして、私を二位にする為にわざとこけてくれたの?
魔界之小路先生が転倒したとき、前を見ていたので見えなかったがドシンと酷く痛そうな音がした。
大丈夫だろうか?
思わず駆け寄ろうとする私に対して魔界之小路先生は片手を軽く上げ、来るなと制す。
ごめんね、ありがとう――――――
魔界之小路先生が勝ちを譲ってくれた分、思う存分お酒を楽しませて頂きますね・・・・
両手を胸に当てる私は、ジーンとしながら魔界之小路先生の勇姿を見送ったのだった。