第三章 可愛い子には楽をさせよ
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3.雨の日
ヘムヘムがカーンと鐘を鳴らして放課後になった。
私が廊下を歩いていると金吾くんが私を呼んだ。
「ユキさん!あ、あのっ」
庭をタタッと横切ってこちらへと走ってくる金吾くん。
しかし、いつもと様子が違うようだ。
金吾くんにはいつもの明るさがなく、どこか困った顔をしている。
『金吾くん?』
私は金吾くんの目線に合わせるように廊下に膝をつき彼の顔を覗き込んだ。
「あのね、ちょっと耳貸して」
金吾くんは辺りをキョロキョロと見渡してから秘密の話をするように口に手を当てた。
どうやら誰かに聞かれたくない話みたい。
私は彼の口元に耳を寄せる。
「ユキさんにお客さんが来ているんだ」
聞こえるか聞こえないかの声で金吾くんが言った。
『私にお客様?どなたかな?』
声を潜める理由は分からないが私も金吾くんに倣って小さな声で返す。
「来たのは・・その・・・」
言いにくそうに言葉を濁す金吾くんを促す。
すると、彼が口にしたのは意外な訪問者の名前だった。
「ドクたまのみんなが東門に来ているんだ。ユキさんに会いたいから呼んできて欲しいって頼まれて・・・」
そう言って金吾くんは俯いてしまった。
私はつい先日、稗田八方斎とドクタケ忍者隊に攫われてドクタケ城に連れて行かれたことがあった。
そんな私を心配してドクタケ城近くにある古寺まで私を迎えに来てくれた一年は組のみんな。
彼らは攫われた私を凄く心配してくれていて、古寺で再会した時には目に涙を浮かべていた子もいた程だった。
「もし、ユキさんが嫌だったら無理しなくても・・・」
あの日からまだ日は経っていない。
私がドクタケに恐怖心を持っているかもと思い、金吾くんは私にドクたまの子達が来た事を伝えるべきか悩んでくれていたのだと思う。
ドクたまのいぶ鬼くんと仲が良い金吾くん。
仲の良い友人の頼みと私へ思いとの間で揺れてこの小さな胸を痛めていたのだろう。
私はいつもと違う金吾くんの様子にようやく納得がいった。
『東門だよね。直ぐに会いにいくね』
「えっ。いいの!?」
『当たり前だよ!』
驚いた声を出して顔を上げた金吾くんの目はまん丸。
そんな彼の顔が可愛すぎて私は思わずクスクスと笑みを零してしまいながら彼の頭を撫でた。金吾くんはとても優しい子。
『私に会いに来てくれたなんて嬉しい』
私はよいしょっと腰を上げて庭へと降りた。
「僕も一緒に行く」
『うん。一緒に行こう』
手を差し出すと握り返してくれた。
私を見上げる金吾くんはホッとしたように笑っている。
いつもの明るい表情に戻った金吾くんに私もホッとしながら彼と二人で東門へと歩いていく。
「あ!来てくれた」
『いらっしゃい』
私を見つけたしぶ鬼くんが声を上げた。
私が塀の上にいる四人に大きく手を振ると嬉しそうな顔で彼らも手を振り返してくれる。
『お久しぶりだね。元気だった?』
「はい。元気にしていました。それで、あの・・・ユキさん。僕たちユキさんに言いたいことがあって」
言葉を切ったふぶ鬼くん。
意思を確認しあうように顔を見合わせて頷きあった四人が塀の上から降りてくる。
「「「「ユキさん、ごめんなさいっ」」」」
『おっ!?』
揃って頭を下げるドクたまちゃんたちに驚いていると彼らは私がドクタケ城に攫われたことについて謝ってくれた。
ドクたまちゃんたちは何も悪いことなんてしていないのに・・・・
私はまだ小さなこの子達が大人のやったことに必要のない責任を感じ頭を下げる姿に、何とも言えない胸の苦しさを感じた。
『みんな頭を上げて』
頭を下げるドクたまちゃん達の肩に触れて頭を上げるように促す。
そして一人一人の目を見て微笑んだ。
『確かにね・・・攫われたのは怖かったし、心臓がドキドキするような経験もした。でもね、実は攫われて良いこともあったんだよ?』
「いいこと・・・?」
私の言葉に戸惑いの声を上げる山ぶ鬼ちゃん。
不思議そうな顔で顔を見合わせるみんなの前で私は口を開く。
『それはね「ユキちゃん!ダメじゃないか!!」へ?小松田さん??』
声の方に顔を向けると砂埃を巻き上げながらドドドッっと小松田さんが走ってきた。
怒っていらっしゃる・・・・あ、入門表か。
小松田さんってコレに関してだけは厳しいんだよね。しまった。
「入門表にサインしてもらっていないのに中に入れたらダメでしょっ」
『う~~ごめんなさい。持ってきてなくて』
小松田さんに謝って、彼が持っていた出入門表をドクたまちゃんたちに渡してもらう。
「でも、僕たちなんかが忍術学園に入ってもいいの?」
みんな心配そうな顔だ。
ドクたまちゃんにこんな顔させるなんて・・・稗田八方斎め、許せん。
『しぶ鬼くんたちが気にすることじゃないんだよ。もし、誰かに何か言われても私がいるから大丈夫だからね』
私が安心させるように彼らの頭を順に撫でるとみんなの顔は少しだけ明るくなった。
私を助け出してくれた五年生、利吉さんや先生方。
彼らに危険がなかったといえばそれは嘘になってしまう。
だから稗田八方斎とドクタケ忍者隊の行為は許せないものだ。
だが、私を拉致したのはドクタケ忍者であってドクたまではない。
ドクタケ忍者隊にはドクたまの子の親がいるが、私は親のやったことと子供は関係ないと思っている。
いや、忍者隊の人たちは私に優しかった。ということは悪いのは稗田八方斎だけか。
あいつめ、どうしてくれよう・・じゃなくて話を元に戻そう。
私はこの子達には今まで通り接したいのだ。
ドクたまの子たちが大人になればドクタケ忍者隊の一員になる。
将来のことを考えて仲良くなるのは良くないことだという意見もあるだろう。
だが、私はいつも争いのない未来を信じている。
ドクタケ城が将来、忍術学園と友好関係を築く城になると信じている。
もしかしたら彼らが友好の橋渡しをしてくれるかもしれない。
こんな私の考えを甘いという人もいるだろう。だが、私には私の考えがある。
何か言われたらその時は―――――思い切り意見をぶつけ合うのもいいものだ。
『今日町に出た時に羊羹を買ってきたんだ。みんなで一緒に食べよう』
そう言うとみんなの顔がパッと輝いた。
入門表に記入してもらい、金吾くんとドクたまちゃん達と一緒に私の部屋へと向かう。
「「「「「おじゃまします」」」」」
『どうぞ~』
金吾くんとドクたまちゃんたちを部屋に招き入れる。
うーん。私がドクたまちゃんたちから離れるのはよろしくないよね。
もし咎められるようなことがあったら反論するのは私の役目だ。
『申し訳ないけれどお茶を持ってきてくれるかな?』
「わかりました!」
ここは金吾くんにお願いしよう。
金吾くんにお茶を頼み、私は戸棚から羊羹を取り出す。
「それなあに?」
いぶ鬼くんが私の手元を見て言った。
『これは多機能ナイフだよ。虫眼鏡や爪切りもついている優れものなの』
「ユキさんの世界の道具?」
『そうだよ』
「少し見せてもらってもいい?」
羊羹を切り分けてから『気をつけてね』といぶ鬼くんに多機能ナイフを渡す。他の子も興味津々の様子だ。
みんなに多機能ナイフの説明をしていると金吾くんが戻ってきた。
「お待たせしました!」
『ありがとう、金吾くん』
輪になってお茶を飲みながら羊羹をつつく。
かわゆい子たちに囲まれてまったり過ごす至福の時。
あぁ、どうしよう。この子達をお家に帰したくないデス!
「そうだ。頼まれていたものがあったんだった!」
談笑していると突然ふぶ鬼くんがハッとして顔を上げた。彼が取り出したのは手紙だ。
「実は僕たち、魔界之小路先生から頼まれた手紙を渡すために忍術学園に来たんです」
「おやつに夢中で忘れてた」とエヘヘと笑うしぶ鬼くん。
ずっと忘れたままで良かったのに。とは大人なので言いません。
後で生物委員が飼育するヤギに食べさせるだけです。もちろん読まずに。
腹黒い計画を立てながら手紙を受け取る。
「魔界之小路先生が直ぐに読んでもらってねって言っていました」
山ぶ鬼ちゃんが手を上げて言った。
私に集中している五人の目。
くそぅ。読まないわけにはいかないようだ。
無理やり微笑み『読ませてもらうね』と手紙を開く。
彼らの先生に対して悪いが私は魔界之小路先生には恨みがある。
ドクタケ城に誘拐された私はいったん五年生によって城から救出してもらったのに、魔界之小路先生の手によって再びドクタケに囚われてしまった。
しかも奴は私と偶然一緒にいたきりちゃんまで誘拐した。
きりちゃんを怖い目にあわせた奴を、再び助けに来てくれた五年生や先生方、利吉さんを危険な目に合わせた奴を、私は許さない。
そう思いながら私は手紙を読んでいく。
『今のって雷?』
遠くからゴロロと雷鳴が聞こえて手紙から顔を上げる。
金吾くんが戸を開けてくれた。
忍術学園の上は薄い雲しかないが、遠くの空は鉛色の厚い雲に覆われている。これは一雨きそうだ。
「ふぶ鬼、しぶ鬼、いぶ鬼。雨が降る前にドクタケ忍術教室に帰りましょう」
「そうだね。ユキさん、ごちそうさまでした」
『うん。お手紙ありがとう。またゆっくり遊びに来てね』
私と金吾くんはドクたまの子たちを正門で見送る。
雨に当たらずに帰れるといいな。
そう思っているとカーンと鐘の音が辺りに響いた。
「夕食の時間だね。ユキさんもご飯食べに行くでしょ?」
『ごめんね、金吾くん。私は事務室に行かないといけないの』
本当は金吾くんと一緒に夕食を食べたいのだけれど―――――
「分かった。じゃあ僕はこっちに行くね」
金吾くんは今日のごはんは何だろう?とワクワクした顔で
走って行った。
一方の私が向かうのは事務室だ。
「ユキちゃんどうしたの?」
『ちょっと外出してきます』
「え!?今から?雨も降りそうだよ」
『ぱっと行ってぱっと帰ってきます』
心配そうな顔の小松田さんに外出届けを渡して一旦自室に戻る。
事務員の服から走りやすい袴の私服に着替え、向こうの世界から持ってきた折りたたみ傘を持って忍術学園を出ていく。
胸元には先ほどもらった魔界之小路先生から手紙。
私は服の上から手紙をそっと手で押さえた。
今すぐ引き返したほうがいいのではないだろうか?
ここに書いていることが真実かどうかも分からないのに・・・
自分が凄く浅はかな行動をしているように思える。
雷鳴が大きくなってきた。
『げっ。降ってきちゃった』
走りながら折りたたみ傘を広げる。
ポツポツと傘を弾いていた雨音が次第に激しさを増していく。
―――――もしこの手紙の内容を信じて頂けるのであれば以前一緒に行った甘味処に来ていただけませんか?
私は線で見えるような大雨の中を走っていく。
そしてようやく見えてきた甘味処。
「いらっしゃい。おひとり様ですか?」
暖簾をくぐるとお店の人が声をかけてくれた。
『いえ、連れが先にいるはずで・・・』
ガタンと音がした方に目を向ける。
立ち上がって私を見つめる魔界之小路先生。
「来てくれたんですね」
信じられないと言ったような声で言う
魔界之小路先生に近づいていく。
『手紙を読みました』
「読まずに捨てられなくて良かった」
『そうさせないようにしたくせに』
決まり悪そうに笑う魔界之小路先生の前に腰掛ける。
そして彼からもらった手紙を机に置き、ずいっと彼の方に押しやった。
『私を古寺から攫ったのはわざとだと言うのは本当ですか?』
どうしても信じられない。
私はそんな気持ちを込めて魔界之小路先生を睨んだが、彼はサングラスを外して私の視線を正面から受け止めた。
そして、あの日のことを話し出す。
「私はあの日、ドクタケ城に連れてこられたあなたを影から見ていました―――――――
忍術学園五年生による救出作戦が無事に遂行されたことに安堵した魔界之小路先生だったが私が逃げたと知った殿様が下した命令を知り顔を青ざめさせることになる。
―――直ぐに雪野ユキを追うのじゃ
殿様の命令で出陣したドクタケ軍。
魔界之小路先生が酔っぱらいのやることだと見て見ぬふりを出来なかったのは、殿様が曲がりなりにも欲しいものは力ずくで奪う戦国時代のお殿様だからだった。
小娘一人のためにまさか・・とは思うが、酔って判断力の落ちている殿様は私が見つからなければ忍術学園にまで進軍していく勢いだったらしい。
軍の兵士の大半は酔っ払った殿様の命令に仕方なく従っているといった感じだが、進軍先はドクタケ城と対立している忍術学園である。
兵士の中にはこの勢いのまま忍術学園に攻撃を仕掛けるのも良しと思っている者もいたようだった。
『進軍を止めるために私を攫ったというわけですね』
「ユキさんを危険な目に合わせるのは躊躇われたのですが・・・」
正直、この話を聞き終えた私は魔界之小路先生に感謝していた。
忍術学園には小さな子達が大勢いる。彼らに何かあったら大変だ。
それに全員が無事ドクタケ軍が来る前に忍術学園から逃げられたとしても、建物へのダメージは計り知れない。
だが、ここまで聞いても彼をすんなりと許せないわけがある。
『私と一緒にきりちゃんを連れ去ったのは?これにも理由があるのですか?』
「理由はあるのですが幼い彼を危険な目に合わせたのは事実ですし、いくら理由を『ごちゃごちゃ言ってないで話してくれません?』すみません。話します」
カッと目を見開き言う。
魔界之小路先生の口からヒッと小さな悲鳴が漏れた。
厨房でビクッとなったお店のおじちゃんには微笑んでおく。
テーブルを拭いていたおばちゃんの方はめっちゃ興味ありな顔でこっちを見ていた。
声を潜めて話しましょう。
『それで、わけっていうのが・・』
話を促す私に魔界之小路先生は「忍術学園の先生や上級生は優秀ですからねぇ」と眉を下げた。
しかも五年生には変装の達人、鉢屋三郎くんがいる。
彼が私に変装すればあっという間に連れ戻されてしまう。だから下級生の忍たま一人を一緒に攫おうと考えたのだ、と魔界之小路先生は言った。
「二度も自分の元からあなたが消えては酔いがさめても殿の進軍は止まりそうにないですからね・・・しかし、ユキさんときり丸くんを攫った後は誤算だった」
ドクタケ軍の真ん中に囚われた私ときりちゃんを助けに単身乗り込んできてくれた三郎くん。
魔界之小路先生は忍術学園の誰かは斥候としてドクタケの中に潜り込んでくるだろうと予想していた。だからこれには驚かなかった。
しかし、魔界之小路先生は他の助けはドクタケ城に戻ってからだろうと考えていたらしい。
「殿様の様子は恋焦がれているというよりも漢らしいあなたへの憧れのような『あ゛?』・・・兎に角、説得出来る可能性は充分にあると私は思っていたのです」
ドクタケ城に着いたら私に会いに行き、私が殿様を説得できないか聞いてみよう。
もしくは私と相談して別の作戦を考えるつもりだったと魔界之小路先生は言った。
勿論きりちゃんは先に自分が責任を持って脱出させるつもりだったとも。
「それがまさか彼らがドクタケ軍のど真ん中にいるユキさんたちを助けに来るとは思ってもいませんでした。全員が無事だったから良かったものの―――――――
テーブルに両肘をつき、組んだ手の上に額をのせた魔界之小路先生は顔を辛そうに歪ませた。
彼が嘘を言っているようには思えない。
だが、魔界之小路先生の話が本当だったとしてもきりちゃんや五年生を危険な目に合わせたのは事実だ。
しかし魔界之小路先生もドクタケへの裏切りがバレたら大変だったわけだ。彼は危険を冒して私や忍術学園のために動いてくれていたわけで・・・・
『うぅっ』
私も自然と魔界之小路先生と同じポーズになって唸る。
彼に何と言ったらいいのか分からない。
魔界之小路先生を許してお礼を言いたいという気持ちと忍たまたちを危険な目にあわせた事への許せない気持ち。
二つの気持ちが頭の中でぐるぐるする。
「お取り込み中ごめんなさいね。閉店してもいいかしら?」
気がついたら小窓から見える外は真っ暗だった。
雨だから余計に暗い。
「ごちそうさまです」
『美味しかったです。ごちそうさまでした』
私たちは支払いをして店の外に出る。
私はまだ考えをまとめられていない。
ザーザーと降りしきる五月雨。
「らしくねぇぞ。何を迷っているんだ?」
『え・・・?』
暗い気持ちで店の外に出た私はハッと顔を上げる。
『三郎くんに勘右衛門くん・・・・?』
思いがけずにいた三郎くんと勘右衛門くんの
姿に驚く。
二人は笠を被り、子泣き爺が着るような服を着て雨の中に佇んでいた。
「感じたことのある気配だと思っていたが
君たちだったか」
隣で魔界之小路先生が呟く。
全然気付かなかった。
隠れる方も察知する方も凄すぎだわ。
いや、待て、ストップだ。
今は忍者凄ッとか感心している場合じゃない。
張り詰めた空気の中こちらへと歩いてくる三郎くんと勘右衛門くん。
私は剣呑な雰囲気に慌てて店の軒下から飛び出した。
『二人とも落ち着いて!ここは店の前だし皆で冷静に話し合おう、うわあっ』
ぐいっと勘右衛門くんに引っ張られた私の体は勘右衛門くんの腕の中に収まった。
顔がちょっとチクチク痛い。
三郎くんが一歩前へと踏み出す。
「初めから全て聞いていました。ユキを影から見守り、忍術学園のことを考えて下さった事、感謝しています」
三郎くんは落ち着いた声で言った。
魔界之小路先生に戦いを挑むつもりはないらしい。
私はホッと息を吐き出す。
地面に打ち付ける雨
三郎くんはさらに言葉を続ける。
「今回のことは勉強になりました。実戦経験の乏しさも身にしみて感じました。ですが、同じことは繰り返しません」
雨音の中に響く彼の声は力強かった。
三郎くんの言葉を引き継ぐように勘右衛門くんも口を開く。
「ユキを目の前で攫われるような無様な真似は前回が最後です。二度とユキを危険な目にあわせはしません。これから彼女のことは俺たちが守ってみせます」
勘右衛門くんの意志の強い決意に満ちた声。
『三郎くん、勘右衛門くん・・・』
私は彼らの強い意志を感じ、嬉しくて目を細める。
「君たちは良い忍者になるね・・・」
三郎くんと勘右衛門くんの顔を交互に見た魔界之小路先生はふっと笑い、そう言葉を零した。
「ユキさん、あなたは愛されていますね」
『・・・幸せなことです』
小さく私に微笑む魔界之小路先生に私も微笑みを返す。
「それじゃあ、ユキさんのことは君たちにお任せして私はこれで失礼するとするよ」
軒下から出て魔界之小路先生が雨空の下に出ていく。
ようやく私の心が決まった。
さようなら、と呟いた魔界之小路先生の背中を追いかける。
『コレ使って下さいっ』
ワンタッチ式の折りたたみ傘を開き、魔界之小路先生を傘の中に入れる。
私は驚く魔界之小路先生の手を掴み、傘の持ち手を握らせた。
「ユキさん・・・?」
『傘持っていらっしゃらないでしょう?使って下さい』
「っいけません!それではあなたが濡れてしまう。風邪を引いてしまっては大変です」
三郎くんと勘右衛門くんは魔界之小路先生を怒っていない。
二人の言葉が私の迷っていた気持ちを固めてくれた。
私の気持ちは今の天気とは真逆。すっきりとしている。
私は後ろに一歩下がり、ニコッと魔界之小路先生に笑いかけた。
『私はさっきから濡れていましたからこのまま濡れて帰ります』
「ですが・・・」
『心配なら私が風邪を引いていないか様子を見に来て下さい。その傘を返しに来るついでに。ね?』
「―っ!」
きりちゃんにも魔界之小路先生のことを話そう。
そして、いつか二人で魔界之小路先生に美味しい甘味でも奢ってもらおう。
「帰るぞ、ユキ」
『うん!それでは魔界之小路先生、また今度!失礼しますね』
ペコッと頭を下げ、軽く手を振ってから私は三郎くんと勘右衛門くんのもとへと走っていく。
「・・・ありがとう、ユキさん」
前を向く寸前に見えた魔界之小路先生の姿。
手を振り返してくれていた彼の姿を思い出し、私は嬉しくなりながら忍術学園へと帰っていった。
***
体を温めるにはお酒が一番良い・・・・お風呂に限るよね。
忍術学園に帰った私はお風呂場に直行。
ちょうどお風呂に入ろうとしていた一年ろ組のみんなに混ぜてもらって冷えた体を温めた。
お風呂から上がり、遅めの夕食を食べ終わった私は食堂にいる。
私にお風呂を先に譲ってくれた三郎くんと
勘右衛門くんを待っているのだ。
「ふぅ。風呂は気持ちいいな」
「お、ユキ。待っててくれたのか?」
三郎くんと勘右衛門くんが食堂に入ってきた。
口々に温まったと言っている二人。
二人が風邪を引きませんように。
『ごはん温まっているよ。ちょっと待っててね』
二人に夕食を渡し、私はお茶を三人分持って
彼らの対面へと移動する。
『そういえばさ、よく私が外出したこと分かったね』
お茶をずずっと啜りながら聞く。
外出した時はちょうど夕食時だったから授業のない忍たま以外は食堂に集まっていたはずだった。
二人ともよく気がついたよね。
「出て行ったことだけじゃなく誰に会いに行くのかも分かっていたぞ」
不思議に思っていると三郎くんがニヤッとして言った。
『それも知ってたんだ。でもどうして分かったの?』
「実は俺たち、ドクたま達との会話を天井裏で聞いていたんだよ」
『は!?天井裏!?』
勘右衛門くんの言葉に衝撃を受ける。
まさかそんな時からつけられていた・・・え?
何でこの子たち私の部屋の天井裏なんかにいたの??
ゾゾゾッと背中に悪寒が走った。
これは風邪の前兆・・・・じゃないな。
私は重いため息をつく。
人の嗜好はそれぞれとはいえ三郎くんも勘右衛門くんも覗きというアブノーマルな性癖に目覚めてしまったらしい。
まだ若いのに残念なことだ。
「おい、三郎。ユキが俺たちに対して変なことを呟いているぞ」
「あながち間違ってもないけどな」
「まあな」
『そこは否定しようよ!!』
怖いこと言わないでよ!眠れなくなるわッ。
思春期の溢れんばかりの欲(しかもアブノーマル)を私に向けないで頂きたい。シャーっと怒りながら猛烈抗議。
そんな私を落ち着かせようとする二人。
「まあまあ、落ち着けって」
「覗きの他にも理由があったんだって。あー・・・何だっけ?」
勘右衛門くん!?
覗き以外の理由を忘れちゃったのかい??
「はあぁ勘右衛門。これじゃあ私たち本当の覗き魔みたいじゃないか。本来の目的は・・・ええと、あー・・・・・ないっ」
『諦めるなよ!思い出せよ!!』
ダンっと机に両手をついて立ち上がる。
アウトだ。レッドカードだ。
勘右衛門くんと三郎くんは私の部屋への入室を禁じます。
誰でもいいからこの五年生のツートップを止めて欲しい。
「あっ思い出した。春誕生日会のことだ!」
勘右衛門くんがポンと手を打った。
そういえば学級委員長委員会さんに春誕生日会の役割分担を伝えていなかった。
二人はその事を聞きに来てくれたらしい。
覗きの理由がわかって安堵する。
『学級委員長委員会さんには私のお手伝いをお願いします』
「ふうん。他の委員より楽そうだな」
「俺たちそれだけでいいのか?」
『うーん。誕生日会が終わった後も同じ感想を持ってくれていたらいいのだけど・・・・』
簡単そうな仕事に聞こえるが要はなんでも係。
委員の中で一番働いてもらうことになるかもしれない。
そう二人に伝えるが、
「私たちの誕生日会なんだ。喜んで手伝うさ」
「ユキと一緒にいられるっていうのもいいしね」
彼らは快く協力してくれると言ってくれた。
口々に「何でも言ってくれ」と言う二人は頼もしい。
彼らは優秀な忍たま。
魔界之小路先生に宣言した通り、彼らは優しく強い立派な忍者になるだろう。
そんな彼らの成長を傍で見ることのできる幸せ。
大切にしたい人達がいる喜び。
だから私も彼らと共に成長したいと思うのだ―――――