第二章番外編
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明るい夜
この世界の夜は暗い。
どこまでも、どこまでも闇が続いているように見える。
夜の見回り中であったユキは振り返って
校舎がある方角に視線を向けた。
しかし、手元にある松明の灯りが照らすのはユキの周囲だけ。
明かりのついていない夜の校舎は闇に紛れて
輪郭さえ見ることができなかった。
ユキが今から見回りに向かう先は射的場や暗い林の中。
暗い闇を見つめていたユキの口から重いため息が漏れる。
ユキは今回が初めての夜勤勤務ではない。だが、田舎とはいえ光の溢れた元の世界とここでは闇の色が違った。
ユキはなかなかこの世界の闇に慣れることが出来ず、毎度毎度このように怖い思いをしていたのだった。
『はぁ。怖いけど、行かないとね』
ユキは人のいる建物の近くから離れてしまうことに暫し躊躇したが、ふっと息を吐き出して気持ちを落ち着け、前へと足を進みだした。
ザク ザク ザク
松明の明かりを頼りに林の中を進んでいく。
林の中は不気味だった。忍び隠れる練習をするためにわざと手入れされていない林の中は鬱蒼としている。
今にも何かが飛び出してきそうな藪や自分の方に伸びてくるのではと思われる人の手に似た枝が頭上を覆う。
嫌な想像が次から次へと頭に浮かび、ユキの鼓動は徐々に早くなっていく。
もう、やだ・・・早く通り抜けよう。
『あっ!』
恐怖に駆られて走り出したユキは地表に盛り上がっていた木の根に足を引っ掻けてしまう。
体全体に感じる痛み。
痛みに顔を歪めたユキは、自分の手元を見て更に顔を歪めることになる。
ユキの手に握られていた松明の火は残念なことに倒れた拍子に消えてしまっていた。
『うぅ。やってしまった』
真っ暗闇に囲まれて、うつ伏せに倒れていたユキはガクリと地面に顔をついた。
ヤダ。なんかもう、顔上げるのもヤダ。
消えた火と体の痛み、それにどこまでも続く暗闇。
障害の多さに倒れこんでいたユキの気力が急速に萎えていく。
暗いし怖いし、このままここでじっと朝が来るのを待っていたい・・・・
そんなわけにはいかないとは分かっていたが、少しくらいならいいだろうと、ユキは気持ちを落ち着けるのも兼ねて暫くここで
寝っ転がっていることにした。雪野 ユキ、自由人である。
目を閉じて自然の音に耳を傾けるユキ。
静かだと思っていたけど、意外と夜でも色々な音が聞こえるんだなぁ。
この世界の夜は静かすぎると思っていたユキだが、思っていたよりも色々な種類の音に囲まれているのに気がつき驚く。
風が木の葉を揺らす音。虫の声。
どこからか聞こえてくるフクロウの鳴き声。
それに生き物の息遣い――――――息遣いいいぃ!?!?
忍たまじゃない自分がそんな微かな音をキャッチ出来るはずがない!と慌てて顔を上げたユキの口から悲鳴が漏れる。
顔を上げた途端ベロンと舐められたユキの顔。
『ふぎゃあっ』
ユキの口から悲鳴が漏れる。
当然であろう、だって何者かは分からないが、顔をベロリと舐められたのだから。
慌てて身を起こして目の前の何かから離れるように後ろへと飛び退く。
すると、何者かはユキを追いかけてきた。
もう、悲鳴も出ない。ただただ身を固くして
震えていると・・・
「バァウッ」
何者かが一声吠えた。
『あ、あれ・・・?』
ユキは聞き覚えのある声に目を瞬いた。
それは、とっても知った声だった。
『・・・もしかして、モンちゃん??』
ユキは、暗い闇に目を凝らして可愛がっている生物委員所有の子狼の名前を呼んでみた。
すると、バァウッと嬉しそうな声が返ってくる。
『も~~モンちゃんったら驚かせないでよ~~~!』
極度の恐怖から解放されたユキは目の前の愛狼に抱きついた。
先ほどの息遣いも、ユキを舐めたのも、このモンちゃんだったのだ。
『うはっモンちゃんったらくすぐったいっ』
思わぬところで会えた大好きなユキに狂喜乱舞のモンちゃんはユキの体に自分の体を擦りつけて喜びを表現する。
首筋をペロペロ舐められてくすぐったそうに笑うユキ。
『私も会えて嬉しいよ!でも、あれ・・・?モンちゃんどうしてここにいるの?』
「バウ!」
普段は鍵のかかった小屋で飼育されているモン。
では、何故ここにいるのだろう?逃げ出してきたのだろうか?
ユキが愛狼・モンちゃんに尋ねてみると、返事をするようにモンは一声吠えた。
しかし、残念ながらユキにモンの言葉は解読不能。
ユキは口を開けてニカニカ笑うモンの前で困った顔をするしかない。
『うーん。もう少ししたらヘムヘムと同じようにモンの言っていることも理解できるようになるかしら』
なるだろうか?なるに違いない。とユキが考えているとどこからか人の声。
耳を澄ませるユキに聞こえたのは
「おーーい、モン!どこに行ったんだーー??」
という目の前の愛狼を探す、こちらも聞き覚えのある声。
顔を輝かせたユキはスーっと大きく息を吸う。
『八左ヱ門くーーーんっ。ここだよーーーー』
口に手を当てて闇に向かって叫ぶ。すると、ザザザッと風を切る音と共に藪の向こうに現れた人影。
「おほー。やっぱりユキだった!」
暗くて顔は見えなかったが、その声は確かに八左ヱ門のもの。
闇に浮かぶ人影にユキとモンは駆け寄っていく。
『八左ヱ門くん!』
「よう、ユキ。どうしてここに、って危ないっ!」
嬉しくて思わず走り出したユキの体が宙を飛ぶ。
ユキは相変わらずのそそっかしさで地面に盛り上がった木の根に足をひっかけたのだ。
ひいぃっ毎度私ってどうしてこうなの!?
またやっちまった!と頭の中で叫ぶユキだったが、ユキの行動は八左ヱ門の予想の範囲内だった。
ユキの倒れこむ位置を予測して、倒れ込んでくるユキをその逞しい腕で受け止める八左ヱ門。
『あ、あれ?・・・あっ!ありがとう八左ヱ門くん』
「まったく、お前はそそっかしいなぁ」
ギュッと瞑っていた目を開けたユキは自分が八左ヱ門に助けられたことが分かり、パンッと笑顔を弾けさせながらお礼を言った。
ホッと息をつきながら言葉を返す八左ヱ門は、呆れた口調で話そうとするものの、顔に嬉しさを隠しきれていない。
何故ならユキは八左ヱ門が好意を抱いている相手。
八左ヱ門の顔がにやけてしまうのも仕方のない話なわけだった。
『驚いたよ。まさかモンちゃんと八左ヱ門くんに会えるなんて』
体を起こしたユキが八左ヱ門と狼のモンを交互に見て言った。
「夜中に目が覚めちまってから寝付けなくなってさ。ただ布団の中で起きているのも暇だし、夜の散歩でもしようって思ったんだで、せっかくだからと思って夜行性のモンも誘ったってわけ」
『そっか。それは良かったね、モン』
「ウォンっ(楽しい!)」
「ユキの方は?こんな暗闇でどうしたんだ?」
話を理解していたかのように吠えるモンに感激しながらユキがモンの頭を撫でていると八左ヱ門が聞いた。
『私は見回り途中だったんだけどね、転んじゃって・・』
「俺たちと会う前にも一回転んでたのか・・」
『ハハ、お恥ずかしい』
恥ずかしさを誤魔化すように頭をかきながら
ユキは落とした松明を拾い上げた。
『忍者さん。これに火をつけられないかな?』
「楽勝だっ」
さすが忍たま。
ユキが頼むと八左ヱ門は瞬時に松明に火をつけてくれた。
あたりがぼうっと明るくなり、お互いの顔が互の目にはっきり映り、視線の合ったふたりは嬉しそうにニコッと微笑みあう。
「なあ、邪魔じゃなかったら見回り一緒に行ってもいいか?」
『もちろんだよ!』
心強い!!ありがとう、八左ヱ門くんっ。
嬉しい八左ヱ門の申し出。パアァと笑顔の花を咲かせるユキに八左ヱ門は少々顔を赤らめながら手を差し出す。
「危ないから、さ」
『ありがとう!(きゅううんっ)』
手をきゅっと繋いで歩き出す二人。
二人の後を尻尾をふりふりついて行くモン。
あ・・・もう全然怖くないや・・・・
八左ヱ門に手を引かれるユキは自分の心の変化に気がついて小さく笑みを零しながら歩いて行く。
学園の敷地内をを見回り終わった二人と一匹は、見晴らしの良い場所を探し、腰を落ち着けて空を見上げていた。
幾千もの星々がキラキラと暗い夜空に瞬いている。
「新月は星が明るいな」
『そうだね。凄く綺麗』
感嘆の息を吐きながら言うユキの体はゆっくりと後ろへ。
『えへへ。この方が楽』
「じゃあ俺も」
二人はゴロンと地面に仰向けに転がった。
寝そべって夜空を見上げると、視界に余計なものは入らない。
自分たちを包みこむような星々の美しさに暫し言葉も忘れて見惚れる二人。
暗いっていうのは、悪いことだけじゃないんだね。
暗いからこそこうやって沢山の星が見えるんだ。
今いる世界に来てからずっとこの世界の夜の闇を恐れていたユキ。
だが、もう彼女の心の中に闇への恐れはなかった。
宝石箱をひっくり返したような美しい夜空。
瞬く星々に、ユキはにこりと微笑む。
『「あっ」』
闇の中に八左ヱ門とユキの声が響いた。
星々の間を横切っていった光の線は、流れ星。
『見た?今の』
「あぁ、見た!」
星のように瞳を輝かせて顔を見合わせるふたりの口から楽しげな笑い声が漏れる。
「モンも見たか?」
「ウォン!(見たよ!)」
『あはは。言葉がわかっているみたい』
「みたい、じゃなくて、きっと分かっているんだよ、モンは」
「ウォオオン(その通り!)」
『ホントだ!ふふ、その通りって言ったね』
体を起こした八左ヱ門とユキにワシワシと撫でられて嬉しそうに表情を崩す二人の愛狼・モン。
瞬く星の下で、二人と一匹は穏やかな夜のひと時を過ごしたのだった。