第二章 十人十色
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
27.感謝を込めて
古寺で待っていてくれた一年は組のみんなと合流し無事に忍術学園へと帰り着いた私たち。
私はスヤスヤと寝息を立てている乱・きり・しんを起こさないように気をつけながら、彼らの部屋から廊下へと出た。
乱・きり・しんと布団を並べて寝ていた私だったが、お腹の虫が朝だ!ご飯だ!と煩くて眠ることが出来なかったのだ。
『あはは。私の体内時計って正確・・・』
私は今日一日臨時休暇をもらえることになっていた。ちなみに昨日のことは実習授業の代わりとなって一年は組の子達も一日お休み。
中途半端な時間だけど朝ごはん残っているかな?
自室に戻って着心地の良い小袖に着替え、食堂へと向かう。
『おはようございます』
てっきり誰もいないと思っていた食堂には半助さんがいた。
「ユキ、起きたのかい?」
『お腹減っちゃって』
言った途端にお腹がきゅるると間抜けな音を鳴らしてしまい半助さんに笑われてしまう。
「ハハ。おばちゃんが朝食を残しておいてくれているよ」
『さすがおばちゃん!』
取っておいてくれていた食事を貰って厨房を出る。
『前座ってもいいですか?』
「もちろん」
半助さんも今食べ始めたところらしい。
ごはん、味噌汁、だし巻き卵とお魚。ん~~美味しそう!
いただきますをして美味しいご飯を口に運ぶ。
『あ、そうだ。利吉さんどこにいるかご存知ですか?』
ふと顔を上げて半助さんに聞く。
「利吉くんなら山田先生と一緒にいるよ」
『ありがとうございます』
良かった。まだ帰ってなかったみたい。
売れっ子忍者の利吉さんはお休みも少なく、私から彼に連絡する手段がないので、利吉さんが忍術学園に来てくれない限り会うことが出来ない。
今回助けてくれたお礼をもう一度ちゃんと言いたいという事もあるのだが、実はプレゼントとして買っていた矢立てを未だに渡せないでいたのだ。
次はいつ会えるか分からないし今日渡したいな。
それに・・・半助さんにも渡せていないんだよね。
わざわざ約束をして時間を作ってもらうのは大げさだし、かといっていつもプレゼントを持ち歩いているわけではない。
渡すタイミングがなくて今日まできてしまっていた。
私は最後の一口を飲み込んで口を開く。
ちょうど二人きり。渡すなら今しかないよね!
『半助さん、この後って急ぎの用事ありますか?』
「ないよ。今日は私も一日休みなんだ」
『それじゃあ少しここで待っていて頂けますか?』
不思議そうな表情をする半助さんが頷いたのを見て食堂を出て行く。
私は吉野先生に見つかったら大目玉を喰らいそうな勢いで廊下を走りながら先ほどの半助さんの様子を思い出していた。
なーんか元気がなかったような気がするんだよね。
何か変なこと言っちゃったかな??私ってけっこう失言多いからなぁ。
ただの気のせいだといいんだけど・・・
自室に戻った私は半助さんへのプレゼントを持って
食堂へと戻っていく。
『お待たせです』
「コラ、廊下を走ってきたな?」
『うっ。見逃してください』
しまった。バレてたか。
私はから笑いをしながら話題を逸らすようにプレゼントを半助さんに差し出した。
「これは?」
『いつもお世話になっている半助さんへの感謝の気持ちです』
「そんな・・・私は大層なことはしていないよ!」
『そんなことないです!』
首を大きく横に振る。
不思議な力によって私はこの世界にやってきた。
右も左もわからない。誰ひとり知った人のいない世界。
この世界にやってきた日、山賊を追い払った後、心細さと恐ろしさで泣いていた私の前に現れた半助さんと利吉さん。
二人がいなかったらどうなっていたか・・・考えるだけで恐ろしい。
『初めてこの世界であった人が半助さん達だったから、私はこの世界が大好きになったし、この世界で生きる覚悟を決められたんです。だから半助さんには感謝しても感謝しきるら、しきめ、しけ・・・受け取って頂けますか?』
「うん。ありがとう!」
気持ちは伝わったから。大丈夫だから。と励ましてくれる優しい半助さんに心から出会えて良かったと思います。
何故かツンとする鼻を指で押さえていた私だったが、半助さんが袋から取り出したものを見て慌てて身を乗り出す。
『ス、ストップです』
ガッと手を掴まれてキョトンとする半助さん。
セ、セーーフ。危なかった。間に合ったよ。
『それ、手紙なんで後から一人でお部屋で読んで下さい』
さすがに目の前で読まれるのは恥ずかしい。
ゴニョゴニョ言い訳すると半助さんは笑いながら手紙をしまってくれた。
「ありがとう。後でゆっくり読ませてもらうよ」
『読めない文字がないといいのですが・・・』
「暗号解読は得意だから任せてくれ」
『えーーー!?』
真面目な顔をする半助さん。
叫びながらガタンと椅子から立ち上がる私に半助さんがプッと吹き出す。
私も堪らず吹き出して、私たちは暫くクスクス笑い合う。
「おっ。印籠だ!実は手持ちのものが古くなっていて買い換えようと思っていたところだったんだ」
笑い終えて袋から薬入れを出した半助さん。
パアァと顔を輝かせてくれた半助さんを見て嬉しくなる。
プレゼント渡す時ってドキドキするんだよね。気に入ってもらえて良かったな。
『きりちゃんと一緒に選んだんですよ。ちなみに中には胃薬を入れております』
「ハハ、これで何時胃が痛くなっても安心だな」
半助さんは眉をハの字にして少し恥ずかしそうに笑った。
ずっと渡せていなかったプレゼントを渡せて小さな満足感に浸っていると、半助さんが私を見て少し寂しそうに笑った。なぜ?
「そういえば・・・・おめでとう」
『はい?』
突然のおめでとうに首を傾げる。
何か祝われることなんかあったっけ?
てんで見当がつかない。
暫くポカンとしていると、半助さんは寂しそうに見える笑みを浮かべながら「利吉くんと付き合っているんだろ?」と言った。
さらにポカンとする私。
付き合っているってどういうこと?大きなクエスチョンマークをたくさん浮かべながら口を開く。
『え・・・それってどっからの情報ですか?』
「え・・・?」
吃驚したように目を見開く半助さん。
いやいやいや!ビックリしているのは私のほうだからね!
『利吉さんと私は付き合ってませんよ。というか私は誰とも付き合ってませんよ。ていうか、どっから私と利吉さんが付き合っていると判断したんですか!?』
「えっと、いや、だって・・・首についていた跡とか、雰囲気とか・・」
『・・・・。』
小さな声でボソボソと付き合っていると思った理由を述べていく半助さんに私の眉根が寄っていく。
古寺で半助さんが急に冷たくなったのはこれが原因か・・・
罪悪感で胸をキリキリさせていた自分を思い出していた私は半助さんにムスっとした顔を向ける。
『それだけで付き合っているって判断したんですか?』
「すまない」と申し訳なさそうな顔で笑う半助さんの前で私は額に手を当てて大きなため息をついた。
なーーんかねーー。なんだろうね、この気持ち
なんとも言い表せないモヤモヤした気持ちが心の中で渦巻いている。
私を好きだと言ってくれた半助さん。
好きだと言われたらやっぱり意識する。姿を見つけたら自然と目で追ってしまう。
こんな事人に知られたら困るけど、付き合ったらどんな感じかな・・・と想像してしまう時も、ある。
それなのに・・・・
それなのによく確認しないで誤解する?
おめでとうって祝福しちゃう??
体の中で渦巻いていた感情が弾け飛ぶ。
『もう、もう、もう、もう、もーーーー!』
ダンッと椅子を蹴るように立ち上がる。
「ユキ!?」
勘違いするくらいなら一度くらいデートに誘って下さいよ!
告白してくれた時から結構時間経っているのになーんにないじゃない。
私、半助さんのこと真剣に考えていたんですよ?
もっとあなたのことを知りたいって思っていたんですよ??
それとも、私のこともうどーでもいいんですか!?
勘違いしていたとはいえさっき“おめでとう”って言われたしさ・・・
突然叫びだした私をビックリした顔で見ている半助さんをキッと睨みつける。
『利吉さんにもプレゼント買ってあるんで渡してきます』
「あ、うん。いってらっしゃい」
『もう結構です!!』
「!?!?」
――――男の甘い言葉なんか信じちゃダメよ・・・
おばあちゃん、私は告白されて舞い上がっていたみたいです。
気が短くて、直ぐに白黒つけたがる性格の私は恋愛に向いていないのかもしれない。
『・・・誰かと恋ばなしたい』
年齢の近い女友達募集中。
私は心のモヤモヤを晴らすように廊下を猛ダッシュする。
『深呼吸、深呼吸。気持ちを切り替えなきゃ』
廊下を爆走しているところを吉野先生に見つかって怒られた私は落ち込む気持ちを切り替えるように頬を軽くパンパンと叩く。
これから利吉さんと会うのに暗い顔は嫌。
イライラとしょんぼりした気持ちを消し去ってプレゼントを渡した時の利吉さんの笑顔を想像してみる。
『えへへ、気に入ってくれたら嬉しいなぁ』
単純な私の心は直ぐに明るくなった。
きっと利吉さんは山田先生とお部屋にいるよね。
フンフン鼻歌を歌いながら山田先生のお部屋へと歩いていた私だが、廊下の角を曲がった途端、走ってきた誰かとぶつかって尻餅をついてしまう。
「ス、スマンッ」
『うおぉぉお尻が痛くて割れそう・・あ、もう割れてたか』
「・・・・。」
私と同じように尻餅をついている山田先生が私に見せる何とも言えない表情。
ぶつかられた被害者なのにどうして私は居た堪れない気持ちになっているのでしょうか?
『そんなに慌ててどうなされたんですか?』
山田先生の手を借りて立ち上がる。山田先生がこんなに慌てているなんて珍しいな。
「ちょっと色々あってな」
急いでいるから、と走り去ろうとする(吉野先生に怒られるよ?)山田先生の肩がビクリと跳ねる。
山田先生が反応したのは利吉さんの声。
「げっ。利吉のやつもう罠を脱したのか。すまんが雪野くん、私はここに隠れるから利吉に何か聞かれたら上手く誤魔化してくれ」
ピシャリと戸を閉めて山田先生が部屋に隠れた。
山田先生が私たちの左側にあったリネン室に隠れたのと同時に向こう側の廊下の角から利吉さんが姿を現す。
「ユキさん!」
目を吊り上げて廊下を曲がってきた利吉さんの顔が笑顔に変わった。私も笑顔で利吉さんに手を振る。
ナイスタイミングです、利吉さん!
「おはようございます。疲れは取れましたか?」
『ぐっすり寝て、朝ごはんも食べて元気いっぱいです。ところで、その・・・・何があったのかお聞きしても?』
「あぁ、これですか・・」
ハハっと肩を落として力なく笑う利吉さんの服はボロボロ。
何をしたらこんなになるのだろう?
「実は先日実家に帰った時に母から“来週は家に帰る”という念書を父から取ってくるように指令されたのです。その話を父にしている最中に言い争いになってしまいまして・・・」
言い争いから親子ゲンカに発展。
そしてどうやら父の実力は息子の上らしい。利吉さんは山田先生によって一年は組のからくり部屋に入れられてしまったのだった。
『利吉さんがこんなにボロボロになるなんて・・兵太夫くんと三治郎くんが知ったら大喜びですね』
「ユキさんったら他人事だと思って酷いなぁ」
恐るべしからくり部屋。
来週の兵太夫くんと三治郎くんの部屋へのお泊りは私の部屋に変更させてもらったほうがいいかもしれない。
『山田先生はどのくらい家に帰られてないんですか?』
「そうですね。かれこれ3ヶ月近くになるでしょうか」
『三ヶ月!?最ッ低!!』
私はグルンと体を回し、躊躇うことなくリネン室の扉を開いた。
横の利吉さんから「あーーっ!」と声が上がる。
「父上!!」
「んなっ!?雪野くん何で!?」
突然戸が開けられてビックリしている山田先生。
「何で!?」じゃない!いくら忙しいからといっても三ヶ月も帰らないなんて酷すぎる。山田先生の奥様が可愛そうだ。
ゴオォと背中に炎を背負う私と利吉さんに睨まれて山田先生はおろおろしている。
「雪野くん、上手く私の居場所を誤魔化してくれって言ったじゃないかぁ」
私は情けない声で言う山田先生をキッと睨みつける。
『私は承諾していませんから』
「そんなぁ」
『そんなぁじゃないですよ!利吉さん、念書を下さい。山田先生に今すぐこの場でサインして頂きます!』
味方が出来て嬉しかったらしい利吉さんの目はキラキラと輝いている。
そんな彼から念書を受け取って山田先生に突きつける。絶対に逃がしませんからねっ。
『さあ座って下さい。書かなかったら子々孫々まで呪ってやります』
「ん・・・?私の子供は利吉だよ!?」
二人の視線を受け流しながら私は廊下に座った。
暫し無言で顔を見合わせていた利吉さんと山田先生も廊下に座る。
「父上」
『山田先生』
「うっ。二人とも恐いなぁ」
私と利吉さんに挟まれた山田先生が身を小さくさせながら呟いた。
大人三人が渡り廊下で正座。誰かに見られたら不審がられること請け合いだ。さっさとサインをもらおう。
『さあ、書いて下さい山田先生』
「ここにサインをお願いします」
「わ、分かったよ。サインするから二人ともそんなに睨まないでくれ」
利吉さんが“何があっても来週は家に帰ります”と書かれた念書を指し示す。
「ええと、利吉。筆をかしてくれんか?」
手を差し出す山田先生に利吉さんは困った顔。
「あ・・私も持ってないです」
「よし!じゃあ部屋に戻って取ってこよう」
急にニコニコした山田先生。
逃げる気ですか?逃げる気ですね!
立ち上がりかけた山田先生の腕をむんずと掴む。
「な、何かな雪野くん!?(ヒエエェ)」
『筆なら私が持っていますから』
「げ、そうなの?」
私と利吉さんの目が吊り上がった。
「父上?」
『山田先生?』
「すみません・・・(雪野くん何でこんなに一生懸命??)」
包を出して山田先生に手渡す。
山田先生の手が宙を掻いた。
『えーと、あの・・・サ、サプラーーイズ!!』
「「!?!?」」
山田先生と利吉さんが同じ格好で(さすが親子)仰け反った。
しまったよー。利吉さんへのプレゼント、こんな形で渡すつもりじゃなかったのにっ。
私ってホント残念な子だわ。
「ユキさん?」
『実はコレ、利吉さんへのプレゼントなんです』
困惑した表情の利吉さんに私は気まずさで笑いながらプレゼントを差し出す。
「私にですか??」
『はい。出会った時からの感謝を込めて、デス』
気まずい。照れ臭い。それから山田先生がめっちゃこっち見てるよっ。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!
「ありがとう。開けてもいいかい?」
『どうぞ!あ、でもサプライズとか言いながら中身利吉さんにバレちゃいましたね。アハハ』
『筆持ってます』と言って取り出したプレゼント。しかも山田先生がサインするのに取り出したもの・・・利吉さん、色々ゴメンネ。
「ハハ!可愛い!」
「おぉ、矢立てか」
落ち込みながら床を見つめていた私は顔を上げる。
利吉さんと山田先生から笑みが溢れていた。
私が利吉さんにプレゼントしたのは墨壷部分に猫の姿が彫られている矢立て。
見るたびにほっこりして貰えるような猫ちゃん柄を選んだ。
気に入ってもらえたみたいで良かったな。
「ん?これは何の模様だ?」
山田先生が首を傾げた。
「南蛮の文字のようにも見えますが・・・」
『お!利吉さん正解です』
利吉さんに拍手。
気づいてくれて良かった。
『利吉さんの名前の頭文字を南蛮文字で彫ってみました』
「彫ったってユキさんが?」
『なかなか器用でしょ?前の文字が利吉の頭文字でアール。後ろが山田の頭文字でワイと読みます』
「私の為にわざわざ・・・ありがとう、ユキさん」
『喜んでもらえて私も嬉しいです』
半助さんと同じように中に入れていた手紙は後で読んでもらう事にした。
山田先生が一番に真新しい矢立てを使うのを渋る利吉さんを宥めて私たちはサインの入った念書を手に入れることに成功。
山田先生が去り、廊下に二人になった私と利吉さん。
「サインをもらえたのはユキさんのおかげです。助かりました」
『毎日忙しくしておられるからこうやって無理矢理帰る予定を組まないとなかなか山田先生は家に帰ってくれないですもんね。利吉さんも山田先生に負けず劣らずお忙しいみたいですけど・・・』
『次に会えるのはいつになるでしょうね』と口に出した瞬間寂しい気持ちになる。
次の任務の期間が分からない。今度会えるのはずっと先になってしまうかもしれない。
いつ帰ってくるか分からない人をただ待ち続けるというのは辛いものだ。
「そんな顔されると困ります」
大きな掌が頭に乗って顔を上げれば、はにかんだ笑顔の利吉さんと視線が交わる。
「ユキさんが“私と会えなくて寂しい”と思っているかも・・・と自惚れてしまいます」
『!?今、寂しいと思っていました。利吉さんエスパーですね』
「~~っ(可愛い)」
急に握り拳を額に添えて私から顔を背ける利吉さん。
さらに私の心を読もうとしているのだろうか?
彼の前で変な想像をしない方がよさそうだ。
「あの、ユキさん」
『はい』
無我の境地への挑戦を止めて利吉さんを見る。
私は自分の耳を疑った。
「私とデートしませんか?」
よし、雪野ユキ。落ち着くんだ。深呼吸だ。
喜びを爆発させて奇声を上げてジャンプしたらダメだ!
せっかくのデートのチャンスを自らぶち壊しては大変よッ。
私は心の中でゆっくり5数えて心を落ち着け、利吉さんに微笑みかける。
『嬉しいです。ぜひ行きましょう!』
「本当ですか!?日にちを決めさせて頂いても?」
『もちろん!(ヨッシャー)』
弾んだリズムを刻む心臓。
デートの日を決め、次のお仕事へと向かう利吉さん。
門の外まで見送りに行った私は彼の姿が見えなくなるまでにやけ切った顔で手を振り続けました。
***
夕食を食べ、お風呂も入り終わった下級生が布団を敷き始める時刻。
私は釜戸の火をぼんやり見つめながら五年生を待っていた。
『みんなまだかな~』
授業が終わったら食堂に来て欲しいとお願いしていたのだ。
そろそろ戻ってくるはずだけど・・・と考えていた私の耳に聞こえてくる元気の良い足音。
『みんなお疲れ―――大丈夫!?』
カウンターから身を乗り出して食堂の入口を見ていたら同時に中に入ろうとした三郎くん、勘右衛門くん、八左ヱ門くんの体が入口に引っ掛かって三人はドシーンと転んでしまった。
けっこう激しく転んだよね。痛そー
「みんな大丈夫?」
「派手にコケたね」
床に座り込んで呻く三人の横を苦笑しながら通って雷蔵くんと兵助くんがカウンターにやってくる。
「お待たせしちゃってごめんね」
『ううん、雷蔵くん。授業お疲れ様。みんな昨日の今日で大変だったね』
「俺たちはプロの忍を目指しているんだ。これくらいなんてことないさ」
疲れた様子のない兵助くんを見ながら感心する。
一年は組の今日の授業はなくなったのだが、五年生は通常通り。
五年生は午前が座学で午後は今の時間まで実技で裏裏山の先まで行っていたそうだ。
さすがは忍者を目指す忍たまだね。基礎体力から違うよ。
『お腹減っているよね。ごはん温めておいたよ!』
「「ありがとう」」
雷蔵くんと兵助くんが厨房に入ってきて食事をよそうのを手伝ってくれる。
その間に倒れていた三人も復活してカウンターへとやってきた。
みんなはそれぞれお膳を持ってテーブルへ。
私は人数分のお茶を用意して彼らの後を追う。
「ユキは一日休んで疲れは取れたか?」
箸を止めて八左ヱ門くんが聞いてくれる。
『一日のんびり過ごして疲れは取れたみたい。だから明日の朝からモンちゃんの散歩も行けるよ』
「そっか。良かった」
ニコッと笑ってくれる八左ヱ門くんの笑顔に穏やかな日常に戻ってこられたことをしみじみ感じる。
「う~ん。豚カツにソースをかけるべきか、醤油をかけるべきか」
「雷蔵、早く食べないと冷めちまうぞ」
迷っている雷蔵くんに見かねた三郎くんがソースを雷蔵くんの豚カツにかけた。
「くうぅこの白和え最高!」
豆腐大好きな兵助くんは小鉢を持っておかわりしに席を立つ。
「なあなあ、ユキ。そこにある包ってなんなの?」
『勘右衛門くんの好きなお団子だよ。食事終わったらみんなで食べよう』
皆からわあっ!と歓声が上がる。
美味しいご飯を食べながらたわいもない話をする。
私の大事な日常。失いたくない私の幸せ。
みんなが食事を厨房の流しに下げている間に新しいお茶を注ぐ。お団子は一人二本ずつ。
夜遅くに甘いものを食べるのは良くないけど、たまにならいいよね。
「わざわざ買いに行ってくれたの?」
『散歩もしたかったし、私も食べたかったから気にしないで』
そう返しながら雷蔵くんにお皿を渡す。
他のみんなにも配り終えた。
そして、私は椅子から立ち上がる。
一斉に視線が私に集中して恥ずかしい。
自分の顔が紅潮していくのが分かる。
私は緊張をグッと強く両手を組むことで緩和しながら口を開いた。
『みんな・・・みんな・・私をドクタケ城から助けてくれて、ありがとう』
面と向かってお礼を言うのは恥ずかしいけど、だけどみんなに感謝の気持ちを伝えたかった。
『連れ去られて心細くて、凄く怖かった。でも、みんなが助けに来てくれるって
分かっていたからドクタケ城にいる間、心を強く持つことが出来たの』
元いた世界では身の危険を感じるようなことはなかった。
連れ去られて見知らぬ場所に連れて行かれた時の不安。
武器を持った人達に囲まれた恐怖。
身近に戦がある世界の恐ろしさを知った。
それでも、それでも私はこの世界を嫌いになれない。
捉えられている時に思い出していたここに来てからの皆との生活。
一緒にご飯を食べたり、ふざけ合ったりする事が出来る幸せ。
大切な友人
大好きな忍術学園
『私を忍術学園に連れ帰ってくれてありがとう!』
みんなの傍に戻ってこられて良かった。
私はみんなのことが大好きだ―――――
「おほーこの団子旨いな!」
『しんべヱくんに美味しいお店を教えてもらったんだ』
「なあ、ユキ。このお店に連れて行ってくれないか?」
勘右衛門くんの言葉に「俺も」「私も」とみんなの手が挙がる。
『次の休みにみんなで食べに行こう!』
みんなと一緒にお団子を頬張る。
私はもうすっかりこの世界の住人になっていた。
第二章 十人十色 《おしまい》