第三章 可愛い子には楽をさせよ
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5.大会準備
酒豪選手権大会の二日前。
『だあぁっ何て迷惑なのよッ』
私は自室で絶叫していた。
どうして私が叫んでいるかというと、
<六年生と先生方への緊急指令! 酒豪選手権大会に出場して幻のお酒を入手せよ >
という指令が昨日下ったからだ。
先程この大会についての会議から戻ってきた長次くんたちの話によると、主催者である馬井屋さんから忍術学園に大会に参加して欲しいと申し入れがあったそうだ。
お酒への耐性をつけるという事で六年生は実習というかたちで大会に出場。先生方も実習の付き添いとして参加。
そして何故か五年生までも見学に行くということだ。
大会で忍術学園関係者と鉢合わせする自分を
想像する。
きっと笑われて揶揄われるか、蔑んだ目で見られながら呆れられるかされるに違いない。
そんなの絶対に嫌!
『見つかりたくないよぉぉ。うわーん』
「お、落ち着いて。みんなで先輩や先生方に見つからないように作戦を考えよう。ね?」
会場で忍術学園関係者に見つかった自分を想像して半泣きになっている私を雷蔵くんが慰めてくれる。癒される。
ダメージを受けていた心が少しだけ回復した。
「作戦を考えるのもいいが、ユキには先に何故馬井屋が忍術学園に出場して欲しいと言ってきたかを話したほうがいいんじゃないか?」
うーんと唸りながら三郎くんが言う。
『そういえばまだ聞いていなかったね。どうしてなの?』
「・・・・ユキは幻の酒が何と呼ばれているか知っているか?」
私は長次くんの質問に首を横に振る。
勝手にとても美味しいお酒って意味だと思っていたけど。違うの?
「幻の酒は別名“不死の酒”とも言われているのだ・・・」
『へぇ。不死のお酒かぁ』
酒豪選手権大会で優勝した者に与えられる幻のお酒。
そのお酒というのは高麗人参や桂皮といった薬草や生薬が入っているお酒、要は健康酒ということだ。
なんでも大会を主催する酒造家の馬井屋は、幻のお酒を作った当時、健康に良いとされるものをありったけ漬け込んだらしい。
「不死のお酒!売ったら大儲け出来そう!アハアハ」
「おおっ。きり丸いい線いっているな」
キョトンとするきりちゃんに三郎くんが「高く売るなら誰に売る?」と質問する。
目を小判型にしたきりちゃんは即座に「お城のお殿様のところ!」と元気よく答えた。
その答えを聞いて私は顔を引き攣らせる。
昔からどの国でも不死というのは権力者たちの憧れ。
幻のお酒のことを知ったお殿様たちが大会に家来を送り込む可能性大である。
『うわー優勝できるかな?』
「ユキの頭の中には棄権という選択肢はないのか?」
『ないね』
キッパリ言う私に三郎くんが呆れた顔をした。
「もしかしたら出場者の中には城仕えの忍者も紛れ込んでいるかもしれないんだぞ?」
軽く睨まれながら三郎くんに額をトンと指で突かれる。
むぅ。痛いじゃないか。
『でも三郎くん。忍者さんって三禁にあるから基本的にお酒飲まないんでしょう?』
私は口を尖らせて抗議する。
忍の三禁は酒、欲、色の三つ。
忍者さんは飲み慣れていないからむしろお酒に弱いのでは?
悪いが忍者さん達は私の敵ではない。
そう自信を持って言うが雷蔵くんは渋い顔。
「残念だけど、忍が参加していたら正攻法では勝ちにいかないと思うよ」
『え?どういう事!?それってズルするってこと!?!?』
思わずクワっと雷蔵くんに詰め寄ってしまった。
雷蔵くんが仰け反ってビックリしている。
顔近かったね。ごめんね。
それにしても忍者許せんな。勝負とは正々堂々行ってこそだ。
「これで大会が危険なものになるかもしれないという事が分かったか?」
フツフツと怒りが沸いてくるのを感じていると三郎くんに質問される。
考える・・・・分からない。
『・・・。』
私は三郎くんからゆっくり視線を逸らし、長次くんを見つめた。
「・・・説明しよう」
以心伝心
人の気持ちを汲み取ることが上手い長次くんが私は大好きです。
私は心の中で感謝しながら長次くんから説明を受ける。
横から三郎くんの視線を感じるが、そこは気にしないでおこう。
そして長次くんから一通りの説明を受けた私なのだが、
「これを聞いてもまだ出場するつもりか?」
三郎くんの問いに即答出来なくなっていた。
重苦しくて陰鬱な気分。
主君の命を果たすためならどんな手でも使うのが忍。
幻のお酒を手に入れるためならどんな手でも使う。
杯に睡眠薬を盛られるくらいなら可愛いもの。過激な者であれば痺れ薬などの人体に影響を及ぼす薬を使う者も出てくるかもしれないと言われたのだ。
大会主催者の馬井屋さんが忍術学園に参加を依頼したのは、悪さや不正をしようとする者を探し出して追い出して欲しいということだった。
「ユキさん・・・」
私は不安そうに私を見上げるきりちゃんの背中にそっと自分の手を添える。そして息を整えるように小さく息を吐いてから、ニッとした笑みを三人に向けた。
『不正をする奴らがいたら忍術学園のみんなが弾き出してくれるんでしょ?じゃあ私が参加しても問題ないね』
「っば、ばか!お前は中在家先輩の話聞いてなかっ・・理解できなかったのか?」
『聞いてたし理解もしてたわっ』
ハッとして悲しそうな顔になった三郎くん。
今すぐ私を可哀想な目で見るのをやめて頂きたい。
本気とも冗談とも取れる彼の発言。私は心の平安のために三郎くんの言葉は冗談だったと脳内処理しておいた。
「でもユキさん何故なの?誕生日会の経費集めのために参加するなら無理しちゃいけないよ」
雷蔵くんが心から私を心配してくれるのが伝わってきて不謹慎かもしれないが私は嬉しくなってしまった。
じんわりと心が温かくなっていく。
『心配してくれてありがとね』
私は雷蔵くんに御礼を言ってから自分の考えを伝える。
確かに大会への出場する一番の目的は経費集め。それからきりちゃんと約束をしているから。
でもこの他にも大会に出たいという理由があった。
それはこの大会の立て看板を見たときに思ったこと。
『馬井屋さんが忍術学園にこういった依頼をしたのは創業三百年の催しを成功させたいからでしょ?自分たちの作ったお酒でみんなが笑顔になって欲しいって思いがあると思うんだ』
三百年も続いてきた馬井屋さんは町の人たちからも愛されてきたはずだ。
お世話になってきた町の人と一緒にワイワイ盛り上がりながら大会を楽しみたい。喜びを分かち合いたい。
そんな気持ちがあるように思う。
『あくまでも私の意見だし、甘いな~って思われると思うけどさ』
私みたいに単純にこの大会を楽しむ人間がいても悪くないと思うのですが・・・ダメ、かな?
だけど、私のせいでこの四人が危険な目にあったら大変だよね・・・
うぅ。頭が混乱してきたかも。
まとまらない考えを頭の中でグルグルさせていたら頭の上に大きな手のひらが乗った。
顔を斜め上に向ければ長次くんと目が合った。
トクリと跳ねる心臓。
長次くんは優しく私に微笑みかけてから口を開く。
「私たちの任務は大会に参加する人、見に来る人に安心して楽しんでもらうことだ・・・」
至近距離。優しい瞳。
長次くんに見つめられて私の心臓は煩いくらいに激しく鼓動し始める。
どうして長次くんの言葉ってこんなに私を安心させてくれるのかな?
私は頬が熱くなるのを感じながら考える。
「ユキが何かを心配する必要はない。予定通り大会に参加するといい」
『長次くん・・・ホントにいいの?』
「モソ」
コクっと頷いた長次くんは心配するなというように私の頭を優しく撫でてくれた。
私は恥ずかしさでこれ以上長次くんの顔を見ていることが出来ず俯いて彼に御礼を言う。
「中在家先輩の言うとおりだね。大会を成功させることが僕たちの任務だ」
「そうだな。危険にばかり目がいって大事なことを忘れるところだった。ユキは周りなんか気にせず思う存分大会を楽しんでくれ。それがユキの任務だ」
『雷蔵くん、三郎くんも!』
振り向けば明るい笑顔の雷蔵くんと三郎くんの顔があった。
みんな、いつも我が儘ばかり言ってごめんね。
私はそう思いながら頭を下げて三人にお礼を言う。
「ユキさん良かったね」
『うん!』
きりちゃんと顔を見合わせて微笑み合う。
せっかくこう言ってくれたのだから大会当日は思いっきり楽しませてもらおう。頼りになるみんなに感謝感謝だ。
「あとは忍術学園関係者にユキさんがいるとバレないようにする方法を考えないとね」
「どういった変装をするか、だな」
「・・・男装したほうが絡まれにくい」
気持ちが一つになったところで次の議題に移る私たち。
「鉢屋先輩。ユキさんだと分からないように厳つめの顔に変えてしまうのはどうっすか?」
「うーん。残念ながらそれは無理だ。変装は顔と体のバランスも重要だからな」
「そうですか・・・・あ、じゃあいっそこういうのはどうでしょう??」
いいことを思いついたというようにパンと
手を打つきりちゃん。
みんなできりちゃんの思いつきを聞くのだが――――――――
『き、きりちゃん、それは流石にどうかと思うよ!?』
困惑する私と
「いや、案外目くらましになるかもしれないな」
『え゛っ三郎くん!?本気!?!?』
「あはは面白いし僕もいいと思うよ」
『ら、雷蔵くんも他人事だと思って!って長次くんも賛成なの!?!?』
乗り気なみんな
「ユキさんファイトっす!」
『ええ~~っ!?!?』
大会二日前
大盛り上がりの作戦会議
酒豪選手権大会は始まる前から楽しいものみたいです。
***
酒豪選手権大会当日
私は大会が催される町の入口に来ていた。
ここが集合場所だ。
出場者と町の人でごった返すこの広場で、私は人々の注目を集めていた。
「な、なんだありゃ・・」
「おー気合入ってんな」
「知り合いに顔を見られないための対策か!?」
「どんだけ怖いかみさんなんだ。と言うか普通あそこまでして酒が飲みたいか??本物の飲兵衛だな」
「きっとアイツは強者に違いない」
「んだんだ。ぜってぇ強ぇにちげえねぇ」
どこに目を向けても私の噂をしている人ばかり。
目が合った人からは必ずしまった!という顔で視線を逸らされた。
泣いていいですか?いいですよね??
悲しい
涙が零れそうになるので上を向く。
そして私は青空を見上げながら記憶を30分ほど前に遡らせていく――――――
「あ、先輩たち来ましたよ」
『ホントだ。おーい。ここだよー』
忍術学園をこっそり出発した私ときりちゃんは町近くの雑木林で長次くんたち三人と合流した。
「よし。服装は完璧のようだな」
私の服装を見て三郎くんが満足そうに頷く。
私の服装は町にいるような一般的な男性の服装。
胸にはさらしも巻いて髪も髷を結ってある。
後は顔を変えるだけ。
『顔の変装よろしくお願いします」
「あぁ。任せとけ」
二カッと笑って三郎くんが私の顔に手を伸ばす。
私の顔をヘムヘムに変えたこともある三郎くん。
自分がどんな顔になるか楽しみだ。
「完成だ!」
三郎くんは手馴れたもの。
一瞬で私の変装は完了した。
「おぉっ。男前だね」
にこっと笑う雷蔵くん。
「ユキさんカッコイイ!」
褒めてくれるきりちゃん。
「完璧だ・・」
長次くんからもOKサインが出た。
それでは、と腰を上げる私。
『三郎くん、ありがとうございました。私はこれで失礼「こら待て。まだ変装は終わってないぞ」・・・。』
何気なく逃げてしまおう作戦は失敗した。
私の手はガッチリ三郎くんに掴まれてしまう。
余計なことしなくていいよ!完璧に男に仕上げてもらったので私はこのまま大会に行きたかったのに、
「仕上げにこれをつけないとな!」
嬉々とした顔で三郎くんは私に仮面を差し出した。
きりちゃんの提案によって採用されたこの仮面は能で使われるような翁の顔をしている。
仮面は鼻から下は切り取ってあるので口は隠れておらずちゃんとお酒を飲むことができる。
ただこの仮面は目立ちすぎる。
私とすれ違った人が十人いれば十人二度見するだろう。
私は悪目立ちしするので被りたくなかったのだが、みんなは口を揃えて忍術学園関係者の目を欺くにはこれをつけていた方がいいというのだ。
――――・・・誰もユキがこのような格好をしているとは思うまい
そうだね、長次くん。私もどうしてこんな格好してしまったのだろうと思っているよ。
――――仮面の衝撃で中身が誰だろうなんてことまで考えがいかないと思うんだ
確かに雷蔵くんの言う通りかもしれないけどさぁ
――――ぶはっ。ぷくく、アハハハっごふっ、ゴホッうぷぷっ
笑いすぎだっ!
むせるほど笑う三郎くんには十字固めをお見舞いしておいた。
「大会に出場の方は受付を済ませてください」
町の入口に設置された出場者受付処にいた係りの人が私たちに呼びかける。
回想から現実に戻る私。
いよいよ大会が始まる。テンション上げていこう!
私は心臓を踊らせながら受付に行こうと一歩踏み出す。
私の目の前がパッと開けた。
『??』
不思議に思いながらもう一歩前に踏み出してみる。
また前が開ける。
『・・・・。』
あぁ、なるほど。
これは、あれですね。あれですよ。分かります。避けられてるんですよ!!
人垣が割れて私の前に一本道が出来上がっている。
わーお。歩きやすい。じゃなくて、こんなにあからさまに避けられたら傷つくわッ。
人を不審者扱いしよって!と怒りたいところだが残念ながら今の私は不審者だ。
私も仮面被った人が近くに来たら逃げると思います。
怖がらせてごめんなさい。
私は物悲しい気持ちになりながら歩きやすい道を真っ直ぐ進み、一番に受付を終了させた。
「くじを引いて指定された場所にお座りください」
若干ビクビクした様子の受付の人が指さす先は町の入口前に広がっている土がむき出しの広場。
渡されたござと筆記用具一式を持って言われた通りに広場へと進むと地面に線が引いてある事に気がつく。
どうやらここで一回戦が行われるようだ。
碁盤の目のようなマス目が描かれている地面。
よく見ればマスの中に平仮名と数字が書かれている。
『さて、私の場所はどこかな?』
くじで引いた紙を開く。
十五 の と
これが私の番号だ。
地面の線を踏まないように気をつけながら
広場の中心へと向かっていく。
『ここだね』
私の場所はちょうど広場の真ん中あたり。
ござを広げて準備をしていると他の出場者達も続々と広場に集まってきた。
紙、筆、墨を準備し終わりぼんやりと他の出場者が揃うのを待つ。あー今日はいい天気だ。
『お!』
空から降り注ぐ暖かな日差しにまったりとしていると視界に知った顔が飛び込んでいきた。
思わず声を出してしまった自分の口を塞ぐ。
危ない、危ない。気を付けないと。
広場に入ってきたのは文ちゃん。
こちらへ来るのではないかと若干身構えていたが、文ちゃんはくじの紙を見ながら前の方へと進んで行った。
ふーっ良かった。
ほっと息を吐き出す。
でも、よく考えたら六年生と先生が参加するから誰かはきっと私の近くにくるよね。
動揺しないように気をつけなければ、と思っていた矢先に私は一番会いたくない人の姿を見つけてしまった。
しかもどんどんこちらへと近づいてくる。
「・・・・。(なんだこいつは・・)」
『・・・・。(ひいいぃ怖いようっ)』
めっちゃ見てる。
仙蔵くんがめっちゃこっち見てるよ!
彼にだけは絶対にバレたくない。
私は内心の動揺を悟られないように気をつけながら視線をずらして仙蔵くんを視界から消した。
ザク ザク ザク
左側を仙蔵くんが通り過ぎていく。
た、助かったあぁ
チラッと後ろを振り返ったら仙蔵くんは一番後ろの列にいた。
近くにこなくて良かった。彼が近くにいたらバレないかヒヤヒヤして問題を解くどころじゃないからね。
ドキドキする心臓を手で押さえながら他の忍術学園関係者の姿を探す。
留三郎・・・小平太くんに伊作くん・・・長次くん・・・
長次くんが近くに来なかったのは残念だが、運がいいことに六年生は全員私の近くには来なかった。
先生方の方は全員が全員大会に出るわけではない。
学園長先生に指名された(先生たちはパワハラで訴えてもいいと思う)先生は主に若い先生。
ちなみに松千代 万先生は極度の恥ずかしがり屋で免除になっていた。
でも、斜堂先生は出場している。普段から顔色悪いのにお酒なんか飲んで大丈夫なのだろうか?
実は私、自分の次に斜堂先生のことを心配している。
無理しないで下さいね、と心の中で祈っていると受付を終えた斜堂先生が広場へと歩いてくるのが見えた。後ろには半助さんの姿もある。
他人のふりをするように指示されているらしく二人は言葉を交わすことなく別れてそれぞれの位置へ。
『奇跡だわ』
周りに聞こえない小さな声でボソッと呟く。
私って最高のラッキーガール。
私は今、自分の強運っぷりに感動している。
参加人数は多いといってもその数は100人には届いていない。
しかし先生方を含め六年生も私の近くには来ていなかった。
残りの忍術学園関係者で座っていないのはあと二人。
どうか遠くに行ってくれますよう――――――――
「暑苦しいッ。ついてくるな!」
「好き好んでラッキョ嫌いの後なんぞついて行くものか!
ワシの番号もこっちなのだっ」
聞こえてきた声にピシッと全身が凍りつく。
大声で喧嘩しながら歩いてくるのは残りの二人。
野村先生と雅之助さん。
彼らは口喧嘩をしながらどんどん私の方へ。
うそーーやめてよ!!最悪なことに彼らは私を挟んだ場所で足を止めてしまう。
「んなっ!野村雄三!なぜお前がそこに座るんだ。番号を見せてみろッ」
雅之助さんが右隣で叫ぶ。
雅之助さんは座っている私の頭越しに野村先生のくじ札を奪い取った。
「私の札を返したたまえッこの野蛮人!」
左隣で叫ぶ野村先生。
野村先生もやっぱり私の頭越しに手を伸ばしてくじを奪い返す。
た、頼むから止め下さい。
「野蛮人とは何だ!このラッキョ嫌いッ」
「ラッキョ嫌いで何が悪い」
ギャーギャーと耳を塞ぎたくなる言い争いを私の頭上でする二人は更にエスカレート。
取っ組み合い寸前。
この人たち本当にシラフ!?既に一杯やってきているのではないだろうか。
二人はお互いの腕をガシッとつかみ合って睨み合っている。
もちろん私の体を間に挟んで。
二人の膝が体の側面に当たって地味に痛い。
二人とも大人になって下さいよっ。
叫びたい気持ちを必死におさえていると頭上であっという小さな声が二人から漏れた。
え?何??うわあっ
大人の男二人に挟まれた私にはなす術がなかった。
「なっ」
『っ!?』
「うっ!?」
男らしくあぐらをかいていた私の脚に自分の足を引っ掛ける雅之助さん。
雅之助さんの重みで左へと倒れていく私。
私の体が膝にぶつかって後ろへと倒れていく野村先生。
ドシーーン
激しい音を立てて私たち三人は重なり合うように地面へと倒れてしまう。
『うぅっ。イタタタタってか重ッ』
「す、すまんっ」
背中に乗っていた雅之助さんが私から下りてくれた。
肺に空気が入り込んでくる。
窒息寸前だゴラアァ
大きく息を吸い込みながら呼吸を整える。
生命の危機を感じながらも咄嗟に仮面が外れないように仮面を押さえた自分を褒めてやりたい。我ながらグッジョブだ。
しっかりと顔に仮面が装着されているのを確認した私はほっと息をつくのだが、直ぐにギョッとした顔になる。
地面に手をついて起き上がろうとした私の目に飛び込んでくる野村先生のドアップ。
目を大きく見開く野村先生。
「ま、まさか雪野く、うぐっ」
『っ!?(げっ黙って)』
急いで野村先生の口を塞ぐ。
しかし時はすでに遅しだったようだ。
隣から上がる素っ頓狂な声。
「えっ!?ユキ!?」
ギギギと顔を野村先生から横に動かすと驚いた顔の雅之助さん。
The END
見つかってしまった。
だが、被害を拡大させてはならない。
「ユキ、お、お前どうしてこんな所に『静かにデス』
シッと小さな声で言う私に雅之助さんと野村先生は顔を見合わせる。
「雪野くん?」
『み、みんなには見つかりたくないんですよぉ』
さすがは忍術学園教師と元教師。
私の情けない声を聞いてある程度察してくれたらしい。
「迷惑をかけてすまない」
「怪我はなかったか?」
二人は私に気遣う言葉をかけ、喧嘩は終わりにしようと話し、それぞれの席へと戻っていった。
二人ともやれば出来るじゃないですか!
私たちに注目していた周囲の人達は騒ぎが収まったと見て前を向き、雑談や各々のことに戻り出す。
もう私たちを見ている人はいない。
緊張が解けてホッとしていると雅之助さんが小声で私の名前を呼んだ。
「ユキも参加しているとは聞いてなかったぞ」
小声で話しかけてくれる雅之助さんの方を見ようとしたら顔は前のままで、と指示される。
そっか、話しているって思われない方がいいもんね。
私は顔を前に向けたまま、小さな声で雅之助さんに話しかける。
『大酒飲みのレッテルを貼られたら困りますから忍術学園の一部の人にしか参加するって言っていないんです』
だから二人ともこのことは内密に、と私はお願いした。
「念のため雪野くんが大会に参加していると知っている者の名前を教えておいてもらえるかな?」
野村先生にきりちゃんたち協力者の名前を告げると両側に座るふたりは同時に安心したように息を吐き出した。
あ・・・野村先生も雅之助さんも私のこと心配してくれるんだ。
ほっとした様子の二人から、彼らが私を気にかけてくれていたことが分かり胸が熱くなる。
「大会の後半には酔って分別のつかない者も出てくると思うが五年生の二人が常に雪野くんを見守っているならば安心だろう」
「わしもいるし、ラッキョも酔っ払いくらいは追い払えるだろうから安心して大会を楽しむといい」
じーんとした感動が吹き飛んだ。左側の気温が急激に下がったからだ。
野村先生が殺気を放っている。喧嘩が起こる前に急いで話題を変えましょう。
『と、ところで、お二人共お酒は強い方なんですか?ええと、野村先生?』
「・・・弱くはないと思う」
大人です。野村先生。
怒りを押さえ込んだ野村先生に拍手だ。
『雅之助さんは?強そうですけど』
「そうだな。たぶん強い方だと思うぞ」
うん。雅之助さんって見るからに強そうだよね。
今度一緒に飲みに行きたいな。
「しかし問題はこの一回戦だな」
口説き文句を考えていると雅之助さんが困った声で言った。
筆と紙を配られたところをみると一回戦はお酒に関する知識の問題。
出場者が多いからきっと一回戦で振り落としが行われるのだろう。
お酒を口にする前に脱落したくないよね。
頑張らないと。
「雪野くんの自信のほどは?」
『今日の日のために勉強してきたので大丈夫です』
おぉ。と野村先生と雅之助さんから感心したような声が声が漏れる。
こういうのは気持ちから強気でいかないとね!
ぐっと握りこぶしを作って気合を入れる。
「お、始まるみたいだぞ」
雅之助さんの声に顔を上げる。
顔を上げて見ると大会進行役とみられる男性が仮設で作られたステージに上がってきた。
「お集まりの皆さん、お待たせいたしました。出場選手が揃いましたので只今より酒豪選手権大会を始めさせて頂きます!」
待ってましたとばかりに拳を空に突き上げて雄叫びを上げる選手たちと私。
私の様子に爆笑する雅之助さんと若干引き気味の野村先生。
大きな拍手と見物に来ているお客さんの歓声
大会を告げる太鼓の音が広場に響き渡り
酒豪選手権大会の幕が上がった