第一章 郷に入れば郷に従え
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7.町へ買物
今はお昼休み。
午後からは半助さんに連れて行ってもらって町でお買い物。
学園長先生からお給料を前払いで頂いた。
必要なものを今日中に全て揃えてしまわないとね。
お昼を早めに済ませた私は小松田さんに授業で忍たまが使う女装用の着物を貸してもらい、半助さんと待ち合わせをしている食堂へ。
扉から顔を覗かせると、半助さんは一年は組の皆に囲まれてお食事中。
『半助さん』
「ユキ!なのか?」
『ユキですよ?』
目を丸くして私を見つめる半助さんに首を傾げる。
『変ですか?』
「いや、その(凄くかわいい)」
まだ食事中なので私は半助さんの前の席に腰掛ける。横を向くと隣に座るきりちゃんと目があった。
『合格?』
「うん!百点満点。すっごくかわいい。ね、土井先生!」
「え、あぁ。そうだな」
『きりちゃんに百点貰ったら胸を張って町を歩けるよ』
ニシシと笑うきりちゃん。他の一年は組の子も口々に小袖姿を褒めてくれた。
「すまない。まだ着替えてなくて。すぐ食べ終わるから、もう少し待っていてくれ」
『ゆっくり食べて下さい。私がだいぶ早く来てしまったのですから。食後のお茶淹れてきますね』
「ありがとう」
「ユキさん、良いお嫁さんになるよ」
『きりちゃん貰ってくれる?』
「どうしよっかな~」
『えーそこは即答してよ。皆もお茶飲む?持ってくるね』
厨房でお茶を淹れさせてもらう。
「お茶の淹れ方がなってないな」
『ぎゃっ!?仙蔵くん!?』
持っているヤカンの蓋がカタカタと揺れた。
『脅かさないでよ。沸騰したお湯ぶちまけるところだったよ』
後ろに立っていた仙蔵くんは慌てる私を見てとても楽しそうに笑った。美男子のドSめ。
「そもそも沸騰直後の湯を使うのが間違っている」
『ダメなの?』
仙蔵くんは私からヤカンを取り、湯呑に注ぎだした。
『なにしてるの?』
「まずは湯を湯呑に移し、温めておく」
急須に入れて茶葉の量も調節。適したお湯の温度は普通煎茶で九十度らしい。
仙蔵くんは慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。
「私の嫁になるつもりなら茶くらい上手く淹れられるようになるのだな」
『アハハ私は仙蔵くんをお嫁に欲しい』
「……」
『冗談だって。爆弾出さないでっ』
気に入らないことがあったら爆破だなんて最近のキレやすい子は過激だ。
「爆弾ではなく宝録火矢だ。せっかく淹れた茶が冷める。早く持っていけ」
『あ、大変。仙蔵くん、ありがとうね』
戻った私は皆にお茶を渡して席に着く。
なんだかんだ言って仙蔵くんて気も利くし優しいよなぁ。
「おぉ、うまいな」
一口お茶をすすった半助さんが声をあげた。
一年は組のみんなも「美味しい」と口を揃える。
仙蔵くんの手柄を横取りするのは申し訳ない。私の株を上げたいところだが、正直に白状しよう。
『それは立花先生が淹れてくださった究極の一杯です』
「えっ!?あの立花先輩がお茶を?」
兵太夫くんが驚きの声をあげた。半助さんもみんなも驚いているみたい。
「あの立花先輩にお茶を淹れさせるなんて」
「ユキさん恐るべし」
『いやいや、乱太郎くん、しんべヱくん。私の雑なお茶の淹れ方に我慢できなくて手伝ってくれたんだよ。いやーそれにしても美味しいよね。仙蔵くん嫁にした、イ!?』
飛んできた箸が私の額にヒットした。
「ユキ」
『ひゃい』
食堂の後ろでこちらを睨む仙蔵くん。
彼を挟む善法寺さんと彼と同じ色の忍装束を着た青年が仙蔵くんを押さえつけているので、私の命は絶たれずにすんだようだ。ありがとう、命の恩人たち。
「ユキ、明日から私の茶はユキが淹れろ」
『えーめんどく……(宝録火矢!?)喜んでお淹れ致します』
「フッ。私が礼儀作法を一から叩き込んでやろう」
『……恐悦至極にございます』
深々と頭下げる。みんなが私を見る憐れみの目。六年生のテーブルあたりからチラホラ笑い声も聞こえている。仙蔵くんはご満悦な顔で笑っていた。
「さて、そろそろ行こうか。着替えてくるから、小松田くんに外出届を出しておいてくれるかい?」
『はい。では門でお待ちしています』
「買い物デートっすね」
「きり丸!」
一年は組の子から「いいなー」「一緒に行きたい」と声が上がる。私はまた今度一緒にいこうね、と皆に言って私は正門へと向かった。
「待たせたね」
『いえ、全然です』
私と半助さんは小松田さんに見送られて門を出る。
隣を歩く半助さんをチラリと見る。初めて会った時と同じ普段着の姿。
忍装束もかっこいいけど、普段着も素敵だな、と考えた私の鼓動はドキドキと早くなる。二人で出かけるなんてデートみたいと思ってしまった私は顔まで赤くなっていくのを感じた。
「ユキ?少し顔が赤いが?」
『!?町に出かけるのが嬉しくて興奮しちゃって。あはは。うわっ』
「危ない!」
動揺して足がもつれ、私は体のバランスを崩す。ギュッと目を瞑る私が感じたのは痛みではなく、柔らかい感触とお日様のような香り。
目を開けると私は半助さんの腕にしっかりと抱きしめられていた。
「大丈夫かい?」
『は、はい。ありがとうございます』
「よかった」と笑う半助さんの笑顔が早かった私の鼓動をさらに早くする。
「歩けるかい?」
『あ、歩けます。私ったらずっとすみません』
半助さんに見蕩れて思考が停止していた。
慌てて身を離してペコリと頭を下げる。
町に出るんだし、迷惑かけないように気を付けないとね。私は気を引きしめて歩き出した。
***
『賑やかですね~』
初めて見るこの時代の町は予想以上に活気にあふれていた。道にはたくさんの人がいて、物売りの呼び込みがあちこちから聞こえてくる。
「人が多いから迷子にならないようにな」
『はーい。気をつけます。半助さん、あそこのお店見ていいですか?』
「あっ、走るんじゃない。ハアァ、心配だな」
そうは言いつつも目をキラキラさせて小間物屋の商品を見るユキに半助の顔は自然と綻ぶ。
『手に取っても大丈夫ですか?』
「どんどん見ておくれ」
店主に許可をもらい気になっていた櫛や髪紐を手に取る。
『これは?』
「守り刀ですよ」
店主は私の視線の先にあった守り刀を手渡してくれた。
抜いてみると切れ味の良さそうな刃。
山賊にも会ったことあるし私も持っておいたほうがいいのかな?
店主に値段を聞くともらったお給料の半分もの値段。
無理、買えない
『ありがとうございます』
カシャンと刃をしまう。
これを目標にコツコツ貯金することにしよう。
店主に守り刀を返そうとする私の手にそっと半助さんの手が重ねられた。きょとんとして見上げる。
「プレゼントするよ」
『えっ!?ダ、ダ、ダ、ダメですよ。こんなに高いもの頂けません』
ブンブンと首を横に振るが半助さんは店主の手に代金を渡してしまった。
「危険な目にあってからでは遅い。これは私からの就職祝いだ」
『いや、でも』
「気前のいい旦那さんだ。良かったね、若奥さん」
「旦那!?」
『若奥さん!?』
揃って声を上げる私と半助さんに「おや、新婚さんだと思ってたよ。悪いね」と店主は苦笑いしながら頭を掻いた。
黒い鞘にはシャクナゲの花と蝶が舞う。
私は何度も半助さんにお礼を言った。
次のお給料をもらったら半助さんに何かプレゼントしよう!
小間物屋を出て買い物の続き。
小袖、草履に寝巻き、動きやすいように男性用の袴も購入する。日用品も揃えたし……
『これで全部買ったかな?』
買い物に満足しながら半助さんを見るとどこか気まずそうな顔。
「あー、ユキ。あと一店寄らないと」
『ええと、どこの店でしょう?買い忘れたもの……』
「……下着、がまだ……」
『あっ!』
は、恥ずかし過ぎる!
顔を赤くして視線を彷徨わせる半助さん。大事なものを忘れて気まずい思いをさせてしまった自分の残念な頭を叩きたい。
ブラジャーとパンツ。この時代にはないから褌とさらしなのかな?
褌……褌はくのか。抵抗あるな。
『半助さん、下着屋ではなく生地屋さんに行ってもいいですか?』
パンツがないなら作ればいい。
ブラもノンワイヤーなら縫えるはず。
不思議そうな顔をする半助さんの背中を押して私たちは生地屋さんに向かった。
下着を作りたいと言ってパンツとブラの形を説明すると、珍しいものが好きなおばちゃんだったらしく、話が面白かったからと割引してくれた。
完成したらおばちゃんに見せに行く約束までしてしまった。
盛りに盛り上がった話からハッと我にかえった私。半助さんの苦笑は今も私の目に焼き付いています。
「あの団子屋で休憩しよう」
これで本当に買い物終了。
日は既に傾きかけてきている。
一本ずつお団子を頼んで温かいお茶を啜る。
『モッチモチしてる。ん~美味しい!』
「うん。旨い。さすがはしんべヱオススメの店だ」
しんべヱくんはグルメなんだな。帰ったら美味しいお店をたくさん教えてもらおう。
「お客さん、お茶のおかわりいるかい?」
『お願いします。半助さんは?』
「私もお願いします」
「フフ、かわいいご夫婦さんね。こっちまで胸がときめいちゃうわ」
「ごふうっゴホッゴホッ」
『し、しっかり!』
むせ返る半助さんの背中をトントンと叩く。
その間におばちゃんは楽しそうに笑いながら店の奥へと入っていってしまった。今日はよく誤解される日だ。
「……私なんかと誤解されてすまないね」
お団子を食べ終わった半助さんがポツリと言った。
『私は半助さんのお嫁さんに間違われて光栄ですよ』
「っ!?」
『半助さん?』
「あ、いや。だが、私とユキでは年齢が十も離れているわけだから……」
『十歳差か。んー私の母が父より一回り上なんです。だから気にならないかな。両親の仲も良かったですし』
「そうなのか……」
半助さんの頬が真っ赤に染まっている。
もしかして照れているのかな。なんてことを口に出したら仙蔵くんのように生ゴミを見るような目で見られるかもしれないので黙っていよう。
彼の顔が赤く見えるのは半助さんの後ろにある大きな夕焼けのせいなのだろうから。
『風が冷たくなってきましたね』
「そろそろ帰ろうか」
『はい!』
道に長く伸びる影。
赤い夕日が腰に差した守り刀を美しくきらめかせていた。
***
忍術学園に着いた時には日はとっぷり暮れて、あたりは青黒く変化していた。
正門をくぐってもこの時代は火で灯りをとっているので建物までの道は足元が見えないくらい暗い。
転ばないようにしないと、と考えていた矢先、私はくぼみに足を引っ掛けた。
「ふぅ。間に合った」
私は後ろ手に手を引かれて朝と同じように半助さんの腕の中。
朝と違うのは後ろ向きに抱かれていること。背中から半助さんの体温が伝わってくる。
「危なっかしくて目が離せないよ」
私はドキドキしているのと同時に守られているような大きな安心感に包まれていた。
出来ることならこの居心地のよい腕の中から離れたくない。でも、半助さんには迷惑な話。
腕から離れてクルリと振り向く。
『今日は一日ありがとうございます。最初から最後までお世話かけっぱなしでしたね』
「……そんなことないさ。私も楽しかったよ」
ふと顔を上げると思っていたより近くにあった半助さんと目が合った。
私たちは急に照れくさくなって、お互いの距離を取る。もっとちゃんとお礼を言いたかったのに緊張で声が出てこない。
『「あの」』
私たちの声が重なった。
「すまない。先に」
『いえ。半助さんからどうぞ』
この雰囲気に恥ずかしくなって目を伏せる私たち。
「ユキは寂しくないかい?」
先に沈黙を破った半助さんが遠慮がちに聞いた。
寂しいといえば寂しい。
不安といえば不安。
だけど、私は恵まれていると思う。
知り合いのいない、時代さえ違うこの世界で住む家と仕事まであるのだから。
半助さんをはじめ、学園の皆さんや利吉さんが親切にしてくれたおかげ。優しい人たちに囲まれて私は幸せ。
半助さんにそう伝えると彼はゆったりとした優しい笑顔で私の頭を撫でてくれた。
「手をかして」
頭に疑問符を浮かべながら差し出した手は男らしい大きくて少しゴツゴツした手でしっかりと握られた。
「これで転んでも大丈夫だ」
『フフ、ありがとうございます』
顔を見合わせて笑う私たち。
今日は一日おだやかで、楽しい素敵な時間を過ごさせてもらったな。
「あーー!土井先生とユキさんが手繋いでる!」
しんべヱくんの声にわらわらと校舎から出てきたは組のみんな。
隣を見ると半助さんの焦った顔。
私はちょっと意地悪がしたくなって握っていた手にキュッと力をこめてみる。
「ユキっ!?」
にやにやっと笑う私にさらに焦りを募らせた様子。
私たちはあっという間に一年は組のみんなに取り囲まれた。
「どうして手を繋いでるんですか?もしかして、もしかして!!」
「ら、乱太郎、違う。お前たちが思っているのとは違うぞっ」
「あれーじゃあ、どうして手を繋いで帰ってきたんすか?」
「これはユキが躓いて転びそうになってだな……」
きりちゃんの問いにしどろもどろになっている半助さんの腕に自分の腕を絡ませ、頭を半助さんの腕にコツンと預ける。
『今日はお買い物デートだったからエスコートしてもらっていたの』
目をキラキラさせて私たちを見上げるは組のみんな。
顔を真っ赤にさせる半助さん。
「いいなー僕もエスコートしたい!」「土井先生かっこよく見えるね!」
「ユキさんとデートいいな~」「美味しいもの食べたの?」
「何買ってきたの?」「ほにゃ?ユキさんのこれ、守り刀?」
『半助さんに買ってもらったの』
「「「「「えぇーーーー」」」」」
ますます怪しい、何かある、と好奇心いっぱいに質問をぶつけてくる生徒に半助さんは大慌て。
「ユキ、ど、どうにかしてくれ~」
『私はホントのことしか言っていませんよ』
ウインクする私に歓声が上がる。
「おんぶしてー」
『はいはい』
「あ!喜三太ずるい!」
「ユキさん、今日は僕たちと寝ようよ」
「カラクリ部屋は危ないよ。僕たちと寝よう!」
「一緒にお風呂に入ろう」
「誰が一番長く潜れるか今日も競争しよう」
生徒に懐かれるユキと
「エスコートってどんなことするんですか?」
「デートってどこに行くものですか?」
「綺麗な装飾だなぁ」
「土井先生、男前っ!」
「こらっ、きり丸っ」
「土井先生の顔真っ赤ー」
生徒に慕われる半助
賑やかな声に取り囲まれる二人の目が合い、笑みが零れる。
それを見た生徒たちは当然ながら冷やかしを大きくしたのだった。