第二章番外編
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青空ピクニック
それは日曜日のよく晴れたある日のこと。
遅めの朝食を取りに食堂に向かっていた土井半助は教え子たちの賑やかな声に気がついた。
――――あいつら、何を騒いでいるのだろう?
今は昼ご飯には早い中途半端な時間。半助は不思議に思いながら廊下を歩いていく。
「あっ。土井先生だ!」
「おはようございますっ」
半助が食堂に入っていくと元気の良い挨拶が
食堂のあちこちから飛んできた。
半助は良い子のみんなに挨拶を返しながら小さく首を傾げる。
彼らが揃って忍たまの制服ではなく普段着を着ていたからだ。
厨房では忙しそうにおにぎりを握っている生徒、それを包んでいる生徒。
勝手口からは竹水筒を両手に持っている生徒が厨房に入ってくる。
「みんなでどこかに行くのかい?」
「今日は晴れているから皆でピクニックに
行こうという事になったんです」
半助の疑問に学級委員長の庄左ヱ門がハキハキと答えた。
話を聞いてみると今日は珍しく実家に帰る者もアルバイトに行く者もいない全員が揃う珍しい日だったようだ。
「よろしければ土井先生もご一緒にどうですか?」
半助は乱太郎への答えを躊躇する。
春の日差しの中、おにぎりを食べるのはきっと美味しいに違いない。
子供にとっての休日は(きり丸のようにアルバイトをする者を除いて)いつもより長―い時間遊べる日。
決して体を休めるためにある日ではない。
どうしようかなぁ・・・
半助にとって今日はテストの採点もない、学園長から時たま頼まれる忍の仕事もない、久しぶりに何もしなくていい休日だったのだ。
でも、青空の下でのんびりしつつ、子供たちが元気に遊ぶ姿を見るのもそれはそれで癒されるというもの。
少しだけ迷った半助だが、乱太郎にニコっと笑いかける。
「じゃあ、一緒に行こうかな」
半助の答えに「やった!!」とあちこちから声が上がった。
みんな兄のように慕っている半助のことが大好きなのだ。
『あれ?みんな何してるの?』
「あ!ユキさん!」
団蔵の声でユキに気づいた一年は組の全員の顔にパッと笑顔の花が咲く。
明るく前向き、そしてさっぱりとした性格。
異世界から来たという不思議なこの事務員は黙っていれば落ち着いた雰囲気の美人なのに、一年は組や他の下級生と遊ぶ時は全然違う。泥だらけになるのも構わず全力で遊ぶ。
ちょっと適当なところもあるので一年は組の彼らはユキの行動に呆れることもしばしば。
だからは組にとってのユキは事務員というより友人に近い存在。
『みんなお出かけかな?おっと』
先ほどの半助と同じように小首を傾げていたユキに喜三太が抱きついた。
「皆でピクニックにいくんだよ!」
ユキに頭を撫でられる喜三太はそう言って満足そうな顔を上げ、ニコっとユキに笑いかける。
『そっか。今日は天気良いもんね』
ユキが格子窓から入ってくる明るい日差しに目を細めているときり丸がやってきた。
「ユキさんも一緒にどう?」
『いいの!?行きたい!』
ユキはきり丸の誘いに破顔して頷く。
途端に生徒たちから歓声が上がる。
『じゃあ私もおにぎり作らせてもらおうかな。あ、半助さんも一緒に行けるんですか?』
「さっき誘ってもらってね。一緒に行くことにしたんだ」
『それじゃあ、半助さんの分は私が作りますね』
「いいのかい?」
『おにぎりだけは問題なく作れますから』
御安心を、とふふっと笑いながら厨房に入っていくユキの後ろ姿をぽ~っとしながら見送る半助。
ユキは半助の想い人。
半助が休日の午後をユキと一緒に過ごせる幸運に浸っていると、彼の衣がツンツンと引っ張られた。
彼の衣を引っ張ったのはいつの間にか半助の
傍にきていたしんべヱだ。
「しんべヱ?」
「ふふ。土井先生良かったね」
「っ!?な、何を言って・・・」
頭の中を見透かされて顔をボンッと赤くさせた半助がハッとして周りを見ると、しんべヱと同じような表情を浮かべる教え子たちが自分を見つめていた。
「お、お前たち!?」
自分を励ますように力強い視線を送ってくる生徒たちに半助が仰け反っていると、庄左ヱ門がみんなを見渡して「せーのっ」と拍子を取った。
食堂に満ちる良い子達の声。
「「「「「一ぐ頑年応ユキはず組は僕の取援ら張れ員井生嫁の方でよ?!」」」」」
何を言われるのかと身構えていた半助がガクッとズッコケる。
半助の特殊能力で聞き分けられた子供たちの声はというと、
一年は組は土井先生の味方ですよ!
ぐずぐずしていたら誰かにユキさん取られちゃいますよ?
土井先生、頑張ってね!
ユキさんは僕のお嫁さんだよ!・・・・などなど。
「お前たち!大人を揶揄うもんじゃない!!」
恥ずかしさから真っ赤になる半助の前から、わぁっと声を上げながら子供たちが逃げていく。
厨房の勝手口から次々と出て行く子供たちを
追いかけて行く半助だが、
「っ!?」
勝手口を出たところで急ブレーキ。
『は、半助さん!?』
「ユキ!」
半助の目の前には竹筒に水を汲みに行ったユキの姿。
『もうっ。急に飛び出してきたら危ないじゃないですか』
「こ、これは、その、あの・・」
『言い訳無用ッ!そのスピードで誰かにぶつかったらどうするんですか?』
「うっ・・・・ご、ごめんなさい」
ユキに頭を垂れてしょんぼりとする半助。
そんな様子を物陰から見ていたは組の生徒たち。
「結婚したら尻にひかれそう」
と呟くきり丸と彼の言葉に頷く生徒たちが、後からきっちりゲンコツを貰うことになるのは言うまでもないのであった。
***
しほーう ろっぽう はっぽーう しゅーりけん
子供たちの元気な歌声が青空に吸い込まれていく。
「わーい。到着!」
「お腹ペコペコだ~」
「僕も!」
「私も!」
ここは裏山を越えた先にある野原。
あたりは黄色、ピンク、白と春の花が一面に咲き誇り、その上をモンシロチョウがひらひらと飛んでいる。
ユキは野原の真ん中を目指して走っていく子供達を見ながら優しく目を細める。
まるで童話の世界ね――――――
「ユキ?」
フフッと一人小さく笑むユキに半助が首を傾げる。
『何だか御伽噺の世界みたいだと思って』
ユキはそう言って大きく伸びをしながら胸いっぱいに花の香りがする空気を吸い込んだ。
ユキの胸を春の優しい空気が満たしていく。
『んーいい香り』
「そう、だね・・」
そう相槌を打つ半助の目に映るのは色とりどりの花ではなく、ユキの横顔だけ。
目を瞑り、口元に優しい笑みを浮かべているユキを見つめる半助の鼓動は、徐々に徐々に速度を上げていく。
今すぐにでも抱きしめてしまいたい。
そんな気持ちを押さえて半助はユキに声をかける。
「子供たちが呼んでいるみたいだ」
パチっと目を開けたユキの視線の先では一年は組の生徒たちがなかなかこちらに来ない二人に首を傾げていた。
「土井せんせーい!ユキさーん早く、早くー」
「お腹減っちゃいましたから早くごはんにしましょうよ~」
『ごめんねー直ぐに行くー』
ユキが口に手をあてて返事を返していると、タタっと足の速い乱太郎と三治郎が駆けてきた。
「みんな待ってますよ!」
「早く早くー」
「わわっ。直ぐ行くから押さないでくれ」
『あはは。ごめんね~』
乱太郎と三治郎にそれぞれ背中を押される
半助とユキの視線がふと合った。
その瞬間ユキの顔がパッと朱色に染まる。
『乱太郎くん、三治郎くん。みんなのところまで競争しよう!』
「「えぇっ!?」」
突然走り出すユキを慌てて追いかけていく乱太郎と三治郎。
―――少しは期待していいのかな・・・?
恥ずかしさを隠すように走っていくユキの後ろ姿を見た半助は優しく目を細めて微笑んだ。
『「「「「「「いただきまーす」」」」」」』
元気な11人と半助、ユキの声が野原に響く。
清々しい青空の下で食べるお昼ごはんは格別に美味しい。
パクッ、パクッとおにぎりを口に頬張る子供たち。
みんな頬を緩めてモグモグ食べていたのだが『ふぐっ!?』という奇妙な声が聞こえ、一斉に肩を跳ねさせた。
みんなが声の主を探せば―――――――
「ユキさん!?」
上を向いて胸を叩いているユキの姿が目に入る。
一口にいっぱい頬張り過ぎて喉を詰まらせてしまったのだ。
「ユキ!?だ、誰か水を!」
涙目になって苦しがるユキに全員大慌て。
ユキの背中をトントンと叩く半助と慌てて竹筒の栓を抜く子供達でその場は大騒ぎ。
「はいっ。ユキさん、お水だよ」
伊助の手から竹筒を受け取ってユキは水をゴクゴク。
『ふわっ。た、助かったよぉ』
ユキの喉に水が流れ込み、ユキはようやく苦しさから解放される。
プハッと空気を吐き出し、大きく息を吸い込む。
涙で歪むユキの視界に映るのは心配そうに自分を見つめるは組の生徒たちの顔。
――――げっ。しまったああぁ
呼吸が落ち着いて戻った顔色が、今度は別の理由で
青く変わっていく。
――――また大人げない行動して迷惑かけちゃったよ!
シンとした空気の中、ユキが心の中で絶叫していると、
「ぷっ。ふふふ」
小さな笑い声。
一人から発せられた小さな笑い声は周りに伝染していって段々と大きくなっていく。
こんなユキだから、みんなユキのことが大好きなのだ。
「ユキさんったら食いしん坊」
クスクスっと笑いながら言う兵太夫。
「落ち着いて食べなきゃダメだよ」
『は~い』
虎若に注意されてバツが悪そうに身を縮めるユキに再びあたりは笑い声に包まれる。
「さあ、みんな。戻って残りを食べなさい。遊ぶ時間がなくなってしまうぞ?」
子供たちは半助に元気よく返事をして自分の場所に戻っていく。
みんなが座ったのを見届けたユキがふと横を向くと、自分を見つめている半助に気がついた。
『私のこと、呆れてます?』
きっと呆れられているだろうと拗ねながら言うユキに半助は笑いながら首を振る。
「違うよ」
『じゃあ――――』
ユキは後の言葉を驚きで飲み込んだ。
「コレがついていたから」
ポカンと口を開けたまま固まるユキの目の前には半助の人差し指。
お米のついた、半助の人差し指。
「食事をする時は落ち着いて食べなさい」
そう言って人差し指を口に運ぶ半助。
その色っぽい仕草にユキの体温は急上昇だ。
今日のユキは忙しい。先程まで青かった顔は、今度は赤色へ。
ユキの反応をクスクス笑いながら楽しんでいた半助だったが―――――
「んなっ!?」
気が付けば、自分に集中していた子供たちの視線。
「土井先生、ナイスファイト!」
「~っ!」
土井先生が怒り出す前に逃げ出そう。
は組の生徒はわあっ!と歓声を上げながら野原へと駆け出していく。
『せっかくですから鬼ごっこでもします?』
交わる二人の視線。
「じゃあ鬼役を引き受けますよ」
半助の言葉にユキの瞳が悪戯っぽく輝く
『じゃあ捕まらないように逃げますね』
駆け出して行くユキの背中を見ながらポツリと半助が零す。
「君は、本当に面白い子だ」
だから君が好きなのだ。と半助は心の中で付け足して、野原で元気に駆け回る生徒とユキの元へと走って行った。