第二章番外編
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君が好き~Ver.諸泉尊奈門
※2章11話
後ろ手に縛られた手
拘束された足
口の中は鉄の味
「お前はどこの忍だ?」
「この暗号の意味を吐け」
突きつけられた調査報告書に私の口角が小さく上がる。
念のため、暗号化しておいて良かった・・・と。
こうして敵の手に落ちてしまったことは情けないが、任務内容を知られなかったことに対しては組頭も満足してくれることだろう。
「言わねば命はないぞ」
「私は、ハァ・・し、のび、だハァ、殺される事、になっても口は割らん」
声を絞り出すように言って、私の胸ぐらを掴む男の顔を睨む。
私はタソガレドキの忍だ。
プロの忍として最後まで人生を生き抜きたい。
「どうやっても口は割らんようだ。もういい」
視線を交わす目の前の奴らを見て、人生の最後が近づくのを知る。
投げられるように地面に下ろされた体が反転して景色が変わり、直ぐに背中に衝撃を感じた。
ドンッ
胃がひっくり返るような感覚とともに私の体は滝壺へと落ちていく。
冷たい水の中で手足を動かしてみるが、縛った相手もプロの忍なわけで、縄は一寸も緩まない。
せめて即死させてくれよ・・・
暗号を吐かなかった腹いせかしらないが、長く苦痛を与える方法で私を処分した男たちを恨む。
意外と浅かった水底に着いた私の体は水の流れに押されて仰向けに倒れた。
揺らめく水の中はほの暗い。
今日は曇り。陽の光を見ながら死にたかったな・・・というのは贅沢か。
そろそろ息がなくなるのを感じ、あきらめにも似た絶望が胸を覆い始めていた時、私の目におかしなものが飛び込んできた。
魚・・・・?いや、違う。人魚・・・・?
「ゴボボッ」
肺の中の息が尽き、反射的に酸素を取り込もうと開いた口が水を吸い込む。
最後にいいものが見れた。
水中に揺れる艶やかな黒髪の美しい人魚。
私は自分の口角が上がるのを感じながら、黄泉の国へと旅立っていった。
はずなのに・・・
「ごっふ、ゲホッグホッ!」
「気がついた!」
明るい声とともに体に手を回され、体を横向きにされた私の口から水が吐き出されていく。
咳き込みながら空気を吸い込む。
私・・・・もしかして、生きてるのか!?
信じられなかったが、まだハッキリとしない視界に映る少年の姿、頬に当たる小石の痛みも本物だった。それに背中を摩る誰かの手の感触も・・・
『よ、よかったぁ・・』
信じられない幸運に呆然としていると女性の震え声。
震えた声の中に心から私が生きていることを喜ぶ気持ちが滲んでいて目から涙が出てきてしまう。
私は、生きている
忍としての最後を受け入れてはいたが、やはり本音を言うと怖かった。
生きている喜びに胸が震える。
「僕、助けを呼んでくるよ」
目の前の少年が発した言葉に我に返る。
深手を負った体。流れた血が多すぎて、自分が再び生死の境を彷徨っていることは分かっていた。
死ぬのは怖い。だが、私は忍なのだ。
やはり、忍として生きなければならない。
「ユキさんはこのお兄さんのことお願いできる?」
『わかった』
「ちょ、ちょっと・・待ってくれ。誰も、呼んで・・・くるな・・」
絶え絶えの意識の中で搾り出す声。
あぁ、後ろの女性の顔が見てみたかったな・・・
走り出した少年が驚いて振り返った顔。
それが私の最後の記憶
になるはずなのに・・・
目を開けたら、やっぱりそこは現世だった。
知らない天井。蝋燭の温かい光で満たされている部屋。
ここはどこなんだ??
「ッ!?」
周りの様子を確認しようと身を起こそうとした私は痛みに顔を歪め、枕に頭を戻した。
手を動かして自分の体を触ってみれば体は包帯で巻かれ、しっかりと治療されていることが分かる。
素人がやったものではない。医術の心得があるものの治療。
ということは、ここは医者の家か?
予想を立てているとこちらに向かってくる足音。
ほどなくして戸が開いたので、私は目を閉じて寝たふりをする。
「布団はひと組しかないんだが、これを使って下され」
「ありがとうございます、先生」
「では、儂も一眠りします。何かあったら呼んでください」
先生と呼ばれているから多分この人が医者だろう。そして、礼を言った声は助けを呼びに行くと言った少年の声だ。きっと近くに助けてくれたもう一人の女性もいるはずだ。
医者が部屋から出ていったらしく戸が閉まる音がする。続いて布団を敷く音が聞こえてくる。
すぐ近くにいるのにその姿を見られないもどかしさ。
『きりちゃん、交代でこの人の様子をみることにしてもいいかな?』
「もちろん」
私の枕元まできた女性が座る気配。
命を助けてくれた少年の名前を頭に刻み、私は一言も聞き逃すまいと耳をそばだてる。
『私が初めに様子見係するから先に寝てもらってもいい?』
「僕が先に寝ちゃっていいの?」
『頭が興奮しちゃっていて目が覚めちゃっているの。先に寝てくれたら嬉しいんだ』
「わかった。じゃあ、先に寝させてもらうね」
『ありがとう』
優しく、柔らかい声。
「ねえ、ユキさん」
『なあに?』
「ちょっとだけ手握ってもらっちゃダメ?」
『フフ、いいよ。喜んで』
少年の言葉に首を傾げる(実際は動かしていないけど)。
ユキさんって呼ぶってことはこの女性はきりちゃんと呼ばれる少年の母親じゃないのか?母親でないとしたら姉弟か・・・うーん、しかし、あんな山の中で彼らは何をしていたのだろう?
・・・ん?
それに、ここまで私をどうやって運んだのだ?
それに忍装束は?ここに来るまでに誰かに姿を見られたのでは??
急に色々な不安が浮かんできて焦り始めた私は女性の動く気配に体を固くした。
『おやすみ、きりちゃん』
優しい囁き声がして、こちらに女性が近づいてくる。
私の横に座ったユキさんと呼ばれる女性。
先ほどの不安もある。彼女と話をしたほうが良さそうだ。
私は寝たふりをやめて、瞼を開く。
『あっ。気がつきましたか?』
目を開けた私は驚いた。
「人魚・・・」
『はい?』
「え、いえっ。何でもなっ!?痛ッ!」
『急に動かないで!酷い怪我だったんですよ』
思わず口走ってしまった私は怪訝そうな顔をするユキさんの表情にハッとしてつい体を動かしてしまい、痛みに顔を歪めた。
心配そうに私を見るユキさんを見る。
落ち着いた話し方から勝手に年上を想像していた。
しかし、隣に座っていたのは少女といってもいい程若く、私よりも年下に見える女性だった。
『傷口が開いたら大変なんですよ?気をつけて下さいね』
「はい。すみません・・・」
咎めるような口調で言われ反射的に謝ると、ユキさんの顔から笑みがこぼれる。
『フフ、素直でよろしい』
柔らかい眼差しを向けられて、途端に胸が熱くなる。
自分の顔が火照っていくのを感じていると、ユキさんがスっと立ち上がった。
『お医者さんに意識が戻ったと伝えてきますね』
「あっ、待ってください」
歩き出そうとしたユキさんが私に首を傾げる。
私はこの人に確認することがある。
「私の・・・その、服は・・・」
何から話そうかと言い淀んでいると、彼女は私が言いたかった事を汲み取ってくれたらしい、座り直して話し出してくれた。
偶然に私が滝壺に落とされた現場に居合わせていたこと。
隣で寝ている少年とともに近くの町まで下り、医者の家まで運んでくれた事などを・・・
『誰かに見つかったら困る雰囲気だったから、私が着ていた小袖に着替えさせちゃいました。雨も降っていたから町には運良く人もいなくて誰にも私たちの姿は見られていないと思うけど・・・勝手をしてごめんなさいね』
そう言って申し訳なさそうに眉を下げるユキさんは、私の服と持ち物一式を風呂敷に包んでくれていた。
「もしかして・・・あなたも忍ですか?」
細やかな配慮に感謝しながら尋ねたが、ユキさんは首を横に振る。
『私は学校の事務員です』
「そうですか・・・あの、宜しければお名前を教えて頂けますか?」
動けるようになったら匿名でお礼の品を届けさせてもらおう。
そう思って聞いたのだが再び首を振られてしまう。
『私の名前を教えたら、あなたの名前も教えていただきますよ?』
それじゃあ困るでしょう?と言われた私は黙るしかない。
しかし、正直ホッとしてもいた。
彼女は暗に『お互い深入りしないでおきましょう』と言っているのだ。
彼女が私についてあれこれ聞かないでいてくれるのは有り難い。
ホント、若いのに良くできた人だな。
それにとっても可愛いしって私は何を考えているんだ!?
『!?顔が赤いです。熱が出てきたのかも』
「っ!?」
額に手を当てられて体がビクッと跳ねる。
顔を覗きこまれて心拍数は急上昇。
『意識が戻ったばっかりなのに話しすぎましたね。直ぐに先生を呼んでくるので待っていて下さい』
「あ、ちょっと、待っ・・・行っちゃった」
今度は立ち止まらずに行ってしまった。
直ぐに部屋に来た医者が煎じ薬を作ってくれた。
苦くてまずいがこれも生きているから感じられること。
「それでは奥さん、後を頼みますね」
『ありがとうございます、先生。早く治るといいですね、権兵衛さん』
「???」
権兵衛??
煎じ薬の副作用で頭がボーッとしていた私は笑いかける彼女に疑問を投げかける間も無く夢の中に引きずり込まれていってしまう。
次に目を覚ました時には朝だった。
「おはよう、権兵衛さん。気分はどうかな?」
「はあ。気分は悪くないです。ええと、二人は・・・」
「あぁ。奥さんと息子さんから家畜の世話をしに先に帰ると君に伝えるように言われたよ」
「そうでしたか・・・」
寝ている間にいなくなってしまった二人。
ひとり残された部屋。
私は瞳を閉じて、ユキさんの微笑みと温かい眼差しを思い出す。
「ユキさん・・・か」
小さく彼女の名前を口に出してみる。
私は忍だ。
名前と職業も分かっているのだから元気になったら彼女を探し出すことぐらいわけないさ。
私は彼女との再会を心に誓い、瞳を閉じる。
君が好き
命を助けてくれた聡く、美しい人
好きにならない理由がない
ユキさん、きっとあなたを見つけ出します