第二章 十人十色
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26.救出作戦 後編
私は連行されながら魔界之小路先生を横目で睨みつけていた。
「うおおおぉ無言で睨まれるこの快感ッ」
『だあぁストレス過多だよ、ホントにもう!!』
睨みつけることさえも喜ばせる要因になってしまうなんて!
罵ることも睨みつけることも出来ない私は舌打ちをしてもって行きようのない怒りを押さえ込む。
「ドクタケの先生がこんな人だったなんて・・・」
『きりちゃんったらジロジロ見ちゃいけません。心の穢れが移ったら大変よ!』
「ん?今のはどういう意味ですか??」
『「・・・。」』
素で小首をかしげた魔界之小路先生に私ときりちゃんはゲンナリとした顔で顔を見合わせた。
天然のドMとかキャラが濃すぎるわッ。
以前甘味処で思わせぶりなことを言いながら私の手の甲に口づけをした魔界之小路先生。
まさかそんな彼に連れ去られてしまうことになるなんて・・・
――――男の甘い言葉なんか信じちゃダメよ
幼い頃に聞いた祖母の忠告は正しかったようだ。
魔界之小路先生に二度と気を許すものか、と心に誓う。
きりちゃんと共に腕を引っ張られて兵士たちの中を歩いていく。
周りからの視線がとっても痛い。
何の抵抗も出来ないまま歩かされる私たちの目に見えてきたのは稗田八方斎と忍者隊。
「おぉ!これは雪野ユキではないか!」
「森に潜んでいたところを捕まえてきました」
『うわっ』
「ユキさん!」
ドンと背中を押されて八方斎の前に跪くような形で地面に倒れ込んでしまう。
屈辱を感じながら後ろを向けば、私に駆け寄ろうとしてくれたきりちゃんが魔界之小路先生の腕の中で暴れている姿が目に入る。
汚い手できりちゃんに触るなッ
怒りに燃えるのを感じながら立ち上がってきりちゃんの方へ足を踏み出すが、
「コラコラどこに行くのかな?ユキちゃん?」
『くっ・・・』
グッと八方斎に腕を掴まれて止められてしまう。
後ろを振り返ればニヤニヤっと笑う稗田八方斎の顔。
痛む腕。
口調とは違い鋭い八方斎の眼光。
捕まってしまった・・・。しかも一度逃げ出した身。
何をされるか分からない。
急に実感が沸いてきて体がガタガタと震えだしてしまう。
「ハハハ、そんなに震えることはないよ。大人しくしていればユキちゃんにも後ろのきり丸くんにも手は出さないと約束しようじゃないか」
もうダメだ。
そんな思いが胸の中に広がっていく。
私たちを取り囲む数千の兵士。
自力で逃げることも、誰かが助けに来てくれることも望めない。
私は首を動かしてきりちゃんを見た。
「ユキさん・・・」
『きりちゃん、何も心配することないからね』
この子だけは守ってみせる―――――
無理矢理きりちゃんに笑ってみせてから八方斎の目をまっすぐに見据える。
絶対にきりちゃんに危害を加えさせたりしないからね。
『抵抗はしません。私のことはお好きにどうぞ』
上から見下ろしてツンとして言うと、八方斎は一瞬大きく目を見開いた後大きな口を開けて高笑いを始めた。
「うわっはっはっは。素直なおなごほど可愛いものはないな。よし、殿の元へ行ってもそのままでいるんだぞ」
「ユキさん!!」
私は八方斎に背中を押されながら歩き出す。
後ろから私の名前を呼ぶきりちゃんの声に胸が痛む。
辛いがこんなところで抵抗しても何の特にもならない。
私は大人しく塗腰の上に座る?(張子の馬に乗ってるよ・・・)殿の前へと引き出される。
殿様は怒っているに違いない。
ガクガクと震える足。
怖い・・・怖いよ。誰か助けて―――――
「殿!ご覧下さいませ」
恐怖で浅くなる呼吸。
地面に膝をつく八方斎に腕を引っ張られて私も跪かされた。
心臓の音が耳の奥で鳴り響く。
「おぉっそち!やっと戻ってきたか!」
『え・・・?』
驚いて目を瞬く。
恐怖に震えながら俯いていた私だが、意外にも聞こえてきたのは弾んだ声だった。
私の目に映ったのは塗腰から下りて笑顔で私の方へと駆けてくる殿様の姿だった。
『怒って、ない・・・?』
「怒る?どうして怒る必要があるのじゃ?」
殿様に手を引かれ立ち上がらせられながら、私は安堵で泣き出しそうになるのを必死に堪えていた。
恐怖でおかしくなりそうなので考えることを止めていたが殿様にこの場で手打ちにされる可能性もあったと思う。
よかった・・・命だけは助かったみたい。
「震えておるではないか。顔色も真っ青じゃ。着ておった小袖はどうしたのじゃ??」
『それは・・・』
「いや、言わんでいい。分かっておる、分かっておる。そなたを連れ去った曲者に剥ぎ取られたのであろう?八方斎!ユキに何か着せるものを与えよ」
「ハッ」
どこから出したのか、八方斎は小袖を持ってきて私の肩にかけた。
袖を通し、腰紐を結びながら殿様にお礼を言う。
親切で気遣いのできる優しい殿様。
訴えたら私たちを逃がしてくれるかも・・・なんて考えは甘いよね。
鳴かなかったら殺してしまえな戦国武将じゃなかっただけ幸運なのだ。
ポジティブに、ポジティブに・・・
呪文のように心の中で唱えながら殿様に手を引かれて塗腰へと歩いていた私は周りの兵士たちのざわめきに足を止めた。
「騒がしいの。何事じゃ」
振り返った殿様の視線の先を追いかけた私は驚いた。
兵士が左右に避けて出来た道からやってきた人物。
両腕を兵士に掴まれながら連れてこられたのは私の姿だった。
あれは三郎くんだよね!?そうだよね!そうだよね!!
「ど、ど、どうなっておるのじゃ!?」
殿様が私と偽物の私を見比べて目を白黒させている。
その横できりちゃんと私は瞳を輝かせて顔を見合わせた。
ピンチな状況には変わりないが上級生の彼がこの場にいるだけで心強い。
絶望しかなかった心に灯りが灯る。
「これはいったいどういうことかね、魔界之小路先生?」
「八方斎様、私にもさっぱりですよ」
不機嫌そうな八方斎に肩をすくめてみせる魔界之小路先生。
「ええい!どっちが本物なのじゃ!」
「私が本物の雪野ユキでございます」
殿様にズイっと一歩踏み出す三郎くん。
「む・・・こちら、なのか・・・?」
『お殿様、騙されてはなりません。私こそ本物です』
私も殿様の方へと一歩進み出る。
私と三郎くんの見た目は完全に同じ。声まで似ている。
(あら?私の声って低いのかな?それとも三郎くんの声変わりがまだなのだろうか・・・後者であることを強く望む)
唸る殿様は完全に混乱してしまっているようだ。
「八方斎どうするのじゃ?どちらも同じ顔。身長も同じようなもの。儂にはさっぱり見分けがつかぬ」
私と三郎くんの前を行ったり来たりしながら言う殿様。周りにいる忍者隊の人たちも分からないみたい。さすが三郎くんの変装だね!
私たちを見分けるいい案がないか忍者隊に聞く殿様。
う~んと頭を捻っている彼らを見ていると八方斎がポンと手を打った。
「酒を飲ませればいいのです!」
「「「「「あ~~なるほど!!」」」」」
八方斎の言葉に忍者隊が大きく頷いた。
どうやらお酒が強いほうが本物の私という事らしい。
「ユキさん・・・」
『きりちゃん、ノーコメントでお願い』
ドクタケ城で何したの?と言いたげな視線を向けるきりちゃんから顔を背けると、同じような視線を向けてくる三郎くんと目があった。
私はゆっくりと首を前に戻す。
お願い。二人ともそんな目で見ないで!!
「しかし、酒は持ってきていませんから一度帰城せねばなりませんな」
「よし!では、今すぐ帰城じゃ。皆の者、帰るぞーー」
「「「「「「ハハーーーー!!」」」」」」
殿様の命令で兵士たちが一斉にドクタケ城の方向へ動き出した。
八方斎の案は受け入れられたらしい。
飲み比べの時に飲めないふりするの忘れないようにせねば・・・。
「お前たちは殿の輿の後ろを歩いてもらう」
私たちは三年生の方向音痴コンビのように縄でグルグル巻にされてそれぞれ忍者隊に縄を持たれている。
三人横に一列。私、きりちゃん、三郎くんの順だ。
これからどうなるのだろう・・・
不安を紛らわせるためにしりとりを・・・なんて出来る雰囲気ではないので地面を見つめながらひたすらトボトボ歩いていく。
「あれ?これ何の音?」
暫く歩いたところできりちゃんが声を上げた。
確かにザーザーという音が聞こえる。
私は背伸びをして遠くに目を凝らす。
こういう時、背が高いって便利だよね。
『この先に川があるみたいだよ』
兵士たちの頭の向こうに橋が見えてきた。
小さな橋なので隊列が崩れているのが見える。3人並んで渡るのがギリギリといった感じだ。
『夜の川って不気味』
私たちはお互いの体が触れ合うくらいまで間を詰めて橋を渡り出す。
川沿いに生える枝垂れ柳。兵士の持つ松明でぼんやりと暗闇に浮かび上がっているのが不気味さを増幅させる。
橋は歩くたびにミシミシギシギシ軋んで音を立てている。
『急に怖い怪談話思い出しちゃった。二人とも聞きたい?』
「げっ。ユキさんったらこんな時にやめてよ」
きりちゃんが呆れ半分怖さ半分といった様子で顔を顰めた。
「怖い話っていうなら私はこの橋が壊れないかの方が心配」
『「え゛っ」』
三郎くんの言葉に私ときりちゃんは視線を落とす。
傷んでいそうな板の間から川の流れが見えた。
私は見なかったことにした。
「鉢屋先輩ったら縁起でもないこと言わないで下さいよ!僕たち縛られてるんスよ!?」
「忍たまが縄抜けくらい出来なくてどうする。それに川に落ちた方が今よりも逃げるチャンスは広がるぞ?」
「僕はまだ一年生なんですよっ。それにユキさんだっているんですから。川に落ちるなんて絶対に嫌ですからね」
怖いことを言われてぶーっと膨れてしまったきりちゃん。
「ユキさんも鉢屋先輩も変なことばっかり言って・・・」
『ご、ごめん、ごめん。こんな話題出して大人気なかったよ』
そもそも私が幽霊話を思い出したのがいけないのだ。
涙目になってしまっているきりちゃんに謝る。
私だって川にドボンは嫌だ。寒いのも濡れるのも御免被りたい。
確かに三郎くんの言った通り逃げるチャンスが出てくるだろうけど・・・
『ッ!?』
揺れる体。私は突然の振動に息を止める。
ま、まさかの橋落下!?
ゾッとして体を硬直させる私。
しかし、肌に感じたのは冷たい川の水ではなく安心感のある温かさ。
「殿ッ!!ぐ・・・くうぅ」
背後から聞こえる八方斎の叫びと悔しそうな声。
それにドタドタと誰かが倒れる音。
拘束されていた手がフッと解放される。
『利吉さん!?』
「ユキさん、お怪我は?」
急に目の前に現れた利吉さんに吃驚しながら首を横に振る。
苦無を構え、私を守るように立つ利吉さんが少しだけ微笑んだのが見えた。
『驚いた。いつのまに・・・」
周りを見た私は更に驚いた。
きりちゃんの後ろには兵助くん、三郎くんの後ろには雷蔵くん、私たちの背後にいた忍者隊は八左ヱ門くん、勘右衛門くん、そして木下先生に組み伏せられている。
更にその後ろでは山田先生に苦無を突きつけられている八方斎の姿。
そして、180度グルリと体を回転させれば・・・
「木野小次郎竹高の命が惜しければドクタケ軍と忍者隊は直ちに引けッ」
殿様の喉元に鋭利な何かを突きつけている
半助さんの姿があった。
ドクタケ軍のど真ん中まで助けに来てくれるなんて・・・嬉しくて胸が震える。
ピンと張り詰める空気。
互いの胸の内を読むように睨み合う半助さんと八方斎。
二人の様子を固唾を飲んで見守っていると、腹立たしげに顔を歪ませた八方斎がようやく口を開いた。
「全軍、橋から下りろ。引け!」
八方斎の指示によって忍者隊、兵士たちが橋から下りていく。
凄い!忍者って凄いよ!
あっという間に橋からいなくなったドクタケの兵士たち。
橋の上にいるのは私たちと殿様だけだ。
「行きますよ。私の傍を離れないでください」
『離れませんとも!』
満面の笑みで利吉さんに頷く。
山田先生を先頭に私たちは橋を元来た道へと戻っていく。
あぁ、これで数時間後にはお家(忍術学園)に帰れる。
橋を下りた所にはドクタケ軍が道に沿うように並んでいたが私は既に忍術学園に帰り着いた気分。
足取り軽く橋を渡っていた私だが、古い木の板が土へと変わった時、ふと八方斎の姿が目に入り立ち止まった。
『・・・・?』
橋の入口に立つ八方斎はこの騒ぎの原因となった私を、憎いはずの私を見ていない。
八方斎は何を見ているのだろう?
何気なく後ろを振り返る。
「ユキさん!!」
八方斎の視線の先を追った私の足は自然と動いていた。
止めようとする利吉さんの手を振り切って
私は橋の中央へと走っていく。
立ち止まった橋の中央。
「何故・・・」
掠れた半助さんの声。
それはこっちの台詞ですよ。と私は心の中で呟いた。
私は動揺して瞳を揺らす半助さんから視線を外し、殿様に微笑みかける。
私を助けるために動いてくれた皆に心の中で謝りながら・・・
『愛しています』
シンとした空気の中で私の声はよく響いた。
殿様が息を呑む音が聞こえる。
その顔がちょっと面白くてこんな時なのに私は小さく笑ってしまった。
「ユキ、そなた何を・・・」
私は驚きで目を見張る殿様の方へ一歩一歩近づいていく。
橋に残って動こうとしなかった半助さんは私たちがドクタケ軍の中から逃げ切るまで殿を人質に取っておくつもりだったのだろう。
でも、私たちが逃げ切った後は?
半助さんなら上手く逃げられるかもしれない。でもたった一人。何があるか分からない。
私の行動はみんなを危険にさらす行為かもしれない。
だけど、だからといって半助さんを置いていくことは出来なかった。
『何度でも言います。愛しています』
だから私は殿様の私への愛と良心に賭けてみる。
『私はあなたを愛していると言ったんです。殿様、あなたも私を好きだと思っていましたが私の勘違いでしたか?』
これは大きくて危険な賭けだ。失敗したその先は考えたくもない。
でも、私はどうしても誰ひとりとして傷ついて欲しくなかった。
「そ、そなた何を言っておる・・・そちが儂を・・・まさかそのようなことが・・・」
動揺する殿様。
私は小さく安堵しながら殿様の喉元にあった半助さんの手を握り、ゆっくりと下げさせる。
半助さんは私に抵抗しなかった。
ただ、大きく目を見開いて、私を呆然と見つめていた。
『私はあなたのものです』
「そなたが・・・ユキ、そなた・・・いや、しかし、信じられ、ぬ・・」
コトンと何かが落下した音が聞こえた。
たぶん半助さんが持っていた鋭利な何かが手から滑り落ちたのだろう。
ごめんね、半助さん。
私は深い口付けを終え、殿様から身を離した。
瞼を開ければ目を白黒させている殿様と視線が交わる。
『これ以上の証明はこの場では出来ませんよ?』
ニヤッと殿様に口の端を上げて見せる。
「そなた、本気なのか・・・?」
『あのですねえ。さすがの私でもこーんな空気の中で冗談は言えません』
殿様が私の方へと一歩近づいた。
頬に震える手が伸びてくる。
「儂の妻になるというのか?ドクタケ城に一緒に来るというのか?」
『別に妻じゃなくてもいいですよ。側室でも妾でも何でもござれです。どんな条件だって受け入れます』
両手で私の顔を挟む殿様。
「本気、なのじゃな?」
『えぇ、本気です」
「儂は・・・そなたが好きかもしれん」
『疑問形ってことは直ぐに殿様に飽きられる可能性はなさそうですね』
それは良かった、と私は笑う。
せっかくドクタケ城に行ったのに一夜を共にしたら千夜一夜物語のようにポイされてしまっては堪らない。
「儂と一緒に城へ帰ってくれるのか?」
『お供いたします』
「そうか・・・」
私はニコリと笑い、嘘ではないと示すために顔に添えられた殿様の手に自分の手を重ね、力を込めた。
『あなたと一緒にドクタケ城に行きます。いえ、連れて行って下さい』
「それは、そなたを救いに来た者達の為にか?」
『殿様ったらそんなこと聞かないで下さい。興ざめになりますよ?』
あなたといたいから一緒に行くんです。と私は自分にも、殿様にも分かりきった嘘を吐いて微笑みかける。
雪野家の人間は強い。
どこにいたって、どんな境遇に置かれたって前向きに生きる力があるんだ。
それにこの殿様は紳士的で優しい人。
もしかしたら裕福なドクタケ城での生活も悪くないんじゃないかな?
前向きに、前向きに、ポジティブに、明るく、笑って―――
私は絶対に殿様の後ろにいる半助さんを視界に入れないようにしながら自分の明るい未来を想像する。
こみ上げてくる涙を押し込めて、私は殿様に微笑みかける。
「そなたが好きじゃよ」
『私もですよ、殿様』
ほら、涙なんかどこかに飛んでいった。
私はもう大丈夫。
「そうじゃな・・・好き、か・・」
別れの時に半助さんに情けない顔は見せない。
ゆっくりと呼吸を繰り返す。
胸を張って顔を上げよう―――――
「ハハ、敵わぬな・・・」
『殿様?』
よく聞き取れなかった。
何事かをブツブツと呟いた殿様が大きく息を吐き出して空を仰いだ。
どうしたというのだろう・・・?
私の頬に添えられていた殿様の手がダラリと落ちる。
困惑する私に背を向けて、殿様は歩き去って行く。
「全員帰城じゃ!帰るぞ八方斎!!」
橋を渡りきった殿様が振り返って叫んだ。
反対側の橋の向こうで八方斎とドクタケ忍者隊がキョトンとしている顔が見える。
『お殿様・・・?』
「ユキ、そなたはやはり格好良いのう」
『へ?』
「儂が天下を取ったらそなたを迎えに行こう。その時まで、達者に暮らせ。あ、いや・・・時々会いに来てくれたら嬉しく思うぞ」
殿様はポカンとする私に笑いかけてドクタケ兵の中へと消えていった。
ドタドタと脇を通り過ぎていくドクタケ忍者隊。
私はまだ事態を飲み込めぬまま、顔を半助さんの方へと向ける。
『えっと・・・忍術学園に帰れるってことですか?』
「そのようだ」
安堵、喜び、困惑・・・色々な感情が織り交ざる半助さんの笑み。
いつもの半助さんの優しい笑顔に危機から脱したことを知る。
途端に私の視界は涙で歪んでいった。
『わ、私、か、勝手ばかり、ヒック、してヒック、ごめんなさい』
「ユキが謝ることなんてないよ。無事で良かった」
助かったんだ。
緊張の糸が切れ、ポロポロと涙を流してしまう私の頭を半助さんが撫でてくれる。
帰れる。忍術学園に帰れるんだ!!
「ユキ!」
『ん・・・うわっ!あはは』
呼びかけられて振り向けば、走ってきた勘右衛門くんにギュッと抱きつかれる。
「も~!どうなることかと思ったんだからなっ」
『ごめんって勘右衛門くん。ちょ、ちょっとくすぐったいから止めてよ~』
犬のように私の首元に擦り寄ってくる勘右衛門くん。
髪の毛が肌に触れてくすぐったい。
「コラ、勘右衛門。いい加減離れろ」
ベリッと私から勘右衛門くんを引き離す八左ヱ門くん。
「ようやく忍術学園に帰れるな」
『うん。早く帰りたいよ、八左ヱ門くん』
「ユキちゃん、これ使って」
『兵助くん、ありがと』
兵助くんから借りた手拭いで涙を拭っていると彼はポンポンと頭を撫でてくれた。
「怪我はない?無事だよね??」
『どこも怪我してないよ、雷蔵くん』
ホッとして表情を崩す雷蔵くんと顔を見合わせて微笑み合っているとバンッと両肩に手が置かれた。
『三郎くん??』
「こんの馬鹿」
顔を向ければギュッと唇を引き結ぶ三郎くんの顔。
無茶したこと怒っているよね。
『ごめん』
「あんなキスシーン見せられたら我慢できな「「「「三郎!!!」」」」
『!?』
キスしてこようとする三郎くんから苦笑いで
顔を背ける。まったくこの子ったら・・・
みんなによって私から引き剥がされる三郎くん。
「止めるな!私はユキとキスしたいだよっ」
「それを言うなら俺だってしたいよ!」
叫ぶ三郎くんに勘右衛門くんが叫び返した。
「「・・・・。」」
顔を見合わせた二人は何故か「私が先だ!」「俺が先だッ」と喚きながら私に飛びかかっきた。相変わらずこの二人は謎だ。
そんな二人を止めに入ってくれる雷蔵くん、兵助くん、八左ヱ門くん。
急に戻ってきた日常。
ワイワイと取っ組み合いをしている五年生を笑いながら見ていると腕を引っ張られて誰かの胸の中へ。
「ユキさん、寿命が百年縮みましたよ」
『!?利吉さん幾つまで生きる気ですか!?』
私を後ろから抱きしめた利吉さんに突っ込む。
あと百年生きるとしたら百十八歳。ギネス記録を目指せそうだ。
「ユキさんが私に口づけをしてくれたら失った寿命を取り戻せます」
くるりと反転させられて利吉さんと向かい合った私。
あんたもかい!ていうか、えええぇぇ!?本気でキスするつもりなの!?
『利吉さん、ちょ、落ち着い』
ゴンッ
彼の端正な顔が山田先生のゲンコツで歪んだ。
「ユキさんに何をしようとしているんだッ。この馬鹿息子が!」
「~~っ」
山田先生に怒られながら鉄拳の落ちた頭を涙目で摩る利吉さん。
笑いながら山田親子から離れた私が向かうのは半助さんの隣に佇むきりちゃんのところ。
『きりちゃん、私のせいで怖い思いさせてごめんね』
私はしゃがんできりちゃんと視線を合わせる。
「俺は忍たまだもん。このくらい平気だよ」
目の前のきりちゃんは、頭の後ろで手を組んで平然とした顔で答えてくれた。
私は頼もしい彼の頭を優しく撫でる。
「ユキさんは大丈夫?怖かったんじゃない?」
『正直怖かったかな』
「そっか・・・じゃあ、ギュってしてあげようか?」
『お言葉に甘えちゃおうかな』
私に抱きついてきてくれたきりちゃんの背中に手を回しギュッと抱きしめる。
「ユキさんが無事で良かった。どこにも行かなくて良かった」
『きりちゃん・・・』
私はきりちゃんの体が小さく震えているのを感じて彼の肩に自分の顔を埋めた。
怖かった
本当に、きりちゃんに何かあったらどうしようかと不安で心臓が潰れそうだった。
本当に、この子が無事で良かった――――
「ユキさん」
『ん?』
「早く忍術学園に帰ろう」
『うん。帰ろう・・・みんなで帰ろう』
水面にキラキラと輝く朝の光。
私はきりちゃんの小さな手を取って立ち上がった。