第一章 郷に入れば郷に従え
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6.朝の出会い
チュンチュンチュン
朝の日差しが目覚ましがわりになり私は自然と目を開けた。
枕元の腕時計を見ると五時を少し回ったところ。
思い切り伸びをしてむくりと起き上がると隣では気持ちよさそうに寝息をたてているきりちゃんの姿。
『フフ、かわいい寝顔』
乱れた布団をかけ直して静かに部屋を出る。
取り敢えず顔でも洗いに行こうかな。
『さっぶい』
暖かくなったとは言え春の朝はまだ寒い。
着替えてから来れば良かった。
身を震わせながら
カラカラと綱を引いてみたけれど、
『ん?空っぽ』
釣瓶の中に水が入っていなかった。もう一度井戸に落とし、少し時間が経ってから引き上げたがやっぱり中は空っぽ。
穴でも空いているのかな?それとも井戸に汲むほど水がないとか?
井戸って意外と深いんだな。
底が見えない―――
『ぬわわっ』
井戸の淵に置いていた両手が滑った。
胃がひっくり返るような感覚と同時に目の前が真っ暗になる。
恐ろしさにギュッと目をつぶる。
『……あれ?』
落ちる感覚が消えて目を開けると目の前には井戸。
顔を上げると見たことのある顔の男性。
『……あ、思い出した。あなたは艶やか昆布髪のっ痛ったぁ~~~』
「だっーーーれが昆布髪だ!よく見ろストレートだろうっ」
ペシリッと頭を叩かれた。
しかもチョップ。
せめてチョキにして欲しかった。
地味に痛いよ。
「まったく。君は間者でも異世界人でもなく異星人だな」
ツヤ髪美白の彼はフーっと息を吐きながらやれやれと首を左右に振った。
初対面の相手になかなか酷い青年だな。
「私が助けなければ骨を折るどころでは済まなかったぞ」
『うっ。ありがとうございます』
先ほどの感覚を思い出してゾッとする。
「それで、井戸を覗いて何をしていた?毒でも入れていたか?」
『ど、毒なんてそんな物騒なもの持っていませんよ!』
思わず出てしまった大きな声。
やましい事などしていないのにスっと目を細める立花さんに吃ってしまった。
疑われたかな?何もやってないけどさ……。
「では何をしていた?」
鋭い視線に見つめられた私は蛇に睨まれた蛙。
私はゴクリと唾を飲み込んでから口を開いた。
『私は顔を洗おうと思って水を汲もうとしていただけです。でも何度釣瓶を下ろしても空っぽのままだったから水がないのかなって』
「貸してみろ」
私があわあわしていると立花さんは私から釣瓶を取って井戸に落とした。
カポーンという音を確認したあと立花さんは綱を持って二、三回ほど揺すった。
「揺することで釣瓶に水が入る」そう説明しながら立花さんがカラカラと引き上げた釣瓶の中にはたっぷりの水。
『うわーちゃんと入ってる』
思わず拍手。
立花さんは怪訝そうな顔をした。
「井戸を使ったことがなかったのか?」
『私の身近にはなかったかな』
小さな村だったけど上下水道、電気ガスはしっかり通っていた。
『見たことはあったけど』と言うと立花さんは納得したように「ふうん」と鼻を鳴らした。
「そうか。だから馬鹿みたいに何度も上げ下げしていたわけだ」
『へ?何度もって?』
ピクリと反応した私を見た立花さんが明らかにしまったという顔をした。
どうやら一部始終を見ていたらしい。
朝から無駄な筋トレをしてしまったじゃないか。
『……いつから見ていたの?』
「昨日の昼からだ」
数分単位の答えを予想していたが、涼しい顔の立花さんからは予想外の言葉が返ってきた。
『え。じゃ、じゃあずーーっと私を監視していたってこと?』
「あぁ、そうだ。すまない」
言葉とは裏腹に全然済まなそうな顔をしていない立花さん。
昨日の昼から夜通し見られていたなんて。
うわぁ、流石は忍者の卵。まったく気がつかなかったよ。
『……あ、馬鹿って言ったわね!』
「……反応が遅すぎだ」
『い、言うタイミングを失っていたのよ。それより、見ていたのなら助けてよ』
「フッ、君の可笑しな行動を見るのが楽しくてな……ん?」
じっと見つめる私に立花さんは首を傾げる。
いっぺんぎゃふんと言わせてやりたい。
「そんなに見つめて私の顔に何かついているか?」
『いや、その、楽しませてもらったって言うからさ。ええと、立花さん。つかぬことを
お聞きしますが……立花さんって覗きが趣味の変態さん、なのかな?』
「違うわっ!」
二度目のチョップが飛んだ。
私が頭をさする前で眉間を揉みほぐす立花さんは「これを間者だと疑った私が愚かだった」と何やら失礼なことを呟いている。
私を間者かも知れないと思っていたのか。
間者……なんかカッコイイな!
そんな事を考えていた私は、ふとある重大なことに気がついてしまった。
『あのさ。昨日からってことは入浴している時も監視してたってこと?』
思わずぐわっと一歩踏み出す私。
昨日、は組の良い子とお風呂で大騒ぎした私。
全身から汗が噴き出してくる。
立花くんをじとっとした目で見つめると、彼はスイと視線を逸らした。
『見、た、の??』
「み、見ていない。その辺は私も配慮して行動している。もちろん着替えなども見てはいない」
詰め寄る私に居心地悪そうに答える立花くんの姿はどこか可愛らしい。
私の心に小さな悪戯心が芽生えてくる。
ずっと監視されていたのだからこのくらい許されるよね。
『ふうん。それは残念』
「は?残念!?」
何気ない風を装って言う私に良い反応を見せる立花くん。
冷静に見えたけど意外とからかい甲斐のある人なのかも。
『立花くん、私は嫁入り前の乙女だよ?もし裸を見られていたら責任とって嫁にしてもらうところって嘘です。冗談ですってえぇ!!』
どこにしまっていたのか立花くんは爆弾!?のような物体を取り出してきた。
危なく軽い冗談の代償を命で支払うはめになりそうだった。
立花仙蔵、お、おそろしい子……
「私の貴重な時間をお前のような愚か者に使ってしまったとは……ハァァ」
『別に監視してくれって頼んだわけじゃないし。それから、そんな物騒なもの出さないでよね』
立花くんに向かってぶくーっと膨れてみせる。
それにしても、美形青年が悩める姿というのは絵になるわぁ。
疲れた心を癒してくれる最高の栄養剤だよね。
陶器のような白い肌やサラサラの髪の毛に触れてみたい。
「……おい。心の声がダダ漏れている」
『げっ。しまった』
口を手で押さえるが時は既に遅し。
私から距離を置き「変態はお前だ」と呟く立花くんの白い目は子育中の野生動物よりも
警戒心に満ちていた。
『あ、あのー立花さま?』
「っなんだ??」
『(そんなに睨まなくても)出来たらお前じゃなくて名前で呼んで欲しいなーなんて。私にはユキっていう素敵な名前が』
「黙るがいい変態」
私は生ゴミでも見るような目で見下ろされた。
人を蔑むようなその目つきも素敵です。
だが、学園生活一日目から変態という不名誉なあだ名で呼ばれては堪らない。
私は頭が地面にめり込む勢いで『名前で呼んでくれ』と土下座でお願いをくり返した。
私が土下座した瞬間、立花くんの口から小さな悲鳴が漏れたが気にしないでおこう。
「そんなに名前で呼んで欲しいのか?」
『もう、名前でなんて贅沢言いません。変態を連想させるような渾名で呼ばれなければ
どんな不名誉な渾名でも受けて立ちます」
額を土につけたまま緊張していると上からフッと笑ったような声がした。
「私も仙蔵でいい」
『……』
「……なんだその顔は」
『ごめん。そんなこと言ってくれるとは思わなくてフリーズしてた。あ、ありがとう……嬉しいよ、仙蔵くん』
そう言うと彼は初めて優しい顔で微笑んでくれた。
女の私が見とれるくらい綺麗な顔。
「もう監視はしない。また後で会おう……ユキ」
『う、うん!後でね。ウヘヘヘ』
「不気味な笑い方をするなっ」
去り際にデコピンを放ってから一瞬で目の前から消えた仙蔵くん。
ちょっと変な出会い方だったけど仲良くやっていけるよね?
私は額をさすり、新しい出会いに感謝しながら井戸に釣瓶を落とした。
***
事務の服に着替えた私は(墨は落とせた!)きりちゃん、それから彼と同室の乱太郎くん、しんべヱくんと一緒に食堂に向かっていた。
『昨日、伊助くんがこの学園には委員会があるって言っていたけど、どんなものか教えてくれる?』
三人は代わる代わるこの学園の委員会活動について教えてくれた。流石は忍者の学校、火薬委員という危ない名前の委員会があった。
「私は保健委員!委員長は善法寺伊作先輩と言ってとっても優しい先輩ですよ」
『善法寺さんなら昨日会ったよ』
穏やかで優しい人だった、と言うと乱太郎くんは自分が褒められたように嬉しそうに笑った。
善法寺さんのこと尊敬しているんだな。
「僕は用具委員会だよ。食満留三郎先輩にも会ってほしいなぁ。お兄さんみたいな先輩なの」
『ふふ、ぜひ会ってみたいな。きりちゃんは何委員?』
「図書委員。委員長の中在家長次先輩も優しくて僕たち下級生の事をいつも気にかけてくれます。あと、ボーロ作りが得意なんスよ」
「中在家先輩のボーロは食べ物にうるさいしんべヱが認めるほどの美味しさなんです」
「外はカリッとして口に入れたらさらっと溶けてとーっても美味しいんだよね~」
涎を垂らしながら幸せそうな顔をするしんべヱくんのお腹がキュルルと鳴る。
皆で顔を見合わせて笑っていると食堂の入口の前に伊助くんの姿。
「あ、ユキさん!」
『おはよう、伊助くん』
駆け寄ってきた伊助くんはどこか困ったような顔。
『どうしたの?』と聞きながらしゃがんで視線を合わせる。
「ユキさんに頂いたお豆腐をさっそく久々知先輩に渡したのですが……」
言いにくそうな様子に私の顔は一瞬にして青ざめる。
もしや変な味がして怒っているとか?
まさかの食あたり?
私は先ほど仙蔵くんが怒りに任せて爆弾を投げようとしたのを思い出す。
『く、久々知さんは今、保健室?』
「?いえ」
恐る恐る聞く私の問いに伊助くんは首を横に振る。
『じゃあ、お手洗いかな?』
伊助くんが凄く不思議そうな顔をしてまた首を横に振った。
「ユキさんから頂いた豆腐をすごーく気に入られて、ぜひお話したいと言っているのですが……」
『あ、そうなんだ。良かった』
豆腐が不味いとかそういった苦情ではなかったようで一安心。
ではどうして伊助くんは困った顔をしているのだろう?
『何か気がかりなことがあるの?』
「それが、見たことのない豆腐を食べてちょっと興奮されていています。驚かれると思うので会う前に一言言っておいたほうがいいかなって」
苦笑気味の伊助くんの言葉に乱太郎くん、きりちゃん、しんべヱくんは「あぁ」と何かを納得した様子。
『喜んでもらえたなら私は嬉しいよ。私も久々知さんと話したいと思っていたの。伊助くん、久々知さんを紹介してもらってもいいかな?』
「久々知先輩は豆腐小僧と呼ばれるくらいの豆腐好きなんです」と笑顔の伊助くんに導かれて食堂の中に一歩足を踏み入れた瞬間、私の体は宙に舞った。
「待ってましたよおおぉぉーーーー」
『うわぁぁぁ。な、何?誰?何!!??』
突然私の目の前に現れた群青色の忍装束を着た少年は私の両脇に手を入れて持ち上げてクルクルとその場で回転した。
早く回りすぎて、テーブル、伊助くん、食堂のおばちゃんがミックスして見える。
ちょっと待って!朝から回転はキツイ……
「わわっ。久々知先輩、ユキさん白目剥いちゃってますよっ」
「あぁ!す、すみません」
ありがとう、伊助くん。
これ以上回されていたら皆の前でリバースするところだったよ。
「つい興奮しちゃって。ここに座っていてください」
私の体は久々知さんに運ばれて席に下ろされた。
目の前には伊助くん、きりちゃん、乱太郎くん、しんべヱくんの心配そうな顔。
三人の顔がユラユラ揺れて見える。
「冷たいお水です」
『ありがとう』
久々知さんから渡された水を飲む。喉を通る冷たい水が気分を楽にしてくれる。
視界が揺れるのも収まっていった。
『もう平気。お水ありがとうね』
「本当にごめんなさい……」
肩を落としてしゅんとしてしまった久々知さんに笑いかける。
『そんな顔しないで。喜んでもらって嬉しいよ。ご飯食べながらいろいろ話そう。私も久々知さんと話してみたいって思ってたんですよ』
「私と?」
『うん。伊助くんに話を聞いて気が合いそうだなーと思ってて』
久々知さんの表情がパアァと明るく変わった。
私たちは食堂のおばちゃんから朝ごはんをもらって一緒に食べることに。
今日の朝は、ごはん、ワカメの味噌汁、焼き魚とお漬物。
朝からしっかりの健康メニュー。
「改めまして自己紹介させて下さい。五年い組の久々知兵助です」
私が健康朝ごはんに感心していると、久々知さんが自己紹介してくれた。
『私は雪野ユキ。ユキでいいですよ。敬語もいらないからね』
「でも、事務員さんなのに・・・」
『みんなと早く仲良くなりたいし、お願い!』
私が言うと久々知さんは戸惑いながらも微笑んで「それじゃあ俺のことも兵助と呼んでください」と言ってくれた。真面目で良い子そうだな。
『伊助くんから豆腐小僧って呼ばれるくらい豆腐好きだって聞いたよ』
「そうなんです!」
急に兵助くんの顔つきが変わった。
「ユキちゃんから貰ったお豆腐、全部美味しくて。この世にまだ俺の知らない豆腐があったなんて……ゆず、桜、胡麻、枝豆入り。ハァァユキちゃんは俺に新たな豆腐の世界を見せてくれた!!」
目をキラキラさせて私の手をブンブン上下に振る兵助くん。
「ユキちゃんもお豆腐好き?」
『好きだよー。大豆製品全般好き』
「大豆製品全般……」
『でも、お豆腐が一番好きだよ。やっぱり基本は冷奴だよね』
「よく分かっていらっしゃるっ!!」
『ひいっ!?』
少しがっかりした様子の兵助くんが顔をあげてカッと目を見開いた。
突然ガシッと両肩を掴まれた私の口から変な声が漏れた。
「味がないなんて言う人もいますが、豆腐本来の味を楽しむには冷奴が一番!鼻を抜ける香りと口に広がる濃厚なコク。ごまかしが効かないからこそ、豆腐の魅力が良くわかる――――
どうやら私は兵助くんの豆腐小僧スイッチを押してしまったらしい。
彼の口から溢れ出す豆腐への熱い思い。
本当に豆腐大好きなんだな。
それにしても、ん~話を聞いているうちに美味しいお豆腐を食べたくなってきた。
『この時代の豆腐も食べてみたいな』
「それなら今度連れて行くよ!」
『いいの?』
「あぁ。大豆、水、にがり。全てにこだわった良いお店に連れて行こう」
『やったーー!兵助くん、ありがとう!!』
「なっ!?ユキちゃんっ!?」
『……(やってしまった)』
「……(ユキちゃん柔らかい。っ俺何考えてるんだ)」
嬉しくて思わず抱きついてしまった私。
耳元で聞こえたひっくり返った声に体を離す。
目の前には耳まで真っ赤な兵助くんの顔。
『ご、ごめん。嬉しくってつい馴れ馴れしくしちゃって……』
「いや、ビックリしただけだから、謝らないで。その、うん、喜んでくれて、嬉しい、からさ」
兵助くんは、まだ顔を赤く染めながら照れくさそうに指で頬を掻いた。
怒っていなかったようでホッと胸を撫で下ろす。
「そうだ。今度、俺が作った豆腐食べてみない?」
『お豆腐って自分で作れるの?』
「豆腐にハマるうちに自分でも作りたくなったんだ」
『兵助くん、凄い』
「まだ下手だけど。良かったら感想聞かせてくれないか?同じ学年の奴らに味見してもらったんだが、いまいち参考にならなくてさ」
『是非味見させて。フフ、たくさん楽しみができたよ』
『ありがとうね』と言って笑いかけると兵助くんも「こちらこそ」と笑顔を返してくれた。
まだまだ不安は残るけど、楽しいことに出会えばこの時代もきっと好きになっていくよね。